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桐谷麗香の場合

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学園のループール
      
 これは少年少女の長い永遠にも似た3日間の物語
 

 桐谷麗香の場合
 10月24日

 学園祭というのは私のような根暗な人間には無関係のものだ。天地が引っ繰り返る事がない限り、私がこの行事の表舞台に出ることは決してないだろう。
 今日も文化祭の準備をサボり、私は美術部の片隅で窓を眺めながら真っ白なキャンバスに何も描けずにいる。真っ白で空っぽ。これが私の全てなんだろう。
 10月24日。学園祭までまだ三日もある。三日もかけて何を彼らを作るのだろうか。いや、私は本当は知っている。三日かけて作るのは男女の深い絆だ。決して、作品を仕上げる為の三日間ではない。この三日間をいかに過ごすかで己の将来の立ち位置も自ずと決まってくるのだ。私はこの三日間で何を仕上げられるのだろうか。何を描けるのだろうか。
「レイちゃん、ここ数日何も筆が動いていないけど……何か悩み事?」
 呑気な少女が話しかけてきた。隣りのクラスで昔からの馴染みで、同じ美術部の牛久爾子(ニコ)。彼女も学園祭の準備をしないのかと言ってやりたいが、彼女は別のクラス。そして、ちょっとの間抜けてきただけ。私なんかの心配をしにやってきたのだ。
「私が悩まない日があると思う? 大丈夫よ。それにニコ、貴方は何も悩みがないから羨ましいよ」
「ごめん……でも、私も悩むことぐらいあるよ?」
「嘘付け」
 私はコツンと彼女の頭を突く。あぅというな可笑しな声をだし、彼女は舌を出す。
「ニコ、貴方ははやくクラスに戻りなさい。仕事があるんでしょ?」
「あるけど……最近のレイちゃんは学園祭の準備よりも心配」
「何が心配? 私はいつもこんなんだし、壊れることは決してないよ」
「そう? ならいいんだけど……」
 この子は昔からそうなのだ。誰よりも周りの人間を心配し、身を捧げていく。云わば、生きた天使のような人間だ。ニコ様様だ。私は悪魔かもしれんな。
「はやく貴方はB組の準備へ行きなさい。お化け屋敷だっけ?」
「うん、お化け屋敷。私は包帯ぐるぐるのゾンビ役!」
「包帯のゾンビ? それを言うならミイラじゃないの?」
「え、あれ、そっか」
 てへへと笑いながら、ニコは美術室を後にした。後に残ったのは伽藍堂。私の心そのものだ。

 煮詰まるとはまさにこのことだ。何も描けない。私は筆を放り投げ、校内を散策することにした。私は2年A組。ニコはB組。この学園はC組まであるが、私の友人はC組には存在しない。友人と言える存在もニコくらいなものだが。
 私の教室がある二階を歩いていると、校内放送から何やら可笑しな放送が流れてきた。どうやら放送委員の男が二名ほど喧嘩をしているようであった。校内放送で大喧嘩とは大層立派な青春を送っているようである。まあ、大方、スイッチの切れ忘れだろう。
「お前が悪いんだ。ふざけるな。今まで何をしてきたと思っている!」
「はぁ? おめえの方がおかしい。これまでの準備は水の泡かもしれないが、これをやることに意味がある! すべてが変わるんだ。改革だ!」
 何を言っているんだろう、この二名は。放送委員風情が改革を起こせるとは到底思えないが……。しかし、美術部員は人の心を動かすことすらできないのだろうと思うと、彼らのことを笑えなかった。私達って案外ちっぽけなんだ。
 教室で作業をする学生達は数人放送に耳を傾けているが、ほとんどの者は作業に没頭していた。これが現実だ。人の心を動かす、人の興味を向かせるというのは相当の人間でないとできない。
「あら、麗香さん。こんな所で何を?」
 後から声がした。この声は私のクラスの委員長であった。
「この三日間、A組は文化祭の準備皆必ず出席のはずだけど? 昨日までは自由参加だったけど、今日からは絶対よ」
 面倒くさいのに出会ってしまった。委員長、桜木こごみ。本当に面倒くさい。
「え、ああ、ちょっと体調が悪くて。ごめんなさい」
「嘘おっしゃい! 今日の体育の授業では走り回っていたじゃない」
「あれだよ。そのあと疲れちゃって」
「ならばはやく理由を伝えて帰ればいいじゃない。サボっているんでしょう! どうせくだらない絵なんか描いたりして!」
 くだらなくはない。高尚でもないが、私にしか描けない絵を作っている。
 私は壊れたロボットのように延々と喋る彼女の真横をするりと抜けて、廊下を走っていく。あそこで時間を潰すことに意味はない。はやく逃げたほうが良いのだ。後から壊れる寸前のような甲高い音が聞こえるが気にしない。
 廊下を走り抜ける際、B組の横を通り過ぎる。教室の装飾の為のパーツがいくつか作られており、お化け用の衣装だろうか、中にはたくさんの服が吊るされていた。残念ながらぐるぐるゾンビに衣装はなかった。包帯巻くだけなのだろう。
 その隣、C組を通り過ぎる際、私はその異様な光景に足を止めてしまった。何も準備を行っていないだけでない。中では生徒全員が席に座り、何かを話し合っていた。まだ、内容が決まっていないと言うのはありあえない話だが、何かを真剣に話し合っている。そんな状況であった。教壇の方では、背の高い男子生徒が何か資料のようなものを片手に話している。何やら激昂しているようにも見て取れる。一体、何の話をしているのだろう。
 しかし、私は止まってはいられない。強制労働を促す非人道的ロボットがやって来る前に退散しなければいけない。
 なんで私はこんな賑やかな校内を走り回らなければならないのか。あぁ、自分の所為か。
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