13.
事件から3カ月後。
ファイブマート千川3丁目店には、新しい加盟店オーナーがやってきた。
「こちら新しいオーナーの中島さん。」そう崎谷の後任PACである西村が紹介すると、
「中島です…よろしく。いやー自分に勤まるかどうか心配ですけど…。」というと、癖なのか自らの脇の匂いを嗅ぎ始めた。
「大丈夫ですよ。優秀なスタッフもいますし、我々も全力でサポート致します。」と西村はフォローを入れる。
「お前らよろしくな」中島はアルバイトの杉村と玉田には横柄な態度であった。
初顔合わせが終わると西村と中島はすぐに店を出て行った。
「また、新たな犠牲者ですね。」玉田が言う。
「うん。」杉村は答えた。
「ていうか杉村さんかなり痩せましたよね?」玉田は冬のリゾートバイトで3カ月ほど長野県へ行っており、今日が久々のファイブマートでの夜勤復帰であった。
「ああ、炭水化物カットしてるからな。30キロ痩せた。」
「なんか、しゃべり方も、劇団員みたいですよ。」
「馬鹿野郎。」敢えてはぐらかしたのだが、杉村は自らの口調の矯正の為に発声教室でプライベートレッスンを受けていた。最近では意識せずとも、腹式呼吸が出来るようになり普段から声が響くようになった。
「にしても、野上さんどこに行ったんですかねー。」
「…さあ。」
「なんか聞いてません?」
「…いや。」
「あっいらっしゃいませー。」
見ると、ピンク色に髪を着色してゲームキャラクターの着ぐるみパジャマに身を包んで、虚ろな目をした鈴香がレジに近づいてきた。
「あんたが杉村?」名札を確認するとそうたずねて来た。
「ん?ああ…。」
「…これ。」そう言うと紙袋を杉村に渡たす。
「ん?」中身を見ると、帯封のされた100万束が10本入っている。
「何々?」玉田が中身を覗いてこようとする。
「何でもねーよ。」と中身を隠す杉村。
「親父の遺書に書いてあったから…。…裏切り者。」
何も答えない杉村。立ち去る鈴香。
「何々?今の子とデキてんですか?」
「下世話なこと考えてんじゃねーよ。」
自動ドアが開いて店から出ようとする鈴香。
「鈴香ちゃん!」と呼びとめる杉村。
振り向かず、立ち止った鈴香に続けて。
「お父さん。…最高に格好良かった。」
鈴香は無言で店を出て行った。
「やっぱ何か知ってるんじゃないですか!」と玉田が言う。
「玉田!」と強い口調で呼ぶ杉村。
「は、はい!なんですか急に。」
「これやるから少し黙れ。」そう言うと、杉村は紙袋から100万束を取り出して玉田に渡そうとする。
「ええー!何ですかこれ!いいっす!いいっす!受け取れないです!」
「受け取れなくても、少し黙れ。」
「はい…。」
沈黙が続く店内。
「あっ…。」と思い出したような声を出す玉田。
「ん?」
「プレスタ4とソフト2本分の代金だけもらってもいいですか?」
「バーカ!やるよほら100万!」
「すみません!」
「そのかわり、このこと絶対内緒だからな。」
「はい!一生兄貴について行きます!」
その日、杉村が夜勤明けに家に帰ってメールをチェックすると、モニターキャンペーンの書類審査合格と一次面接の日程が記載されたメールが届いていた。
その後の一次面接は極度の緊張をしたが、模擬面接の講習に今日子と2人で通ったかいがあったのか、詐称した経歴で信用されたのか、審査通過のメールを受け取ることができた。
残された予定は、3月に行われる二次面接と4月の最終発表会のみとなった。