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14.二次面接

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14.
 二次面接の会場には、ここまでの審査に勝ち残った99組198名のペアが来場している。3組ずつの集団面接の形が取られ、杉村と中尾のペアは最後の3組として面接室に案内された。面接官は、今回のモニターキャンペーンの責任者となった崎谷であった。一次面接では、面接官が5名いたのに対して、二次面接では、進行役を除いて崎谷が一人で面接官を行っていた。杉村は面接室に入ってすぐに、崎谷がいることに気づき心臓の鼓動が速くなって脂汗が流れだした。正体がバレてしまえばいままでの準備がすべて無になってしまう恐怖に足が震えた。一瞬立ち止まってしまったが、後ろから来た今日子の頭が背中にぶつかった反動で何とか一歩を踏み出して、室内の椅子にまでたどり着くことができた。
 「では3組の方、自己紹介の方からよろしくお願い致します。」進行役がそういうと。
 「いやいい。」と崎谷はさえぎった。
崎谷は向かって左のペアから数秒間ごと、無言で見つめ始めた。杉村は崎谷から向かって一番右に立っていた為、見詰められる順番がペアで最後と言う事もあり、緊張感は次第に膨らんでいった。杉村は崎谷と目が合った時に、絶対に正体がバレてしまったと思った。「ちくしょう!そうだ!俺だよ!杉村だ!クソ野郎!」と自ら叫んで楽になってしまいたかったが必死に堪えた。崎谷は杉村ペアを見つめ終わると口を開いた。
 「いや皆さん、実にいい顔付きをされていらっしゃる。私は、その人の生き様が、顔付きにでると考えているし、それを明確に人付き合いの判断基準として活用しているんです。…本日33回目の面接を迎えまして、最後にこう一度に顔付きのすばらしい方にお会いできるとは思ってもみなかった。実に喜ばしいことです。できれば、このまま夜まで是非とも歓談を続けて新密度を上げていければいいと思う次第なのですが、実に残念なことに、私の方も、いささか気力の限界がやってきておりまして、出来れば簡単な質問をしてこの面接を終わらせていただきたいと考えております。そのことをまず始めにご容赦下さい。さあお掛けになってください。」
 崎谷は3組が着席すると、崎谷から向かって左側に座るペアに質問を開始した。
「吉村さん…最初の書類審査で、一体何組の応募があったと思いますか?」
少しの沈黙の後、「…3千組ほどでしょうか?」吉村はそう答えた。
「根拠は?」
「はい。現在の日本における成人若年層の数は800万人。そこから、将来にわたって安定的な社会的ポジションに就いておりモニターキャンペーンに興味を引かれない人数600万人を引き潜在的な対象者人口は200万人であると考えました。そこから、各種媒体の露出度から実際にこの情報に触れることのできる人間の数を50万人とし、そこから具体的に応募にまで行動を移す人間の割合を、カリフォルニオ大学で行われた、地面に価値のあるものが埋まっているという情報を聞いて実際にそれを信じて掘った人間の割合が10の特定の変数で説明づけることができるというジメンホリ=ドーナルの実験、そこで明らかにされた変数を今回のモニター募集に当てはめて算出しました。」
「わかりました結構。」
「すごいね。」今日子は杉村に耳打ちをする。杉村はそれを無視する。
「だが実際には5万組の応募があった。これをどう考えればいい?」崎谷は再度質問する。吉村は動揺して黙りこむ。「どうしたね?」崎谷は様子を尋ねた。
「いや…どのような変数を用いてもそのような数値には…。」
「変数?変数か…ぴったり説明のつく言葉があるよ!それはね…」崎谷は鼻から大きく空気を吸い込むと、ギラギラさせた目のまま笑顔になり続けて言う。「人間の悪意だよ!「ちょっと応募してみよう。」「なんとなく。」「イタズラ心で。」そういう人間の悪意が君の!名前…ええと吉村君の培ってきた、その理性的で合理的な判断を全く無意味なものにしてしまうんだよ!…我らファイブマートは!そのように理性的で合理的な判断から割り出される数字が十数倍にも増幅されてしまう悪意のはびこった業界で懸命に生き残りをかけて戦っているんだよ!」崎谷の様子の変化に室内が静寂に包まれると続けて、「帰りたまえ。」と崎谷は言い放った。
「しかし…。」吉村もここまで来て食い下がる訳には行かなかった。
「君はこの業界には向いてないと思う。」
崎谷がそう言うと、それまで黙っていた、吉村の彼女が口を開く。
「わかりました!帰ります。」
「おい!幸子!」吉村は懸命になだめようとするが、幸子は一人部屋を飛び出して行った。吉村はどうすればいいか分からずじっと座っていたが、それを見て崎谷が手で出口へ案内するようなジェスチャーをすると吉村は不本意ながら退出していった。
崎谷は先ほどのまでのやり取りが何もなかったかの様に、真ん中のペアに目を移すと質問を再開した。
「次は…そうそう黒岩さん。」
「はい…。」
「でだ、我々はその悪意に満ちた5万の応募をどのように処理すべきだと思う?」
「それは…。やはりしかるべき人員を配置して内容の精査を行う判断基準を作成し…」
「悪意に善意で答えると?」崎谷が遮って言う。
「ええ…。」
崎谷は呆れたような顔で天井を一度仰いで、黒岩に再度顔を向けて言う。
「全然違うよ!君のはアプローチとして間違っている!」そう言うと続けて、「…君はヒヨコの選別を知っているか?」と黒岩にたずねる。
「ええ…。」
「あれはねえ…オスとメスの選別を…達人になると1匹0.5秒の世界で判断するらしいんだよ。すごい早業だ。必要なメスを選別した後、オスは中央の機械に放り込まれてヒヨコハンバーグになるそうだが…。でだ、私たちがどのようにアプローチすればいいかだが!このヒヨコの選別みたいに単純な判断を行う。それはね!もたらされた悪意には、悪意でお返しするということなんだよ!具体的にはこうだ!証明写真の顔がイライラする!経歴がムカつく!文字の癖に反吐がでる!何か一つでも判断材料の中で不快感を得た瞬間にそいつをマシンで、ヒヨコハンバーグにしちまう!」いい終わると邪気の晴れた顔になった崎谷はさらに続ける。
「するとどうだ?5万があっという間に5百になる。選考は私一人で充分だった。減らしすぎて少し、後から足したくらいだ。…まあいい。まあそれで、一次面接は実にノーマルなものだったろう?私は参加していないが、何せ私の独断で絞り込んだ5百組だ。その中でその気のある人間なんて一握りだったろうと容易に予想がつく。そいつが99組に絞り込まれて私に戻って来た訳だ。…そこでだ、私は最後にどんな判断で君らを選別すると思う?」
黒岩は質問に答えるというよりは、火事を見て自然と口に出てしまうといったような、半ば無意識が混在した感覚で「悪…悪意。」そう口にした。
「そう悪意だよ!」そう言うと、崎谷は応募書類と黒岩ペアを目で交互に見比べ始めると怒鳴り始めた。
「君らは、ひどいじゃないか!この応募されてきた書類に写っている君らと実際にやって来た君らの容姿の違い!加工屋にいくら払ったんだ?怪しい、非合法の、外人の風俗店ばりの鬼加工じゃないか!…それはそれで、不細工しかいないことを承知で行く俺もどうかしてると思うが…。それはまあいい!」
「ねえ…なんか恐いよ。」今日子が再度、杉村に耳打ちする。
「大丈夫、我慢して。」
「帰れ!帰りたまえ!」崎谷がそう宣告すると黒岩ペアは逃げるように会場を立ち去った。
「最後に、あなた方だ。」杉村ペアに目をやると崎谷は続けて、「どこかで、お会いした事があるかな?」そう質問してきた。
杉村は正体がばれたと思ったが、同時に過酷な減量で別人の様な容姿になっている自分と厳しいレッスンに耐えて来たこれまでの日々のことを思い出し、恐怖心を消し去って対峙した。
「いいえ、ありません。」
応募書類に目を通す、崎谷。ふんふん。と一人何かに納得しながら、応募書類と杉村ペアを交互に何度も見返すと「おめでとう。」とつぶやいた。
「えっ?」拍子抜けした杉村が問い返す。
「実は、この二次面接で既に最終選考に進む5組中4組は私の中で決定していてね。残る一組を最後の面接で決めようと思っていたんだが…。見ての通り。」そう言うと、崎谷は空席になった、2組の椅子を指で指し示した。
「そこでだ、もう早く話も先に進めたいので…。この現在の勤務先になっている蜜友商事に電話で在籍確認してもよろしいかな?」
「はい。結構です。」
「ねえ…。大丈夫なの?それ適当なんじゃないの?」今日子が耳打ちしてくる。
「何か問題でも?」
「いえ…。」
「それでは…」携帯電話でダイヤルを始める崎谷。
「私、株式会社ファイブマート、企画部の崎谷と申しますが、購買部資材課の村上さんにお取り次ぎいただけますか?」
「少々、お待ちください。」受付が電話に出て、課へと内線が通される。
「もしもし、村上にどのようなご用件でしょうか?本日、休みですが。」村上の同僚が電話口に出た。
「失礼しました。実は、弊社で現在モニターキャンペーンの選考を行っておりまして。」
「ああ…そうでしたか。」と言って課内の男は、ホワイトボードの休暇理由に目をやる。ホワイトボードには、イベント参加と書かれているのを確認して、「何でもイベントに参加するという事になっていますが、そういうイベントでしたか。」
「ええ、どうもお忙しい所すみません。それでは、失礼させていただきます。」といって通話を終えた。
崎谷は大げさに手を広げて頷いて見せると、「以上だ。」と言って書類の整理を始めた。

杉村は事前に本物の村上に半ば強引に現金200万を手渡しており、選考当日は本人に箱根の高級旅館へ宿泊してもらっていのだった。
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