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1.野上家の決断

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1.
 2010年9月某日
 「ただいまー。」
 午後九時、野上修司は仕事を終え家に帰ってきた。
 家では、妻の曜子が夕飯の支度をして、娘の鈴香はリビングで宿題をやっている。
 妻の曜子は中学生時代からの同級生であった。娘の鈴香は若いころの曜子に似て美人で、成績も良く真面目で、学校ではかわいいと評判であった。
 「おかえりなさい。お父さん。」
 玄関まで駆け寄ってきた鈴香は修司の鞄を持ってリビングまで持ち運んでくれる。
 「なにそれ?」修司の片手に持ったビニール袋を指さして鈴香が尋ねる。
 「ああ、おみやげ」
 「ああ!おでんだ!お母さんおでん。」
 「あら珍しいわね。ご飯あるのに。今日は生姜焼きよ。どうしたの?」
 「ちょっとね」
そういうと修司は一度、寝室へと向かった。
「鈴、ご飯よそってちょうだい。」
「はーい」
食卓に食事と、おでんが並べられると、部屋着に着替えた修司が戻ってきた。
「うまそうだったからね。」
「ん?…ああおでんのこと。」
「私、牛筋食べたい。」と鈴香。
「あなたお疲れ様。」そう言うと、修司にビールを注ぐ曜子。
ビールを一気に飲み干す修司。
「…よし!今夜はビールうまいので、一つ父さんから発表があります。」
数秒間の沈黙の後、二人の好奇心のまなざしに答えるように、修司は口を開いた。
「父さん。会社辞めることにするよ。」
「えっ大丈夫なのお父さん?」
「うん心配ないよ。ちゃんと次の手は考えてあるから。」
「次の手ってなーに?」
「実はね、コンビニのオーナーになろうと思ってね。」
「ええ?オーナー?すごい!」
「でもあなた。始めるのに結構お金かかるんじゃないの?」
「これまで、12年間コツコツ貯めてきた貯金があるだろう?あと退職金も少しでるから、トータル1000万は用意できる。」
「…1000万で足りるの?」曜子は不安げに尋ねる。
「1000万!」鈴香は口に含んだ牛筋を急いで食べきると驚きの声を発した。
「鈴はちょっと静かにしてて。大事なお話だからね。」
「はーい。」
「オーナー制度にも2種類あって、土地や建物をオーナー自身で用意するタイプと、本部が用意してくれるタイプとあるんだよ。それで、用意してくれる方で契約すれば、加盟金や当座の生活費、等々多めに見積もっても1000万は十分すぎるくらいだよ。」
「でも失敗しないのかしら?」
「そのあたりも、マーケティングにじっくり時間をかけて開店場所を決めるし、万が一売り上げが足りないときは給料保障制度もあるから大丈夫。」
「マーケティングって?」鈴香はわからない単語に反応した。
「鈴みたいなおでん好きが多くて、いっぱい買い物してくれる人がいるかどうかあらかじめ調べておくことだよ」
「わたし程のおでん好きはそうそういないよ!」
「じゃあ、必死に探さないとな。」笑顔がこぼれる修司と鈴香。
「でも24時間営業って大変じゃないかしら?」
「大丈夫、大丈夫、アルバイトやりたい奴なんて世の中いっぱいいるからそいつらに任せればいいんだよ!」
「ねえお父さん。私、オーストラリアにコアラ見に行きたい!」
「おおー見に行けるぞコアラ!お金もいっぱい稼げるから、海外だって行けるぞ!ヘルプスタッフ制度っていうのを使えば、本部社員さんが旅行や、身内の不幸の際には、店の面倒をみてくれるそうだ。」
「結構、しっかりしてるのね。」
「そうだよ。全部パンフに書いてあるから。間違いないよ。」
「コアラ、コアラ」
「あっでも鈴、来年から中学生だから、ちゃんと勉強しないと連れていかないぞ!」
「今も勉強してたもん。」
「でも良かった。あなた、ここ最近元気なかったものね。」曜子は楽しそうな修司を見て、思わず本音がこぼれた。
「うん。」
一月前会社では、修司がリーダーの新規プロジェクトが失敗に終わり、その全責任を負って修司は、人員整理の部署に配置換えが行われていた。その事実を家族には打ち明けていなかった。
「長い間お疲れ様。あっそれでおでん?」
「うん。」
がんもを食べる曜子。
「おいしい。どこの?」
「ファイブマート。今度の土曜に説明会があるんだ。」
「そっか。」曜子は終始心配そうな表情だったが、何かふっきれたかのように、笑顔になった。
「よーし!お父さん一旗あげちゃうぞー!えいえいおー!」
「コアラに会いに行くぞ!えいえいおー!ほらお母さんも一緒に!」
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