「だから言ったでしょ、貴方は後悔する。そしてもう――」
口の狭間から出た舌が、ぺろりと口端を拭い取り。
一糸纏わぬ姿の彼女が一歩、また一歩と近づいてくる。
恐ろしく、妖しく、美しい彼女の躰に、慧はその場に釘付けにされた。
鼻と鼻が突き合いそうになるほどの距離で、彼女は真っ赤な瞳で慧の目を見据え、口を開く。
「――私からは、逃げられない」
―
「私と付き合いたいの? いいわよ」
身長はあまり高くないが、その声は大人びた落ち着いたものだった。
上倉かなめはあっさりと慧の告白を了承する。
沈み行く夕日が絹のような長髪を輝かせ、木枯らしが膝下まで下ろしたスカートと共にそれを揺らす。
「え? そんなに簡単に決めちゃっていいの?」
ばっさり切られる覚悟をしていた草刈慧は、逆に面食らってしまった。
授業中、あるいは休み時間、あるいは登下校。ふと視線を感じた方を見れば彼女に見られていた事が多々あった。
切れ長で光の無い、黒一色の瞳で。
ひょっとして自分の事が好きなのか。いやいやまさか、顔も性格もパッとしない、おまけに若干肥満体質の自分に、あんな美少女が惚れるだろうか。
考えすぎだと思っていたが、彼女の目がどうにも気になって仕方ない。
「あの……間違ってたら凄い申し訳ない上に恥ずかしいんだけど」
「何?」
意を決して、人が少なくなった時を見計らって話しかけてみた。
かなめは、クラスではほとんど誰とも会話することなく、仲のいい友達もいないので変な噂になることもないだろう。そう思って、だ。
「ひょっとして俺の事見てたりする?」
「うん」
うんて。
平然と言う彼女の表情には羞恥も無く、侮蔑や嫌悪の色も見えなかった。
脈無し、ではない。とすると……脈有りだ!
と言う短絡的思考に基づいた慧は、彼女を屋上に呼び出すことに決める。
少し余裕を持たせた待ち合わせ時刻。慧はかなめが来るまでの間ずっと、彼女のリアクションを想像していた。
最初の十分。あの無表情無関心のかなめが顔を赤らめ恥らった表情で「私なんかで……いいの?」と言う様は、それだけで白米が三合は食べられそうなものだった。
それから彼女が来るまでの五分。冷静になるとさっきの反応は特に好意を持たれているわけでは無さそうだったと言う事に気付き、白米は麦と粟と豆とに変わった。すごいパサパサしてた。
結果、まさかこう淡々とOKを貰うとは想定の範囲外だった。食べてみれば白米抜きの五穀米も案外悪いものではなかった……と言うわけだ。
ただ、茶碗の底に何が入っているかまでは、その時点では全く気付く由も無かったが……。
「私は構わないわ。むしろ構うのは貴方のほう」
かなめは本当に自分でいいのかと暗に問いかける。
「と、言うと?」
「条件……と言うか、知っておいて貰わないといけない事があるの。それも二つ。
それを聞いて、それでも貴方が付き合いたいと言うのなら私に異存は無いわ。重い話と悪い話、どっちを先に聞きたい?」
「え、何その二択初めて聞いた。どっちもあまり聞きたくないけど……じゃあ、重い方で」
「重い方ね。私と付き合うからには、絶対に結婚して貰うわ」
「重ッ!!!!」
爆弾発言と言うか、地雷宣言と言うか。
まだ付き合ってもいないのに人生を預ける気満々の彼女に、慧は若干引いた。
「うーむ……そりゃ見た目だけを見ればむしろ結婚を申し込むのはこちらの方だって感じだが……まあ後だ、じゃあ悪い方は?」
「私は妖怪よ」
「なるほど。妖怪か……」
「妖怪?」
「ええ」
言葉の響きだけを受け取り、五秒ほど意味を考えた慧は、聞き間違いではないことを確認した。
「妖怪って言うと、あのー……水木しげる的な?」
「ええ、水木しげる的な」
「ゆーうぐーれーのーかなーたから?」
「しーんきーろーおー。古いわ」
「俺の知ってる妖怪はアニメとか見そうにないんだけどな……」
「それは偏見よ。アニメも見れば試験も学校もあるわ」
「せやな」
ホンマもんの電波ちゃんとホンマもんの妖怪ってどっちがマシだろう、と慧は失礼な事を考える。
「うん、じゃまあ妖怪だとして。何の妖怪?」
押し黙るかなめ。
「……何の妖怪?」
「……それは教えられないわ」
「いや教えてよ! 雪女とか猫娘とかならまだわかるけど、後からいったんもめんでしたとかぬりかべでしたとか言われたら泣くよ!?」
「……じゃあ泣くわね」
「結構アレな奴なんだ!?」
髪をかき上げながら目を背けてボソッと呟くかなめに、最低限可愛い女の子型ではあって欲しいと言う慧の願いはあっさり踏みにじられた。
「え? 何? どんなの? 有名?」
「十中八九貴方は知らないわ。妖怪と言うか異形と言った方が正しいんだけど、まあ妖怪みたいなものと考えてもらって構わないわ」
「異形ねぇ……それは人間にとって危険な存在? 無害な存在?」
「大丈夫、無害よ。関わらなければ」
「関われば有害なんだな!?」
もう帰りたくなってきた慧。だがしかし、実際に見てみない事にはなんとも言えない。そもそも妖怪云々など彼女の虚言である可能性の方がずっと高いのだ。
「じゃアレなの? 今の上倉は仮の姿で、本当の上倉は体長4mくらいあって一口で俺を丸呑みしたりできたりるの?」
慧はもう少しだけ付き合ってみるか、と質問を続ける。
半信半疑と言うよりは二信八疑くらいの態度で、冗談半分と言うよりは冗談そのものの口調。
そんな慧に、かなめは怒ることもなく、ただ、聞き返す。
「見てみたい?」
追い風が、ひゅうと吹いた。
のっぺらぼうのように無表情だったかなめが、ほんの少しだけ口端を吊り上げる。
光の無い漆黒の瞳は茶色を経て、夕日より鮮やかな紅の一色へ変貌した。
「……!」
鳥肌が、腕を駆ける。
その眼を見た瞬間、慧は理解した。
目の前にいるこの少女は、人ならざるものなのだと。
瞳に見据えられた時に感じたのは、紛れもない恐怖。そして、ほんのわずかの興奮。
人外のそれであると、人間としての本能が告げていた。
「……」
「…………?」
動悸が治り、赤の眼に少し慣れた慧に疑問符が浮かぶ。
「……変身しないの?」
「してるわよ」
「してるの!? 変わったの雰囲気と眼だけじゃん! それ以外人間じゃん!!」
そう言われてゆっくりとかなめの目は光を失い、黒へと戻った。
「まあ、今はそう見えても仕方ないかしら。で、どう? まだ私と付き合いたい?」
うーむ、と慧は唸った。
彼女は妖怪である。正確には異形。これは間違いない。
そして彼女は少なからず危ない存在らしい。
いくら可愛いと言っても、怪談のオチみたいになるのは勘弁だ。
正体がわからない以上、迂闊に結婚するなんて決めるのはあまりにも恐ろしい。
「一応忠告しておくと、私は都合の悪い事を隠し、貴方を意図的に騙している……付き合うと絶対に後悔するわ」
騙しているからやめろ、と正直に白状される。
優しいのか優しくないのかわからないが、彼女はそこまで人間味がないわけでもないらしい。
「付き合わないのなら、私が妖怪だって事は夢だったとでも思って頂戴。変に言いふらしたりしなければ危害を加える気は無いわ」
慧の心が、揺れる。
そう、今ならまだ戻れるのだ。
普通の女の子とでも恋に落ちればいいだろう。
普通の恋愛をして、普通に結婚して、普通の家庭を築く。それでいい。それで――
――俺は、満足できるのか?
彼女の、赤い瞳を思い出す。
吸い込まれるような紅の中に、確かに慧は見てしまった。
狂気を。
恐怖を。
「あのさ」
「?」
「男だったら誰でもいいの? 俺の事はどう思う?」
しばし考えた後に、かなめははっきりと答える。
「誰でもよくはないわ。好意を持たれて嬉しかったし、今現在世界で一番貴方が好きよ。これは本心。だからこそ、貴方を騙すのは気が引けるし、拒絶されるのが怖い。できれば……」
そこで一旦切り、彼女は歩き出し、慧を通り越して階段へと向かう。
その背中は、とても小さく見えた。
「……普通の人間の女の子として、貴方と恋がしたかったわね」
その言葉を聞いて彼女の手を掴まないほど。
慧は、腰抜けでも情けない男でも無かった。
「……いいの?」
「人間ってのはさ、どうしても見たくなっちゃうんだよ。怖いものと、かわいいものは」
抱きしめたら、抱き返された。彼女の手が、肩甲骨に心地いい。
シートベルトのついてないジェットコースターに乗った気分だった。
動き出したそれは、もう止まらない。止められない。
手の震えとは裏腹に、これから来る恐怖に少し、期待を抱いてしまった。
「でもまさかその日のうちに彼女の家に招待されるとは予想外でした」
途中コンビニで何故か下着と歯ブラシを買わされ、やってきたのは寂れた団地。
ゴムも一緒に買おうとしてレジに出し、横から「それは必要ないわ」と言われた時の店員の顔は多分死ぬまで忘れられない。
それはどっちの意味なのだろうか。
そこまでする気はない、と言う意味か。それとも妊娠する必要はない、と言う意味か。
もしかしたら結婚するまではセックスはしない、という貞操観念を持っているのかもしれない。
――最近の若者は妖怪を見習え。
慧は偉そうにそんな事を思いつつも、当然。
――できればセックスしたいな。
とも考えていた。
「上がって頂戴」
「お、お邪魔しマンモス」
「何も無い所だけど、まあ適当にかけて」
緊張のあまり出てきたダジャレはかなめにスルーされる。
むしろ拾われたら恥ずかしい所だったので慧は安堵した。それでも十分恥ずかしかったが。
光のほどんど入らない廊下を渡り、案内された部屋を見回す。
テレビはある。ベッドもある。テーブルもある。カーペットも敷いてある。以上。
……本当に何も無い。殺風景だけが有った。仮にも女の子の部屋がこれでいいのか。
窓はカーテンで遮光されてる上、照明のあるべき場所は端子だけが空しく天井にこびり付いている。
――これはセックスだよな。それ以外ないよな。薄暗いし。
思春期丸出し思考の慧は、かなめがキッチンから来るのを今か今かと待っていた。
「お待たせ」
飲み物やらを盆に載せて、かなめが部屋に入ってくる。
「あ、ありがと」
お茶を口にする慧。
――なんかあれだな、風俗みたいだな。行ったことないけど。
知識だけは一人前の慧。胸の鼓動は全力疾走したときより速くなっていた。
「トイレに行ったらこれもね」
かなめは盆に載っていた小さな注射器状のものを差し出す。
「……何これ?」
慧には薄暗くて、それがなんなのかわからなかった。
「浣腸よ」
ブーーーーッ。
お茶を盛大に噴き出す慧。
「……汚いわね」
露骨に嫌な顔をするかなめ。
「汚いのはお前の方だよ!!」
こいつ、俺の尻に手を出すつもりか。
手を出すと言うか、指を入れると言うか。
まさか手を丸ごと入れたり出したりするのだろうか。
「いや……いや、でも、悪くはないぜ!?」
「何を一人で盛り上がってるのかしら……」
一瞬躊躇したが、覚悟を決めていい笑顔になる慧。
黒髪ロングでSっぽい人外少女にアナルを弄られる……イエスだね!
慧はここに来て初めて、自分がMである事を自覚した。
「あとシャワーも浴びてきてね。歯も磨くこと。ついでに家に連絡もしたらどうかしら」
「注文の多い料理店かよ……」
まあ、エチケット的には当たり前か。
慧は前かがみになりつつ部屋から出ていった。
「……」
かなめは考える。
果たして、本当にこれでいいのかどうかを。
シャワーから上がった慧は、腰にバスタオルだけ巻いて部屋に帰ってきた。
股間の部分はしっかり盛り上がっている。
「……性欲の塊ね」
「ははは、そんなに褒めるなよ」
「褒めてないわ……まあいいけど、その前にちょっと話をしない?」
開き直る慧を、とりあえずベッドに座らせる。
「何? エロい話?」
「少しそっちから離れなさい。
……まだ言って無かったわよね。私が何の妖怪だったか、って」
「そう言えば聞いてなかったね。結局なんなの? 淫魔的なアレ?」
「違うわ」
あくまでエロから離れようとしない慧だが、かなめの表情を見て少し自粛を決める。
いきり立っていた陰茎も、とりあえず収めた。
「妖怪と言うほどファンタジーな種族ではないの。霊的なものでもないし呪いもかけることはない。だけど、確かに人間とは違う。似ているけど異なる種族。故に異形」
そう言って、彼女は目を赤に染め、制服を脱ぎ出す。
やっぱりエロじゃないか! と慧は喜ぶ。
はず、だった。
セーラー服を脱ぎ捨て、柔肌が露になるとその異変に気付く。
彼女の控えめな胸の下からパンツにかけて、一本の筋が通っている事に。
「民間伝承に曰く、それは『ヴァギナ・デンタータ』。それとは厳密には違うけど」
ブラジャーを淡々と外し、小ぶりながらも形のいい乳房が顔を出した。
パンツを躊躇無く脱ぎ、手入れしているのか、毛の生えてない陰裂が露になった。
恥部から上に伸び、臍を超え、胸下まで至る、一つの歪。
そして、
それは、
ゆっくりと、
左右に、
開く。
「結婚とは、生殖。そして私の種族の生殖とは――」
鮫を思わせる、牙。長く先細りする、舌。ぬらりと湿った、肉壁――
「――人間の男を、丸ごと喰らうこと」
――大きな口内が、そこに現れた。
「うえぇうぇえうえぇうええうぇい!?」
あまりの出来事に慧は素っ頓狂な声を上げる。
ベッドに乗ったまま後ずさり、壁に背を打ちつけた。
「言ったわよね。結婚してくれるって」
冷徹な視線で見据える、かなめ。
腹の口からは舌が伸び、ベッドの上を這い回るように動く。
「言ってねぇよ!? ……あれ? 言った? 言っ……た!? そういえば言っ……た……ね!!」
顔を引きつらせながらの笑いは、恐怖によるものだと、かなめにも理解できた。
舌はそのままくねくねと蠢きながら進み、慧の足裏をぺろりと舐めた。
「うおおおおおおおおお!!??」
突然の出来事にビクンと飛び跳ね横にスライド移動する慧。座った姿勢のままベッドから落ちる。
その顔は、今にも心臓が止まりそうな表情をしていた。
「ねえ……私が、怖い?」
慧は言葉を詰まらせる。
正直言って、滅茶苦茶怖い。想定の範囲を遥かに超えていた。
どう答えるべきなのだろう。どうすれば、生きて帰ることができるのだろうか。
そんな顔をしている慧を見て、かなめは思った。
「ああ、やっぱりな」と。
「だから言ったでしょ、貴方は後悔する。そしてもう――」
口の狭間から出た舌が、ぺろりと口端を拭い取り。
一糸纏わぬ姿の彼女が一歩、また一歩と近づいてくる。
恐ろしく、妖しく、美しい彼女の躰に、慧はその場に釘付けにされた。
鼻と鼻が突き合いそうになるほどの距離で、彼女は真っ赤な瞳で慧の目を見据え、『口』を開く。
「――私からは、逃げられない」
慧は思わず、目を閉じた。
そして――
「………………?」
何も、起こらない。
恐る恐る目を開く慧が見たものは、ベッドの淵に腰掛け顔を伏せるかなめの姿だった。
「かなめ……さん?」
その後姿に、慧は遠慮がちに呼びかける。
かなめはこちらを向くことなく、そのまま喋り始めた。
「これでわかったでしょ。私は化物。貴方を騙して、食べようとしていたのよ」
「かなめ……」
「早く帰って頂戴。もう二度と貴方の目の前には現れないわ」
気丈に振舞っているつもりのその声は。
わずかに、震えていた。
慧は今しかないと素早く立ち上がる。向かう場所は決まっていた。
「申し訳ありませんでした!!」
彼女の、目の前だ。
慧は素早く回り込み、カーペットに頭を擦りつけた。
「え……?」
土下座から見上げて彼女の顔を見れば、やはり彼女は目を腫らして泣いていた。
どこが違うと言うんだ。普通の女の子と。
「さっきのは……あの、怖くなかったと言えば嘘だけど、驚いた事の方が大きかったから! 本当にごめんなさい!!」
生きて帰れると言う安堵感よりも。
女の子を傷つけてしまったと言う後悔の方が。
好きな女の子が泣いているのを放って逃げる自分が許せないと思う気持ちの方が。
優先すべき感情だと、慧は踏み切った。
「違う……悪いのは私……」
「悪くない! かなめは俺の事をただの食い物にしか見てなかったのか!?」
「そ、そんな事ない……! 本当に好きだから、でも、好きだから食べないといけなくて……」
「じゃあ悪くない! 全っ然悪くない!! 俺が許す!!!
だから、結婚して下さい!!!!」
裸のまま、慧はかなめを抱きしめた。
「私なんかでいいの……?」
「お前だからいいんだ!!!」
その体は温かかった。僅かに震えていた。
強く。一層強く、慧は彼女を包む。
泣きやんだと思ったかなめは、再び泣き出してしまった。
「で、だ」
全裸のまま再び向かい合う二人。
「確認するが、かなめ達のセックスってのは相手を丸呑みすることなんだよな?」
「ええ、そうよ」
すっかり元の調子を取り戻したかなめだったが、その目は異形化とは関係なく赤みがかっていた。
「喰われた側って死ぬよな?」
「相手の血肉となって永遠に生き続けるわ」
「一般的にはそれを死ぬって言うんだよ! ……っと、ああ悪い、責めてるわけじゃないからな」
いつもの癖でついツッコミを入れてしまう慧。
「うーん、丸呑みかー。頭からもぐちゃもぐちゃかー」
「……慧、私はさっきの告白だけで十分嬉しかったわ。誰だって死ぬのは怖い、無理しないでいいのよ」
気持ちだけでも自分を女の子だと認めてくれたかなめは、尚のこと慧を食べたくなかった。
同時に、今すぐにでも食べたかった。
「でもセックスしないと子孫が残せないんだろ?」
「そうね。私達は一生に一度しか子供が生めない。男の遺伝子を丸々取り込んで、自分の遺伝子と混ぜ合わせて受胎するの」
「一生に一度! ……女しかいないんだよな?」
「ええ、種としては絶滅寸前よ。もっとも、こんな種族は早く絶えたほうがいいのかもしれないけど」
自嘲気味に言うその肩を、慧は優しく叩く。
「気にすんなってそんなこと。誰だってセックスしたい、俺だってセックスしたい。同じだ」
「……ありがと」
柄にもなくしおらしくなるかなめを見て、慧は思う。
こいつになら食べられてもいいかな、と。
「じゃあさじゃあさ、今度はこっちからいくつか約束して欲しいんだけど」
「約束?」
聞き返すかなめに、慧が頷く。
「まず一つ。これすごい大事だからよく聞けよ」
「何?」
「噛まない」
そう言う表情は、これ以上なく真剣なものだった。
真剣と言うよりは、切実。
「マジで、マジでやめてね。泣くから。叫ぶから。いくらMな俺だって噛み砕きで五体バラバラになったら千年の恋も醒め現世を憎み呪詛を吐きながら死に往くから……って、可能?」
早口でまくしたてる慧に、かなめは圧倒された。
「あ、うん」
ほっと胸を撫で下ろす。
とりあえず即死を免れ安堵する慧だったが、かなめにMだってバラしてしまったことについては深く考えてなかった。
「次。俺が凄まじい速さでタップし出したらとりあえず一旦中止して。後日改めて睡眠薬か何か持ってくるから。マジで。苦しみの中で逝かせないで」
「わかったわ」
はーっとため息を吐く。
中でどんな事態になるかわからない。
窒息するかもしれないし、硫酸の如き胃液で焼かれるかもしれない。
死ぬ事自体は選択だから仕方ないとしても、死に方くらいは選ばせて貰えたようだ。
「で、最後なんだけど。これは今の二つとは違う意味で凄い大事」
「何かしら」
流石にこれを言うのは恥ずかしく、少し躊躇した。
が、これは何としても言わなければならない。伝えなくては絶対に後悔する。
意を決して、小さく呟く。
「…………気持ちよくして下さい」
一瞬ポカンとなったかなめは、その意味を理解してクスクスと笑い出した。
慧に近寄り首筋を一舐めする。
「あひっ」
そしてそのまま耳に口を近づけて囁いた。
「任せて。骨抜きにしてあげるわ、旦那様」
ベッドに仰向けになる慧に、かなめが覆いかぶさる。
「俺がリードしなくてもいいの?」
「いいのよ、私が貴方を食べるんだから」
既にかなめの目は赤く、腹の裂け目からも舌が顔を覗かせていた。
その表情は正に、御馳走を目にした捕食者。
皿に盛られた状態の慧に、もはや為す術は無かった。
「それでは貴方に感謝を込めて……
……いただきマンモス」
「時間差で拾われたッ……!?」
かなめはそう言って、慧の唇を食む。
甘い香りが口内に漂い、慧の理性を危うくさせる。
「んっ……」
しばし唾液を流し込まれた後、今度は舌が侵入された。
歯の表面を左から右へ。下に移って右から左へとゆっくりなぞって、終わったと思えば歯の裏側を掃除される。
続いて、舌を舌で絡め取られ、抵抗むなしく陵辱されてしまう。
「んんんっ!?」
逃げようとするその舌を組み伏せて、屈服させられる
犯されて、辱められて、そのまま喰らわれる。
戦火に取り残された生娘のように、慧は激しくレイプされた。
「んっ……はぁ、美味しいわ、慧。貴方をずっと食べていたい」
一旦口を離し、再び舌で慧を犯す。今度は上顎を食欲と性欲のままに侵攻し始める。
最も窪んだ所をチロチロと舌先で舐られ、慧の脳に電気が流れた。
気付けば慧の陰茎はこれ以上無いほどガチガチに固まり、刺激を求めて遥か上、かなめの顔を向いていた。
「……」
それを見たかなめは、自らの口を離さずに。
(貴方の相手はこっち)
と、もう一つの、大きい口から出た舌を向かわせた。
男を喰らうためだけにあるその器官が、慧の男そのものである場所を求めて伸びる。
――ぺろり。
「~~~~~!!!?」
一瞬のフラッシュ。
勢いよく出た白濁液が、かなめの胸と顔に飛散した。
「あらあら、もう出ちゃったのね」
そう言って嗤い、まずは腹部から出た長い舌で胸のそれを拭い取る。
「……ん」
続いて、先ほどまで慧を犯していた舌で、顔に付いたそれを舐めた。
「……へえ、中々美味しいじゃない」
しっかり舌の上で転がして味わった後、飲み込んで喉越しに恍惚とする。
そして突然の射精に呆然とし痙攣している慧に目を向け、
「もっと頂いてもいいかしら」
と悪戯っぽく言った。
否定を認めない彼女の眼に、慧はコクコクと頷く他なかった。
いきり立った逸物を眼前にかなめは嬉しそうだった。
「なかなか大きいわね。食べごたえがありそうだわ」
慧はちらりと彼女の下腹部を見やり、乾いた笑いを漏らす。
「……お前のに比べれば全然だけどな」
「大丈夫、私の膣内に入るのは貴方自身よ。たっぷり楽しませてもらうわ」
そう言って彼女はそれを口に含んだ。
「おおっ……!」
生暖かく優しい感触がペニスを包む。唇が竿を咥え込み、上下にしごき始めた。
彼女の小さな口の中で亀頭はすぐに喉に到達し、柔らかく蠢いた壁に擦り付けられる。
そして、彼女の何よりの武器、舌。
これがペニスの傘、一番敏感な所を巻きつくように動き始めた。
「ちゅ……じゅるじゅる……じゅぽっ……ふはぁ……慧の、おいひい……」
舌をゆっくりと回転させ、搾り取るように撫で上げる。
上に、下に。緩急を付け、ペニスにむしゃぶりつく。
じっくりとその味と触感、匂いに至るまでを堪能しながら、かなめは慧を犯し続ける。
今にも射精しそうなほどの刺激を受け続けてた慧だが、かなめが長く味わおうとするせいであと一息絶頂に届かずにいた。
出したくて仕方無さそうな慧の表情を見て、かなめは悪戯心が芽生えた。
「慧、出したい?」
「お……お願いします」
「そう。私も、いっぱい出して欲しいの」
かなめの隠し武器、二つ目の舌が大きな口から這い出て、蛇のように鎌首をもたげる。
そして、慧にさきほどしっかり洗ってもらったそこへと照準を合わせる。
「だから……」
慧をいたぶっている時の表情とは違い、一見すれば天使のように清純な少女の微笑み。
だがそれは慧には、どす黒い嗜虐心が渦を巻いてかき混ざったものに見えた。
「こっちも、いただきます」
ずぶり。
「……ぁ」
この瞬間、慧は正しい意味でかなめに犯された。
かなめの細長くなった舌は慧の肛門を一瞬でこじ開け、肉壁を欲望の限り貪る。
掘り広げた肛門から直腸、果ては大腸までの味の違いを楽しみながら、慧の限界が過ぎた事を感じて慌ててペニスを咥える。
前から後ろから舌を入れられた衝撃は、尿道の堤防を簡単に破壊した。
「……っぁぁぁああああああああああ゛!!!!!!」
無様な嬌声を上げながら、慧はかなめの口に精液を吐き出した。
頭に雷が落ちたような快感と、謎の敗北感による悔しさに、慧は半ば無意識にかなめの頭を両手で掴み、オナホールでも使うかのように激しく何度も打ち付けた。
「ごぼっ!?」
口内で唾液と混ぜてゆっくり愉しもうと思ってた精液は、ダイレクトに喉奥に流し込まれる。
むせながらもその事態に高揚感を覚え、残った精を一旦手に吐き出して犬のように舐めてじっくりと堪能した。
「はぁ……慧のザーメン、おいし……」
慧はフテた。
「そりゃ確かに気持ちよかったですけどね、男にとってアナルと言うのは女の子における処女と同じくらい大事なものでね、それをね、いきなり挿れてね、あんな乱暴にね、ガッツンガッツンって犯してね、『ほらほらここがいいんでしょ! 女の子に舌チンポでお尻犯されて精液ピュッピュってしちゃうんでしょ!!』ってね」
ベッドに丸まり顔を押さえてさめざめと泣いている慧を、かなめは宥めた。
「わ、悪かったわ。ちょっと調子に乗りすぎちゃった……」
あとそんな事一言も言ってないわ、の言葉を飲み込み、かなめはばつが悪そうにする。
「ええ俺はMです。ドMですとも。ガチな拷問以外は何されてもアへ顔晒して悦ぶ汚く恥ずかしい雄豚ですよ。これからかなめ様に食べられて栄養となる豚肉ですよ。でもね、ハゲはね、Mでもね、SMプレイの時に女王様にハゲって言われたら心に傷を負うんですよ」
貴方ハゲてないじゃない、の言葉を押し込み、かなみはオロオロと対応に困ってしまう。
アナルは超えちゃいけないラインだったらしく、慧はおいおいと泣き続けている。
予想外の展開になってしまたかなめは弱り果て、どうにか言い訳を重ねた。
「本当にごめんなさい……慧が可愛くて愛おしくて、つい苛めたくなっちゃったの。あと、その、汚いなんて思ってないわよ。美味しかったわ……お尻」
フォローになってないフォローをしながら、慧を背中から抱き寄せる。
小ぶりな胸を押し当てられ、慧は背中に柔らかい感触とその中心の少し硬い突起に体を震わせた。
「えっと、男の人って、その……おっぱいが好きなのよね? 私の、小さいけど……好きなように弄っていいわよ。
いえ……弄ってくれないかしら。弄って欲しいの、貴方に」
慧はむっくりと起き上がり、涙を手で一拭い。
「――任せろ」
男の、目だった。
「……改めて凝視されると何か恥ずかしいわね」
シミ一つもない彼女の肢体。あるのは細長い一本の筋だけだ。
その上に鎮座する小さいながらも形の整った乳房を、慧は食い入るように見つめる。
白に近い桜色をした乳首もまた小さく、硬貨の穴ほどの未発達な果実がちょこんと乗っかっていた。
右のそれに顔を近づけ、舌で軽く舐める。
「んっ」
僅かに反応を見せるかなめ。続いて左の乳頭に手を伸ばし、指先で弾く。
「あっ……」
感度の良さに気を良くした慧は、両手で優しく乳房を包み、マッサージするように回してこねる。
ほどよい弾力が指に心地いい。手を回転させるたびに、彼女が脱力していくのを掌から感じた。
そこで突然、乳首を弱く噛んでみる。
「ひっ!?」
可愛らしい反応を見せるかなめに、すっかり慧の気分は盛り上がっていった。
赤子が母乳を求めるように、強く突起を吸引する。
「きゃあっ! そ、そんなに吸ったって何も出ないわよっ……」
――良い声が出るんだよ。
慧はほのかに甘いそれにむしゃぶりつきながら、右手をかなめの股へと寄せる。
手で彼女の秘部を愛撫しようとしたのだ。
裂け目に当たった所でようやく慧は、かなめのそれがとてつもなく大きい事を思い出した。
が、その手は止まらない。
閉じているその裂を指でトントンとノックする。すると、門は簡単に開かれた。
人の上半身くらいなら簡単に入ってしまいそうな、巨大な孔。
それがゆっくりと開かれ、慧の手を招き入れる。
胸に気を取られていたかなめが意識することなく開けてしまったのは、種としての本能だろうか。
「下の口は正直だな」
慧は手探りで見つけたそれを指先でつっと撫ぜた。
急な刺激に全身が粟立つ。
「ひぅっ!? え、何?」
先ほどまで散々それで弄んでた舌を急に触られ、かなめはようやく自分の中に手が入り込んでいたことに気付く。
「お邪魔してます」
「い、いらっしゃい……」
慧はその舌を掴み、手淫でもするかのように扱く。
粘液にまみれたそれは摩擦を感じさせること無く、手の中でいやらしい音を立てて滑り続けた。
「あっ、あっ、そんな、だめっ……」
体を仰け反らせて喘ぐかなめに構うことなく、慧は左手にある乳首を強めに引っ張り抓りあげ、同時に左胸も口で吸い上げつつ乳首をかり、と噛んだ。
「や、ああああああああああっ!!!」
ビクンビクン、と大きく二度痙攣し、彼女は絶頂を迎える。
腹の肉壁から、胃液か、膣液か、両方の特性が混じったものか。
熱い体液が溢れ出し、中は更に湿り気を増す。
「はぁ、はぁ、はぁ……す、すごかった……」
緩んだ顔を見られたくないのか、かなめは枕に顔を埋めて余韻に浸る。
「……さて。人生最期(メインディッシュ)の瞬間が迫ってきたわけですが」
「何度も言うけど、今から中止しても私は軽蔑したりしないわ。
本当は止めたいけど今更引っ込みが付かなくなったからって強がっていない? 私はそんなの望んでいない」
「いや、怖いわけじゃないんだ。ただ、短い人生だったなぁと思いまして。それもそれで悪くないもんさ。最後にたっぷりおいしい思いをさせてもらったし」
吹っ切れたような笑顔を見せる慧。
「それに、よく考えたら人間いつ死ぬかなんてわからないんだし、こんな耽美エロい死に方も悪くないかなって。
ここで拒否して、明日交通事故にでもあって死んだら俺は自縛霊かなんかとなって現世を彷徨い続けるだろうし」
要は、気の持ちようなのだ。
そう納得して、慧は彼女の餌となることを決めた。
「……そう。貴方がそれでいいのなら、私に異存はあるはずもないわ。言い出したのは私だもの」
「あのさ」
「何?」
「全部消化し切っても、俺の事忘れないでいてくれるかな?」
かなめは何を今更、と小さくため息を吐き微笑む。
「忘れるも何も、貴方の半分は私と永遠に一体になり、もう半分は私の子となるのよ。
そこにあるものを忘れるわけないじゃない」
「そっか」
笑って慧は、かなめの大穴を覗き込む。
「ところでこれ、噛み砕かないで俺入れるの? かなめより俺の方が大きいのに」
「そこは心配ないわ。この体、結構伸縮がきくの。座ってもらうようだけど」
「そうなのか……」
自らの手で、口を押し広げるかなめ。
その内部が明らかになる。
ピンク色の、蠢く柔肉。底から生えた、長い舌。空きっ腹は獲物を求めて、ねばつく液体を分泌している。
ごくりと唾を飲み込む慧。
「慧」
自分の腹をしげしげと眺める慧に、かなめは呼びかける。
「貴方を好きになってよかった。貴方に愛されて、私はとても幸せだったわ」
そう言って顔を近づけ、優しく短いキスを交わす。
「ありがとう」
ああ。
騙されてなんて、いるわけない。
いや、騙されていたとしても、構わない。
慧は、理解する。
俺の人生は、この笑顔のためにあったんだ。
「よいしょっと、失礼します」
慧は足をかなめの中に踏み入れる。
中は彼女の体温で生暖かくて、彼女の消化液で気を抜けば転んでしまいそうなほどぬめっていた。
踏み込んだ両足を軸に回転しながらしゃがみこみ、彼女と同じ方向を向いて収まった。
「今さっき今生の別れみたいなやりとりしたけど、多分ってか十中八九タップすると思うからお願いね。
歯医者みたいに『もうすぐ終わりますからね~』とか言って無理矢理消化しようとしたら怒るよ。噛み付くよ。できればの話だけど」
ほとんど生殺与奪を握られ、口がすっぱくなるほど注意しながらも躊躇せず彼女の中に入るのは、かなめへの信頼の現われでもあった。
「わかってるわ。でも多分、その必要もないと思うけど」
そう言って、かなめの口は閉じゆく。
わずかにあった光さえどんどん細くなり、ついに視界は暗闇に包まれた。
心細さは、微塵も無かった。
「……どう言う意味だろ」
首を傾げる慧に、温水のような液体が頭からかけられた。
消化液。強い酸性のそれは、慧の体をどろどろに溶かし、皮膚から肉へ、内臓を経て骨までを溶かし、かなめのものに変えてしまう。だが。
「……暖かいけど、熱くはないな」
焼けるような痛みを想像していた慧は、その感覚に拍子抜けした。いや、むしろ――
「気持ち……いい」
食べられていると言うよりは、彼女の胎内で育てられているような心地よさがあった。
背中を丸めている状況もあってか、まるで消化される前からかなめの子供になったかのようだった。
そのぬくもりに身を委ねていると、股の下で何かが動き始めた。
「サービスよ」
そんな声が、上から聞こえた。
何かと思っている内に、それは慧の脱力しきった陰茎をつつく。
この感覚は、さっきの舌だ。
テープのように細長いそれは僅かに反応したペニスにらせん状に巻き付き、すっぽりと覆い尽くしてすぐさま勃起させる。
そしてそれは密着したまま回転して、ペニスを扱き上げる。
上に、下に。
「うあっ……!」
ずにゅ、ずにゅ、ずにゅ、と。
柔らかいながらも機械のように精密に搾り取ろうとする動きに、慧は声を上げてしまう。
「と、そうだった」
一旦ペニスを舌から解放し、かなめが自分の中の慧に問いかける。
「お尻、弄らせてもらっても構わないかしら」
「あ、どうぞ」
即答であった。
突然ではなく許可を得たから良かったのか、処女は既に奪われたから良くなったのか。
あるいは、単純に気持ちいいから弄って欲しかったのか。
かなめはそれ以上聞くことなく、その細く長い舌をうねらせた。
「じゃあとっておきのをいくわよ。いつか旦那様ができたら使おうと思っていた、必殺技」
必殺技と言うのが割とシャレにならない状況だなと思いつつ、慧はそれが来るのを待った。
括約筋をほどき、肛門に舌が入り込むのを期待しながら覚悟する。
と、舌は慧の閉じていた口先をツンツンと小突いた。
え、あれ? こっち?
慧は困惑しながらも、舌を招き入れるために口を開いた。
すると。
その舌は凄い勢いで、慧の喉を通り抜けていった。
「おごっ!?」
そのまま食道を通り、胃を通過し、小腸に侵入した。
慧は突然の事態に混乱し、口から出た舌を掴み取ろうとする。も、それは生きた鰻のようにするすると手から流れていく。
尚も舌は伸び小腸を制覇する。大腸を駆け抜ける。直腸を突破する。そして。
ぐにょ、ずりゅ。
肛門から、舌が飛び出た。
そしてそのまま屹立したままの陰茎を再び巻き取り、先ほどの形に持ち込む。
「ふもごっ!」
「あはっ…すごい。私の中の、慧の中で、私の舌が動いてる……んっ」
興奮したかなめの声が、慧の耳に響く。
それに呼応してか、これまで少し余裕のあった空間が狭まり、慧の全身を肉壁がむっちりと包み込み、わさわさと愛撫を始める。
「んんんーーーっ!!!」
中も、外も。熱い。溶けてしまいそうだ。
体中を、柔肉に這い回られる。
喉から彼女の唾液の匂いが染み渡る。
腹の中を、ぐねぐねと蛇が動き回る。
肛門はずっと開いたまま、出入りを繰り返される。
ペニスを、幾重にも編まれてできた肉穴に吸い込まれる。
自分の全てを、余すことなく。
舐められる。
犯される。
汚される。
清められる。
弄られる。
食べられる。
かなめに、愛される。
射精するのに、時間はいらなかった。
尿道にまで興味を示し始める舌先へ向かい、ありったけの精をぶち込んだ。
求められた嬉しさを体現するかのように。
それと、弄ばれたほんの小さな怒りによる腹いせのように。
どろどろに濃くて、冗談みたいな量の人生最期の精液を、彼女の腹に、膣内に叩き込む。
同時に、かなめも達した。
性的快感によって出た消化液は溢れ出て止まることを知らず、慧の精液と混じって、彼を包み込んだ。
(……ああ)
三十秒ほどもあった射精を終え、舌もするすると身体から退散していく。
これ以上ないほどの快感を得た慧はどっと疲れ、急に眠くなる。
ここで寝てしまったら……いや、この安らかな所で眠れたら、それでいいのか。
消化液は既に内部を満たしているが、溺れることはなく。
瞼をそっと閉じると、意識は急激に薄れていった。
――最高の人生だった。
「……おやすみなさい」
かなめの優しい声が、耳に届くのを最後に。
慧の意識は、溶けていく――
ぺっ。
べちゃ。
放り出され、床に落ちた衝撃で慧は目覚めた。
「…………あれ?」
意識がある。生きている。ほどよくとろけているが、身体に異常はない。
後ろを見ると、下着を身に着け始めたかなめと目が合った。
「…………あれ??」
かなめに食べられて栄養となり、自我が消えてしまったと思っていた慧は、今もこうして首を傾げている。
呆れたようにかなめは言う。
「いつまで呆けているのよ。早くシャワー浴びないと遅刻するわよ」
そう言いつつ制服を纏い、靴下を履き終えてキッチンへと向かった。
状況が理解できず、辺りを見回す。かなめの部屋だ。
僅かに光が漏れるカーテンを開くと、東の空には朝日が昇っていた。
「どういうことだ」
食べるタイプのヨーグルトを二つ持ってきたかなめが答える。
「今日は平日だから学校に行かないといけないってことよ」
「そうじゃねぇよ! なんで俺生きてるの? かなめに食べられたはずだろ?」
「今さっき吐き出したもの」
「何で消化されてないの?」
「人一人を噛まずに消化するのには、丸三日かかるの。数時間程度なら大したこと無いわ」
もくもくとヨーグルトを口に入れるかなめ。
「じゃあ、もしかしてお前は最初から俺を消化する気は無かった……?」
「いや、あるわよ。いつかね。それを今日にするつもりは無かっただけ」
それを聞き、慧は拍子抜けしてベッドに上体を預けた。
「マジかよ……俺の覚悟はなんだったんだよ。あと人生最期の精液って地の文もなんだったんだよ。まだ出るよな……?」
「……あまり食事中に下の話はしないでくれないかしら。今ヨーグルト食べてるのだけど」
「お前恍惚のヤンデレポーズしながら『はぁ……美味しい///』ってアへ顔に近い表情で飲んでただろ。がぶがぶ飲んでたろ」
「普通の食事とそっちは別なの。デリカシーが無いわね。あとそんなポーズや表情はしてないわ」
発言に対しては恐らく言っていた事は間違いないと思ったので、突っ込むことはしなかった。
「だから言ったでしょ、騙してるって。試してたって言ったら語弊を生みそうだけど、発言自体に嘘はないわ」
「へーへーそうですかー」
ふて腐れる慧。ヨーグルトの蓋を剥がし、一気にかっこむ。
「第一子供が生まれたら養育費が必要だし、それまで馬車馬のように働いてもらわないとね」
「お前本当いい性格してるよね。惚れた俺も俺だけど」
「それに、私はまだ貴方の事を全然知らない。身体が重なり合っただけじゃ、ほとんど何も理解できていないわ。これから貴方と過ごしていって、もっともっと沢山貴方と共有したい。時間も、困難も、幸せも」
ヨーグルトを机に置き、慧の真横に座って向かい合う。
「ずっと、一緒にいてくれるかしら」
「何度も言わせるなよ。お前が嫌だって言っても腹に捻じ込んでやる」
そう言って、慧はかなめに口付けを交わした。
彼女の唇は、ほんのり甘酸っぱいヨーグルトの味がした。
終
「そう言えばなんでお前俺の事見てたの?」
「だって貴方いい感じに太ってて美味しそうじゃない」
「…………えー」