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火事のあった日

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駅から出ると煙臭かった。
何かが燃えている。目線を上に向けると、火元は駅正面のゲームセンターだということが分かった。消防車のけたたましいサイレンの音。次々にゲームセンターから出てくる若い客や店員の姿もあった。


「燃えてるね」
火祭りを尻目にパンを買う。パン屋は駅のほど近く、当然ゲームセンターともさほど離れていないところで営業しているが、店に立ち続けて60年以上になるという婆ちゃんは度胸の据わっているのか、それとも耳が遠くて目もロクに見えていないのか、とにかく平常運転だった。
「コッペパンにブルーベリー。ばあちゃん、燃えてるよ」
話しかけても返ってはこない。ただ婆ちゃんは自分の仕事に没頭しているようだった。ルーチンワーク。切り込みの入った自家製コッペパンを手に取り、ブルーベリーとホイップクリームの合わさったソースをたっぷりと中に挟み込む。学校帰り、ここから家まで帰る道すがらには最高のお供だ。
火の粉が飛んでくるかもしれないから気を付けてね、と大きな声で言い残して店を離れた。ふと、もしこの後、本当にゲームセンターから延焼してこのパン屋や他の店が焼けてしまったらどうしよう、と想像した。焦燥感に駆られる。しかし出来ることはなにもない。きっと大丈夫、もう消化活動も始まっている。白い息をひとつ吐く。コッペパンを囓る。

昔から皆が騒いでいることに興味を持てない人間だった。
ーーコッペパンを囓る。あの店のパンはやはり美味い。
でも、本当は気になっている。もっと様子を見ていたかった。詳細を知りたかった。出火原因は何なのか、怪我人はいないのか、取り残された人は。
ーーパンの味とブルーベリークリームの味とが絶妙に絡まり合う。クリームの粘度がサラッとしているのもいい。いくらでも食べられそうな気がする。
素直に感情を出せればいいのに。もっと他の人と同じ事を共有して分かり合いたい。そんなこと、一度も出来たことはないけれど。
ーーもうなくなってしまう。もうひとつ買っておけばよかった。小豆クリームも食べたかった。
インプットとアウトプットには別の才能が必要だ。思っていることをそのまま表に出すのには、一体どうすればいいのだろう。パンのうまさを語り合うとか、そんな小さなことでもいい。誰かと理解し合いたい。
ーー今からでも間に合わないか? ゲームセンターの前の野次馬や店員と、気になっていることについて話してみたい。今なら間に合わないかな?
堪らず、振り返る。もう駅からは随分離れてしまった。家に帰れば地域ニュースが速報として伝えているかもしれない。そこで詳細も分かるだろう。それは分かっているが、足が前に進まず、目も耳もゲームセンターの方に固定化されていた。
突然、止んでいたサイレンがまた鳴り始めた。音はどんどん近づいてくる。そして目の前を赤い大型車が一台、二台と通り過ぎていくと、また音は遠くなった。
ーー帰ろ。
時間は戻らない。明日、火事を近くで見たとクラスの誰かと話してみよう。
「……凄い火だったよ。みんな焼け出されてきてさ、消防車もガンガンきて。でも、近くのパン屋の婆ちゃんだけは、まるで何も起きてないみたいにパン売ってたんだぜーー」
とっぷりと日が暮れた冬の空の下で、言葉が浮かんでは消えた。
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