11.真昼の星屑
「ダウト」
とりあえず勝てないことがわかった。
俺や茂田があれこれと策を弄してみたが、そのすべてを嶋岡さんはかわしてきた。いろいろやった。マーク合わせは結構よかった。が、結局は嶋岡さんをどーにかしない限りは勝てないわけで。
「ばいばいだケッシィ~」
嶋岡さんが悪魔のように笑いながら小さく手を振る。芥子島は歯を食いしばっていた。
テーブルの上には「これから芥子島が天ヶ峰に殴られます」と開かれたカードが示している。さらば芥子島。
「YOU……覚えておけよ……」
芥子島が虚勢を張ったが、ガクガク震えている。嶋岡さんがくすくす笑う。
「さらばだ。嘆きと共に滅ぶがいい」
風邪ひいたみたいに気軽に厨二病を患っている僕っ子。
「さあ、汚らわしき魂を滅してミサトン!」
「いいよ~」
まずボディ。
芥子島が空中に浮いた。
「――――!」
しかしなんとか両腕をクロスに編んでガードしているところは流石である。無謀ながらもなんとか生き延びようという心意気が小賢しい。
「ちぇえええええすとおおおおおおお!!!!」
一回殴るだけだって言ってんのに追い打ちをかける馬鹿さえいなければ芥子島も温泉に……いやもう終わったことを考えるのはよそう。田中くんが開けた窓ガラスの穴をさらに広げてパリンコした芥子島が高速道路の彼方へと消えた。ゴロゴロ転がっていって最後に乗用車のボンネットで受け身を取っているのがチラっと見えたが、忘れてやることだけがヤツへの供養だ。
茂田が絶望的な顔で俺を見ている。
手に持ったカードがぷるぷる震えている。
仕方ないんだ茂田。俺たちはユリユリ王国の礎になるんだ。
そう思えばこんな死も悪くはない……
「観念したようだね後藤くん」
嶋岡さんがドヤ顔で囁いてくる。
「うっせぇUNOなら負けなかったわ」
「僕はUNO宣言を忘れたことがない女だよ」
「ただの嫌な奴だわ」
「ふふっ、戯言を」
「キャラを安定させてください」
もうなんか滅茶苦茶だよ。桐島に至っては寝始めたし、横井はバス酔いでダウンしたし、清水にいたってはメットの中で氷が溶けて溺死しかかっている。なにやってんだ。
「なあ嶋岡さん、もうやめようぜ。こんなトランプは悲しみしか生まない」
「何を言ってるの。まだまだやるよ!」
片手がワキワキ動いている。ユリユリ王国ではどんな魅惑の果実が実っているというの。
俺はちょっと考えた。時計を見たが現地へつくまであと三十分くらいだろう。しかしもう俺たちに打つ手はないので嶋岡さんはこれから1ターン1キルぐらいの勢いで俺たち男子をかつおぶしにしていくだろう。削るのはいいけどちゃんと使えよ。俺たちだって生きてるんだ。
「しっかりしろよ、後藤! 目が危ない」
「ウヒヒ~もうだめだ~俺はダメなんだ~」
茂田にちゃんとした会話を返してやることも今の俺にはできない。
ゆっさゆっさ肩を茂田に揺らされながら、だんだんと動きが鈍くなっていく清水を見る。かわいそうに。虫歯になったわ温泉には辿り着けそうもないわ、そんなに仲良くない面子に混じって一大決心の旅行へと踏み切った清水。その末路が呼吸もままならない悪夢だとは。
呼吸か……
俺は破れかぶれで思いついた案を実行することにした。策も糞もないが、このわけのわからんイジメを終わらせるにはこれしかねえ。俺は天ヶ峰を見た。
「この破壊神め。貴様にはみんなで温泉へいこうという気持ちはないのか」
「人数が減ればお湯が独り占めできるね」
とてもいい笑顔で悪魔が囁く。もうね、わけわかんない。男湯に来るつもりなの? 痴女なの?
俺は空を見上げた。
天ヶ峰がそんな俺の頬に指を突っ込んできた。
「次は後藤をハイウェイの幻にしてあげるよ~」
やめてください。轢いたヤツからは逃れられない現実になるわ。
俺はため息をつき、タイミングを計らい、
「あっ」
と言った。天ヶ峰が「ん?」と興味を示してくる。
「どしたの?」
「なっ、流れ星だ!」
「嘘どこっ!?」
天ヶ峰が俺を押しのけて割れた窓から身を乗り出す。その姿は陸地の灯台を探し求める海賊のよう。とりあえず今は昼だから星は見えません。
驚いたことに女子陣が「えーどこどこー?」と窓へと軒並み移動した。こいつらどんだけ視力に自信あるんだよ。
俺はその隙に嶋岡さんの背後にこそっと移動した。そしてそのまま背後から首をロックする。
「ぐっ!」
「すまんな嶋岡さん、恨むならお星さまを呪うんだな」
「ひっ卑怯な……こんなはずじゃ……僕の……ユリユリ帝国……が……」
ガクリ。
俺の手の中で悪しき白き花の化身が動かなくなった。さらばだ、ホワイトリリー総統閣下。
それもこれもチアノーゼで苦しんでいた清水が俺にアイディアを授けてくれたおかげだ。しかしその清水はもう何もない虚空に両手を伸ばしてもう後がない感じだったので、俺は天ヶ峰に声をかけた。
「おい天ヶ峰、清水がおまえの浴衣の裾をめくろうとしているぞ」
「滅殺っ!!」
ブチキレた天ヶ峰の裏拳が清水のメットに直撃した。粉々に砕け散ったフェイスガードから溶けた氷と赤い血潮がブレンドされて流れ出てきた。とりあえず呼吸はできるようになった。
清水がこっちを向く。
「すまねぇ、助かったぜ後藤」
「気にするな。あと怖いからこっち見ないで」
清水の顔面は世紀末拳法の伝承者に倒される人みたいにズタボロだったが、まァ死ぬよりはよかっただろう。女子たちはありもしない星を眺め、俺と横井と茂田と清水は、失われた友への哀悼をアスファルトに捧げた。温泉に入ることもできないこんな世界なんてララバイ。
そういえば紫電ちゃんはどうしてるのかな、と思って前を見たら歌いすぎて酸欠でぶっ倒れていた。どんだけエンジョイ。
それから先は特に言うようなことも何もなく――
こうして俺たちは無事、温泉宿へと着くことが出来たのだった。
『清水、歯医者いくってよ』 第一部完