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02.和室占拠事件

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 翌日。
 俺たちは授業がハネた後、男鹿の様子を見に行った。昨日はだいぶ凹んでいたようだったが、大丈夫だろうか……
「もし相当に落ち込んでたらどうするよ」
 と俺が言うと、茂田が何も言わずに親指を立てて見せた。いや意味がわかんねーよ。
「だからちゃんとした医者に連れていけばよかったんだよー」と横井が両手を頭の後ろで組みながらぶつくさと文句を言った。
「お前今朝から何十回も言ってるよなそれ」
「普通の医者にどうにかできるレベルじゃなかっただろーが」
 俺と茂田に胸倉を掴まれ、てるてる坊主になった横井が「ぐええ」と呻く。
 まァ、横井の言うことも一理あるので清水は今日、歯医者に行ってるけどね。
「男鹿って何組だっけ」俺が聞く。
「三組じゃなかったっけ?」茂田が答える。
 俺たちは一年の教室がある一階へと降りて行った。なんかすげぇ混んでる。
「なんでこんな人がいるんだ」
「野球部が倒産したんだよ」
 企業だったのかよ。
「原因は手芸部から借りた部費で買ったボールが近所の子供に盗まれたかららしいぜ!」
「ほんとかよそれ横井」
「嘘」
 俺は横井の靴を踏んで転ばした。両腕を振り回して叫ぶ。
「なんでそんなウソつくの!? 死ね!!」
「ごめん、嘘ついたのが嘘」
「はあ!?」
 それはそれで野球部どーなってんだ。確かにイガグリ頭が大量に廊下に溢れてる……
「返品したい」と俺。
「どこに、って言ったら下ネタになるのかな」と茂田。
 自分より年下のガタイがいい連中をかき分けながら、一年三組をこっそりとうかがう俺たちはすぐに委員長っぽい黒髪ロングにとっ捕まった。
「あの……」とその子は日誌らしいものを胸に抱きながら、俺たちを不審そうに見てきた。いい目つきだね。
「誰か探してたりします?」
「イェアー」
 茂田、ここは華麗にスルーされることを選択。
「呼んできますよ、誰ですか?」
「男鹿なんだけど」
「ああ、おっちゃんなら和室にいくって言ってましたけど」
「わかった、ありがとう。あとそのあだ名はやめてあげてくれ」
 可哀想すぎるだろ。
 俺たちは名も知らぬ美少女に手を振って和室へ向かった。普段は書道部が使ってる部屋だ。ちなみに四階にあるので、階段なんか昇ってられない。業務用エレベーターを無断で使って俺たちは天空近くへと駆け上がった。せめぇ。これ台車とかを乗せる用だな。
 ぷしゅっと音がしてエレベーターが開く。俺たちはケツ蹴られたみたいにどちゃあっと床に倒れこんだ。気を取り直して立ち上がる。
「和室はどっちだ」
「こっちだ!」
「わかった!」
「いやそっちトイレ!」
「だからなんで嘘つくんだよ!!」
 退屈だからってどいつもこいつも虚言癖になりやがって。いつかブチのめす。
 和室は上半分が吹き飛んでいたがまだ無事に残っていた。俺たちは引き戸を開けてその中に入った。玄関っぽいところで上履きを討死した武者のように脱ぎ散らかして、声をかける。
「ちぃーっす」
「あれ、後藤じゃん」
 なぜか巫女服姿の佐倉がいた。畳の上に座って足を伸ばしている。その横で、これは巫女服じゃないけど男鹿もいた。いつもより制服をきちっと着込み、ゆるふわ藍色系ロングヘアーも相まってなんの変哲もない女子みたいに見える。
「おう、佐倉。久しぶりだな」
「茂っちさー、こないだ貸した漫画返してくれない」
 俺を華麗にスルーして佐倉が茂田に言った。俺と横井は驚愕して茂田から飛びすさる。
「お前……いつの間に女と知り合いになっていた!」
「この裏切り者!」
 やあやあ言う俺と横井に茂田はゴミを見るような目を向けてきた。
「お前ら、こんなのに好かれたって現実は変わらねーぞ」
「それもそうだな」
「ふーん……」
 佐倉がニヤニヤしながら手をかざすと、あらあらら、俺と茂田は畳に屈服して長く這った。重力が加算されたように感じる。
「クソサイコキネシストが。法が制定されたら覚悟しておけよ」
「漫画ぐらいゆっくり読ませろクソ」
「クソクソうっさい!」とクソ色の髪をした乙女が叫んだ。
「いきなり書道部の活動に押しかけてきて、あんたたちいったいなんなのよ! 邪魔するなら有り金を置いて出ていけ!」
「佐倉、年上として言うが、ダメな先輩の真似事をするのはやめろ」
 そのうち財布を持たずに出歩き始めるぞ。
「ていうか、お前ら書道部だったの?」
「入部届を出さなくても活動させてくれるのよ。ここは新しい文化圏なの」
「ただ屯ってるだけじゃねーか!」茂田が叫んだ。そして唯一なぜか無事な横井に視線を飛ばす。
「横井、頼むぜ、その押入れを開けてみてくれ。刑事事件が勃発するはずだ」
「ちょっ、やめて横ちん! あたしと横ちんの仲じゃない!」
 佐倉が横井の腕に取りすがって言う。だからいつの間に仲良くなってんだよてめーら! 俺を……俺を仲間外れにしないでぇ! カラオケいくときは誘ってぇ!!
 横井はかつてない注目を男鹿以外から浴びながら、かけてもいない眼鏡のつるを押し上げた。
「ふっ、何を馬鹿なことを言ってやがる……」
「横井……」
 友情の硬度に安心してほっと溜息をつく茂田に横井は言った。
「俺はいつだって、女の子の味方だよ、佐倉さん!」
「やったあ! 残念だったわねあんたたち、正義は常にあたしを不起訴にするのよ!」
 腰に手を当ててアッハッハッハと高笑いする佐倉。気が狂ってやがる。
 茂田が畳に額を押しつけて、「すまねえ、高野、押倉……」と知り合いの書道部員の名前を吐き出した。確かによく聞くと押入れからゴトゴト音がするね。
「おい佐倉、お前らが部室を不法占拠しているのは大目に見てやる」
「ずいぶん上からモノを言うじゃない。天井から頭だけ生やしたいの?」
「佐倉様、あなた方が部室を不法占拠していらっしゃるのは大目に見て差し上げます」
「どうしても抗うと言うのね」
「待て待て待って、いいかよく聞け、そもそも俺はお前に用なんかないんだ。男鹿の様子を見にきたんだよ」
「そうなの?」と佐倉はキョトンと目を丸くした。
「そういえば、確かに男鹿が今朝からちょっと変なのよね」
 言って、佐倉は男鹿を見た。男鹿は両手をあわせて「しきそくぜくう」と呟いている。
「ね?」
「よし俺に任せろ」
 俺は佐倉にサイコキネシス・プレッシャーを解除してもらって、男鹿の前に座った。男鹿は小さな卓の上に半紙を乗せて、墨をすり始めた。
「男鹿、どうした。いつものお前なら今頃は腹を空かせて餓えている頃じゃないか。こんなところで大人しくしていて、いったいどうしちまったんだ」
 男鹿は俺を藪睨みにした。
「邪魔」
 何が邪魔やねんって思ったから、振り返ると和室の上段に「生涯独身」と標語が掲げてあった。お前それ半紙じゃ収まりきらねーだろ。
「私は……清水に負けた」
「あれが勝負だったなんて俺は初耳だよ」
「それもすべて……私の心が未熟だったから……驕っていたから……そんな私に、もう価値はない。だからこれから価値を作る。文字には力がある」
「ああ、そうだな。トリック完結編絶賛上映中だな。一緒に見にいこう」
「ふざけるな後藤!」男鹿が叫んだ。
「私は真剣! なぜベストを尽くさないの!?」
 ふざけてるじゃねーか。
「だいたいお前、生涯独身なんて書き写してどうすんだ。独身を貫くのか」
「そう」
「貫いてどうすんだ」
「私に足りないのは力……しょ、処女を貫くことによって処女厨の信心を得て……力と為す……」
 どうでもいいけど室内全員赤面動揺してるんだけどいったい誰が責任を取るんだ。だから恥ずかしいなら言うなよ!
「だいたい処女厨の信心ってお前、うちの学校の処女厨は最悪のサンプルしか見てきてないから優しい年上のお姉さんへの信奉者の方が多いぞ」
「そうなの!?」
「うん」
 他人が手を出さないってことはつまりそういうことなんだなって、どこかから破壊音がするたびに思うからね、この町では。
「うっ」
 男鹿が両手を顔に当ててしくしく泣き始めた。
「じゃあっ……私はどうすれば……清水に勝てなかった私にはもう……なんの価値もない……」
「そんなことねーって」
 だが男鹿は最後まで俺の励ましに頷かず、窓の外をぼんやりと見上げて「小鳥さんになりたい」としか言わなかった。こえーよ。
 仕方ないので男鹿だけを残し、俺と茂田と横井と佐倉は廊下へ出た。風通しがいい。
 事情を聞いた佐倉は盛大にため息をついた。
「まったく、男鹿をそんなことに使って……ちゃんと責任持って元気出させなさいよ」
「承知」
「ニンニン」
 危険を察知して無言を通した横井を除いた俺と茂田がぶちのめされた。
「真面目にやらないとぶち殺すわよ!!」
 そんな怒らなくたっていいじゃん。
 が、まァ男鹿の件はね、要するに自信を取り戻させてやればいいんだから。
 手っ取り早く師匠をつけて、強くさせちまうのが簡単だ。
 俺たちはある人物が屯っているはずの場所へ向かうことにした。あー肩痛ぇ。
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