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それまで

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生きていて良いことは無かったです。
私にはこの世に生まれてから一度もいいことは無かったのです。
例えば名前。相田奈々なんてくだらない名前。こんな名前は望んでもいないしほしくも無かったです。
私は私を名前で呼ばれることを自分を出席番号で呼ばれることを嫌うように嫌いました。そんな風に呼ばれるならいっそのこと『地味で生きている価値のない死んだ魚のような目をした女』とでも呼んでくれたほうが幾らかマシだっただろう。
もっともこんな長ったらしく呼ばないために名前があるのだろうけど。
私は親のことも嫌でした。
父親はいません。私が11歳のころに急に何処かに言ってしまいました。理由はわかりません。
きっと私が悪いのでしょう。
私が生きていたから。私みたいな人がこの世に生まれてしまったから。
きっと父は私に嫌気がさしてそのまま何処かに行ってしまったのだと思っています。ですが父はそんなことを思っていたのかどうか、わかりませんが実際言わなかっただけまだマシです。
母は非常に私に強く当たります。
殴る蹴るなんて日常茶飯事です。たまに刺したりもしてきます。母は私に暴力を振るう時は必ず私を罵ります。
母は言葉のボキャブラリーが少ないながらも母は的確に私の心を抉ってきました。いつも同じような言葉を言って、私に暴力を振るうのです。
今朝も朝起きたばかりの私の背中を強く殴りました。しかしそれだけでは終わらず私の首を強く絞めてきたのです。
意識が離れる直前で手を離した母は床に倒れこんだ私に「あんたのせいで」と呟いて1人何処かに出かけて行きました。
すべて私が悪いのです。父がいないのも、すべて私が悪いのでしょう。何故母がこのようなことをするのか、私にはわかりません。父が居なくなってから毎日母は私にこのようなことをしてきました。
最初のうちは辛かったですが、今ではもう慣れてきました。きっと私は壊れたのだと思います。


私には好きな人がいます。正式にはいました、と言ったほうがいいのかもしれません。あの人はもう、死んでしまいました。
いえ嘘です、私が彼を殺したのです。
彼はどうやら捨て子で孤児院出身なそうですが、今年からは孤児院を出て一人暮らしをしているそうでした。しかし金銭面など多々難しいところがあって悩んでいる、とのことでした。
彼は非常に優しい人でした。
学校でも私に押し付けられた雑用雑務を一緒にしてくれたり。いじめられている私を庇ってくれたり。私の怪我の跡を見て「どうしたの?」と優しく声をかけてくれました。
最初のうちは私も誤魔化していたのですが、ある時に気づいたのです。
私が置かれている状況は普通じゃない、ということに。
ある時、私は彼に全てを打ち明けてみました。
彼は驚いたようで、でも納得したような表情で考えた後で彼は「君のお母さんと話がしたい」なんて言いだしました。今思えば、この時に止めるべきだったのでしょう。
学生の浅はかな考えは、見事失敗に終わりました。
彼が母と話をしている途中で母が激昂したのです。
理由は私にはわかりません。あの時は彼が何とかしてくれるとしか思っていなかった私はただ話をしている2人を見ているだけだったのですが、ただならない出来事が起きたのだということは理解できました。
そして私は選ぶことになりました。
彼を殺すか、母を殺すか。
彼に馬乗りになって彼に向けて包丁を突き立てる母か、それに対して必死の抵抗をする彼か。
私は迷うことなく母を殺そうと思いました。それでようやく救われるんだ、と。
私はすぐさま行動にうつしました。母の持っている包丁を取り上げた私は母に向けて包丁を突き刺した、はずでした。
しかし私の包丁は吸い込まれるように彼の腹部に向かって動いていたのです。
私は戦慄しました。彼を刺してしまったという事実に。
彼は痛そうに呻きながら、こちらを睨んできました。私はどうすることもできず、彼の腹部から包丁を抜きました。
母は此方を今まで見たことのないような笑顔で見ていました。
そして私に抱きついたあとで「よくやった」なんて言われました。
きっと、これがとても腹立たしかったのでしょう。私は抱きつかれたまま母の腹部に包丁を刺し、それを下に向かって落としました。この時に手に不快な感覚がはしりました。恐らく、何か、臓器を切ったのではないか、と今では思っています。
これで母も死んだ。そう思った矢先に母が私を押し倒し、鬼の形相で此方を睨みつつ首を閉めてきました。
ああ、死ぬのか。そう思って私は抵抗もせずにただ死を待ちました。
しかしここで予想外のことが起きました。
彼が生きていたのです。そして私を助けてくれました。
彼は母に体当たりをしました。母はたまらず横側に跳ね飛びました。
この瞬間に私は、靴も履かずに外に駆け出しました。
この後で彼の叫び声が聞こえました。
きっと彼は死んだのでしょう。きっともう時期母も死ぬのでしょう。
私は血塗れの手や服を気にせずに近くのマンションに行き、エレベーターで最上階まで行きました。
始めて裸足で歩いた外は、とても冷たくて私を取り囲む環境のようだ、と思いました。
2, 1

  



私の生きている理由、それは何だったのでしょうか。
私にもわかりません。きっと誰もわからないでしょう。
そもそも人が生きる意味。そんなものはきっと無いのだと私は考えます。
周りを殺して生きている生物、それがきっと人間なのでしょうか。私にはきっと、その本質を見ることはかないません。
でも人間の本質があるなら、きっとそれは快楽主義である、ということなのでしょう。母は嗜虐主義だったし、彼はきっと英雄主義だった。つまり全ては自己満足の為。言い方を変えれば自らの快楽のためなのでしょう。
生きる意味とは、きっとそこにあるのです。
私は何のために生きていたのでしょうか。少なくとも、今の私は死ぬためだと答えるでしょう。
私の頬を、びゅうっと冷たい風が撫でました。
昨日も、一昨日もも。ずっと私は無意味に生きていた。
それを実感させる冷たくも、暖かい風でした。
3

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