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プロローグ

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━━━━━ この世界に、季節は無い。


かつてはこの世界はとても広く、人々は平和に、弱々しく暮らしていたという。

それほど昔ならば、土地によってはその季節とやらがあったのだ。

しかし今ではそれを指す現象は無く、その日その日によって今日という世界は違う。


『この日』もまた、そうだった。

空は雲ひとつ無い快晴と呼べるもので、風は優しく、独特の匂いを纏っている。

純白の鉱石によって作られた『城』を月明かりが照らし、庭園の中を通り抜ける風が更に風情を感じさせた。


兵士「くせぇ者だぁぁあああぁぁう!! 出会え! 出会え!」

ドタドタと慌ただしく…下品な音と共に吹かれる笛の音さえ無ければ、だが。

軽装の巡回兵は腰の剣を振り回しながら、全力で走って来る。

それを見た侵入者は思わず叫んだ。

忍者「うええええ!? なんか見つかったー!!」

かつては大理石とも呼ばれていた石で作られ、王国の職人が磨きあげた回廊をそんな声が響き渡る。

一目で隠密が目的と分かる彼は明らかにその目的を自ら破壊する行為をしていた。

というより、なぜに逃げずに叫んだのか。


兵士「待てぇぇい!! 待たないと斬るぞぉぉぉい!!」

忍者「斬りながら言ってんじゃねえよ馬鹿!!」


ただの巡回兵とはいえ、それでも深夜の『城』を守護する事を目的としているだけの事はある。

全力で走っているにも関わらずその太刀筋は明らかに『常人』の中では達人の域だ。


僅かに背中を刃が撫で、空気を切り裂く音と共に『彼』の纏っていた黒装束を引っ掻いた。


間一髪の回避に肝を冷やしながら、回廊を走る。

微かな明かりしか灯されていないせいなのか、回廊の先は暗闇で見通しが悪かった。

巡回兵の追撃を回避しながら、回廊の先で通路が分かれているのを『彼』は見た。

以前の記憶が確かならば、その二つの通路のうちの左へ行けば……目的の部屋へ着く筈なのだ。

そこまで思考を巡らせた『彼』は暗闇に包まれた回廊の中を凄まじい速度で駆け抜ける。

すると、距離にして約11間…20m程の前方に通路が分かれているのが見えた。

だが、それと同時に二手に別れた通路先から兵士が一人ずつ…
それも、どちらもその身に纏っているのは『騎士』にのみ与えられる魔鉱石で作られた鎧だった。


「「見つけたぞ!!」」

忍者「うぉぉ!? 」


腰のロングソードを抜刀した騎士二人が猛然と駆けて来るのを見て、『彼』は殆ど反射的に踏み込んだ足の脚力を上げた。

特殊なコーティングを施され、更には元の素材は大理石とも呼ばれていた石材により造り上げられた回廊の床を『彼』の足が踏み砕く。

ドッッ!!という轟音が深夜の城中に響き渡り……20m近い距離を瞬時に詰め寄った。

暗闇の中で光る銀の輝きが向ける先は二人の騎士達。


「「……!!」」


その脚力もそうだが、騎士達は思わずその銀光に足を鎧ごと大理石の床に縫いつけられる。
僅かな本能が彼等の体に危険信号を送ったのだ。

『彼』はその様子を傍目に、騎士達の頭上を軽々と飛び越えて行った。


兵士「逃がすなぁぁぁぁう!! 姫様の部屋がある棟へ逃げたぞぉぉおい! 」
「「っ!!」」


巡回兵の声にハッと騎士達は背後へ駆け抜けていく侵入者へと視線を走らせる。
だがしかし……そこには既に『彼』の姿は無かった。


それは当たり前だった、隠密にして暗殺と白兵を担う者……『忍』なのだから。

一度その姿を視界から外した時点で、二度目はない。




━━━━━ とある一室に、一陣の風が巻き起こる。


部屋の主たる少女はその普段とは違う異常に気づき、それまで横になっていたベッドから顔を上げた。

部屋の中は外の回廊等とは違い、明かりは消してある。
故に自室を見渡しても部屋を支配しているのは闇なのだが…よく目を凝らすと扉の辺りに誰かが立っているのが見えた。
体格からして、成人男性……そして少女の部屋に無断で入れる人間は一人しか彼女は知らなかった。


「……誰だ」

忍者「こんばんはお嬢様」


返答は訊ねた少女の予想に反して、直ぐに返ってきた。

その声音に敵意は感じられない。
今言われた通り、まるで少女を主とでも言うかのような語気だった。

ベッドからゆっくりと身を起こし、侵入者の顔を見ようとする。


忍者「共に来てくれますかな? 王女様……?」

「なっ…私が誰か分かっていてこの部屋に入ったと言うのか!」

(……いや、それよりこの男…!!)


言葉や現状よりも、目の前にいた筈の男が背後に立っている事に驚きを隠せなかった。


忍者「つっこむとこ違う気もするが…まぁいいや、とにかく俺の目的はだな」

忍者「王女アリス、お前を誘拐する」

「…っ!?」


思わず息を飲んだ瞬間、王女は暗闇の中で男に昏倒させられる。

深夜の…かつては『夏』とも呼ばれていた季節に存在した、渇いた冷たい風が豪奢な寝室に吹き込んでくる。
王女が寝室の床に倒れる寸前に、その体と共に部屋から男は消えたのだ。




数分後になって入ってきた騎士達と兵士は後にこう語った。


━━━━━ 「窓の外は崖になって下は海、出入口は部屋の扉とその窓しか存在しない」

━━━━━ 「いったいあの夜、『何者』が連れ去ったのか……あの姿は忍者のようにも見えた」


・・・それらの報告… というより、弁解を受けた者はこう言った。

「連れ戻せ、さもなければお前達の命は無い」…と。


王国の頂点たる女王『アリス』は静かにその怒気を波打たせた。
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