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1 入城

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   1 入城

 城塞ドロウレイスには相変わらず、植物性の芳香が蔓延してる。
 蒸気の向こうの天蓋は霞んで橙色照明が点灯してるのがどうやら見える。俺は長ったるい列にならんで、ぼんやりと辺りを眺めた。そこらじゅうで罵声がする。スリ師が捕まったのか、あるいは場をわきまえない痴話げんかか。いずれにしても関係ない人々がそれを気にすることも無い。眼前で刃傷沙汰が起こっても、順番が一つ進んでツイてる、って感じだ。
 後ろの婆さんがやたら咳き込んでいる。あと数分で死ぬかもしれない。俺は退屈をごまかすために、去年の新聞を上着の下から取り出して読み始める。帝都での武装蜂起未遂事件から一ヵ月後のものだが、既にどこにもその残り香すらなくて、劇作家の自殺とか地下鉄駅内の違法煙館一斉摘発とかがおもな話題だった。
 時間の感覚を自ら喪失して、ようやく順番。
 取調官はいかめしい顔つきの小男だった。そいつはデスクの上に電話を置いてて、俺が身分証を出すなりかけはじめる。出前でも取ろうってのか?
「ああ、そうそう、そうなんだよ。野良猫がね唸ってるんだ。すごくね」などと笑う。
 俺は無言でビスケットと瓶ビールを取り出して、デスクの角で王冠を外すと、自分に乾杯した。
 飲み終わるころに取調官は電話を終えて、「おたく、帝都から来たの?」「ええ」魔法使用許可証をみとめると、「魔導師か? なんだってまた、こんなやくざな街へ?」「帝都は危ないんで」俺は投げやりに言ったが嘘じゃない。「うんざりして来たんです」「ここだって危ないさ。腐敗と悪漢と、あと吸血鬼と悪魔もわんさかいるよ」「ワイロをやるんでとっとと入れてくれ。小便がしたいし、立ってるのが辛い」俺は言ってからいささか直接的だったかと思ったが、相手は笑顔で五千サン札を受け取ってくれた。帝都の路地裏でよく見られる、掌に隠した紙幣を握手しながら渡すやり方――まさに〈友好の証〉と称されるやつだ――はこちらでは不必要かもしれない。俺は古新聞を小脇に挟んで歩き去ろうとする。取調官が再び電話をかけて「そういったトラブルのときに人間の本性が出るってわけさ……」などと親しげに話している。俺は仏頂面で待機している後ろの婆さんに暇潰しの手段として新聞を渡そうとした。婆さんは礼も言わずにそれをひったくると顰め顔のまま読み始める。
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