26 シャーロットの過去
なんどか仕事をともにこなすうち、シャーロットについていろいろ分かったことがある。どうやら彼女は魔導師としては、恐るべき天才ということだ。〈彩色〉による莫大な魔力は片鱗に過ぎなかった。俺がフッカーから買った呪術応用による〈乱れ火〉を、なんどか見ただけで解析し、己の魔法として会得したのだ――ちなみにこの技術じたいはこの汚職衛兵のオリジナルではなく、帝国南部においてはある程度知られたものらしい。南端の帝国人はたびたび亜大陸と領土争いで戦い、彼らの中に、呪術と魔法を掛け合わせた技術を体得する者が現れた――
シャーロットは俺と違い、風や大気、水による術が得意なようで、空気そのものを揺れ動かし、前方に衝撃を発生させる〈槌〉に呪術を組み込んだ。都市周辺の野犬を駆除する仕事でそれは放たれ、狂犬を単なる紙きれのようにはるかかなたに吹き飛ばした。
こうした高威力は〈彩色〉によるものではない。なぜなら、魔力量が単純に威力に繋がるわけではないから。適正を越える過剰な生体エーテルを注ぎ込んだら、触媒が崩壊するだけだ。
だから〈彩色〉とは別に、高威力の魔法を繰り出し、制御する才能が彼女にはあるということになる。加えて、エーテル感知能力の高さと、的確な〈切り貼り〉を高速で繰り出す応用力。不世出の傑物といって差し支えないはずだ。
しかし残念ながら、彼女がこの世の中で必要とされているかと言えば、そうでもない。少なくとも帝国の魔導師たちはいい顔をしないだろう。
俺も含めて、魔導師は画一的な技術をよしとする。シャーロットは技術の大部分が異形のオリジナルだ。魔導師が必要とされる軍、研究職、技術職、どれであっても敬遠されるに違いない。
おまけにコミュニケーション能力の問題もある。いきなり話題を切り替えたりするのはどうやら、彼女なりの気遣いのようだった――少しでも相手が話を理解できないなら、配慮して別の話にするって具合。だが、話を理解できない本当の理由はシャーロットの口数が少なすぎて、説明不足だからだ。そして意味不明な比喩。
それに魔法力がでかすぎて、集団での戦いにも向いていない。恐らく単独か極少数の精鋭によるチーム――シャーロットの、高速で展開されるアドリブの数々に対処できる応用力を持った人間で構成される――でしか、その真の魔法力は発揮されないように思えた。
〈火の学院〉をやめたのも、軋轢があったからではないだろうか。到底集団生活できそうに思えないし。
とその話をしたら、彼女は言った。
「雨が降ったんです」
「雨?」
「最初、降らせたんです。夕立を」
いつもの調子だ。
俺は彼女が所持しているふたつの魔法具についても気になった。フリントロック銃と、黒い傘。傘のほうは特に、異様なエーテルが篭っていて、嵐のように危険なそれを常に感じる。
何かの皮膜と筋、骨で作られているようだった。本でしか見たことのない、竜のものに思えたが、一冒険者のシャーロットが所持しているのは不可解だ。それについて聞くと、
「地下だったんです」
「何が?」
「儀式がありました」
俺が不可解な顔をするとすぐに、
「夏至ってなにか分かりますか、先輩?」
と話題を変える。
俺は一計を案じて、パトリックの読心能力でもって、彼女の経歴を洗おうとした。
だいぶ困難な仕事だったようだ。彼が言うには、酔っ払いの精神を読んだときのように、自分も酔ったみたいにクラクラするのだと。加えて、膨大なエーテルが魔導師ではない彼にも頭痛と眩暈を引き起こした。
【やばいくらいの雨】【そういう印象だよ】【雷伴う、夕立なんだ】
以下は彼を経由して知ったシャーロット・デンジャーフィールドの冒険だ。