41 地下巡邏団の仕事~屍術師との対話
「どちら様であらせられやがりますか?」リリィ・ゼロが甲高い声で言った。
鉄格子越しにシャーロットが返す。「シャーロット・デンジャーフィールド。汎用型」
「何屋さんでいらっしゃいやがるので? なにしにお越しになったんで?」
「冒険者屋さん。徒歩。犠牲的ですか? 雄の蚊は血を吸わない。地の利。犯人?」
「こんな小さな子をご使用されなにを画策いたしてやがるのでございましょうか?」
「質問に答えるのだ」ギャラガー軍曹が言ったが、
「どれが『質問』でありやがるのでしょうか!? そういった様相を呈してござあせんとわたしはお考え」もっともだ。
「初対面の人が多すぎてまともに会話できないと思いますよ」俺はそう提言したが、
「いや、面白い。このまま試そう」アニーは他人事のように言う。
「私は有能」シャーロットが「会話」を再開した。「私は同調性の宇宙なのです。師団。なぜ『竜』なのですか。国境線。冤罪。破壊工作」
信仰対象についての質問だろうか。これはどうやらリリィ・ゼロも無理やりながら分かったようで、
「わたしはそれほど竜を信仰している派閥にはお入りにならなかったのですがお答えしたしましょう。単純なことで、竜が強大だからであらせられるのです。今日では災厄は竜たちが単純な力で起こしたものでなく、軸移動などの天変地異を誘発させる強大な兵器の起点にお成りになったという説が有力でございます。ところが化石竜結社の多くの方々が、単純に竜がすごいパワーでもって天地を裂いたと考えていることも多く単純な信仰に繋がりその竜を殺した帝国は悪と判断されているのでございます」
「すでにこちらが知っている情報だ。新しいのをよこせ」〈減らず口のカヴァデール〉が返した。
「わたしは現在こちらにあらせられなさるシャーロット・デンジャーフィールド女史と会話なさっているのであって、貴公は眼中にいらっしゃらないのであります」
リリィ・ゼロの共通語のベースになっているのは、帝都の騎士階級、すなわち初めて南方大陸の土を踏んだ開拓者が使った、最も美しいとされるものだったが、見る影もなかった。「リリアン・ウィルデン」が意図的にやっているのだろうが、帝国には「狂人の真似をする者は狂人」ということわざもある。佯狂であるにしろ病的なテンションだ。
カーティス副長は相変わらず石像のようにそこに立っていたが、目だけはリリィの一挙手一投足から離さなかった。スミサーズはつまらなそうに無言で煙草をふかしているだけだ。
「現在の主目的は?」いきなりシャーロットが具体的な質問をする。
リリィは多少考えてから、
「既にお話いたしたとおり、わたしは屍術(ネクロマンシー)を取得するために入りなさったのでそっち方面はあまり熟知しておらずあしからず、最終目的は帝国の奪還、ウィンター師団長を皇帝に即位させやがることでありますよ」
〈化石竜師団〉の指導者は、ファーゼンティア王家の末裔を名乗る男だ。
彼らが撒いたチラシや海賊ラジオによる主張には、皇族と、その本家であり〈公社〉の元締め、ウィンター公爵家を批難するものが多い。
災厄後、黄金時代にこの地を支配した王家の生き残りは〈公社〉を設立、強大な都市を築いて竜から身を隠した。
公爵家の末娘であったアンゼリカが魔法を確立させ、魔導師の騎士団を築き旅立ったあとも、残った一族は都市を支配した。蒸気機関と過去のテクノロジーによって城塞は肥大化し、〈銀の女神〉に仕える教団は、都市に現れる魔族を狩るために異形の改造兵士と化した。
師団がいつ誕生したかは定かではないが、帝国ができた直後、その混乱期において密かに反旗を翻し、闇に葬られた公爵家の子息が師団長の祖先だと本人は主張する。
「師団長殿は竜を従える方法を確立させ、兵器として使うよう計画なさってやがります」
「馬鹿げた幻想だ、そんなのに従う間抜けどもはある種幸せかもしれねえな」
「信仰対象を兵器として使っていいのかね」
カヴァデールとアニーのつぶやきをリリィは受け流し、
「災厄の直前、彼らの脳みそに働きかける制御装置が完成しそうだったとお聞きになっています。竜は集団でひとつのように機能しやがる、共鳴する巨大生体機械であるというのはだいぶ有力、そのネットワークに介入し王のように操る装置を解析して竜を操作する魔法を師団も帝国も教団もみんながんばって作ろうとしてやがったのであります」
「それは重要、至極重要、で?」シャーロットが促した。
「それは無理らしい雰囲気が濃厚であらせられたので二つ目の目標は、公社よりいっぱいアーティファクトをお集めになること。一個目の目標とも絡んできやがる。先日はエンゼルストンにおいて〈外なる竜〉と〈巫女〉に関する経典が出て頑張って獲得しようとしたが厄介な盗賊魔女、陽炎女に邪魔していただき、暗礁でございます」
「それはご無体な」
〈外なる竜〉と〈巫女〉という用語が初耳だったので一番偉いように思えるギャラガー氏に尋ねると、
「嘘かまことかわからないが、この惑星の外側に〈災厄〉を逃れた巨竜が一匹浮かんどるそうだ。そいつに干渉できる〈巫女〉がどこかに存在していて、竜を起こせば上から火を降らせられるらしい」
「眉唾なんだろうが、とっつぁん、それは」スミサーズがここで口を利いた。「機密情報じゃあないのか? どうなんだ、副長」
話を聞いていないかのようにヴィヴィアン・カーティスは反応しない。寝てるんじゃねえのか、とカヴァデールが言うが同じだ。
まあ、捜査関係者が止めない以上大丈夫なのだろう。分かったところでこちらがどうこうできる問題ではないだろうし。
「二課の皆様におきましては、あの陽炎女をやっつけていただけないのでしょうかとわたしは疑問に思う所存。あの帝都のネズミさんたちを」
「やつらは泥棒にしては無害なほうだ」スミサーズが煙を吐きながら言う。「かたぎには手を出さないし、むしろ帝都の悪党どもを抑えているほうだ。なにより、建国にも関わっているしな。第一そこらの狩人じゃ、あの魔女をどうこうできるわけがない。まあ出くわしたところで」彼はアニーをちらりと見て、「何か危害を加えられるわけではないしな。お前たちのように、帝国に害を成すやつらはどうか分からんが。彼らがこの国でばかげたトラブルを起こすという愚行に出ない限り、な。残念ながら」
「まことに残念です」リリィはため息をついてから、話し始める。「さて、そうして手に入れた力やわたしたちの屍術も含め、あらゆる力を用いて、いずれは〈南の狩場〉を奪還し、竜の生き残りを率いて我らは帝国を南北から挟み撃ち、滅ぼせたらいいなって、おもむきであります」
「それこそ夢物語であろうな」ギャラガー軍曹が言った。「一課の生き残りと、灯火騎士団、カルムフォルドの呪術師。三国の精鋭、狂人、人外、そんなやつらがひしめくあの海峡を襲うだと? じかに帝国を襲う方が早いだろうな」
〈南の狩場〉は、カルムフォルドのさらに南、〈禁忌の大陸〉との海峡に作られたいくつもの砦だ。災厄の折に竜たちから人々が北へ逃げたのと正反対にその二百年後、アンゼリカ一世の軍は南に竜を押し返し、ついには大陸を奪還した。その後、帝国やカルムフォルドを二度と竜が脅かさぬように、魔術的な結界と国を超えた竜狩りたちの防衛線が、南の果てに築かれた。
「実際、じかに帝国を襲おうとして失敗したのであります」
「あれは先走った過激派のせいだと聞いたよ」と、アニー。
「闘争さえあればすべてが解決するとお考えの愚劣な方々がいらっしゃるのです」
「あながち違ってない」シャーロットがこれまでになく力強い声で言ったので、全員が彼女を見た。「戦いを通じて我々は神を見る。神のために音楽を奏でる奏者になり質実剛健。そうでしょう、先輩」
俺は唐突に言われたので「えーっと、そうだな」とだけ答えた。