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第16話 双子の乙女 (6/18)

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「どうお呼びすればよろしいですか」
 憧れの女性を前にして、高橋は裏返った声でそう問うのが精一杯だった。
「面倒なのでクロエでいいです」
 クロエの中の人は、動画と同じ声でそう答えた。それはどんな声優にもまねできないような、透き通る美しさのクリスタルボイスだった。
「そちらがピュアエロスの乙女、アンリエッタさんですね。お会いできてうれしいのですが、あなたにはここで消えていただきます」
 続けざまにクロエの紅唇が、不吉な言葉を紡ぐ。
「消えるのはそちらの乙女です」
 アンリエッタがクロエを見据えて、腰に提げた剣に手を掛ける。見つめ合う二人の乙女。
「強気な方は嫌いではありません」
 妖しげに微笑んで、クロエは斜め掛けしたマリンストライプのバッグから一枚の紙を取り出した。
 察しの良い読者の皆さんはもうお気づきだろう。そう、それは同人原稿の一ページだったのだ。
「クロエさんもエロ同人作家だっていうのか……」
 高橋がその場にがっくりと膝をつく。
 クロエの清純なイメージと性欲丸出しのエロ同人は、高橋の中では対極に位置するといっても過言ではなかった。
 ダークエロスの乙女を従えているということはすなわち、彼女もまた同人作家であるということは容易に想像できた。それでも高橋にとってこの事実はあまりに衝撃的だったのだ。
 そして女性同人作家が描くエロ同人は、高橋の中では一つしかなかった。
「マスター高橋、空想で私の性癖を決めつける前にこの原稿を見てはどうです?」
 クロエは高橋の表情から心の内を読み取ったのだろうか。
 差し出された原稿を受け取る高橋。
 それは、想像とは全く違うものだった。
「これは、この禁断の愛は……!」
 原稿に落とされた高橋の目は大きく見開かれ、手は小刻みに震えている。その絵はあまりにも繊細で美しく、高橋はただ驚嘆した。
「そう、姉妹百合です。続きは買ってから読んでくださいね」
 莞爾として笑うクロエ。
 彼女の笑顔の前では、高橋の営業スマイルなどゴミクズ同然だった。
「私はこの世界のエロスの頂点に立ちます。そして身バレしても堂々と同人活動ができる世界を作る。そのために死んでください、マスター高橋」
 クロエはもはや笑っていなかった。今までの笑顔が全て嘘だったかのような、厳しい顔つきだった。
「そんなこと、させはしない!」
 高橋との間に割って入るアンリエッタが、剣を抜く。陽光のもとで、銀の刃がきらめいた。
「あなたと戦うのはこの二人ですよ」
 パチンとクロエが指を鳴らすと、木陰から二人の少女が姿を現した。
 アンリエッタは驚いた様子も見せずに、泰然と二人の所作を観察している。どこかに乙女が潜んでいることは承知していたのだろう。
 金髪翠眼の二人は、どちらがどちらともわからないほどそっくりだった。違いといえば、左右逆のサイドアップの髪と色違いの服くらいだろう。
「双子か!」
 先ほど見せられた同人原稿を思い出し、高橋が叫ぶ。
「いくわよエリー」
「任せてリリー」
 二人の少女が同時に駆け出す。
 手にしているのは、抜き放たれた短剣だ。
 アンリエッタも前方に踏み出し、双子の攻撃よりも早く突きを繰り出す。
 エリーと呼ばれた白い服の少女が剣を受け流す間、黒い服のリリーがアンリエッタの背後に回り込む。
 リリーが突き出す短剣を、横にステップを踏んでかわすアンリエッタ。
 すかさず前方から襲い来るエリーの刃。アンリエッタは飛び退りながらこれを剣で受け流す。
 にらみ合う三人。
 砂利を踏みしめる音だけがやたらと耳につく。
 双子を交互ににらみつけるアンリエッタの表情は、硬い。
「一気に決めるわよ、エリー」
「そのつもりよ、リリー」
 先に動いたのは双子だった。
 すさまじいスピードで次々に突き出される短剣を、アンリエッタは剣を使いかわしていく。
 二つの刃を相手に、アンリエッタが防戦一方になっていることは戦闘の素人である高橋の目から見ても明らかだった。
「二人がかりなんて卑怯じゃないか!」
 思わず高橋はそう叫んでいた。
「私たちは二人で一つ!」
 二人の乙女は同時に口を開いた。アニメのように見事にハモる声。
「たとえ卑怯でも勝負に勝たなければ意味がありません。マスター高橋、乙女たちの戦いに口を出すのはやめてください」
 静かな口調でクロエが双子の言葉を継いだ。
 話の流れ的に誰がどう考えても悪役であるダークエロスの乙女に対して、卑怯などと言うほうがどうかしている。
 それ以上言い返す言葉が見つからず、高橋は歯噛みするしかなかった。
 エリーとリリーは入れ代わり立ち代わり、短剣を操りアンリエッタを追い込んでいく。
 エリーが短剣を突き出し、アンリエッタが体を後ろに引いてかわそうとするが、背後に回り込むリリーがこれを許さない。
 エリーが振り下ろす短剣を体をひねってかわすアンリエッタだが、その顎を側面で待ち受けていたエリーのつま先が突き上げた。
 宙を舞ったアンリエッタは受け身を取り着地、小さく頭を振る。
 一瞬無防備になったその背中に、エリーの短剣が迫る。
「アンリエッタ!!」
 高橋の声が響く。
 次の瞬間、パンという破裂音と共に短剣が地面に落ちた。苦悶と困惑の表情を浮かべているのは、エリーだ。
「絶体絶命のピンチなのはどいつだい?」
 高橋の視界に映ったのは、黒く光るピンヒールで砂利道を歩いてくる、ボンテージ姿の女王様だった。
「お前だよッ!」
 大きくしなった鞭がエリーに襲い掛かる。エリーは転がりながら鞭をかわし、短剣を拾って立ち上がった。
「マスター高橋、あまり無様な戦いをされては困るな。君はこの課長島こうさくに勝利した男なのだぞ」
 その男は日曜日にもかかわらず、洗練されたブランド物のスーツに身を包み革のビジネスバッグを提げていた。
 そこにいたのは、かつて敵として戦ったダークエロスの乙女エリザベスとそのマスター島だったのだ。
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