05.街道をゆく
「……もう、城行きは無理ね」
アージィが言った。俺もそれを否定できなかった。
「すまねえ……」
「ザンクが悪いわけじゃないよ。ね、カルナ?」
コクコクと頷く幼女。俺はちょっとだけ慰められる。
「……じゃあ、次の行き先は俺が決めてもいいか? 街がいいな……」
「冒険者が集まる酒場がたくさんありそうな、って言うつもりでしょ? 言っとくけど、そんなとこいっても新しい剣士なんて探さないよ」
「なんでだよ。だって、このまま俺とパーティを組んでたって……」
「いまさらじゃん、そんなの」
「でも……ぐはっ」
俺はアージィにデコピンされた。いてぇ。
「なにすんだ!」
「あのね、あんた分かってないでしょ?」
アージィがため息をついた。
「あんたの剣の腕は、代わりを探すとかそういうモンじゃないの。わかってないの? あんた、半年ちょっと前まで羊飼いだったのよ? あたしと出会った時にあんたいくつ術技持ってたと思ってんのよ」
「……もう、ザンクじゃないと、ヤダ」
精獣信仰者が俺をヨイショし、幼女が上目遣いでイジらしいことを言ってくる。男冥加に尽きるっちゃ尽きるが、それでも、俺の胸は重苦しかった。
「……それでも、俺は、お前らの重荷になっちまう。頑張るとか、なんとかするとか、言えりゃいいけど、俺のこの病は気合じゃ治りそうにねえ」
「でしょうね。あんたの精神力は決して弱くない。そのあんたが我慢できないっていうんだから、その睡魔は本当に凄まじいんだろうなって、あたしにもわかるわよ」
「……目覚ましで、電気、流す?」
「カルナ様、それは勘弁してください」
死ぬわ。
「いずれにせよ、ザンク、まずあんたの病気を治そうよ。べつにあたしたちの旅も急ぎってわけじゃないし、最初からそっちを重点的に調べていけばよかったね」
「……いいのか?」
「精獣はどこにだっているし、カルナの記憶も、案外あんたの病を治す過程のほうが蘇るかもしれないし」
アージィは弟のわがままに付き合う姉のような顔をした。
「だから、必要以上に心配したり気を遣わなくていいの。あんた、眠りに落ちるたびに人生に絶望しきったような顔して寝てるけど、あんなんじゃ悪夢ばかり見ちゃうわよ」
「ああ……」
実際に、悪夢ばかり見るのだが、それは言わないでおく。俺の見る悪夢はカルナなんかに喋ったりしたら二日は不眠にしてしまう。最近見たのだと毛むくじゃらの巨人の爪先をベロで何時間も舐めさせられ涙を流すというとんでもない奴を見た。起きた瞬間に吐かなかったのが奇跡に近い。
おそらく、無力感から来ているのだろう。
剣じゃ病は治せない。
「……くそっ」
「舌打ち禁止。荷物まとめ終わったら、出発しよう」
「どこへ?」
「医療都市・カブナルザル。ここからちょっとあるけどね。でも、大きな商業街道にすぐ出れるし、宿屋のハシゴは簡単だと思う。カルナもそれでいい?」
「我が赴くは風と精霊の名のままに」
最後のは手に持った魔導書の朗読だ。電撃を撃たれるのかと思って一瞬ビビった。パタン、とカルナは魔導書を閉じて、言った。
「治そう、ザンクの病気!」
「カルナ……」
「アージィと過ごす退屈な夜、飽きた」
「傷ついた。あたしは今傷ついた」
どうも子守唄や寝物語のレパートリーがそれほど無いらしい精獣信仰者がその場にガクリと座り込んで真っ白に燃え尽きた。哀れな。
それから俺たちは小屋の後片付けを済ませて、街道を目指し出発した。
○
「《双撃衝》!!」
俺の連撃が魔犬を弾き飛ばした。霧を吐いて動かなくなる魔犬。俺はバックステップで、魔花のツタを回避した。
「アージィ!」
「まかせてっ、いでよ、聖狼!」
光に包まれた三つ眼の狼が飛び出し、魔花のツタを噛み千切った。よし、そろそろ……
「カルナ!」
「《ヴァーミリオン・ランス》!!」
赤と黄が入り混じったエネルギーランスが魔犬を二匹まとめて貫いた。
リーダー役の魔人がひるんでいる。俺はそいつに斬りかかった。
「遅いっ! 《斬壊衝》!!」
「グッ……」
「逃がすか、《劣閃攻》!!」
俺の地を砕く剣撃による砂塵に巻き込まれる魔人。俺はさらに距離を詰め、一度剣を納める。そして……
「《真眼衝》!!」
居合抜きで魔人を真っ二つにした。
「やったじゃん、ザンク!」
「へへ」
俺たちの勝利だ。
ふう、と息をつく。
睡魔は来なかった。いつもこうだといいのだが。
「ザンク、キレキレ」
「まーな」
幼女からの賞賛を素直に受け取る。ふざけてる態度を取ってはいるが、俺は結構泣きそうだったりする。
俺は自分の務めが果たせた。
それが、嬉しい。
「あんたやっぱ剣速いよね。どんな筋肉してんの?」
「鍛えてんだよ」
「嘘つけぇー!」アージィに頬をぐりぐり突かれた。
「気絶するたびにあたしらが運んでるんだから、むしろナマってるでしょーが」
「うっ。バレてる」
「むしろちゃんと動ける時は動きなさいよね!」
「へいへい」
戦闘の後始末をして、荷物を担ぎなおす。
街道は、どこまでも続いているように見える。