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そこに咲くのは焔のアネモネ

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「アレン、はやくはやく!」
少女が、青年の手を引いて店に入っていく。少女は幼さが残っているが、可憐さと美しさを備え髪は腰ほどまで伸ばしており、着ている服は育ちが良いのを証明するようなものでピンクを基調とするものであった。一方青年のほう、恐らく十代半ばであろう。青年は兄と思われても仕方ないであろう。同じく十代であるが、少女よりも顔つきは大人であった髪は金髪で、周りの男たちに比べるとやや、頭髪は長い。彼にも共通して言えるのだが、やはり服装は貴族、またはそれに仕える騎士に相応しいものであった。少女が入っていったのは花屋であった。赤、紫、白といった様々な色の花や、観賞植物が置いてある。
「連れてきたい店があると朝から聞いていましたがまさか花屋であったとは」
青年、アレンは額の汗を拭う。少女は店内に置いてある花を見て回ってははしゃいでいた。
「だってここにくればきれいな花が見れるんだもん」
「お父様のお力があればこの店ごと花を買えますし、庭園をつくることだって……」
「もう!アレンったら全くわかってない。」
少女は頬を膨らませる。一方アレンは渋そうな顔をしながら頭を掻く。
「今のでせっかくのデートが台無しよ!なんか買って!」
「話が前後してませんよ!しかも唐突です」
アレンは抗議をするが、少女は長く駄々をこね続けるのでとうとう屈服してしまった。
「じゃあひとつだけですよ。店の前で待っててください」
少女を店先で待たせ、アレンは花に目を通した。

  花屋には見慣れた花が多く並んでいた。パンジーにチューリップ。コスモスに薔薇、ビオラ。どれがいいか悩んでいると見慣れない赤い花が置いてあった。小さく、可愛らしいのだが、真ん中の部分、そこに黒いものが集まりその回りが少し白い。それが、毒々しさを覚える。回りには恐らくそれの色ちがいなのであろう、同じ種類の花が置いてある。
「これはアネモネ、花言葉は真実の愛、君を愛すです」
    横からこの店の主人なのであろう女性が話しかけてくる。長い金髪に、花屋で働くには不釣り合いな、美人ではあるが妖艶な雰囲気を出していた。
「ふふ、余計なことをしましたか?なにぶんお二人は恋人だと思ったので」
アレンは狼狽する。その様子を見て主人はおかしそうに笑う。
「気にしないでください。私、人をからかうのが趣味なんです」
悪趣味な女だとアレンは思う。
「でもいいと思いますよ、可愛らしくて」
「そうですか……」
  少女を待たせるわけにもいけないと思ったのだろう、アレンは植木鉢に入った赤いアネモネの花を一つ買って店を出た。
「もう!アレンったら何にもわかってない!」
「申し訳ありません……」
「普通レディーに花を贈るときは花束って相場が決まってるのよ」
「勉強になりました」
渋そうに頭を掻くアレンに、文句を垂れながらも嬉しそうに一輪のアネモネが咲いている植木鉢を抱えている
    しばらく歩くと屋敷が見える。アニスの住む家だ。門まで近づくと衛兵二人が出迎えてくれた。
「疲れちゃった、門を開けて!」
     アニスそういうと、門は開き、衛兵は直立不動の姿勢となり二人を見送った。
「アニス様、荷物を持ちます」
アレンはアニスに言うが、当のアニスは聞く気にならないようだ。
「いいの、これは部屋に飾るから」
仕方なく歩き続ける。玄関につくと再び衛兵二人が出迎えてくれた。
彼らは玄関を開け、深く頭を垂れた。 屋敷に入ると、アニスは自分の部屋へアレンは屋敷の主人に、つまりアニスの父に帰りの報告に行った。

「アレンよ、娘の相手をご苦労。」
アニスの父が労いの言葉をかける
「いえ、私が受けた恩に比べればそんな……」
「その話は別に良いと言ったであろう。まあ良い実はお前に大事な話がある」
大事な話という言葉にアレンは固くなる
「アレン、そんなに固くなるな。まぁ、大切な話というのはな、娘のことだ」
「アニス様のことですか……」
「ああ、単刀直入に言おう。アレン、お前に娘をやろうと思う」
    無理です、と口を挟む前にアニスの父は続ける。
「私はお前の知力、剣技そして貴族としての立ち振舞いや教養を高く評価している」
「しかし、私は!」
「お前の家の借金は私が何とかしよう。なぁ、頼むアレン。一応考えておいてくれ」

    アレンは一旦部屋に戻るが落ち着かず、そのまま外に飛び出してしまった。一人で喫茶店に入り、気休めに茶を飲んでいると、聞き慣れた声がするので振り替える。そこには、クリーム色の髪にボブヘアーの女性が立っていた。
「まぁ、アレン様。一人で珍しい」
「やぁ、クリス。」
「何かお悩みですか?わたくしでよろしければお話を伺いますわ」
好意に甘えて先程のことと今の自分の現状、考えを話した。
「まぁ、アニス様と結婚……」
「まだ決まった訳じゃない。ただ、考えてくれと言われたんだ」
「わたくし、アレン様がアニス様のものになるのはいやですわ」

    しばらくクリスと話すが結局問題は解決しないまま屋敷に戻ることになってしまった。
2, 1

  

  好きになった人に初めて買ってもらったプレゼント。不器用で優柔不断だが、忙しい両親に変わって自分に色々なことを教えてくれた。勉強、茶の飲み方や食事のマナー、そして人を愛するということ。最初は兄ができたようだった。がみがみうるさいが、自分を守ってくれる 。彼も自分を妹のように、扱ってくれた。ただ、もう妹扱いは嫌だ。一人の女として見てほしい。彼からの贈り物、たった一輪の赤いアネモネ。何でも知ってると思っていた彼は乙女心は知らなかった。次はあたしが教える番。はかない夢、はかない恋が実りますように。少女は祈った。

「アニス様、アレンです。申し訳ありませんが部屋を出てください」
アレンが呼んでいる。嬉しさが込み上げる。勢いよく扉を開ける。そこに立っていたのは令状を自分に見せつけるアレンと、教会の神父、そしてそれを守る兵士と悲しそうに自分を見る父と母であった。
「アレン、この人達は?」
アレンは答えない。神父は自分を指差しながら言う。
「告発者の証言により、神父、アリアスはアニス=アニモーアを魔女として処分する」
   魔女?自分が?言葉が出ない。アレンを見る。あたしは違う!目で訴える。しかし、アレンから出た言葉は残酷なものであった。
「私、アレン=オーレンは神父、アリアスの命により、アニス=アニモーアを魔女であるとしこの手で処分することを、命ぜられた」冷たい言葉だった。視線は鋭く、今逃げようものなら殺される。本能でそれがわかる。
「アニス=アニモーア、処刑場まで来て貰うぞ」先程まで愛していた男に拘束され、処刑場というところにつれていかれる。
「規則ゆえ、ご両親にも来てもらいます」
    そんな声が聞こえたような気がした。

「アニス=アニモーア、再度聞こう、お前は魔女か?」
答える力はなかった。自分は魔女ではない。何度も何度も、何時間か前にも同じ質問をされ、そのたびに違うと答えた。大勢の人の目の前で服を脱がされ裸にされようが、鞭を打たれようが。両親はすでに神父によって殺された。「あなたは魔女ではない」と言った母は見せしめに焼かれ、自分が否認を続けた結果父は心臓を貫かれた。その場にはアレンもいた。ただ、アレンはその場で見ていただけであった。それが悲しくて、辛くて、憎くて。恨んでも恨みきれなかった。
「答えないのか?ならば今、お前が魔女であるということを私が証明してやる」
   神父の号令で、アレンが何かを持ってくるのがわかる。棺桶だった。恐らくその中に入るのであろう。
「よく聞け、証明の方法はこうだ、今からお前にはこの中に入って貰う。そしてそこから火をつける、もし遺体が残っていなければお前は魔女確定だ」おかしな話だった。自分が魔女でなければ焼け死んでしまうではないか。
「では、アニス=アニモーア何か言いたければ言うといい」
「……あたしが魔女なら……」
これを言ったら証明の前に殺されるかも知れない。でも、どうしてもいってやりたかった。
「お前達は悪魔だ!」


   少女は焼かれた。火をつけたのはアレンであった。棺桶が音を遮断したのか、少女が棺桶から消えたのか、それとも叫ぶ気力もなかったのか、断末魔は聞こえなかった。  
「ここはどこ?、あたしは死んだの?」
    長い廊下の真ん中でアニスは倒れていた。地下なのであろうか?一定間隔で火のついた松明が置かれている。前か後ろか、どっちに進むか迷うが、若干だが前のほうが明るく感じたので前に進むことにした。
     やがて扉の前まで辿り着いた。重々しい鉄の扉だった。ノブをまわしてみる、鍵はかかっていない。アニスはドアを扉を開いた。部屋に入ってすぐ、人がいるのが見える。長い髪、美しい金色、どこかで見たような気がするが思い出せない。でも確かに会っている。
「あの……すみません、迷っちゃった見たいで。ここはどこですか」
女は答える
「ここは、紅蓮の聖域。人間風情がよくここまで辿り着いたな」
    人間風情?もしや彼女は
「あ、あのもしかしてあなたは……」
「ふむ、その様子だと、そなたも犠牲者か。もうなにも言わなくて良いぞ。お主の今の様子で大体の理由はわかった。残念であったな人間よ」
「ここは地獄ですか」
「地獄とは人聞きが悪い!が、そこの一歩手前というのかな。まずは自己紹介だ。我はここの主であり、復讐の魔女ヒルマ=アルビーチェ。ヒルマと呼んでくれ」
    魔女が目の前にいる。ということはあたしは……
「とりあえず宴を開こう。お主、劇は好きか?」
    ヒルマは自分に聞く
「はい」
「なら、今回も劇でもてなそう!愉快な復讐劇でな!」
    ヒルマは鏡に向かって何かを唱えると、鏡は自分達ではなく、一人の少女を写し出した。自分と変わらない年頃の少女だ。手には剣を持っていて、そこから赤いものが滴っていた。
「くそ、魔女め!殺してやる」大男が少女に斬りかかるが、彼女はそれを避け、男の右腕を切り落とす。
「おじさんがやったこと、そのままあたしがやってあげる」男は助けを乞うが、逆効果だったようだ。彼女は笑いながら
左腕、左足の順に切っていく。次は右足だが、それを足の指を1本ずつ、切りすべてなくなると、細かく右足を切っていく。異常な光景だった。
「どうだ、愉快であろう?あやつもお主と同じで魔女狩りの犠牲者だ」
    あの子もあたしと同じ。犠牲者……
    「次に、なざお主が魔女として殺されたのか見せてよろう。ありがたく思うが良いぞ」
    拒否する理由がなかった。
4, 3

  

「お話があります。アレン様」アレンを呼び止めたのは教会付きの女性兵士ミレアだった。女性兵士にしては、素朴ではあるが美しくそれのおかげでここに配置されたと聞く。彼女には冗談は通じない。それくらい真面目人間だ。
「なんでしょうかミレアさん」
「はい、まずはこれを受け取ってください」
渡されたのは袋一杯に入った金貨であった。
「この中にはあなたの家の借金を完済するだけの金が入っています」
   冗談ではないだろう
「で?教会は俺に何を頼むんだ。」
「察しがいいですね、では言いましょう。アニスお嬢様を魔女として告発してほしいのです」
もし、この相手が彼女でなかったら、聞き返していたであろう。
「拒否すれば……」
どうなる?といいかけたところで後ろから人の気配がした。
「残念ですがここであなたの人生は終わるだけでなく、あなたの一族を魔女の一味として告発します」
「……落ちたな、教会も」
「申し訳ないですが選択権はありません。大丈夫です。あなたの今後は私たちが保証します」
正直、この選択は人としてはやっちゃいけない選択だ。だが……
「で?俺はどうすればいいんだ?」
    これで言い逃れも後戻りもできなくなった。

「クレア様。確かにアレン様にお伝えしてきました」
教会の一角でミレアはクレアに報告する。
「そう、ありがとうこれで明日には邪魔者が消えるわね」
(この人は自分がやろうとしてることの重大さがわかっているのだろうか?)
    まるで他人事のように、興味を示さない女に疑問を抱く。なぜ彼女はこんなことを?思わず聞いてしまう。
「失礼ですがクレア様、なぜアニス様を魔女に仕立てようと?」
    帰ってきたのは驚くべき答えだった。
「あの小娘にアレン様を取られるのが気にくわなかったからよ」
    なんとそんなことで、たった一人の女の嫉妬のためだけに無実の犠牲が出されるなんて。
「それに一家ごと滅ぼしてあげたほうがよろこぶ人は多いと思うわよ。あそこのいえ無駄に財産溜め込んでるから」
    貴族の足の引っ張りあい、どっちに転んでも得をする教会、本来であればこういう時こそ、正しい判断をするのが聖職者の仕事であるが、生憎この教会には聖職者はいなかった。いるのは利権に飢えた豚のみ。
「それとミレア」
「はい!なんでしょうか?」
「この話は誰にもしゃべらずそのまま墓場に持っていってちょうだいね。たとえ他の町にいったとしても」
「……はい、仰せのままに」

ミレアはクレアと別れたあとすぐ、教会の中にある自分の部屋に戻った。あと少しだけここを勤めたら辞めよう。そう思いペンと紙をとり、母親に向け手紙を書き始める。
鏡に写ったのは自分が陥れられる経緯と、それに加担したものたちの姿であった。特にショックを受けたのは、アレンが金で動いたことであった。恋心を弄ばれ、踏みにじられた。鏡に写った罪人共を、両親の敵を裁かなくては。
    怒りが頂点に達したところで、ヒルマが声をかけた。
「さっきの少女見たいに、お主も暴れて見ないか?」
    ヒルマはそういうと、太刀を取り出し、それをアニスに渡した。
初めて握る武器、恐怖か、罪悪感か、はたまた喜びなのかわからない。手が震える。
「これで、人を?」声が震えていることにびっくりする。
「ほう、ここに来て怖じ気付いたのか」
ヒルマはそういうと優しくアニスに語りかける。
「昔二人の偉人がいてな、彼らは人間の性について正反対の考えを持っていた。まず、『人間の本性は基本的に善である故に後天的に悪を知る』という性善説、『人間の本性は基本的に悪であるという故に後天的に道徳を知る』という性悪説だ」
   ヒルマは一呼吸おいて、アニスに質問する。
「アニスよ、そなたはどちらが正しいと思う?」
   アニスは迷った。両親は忙しいながら、自分を愛してくれていた。アレンも自分を裏切りはしたが、それでも自分に優しくしてくれた。一方、教会の人間は……
「アニスよ、難しく考えるのではない。……では、問おうお主のその悪意はどこからやって来たのだ?」
ヒルマはアニスを優しく抱き締めた。
「お主のことは少しだけ調べさせてもらったぞ。優しくて、賢いのに、怖い思いをしたな」
「ヒルマさん」
    ヒルマの胸の内で泣いてしまった。そして決意した。やはり、あの罪人どもに同じ苦しみを。上木鉢のお返しに、花束で。

「では、転送魔法をかけるぞ。 準備は良いか?」
    アニスはこくりとうなずく。覚悟は決めた。からだが軽くなる。「頑張るのだぞ」そんなことばが聞こえた気がした。
6, 5

  

  手紙を書き終わって、ミレアは一息付く。この腐った職場ともあと3日でお別れ、最後の仕事は胸糞の悪いものであったがもう自分には関係ない。地元に戻り、親の仕事を手伝うか、自分の店を開く。うまくいかなかったとしても、蓄えはある。しっかりやりくりすれば一度や二度の失敗をしても生活には何の支障もないだろう。もちろん今回のことは墓場に持っていく。誰にも知られたくない。寝床に就こうとしたとき、ドアがノックされる。こんな時間に誰だ?ドアの向こうにいる人物に声をかける。「申し訳ありません、急用でなければ明日にしてもらいたいのですが」ここで渋れば下手したら明日にもこの部屋を出られるだろう。そんな考えが頭をよぎる。
「すみません、急用です」
   少女の声が帰ってきたことに驚く
「なら、支度をするので、ドアの前で用件をいってくれませんか?」
    どうでもいい要件であればかえってもらうつもりだった。
「いえ、直接お会いしたいので。とりあえず私の方から開けさせてもらいますね」
    事を理解する前に、理解させられた。いや、若干意味がわからなかった。鍵を掛けていた筈のドアは開かれ、太刀を持った少女が、部屋に入ってきた。声が出ない。口を動かすが声にならない。助けを呼ばなくては。
「あっ、今の気持ちわかりますよ。私も殺される前もそんな気持ちでしたから。わかってくれて嬉しいですよ。アニス殺しのミレアさん」
    「アニス殺しのミレア」という言葉に全力で否定する
「違う!私は!」
「何が違うんですか?あなたも歴とした共犯者ですよ」
「それよりあなたは誰ですか?」
「あら?殺した女の子の顔もわからないの?」
    一気に血の気が引いていくのがわかる。まさか……嘘だ。
「あなたたちのおかげで晴れて魔女になることができました。そう、あたしは復讐の魔女アニスよ」
倒せるか?相手は魔女だ。しかし、少女だ。増援は必要か?
「あっそうそう。残念ながら仲間は来ないわよ。この空間はあたしの魔法で隔離してるから、あなたの悲鳴や叫び声は一切届かないわよ。あたしも余計な犠牲者は出したくないし」
「くっ、教会騎士団を舐めるな!」
    ミレアはアニスに躍りかかる。しかし、勝負は一瞬でついた。アニスの太刀の一振りが、ミレアの剣を砕き、彼女を壁に飛ばす。
「あら?教会騎士団ってこんなに弱いの?」アニスが近づいてくる。
「お願い!助けて!私は何もしてない!」必死に助けを乞うしかなかった。妙な仕事を引き受けたばっかりに、あと3日、あと3日遅ければ……
「だめ、あたしが受けた苦しみ、あなたにも味わってもらうわ」
髪を掴まれ、服を脱がされる。泣き叫ぶしかなかった。何度も助けを乞うた。遥かに年下の女に敬語まで使う。
「お願いします、許してください。せめて命だけは」
「あたしさ、鞭を打たれたからさ、その言葉をいったよ。でも、止めてくれなかったよ」身体すれすれに剣を振り下ろされる。
「あはは、ごめんね。でもあたしはさ、今のあんたの気持ちだったんだよね!でもね、痛いのやめてくれなかったし、パパとママは結局殺されちゃうし」
    涙と鼻水が混じる。早く終わってくれ。
「まぁ、安心して、あんたはあっさり殺してあげる!もちろんきれいな姿でね!」
「お願い!辞めて!死にたくない!」
「なら……そうだ!ねぇ、あたしを殺した理由とさ、その犯人を知ってるんでしょ。それを話してよそしたら考えてあげる。でも、あたしがもう知ってることを話したら即殺すからね」
「話す、話すわ」
    ミレアは事の一部始終を話した。自分が助かるなら、犯人がクレアということも、そしてクレアはアレンの弱味を使って、アニスを魔女に仕立てさせたことも。
「へぇ、そういうことだったんだ」
「これが私の知っていることです」
「うん、ありがとう話してくれて。ミレアさん大好き」
     アニスが自分を抱き締めた。本当はいやだったが恐怖で身体が動かなかった。
「でも、残念!アニスちゃん、今の話全部知ってました!」
    背中に、なにかが刺さる感触がする。それが下に下がり、それが引き抜かれる。血が溢れる。
「あっ……嘘つき……」
血を止めなくては、近くに布がないか探すが見当たらない。視界は暗くなっていく。アニスがなにかをいっているが、なにをいっているかわからない。
    嫌だ、死にたくない……、涙が頬を伝っていき顎まで来たところで意識がなくなった。
初めて人を殺した。血を流し、裸で倒れる女性をみてアニスは思う。顔は恐怖で強ばり、目には涙を浮かべていた。
「助けて!」
     ミレアの泣き声が脳裏によみがえる。それが可愛らしくて、いとおしくて、自分を拷問した神父は同じ事を思っていたのか?ならば、同じ事を彼にしてあげよう。
     せめてもの情けでミレアの目を閉じる。生前の美しさが伺える。
     机の上にミレアの母親宛の手紙が置かれている。内容を見ると、あと3日で彼女はここを離れること、地元に戻ることが書かれていた。
「運が悪かったわね」手紙を燃やすと次の    標的の元へ向かった。 次の標的はクレア、あなただ。

    クレアを殺すのには時間をかけなかった。あの畜生の声を聞くのも腹立たしい。ドアを蹴破り彼女の胸に太刀を一突きする。そこからはやりたい放題だった。ひたすら太刀を彼女の身体に叩きつける、見たことのないものが身体のなかから出てくるがそれもお構いなしに叩き切り続ける。いつまでやりつづけたのだろうか?クレアと呼ばれていたものは完全に肉に、それもミンチと呼ばれるものになっていた。
     次はあの神父さん。部屋を出て神父の部屋に向かう。何者かの視線を感じた気がしたが無視をする。神父の部屋に着くとクレアの部屋があった方から悲鳴が聞こえる。
部屋から出てきた神父を突き、そのまま壁に押し付ける。
「あっ、お前は……」
「はい!魔女として生まれ変わった、アニスちゃんでーす!」
    神父はどうにかしようともがこうとするがそれが自分を傷つける。
「ねぇ、殺した相手に殺されちゃうのってどんな気持ちなの?」
「頼む、許してくれ。」
「やだよ、あたしにも同じ事をしたでしょ」
鞭を取りだし、それを神父に打つ。
最初こそは痛みに声をあげていた神父も、数十発ほど打ち込むと無言になった。それでも構わず打ち込む。(次はあの人に……)肉人形と化した神父をまっぷたつに裂くと、最後の標的に向かい歩みを進める
8, 7

  

恐らくアニスだ。アレンは肉塊とかした、クレアを見て思う。なぜクレアが殺されたのかはわからない。ただ、廊下を通っていった見覚えのある姿。あれは間違いなくアニスであった。
「あぁ、神父様!」
「くそ、ミレアまで殺されている!」
疑惑が確信に変わった瞬間だった。
「ヒッ!ア、アニスだ!こっちに向かってくる」
     (くそ、殺される!)アニスに見つかる前にアレンは教会を抜け出し、夜の町を駆けていった。

    どれくらい逃げたであろう。いつの間にか森の中に入っていた。とりあえずここで夜を明かすことになる。よさげな場所を選定しようとしたとき、聞きなれた声が自分を呼び掛ける。
「アレン、見つけたよ」
    声のする方向を見ると、服を血の色に染めたアニスが立っていた。
「好きだったのに、酷いよ」
    何を言われようと仕方ない。自分はそういう人間だ。いや、彼女が言っていた通り悪魔といった方がいいのかもしれない。
「すまない、でもこれもいきるためだ」
    アニスに剣を構える。
「すまないな、魔女よ。今殺してやる」
「……酷いよ」
彼女と剣を交える。技術こそはないが、力で押してくる。これが魔女の力と言うのか。鍔競り合いから、間合いを一気に取る。一瞬でも油断をしたら殺される。力だけは人間離れしている彼女を見ながらアレンは剣を構え直す。
「アニス、これ以上続けるのであれば容赦はしないぞ」
    勝てる見込みは正直ない。しかし、ここで弱味を見せたら彼女の太刀の錆になってしまう。
「だめ、アレン、あなたは私を殺したのは。償って」
    残念だが事実だ。しかし、俺は彼女よりも自分の家を選んだだけ。俺は家を守るために生きる。再びアニスに斬りかかる。アニスは防戦一方だった。心なしか反撃には先程の脅威は感じられなかった。

    紅蓮の聖域で復讐の魔女、ヒルマ=アルビーチェはアニスの復讐劇を観賞していた。"感情こそが世界の答え"と刀身に彫られた太刀は使い手の純粋な悪意によって力を得る。純粋な悪意しかないアニスはそれを使って愉快な見世物を演じてくれた。途中までは。
(どうした、アニスよ……なぜあの男を本気で殺さない?) 届くはずのない念を送る。一人言のつもりだった。
(ごめんね、ヒルマさん、あたしあの人のすべてを見てしまったの)
(おまえ、私の声が聞こえるのか!?)
    ヒルマは少女の進化に驚く。人間が魔女に変わる。それは希なケースだ。魔女として長くこの世界にいるヒルマでも噂で聞いたことしかなかった。皮肉にも、自分と同じ復讐の魔女と称する彼女は太刀の力に溺れず、それを使いこなす。ただの人間なら太刀の力に溺れ、壊れてしまうのが普通だった。復讐を終え、虚しさと罪悪感、そして太刀の力によって人間が壊れる様を見るのがヒルマにとっては最大の趣味であった。
(アニスよ、この期に及んで同情だと?それは許さんぞ。)
(ごめんね、身勝手なのはわかるの。でもね。やっぱりあの人を殺せない)
身勝手だ。だがそこが面白いぞ人間よ。なら、まだまだ楽しませてもらおうか。
少女が復讐を終えようが、終えまいが、はたまた返り討ちに合おうが、ヒルマにとってはどっちでもよかった。ただ、今回のショーはヒルマの長い魔女人生の中で最も愉快なものになっていた。
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