「ここがあなたたちの言う第2の大聖堂よ」
褐色肌に銀髪の少女カサシンに案内された大聖堂は、以前訪れたクリアスの大聖堂そのものだった。
「なあ、カサシン。お前って未来が見えるんだろ」
「だからなに?」
「だからって……その……」
ジャスバルは聞きたいことを素直に聞けなかった。それを察したのかカサシンは言う。
「安心して。大聖堂に入った後の未来は見えていないわ。そう、誰が生きるか、誰が死ぬか全くわからない」
「そ、そうか」
ふと、初めて聖獣と闘ったことを思い出す。ただ、純粋に自分たちを殺しにかかる聖獣。人や魔物との闘いにはない不気味さ、彼らの殺しの経験値。そして、今まで3体の聖獣を殺した巫女はいなかったという現実。しかも今回はミレイがいない。
ディシリアと共に入口に近づく。円形の模様にディシリアの手の平を重ねると開くここ扉を開きたく、いや開いて欲しくなかった。
「大丈夫だよ、ジャスバル。次も勝てるよじゃないとミレイさんに申し訳ないよ」
不安を少しでも和らげようしてくれたのか、ディシリアは明るく振る舞う。ディシリアも怖い筈だ。
「そうだな、びびってる暇なんてないな」
「ジャスバルは肝心なときに弱虫になっちゃうもん。しっかりしてよ」
「お前が言えた口か?」
ディシリアと話していると気持ちが明るくなってきた。今度もディシリアを守ってやる。そんな思いが心の底から涌き出てきた。
「お熱いところ申し訳ないないけど、私も闘いに参加させてもらってもいいかしら?」
「え?でも大丈夫なのか?」
「大丈夫。腕には自信があるわ」
大聖堂に入る。最初に目についたのは滝だった。自分たちの背の高さ以上。大聖堂の天井辺りから流れ落ちる大きな滝とその落下点を中心に出来上がった貯め池の前方に4方、左右に2方計8方に延びていく浅瀬の川。水は清らかであったが生き物は住んでいない。建物の中にあるとは思えない光景だった。滝に向かって近づくと、1体の魔物。否、聖獣が滝に打たれていた。背丈は自分たち人間と同じくらい。背中には甲羅を背負い、胡座をかく足と手は両生類の生き物が水中を泳げるが如くなっている。口には短いくちばし。顎には長い髭を蓄えているが、頭は硬質的で、皿のようであった。もし記憶が正しければ、この生き物は河童と呼ばれる伝説の生き物である。河童はゆっくりと目を開け、優しく微笑みながら語りかけた。
「ほっほっほ、若い男に、お嬢ちゃんが2人。で?どちらが暁の巫女さんかな?」
「ディシリア・コルフライフ。私が暁の巫女です。私を殺したのならばこの2人には危害を加えないでください。私が死んだならば彼らは戦闘をやめます」
「その言葉に偽りはないね」
「はい」
ゆっくりと立ち上がりこちらに向かって歩いてくる河童。一同は警戒して河童に構える。
「嘘、偽りはないね。よろしいよろしい。救世主や英雄はいつだって正直者でなければならないからのう」
ジャスバルは河童に聞く。
「もし、嘘をついていたらどうなっていた?」
「その時点で君たちは死んでいたよ」
河童はゆっくりと伸びをしたあと続ける。
「この大聖堂内では嘘をつくことは禁じられている。勿論わしもだ。嘘をついた瞬間。今流れている水は濁流となって君たちに襲いかかる。これで何人死んだかな?」
危なかった。もし、ガルタ人の忠告を無視していたらと思うとゾッとする。
「では、始めようか。そして、もしわしに勝てたら君たちに良いことを教えてあげよう」
ジャスバルはエアルドを構える。
「良いことってなんだ?」
「それは後のお楽しみじゃ。では、若者達。このキリューが相手になってやるぞ」
「カサシン!ディシリアを頼むぞ!」
そう告げると同時に河童の聖獣、キリューに突っ込んでいく。ディシリアの魔法は強力だが、発動に時間がかかる。カサシンの実力は未知数。ならば自分が囮になって時間を稼ぐのが先決と判断。
「そのまま叩き切ってやる!」
棒立ちのキリューに渾身の打ち降ろしをお見舞いするが防がれる。キリューの右腕は氷に包まれ、ひとつの刃と化していた。
「魔法なしでこの威力とは恐れいったよ。よっぽど良い師に出会えたようだね。だがまだまだ」
キリューの左手のひらに青白い光が集まる。ジャスバルはあわてて地面にエアルドを刺す。
「玄武!」
ジャスバルを守るように、キリューを刺し殺すように鋭利な岩石が地面から現れる。キリューはというと、岩石から十分な距離をとったあと氷の槍を放つも、岩石を貫くことができぬまま砕け散った。時間差をおいて岩石も砕け散り、その破片がキリューを襲うも、すべて避けられてしまった。
「ほほう、今まで闘ったもののなかでもなかなかの腕じゃのう」
「俺の師匠とその師匠はもっと恐ろしいぜ」
言い終わると、無数の光の粒がキリューに向かって降り注ぐ。
「おしゃべりしている暇はないわよ」
後ろからカサシンの声が聞こえる。
「コーラルレインの威力はどう?河童さん」
砂煙に向かって喋りかけるカサシン。すぐに返事が帰ってくる。
「わしが聖獣でなければ死んでたかもしれんのう」
砂煙が晴れてそこにたっていたのはほぼ無傷のキリューだった。思わずジャスバルは呟く。
「くっ、この化け物!」
「そういわんでくれ。好きでこうなったわけではない」
その時、ジャスバルは赤い光に包まれる。全身から力が沸き起こり、自分には倒せないものはいないという感覚に陥る。
「バーサーキル。詠唱。……ジャスバル、無理しないでね」
「ありがとうディシリア」
ディシリアに礼を言い、剣先をキリューに向けて良い放つ。
「魔法が聞かなくても、お仲間の人狼のようにお前を叩き切ってやる!」
「人浪?ほほう、力を語る者、アグニエルを倒したのか!」
まるで孫の成長を喜ぶように語るキリュー。
「ならばわしも遊んでいる暇はないのう。」
キリューはすばやい動きで甲羅を脱ぎ捨てジャスバルに向けて飛ばす。剛速、高速回転の甲羅をエアルドの剣の腹を使って正面で受ける。本来であれば衝撃を避けるために受け流すのだが、バーサーキルをかけられたジャスバルはあえて危険な方法を選んだ。その方がさらに気持ちが高ぶるからだ。並みの剣であれば粉砕していたであろう威力の甲羅の衝撃に耐え抜き、勢いを失った甲羅を誰もいない方にぶっ飛ばす。
「じいさん、それがあんたの本気か?」
「まだ早まるな、若造。」
キリューは誰かに祈るように手を組、祈りの言葉を良い放つ。
「長年生き、友を、仲間を失った哀れな老人に力を、友を授けたまえ。召喚!ゲータタートル!」
甲羅から光が集まったと思った瞬間、亀の形を模した、光の集合体が現れた。
「これで2対3じゃ」
「雑魚が増えたところで関係ないぜ!」
ジャスバルは高く飛び上がり、回転刃と化して、突如現れた亀に襲いかかる。
「喰らえ!風車!」
剣の回りに発生した竜巻の刃と本体の刃の2段構成で相手を叩き割るつもりであった。ジャスバル渾身の一撃。しかしそれが受けきられてしまう。
「だいぶ固いみたいだな。ならひっくり返してやるぜ」
「させるかぁ!」
勢いよく突っ込むキリュー。壁にぶつかってしまったのか如く、大きな衝撃音をならし、地面に倒れこむ。
「亀さんとジャスバルは私の魔法で分けててあげたわ。おじいさん、あなたの相手は、私たち2人よ」
「喰らえ!トルネード」
ディシリアが発生させたトルネードはキリューを包み込んだ。トルネードの轟音とキリューの悲鳴が大聖堂の中に響く。
「まだです。フレイム!」
未だキリューを切り裂き続けるトルネードにフレイムを打ち込むディシリア。熱を帯びたトルネードは存在するもの全てを滅ぼす勢いだった。
「相変わらず派手だな。流石に聖獣といってもあれを喰らったら死ぬだろ」
「って思うじゃろ?」
声のした方向に振り向くよりも早く、ジャスバルは背中から腹を氷の刃に貫かれていた。血は出ていないものの、体から一気に血の気が失せる。
「離れろ、聖獣」
カサシンの放った無数の光の線はキリューに向かっていく。それをキリューは全部避けるが、ジャスバルから離れさせるのに有効だった。
「テレポート!」
ディシリアは移動魔法を使って冷たくなったジャスバルの近くに移動し、回復魔法を唱える。
「フルヒーリング」
ジャスバルの傷口は跡形もなく消え去さり、体温も平常に戻った。
「完全回復魔法を使えるのか。半端な回復魔法であれば完全に命を奪えたかもしれんが、惜しかったのう」
全身ボロボロのキリューが感心する。彼はいつの間にか甲羅を背負っている。
キリューが言っていた言葉を解説すると、半端な回復魔法をかけていた場合、傷口が塞がる前に、氷の魔法で固まっていた、血液が溶け、一気に流れ出す。慌てて再び回復魔法をかけて傷口を塞いでも既に手遅れ。しばらくは戦闘不能か、最悪死である。
「あんた、意外と惨いんだな」
「勝つためじゃ。寧ろこれくらいで死んでしまうのなら後程苦労するぞ」
「訳のわからないことを言いやがって」
幸い、バーサーキルの効果は残っているようだ。バーサーキルのもうひとつの効果。それは死にかけるとしばらくの間だけ戦闘力が増すこと。
「悪いがじいさん。次の一振りで勝負を決めさせて貰うぜ」
「それはこっちの台詞じゃ」
キリューは体を大の字にして、全力で叫ぶ。
「今、時は訪れた!彼らの壁となれ!試練となれ!弱気ものなら飲み込め!強きものなら称えよ!」
八方に別れていた清流は徐々に赤黒くなっていく。滝の流れが勢いを増していく。
「く、くるぞ!」
「巫女を喰らい尽くせ!出でよ!ヤマタノオロチ!」
赤黒くなった川から八頭の巨大な蛇が現れジャスバル達に襲いかかる。
「なんならこっちもやり返してやる。人浪から貰った必殺奥義だ」
襲いかかる大蛇に向かってジャスバルは走り出す。その時、ジャスバルは青い光に包まれる。バーサーキルのとはまた違う光。 「ジャスバルー!」
ディシリアの叫びに呼応するかのように光は激しさを増す。
「襲いかかるもの、立ち塞がるもの、邪魔をするもの全てを滅ぼす力を我に与えよ!天神スサノオ!」
キリューに向かう道中、襲いかかる大蛇をごみのように切り捨てていく。正面から、横から、下から、上から、左右から挟み込まれようと関係なく確実に首を落としていくその姿はまさに鬼神だった。
「最後の一匹かぁ!」
その時、今まで殺したはずの蛇が生き返り、一斉に、再びジャスバルに襲いかかる。
「1匹でも8匹でも変わんねぇ!」
端から見ればただしがむしゃらに剣を振り回しているようにも見えるが、その太刀筋は確実に大蛇の首を落としていった。大蛇達を切り殺し最後に残った獲物に向かっていく。
「お前で最後だ!」
キリューに飛びかかるジャスバル。
「…………お見事、完敗じゃ。英雄よ」
赤い鮮血が舞う。第2の聖獣を倒した瞬間だった。
「ジャスバル、大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ」
しかし未だディシリアは不安そうだ。
「ジャスバル……おでことか痛くない?」
「え?」
何をいっているのかさっぱりだった。額に手を当てて見る。血の感触はない。
「今、君のおでこには英雄の紋章が出ているのだよ」
キリューの声だ。だが様子がおかしい。自分たちとは全く別の方向に語りかけている。そして傷を庇いながら歩き出す。
「まさか君が英雄の血を引くものとはね。これも何かの運命か」
「じいさん、そういえば良いことを教えてやるって言ったよなそれってなんだ?」
キリューが立ち止まる。そして突如叫びだした。
「!?なぜ後ろから声が。まさか幻覚……」
なにかを続けようとしたのだろうが、それが口からでる前に光の線がキリューの胸を貫く。キリューはその場に倒れる。
「幻覚……光の魔法……まさか」
「ジャスバル、こいつの話を聞いては駄目よ」
カサシンはキリューに近づく。おそらくとどめを刺すのだろう。
「英雄よ、駄目だ……奴……は…………を……ほ……」
なにかを伝えようとしたのだろうがキリューはそのまま生き絶えてしまった。自分の身に何が起きたのか、キリューが、聖獣が伝えたかったことは一体なんだったのかわからないまま、一行は祈りを捧げた。