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プロットナンバー02.『バトルビースト』筆者:ヤーゲンヴォルフ

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 ガタゴトと竜車に揺られて、大聖堂があるクリアスの町に『巫女』一行は向かう。
 初めて乗る竜車の乗り心地はあまりよろしくない。
 そもそも竜種というのは戦闘を主とする肉食獣であり、何か他の事をさせる事には向いていない種族だ。それにも関わらず竜は戦闘以外の使役に多く使われる。何故か。答えは簡単明白、非常に頑丈だからだ。
 前述した通り、竜は肉食獣である。そしてあらゆる肉食獣の中でも最強の存在だと言われている。
 強大な牙、奔るよりもずっと早く飛べる翼、剣も通さない程に頑丈な鱗、火山や雪山にも住める適応力、どんなに酷使してもそれに応えるだけの筋力……などなど、上げればキリがないほどに竜は強大なのだ。
 この種族が登場したせいで既存の動物が絶滅の危機に瀕し、絶滅を逃れる為に一部が魔物と化して存続を図ったなどという説もあながち嘘とは言えないだろう。
 車に使われている竜も、翼の退化した地竜(鳥でいうと駝鳥みたいなもの)であるから空こそ飛べないがそれら偉大な能力はそのまま引き継いでいる。
 竜はこれら強大な能力だけでなく高い知性も持ち合わせており、種族によっては人語を解す個体もいるらしい。
 つまり竜は馬などの代わりをさせるにはうってつけの種族でもあるのだ。知性が高いので馬のように簡単な調教で使役ができ、しかも頑丈なので馬よりも長持ちする。
 馬に比べると足が遅いのと燃費が悪いのが難点であるが、長く過酷な旅をするには馬よりもずっと良い。
「いいかしら、猟師さん」
 今まで黙っていたミレイが急に喋り始めたので、ジャスバルは「あ?」と声を上げて彼女の方に振り向いた。どうやら流石に暇を持て余したらしい。
「貴方達はあまり村から出ないみたいだから解らないだろうけど、外には恐ろしい魔物が沢山いるわ」
「魔物……?」
 ディリシアが不安な声を出す。彼女は未だ魔物といえるほど強力な魔物に出遭った事がないのだ。
 そもそも前にクリアスに言った時は護送団が一緒にいたから、戦闘が遭ってもジャスバルとディリシアにはほとんど関係がなかった。だが今回は当事者である。
「俺は猟師だ。狩りに出れば幾らでも魔物なんて遭うが」
 不安なディリシアと対照的にジャスバルには余裕があった。実際、猟師であるジャスバルには魔物など左程珍しいものではない。むしろ狩りに出れば必ず出遭うような代物だ。
 余裕なジャスバルに王国から派遣された騎士様はつまらなかったのか、不服そうに「あっそ」と漏らした。
「まぁ、こんな地方の魔物を倒した所で自慢にもならないけど。これから廻る大聖堂の近くには、強力な魔物が沢山いるわ。せいぜい足を引っ張らないように頑張って頂戴」
 フンッとミレイが鼻を鳴らす。
 どうやら余程腕に自信があるらしい。
「騎士様は拳銃で遠くから撃つだけだから楽で良いよな」
 ジャスバルが露骨に嫌味の応酬をすると、ミレイが眉間に皺を寄せた。
「拳銃わね、力さえあれば誰でも扱えるような安物剣と違ってデリケートで扱いが難しいのよ」
 安物剣と聞いて、ジャスバルが背負っている剣――エアルドが『失礼な』と溢したが、ジャスバルが「黙れ」と小声でそれを戒める。
「そもそも私の拳銃は精霊の力を結晶化にした弾丸を撃つ事が出来る特別製なのよ。そこらの底辺ガンマンが使っている駄銃と一緒にしないで頂戴」
 余程揶揄されたのが嫌だったらしく、ミレイが延々と拳銃についての講釈を始めた。
 やれ騎士でないと持てないのだの、弾丸の製造は王国占有だのと言っているが、まるで興味ないのでジャスバルはそれを右から左に聞き流す。
「喧嘩は……駄目だよ?」
 剣呑な雰囲気に不安なのかディリシアが恐る恐る言ったので、ジャスバルは笑みを作って「解っているよ」と答えた。
「……っ! 停めて!」
 不意にミレイが小声で竜車を停めるように促したので慌てて停める。
「どうした?」
 ジャスバルが訊くと、ミレイが遠くの一点を指差す。
 指差す先には大きな看板。ここから先に大聖堂があるという事を示す物だ。
 ジャスバルの身長の二倍程度ほどの高さがある看板であるが、その後ろにそれよりも遥かに大きい人型の何かが立っていた。
 近くには赤い〝何か〟が散乱しており、人型はその一部分を掴んで何をするでもなく立っている。頭から蓑を被り、そこに何本も枝を刺したような外見で、蓑の隙間から爛々と赤く光る目がジャスバル達を凝視していた。
「ドレイドか」
 厄介なものが、とジャスバルは悪態を吐いた。
 ドレイドは木の魔物だ。長い年月を生きた大樹が魔力を得て魔物化したものなどと言われているが、一介の猟師であるジャスバルには詳しい生い立ちなど知る必要もない。
 森で獲物を狩る猟師の身であるからジャスバルも何度かドレイドを見た事はあるが、ドレイドは基本的に大人しい。というよりも人間に興味を示さないと言った方が正しいか。とにかく手さえ出さなければ無害な魔物である。
 だが道の先に見えるドレイドはどう見ても無害には見えない。おそらく真っ赤な塊と化している者達が何か怒らせるような事をしたのだろう。普段は温厚で鈍重なドレイドだが、いざ戦闘になると文字通り狂戦士のソレとなる。
 勝てない相手ではないが、ディリシアを庇ってとなると些か分が悪い。
 それはミレイも解っているようで、すんなりと正面の道を行く事を諦めた。
「迂回しましょ」
「迂回したら森の中に入るぞ」
 森の中は基本的に人知未踏の場所だ。魔物だけでなく、狼などの肉食獣もいるからお世辞にも安全とは言えない場所である。
「正面からドレイドを相手するよりも良いでしょ」
 そう言われると反論出来ない。
 何しろ遠方で立ち尽くしているドレイドは少なく見積もって十メートルはある。脇をすれ抜けようにも怒り状態のドレイドの素早さは莫迦に出来ないし、二頭仕立ての鈍足竜馬では逃げる事も困難だ。絶対に正面戦闘になるだろうが、ディリシアがいるとなるとそれも厳しい。
 仕方がなくミレイの意見に同調し、街道を大きく迂回して薄暗い森の中に入る。
 しかしその時すでに魔物の一団につけられているという事を、三人は気付いていなかった。

   *

 森に入って既に数時間が経過した。
 街道近くの森だけあって人知未踏というわけではなく何度か人が通ったのか、小さな道のような物が出来ていたので比較的順調に進む事が出来た。
「今日はここらで野営しよう」
 日もすっかり暮れ、一寸先も見えないような闇になったので竜車を停めて荷物を下ろし、野営の準備に取り掛かった。
 本来であれば近場に水が欲しい所であるが、この暗闇では探している間に迷いそうである。暗くなる前に探せば良かったとジャスバルは内心で後悔した。
 どうやらミレイはあまり野営に慣れていないらしく、何処となく手際が悪い。ディリシアに至っては言わずとも解るだろう。彼女のおっとりとした性格は荒々しい旅路には向かないのだ。
 ここは猟師の出番とばかりにジャスバルはさっさと野営の準備を終わらせ、三十分も経たない間に周囲に警戒用の罠を張り巡らせて、食事の準備を整えた。
「手際良いわね」
 ミレイが感心したような、それでいて何処か悔しそうな風に言う。実際、ジャスバルの手際に感心しているし、自分では無理だと解っているから悔しいのだろう。
 食事が終わると早々にディリシアは横になって寝息を立て始めた。初めての門出に慣れぬ竜車での旅に疲れたのだろう。
 いつもならジャスバルも寝る時間であるが、生憎と今日は寝るわけにはいかない。何しろ何がいるか解らない森の中だ。うっかり三人とも寝ようものなら、朝には綺麗さっぱりとした白骨が三人分並ぶ事になる。
 近付いたら解る様に罠を仕掛けているので焚火から離れる必要はないので、焚火の前でディリシアの寝顔を見ながら周囲を警戒する。ジャスバルの事を信用していないのか、ミレイも寝ていなかったが、野営に慣れていないせいか警戒する姿はジャスバルと違って忙しない。
 ミレイの姿に苦笑しながら、しかし出来ればさっさと寝てくれないかとジャスバルは心の中で願った。
 このまま二人で起きていたら体力が持たないし、何よりエアルドと話が出来ない。誰かと話たい気分なのだが、ミレイとはどうも話す気が起きないのだ。となるとエアルドしか話し相手はいないがミレイが起きているとそれは出来ない。
「なぁ、俺が見張ってるからさっさと寝ないか?」
 ジャスバルの提案に、しかしミレイはそっぽを向く事で拒否する。
 このまま旅を続けられるのだろうか……などと考えている時、不意にガランと音が響いた。
『聞こえたか?』
「ああ」
 エアルドの問いに首肯する。
 今の音は警戒の為に置いていた罠に何かが引っ掛かった音だ。
 ミレイにも聞こえていたらしく、腰に下げていた拳銃を取り出していつでも撃てるように構えている。
 ガラン、ガランと続けざまに音が響く。
 罠といっても対象を殺すような代物ではなく、単純に何かが接近してきたら知らせるだけの物だ。音が続いているという事はつまり、対象が近付いてきており、しかも複数居るという事に他ならない。
「……数は?」
 ミレイの問いにジャスバルは「掴みで十五」と短く答えた。
 一人なら楽勝な数であるが、ディリシアを庇いながらだとどうかは解らない。何しろ誰かを庇いながら戦うのは初めてだ。戦闘経験皆無に等しい。
 不意に。
 暗闇の中から何かが躍り出た。
 物凄いジャンプ力だ。おそらく一回の跳躍で数メートルは跳んでいる。
 闇夜で慣れない人間であったら一瞬で首を掻き切られていただろう。だがジャスバルは猟師であり、何度も夜の戦いを体験している。
 暗闇から何かが見えた瞬間には既に抜刀し、何者かが目の間に来る頃には既にその空間を剣閃が奔っていた。
 悲鳴も上げずに何かが上半身と下半身を泣き別れさせて落ちた。
 子どものような小柄で毛深い身体に、頭部全体を覆い隠す赤い頭巾。手にしている武器は自身の倍近い大きさであり、纏っている服には大小キラキラ光る財宝が付いていた。
「レッドキャップか……付けられたな」
 レッドキャップは名前通り、赤い帽子を被った人型の魔物だ。廃墟など比較的人界の近くに住み、哀れな旅人が近付くと群れで襲い掛かって追剥を行うという旅人にとって一番厄介な魔物である。小型ではあるが「レッドキャップの赤い帽子は血で染めた色」と言われている程度に戦闘能力は高い。
 狡猾な彼らの事だ。おそらく街道でジャスバル達を見かけ、女二人と貧弱な一行だから闇夜で討ち取ろうと考えたのだろう。
 奇襲に失敗したレッドキャップ達は作戦を変えたのか、瞬時にジャスバル達を囲むように移動する。姿は見えないが音で解るが、はたしてミレイは気付いているのかいないのか。
 前から三匹のレッドキャップが現れ、ほとんど同時にジャスバルに跳びかかった。
 一斉の跳躍。素晴らしいチームワーク。
 だが些か間隔が狭過ぎた。エアルドを振るった際の範囲内だ。
 ジャスバルがタイミング良くエアルドを横一文字に振るうと、まず右にいた者の腹部が僅かに裂け、次に真ん中の者の腹が深く抉れ、最後に左にいた者の上半身と下半身が泣き別れた。
 右の者は致命傷ではなかったらしく起き上がりかけたが、その頭部目掛けてエアルドの切っ先が落下し、グシャと無様な音を立ててそのレッドキャップは絶命した。
 ミレイも負けずとばかりに拳銃を撃つ。
 最新のダブルアクション式ではなく、シングルアクション式なので一発撃つごとに一度撃鉄を起こさなければならないが、そこは技量でカバー。ほとんど同時に二発を撃ち出す。
 結晶弾は非常に高価であるが、ここは惜しみなく使う。レッドキャップは小型とはいえ魔物である事に変わりは無い。通常の拳銃弾では一、二発程度では致命傷にならない上に数が多く、装填数六発のミレイの拳銃では明らかに役不足なのだ。数が多い相手には一発で一匹を確実に仕留める方法を取るしかない。
 結晶弾が当たったレッドキャップが悲鳴を上げる。
 魔物に撃ち込まれた結晶弾は魔物の体内で炸裂して内部から打ち崩す。打ち崩すといっても微塵無残に四肢炸裂するわけではなく、体内に小型のブラックホールのような物を作り出して中から魔物を消し去る。
 傍から見ると撃ち込まれたレッドキャップが光りを放ち、その光に飲み込まれた次の瞬間には消滅している。そんな感じに見えた。
 着弾すれば必ず魔物を消滅させる弾丸……だが弱点も多い。
 あまり威力が強いと結晶が崩壊するので火薬の量を減らしているせいで威力、貫通力、射程距離ともに短く、例えば先のドレイドのような固い皮を持つ者を穿つのはほとんど不可能だ。体内に弾が残らなければならないので貫通してもいけず、人間大の大きさであれば狙い所を少しでも間違えれば通常の弾丸と同等……否、それよりも弱い威力の弾丸になる。
 要するに強いが非常に使いづらい弾なのだ。
 だがそこはミレイの腕でカバー。
 確実に穿ち、しかし貫通して後ろに抜けないような場所を選んで、ミレイは結晶弾を撃つ。
 拳銃弾、しかも減装薬弾であれば人間の肋骨を貫通させるのは困難だ。だからミレイはわざとレッドキャップの肋骨あるいは骨盤付近を狙って、弾薬が貫通しないように撃った。
 神業的なミレイの射撃に感心しつつ、ジャスバルもエアルドを振るう。
 レッドキャップは剣でエアルドを防いだが、剣がジャスバルの剣閃に耐えきれずに折れ、そのまま頭の上部が身体から引き離れた。
 しかしエアルドは大剣だ。振れば必ず隙が生じる。
 味方を囮にする事でジャスバルに生じた隙を狙って一匹のレッドキャップが身体の何倍も大きい大鎌を振り上げて跳び掛かった。
 だが鎌が振り下ろされるよりも前にジャスバルの拳が顔面に減り込み、そのまま地面に落着、昏倒している所を振り下ろされたエアルドによって絶命した。
「こんな所か」
 ブンッと勢いよくエアルドを振って、刀身に纏わりついていた血を払う。
 全滅するまで戦うほどレッドキャップも莫迦ではない。仲間の三分の二が失われたとみるや、さっさと逃げて行った。
「なかなかやるじゃない」
 ミレイが拳銃のシリンダー内の薬莢を排莢し、新たな弾薬を込めて、右手のスナップだけでシリンダーを銃内に戻す。気障な仕草であるが、彼女がやると全く違和感が感じられず、むしろ自然に感じられた。
「お前もなかなかやるな」
 エアルドを鞘に納めながら言うと、まるでその声で起きたかのようにディリシアがムクリと起き上がった。
「…………朝?」
 どうやら今までの喧噪を全く気付かなかったらしい。
 ミレイが天を仰ぎ、ジャスバルも盛大に溜息を吐く。
 旅に出て一日目。どうしようもなく、先行きが不安だった。
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