青空にぽっかりと浮かんだ、合成写真のような雲を見て、たかし君は言った。
「ねえ、あの雲さ、アイスクリームに似てないか」
「ああ、確かにそうだねえ」
そう答えた瞬間に、背筋を一閃、貫いたものがあった。ぼくは翼がはえたように軽くなり、そのままふわりと体を起こした。でもそれはぼくだけ感じていたことでは無かった。たかし君は、ぼくよりひと呼吸早く立ち上がっていた。
急がなければ。急がなければならない。つまりは、そういうことなのだ。ぼくもたかし君も、とにかく足を八つにも九つにもしながら走っていく。そのうち百足になって、うじゃうじゃと自分の体躯をしならせて這っていくのかと想像して、吐き気がした。
それでもたかし君が走っているのだ、ぼくも後を追わなければならない。ぼくはぶんと首を振り、思い切り空を見上げた。背中の翼が、どうもぼくの蹴り出しを邪魔している。三度地面を蹴るたびに、三センチ、ぼくの身体は浮き上がり、足が空を切る。
たかし君が小さくなる。ぼくは必死に身体を前傾させる。揚力と縁を切って、重力と手を結ぼうという算段だ。だいぶ首を持ち上げなければ、たかし君が視界に入ってこないけれど、今は仕方が無い。
翼から羽がいくらか抜け落ちていくのでは無いかというほどに走っていた。それなのに前方にたかし君はいない。
「待ってよ」
ぼくの声かと思ったら、右耳が受容したたかし君の声だった。
「急ごう」
どちらともなくペースを合わせて、ぼくたちは家に向かってひた走りに走った。
ぼくがドアを開けて、たかし君がその隙間からするりと家に入った。後を追うと、たかし君も台所に向かっていた。
ふたりでツードアの冷凍冷蔵庫を睨みつける。
「どうかな」
「わからないよ」
「開けてみようか」
たかし君の手がぼくの手に添えられて、冷凍庫は開かざるを得なかったのだろう。ぐらん! と音がして、あっけなく扉がひらく。
ふたりの予想通り、冷凍庫のアイスクリームは跡形も無く消えていた。
「アイスがない」
「やっぱりか」
「してやられたのか」
「抜け目のない奴」
かくして、ぼくらのアイスクリームは雲にうばわれてしまった。