第三話「一九九六年三月、十三、裏ビデオ」
尼崎の公立高校を卒業した私は、大学進学を控え、暇な日々を送っていた。
自宅でダラダラとスーパーファミコンのファイアーエムブレム聖戦の系譜(五周目)をやって、次はどんなカップリングで子供世代作ってやろうか悩むぐらい暇だった。
見かねた父が「バイトでもしろ」と言うが、当時まったく働いたことがない私はどこで働けばよいかもわからない。で、父は左官の職人なので、そこの手伝いをすることになった。
工事現場の雑用なのだが、体力が有り余っている十八歳だからひぃひぃ言いながらも何とかこなすことはできた。
バイトは二週間ぐらいで終わり、それで得た数万円は別に家に入れろとかも言われず、まるまる小遣いとなる。
それまで月五千円の小遣いでやりくりしていたところの臨時収入で、さて何をしようとなるが…。
脳みそピンク色の十八歳である。そりゃもう毎日エロい事しか考えていない。
初めて汗を流して得たお金で親孝行をするなど考える余地もない。
むしろ自分の息子のために金を使おうとする。
そう、親世代などより良い子供世代を作るための踏み台でしかないのだ。
私はアダルトビデオショップに走った。
十八歳以上でないと見てはいけないアダルトビデオ。
でもなぜか高校の部活ではアダルトビデオをまるで麻薬取引でもするかのように仲間内で交換しあっていた。「今度のは上物だぜ」とか言いながら。
実家暮らしなので親が寝静まった頃合いを見図り、部屋の電気もつけず、ヘッドフォンをしてテレビの前十㎝ぐらいにまで近づいて観ていた。
そこまでこそこそしてビデオを観ていたのに、オナニーティッシュの処理をずさんにも普通にゴミ箱に捨てていた。実に間抜けだ。完全犯罪者ならばそこはトイレに流すべきところを…。
ゴミ箱の処理をしている母は、思春期の息子のオナニーティッシュを見ても見ぬ振りをしてくれていた。性…聖母かと思う。
そうして「普通の」アダルトビデオ童貞は既に捨てていた訳だが、当時流通していたのは当然ながらモザイクがかかった「普通の」アダルトビデオだった。
思春期高校生ならやっぱり思う訳ですよ、モザイクの先に何があるのか?と。
そうして私が辿り着いたのは、「普通じゃない」アダルトビデオが置いてある風俗街・十三の裏ビデオショップだった。
今でこそDVD一枚二百円とかで流通する裏ビデオだが、当時はまだ高かった。VHS五本で一万円とかぐらい。
それでもまだネットも無い時代だし、ここでしか裏ビデオは手に入らない。
実家暮らしで怪しい通販で買うなんてことは考えられないのだ。
独特のすえたような臭いがした。
「すえたような臭い」ってよく小説に出てくるけどどんな臭いか余り実感することないと思う。
要は腐ったような臭いというものだ。
つまり壁やら内装やらのボロボロ加減がすえた臭いとなって感じられるのだが、ここでは店内にいる人間からもそうした「すえた臭い」が感じられた。
店員も怪しげなら客も怪しげ。
歯が真っ黄色になったヤニ臭い店員はなんか顔にまででかでかと入れ墨してるし、九十年代でも古臭く感じられる八十年代風オタクルックのデブ客がロリコン物のビデオを大量に買おうとしているし、パッケージだけ見ながらズボン越しにオナニーを始めちゃってるやつまでいる。
高校の部活で「普通の」アダルトビデオを交換しあう時でさえ、まるで麻薬取引をしているかのような感覚に陥ったことがあるが、ここはまさにそういう場所である。
だって普通に違法だもんねこの場所って。
テレビで警察24時とかやってたけど、そこで摘発されちゃったりする場所なんだもん…。
私だって当時は普通の十八歳のガキんちょですから、もうビビりまくりです。
それでも何とかかんとか一万円を払って裏ビデオ五本をゲットしました。
あまり中身を精査する余裕もなかったので、もう直感でこれはエロい!と思ったのを手に取った訳です。
帰りの阪急電車で、早く帰ろうと気がせいてしまって足をもつれてこけちゃって。
リュックの中のビデオがガシャガシャー!と中身ぶちまけてしまったのだが、幸いパッケージもラベルすらない裸のビデオテープばかりなので事なきを得た。
「大丈夫ですかー?」と、ビデオテープを拾うのを手伝ってくれた天使のような女子中学生がいたのだが、ごめんよ君が手に持ったそれは…。ああもう後ろめたかったなぁ。
そして帰り着いた自宅。
深夜三時ぐらいで、確実に両親も姉も寝静まったと頃合いに…。
ひっそりとヘッドフォンをして裏ビデオをデッキに挿入。
もうその様子だけで軽く射精してしまいそうになる興奮。
まだ一秒もテープの内容も見てもいないのに勃起状態。
しかしながら、出てきたのは三十代ぐらいの白人女性のぐろすぎる性器、黒人男性の馬並みの巨大ペニス。繰り返される「オ~ノ~」な動物セックス。
……数分間ほど我慢したけれど、遂に限界。
私はトイレに駆け込み、ちんこを便器に向けるのではなく、顔を便器に向け。
「おげろろろおろ~~~~」
吐いた。
おわり。