Ticket To The Past
俺、小島健は夢破れた男だ。
毎日安い給料でコキ使われ
ほとんど終電に近い時間の電車を降り
とぼとぼと一人、マンションまでの暗い道を歩いていく
そんな生活が俺の日常になっている。
そして今日も、終電間際の電車を降り
マンションへと向かおうとしていた。
毎日毎日上司から小言を言われ、マンションへ戻っても疲れを癒すほどの時間もない
せいぜいメシを食って風呂に入るぐらいだ。
休日だってほとんどない。
毎日サービス残業をこなしていても、いつまでたっても給料はあがらない。
ついでに上司はハゲている、だからといって仕事をやめれば
ニート一直線である、独り身でも、仕事を辞めるのは勇気がいる
腕時計を見るともう11時半を過ぎている
「あーくそ・・・。いいことねえなぁ・・・。俺って・・・。」
大きくため息をつくと、さらにやるせなさが増した。
「さっさと金出せや!」
「ひぃ・・・。」
路地裏から若い男と思われる罵声とオヤジと思われる悲鳴が聞こえた
ここらへんはほとんど人が通らない裏道だ
おっさんが一人歩いてたところをDQNがひっ捕まえ
オヤジ狩り、そんなところだろう
めんどくせーけど、このまま見過ごすのもなぁ・・・
流石にこれを見過ごすほど、俺は落ちていない
そう思い、勇気を出して大声を張り上げる
「おい!何してんだ!?」
予想に反して、相手は一人だ、もしかしたら穏便に・・・。
「あっ?うっせーよっ!すっこんでろタコ!」
「け、警察呼ぶぞ!?警察!」
全く怯まないDQNにビビりながらも
携帯を取り出し電話をかける素振りをする
「ほう。呼べるもんなら呼んでみぃや。」
ボキボキと手を鳴らしながら近づいてくるDQN
ラ○ウのようなオーラが出ている気がする。
対する俺は、自慢じゃないがケンカは弱い。
かといって、このまま見捨てるわけにも・・・。
「ちっ!しけてやがんな!」
ぺっ、とつばを吐きかけDQNは去っていった
傍らには空になった財布と、半分に折られた携帯が落ちていた。
「うぅ・・・」
痛みやら悔しさやらでうめき声が漏れる
おっさんよりも俺のほうがケガがヒドいってどういうことだろうか。
ちくしょう、首つっこまなければよかった。
「私のために・・・ありがとう・・・。」
おっさんが俺に駆け寄り抱き起こしてくれた
そこらの中年というには語弊のある
身なりのいい紳士だった。
どーりで狙われるわけだ。
あ~、死にてぇ・・・
おっさんに支えてもらいながら、マンションまで歩いた。
糞、骨折り損のくたびれもうけだ。
「ただいま・・・。」
独り身の俺に返事を返してくれる奴なんて当然痛い
ズキズキ痛む顔を鏡に映すと見事に腫れている
明日会社を休む口実にしようか。
「いでっ・・・。つぅ・・・しみる・・・。」
一人で消毒を済ませ、あざを隠すように絆創膏を張る
「なさけねえなぁ・・・。俺・・・。」
電話の横に立てかけてある、高校時代の仲間と撮った写真の俺は
そんな俺を笑うように全開の笑顔だ。
横には一緒にバンドをやっていた仲間が並んでいる
高校時代、俺たちはいつも3人で一つだった。
バンドを作ろう!っていったときだって
その日のうちに楽器を見に行った。
夢は人の心に残る歌を創ることだった
音楽を仕事に食っていけたらなんて本気で思っていた
でも現実は甘くなかった。
大人への階段は少しずつ、着実に、俺に社会で生きていく厳しさをつきつけていったんだ
その過程で、淡く儚い夢ならいっそ持たない方が良い、と俺は自分に理解させていった
大学受験を理由にバンド活動をやめた、現実に負けて夢を捨てたんだ
勿論、アイツらには猛反対された
結局、そのせいでアイツらとはそこでおしまいになった
俺たちは、そこで違う道を歩みだしたんだ
少なかったが、バンドの解散を知って涙してくれるファンもいた
それぐらいに、俺たちはバンドに熱心だった。
今更方向転換したって、もう間に合わなかったんだ。
おっさんを助けたのは別に、正義感からじゃなかったんだ。
現実に負けた俺と、あのおっさんを重ねてしまって
どうしてもほっとけなかったんだ
写真立てを見ていると、留守電が入っていることに気づいた
再生してみると、母親からだった。
さっさと見合いでもして結婚しろ、だそうだ
「こんな顔でお見合いなんてできっかよ。」
腫れなんて数日立てばひくのに、なんとなくそれを理由にしてみる
結局は、俺にだってどうすればいいのかわからないのだ。
スーツのまんまベッドにひっくり返ると
すぐに眠りに引き込まれていった。
朝起きると、殴られたとこは相変わらず痛んでいて
痣もクッキリ残っていた。
糞、まぁ何かで隠しておこう。
よれよれになっているスーツを直す時間もなく
朝飯もそこそこにして駅へと駆け出していく。
全く、遅刻が許されないってのは結構大変なもんだ。
最寄の、少し大きめの駅へつき、人ごみに流されながら改札を通ろうと財布から定期券を取り出す
否、取り出そうとした。
「・・・定期券入ってねぇ・・・。」
昨日のDQNに財布をスッカラカンにされたときか
はたまた朝小銭を詰めたときに落ちたのか
たぶん、金をパクられたときに一緒にパクられたんだろう
財布には定期券が入っていなかった。
「まずいなー。今から金おろしに行ってたら会社に遅刻しちまう・・・」
「すみません、通してください。」
とにかく、券売機へと急ごう。電車に乗り遅れたらOUTだ。
人を掻き分けるようにして進んでいくと
突然肩を叩かれた
「あの、もしや・・・。」
「はい・・・?」
「あぁ、やっぱり!その節はありがとうございました!その後、お怪我の具合はどうですか?」
なんつーバッドタイミングだ!
昨日のオヤジ狩りにあってたおっさんだ。
つーか、人の流れの中で止まらせんなよ。
「大したことないっすよ。(こっちは急いでるってのに!)」
クソ、せめて金だけでも出しておくか・・・。
そう思い、ポケットから財布を取り出し、小銭を出そうとするが
人が周りにいて取り出しにくいといったらありゃしない。
「おや。なにかお困りですか?私にできることがあれば言ってください。昨日のお礼もしてませんし・・・」
「いやいや!別になんでもないですから・・・。ホントに・・・。(あああああああ急いでるんだよ糞オヤジがあああ)」
「そうはいきませんよ。今日ここでお会いしたのも何かの縁です。言ってください。」
「・・・」
オヤジは力強くそういった。
まっすぐ俺の目を見据えながら。
「なるほど。でも丁度よかった!」
「は?なにが・・・?」
「私、新都駅までなんですよ。」
そういって、おっさんは切符を差し出してきた。
切符の値段は460円。俺の行く駅よりも高い。
「え・・・でも・・・、おじさんも遅刻してしまいますよ・・・。」
「昨日の事でお仕事に遅れるのではあなたに申し訳がたたない。このくらいはさせてくださいな。」
にこにこ顔で切符を渡そうとするオヤジ。
断ってしまったら、もう遅刻してしまいそうだ
電車はもう、すぐにでもホームにつくだろう。
「じゃあ、お言葉に甘えて・・・。」
一礼して、切符を受け取り改札口に駆けていった
「がんばってくださいね。自分の気持ちに正直になれば、あなたの道は開けますよ。」
なんとか遅刻は免れることができそうだ!
階段を駆け下りると目的の電車は既にホームについていた
「駆け込み乗車はご遠慮ください~」
そんなんいってられる状況か!
飛び込むように電車へ入り、肩で息をした
息を落ち着かせながら、シートに座ると
すぐに電車は動き出した。
「ほっ・・・。」
大きくため息をついた。
なんとか今日は無事にいけそうだ・・・。
「・・・・っ・・・。」
いつのまにか眠っていたらしい
ビクっと体をはねさせると
周りにほとんど人がいなくなっている。
完全に、乗り過ごしている。
せっかく電車に乗った意味もない。
「くそ・・・・っ・・・。」
頭をかきむしりながら寝てしまった自分を悔やんだ。
とにかく会社に電話をして、次の駅からすぐ・・・。
車内アナウンス「次は終点~ 馬留州~馬留州~」
「馬留州・・・、馬留州って俺の高校があるところの・・・。
っつーか・・・、馬留州って・・・。全然違う路線じゃ・・・。」
電車はゆっくり、見慣れた駅へと減速を始めた。
電車から降りると、そこは確かに、通いなれた駅だった
少し田舎で、退屈な場所にあった・・・。
でも、なんでこんな・・・。
急いで改札を出ると。
やはりそこは通いなれた通学路が広がっていた
しかし、そこには学校へ向かう生徒はいなかった。
「夢・・・、夢でも見てんのかな・・・。俺・・・。っうわっ!」
学校のほうへと歩こうとすると、何かに躓いてハデに転んだ
足元には、やはり見慣れたギターのハードケースがあった。
「これってもしかして・・・」
ケースのダイヤルを、自分のギターと同じ番号に合わせる
すると、カチャリ、とケースが開いた。
「なつかしいなぁ・・・でもなんで、俺のギターが・・・。」
ストラップを肩からかけてギターを構えてみる。
そのとき、スーツを着ていたはずが
いつのまにか高校の夏服に変わっているのに気がついた。
「えっ・・・!一体、どうなってるんだ・・・。」
驚いて、朝それなかった髭を触るが、その感触もなかった。
高校時代はそんなにヒゲも生えなかった事を思い出す。
「完全に・・・、俺の高校時代じゃねえか・・・。」
落ち着け、落ち着くんだ俺、素数を数えろ。
ブツブツ一人で素数を数えていると
突然後ろから肩を叩かれた
「おはよ!こんなとこでも練習?熱心だね~」
「あっ、おはよ!」
キョどりながら振り返ると
できれば見たくなかった顔があった
彼女はユリ、俺の後悔は、彼女に関してもあった。
好きだったけれど、結局踏み出せずに俺たちは大人になり
彼女は俺の知らない奴と幸せな家庭を作ったらしい。
「明日から夏休みだね。ケンくんはバンド三昧?いつもと大して変らないけどね~w」
そうか。今日はあの日なのか・・・。
「今日のライブ、すっごく楽しみにしてるから!」
「うん・・・。」
「じゃ、遅刻しちゃうぞー。先いくね~っ!」
彼女を大きく手を横に広げ走っていった。
今日は、俺たちのバンドの最後のライブの日だった。
糞・・・。こんな夢何度も見たぜ。
何度も楽しかった最後のライブを繰り返し
そこからすぐに現実に引き戻されるんだ。
とにかく、学校へ行こう。話はそれからだ
校門へと近づくと、にわかに人が増え始める。
「懐かしいな・・・。」
高校なんて、卒業してから一度も行ってない
行けばきっと後悔に襲われることはわかりきっていたからだ
「よぉ!ケン。」
「おはよう。ケン。いい朝だね。」
しばらく門を眺めていると、後ろからノッポとチビが話しかけてきた。
10年ぶりの懐かしい声
思わず嗚咽が漏れそうになるが
そこを押さえ、笑顔を無理やり作って振り向いた。
「おはよう、進、拓海。」
俺はかつてのバンドメンバーと10年ぶりの再会を果たした。
「・・・っでさー!」
「うんうん、わかるわかる。」
「・・・・・。」
デカイ声で話す進、体も相応にでかく備わってる。
うちのバンドのドラム担当だ。
拓海は小さい体と、それに付随した童顔が特徴的な
かなり小柄なベース担当だ。
二人の会話は高校時代のように弾んでいる。
いや、今俺は今高校時代なんだよな・・・。
「ケン、元気ねーな。どうしたんだ?」
「うん、今日のケンは少しおかしいね、どうしたの?」
「いや、なんでもないんだ。なんでも・・・。」
もう10年近く前に話していた話題についていけるわけもなく
俺は一人、3人の中で明らかに浮いていた。
夢だっていうのに。よく出来てやがる。
「タク、あんまいじめてやるなよ。こいつライブだからってガチガチになってんだよ。」
「へぇ~、ケンって案外打たれ弱いんだね。」
「だよなー、なさけねーなー!」
「じゃ、また後でね!二人とも!」
教室の前で拓海と別れ
進と一緒に教室へ入ると。
そこには懐かしい面々が、もう名前も覚えていないクラスメイトまで
確かなディティールで存在していた。
ここまでくると夢にしちゃ出来すぎてると思った
頬をつねれば痛みもあった。俺はどうかしてるのだろうか
俺はまだ電車に揺られて寝ているはずだ。
いや、あれが現実だったのか?
それとも今が現実?
いや、俺には高校を卒業してからの記憶だってある・・・。
じゃあ・・・。一体どうなってるんだ?
「はは・・・。」
頭がこんがらがってきて、思わず乾いた笑いが零れた。
「気持ち悪いなお前、突然笑いやがって。」
進が俺のことを小突いてくる。
席へつき、頭の中を整理してると、HRが始まった。
落ち着け、落ち着け俺
今の状態を確認するんだ。
俺は28歳のサラリーマンだ。
今朝電車に乗ってから記憶がない
今電車の中で夢を見てるに違いないのだ
にしてはこんなに現実味を帯びた夢なんて・・・。
いや、夢なんて起きればほとんどを忘れてる。
本当はいつもこのクオリティで夢を見てるのかも・・・。
「小島ー、小島、聞いてんのかぁ!通知表を取りにこい!」
「あ、申し訳ありませんでした!」
リーマンの癖で思わず敬語が飛び出した
勿論クラスは爆笑に包まれる。
少し顔を赤らめながら通知表を受け取ると
俺の人生を決定付けた結果が通知表には刻まれていた。
当時の俺は、それでもどうにかなると思って、ほとんど対策をしていなかった。
夏休みからしてれば、まだ違っていたかもしれないのに。
「糞っ・・・。」
一人また、後悔に打ちひしがれていると
突然後ろから背中を叩かれた。
「健、お前通知表はどうだったんだ?」
進が笑いながら俺の通知表を覗き込んでくる
そういえば、こいつはどういう進路に進んだのか、俺は知らない。
「そういえば夏休み入ったら拓海の家で練習合宿しようぜ。
拓海とはもう話つけてあるからさ、健いいだろ?」
少し俺は呆気に取られた。
練習合宿なんてやった覚えがなかったからだ。
不振に思いながらも生返事を返し
何気なく通知表を見直すと
そこには明らかに先生の文字ではない文字が書かれていた。
やりなおすきがあるなら、きみのすきなようにすればいい
子供が書いたような汚い文字。
そこには信じがたい言葉が書かれている。
しかも、その文字の下に、急に文字が浮き出てきた。
きみへのかんしゃのきもちだ、うけとってほしい。
こんな馬鹿な話を信じられるだろうか。
今俺は、確かに10年前にいるらしい
なんていう笑い話だろう。
誰に話したって、きっと信じてもらえない
もう一度頬をつねるが、やはり痛かった。
俺は、10年前に戻ることができればいいとずっと思っていた。
かといって、これはないだろう
文字が浮き出てくるなんて、夢でしかあり得ない。
俺は一瞬でも現実だと思った自分を恥じた。
「そっか、夢だよな、なら好きなようにするか。」
「小島ァ、ブツブツ言ってないでさっさと席につけ!」
また、クラスが爆笑に包まれた。
やっぱり、妙に現実感のある夢だよな・・・。
「それじゃあ、夏休みの間気をつけて過ごすように。」
「起立、礼。ありがとうございました。」
終業式も無事に終わり、1学期最後のHRが終わった。
「健、メシ食いいこーぜ、メシ。」
「ん、ああ、屋上だよな?」
「確認する必要もねーだろ、いつもあそこなんだからさ。」
ざわつく教室をすり抜け、屋上へと向かうと
すでに拓海が座っていた。
「遅かったね。」
「バーカ、お前が早いんだよ。」
俺は何も言わずに、カバンに手を入れると
何もなかったカバンから弁当を取り出すことができた。
「さーメシメシ~。」
「いただきます。」
高校時代、いつも俺たち三人しか屋上にいなかった。
みんなわざわざ屋上にまで来る必要性を感じなかったんだろう
日陰に入ると、爽やかな風で心地よかった。
ずっと、この夢が続けばいいと思った。
だけど、終わりはもうわかっている夢だ。
このまま続けば、俺はまた、挫折を味わうことになるだろう。
せめて、夢の中だけでも
つらい未来へと続く道を変えられたら・・・。
「進、拓海。話があるんだ。」
俺は、全くない勇気を振り絞った。
「あ?」
「健、どうしたの?」
生唾を飲み込みのどを鳴らす。
言葉が続かない。
進と拓海は俺の目をまっすぐに見てる
俺のことを100%信じてる目だ。
「俺、今日のライブを最後に、バンドを脱退しようと思うんだ。」
何度も楽しかった最後のライブを繰り返し
そこからすぐに現実に引き戻されるんだ。
とにかく、学校へ行こう。話はそれからだ
校門へと近づくと、にわかに人が増え始める。
「懐かしいな・・・。」
高校なんて、卒業してから一度も行ってない
行けばきっと後悔に襲われることはわかりきっていたからだ
「よぉ!ケン。」
「おはよう。ケン。いい朝だね。」
しばらく門を眺めていると、後ろからノッポとチビが話しかけてきた。
10年ぶりの懐かしい声
思わず嗚咽が漏れそうになるが
そこを押さえ、笑顔を無理やり作って振り向いた。
「おはよう、進、拓海。」
俺はかつてのバンドメンバーと10年ぶりの再会を果たした。
「・・・っでさー!」
「うんうん、わかるわかる。」
「・・・・・。」
デカイ声で話す進、体も相応にでかく備わってる。
うちのバンドのドラム担当だ。
拓海は小さい体と、それに付随した童顔が特徴的な
かなり小柄なベース担当だ。
二人の会話は高校時代のように弾んでいる。
いや、今俺は今高校時代なんだよな・・・。
「ケン、元気ねーな。どうしたんだ?」
「うん、今日のケンは少しおかしいね、どうしたの?」
「いや、なんでもないんだ。なんでも・・・。」
もう10年近く前に話していた話題についていけるわけもなく
俺は一人、3人の中で明らかに浮いていた。
夢だっていうのに。よく出来てやがる。
「タク、あんまいじめてやるなよ。こいつライブだからってガチガチになってんだよ。」
「へぇ~、ケンって案外打たれ弱いんだね。」
「だよなー、なさけねーなー!」
「じゃ、また後でね!二人とも!」
教室の前で拓海と別れ
進と一緒に教室へ入ると。
そこには懐かしい面々が、もう名前も覚えていないクラスメイトまで
確かなディティールで存在していた。
ここまでくると夢にしちゃ出来すぎてると思った
頬をつねれば痛みもあった。俺はどうかしてるのだろうか
俺はまだ電車に揺られて寝ているはずだ。
いや、あれが現実だったのか?
それとも今が現実?
いや、俺には高校を卒業してからの記憶だってある・・・。
じゃあ・・・。一体どうなってるんだ?
「はは・・・。」
頭がこんがらがってきて、思わず乾いた笑いが零れた。
「気持ち悪いなお前、突然笑いやがって。」
進が俺のことを小突いてくる。
席へつき、頭の中を整理してると、HRが始まった。
落ち着け、落ち着け俺
今の状態を確認するんだ。
俺は28歳のサラリーマンだ。
今朝電車に乗ってから記憶がない
今電車の中で夢を見てるに違いないのだ
にしてはこんなに現実味を帯びた夢なんて・・・。
いや、夢なんて起きればほとんどを忘れてる。
本当はいつもこのクオリティで夢を見てるのかも・・・。
「小島ー、小島、聞いてんのかぁ!通知表を取りにこい!」
「あ、申し訳ありませんでした!」
リーマンの癖で思わず敬語が飛び出した
勿論クラスは爆笑に包まれる。
少し顔を赤らめながら通知表を受け取ると
俺の人生を決定付けた結果が通知表には刻まれていた。
当時の俺は、それでもどうにかなると思って、ほとんど対策をしていなかった。
夏休みからしてれば、まだ違っていたかもしれないのに。
「糞っ・・・。」
一人また、後悔に打ちひしがれていると
突然後ろから背中を叩かれた。
「健、お前通知表はどうだったんだ?」
進が笑いながら俺の通知表を覗き込んでくる
そういえば、こいつはどういう進路に進んだのか、俺は知らない。
「そういえば夏休み入ったら拓海の家で練習合宿しようぜ。
拓海とはもう話つけてあるからさ、健いいだろ?」
少し俺は呆気に取られた。
練習合宿なんてやった覚えがなかったからだ。
不振に思いながらも生返事を返し
何気なく通知表を見直すと
そこには明らかに先生の文字ではない文字が書かれていた。
やりなおすきがあるなら、きみのすきなようにすればいい
子供が書いたような汚い文字。
そこには信じがたい言葉が書かれている。
しかも、その文字の下に、急に文字が浮き出てきた。
きみへのかんしゃのきもちだ、うけとってほしい。
こんな馬鹿な話を信じられるだろうか。
今俺は、確かに10年前にいるらしい
なんていう笑い話だろう。
誰に話したって、きっと信じてもらえない
もう一度頬をつねるが、やはり痛かった。
俺は、10年前に戻ることができればいいとずっと思っていた。
かといって、これはないだろう
文字が浮き出てくるなんて、夢でしかあり得ない。
俺は一瞬でも現実だと思った自分を恥じた。
「そっか、夢だよな、なら好きなようにするか。」
「小島ァ、ブツブツ言ってないでさっさと席につけ!」
また、クラスが爆笑に包まれた。
やっぱり、妙に現実感のある夢だよな・・・。
「それじゃあ、夏休みの間気をつけて過ごすように。」
「起立、礼。ありがとうございました。」
終業式も無事に終わり、1学期最後のHRが終わった。
「健、メシ食いいこーぜ、メシ。」
「ん、ああ、屋上だよな?」
「確認する必要もねーだろ、いつもあそこなんだからさ。」
ざわつく教室をすり抜け、屋上へと向かうと
すでに拓海が座っていた。
「遅かったね。」
「バーカ、お前が早いんだよ。」
俺は何も言わずに、カバンに手を入れると
何もなかったカバンから弁当を取り出すことができた。
「さーメシメシ~。」
「いただきます。」
高校時代、いつも俺たち三人しか屋上にいなかった。
みんなわざわざ屋上にまで来る必要性を感じなかったんだろう
日陰に入ると、爽やかな風で心地よかった。
ずっと、この夢が続けばいいと思った。
だけど、終わりはもうわかっている夢だ。
このまま続けば、俺はまた、挫折を味わうことになるだろう。
せめて、夢の中だけでも
つらい未来へと続く道を変えられたら・・・。
「進、拓海。話があるんだ。」
俺は、全くない勇気を振り絞った。
「あ?」
「健、どうしたの?」
生唾を飲み込みのどを鳴らす。
言葉が続かない。
進と拓海は俺の目をまっすぐに見てる
俺のことを100%信じてる目だ。
「俺、今日のライブを最後に、バンドを脱退しようと思うんだ。」
俺たちのライブは午後5時から
時計はまだ2時をまわったところだった
学生服のままギターケースを担ぎ
10年前のままの街を歩いた。
ライブハウスはいまいるところから15分ぐらいのところだ。
拓海や進は、もうそこにいて、練習をしているかもしれない。
もしかしたら、俺への愛想を尽かして
今ごろどこかで遊んでいるのかもしれない。
俺はこのまま、ライブへいくのかいかないかも決めれずに
ただ街を歩いていた。
「健くん。」
誰かが後ろから俺を呼ぶ。
振り向くと、そこには私服姿の友里が立っている。
走ってきたのか少し息を切らし、頬を紅潮させていた。
「進君と、拓海君に会ったの。」
「・・・。」
「バンド、解散しちゃうの?」
「いや・・・。」
「健君が、辞めたいって、大学受験のためだって、そう聞いたの。」
真っ直ぐに俺の目を見据えてくる。
そんなに真っ直ぐ見つめられても
裏切り者の俺にはその覚悟はなかった。
「進君と、拓海君、ライブハウスで健君のこと待ってるって。
せめて今日のライブは、最高のものにしようって。
もしも、会ったら、そう伝えてくれって。二人に頼まれたの。」
俺は、返事もできずにただ、目を背けることしかできなかった
「急に、バンド辞めるだなんて・・・。
凄いショックだったんだ、健君今朝も練習してたし
いつも3人でその話ばっかりしてたし。
それなのに、今夜が最後だなんて・・・。」
やめてくれ。
俺は10年前の小島健じゃないんだ。
2度も親友を裏切った大バカ野郎なんだ。
これ以上俺を責めるのはもうやめてくれ。
どうかしてたんだ。
夢だからって、あいつらをもう一度裏切るだなんて。
「だから、今日のライブは、今までで一番のライブにしてね。
・・・私ね健君が好きだった。ギターを弾いてる姿が
何でも一生懸命だった所が、先生に怒られても笑い飛ばす所が
努力家だったところが、いつでもみんなを明るくさせてた所が。
ライブも、初めてのときから、いつも欠かさずに行ってた。
いつも、こっそり端のほうで見てた。
見に来てたんだって、話し掛けられるのが怖くて
だけど、そういわれたくて、いつもライブの次の日はドキドキしてた。
もう、そういうことも無くなっちゃうんだね。」
俺は、何も言えずその場で突っ立っていることしかできなかった。
4時ごろ、ようやくライブハウスへと入ると
拓海が俺を迎えてくれた
「進が怒ってたよ、初めてのワンマンライブなのにって。
・・・最後になっちゃうんだね、これが。」
少しだけ遠い目をしながら、拓海は自分のベースを少し鳴らした。
「ごめんな・・・。俺のワガママで。」
「いいよ、いつかはこうなったんだ。
それが急に今日になっただけ、健は悪くないよ。
それは、進だってよくわかってる。
もちろん、僕だって。」
拓海は、そういってようやく笑ってくれた。
楽屋へと入ると、進がMDを聞いていた
本番前はいつもこうやって落ち着かせている
それをからかうのが、いつもの俺の役だったけれど
そんな空気でもなかった。
「あ、ちょっと飲み物買ってくるね、健も何かほしい?」
「オレンジジュース。」
進が突然横から口をはさんだ。
こいつ、MDの電源切ってやがった。
「あ、俺コーラ頼むわ・・・。」
「うん、わかった。」
拓海が楽屋から出て行くと、楽屋に俺と進だけが取り残された。
重い空気が漂い、どちらもなんとなく口を開けなかった。
「・・・・健、話がある。」
「・・・なんだよ。」
「さっきは済まなかった。本当に。」
「・・・いいんだ、俺が全部悪いから。」
また、二人の間には微妙な空気が流れた。
拓海はどこに行ってるんだ。
ただジュース買いにいっただけにしては遅すぎる。
・・・いや、この空気が、一秒を何分にも感じさせてるんだ。
「なぁ、健。」
「・・・ん?」
「解散するって、おまえが発表してくれ。」
そういうと、進はMDの電源を点け黙りこくってしまった。
痛いほど。進の気持ちはわかった。
だけど、今更やり直そうったって
物事はやり直しが効かないんだ。
そう考えて、俺は笑ってしまった。
今まさに。そのできないことをやってるんじゃないか、と
「お待たせ、二人とも。」
拓海がジュースを抱えて楽屋へと入ってきた。
俺にコーラ、進にオレンジジュースを渡すと
自分用に買ってきたウーロン茶を飲み干していた。
拓海も緊張しているようだ。
時計を見ると、既に4時半だ。
出番は、刻々と近づいてきていた
「あの子、もう数回もこれをすれば、心が保たないと思うよ??」
「・・・人が一人壊れたからといって大きく影響はしないよ
それに、あいつにはほとんど人の縁も存在していない
及ぼす影響は本当に、ごく僅かだよ。」
観客席の最後列。
天使と悪魔の格好をした2人の子供がステージを見ていた
彼らは夢魔。
夢に介入し、悪夢を何度も繰り返すことで
とりついた人間を弱らせ、そして最後には
心を破壊する低級な悪魔の一種だ。
常に虚無感に囚われていた健は
彼らにとって格好の的だった。
「けどさ~、なんだかいつもと違わない?」
「別に、いつもと何も変わらないよ。
いつもどおり、ライブをして、その途中にぶち壊す
何にも変わらない。」
「考えすぎかなぁ。」
彼らが今回の夢に介入を始めたのはこのライブハウスから
健が別の介入を受けていることを、彼らは知らない。
ライブが始まるまで、後5分
「・・・そろそろ出るぞ。」
進がヘッドホンを外し、おもむろに手を差し出した。
拓海が手を重ねる。
出陣前のいつもの気合入れだ。
俺も、それに習い手を重ねる。
「・・・最後になっちまうが、最高のパフォーマンスを見せようぜ。」
「うん、がんばっていこう。」
「進・・・、拓海・・・。本当にゴメン。」
「バカ言え。俺たちは今までも、これからもずっと仲間だろ。」
新しい歯車は、既にかみ合いはじめていた。
ライブまで、後5分。
沸き起こる歓声
何度も繰り返してきた舞台が始まった。
ここから、悪夢へと変わるか、それとも。
「えー、マイクテストマイクテスト。・・・今日は、俺たちのバンド
田代グラフィティのライブに来てくださってありがとうございます
・・・実は、今日はお知らせがありまして・・・。」
マイクを握り締め、運命の瞬間が訪れる。
会場の全員が、俺を見ている。
その半分は、高校や中学の友人だ
その全員が、俺をじっと見ている。
進も、拓海も、来ているだろう友里も。
一度だけ、唾を飲み込んだ。
「俺たち、BUMP OF TASHIROは。
このライブを持ちまして・・・・。」
会場が少しどよめきだした。
そこに友里の姿を見ることはできない。
「・・・俺たちの大学受験が終わるまで、休止したいと思います!」
ほっと胸を撫で下ろす人。
そんなことで重大発表みたいなことすんじゃねえ!とわめく人
すべての人が多種多様な反応を見せ
わざわざ発表することじゃないと不満を垂れていたが。
その中で一人だけ、顔を手で覆っている女の子がいた。
「健・・・。」
「解散、するんじゃなかったの・・・?」
拓海と進が後ろから声をかけてきた。
「・・・大学に入ってからも、俺たち3人のバンドを宜しく!」
拓海と進の言葉を背中に受けながら。
俺は言葉を続け、演奏を開始した。
「やっぱりおかしい・・・。」
慌てたように言う悪魔の格好をした子供。
「僕たちじゃない、誰かからの介入が入ってるよ。
それも物凄い強さだ。」
「・・・。」
「ねぇ、どうするの?
このままだと僕たちがこの夢から出れなくなるよ?
逃げようよ、ねえったら!」
焦りながら天使の子供へと声をかけるが。
何を言っても黙りこくっている。
会場に鳴り響く爆音が声をかき消しているわけでもなさそうだ
じゃあ、何故?
「坊やたち、彼から手を引いてもらおうかな。」
人ゴミの中から、ライブハウスには似合わない中年の紳士が現れる。
咄嗟に身構えてしまったが、その顔は穏やかに笑っていた
「人間、誰しも大きな間違いはある。
だが、一度だけですべてが変わるというのは
それは理不尽すぎたんだ、私の罪を許してはくれまい。
だが、せめてその1回をやり直すチャンスぐらいは
与えてあげたって、誰も怒らないだろう。」
紳士は目を細めながら
シャウトする健を見ていた。
「あなたは・・・。」
天使の子供が紳士へと話し掛けようとして
それを止めた
彼が演奏に聞き入っていたからだ。
悪魔の子供は紳士に頭を撫でられながら萎縮していた。
手が動く。昔のように弾ける!
10年間のブランクで錆付いているはずの指は
昔となんら変わることなくギターをかき鳴らしていく
シャウトする喉は今まで感じたことがないほどの状態だった。
何度も繰り返した中で
一番現実感があり、一番幸せで
一番最高の音を鳴らしていた。
何十回とライブの夢を見たが
途中で指が動かなくなりまた、喉は枯れ
突然音が止み、進と拓海は去っていった
最後まで出来たのは稀だったことを思い出した
一抹の不安を抱えながら
ギターを激しくかき鳴らす
果たして、最後まで持つかな・・・。
「まだ、足りないな。彼はまだ、何かやり残していることがある。」
ぽつりと呟く紳士。
席に深く座り、健の姿を凝視していた。
「・・・行こう。」
天使の子供が悪魔の子供の腕を掴み
ステージへ向かって駆け出した。
「僕らは夢魔、誰かの夢のなかならスーパーマンにだってなれる。」
天使は空中へと駆け上った。
「ま、待てよ・・・。」
一人では不安になった悪魔もつられ、天使の後を追い
一足飛びで駆け上がる。
二人の存在には誰も気づかない
健は、そろそろ訳がわからなかったが
夢なのでどうでもいいと思っていた
目の前に、天使と悪魔が飛んでいる。
「まだやり残していることがあるんじゃないですか?
せっかくだから全部してしまいましょうよ。」
天使が耳元で囁いた
爆音が鳴っているのに、やけにクリアに響いてくる。
「今だって十分幸せじゃん。どうすんの?これからすることに失敗したら。
何もかも台無しだと思わない?いいじゃんこのままで
あんたはよくやったよ、幸せな気分のままで会社にいきな。」
悪魔も何かを囁いてくる
その声もハッキリと聞こえてきた。
「「選ぶのは、君自身だよ。」」
ハモるんじゃねえ。
二人を吹き飛ばすように。一層デカイ声を出した。
俺たちの高校最後のライブは無事に終了した。
「健、お前・・・。」
進が感極まった様子で俺を抱きしめてくる
「やめろよ気持ち悪い。離せ離せ!」
「健・・・っ・・・。」
拓海は俺たちが抱き合ってるのを見て涙ぐんでやがる
ホモがうらやましいのか?
「夏休みは、 勉強合宿に変更だな!」
「あぁ。大学入るまでの辛抱だ。
たまには楽器触って腕が鈍らないようにしろよ。」
がっちりと肩を組み合い、お互いにそれを誓い合った。
「健・・・。」
拓海が何か不安そうに話し掛けてきた。
「ん、なんだよ、拓海。」
「健、やり残してることがあるんじゃないの?」
「は?」
「健、凄いそわそわしてるよ。」
「片付けは俺たちがしておくから、早くいけよ、色男。」
進と拓海が笑いながらそういった、やり残した事。
ライブ中、天使と悪魔の言った言葉だ
演奏している間もそれがずっとひっかかっていた。
「・・・さんきゅ、やりのこしたことかは
どうかはわからないけど、とにかく行ってくるわっ!」
後片付けを二人に任せ、俺はライブハウスを飛び出した。
「待ってくれ!友里!」
駅へと向かう人の流れに飲み込まれかけていた
友里の後姿をやっと見つけることが出来た
「健くん・・・!」
「ごほっ・・。はぁはぁっ・・。」
走ってきたせいで呼吸が落ち着かない
深く深呼吸をして息を整える
「どうしたの?ライブの後の片付けとかいろいろあるんじゃないの?」
「進と、拓海に、全部、任せてきた。」
まだ呼吸が整っていなく
途切れ途切れになっていた
ゴホンともう一度咳をする。
「友里、伝えたいことがあったんだ。
10年間、ずっと引っかかってた言葉が。」
噛まないように、咳き込まないように
頭の中で言葉を選んで。
細心の注意を払いながら
言葉を続けた。
「友里を、はじめてみたときから
俺、友里のことが好きになってたんだ。
友里、俺と付き合ってくれ。
こんな時期になっちゃったけど・・・。」
頭をかきながら
10年前にできなかった
伝えれなかった気持ちを
やっと伝えることができた。
「嬉しい・・・っ。」
駅へと向かう人たちの中
二人で抱き合いながら
10年越しのキスをした。
「次はー。新都~新都ー。降りる際は~右側のドアー。」
目を覚ますとちょうど降りる駅だった。
やばい、遅くなった。早くしないと。
駅の構内を風のように駆け抜け
道路へと飛び出した
信号待ちの時間も惜しい。
車の来ていないことを確認すると、横断歩道を走り抜けた
階段を2段飛ばしで駆け上がり、ドアを開け
転がるように中へと滑り込む。
「悪い、遅れたっ!」
「・・・。」
俺の帰りを待っていた友里は
20分遅れの俺を頬を膨らませることで責めた。
「・・・遅いー・・・。」
「悪い悪い、受け取りに時間かかってさ、ほら、これ。」
友里の指に、受け取ったばかりのリングを嵌めた。
「これって・・・。」
「今日はお前の誕生日だろ?
・・・それと、結婚しよう、友里。」
Fin
時計はまだ2時をまわったところだった
学生服のままギターケースを担ぎ
10年前のままの街を歩いた。
ライブハウスはいまいるところから15分ぐらいのところだ。
拓海や進は、もうそこにいて、練習をしているかもしれない。
もしかしたら、俺への愛想を尽かして
今ごろどこかで遊んでいるのかもしれない。
俺はこのまま、ライブへいくのかいかないかも決めれずに
ただ街を歩いていた。
「健くん。」
誰かが後ろから俺を呼ぶ。
振り向くと、そこには私服姿の友里が立っている。
走ってきたのか少し息を切らし、頬を紅潮させていた。
「進君と、拓海君に会ったの。」
「・・・。」
「バンド、解散しちゃうの?」
「いや・・・。」
「健君が、辞めたいって、大学受験のためだって、そう聞いたの。」
真っ直ぐに俺の目を見据えてくる。
そんなに真っ直ぐ見つめられても
裏切り者の俺にはその覚悟はなかった。
「進君と、拓海君、ライブハウスで健君のこと待ってるって。
せめて今日のライブは、最高のものにしようって。
もしも、会ったら、そう伝えてくれって。二人に頼まれたの。」
俺は、返事もできずにただ、目を背けることしかできなかった
「急に、バンド辞めるだなんて・・・。
凄いショックだったんだ、健君今朝も練習してたし
いつも3人でその話ばっかりしてたし。
それなのに、今夜が最後だなんて・・・。」
やめてくれ。
俺は10年前の小島健じゃないんだ。
2度も親友を裏切った大バカ野郎なんだ。
これ以上俺を責めるのはもうやめてくれ。
どうかしてたんだ。
夢だからって、あいつらをもう一度裏切るだなんて。
「だから、今日のライブは、今までで一番のライブにしてね。
・・・私ね健君が好きだった。ギターを弾いてる姿が
何でも一生懸命だった所が、先生に怒られても笑い飛ばす所が
努力家だったところが、いつでもみんなを明るくさせてた所が。
ライブも、初めてのときから、いつも欠かさずに行ってた。
いつも、こっそり端のほうで見てた。
見に来てたんだって、話し掛けられるのが怖くて
だけど、そういわれたくて、いつもライブの次の日はドキドキしてた。
もう、そういうことも無くなっちゃうんだね。」
俺は、何も言えずその場で突っ立っていることしかできなかった。
4時ごろ、ようやくライブハウスへと入ると
拓海が俺を迎えてくれた
「進が怒ってたよ、初めてのワンマンライブなのにって。
・・・最後になっちゃうんだね、これが。」
少しだけ遠い目をしながら、拓海は自分のベースを少し鳴らした。
「ごめんな・・・。俺のワガママで。」
「いいよ、いつかはこうなったんだ。
それが急に今日になっただけ、健は悪くないよ。
それは、進だってよくわかってる。
もちろん、僕だって。」
拓海は、そういってようやく笑ってくれた。
楽屋へと入ると、進がMDを聞いていた
本番前はいつもこうやって落ち着かせている
それをからかうのが、いつもの俺の役だったけれど
そんな空気でもなかった。
「あ、ちょっと飲み物買ってくるね、健も何かほしい?」
「オレンジジュース。」
進が突然横から口をはさんだ。
こいつ、MDの電源切ってやがった。
「あ、俺コーラ頼むわ・・・。」
「うん、わかった。」
拓海が楽屋から出て行くと、楽屋に俺と進だけが取り残された。
重い空気が漂い、どちらもなんとなく口を開けなかった。
「・・・・健、話がある。」
「・・・なんだよ。」
「さっきは済まなかった。本当に。」
「・・・いいんだ、俺が全部悪いから。」
また、二人の間には微妙な空気が流れた。
拓海はどこに行ってるんだ。
ただジュース買いにいっただけにしては遅すぎる。
・・・いや、この空気が、一秒を何分にも感じさせてるんだ。
「なぁ、健。」
「・・・ん?」
「解散するって、おまえが発表してくれ。」
そういうと、進はMDの電源を点け黙りこくってしまった。
痛いほど。進の気持ちはわかった。
だけど、今更やり直そうったって
物事はやり直しが効かないんだ。
そう考えて、俺は笑ってしまった。
今まさに。そのできないことをやってるんじゃないか、と
「お待たせ、二人とも。」
拓海がジュースを抱えて楽屋へと入ってきた。
俺にコーラ、進にオレンジジュースを渡すと
自分用に買ってきたウーロン茶を飲み干していた。
拓海も緊張しているようだ。
時計を見ると、既に4時半だ。
出番は、刻々と近づいてきていた
「あの子、もう数回もこれをすれば、心が保たないと思うよ??」
「・・・人が一人壊れたからといって大きく影響はしないよ
それに、あいつにはほとんど人の縁も存在していない
及ぼす影響は本当に、ごく僅かだよ。」
観客席の最後列。
天使と悪魔の格好をした2人の子供がステージを見ていた
彼らは夢魔。
夢に介入し、悪夢を何度も繰り返すことで
とりついた人間を弱らせ、そして最後には
心を破壊する低級な悪魔の一種だ。
常に虚無感に囚われていた健は
彼らにとって格好の的だった。
「けどさ~、なんだかいつもと違わない?」
「別に、いつもと何も変わらないよ。
いつもどおり、ライブをして、その途中にぶち壊す
何にも変わらない。」
「考えすぎかなぁ。」
彼らが今回の夢に介入を始めたのはこのライブハウスから
健が別の介入を受けていることを、彼らは知らない。
ライブが始まるまで、後5分
「・・・そろそろ出るぞ。」
進がヘッドホンを外し、おもむろに手を差し出した。
拓海が手を重ねる。
出陣前のいつもの気合入れだ。
俺も、それに習い手を重ねる。
「・・・最後になっちまうが、最高のパフォーマンスを見せようぜ。」
「うん、がんばっていこう。」
「進・・・、拓海・・・。本当にゴメン。」
「バカ言え。俺たちは今までも、これからもずっと仲間だろ。」
新しい歯車は、既にかみ合いはじめていた。
ライブまで、後5分。
沸き起こる歓声
何度も繰り返してきた舞台が始まった。
ここから、悪夢へと変わるか、それとも。
「えー、マイクテストマイクテスト。・・・今日は、俺たちのバンド
田代グラフィティのライブに来てくださってありがとうございます
・・・実は、今日はお知らせがありまして・・・。」
マイクを握り締め、運命の瞬間が訪れる。
会場の全員が、俺を見ている。
その半分は、高校や中学の友人だ
その全員が、俺をじっと見ている。
進も、拓海も、来ているだろう友里も。
一度だけ、唾を飲み込んだ。
「俺たち、BUMP OF TASHIROは。
このライブを持ちまして・・・・。」
会場が少しどよめきだした。
そこに友里の姿を見ることはできない。
「・・・俺たちの大学受験が終わるまで、休止したいと思います!」
ほっと胸を撫で下ろす人。
そんなことで重大発表みたいなことすんじゃねえ!とわめく人
すべての人が多種多様な反応を見せ
わざわざ発表することじゃないと不満を垂れていたが。
その中で一人だけ、顔を手で覆っている女の子がいた。
「健・・・。」
「解散、するんじゃなかったの・・・?」
拓海と進が後ろから声をかけてきた。
「・・・大学に入ってからも、俺たち3人のバンドを宜しく!」
拓海と進の言葉を背中に受けながら。
俺は言葉を続け、演奏を開始した。
「やっぱりおかしい・・・。」
慌てたように言う悪魔の格好をした子供。
「僕たちじゃない、誰かからの介入が入ってるよ。
それも物凄い強さだ。」
「・・・。」
「ねぇ、どうするの?
このままだと僕たちがこの夢から出れなくなるよ?
逃げようよ、ねえったら!」
焦りながら天使の子供へと声をかけるが。
何を言っても黙りこくっている。
会場に鳴り響く爆音が声をかき消しているわけでもなさそうだ
じゃあ、何故?
「坊やたち、彼から手を引いてもらおうかな。」
人ゴミの中から、ライブハウスには似合わない中年の紳士が現れる。
咄嗟に身構えてしまったが、その顔は穏やかに笑っていた
「人間、誰しも大きな間違いはある。
だが、一度だけですべてが変わるというのは
それは理不尽すぎたんだ、私の罪を許してはくれまい。
だが、せめてその1回をやり直すチャンスぐらいは
与えてあげたって、誰も怒らないだろう。」
紳士は目を細めながら
シャウトする健を見ていた。
「あなたは・・・。」
天使の子供が紳士へと話し掛けようとして
それを止めた
彼が演奏に聞き入っていたからだ。
悪魔の子供は紳士に頭を撫でられながら萎縮していた。
手が動く。昔のように弾ける!
10年間のブランクで錆付いているはずの指は
昔となんら変わることなくギターをかき鳴らしていく
シャウトする喉は今まで感じたことがないほどの状態だった。
何度も繰り返した中で
一番現実感があり、一番幸せで
一番最高の音を鳴らしていた。
何十回とライブの夢を見たが
途中で指が動かなくなりまた、喉は枯れ
突然音が止み、進と拓海は去っていった
最後まで出来たのは稀だったことを思い出した
一抹の不安を抱えながら
ギターを激しくかき鳴らす
果たして、最後まで持つかな・・・。
「まだ、足りないな。彼はまだ、何かやり残していることがある。」
ぽつりと呟く紳士。
席に深く座り、健の姿を凝視していた。
「・・・行こう。」
天使の子供が悪魔の子供の腕を掴み
ステージへ向かって駆け出した。
「僕らは夢魔、誰かの夢のなかならスーパーマンにだってなれる。」
天使は空中へと駆け上った。
「ま、待てよ・・・。」
一人では不安になった悪魔もつられ、天使の後を追い
一足飛びで駆け上がる。
二人の存在には誰も気づかない
健は、そろそろ訳がわからなかったが
夢なのでどうでもいいと思っていた
目の前に、天使と悪魔が飛んでいる。
「まだやり残していることがあるんじゃないですか?
せっかくだから全部してしまいましょうよ。」
天使が耳元で囁いた
爆音が鳴っているのに、やけにクリアに響いてくる。
「今だって十分幸せじゃん。どうすんの?これからすることに失敗したら。
何もかも台無しだと思わない?いいじゃんこのままで
あんたはよくやったよ、幸せな気分のままで会社にいきな。」
悪魔も何かを囁いてくる
その声もハッキリと聞こえてきた。
「「選ぶのは、君自身だよ。」」
ハモるんじゃねえ。
二人を吹き飛ばすように。一層デカイ声を出した。
俺たちの高校最後のライブは無事に終了した。
「健、お前・・・。」
進が感極まった様子で俺を抱きしめてくる
「やめろよ気持ち悪い。離せ離せ!」
「健・・・っ・・・。」
拓海は俺たちが抱き合ってるのを見て涙ぐんでやがる
ホモがうらやましいのか?
「夏休みは、 勉強合宿に変更だな!」
「あぁ。大学入るまでの辛抱だ。
たまには楽器触って腕が鈍らないようにしろよ。」
がっちりと肩を組み合い、お互いにそれを誓い合った。
「健・・・。」
拓海が何か不安そうに話し掛けてきた。
「ん、なんだよ、拓海。」
「健、やり残してることがあるんじゃないの?」
「は?」
「健、凄いそわそわしてるよ。」
「片付けは俺たちがしておくから、早くいけよ、色男。」
進と拓海が笑いながらそういった、やり残した事。
ライブ中、天使と悪魔の言った言葉だ
演奏している間もそれがずっとひっかかっていた。
「・・・さんきゅ、やりのこしたことかは
どうかはわからないけど、とにかく行ってくるわっ!」
後片付けを二人に任せ、俺はライブハウスを飛び出した。
「待ってくれ!友里!」
駅へと向かう人の流れに飲み込まれかけていた
友里の後姿をやっと見つけることが出来た
「健くん・・・!」
「ごほっ・・。はぁはぁっ・・。」
走ってきたせいで呼吸が落ち着かない
深く深呼吸をして息を整える
「どうしたの?ライブの後の片付けとかいろいろあるんじゃないの?」
「進と、拓海に、全部、任せてきた。」
まだ呼吸が整っていなく
途切れ途切れになっていた
ゴホンともう一度咳をする。
「友里、伝えたいことがあったんだ。
10年間、ずっと引っかかってた言葉が。」
噛まないように、咳き込まないように
頭の中で言葉を選んで。
細心の注意を払いながら
言葉を続けた。
「友里を、はじめてみたときから
俺、友里のことが好きになってたんだ。
友里、俺と付き合ってくれ。
こんな時期になっちゃったけど・・・。」
頭をかきながら
10年前にできなかった
伝えれなかった気持ちを
やっと伝えることができた。
「嬉しい・・・っ。」
駅へと向かう人たちの中
二人で抱き合いながら
10年越しのキスをした。
「次はー。新都~新都ー。降りる際は~右側のドアー。」
目を覚ますとちょうど降りる駅だった。
やばい、遅くなった。早くしないと。
駅の構内を風のように駆け抜け
道路へと飛び出した
信号待ちの時間も惜しい。
車の来ていないことを確認すると、横断歩道を走り抜けた
階段を2段飛ばしで駆け上がり、ドアを開け
転がるように中へと滑り込む。
「悪い、遅れたっ!」
「・・・。」
俺の帰りを待っていた友里は
20分遅れの俺を頬を膨らませることで責めた。
「・・・遅いー・・・。」
「悪い悪い、受け取りに時間かかってさ、ほら、これ。」
友里の指に、受け取ったばかりのリングを嵌めた。
「これって・・・。」
「今日はお前の誕生日だろ?
・・・それと、結婚しよう、友里。」
Fin