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新延先生の楽しい小説作法

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文子ちゃん(以下「文」):新都社で小説を書こうとしている女の子。
新延 稲造(以下「新」):元新都社作家であり、文子の先生。今は読者。


第一話「視点移動」

バタバタバタ……
文「せんせー、せんせー!」
新「おや、どうしたんだい」
文「私、新都社で小説を書くことにしたんです!」
新「ほほう、そりゃ良いね。君の文章は読みやすいから、受け入れられやすいかもしれない。それで、一体どんなものを書くんだい?」
文「こんな感じです!」
新「ふむ、どれどれ……」

 マリが自分の部屋に入ると、なぜかそこにアキラがいた。
 アキラはソファに寝ころんだ体勢のままで、驚いた顔をしているマリをニヤリと見た。
 部屋はひどく散らかっており、マリの本やCD、食べ終えた菓子の袋などが散乱している。
 部屋の隅に、アキラのネコがいるのに気が付いた。アキラとネコを思い切り睨み付ける。
 ネコはマリの怒りの形相にひるみ、アキラの陰に隠れた。
「アンタあたしの部屋で何やってんのよ!」
 マリが怒鳴りながら足を踏みならすと、音に驚いたチヒロが階段を駆け上がってきて、マリの部屋を覗いた。
「うわっ」
 チヒロが小さな叫びを漏らす。部屋に入り、後ろ手にそっとドアを閉めた。
 マリの顔は鬼のように赤い。噴火寸前だとチヒロは思った。

新「こりゃあ、いかんなあ」
文「えっ、どこがですか?」
新「ちなみに、この話の主人公は、誰かね?」
文「ええっと、マリですけど」
新「ふむふむ。いくつかおかしな点があるんだよ。例えば、ここ」

 アキラはソファに寝ころんだ体勢のままで、驚いた顔をしているマリをニヤリと見た。

文「これの、どこが?」
新「マリを主人公と決めているのならば、『視点』がおかしいのだよ。どうしてマリは、自分が驚いた顔をしているのが分かるのかね?」
文「え、いや、だって自分が驚いているから……」
新「そうじゃない。どうして驚いた『顔』をしているのか分かるのか、と聞いているんだよ。ちょうど正面に姿見でもあったのかい?」
文「あ……」
新「その後に書いてある『菓子の袋が散乱している』『ネコがいるのに気が付く』のはマリから見て確認できる情報だから問題はない。しかし、人間は鏡でもなければ、自分の表情は分からないんだ」
文「な、なるほど……じゃあ、どうすれば?」
新「そうだね、ここでは」

 アキラはソファに寝ころんだ体勢のままで、立ち尽くしているマリをニヤリと見た。

新「みたいな感じにしても良いかもしれないね。ただ、これが一〇〇パーセント正しいわけでもないから、必ず自分で書いて確かめてみること」
文「はい、分かりました! ありがとうございます!」
新「さて、これを踏まえて見ると、まだおかしい点があるのは分かるかい?」
文「あ……はい。ここですかね」

 ネコはマリの怒りの形相にひるみ、アキラの陰に隠れた。

新「そうだね。『怒りの形相』はマリではなくネコが見ているものだから、『ネコはびくりとして、アキラの~』みたいにした方が良い」
文「あとは……」
新「後半は視点がごちゃごちゃになってしまっているね。音に驚いた、部屋を覗いた、そして後ろ手にそっとドアを閉めたのは、全てチヒロ視点でのことだ。もしこう書きたいのならば」

「アンタあたしの部屋で何やってんのよ!」
 マリは怒鳴りながら、足を踏みならした。

 音に驚いたチヒロは階段を駆け上がって、マリの部屋を覗いた。
「うわっ」
 チヒロは小さな叫びを漏らす。部屋に入り、後ろ手にそっとドアを閉めた。
 マリの顔は鬼のように赤い。噴火寸前だとチヒロは思った。

新「こんな風に間隔をあけて、視点移動をすると良いね」
文「なるほど、行を空けることで主人公を変えてるんですね」
新「そういうことだ。これを節を変更するという。同じ節の中で複数の人物視点から書くのは止めた方が良いね。違和感はないかもしれないけど、分かる人が読むと鼻に付くんだ」
文「ほえー、そうなんですか」
新「漫画やアニメなんかの多くは客観視点だ。だから一つの話の中で視点が移動しても全く問題ないかもしれないけど、小説はこれらとは違ってくる。小説は視点が固定されていないと混乱を招くことがあるんだ」
文「なるほど」
新「小説が読み手に提供できるのは文字だけだ。それ以外は読者の想像に任せることになる。だから感情移入しにくい描写は避けた方が良いね」
文「分かりました! ところで先生」
新「ふむ、何だい?」
文「残りの部分も、赤入れお願いしまーす!」
新「ずこーっ!」

第二話に続く?

文子ちゃん(以下「文」):新都社で小説を書いている女の子。我が子を愛でずにいられない。
新延 稲造(以下「新」):元新都社文芸作家。文子の先生。ドS。我が子という表現を嫌う。


第二話「キャラクターの造形」

新「キャラクターの個性とは!」
文「い、いきなりどうしたんですか先生」
新「文子くん。君はキャラクターの個性とは何だと思う?」
文「個性ですか。目立つ髪型とか、口調だとか、性格とか……」
新「ふむ、他には?」
文「えーっと、好きなものとか、嫌いなもの……」
新「なるほど。では次に、君が好きな自キャラのプロフィールを見せてもらってもいいかな?」
文「あ、はい。これですね」

小野上 コウスケ
髪型:赤いツンツン
口調:語尾に「ベシ」を付けるのにハマっている
性格:怒りっぽい
好きなもの:肉、甘いもの
嫌いなもの:他人とつるむこと

新「これが君の一番好きなキャラクターなんだね」
文「そうなんですよ! 我が子の中でも一番かっこよくて、我ながら惚れちゃいそうです」
新「我が子……。で、文子くんはこのキャラのどこに惚れ込んでいるんだい?」
文「いっぱいありますよ! たとえばワルなのに甘いものが好きなところとか、かっこいいのに語尾にベシがついたりとか、とにかくギャップがすごいんですよー!」
新「ふむ。で、この小野上くんはどうして甘いものが好きなんだい」
文「何言ってるんですか先生。好きなものに理由も何もないですよ」
新「あと、小野上くんはどうしてワルなのかね?」
文「え? あー、うーんと、その、と、友達に誘われて……」
新「友達に誘われたのに、他人とつるむのは嫌いなのかい?」
文「そ、それはですね……寡黙な少年なので、静かに集団に溶け込んで……」
新「怒りっぽいのに寡黙とは、何だか不思議だね」
文「うるさいですよ先生! 人のキャラクター事情に色々突っ込まないで下さい!」
新「認めたね、キャラクター作りが適当だということを」
文「べ、別に適当というわけじゃ……」
新「まあ、仕方ない。貧弱な文子くんの考えるキャラクターなんてこんなものだろう」
文「貧弱って、私はブルワーカーの誌上広告に出てくる少年ですか」
新「どやかましい。分かる人にしか分からないネタを使うんじゃない」
文「すみません。上野クリニックくらい有名なものかと」
新「気を取り直して、キャラクターの作り方について考えよう」

■キャラクターの設定には、説得力を

新「文子くんは小説を書く時、話から考えるタイプかな? それとも、キャラクターから考えるタイプ?」
文「私はお話からですね。話を考えてから、それに合うキャラクターを考えます」
新「その結果が、あの赤いだけのハリネズミなんだね」
文「酷い言われようですね。小野上くんの何がいけないんですか?」
新「何というか、深みがないね。彼はストーリーの中ではどういうキャラクターなんだい?」
文「えっと、ある日別のクラスの少女に惚れられて、その少女が危機に遭っているところに現れて、さっそうと不良を倒した後、なんだかんだで付き合うことになるキャラクターです」
新「ふむ。分かってはいたが、キャラクターの個性がまるで話に関わっていないね」
文「うぐぅ」
新「一応確認しておくけど、このキャラクターの立ち位置は?」
文「……主人公です」
新「何ともド浅い設定の主人公だ」
文「う、うるさいですよ! 設定なんて書きながら追加すればいいんです!」
新「書きながら付け加えるにしても、もう少し緻密に設定したほうが良いかもしれないね」
文「えー、何が足りないんですか?」
新「分かりやすいように、例を挙げよう。君は『スラムダンク』という漫画を知っているかい?」
文「勿論ですよ。魚住の控えで入ったセンターがうちの父によく似ています」
新「そんなてんで価値の無い情報は求めてない。……まあ、そこまで覚えているのなら、『スラムダンク』の主人公、桜木花道がバスケットボールを始めた理由ぐらいは分かるよね」
文「当然です。ハルコさんに『バスケは好きですか?』って聞かれたからですね」
新「でも、桜木はそれまではバスケが嫌いだっただろう? なのにどうして始めようと思ったんだい?」
文「えっと、それはハルコさんに惚れて……」
新「そこだ。桜木は好きな女の子に弱い。だからバスケが嫌いでも、ハルコさんに好きかと聞かれると『好きです。スポーツマンですから』と答えざるを得ない。つまり桜木には『好きな女の子に弱い』という欠点がある。この欠点は桜木というキャラクターを語る上では欠かせないものだ。桜木の設定は割と欠点が多いぞ。好きな女の子に弱い、バスケ初心者、だけど天才であると自称する……しかし、これは桜木を桜木たらしめるものと言ってもいい」
文「うーん、分かったような、分からないような」
新「文子くんの粗末な脳ミソでは理解できないのも当然だ。小野上くんの設定で考えてみよう」
文「粗末……」
新「小野上くんの設定には『他人とつるむことが嫌い』というものがある。たとえばこの理由が『他人には言えない趣味があって、それが露呈するのが怖いからあまり人と関わらない』んだとすると、少し人間味が出てこないかい?」
文「確かに。もっともらしい理由ですね」
新「さらに他人に言えない趣味が、実は『お菓子作り』だとする。そうするとこれが『甘いものが好き』と関連してくるし、『学校の授業でお菓子作りをすることになり、クラスメートの要領の悪さに、怒りっぽい小野上は耐え切れず主導してお菓子を作ることになって……』みたいなエピソードに発展することもあるだろう」
文「おお、一つの欠点から一つのエピソードが生まれちゃいましたね」
新「まだあるぞ。たとえば『甘いものが好き』というのは実は今は亡き母親のクッキーが大好きだからで、ヒロインが授業で作ったクッキーの味がそれにとても似ていて、思わず涙してしまった……なんて話も考えられる」
文「ぽこぽこ出てきますね。ただ理由を考えてるだけなのに」
新「うむ。こうすれば小野上コウスケというキャラクターにもそこそこ味が出てくるだろう。さっき文子くんが見せてくれた設定に、簡単な理由付けをしてみたよ」

小野上 コウスケ
髪型:赤いツンツン→なぜ?→好きな漫画の主人公に憧れているから
口調:語尾に「ベシ」を付けるのにハマっている→好きな漫画の主人公には特徴的な口癖があり、それを真似ている
性格:怒りっぽい→母親がおらず一人で家のことを切り盛りしているので些細な事が気になり、つい口を出してしまうためにそういった印象を持たれている
好きなもの:肉、甘いもの→母親の作る料理が好きだったため
嫌いなもの:他人とつるむこと→実は元々不良とつるむことが多かったが、母親の遺言をきっかけにそういう集団と関わらないようになり、他人と話すということからも遠ざかった&お菓子作りの趣味がバレたくなかった

新「こんなところだね」
文「おお。嫌いなものだけでこんなに理由づけできるなんて」
新「良いところに気がついたね。キャラクターの嫌いなもの、欠点というのは話作りの根幹に関わってくることだから、それをキチンと設定するだけでもだいぶ話は考えやすくなる。小説の醍醐味の一つは『何か欠落を持っている主人公がそれを手に入れるor取り戻すこと』だからね」
文「でも、それを考えるのが難しいんですよ……」
新「そうでもないよ。たとえば、ある専門家から何かを取り上げるだけでも、一つの話になったりする。耳の聞こえない音楽家。目の見えない画家。ほら、なんだかドラマが生まれる気がしないかい」
文「ふむふむ。要するに、物語の始まりと終わりで主人公に何かしらの成長があればいいんですね」
新「今日は冴えてるね、文子くん。その変化というのも外部から授かった何かではなく、できるだけ自ら手に入れたものがいい。小野上くんで言えば、『ヒロインと関わるうちに他人と関わるようになり、自分のためだけに行動していたのが誰かの為に行動できるようになった』みたいな成長をさせると、魅力的なキャラクターになるかもしれない」
文「あくまで、かもしれない、なんですね」
新「うむ。キャラクター作りは奥が深いからね。最初から最強なのに魅力的なキャラクターもいるし、逆にいつまでもヘタレだけど愛され続けているキャラクターもいる。なぜかというと、それはキャラクターに個性があるからだ。小説を書く上で、キャラクターをしっかりと作るというのはとても大切なことなんだ。これだけは死んでも憶えておくように」
文「ははは。先生、死んだら憶えられませんよ」
新「そうかい?」
文「そりゃあ、そうですよ」
新「試してみたかね?」
文「試すって、それは一体、どういう……」
新「(ニヤリ)」
文「いやー! 殺されるー!」

 【まとめ】
 ・小説を書くときは、魅力あるキャラクター作りを心がけよう
 ・魅力的なキャラクターにするには、欠点をつくろう
 ・設定にもきちんと理由付けをして、深みのあるキャラクターにしよう

第三話に続くかもしれない
4, 3

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