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■2『林檎もぎれビーム!』

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 ■2『林檎もぎれビーム!』

「もう女なんて信用しねえ……」
 我々高校生にとって、二番目に待ち遠しい時間、昼休み。一番は当然放課後だが、とにかくそういう楽しい時間に、突然タムタムが悲しい事を言い出した。人類の約半数を信用しない、ってことになってしまうが、お前それでいいのか。
「さっ、ご飯食べよう」
 ナルシ―は、鼻歌を唄いながら、コンビニの焼きそばパンの包みを開く。タムタムの話を聞く気は一切無いらしい。まあ、俺も無いけれど。
 向かいに座っているナルシーに倣い、俺も母ちゃんお手製弁当の包みを開く。
「こないだの『ヴァンスタ』の新譜聴いた?」
「あれ、出たのか。まだ聴いてねえ」
「そうだと思って、CD持ってきたよ」
「おぉ、サンキューナルシ―」
 ナルシ―からCDを受け取り、俺はそれを机に仕舞いこむ。そのまま、曲の感想とか聞こうと思ったのだが、タムタムが机を叩いて、
「聞けって! 俺の絶望話!」
「週一で絶望してる奴の話なんか聞きたくねえよ」
 弁当の包みを開くと、ミニハンバーグが入っていて、俺はちょっとごきげんになった。
「タムタムさぁ、毎週毎週、『女なんて信用しねえ』って言って、月曜にはまたおんなじ事繰り返してんじゃん。悪いけど飽きたよ、その芸」
「人の失恋をエンタメみたいに言うなよ! 友達でしょ、バンドメンバーでしょ!?」
 俺とナルシ―は目を合わせる。こいつ、いつか『失恋で辛いからバンド練休む』とか、OLみたいな事言い出すんじゃねえだろうな、という不安を分かち合っているのだ。さすがのタムタムもそれはないだろう、と思っちゃいるので、口にしてはいないが。
「この間、ほれ。総悟が鈴鹿ちゃんのストーカー解決したじゃん? そしたら、鈴鹿ちゃんが『タムタムくんも頑張ってくれたから』つって、お礼くれるって言ったのさ」
 俺達、別に話せなんて言ってないのに、タムタムは話を始める。
 再び俺とナルシ―はアイコンタクトをして、お互いの意思を確認。しょうがないので、聴いてやることにした。
 ちなみにお礼だが、俺とナルシーも言われている。俺は「学食で一回飯おごれ」と言って、高いランチをおごってもらったし、ナルシーはアドレスを交換し、人脈を増やした。
「どーせ、タムタムの事だ。付き合ってくれ、とか言ったんだろ」
「バーカ。俺だってな、ストーカーにつきまとわれてた子に、すぐそんな事言えるほど、空気読めないマンじゃないっての」
「成長したじゃん、タムタム」
 俺の言おうとしたことを、ナルシーが口にしたので、頷く。
「んでな? だから、友達を紹介してくれって言ったんだけど、その子と一回デートしたら、もう連絡つかなくなったんだよ……」
「一回でか。なにしたんだお前」
「わっかんねえよ。概ね楽しくやってたつもりだし……。強いて言えば、ほら、あの山盛りで有名なラーメン屋。あっこ行ったくらいか」
 目に見えてナルシ―が呆れていた。頭を抱えて、大丈夫かこいつ、と、タムタムが頭痛の種であると、全身で表していた。
「タムタムさ……。あそこ、デフォでにんにく山盛りじゃん。女性がそんな物、仮にもデート中に、食べると思う? っていうか、そもそも食べきれないって」
「いや、だってその子、いっぱい食べる男が好きだって言うからさぁ」
「まずデートにラーメン屋ってのが最悪。僕ならその場で帰るよ」
 もうタムタムは、デートプランをナルシーに考えてもらったほうがいいと思う。
「別にデートでラーメン屋は人によると思うけどね、でもだからってなんでそのラーメン屋なのかな。僕はそれが疑問だよ、ちょっと考えればわかるでしょ?」
 すっげえ怒られてて笑ってしまう。
 俺には関係の無い話だし、デートプランを人に聞くほど切羽詰まってもないので、涙目のタムタムを見ながら、楽しく食事しよう。
 そう思っていたら、後ろから服を引っ張られた。
「どうも、栗林さんっ」
 そこには、時雨が立っていた。
「よう。どした、また依頼か? 悪いんだけど、いまちょっといいとこだから」
「いえいえ。依頼じゃなくて、お弁当、一緒に食べてもいいですか?」
「あぁ、別にいいけど。……構わねえよな、二人とも」
「ん……。いや、僕らは遠慮しとくよ。まだタムタムへのお説教も終わってないしさ」
「えーっ! 俺も時雨ちゃんとご飯食べたい!」
 わがまま(でもないと思うが)を言うタムタムの耳を掴んで、引っ張っていく。
「痛いってのナルシ―! 一回離して! 言う事聞くから!」
 手を振って、遠くの席に行くのを見守る俺。
 なんかあれよあれよという間に、時雨と二人きりの昼食を取る事になってしまった。今更人の目を気にするほどヤワな心もしていないので、別にいいけど、時雨はもう少し気にしたほうがいいと思う。
「よいしょっと」
 俺の前に腰を下ろす時雨。可愛らしいピンクの包みの弁当を開いた。中身は結構彩り豊かで、唐揚げとか玉子焼きにミックスベジタブルと、栄養バランスが考えられた物だった。
「依頼じゃねえのに俺と飯を食いたいとは、一体どういう狙いだ?」
「……狙い? 別にそういうのはないですよ。お友達とご飯を食べるのは当然じゃないですか」
「友達、ねえ……。ま、そういう事なら、食ってやるか」
 別にタムタムの病気が移ったわけではないが、俺は時雨に対して、怯えめいたものを持っていた。いつ面倒なトラブルを持ってくるのか、という、身構えを解けないのだ。
「それで、ですね。いい機会なんで、一つ聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」
「別にいいけど」
「いや、この間の、有沙ちゃんの事件。栗林さん、よくシューベルトのアヴェ・マリアを知ってましたね」
「あん時も言ったろ。ロックンローラーはバカじゃやってけないの。それに、ロックだって音楽なんだ。ルーツを知るのは大事だろ。古き良き物には、敬意を払わないとな」
「なるほどー。同意です」
 ニコニコ笑う時雨だが、今の話にそんな笑顔ができる要素ってあったか?
 イマイチこいつの考えてる事がわかんねえな。とびっきりの上玉なのは間違いないが、しかし『好みのタイプは名探偵』と言って、数々の男をフッてきた女だし。人目を気にしないタチなんだろうな。
「……俺も一個、前から聞きたいことがあったんだけどよ、訊いてもいいか?」
「あ、はい。どうぞ」
「お前、なんで名探偵が好みのタイプ、だなんて言ってたんだ? そえれってよぉ、『白馬の王子さまを待ってますっ』ってくらいには恥ずかしくね?」
「そ、そんなことないですよっ。現実的です!」
 いや、まず現実に名探偵なんて存在いないからね。
「会った事あんのかよ、名探偵……」
「今のところ、栗林さんが一番近いですかね?」
 こいつ、わかってて言ってんのかぁ?
 それって、今のところ俺が一番好みのタイプだって言ってんのとおんなじなんだぞ。
 計算なのか、それとも意図せずに言っているのか……。まぁ、なんでもいいか。俺は|未成年《ガキ》に興味はないし、時雨もなんというか、名探偵に憧れて、その近くで事件を見ていたい、みたいな気持ちなんだろうし。
「あ、それで、名探偵に憧れた理由、でしたっけ」
「あぁ」
「小学校に上がる前、もしくは上がってすぐくらい、だったと思うんですけど……。昔、近所に住んでた人が、名探偵だったんです」
「へえ……」マジで名探偵がいたのか。
「それから、その人に憧れて、私も名探偵になろうとしたんですけど、どうも才能がなくって……。小学校の頃とか、無くしたものを探したりとか、よくやってたんですけどね」
 なるほど。幼いころの思い出、ってやつか。なんとなく、探偵の憧れていなくても、時雨はそういうのに首を突っ込んでそうな気がするけど。
「栗林さんも、探偵ごっこ、したりしませんでした?」
「いや、したことねえよ」
 タムタムとナルシ―の二人と一緒に、生の鶏肉を食いちぎってオジー・オズボーンごっこしようとしたことはあるが。全員の両親に発覚して頭を心配されてからはしようともしてない。いや、もうしないけど。
 ちなみに、発案はやっぱりタムタム。俺達も乗ろうとしていた辺り、俺達とタムタムの知能レベルが一緒だった時代があったのだ。
 さすがにコウモリはオジーも苦しんでいたし、生きてる鶏を食いちぎれるほど、俺達は成熟していない。……成熟っていうのか? まあ、いいや。
 なんだか懐かしい気分になってしまい、俺はミニハンバーグを口に放り込んだ。
「あっ、そうだ。栗林さん、甘いモノはお好きですか?」
 唐突になんだよ、と思わないでもなかったが、俺は
「まぁ、嫌いじゃねえけど。んだよ?」と答える。
「実はですねえ、近所のケーキ店、『ハッピールージュ』の割引券をもらったんです。私も頼んだ身ですし、有沙ちゃんの件のお礼として、一緒に行きませんか? おごりますよ」
「えーっ! いいなーいいなー! 俺も甘いの好きだし行きたいなー!」
「タムタム甘いの嫌いでしょ。っていうか、邪魔しないの」
 遠くでタムタムとナルシ―の声が聞こえる。時雨には聞こえていないらしく、ニコニコと笑ったまま、俺の返事を待っているようだ。
 放課後は、まあ別に暇だ。今日はバンド練もない。
「わかった。放課後、ケーキ屋だな」
 正直言うと、ケーキ屋とかそういう、いかにも女の子っぽい場所ってのは苦手なんだが、まあ、たまにはいいだろう。最近頭を使う事が増えて、甘いモノが恋しくなってきたことだしな。

  ■

 昼休みにそんな約束をして、放課後になった。
 なんとなく、俺から「約束したんだし、行こうぜ」と言うのは憚られ、机でぼんやりと待っていたら、時雨がちょこちょこと走ってきて、
「行きましょう、栗林さん」と言って、教室の出口を指さした。
「おう」
 鞄を持って立ち上がり、ナルシーとタムタムに「んじゃーな」と手を振る。ナルシ―は素直に手を振り返してくれたのだが、タムタムは中指を立ててファックサインを振っていた。
 俺はなんて言っていいかわからなかったので、とりあえず中指を立て返した。
 二人で廊下を歩き、昇降口に向かっている最中、もっと詳しく言えば、時雨が「栗林さんってどの探偵に近いタイプなんですかね?」という、それを俺にすんの? という、リアクションに困る話をしてきた。
 おごってもらう身で、「知るか」とぞんざいに返すのもどうなんだと思ったので、「ぴったりなのが見つかったら言ってくれ」と、毒にも薬にもならない返事をしたところで、突然野太い怒鳴り声が響いてきた。
「どーして無いんだ!? 朝、確かにここへ入れたんじゃないのか!」
 一言で事件だとわかる声だった。
「……なんでしょう?」
「さぁ……」
 俺と時雨は、声がした方へと足を向けた。
 どうやら、家庭科室から声がしているらしい。ドアの前に立ち、聞き耳を立てる。
「そのはずだよ? 蜜柑はちゃんと、朝ここに入れたよ?」
「でも無いじゃないか。どうなってるんだ!」
「そんな事言われてもぉ……」
 対極とも言える、野太く低い、千年樹を思わせる声と、細いガラス細工を思わせる声。なんかを無くしたとかで言い争いをしているらしい。
「誰かに盗まれたのか……? 誰だ、誰が盗んだんだ?」
 中には二人以外にもたくさんの人間がいるらしく、ざわついた。誰しもが、「俺じゃない」とか「私じゃない」とか言っているらしい。
「これは……。事件ですね、栗林さん!」
 目を輝かせる時雨。
 あ、ばっちり嫌な予感。
「お前な……。まさか、首を突っ込む気か?」
 時雨は返事をしてくれなかった。
 勢いよく家庭科室へと踏み込んで、
「お困りでしたら、名探偵の栗林さんと、助手の私がお助けします!」と大見得を切った。
 ……助手を名乗るなら、俺の意見もちょっとは訊いてほしい。
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