02.善悪選別ゲーム
「この世界には善なる魂と悪なる魂があり、我々天使はそれを選別するためにこの世界を作りました。――伝説とは少し違いますか? しかし、これが正伝なのです」
ミザリルは続ける。
「人間の魂というのは、我々の想像を超えて複雑でした。悪として地獄に落としたものが善で、善と読み招いた魂が悪……そんなことばかりを繰り返して、我々はほとほと嫌になりました。だから我々は、その天国へ行く権利を人間自身によって奪い合わせることにしたのです」
「馬鹿みたい」
「おお、数に逆らってはいけない。ここではあなた以外の全ての意思がこれを認めています。多勢に無勢、口の利き方には気をつけることです、錬」
「樹畑くん、怒っちゃ駄目」と月野が僕を引っ張った。
「あいつは、人を怒らせて楽しむ奴だから」
「心外ですね、ま、いいでしょう。――いずれにせよ、月野御影と黒崎秋都は〈善悪選別ゲーム〉に選ばれたのです。勝者には、わたしから天国へ向かうためのチケットを贈らせていただきます。素晴らしいあの匂い立つ楽園への片道切符を」
「僕は、月野の〈代打ち〉か」
「そうです。――美影、わたしは己の運命は自分の手で触るべきだと思いますが、どうもあなたの決意は固いらしい。その顔を見ればわかります。いいでしょう、それでは始めましょう。よろしいですか? ゲームのタイトルは――」
何も無かったテーブルに、虚空からパラパラと小さな破片が降り注いだ。
それは牌だった。
「――〈ダスト〉です」
僕と、秋都という少年は鏡合わせのように牌を手に取った。
真っ黒なそれには金色で「1」と数字が彫られていた。
「とても簡単なゲームです。二人とも、1から3までの数字の牌と、なんでもいいから漢字が書いてある牌を同じ種類で二枚、揃えてみてください」
「オーケー」と秋都が素直に従う。
「これでいいのか?」
アキトが作ったのは、123の数牌と、『戦』と彫られた漢字の牌が二枚だった。合計五枚。
123戦戦
僕が作ったのは、なんとなく7の牌が目についたので作った789の数牌と『闘』と彫られた字牌二枚。
789闘闘
ミザリルが僕の手を見る優しい眼差しからみて、間違ったことはしていないらしい。
「これが、完成の形です。いわゆる、〈アガリ〉ですね」
秋都が怪訝そうに説明を待っている。僕も同じ顔をしているのだろうか。
「これから色々私はルールを説明しますが……みなさんは最終的にこの形、この組み合わせを目指していけばいい、ということです」
「ふうん」
秋都は、パラパラと牌を弄んでいる。
「お二人にはバラバラの手牌から新しい牌を引いたり切ったりして、このアガリを目指してもらいます。難しいことはありません。簡単です。数牌は1から9までの牌がそれぞれ四枚。九種三十六枚あります。字牌は「悪」・「戦」・「苦」・「闘」がそれぞれ二枚ずつ、四種八枚です。ためしにやってみましょう」
数牌三十六枚と字牌八枚、合計四十四枚の牌が誰にも触れられずにくるくると渦を巻いて回転し、二段二十二枚の牌山になった。
「四枚とってください」
僕と秋都はいうとおりにした。月野は、固唾を飲んで僕を見ている。
手牌の内容は。
156戦
「表にしていいですよ。これは模擬ゲームですから」
そう言われても、自分の手を開けるのは、いい気がしない。
僕がモタモタしてるうちに、秋都が手を開けた。
122闘
「先攻後攻は適当に。が、いまは秋都からでいいでしょう。秋都、一枚牌を引いてください」
「あいよ」
二段にされた牌山から、秋都が一枚の牌を引き掴んで持ってきた。
彼が引いたのは、戦。
122闘戦
「これからアガリの形……三枚の数牌がストレートに並んでいる組み合わせと、字牌のセットを揃える。そういうことでいいかな?」
「はい。数字のセットと漢字のセット。これを作るのが、〈ダスト〉というゲーム。おおよそ、そういう認識で構いません」
壁の中を天使の顔が意味もなく這い回った。
「補足すれば、数字の組み合わせは123、789、という並びでもいいですが、555、などの同じ牌三枚でもオーケーです。……秋都、いらない牌を切ってみてください』
「ああ」
122闘戦から、秋都は戦を切った。
僕が一枚持っていて、もう残りはないからだ。字の書かれた牌は、各種二枚しかないと天使は言っていた。
『これで秋都の順は終わり。錬の番です』
僕は牌を引いた。4だった。
1456戦
ここは、すでに切れている戦牌を僕も捨てるしかない。
「残りの一枚は、字牌じゃなきゃ駄目なの」
「数字でも構いません。その手なら戦を切って、11456がアガリ形になります」
「わかった」
僕は戦を場に捨てた。手牌の前に、僕と秋都の捨て牌がボートのように浮かび並んでいる。
その後、秋都が1を引いた。打、闘。
1122
不思議な形になった。
数字の牌は各種四枚あるから、秋都は残り一枚の1か、牌山に眠っている二枚の2を引けばアガリらしい。
「さすがですね秋都。〈ゾーン〉に入っている錬にあっさり追いつくとは」
「ゾーン?」
「アガれる形になったことを、ゾーンに入る、と言うのです」
いろいろとルールがあるらしい。
その後、僕は2を引いた。1と2で、残り枚数は同じ。どちらを捨てても同じだ。
だから僕はそのまま2を捨てた。
「はい、〈竜〉」
「竜――竜ってなんだ?」
「このダストは、自分のアガリ牌を相手が捨ててもアガれるのです。さ、秋都。ロン、といってください」
「――ロン」
「秋都の勝ちですね。いかがでしたか、これで模擬戦はおしまいです」
僕は卓にさらされた、秋都のアガリをぼんやり眺めた。
不愉快だった。