放課後の狭い漫画研究同好会の部室に、またダイチの突拍子もない話が響いた。
「なあユウジ・・・さっきより夕日昇ってね?」
「んな、馬鹿なことがあるか」
「ホラだって・・・ッ」
ダイチは部室の1つだけある小さな窓の向こうの夕日を指差す。
「いや・・・さっきの夕日がどれぐらいの高さだったか見てなかったから如何せんピンとこないんだが・・・」
「でも、だって・・・さっきは太陽が、あの木の枝の・・・え~と・・・上から2本目と3本目の間から見えてたじゃん!」
そう言われて、おれも窓から太陽を見てみる。正直よくわからない。
「今、1本目と2本目の間じゃん!おかしいって!」
「ダイチのアイレベルがさっきと違うんじゃないか?」
「アイレベル?」
「お前、漫研のくせしてアイレベルも知らないのかよ!目の高さだよ!」
「だったら最初から、目の高さって言えよユウジ!なんだよ!アイレベルって!!」
「だから目の高さだって言ってるだろ!だいたいダイチ、また窓の外ばっか見て原稿描いてなかったんだろ!?」
おれはダイチの真っ白な原稿を指差さす。
「でも原稿どころじゃないだろ!?さっきより夕日が昇ってるんだぜ!!」
「夕日が昇るわけあるか!夕日はだんだん沈んでくから赤く見えるって今日理科の授業で言ってただろ!!」
「え?そうだっけ?」
ダイチは鳩が豆鉄砲くらったような顔をした。
「ダイチ、自我ってヤツは他のモノを認識する事ではじめて生まれるんだ。授業中、話も聞かずにボヤボヤボヤボヤしてたらお前は理科の時間という怪物に飲み込まれて、理科の時間が終わるまで死んでるのと同じなんだぞ!」
語気を荒げたおれにダイチはすぐ降参した。
「ごめん・・・」
おれはダイチに説明を続ける。
「いいか?可視光線っていうのは――文化によって認識は違うが日本では――①赤②橙③黄④緑⑤青⑥藍⑦紫の7種類!太陽光はその7色が混ざり合って日中は白く見える。でもその内の赤色光線は波長が長く一番遠くまで人間の目に届く色なんだ!だから昼間、我々の頭上にある全ての色が混ざった白い太陽が、夕方、沈むことによって――光が空気層を通過する距離も伸び――赤以外の可視光線は空気中のチリに邪魔され、我々に見える太陽は段々段々赤くなっていくんだ!」
「え?でも・・・朝、昇ってくる太陽は紫色じゃないぜ?」
ダイチはキョトンとしておれに尋ねる。おれはまたイライラしてきた。
「当たり前だ!朝も太陽が昇ることによって太陽光が空気層を通る距離も徐々に縮まっていき、赤色光線から順に人間の目に届くようになるんだから朝日も夕日と同じ赤色だ!」
「じゃあ昇っていく太陽も赤色でいいなら、今、赤い夕日が昇ってもおかしくないじゃん」
「は?」
呆気にとられたおれにダイチは言った。
「ユウジは今、夕日が赤いのに太陽が昇るのはおかしいって話からボクに赤色光線あーだこーだの話をしただろ?」
「ああ」
「だから、ボクは夕日が昇る時は他の色のなのかと思ったんだ」
そうやって自分を正当化するダイチにおれはまたムカムカした。
「そういう早とちりをするからお前は馬鹿なんだよ!」
「え?でも太陽が昇る時の色も沈む時の色も同じなら、そもそも『太陽が沈むから夕日が赤くなる』って話は、ボクに『太陽が昇るわけない』って分からせたい時にする説明だとしたら、そりゃ、意味がないんじゃないか?話をはぐらかそうとしてるならともかく」
「・・・・・・」
おれはダイチのこういう所が大嫌いだ。
沈むからあの夕日も赤い。おれはまたそう思うことで他を認識する事で自我を確認した。
夕日が沈めばおれは家に帰れるし、こんな馬鹿とも今日の所はオサラバできる。
そんな事を考えながらおれはまた漫画を黙々と描く。
でも今日はやけに原稿が進まない。きっとダイチみたいな馬鹿と話してたからだ・・・。
「あッ!また夕日が枝の2本目と3本目の間にきた!」
おれ、ダイチを無視。
しばらくして、放課後の狭い漫画研究同好会の部室に、またダイチの突拍子もない話が響いた。
「なあユウジ・・・さっきより夕日昇ってね?」
おれ、ダイチを無視。
沈むから夕日は赤い。夕日が沈めばおれは家に帰れるし、こんな馬鹿とも今日の所はオサラバできる。
おれはまた漫画を黙々と描く。ダイチとおれは大違い。
「あッ!また夕日が枝の2本目と3本目の間にきた!」
また部室にダイチの突拍子もない話が響いた。
「なあユウジ・・・さっきより夕日昇ってね?」
沈むから夕日は赤い。夕日が沈めばおれは家に帰れるし、こんな馬鹿とも今日の所はオサラバできる。
「あッ!また夕日が枝の2本目と3本目の間にきた!」
部室にダイチの話が響く。
「なあユウジ・・・さっきより夕日昇ってね?」
沈むから夕日は赤い。
部室にダイチの話が響く。
沈むから夕日は赤い。
部室にダイチの話が響く。
部室にダイチの話が響く。
部室にダイチの話が響く。
部室にダイチの話が響く。
部室にダイチの話が響く。
部室にダイチの話が響く・・・・・