第五話 与能力(ゴッドブレス)
「どうしてもだめか?」
「アーエル様、あきらめてください。決まりは決まりですので」
まるで空に向けて話しているような構図。ボクは上を向き、その視線の
先にいる巨大天使、メタトロンに話しかけていた。
「入れてくれないか、メタトロン。ボクは神様に用があるんだ」
「入れるわけにはいきません。この部屋の中に入れるのは神様と招待を受
けたもののみ。いくらアーエル様とはいえ中に通すわけにはいきません」
メタトロンとの押し問答。くそ、計画が甘かった。考えてみれば当たり
前じゃないか。もはや神候補ですらなくなった一介の天使にどうして神様
が会ってくれるというのだ。自分の馬鹿さ加減に腹が立つ。
自暴自棄になって立てた計画。その粗が始まってすらいないこの段階で
ボクに立ちふさがる。頭が痛くなってくる。
「なら、僕が呼んだことにすれば入れるんだよね?」
「!? オーエル」
振り向くとそこにはなぜかオーエルの姿が……いや、オーエルは神に成
る存在なんだ。神の社に出入りしていても不思議ではないか。
「オーエル様がそれでいいというのなら、私にはアーエル様を止めるすべは
ありません」
「ありがとう、メタトロン。アーエル兄さん、じゃあ入ろうよ」
「あ、ああ」
オーエルに促されるまま社の中へと入っていく。それにしてもタイミン
グが良すぎやしないか? もしかして。
「今のこと、予知夢で見たのか?」
「違うよ。たまたま通りかかっただけ。でも、たまたま通りかかってよかっ
たよ。兄さんの役に立てたんだから」
「……」
屈託のないオーエルの笑顔……どうしてそんな笑顔をボクに向けられる?
ボクにはそれを受け取る資格なんてない。すべて壊そうとしているんだぞ。
拭いきれない違和感にボクは前を行くオーエルの背を見つめる。
オーエルはボクの考えに気付いているんじゃないのか? 疑心に心が埋も
れていく。
「大丈夫、僕は兄さんの味方ですから」
「!」
心を読まれた? オーエルの言葉にボクは震える。そんな力、オーエルには
なかったはず……隠していた? いや、神に選ばれて新たに能力を得たのか。
広がる不安。けれど、だとしてももうここまで来ては立ち止まれない。
オーエルが何を視ているのか知らないがボクの歩みは止まらない。
「そういえば」
何やら懐に手を入れ何かを探し始めるオーエル。その手が止まるとオー
エルは顔を上げる。
「これ、洗濯に出された制服のポケットに入ったままだったらしいですよ。
中身はチョコレート。誰かからのもらい物ですか?」
オーエルの手に握られていたのはチョコレートの箱。制服の中から出て
きた? ああ、そういえばハミエルから何かもらったんだっけ。
「ああ、ごめん。忘れていたよ」
「食べ物も、人からの好意も粗末にしていてはだめですよ」
「……ああ、そうだな。気を付けるよ、ありがとう」
ボクはオーエルから包装の解かれたチョコレートの箱を受け取るとそれを
ポケットへと入れる。それにしてもボクとしたことが人からもらったものを
ポケットに入れていたことを忘れていたとは。危うく制服を汚してしまう
ところだった。
とは言え、もうその制服もボクには必要ないわけだが。
「では、兄さん。僕は別の用事がありますからここで」
「ああ。ありがとな、オーエル」
「だから、何度も言わせないでくださいよ。僕はアーエル兄さんの味方で
すから、いつでも頼ってくださいね」
明らかに以前とは変わったオーエルの雰囲気。これも神に選ばれた影響
なのだろう。自信なき故、気弱だったオーエルの姿はそこにはなく、今ある
のは聡明で優しい天使の姿。ハンディキャップを取りはらった、これがオー
エルの本当の姿なのだろう。
ボクはオーエルと別れ奥へと進む。オーエルの変化をみる限り、ウーエル
も何かしら変化しているのだろうか。ウーエルは、あれはあれで面白かっ
たから変わらないでいてほしいものだ。そしてボクも……ああ、また考え
る。考えたところで何も生まれないとわかっているのに。
こんな揺れる心で神に対することなどできるものか。ボクは息を大きく
吸うと大きく一歩を踏み出した。
「アーエル様、あきらめてください。決まりは決まりですので」
まるで空に向けて話しているような構図。ボクは上を向き、その視線の
先にいる巨大天使、メタトロンに話しかけていた。
「入れてくれないか、メタトロン。ボクは神様に用があるんだ」
「入れるわけにはいきません。この部屋の中に入れるのは神様と招待を受
けたもののみ。いくらアーエル様とはいえ中に通すわけにはいきません」
メタトロンとの押し問答。くそ、計画が甘かった。考えてみれば当たり
前じゃないか。もはや神候補ですらなくなった一介の天使にどうして神様
が会ってくれるというのだ。自分の馬鹿さ加減に腹が立つ。
自暴自棄になって立てた計画。その粗が始まってすらいないこの段階で
ボクに立ちふさがる。頭が痛くなってくる。
「なら、僕が呼んだことにすれば入れるんだよね?」
「!? オーエル」
振り向くとそこにはなぜかオーエルの姿が……いや、オーエルは神に成
る存在なんだ。神の社に出入りしていても不思議ではないか。
「オーエル様がそれでいいというのなら、私にはアーエル様を止めるすべは
ありません」
「ありがとう、メタトロン。アーエル兄さん、じゃあ入ろうよ」
「あ、ああ」
オーエルに促されるまま社の中へと入っていく。それにしてもタイミン
グが良すぎやしないか? もしかして。
「今のこと、予知夢で見たのか?」
「違うよ。たまたま通りかかっただけ。でも、たまたま通りかかってよかっ
たよ。兄さんの役に立てたんだから」
「……」
屈託のないオーエルの笑顔……どうしてそんな笑顔をボクに向けられる?
ボクにはそれを受け取る資格なんてない。すべて壊そうとしているんだぞ。
拭いきれない違和感にボクは前を行くオーエルの背を見つめる。
オーエルはボクの考えに気付いているんじゃないのか? 疑心に心が埋も
れていく。
「大丈夫、僕は兄さんの味方ですから」
「!」
心を読まれた? オーエルの言葉にボクは震える。そんな力、オーエルには
なかったはず……隠していた? いや、神に選ばれて新たに能力を得たのか。
広がる不安。けれど、だとしてももうここまで来ては立ち止まれない。
オーエルが何を視ているのか知らないがボクの歩みは止まらない。
「そういえば」
何やら懐に手を入れ何かを探し始めるオーエル。その手が止まるとオー
エルは顔を上げる。
「これ、洗濯に出された制服のポケットに入ったままだったらしいですよ。
中身はチョコレート。誰かからのもらい物ですか?」
オーエルの手に握られていたのはチョコレートの箱。制服の中から出て
きた? ああ、そういえばハミエルから何かもらったんだっけ。
「ああ、ごめん。忘れていたよ」
「食べ物も、人からの好意も粗末にしていてはだめですよ」
「……ああ、そうだな。気を付けるよ、ありがとう」
ボクはオーエルから包装の解かれたチョコレートの箱を受け取るとそれを
ポケットへと入れる。それにしてもボクとしたことが人からもらったものを
ポケットに入れていたことを忘れていたとは。危うく制服を汚してしまう
ところだった。
とは言え、もうその制服もボクには必要ないわけだが。
「では、兄さん。僕は別の用事がありますからここで」
「ああ。ありがとな、オーエル」
「だから、何度も言わせないでくださいよ。僕はアーエル兄さんの味方で
すから、いつでも頼ってくださいね」
明らかに以前とは変わったオーエルの雰囲気。これも神に選ばれた影響
なのだろう。自信なき故、気弱だったオーエルの姿はそこにはなく、今ある
のは聡明で優しい天使の姿。ハンディキャップを取りはらった、これがオー
エルの本当の姿なのだろう。
ボクはオーエルと別れ奥へと進む。オーエルの変化をみる限り、ウーエル
も何かしら変化しているのだろうか。ウーエルは、あれはあれで面白かっ
たから変わらないでいてほしいものだ。そしてボクも……ああ、また考え
る。考えたところで何も生まれないとわかっているのに。
こんな揺れる心で神に対することなどできるものか。ボクは息を大きく
吸うと大きく一歩を踏み出した。
**
神への復讐、天界への報復。選ばれなかった憎悪、選ばれたものへの嫉
妬。当然褒められた計画ではない。計画が成せたとして残るものは何もな
い。これはボクの私怨。けれど、だからこそ成したいのだ。自分と言う存
在に見切りをつけるために。
眼前には神の間の扉。めぐる思考は落ち着きなく頭の中をかき乱す。落
ち着け、ゆっくりと深呼吸。
こんな状態では上手くいくものも立ち行かなくなるというもの。ボクは
頭の中で今一度計画を思い起こす。
神には『全能』というすべての事象をつかさどる能力が宿っている。そ
れにより神はどんなことでも成すことができるのだ。
そして全能の中でも特に重要な能力が3つ。『全知』『天罰』『創造』
である。
現在までのすべてを認識する『全知』
他者へのあらゆる介入を可能とする『天罰』
自らの一部を贄に万物を生み出す『創造』
これらにより神は世界を生み出し、知り、治めている。神を完全足らし
める全能。本来ボクが恨み、羨むべき対象であるのだが今回はこの全能を
利用する。
神の性格上、ボクが神の座をあきらめサポートに徹するとして現れれば
ボクのことを無下にはしないはず。そこで交換条件として頼みごとを一つ
する、『ボクに神の能力を少し分けてください』と。
万物を生み出す創造と、他者へ介入できる天罰。その能力二つを組み合
わせ行われるのが継承の儀である。神に任命されてから一月をかけて全能
のすべてを受け渡す継承の儀。その能力の一部をボクがもらおうというの
だ……自分で考えてなんだけれど、言葉にしてみるとめちゃくちゃな計画
だ。
だが、成功する可能性が無いわけではない。神からしてみれば無数にあ
る能力の中から一つを渡すと言う条件で物事がうまく運ぶのなら無駄を嫌
う神のこと、案外すんなり能力を渡してくれるかもしれない……と、そん
なすんなりうまくいけばいいのだがおそらく全知の能力がある神にはボク
の計画は通じない。ではどうするか、手に入らないのなら盗んでしまえば
いい。継承の儀への同席を交渉するのだ。
神もボクの頼みを直前に断っている以上、続けては断りづらいはず。そ
して継承への同席が許されればあとは隙を突き継承中の能力を奪うだけだ。
そして、能力を奪うということはボクにとって能力を手に入れる以上の
意味を持つ。それは逃走手段である。
もともと神は肉体を持つ生物だった。それが感情の一部と肉体を捨て神
と言う絶対の存在になったのである。捨てた感情は天使となり、そして捨
てた肉体は能力へと姿を変えた。つまり全能とは元は神の血肉であったの
だ。
能力を与えられるということはひいては受肉を意味するのである。肉体を
持つ者は全能を持つ神を除き思念で構成される天界に存在することはでき
ない。つまり、能力を受けた時点でボクは天界以外の場所、つまりは下界へ
飛ばされることになる。そしてそれがボクの目的。得た能力を使い下界の
人々を統制するのだ。
神の能力は強大。そのごく一部であったとしても下界に住む生物にとっ
ては絶対的な力。そしてその力を使い下界を恐怖に陥れる。恐怖に駆られ
た思念は天界を覆い、そして強すぎる負の感情は天界のすべてを腐敗させ
る。これが復讐、これが報復。
たとえ下界に逃げたボクに神様が手を下そうとしても多くの感情が欠け
た神が下界に降り立とうものなら下界のあらゆる思念が神に引き寄せられ
下界は壊滅する。つまり神は直接ボクに手を出すことはできない。ほかの
天使も同様だ。力を持たない天使など下界の生物と同じ、力を持つボクの
敵ではない。後警戒すべきはウーエル、オーエルと神の能力の一部を貰い
受けた『能天使』達のみ。だが彼らもすぐに下界に降りることはできない。
なぜならウーエル、オーエルはまだ継承の途中であり存在が安定してい
ない。そんな状態で多くの思念がひしめき合う下界に降りようものなら確
実にその存在は霧散してしまうだろう。そして『能天使』達。彼らは神の
補佐をするために能力を与えられたわけであるが、彼らが能力を貰い受け
る際ある契約をしている。
それは
『神に逆らわないこと』
そして
『神の傍から離れないこと』
この契約がある限り彼らは下界に降りることはできないのである。つま
りボクの計画を阻止できるとすれば継承の儀を終えたウーエル達のみ。け
れどもそれまで一月の間がある。それだけの時間があれば計画を成すこと
も容易であろう。そうなれば天界の崩壊は免れない……
天界の崩壊。それは天界に由来するすべてのものの消滅を意味する。そ
れはもちろん、天界に住む神や天使、そしてボクもである。
だがそれでいいのだ。ボクを捨てた世界と世界に捨てられたボク。ボクは
世界を、そしてそれと同じぐらいボク自身も憎いのである。
すべての崩壊。それこそがボクの望み。すべてを失ったボクが最後に見
る夢。
ボクは眠るようにゆっくりと沸き立つ感情を殺す。光の消えたボクの目
に、もはや迷いの色はなかった。
神への復讐、天界への報復。選ばれなかった憎悪、選ばれたものへの嫉
妬。当然褒められた計画ではない。計画が成せたとして残るものは何もな
い。これはボクの私怨。けれど、だからこそ成したいのだ。自分と言う存
在に見切りをつけるために。
眼前には神の間の扉。めぐる思考は落ち着きなく頭の中をかき乱す。落
ち着け、ゆっくりと深呼吸。
こんな状態では上手くいくものも立ち行かなくなるというもの。ボクは
頭の中で今一度計画を思い起こす。
神には『全能』というすべての事象をつかさどる能力が宿っている。そ
れにより神はどんなことでも成すことができるのだ。
そして全能の中でも特に重要な能力が3つ。『全知』『天罰』『創造』
である。
現在までのすべてを認識する『全知』
他者へのあらゆる介入を可能とする『天罰』
自らの一部を贄に万物を生み出す『創造』
これらにより神は世界を生み出し、知り、治めている。神を完全足らし
める全能。本来ボクが恨み、羨むべき対象であるのだが今回はこの全能を
利用する。
神の性格上、ボクが神の座をあきらめサポートに徹するとして現れれば
ボクのことを無下にはしないはず。そこで交換条件として頼みごとを一つ
する、『ボクに神の能力を少し分けてください』と。
万物を生み出す創造と、他者へ介入できる天罰。その能力二つを組み合
わせ行われるのが継承の儀である。神に任命されてから一月をかけて全能
のすべてを受け渡す継承の儀。その能力の一部をボクがもらおうというの
だ……自分で考えてなんだけれど、言葉にしてみるとめちゃくちゃな計画
だ。
だが、成功する可能性が無いわけではない。神からしてみれば無数にあ
る能力の中から一つを渡すと言う条件で物事がうまく運ぶのなら無駄を嫌
う神のこと、案外すんなり能力を渡してくれるかもしれない……と、そん
なすんなりうまくいけばいいのだがおそらく全知の能力がある神にはボク
の計画は通じない。ではどうするか、手に入らないのなら盗んでしまえば
いい。継承の儀への同席を交渉するのだ。
神もボクの頼みを直前に断っている以上、続けては断りづらいはず。そ
して継承への同席が許されればあとは隙を突き継承中の能力を奪うだけだ。
そして、能力を奪うということはボクにとって能力を手に入れる以上の
意味を持つ。それは逃走手段である。
もともと神は肉体を持つ生物だった。それが感情の一部と肉体を捨て神
と言う絶対の存在になったのである。捨てた感情は天使となり、そして捨
てた肉体は能力へと姿を変えた。つまり全能とは元は神の血肉であったの
だ。
能力を与えられるということはひいては受肉を意味するのである。肉体を
持つ者は全能を持つ神を除き思念で構成される天界に存在することはでき
ない。つまり、能力を受けた時点でボクは天界以外の場所、つまりは下界へ
飛ばされることになる。そしてそれがボクの目的。得た能力を使い下界の
人々を統制するのだ。
神の能力は強大。そのごく一部であったとしても下界に住む生物にとっ
ては絶対的な力。そしてその力を使い下界を恐怖に陥れる。恐怖に駆られ
た思念は天界を覆い、そして強すぎる負の感情は天界のすべてを腐敗させ
る。これが復讐、これが報復。
たとえ下界に逃げたボクに神様が手を下そうとしても多くの感情が欠け
た神が下界に降り立とうものなら下界のあらゆる思念が神に引き寄せられ
下界は壊滅する。つまり神は直接ボクに手を出すことはできない。ほかの
天使も同様だ。力を持たない天使など下界の生物と同じ、力を持つボクの
敵ではない。後警戒すべきはウーエル、オーエルと神の能力の一部を貰い
受けた『能天使』達のみ。だが彼らもすぐに下界に降りることはできない。
なぜならウーエル、オーエルはまだ継承の途中であり存在が安定してい
ない。そんな状態で多くの思念がひしめき合う下界に降りようものなら確
実にその存在は霧散してしまうだろう。そして『能天使』達。彼らは神の
補佐をするために能力を与えられたわけであるが、彼らが能力を貰い受け
る際ある契約をしている。
それは
『神に逆らわないこと』
そして
『神の傍から離れないこと』
この契約がある限り彼らは下界に降りることはできないのである。つま
りボクの計画を阻止できるとすれば継承の儀を終えたウーエル達のみ。け
れどもそれまで一月の間がある。それだけの時間があれば計画を成すこと
も容易であろう。そうなれば天界の崩壊は免れない……
天界の崩壊。それは天界に由来するすべてのものの消滅を意味する。そ
れはもちろん、天界に住む神や天使、そしてボクもである。
だがそれでいいのだ。ボクを捨てた世界と世界に捨てられたボク。ボクは
世界を、そしてそれと同じぐらいボク自身も憎いのである。
すべての崩壊。それこそがボクの望み。すべてを失ったボクが最後に見
る夢。
ボクは眠るようにゆっくりと沸き立つ感情を殺す。光の消えたボクの目
に、もはや迷いの色はなかった。
**
「おお、よく来たな、アーエル」
神の社の最奥、継承の間に神の声が響く。相変わらずのフランクな話口
調は、けれども今日はその背後に威厳が見て取れる。神にとってそれだけ
この継承の間とは重要な部屋なのである。ボクの頬に汗が伝う。
部屋に入ってから経過した時間はわずか数秒。けれども部屋に張り詰める
緊迫感はボクの時間感覚を引き延ばす。神が浮かべる笑み。その優しい笑
みは、けれどもボクの心から容赦なく平静を削り取っていく。
勝手に焦るな、落ち着け。息をし呼吸を整えようとするも視界に映る神
の尊大な姿。心は震えて奮い立たず、ボクはゆっくり萎れていく。
「神様、お目通りをお許しいただきありがとうございます」
冷静さをかき集め物言うボクだったが震える声。精いっぱいの笑顔を返す
ボクは目を神からそむけてしまう。
「ははは、だからいつも言っているだろう。そう堅くなるなと。息子が親に
気兼ねすることはないんだぞ」
「……わかりました」
いつも以上に下手に出るボク。ヘタな行動に出れば怪しまれる恐れがあ
るもののこれから頼みごとをするのだ。へりくだらない方が不自然と言う
もの。
「今日はやけにしおらしいな。やはり神に選ばなかったことが……」
「いえ、そうではないのです。そのことについては確かにショックでした。
神に選ばれたのは弟たち。ボクじゃなかった。でも、決めたんです。これ
からは神を、弟たちを支えていく側に回ろうと。今までボクは周りの天使
たちに助けられてここまで生きてきました。これからはボクがその恩を返
す番。恩を返すには神になることが必要だと考えていたのです。けれど、
その必要はなかった。身分や能力は関係ない。大事なのはボクの行動次第。
感謝の気持ち、それが一番大切なのだと分かったのです」
「……おいおい、アーエルよ。神に選ばれなかったショックで精神に異常
でもきたしたんではなかろうな。今の言動、普段の沈着なお前とはかけ離
れすぎてはいないか?」
「いえ、これがボクの素の姿です。恩を返す手段として神になることを目
指していたためボクはいままで偽りの姿を演じてきました。けれど、もう
その必要がなくなりました。神様。これからボクは心を入れ替え誠心誠意
皆のために尽くしていく所存です。ですからボクのことは心配しなくても
大丈夫です。ボクは皆とともにやっていこう。そういう決意をしましたか
ら」
ボクの言。神には届いただろうか。
嘘八百並べただけ、そこには感情など欠片も乗ってはいない。当然そん
な言葉が神に届くはずもなく、神はうつむいてしまう。
だが、これでいい。疑われてこそ次の提案が勘ぐられずに済むというも
の。
「……いよいよ様子がおかしいな、アーエルよ。生物の性根など一朝一夕
で変わるものではない。ましてや思念より構成される天使ではなおさらの
こと。胸中に何かあるのならば言うて見るがよい。何度も言うようだが遠
慮はいらぬぞ。お前の身が心配なだけなのだ」
「やはり、ボクは神様、あなたからあまり信用されていなかったようです
ね。それはそうでしょう、なにせ私を神に選ばなかったのだから」
「いや、それは違うぞ」
「でしたら、その証を。ボクが納得するような証……神様の持つ全能の一
部でいいのです。それをボクにいただけないでしょうか」
ボクはここで言葉を切る。とうとう言ってしまった。これでもう、完全
に背後の道は閉ざされた。あとは神の懐に切り込んでいくほか選択肢は消
えた。
神をめざし完全を良しとして以来、未知なことは避け、無謀なことからは
逃げてきた。ゆえにこんな無茶な賭け、成功するヴィジョンなど見えよう
はずもない。
「なるほど、それが本来の目的か。だが、いいのか? 能力を手にするとい
うことは天界での生活を捨てることと同義。それではほかの天使を支える
ことなどできないのではないか?」
「ええ……ええっ?????」
なにか話の流れがおかしくないか? 神はなぜボクの提案に乗り気でいる
のだ? ああ、そうか。頼みを受けるふりをして説得、うまくボクのことを
あしらうつもりなんだな。それならこちらもとことん拝み倒せばいいとい
うもの。そうすれば神もいつかはあきらめ断ってくるはず。そこで本命の
願いを通せばいい。
「ボクは天界の平穏を望みます。下界の思想は天界に大きく影響します。
そのため下界にも天界側の者がいた方が何かと都合がいいのでは? でも、
それにはある程度力が要ります。ですからボクは力を望みます。下界に
常駐するということは皆を支えることにつながります。そして、神様から
力を与えられたならボクは神様から信頼されているということにもなりま
す……神様、お願いです。どうかボクに力をお与えください!!」
これでもかと言うぐらい詰め込む繕った言葉。神の目を見つめ言い放つ。
「なるほど。やはりアーエル、考えがあっての提案か。聞く限り能力を与
えることの必然性は感じられなかったが……お前の思いに答えないわけに
もいかないか」
神はおもむろに立ち上がる、って、あれ? いよいよ流れがおかしいぞ。
これではまるで……
「ここは継承の間。場所もうってつけだ。アーエル、お前を神に選ばない
ことを決めたとき、何かしてあげることができないかと考えていたのだ。
それゆえに頼ってくれたこと、うれしく思うぞ」
「えっ、神様?」
あっけにとられるボクの前で、神はその開いた手掌から光を生む。淡く
小さな光、けれどもそれは脈打つように、徐々に徐々に強さを増していく。
「|与能力《ゴッドブレス》」
光は視界を覆い、熱が縮こまった体をとかすように光が全身に満ち溢れ
ていく。
「あっ、ああ?」
全身が崩れていく。熱い、全身が焼かれるように。苦しい、体の中がき
しみ、歪み、ねじれていく。重い、地面へと押しつけられうずもれていく
ような感覚。痛い、かゆい、溢れ出してくる不快感。全身をめぐり始めた
感覚が脳を襲う。
「があああああ」
「アーエル、痛みは一瞬だ。目覚めたのちに見る世界は全く新しいもので
あろう」
神の声に頭が叫ぶ。駄目だ、体が裂けるかのように正中線に走る痛み。
「新たな世界。それはお前にとってかけがえのないものとなる」
沈む、限界を突き抜けた神経はのた打ち回り錐もみ状に落ちていく。
「全力で生きて見せよ。お前に与えた力はお前を導いていくだろう。これ
から待ち受ける物には辛き困難も存在する。だが、忘れるな。お前を思う
者たちがこの世界にはいるということを」
沈んだ体、沈みゆく意識。 神の声が遠のいていく。
「頑張れよ、アーエル」
ボクは世界に別れを告げる暇もなく、静かに静かに沈んでいった。
「おお、よく来たな、アーエル」
神の社の最奥、継承の間に神の声が響く。相変わらずのフランクな話口
調は、けれども今日はその背後に威厳が見て取れる。神にとってそれだけ
この継承の間とは重要な部屋なのである。ボクの頬に汗が伝う。
部屋に入ってから経過した時間はわずか数秒。けれども部屋に張り詰める
緊迫感はボクの時間感覚を引き延ばす。神が浮かべる笑み。その優しい笑
みは、けれどもボクの心から容赦なく平静を削り取っていく。
勝手に焦るな、落ち着け。息をし呼吸を整えようとするも視界に映る神
の尊大な姿。心は震えて奮い立たず、ボクはゆっくり萎れていく。
「神様、お目通りをお許しいただきありがとうございます」
冷静さをかき集め物言うボクだったが震える声。精いっぱいの笑顔を返す
ボクは目を神からそむけてしまう。
「ははは、だからいつも言っているだろう。そう堅くなるなと。息子が親に
気兼ねすることはないんだぞ」
「……わかりました」
いつも以上に下手に出るボク。ヘタな行動に出れば怪しまれる恐れがあ
るもののこれから頼みごとをするのだ。へりくだらない方が不自然と言う
もの。
「今日はやけにしおらしいな。やはり神に選ばなかったことが……」
「いえ、そうではないのです。そのことについては確かにショックでした。
神に選ばれたのは弟たち。ボクじゃなかった。でも、決めたんです。これ
からは神を、弟たちを支えていく側に回ろうと。今までボクは周りの天使
たちに助けられてここまで生きてきました。これからはボクがその恩を返
す番。恩を返すには神になることが必要だと考えていたのです。けれど、
その必要はなかった。身分や能力は関係ない。大事なのはボクの行動次第。
感謝の気持ち、それが一番大切なのだと分かったのです」
「……おいおい、アーエルよ。神に選ばれなかったショックで精神に異常
でもきたしたんではなかろうな。今の言動、普段の沈着なお前とはかけ離
れすぎてはいないか?」
「いえ、これがボクの素の姿です。恩を返す手段として神になることを目
指していたためボクはいままで偽りの姿を演じてきました。けれど、もう
その必要がなくなりました。神様。これからボクは心を入れ替え誠心誠意
皆のために尽くしていく所存です。ですからボクのことは心配しなくても
大丈夫です。ボクは皆とともにやっていこう。そういう決意をしましたか
ら」
ボクの言。神には届いただろうか。
嘘八百並べただけ、そこには感情など欠片も乗ってはいない。当然そん
な言葉が神に届くはずもなく、神はうつむいてしまう。
だが、これでいい。疑われてこそ次の提案が勘ぐられずに済むというも
の。
「……いよいよ様子がおかしいな、アーエルよ。生物の性根など一朝一夕
で変わるものではない。ましてや思念より構成される天使ではなおさらの
こと。胸中に何かあるのならば言うて見るがよい。何度も言うようだが遠
慮はいらぬぞ。お前の身が心配なだけなのだ」
「やはり、ボクは神様、あなたからあまり信用されていなかったようです
ね。それはそうでしょう、なにせ私を神に選ばなかったのだから」
「いや、それは違うぞ」
「でしたら、その証を。ボクが納得するような証……神様の持つ全能の一
部でいいのです。それをボクにいただけないでしょうか」
ボクはここで言葉を切る。とうとう言ってしまった。これでもう、完全
に背後の道は閉ざされた。あとは神の懐に切り込んでいくほか選択肢は消
えた。
神をめざし完全を良しとして以来、未知なことは避け、無謀なことからは
逃げてきた。ゆえにこんな無茶な賭け、成功するヴィジョンなど見えよう
はずもない。
「なるほど、それが本来の目的か。だが、いいのか? 能力を手にするとい
うことは天界での生活を捨てることと同義。それではほかの天使を支える
ことなどできないのではないか?」
「ええ……ええっ?????」
なにか話の流れがおかしくないか? 神はなぜボクの提案に乗り気でいる
のだ? ああ、そうか。頼みを受けるふりをして説得、うまくボクのことを
あしらうつもりなんだな。それならこちらもとことん拝み倒せばいいとい
うもの。そうすれば神もいつかはあきらめ断ってくるはず。そこで本命の
願いを通せばいい。
「ボクは天界の平穏を望みます。下界の思想は天界に大きく影響します。
そのため下界にも天界側の者がいた方が何かと都合がいいのでは? でも、
それにはある程度力が要ります。ですからボクは力を望みます。下界に
常駐するということは皆を支えることにつながります。そして、神様から
力を与えられたならボクは神様から信頼されているということにもなりま
す……神様、お願いです。どうかボクに力をお与えください!!」
これでもかと言うぐらい詰め込む繕った言葉。神の目を見つめ言い放つ。
「なるほど。やはりアーエル、考えがあっての提案か。聞く限り能力を与
えることの必然性は感じられなかったが……お前の思いに答えないわけに
もいかないか」
神はおもむろに立ち上がる、って、あれ? いよいよ流れがおかしいぞ。
これではまるで……
「ここは継承の間。場所もうってつけだ。アーエル、お前を神に選ばない
ことを決めたとき、何かしてあげることができないかと考えていたのだ。
それゆえに頼ってくれたこと、うれしく思うぞ」
「えっ、神様?」
あっけにとられるボクの前で、神はその開いた手掌から光を生む。淡く
小さな光、けれどもそれは脈打つように、徐々に徐々に強さを増していく。
「|与能力《ゴッドブレス》」
光は視界を覆い、熱が縮こまった体をとかすように光が全身に満ち溢れ
ていく。
「あっ、ああ?」
全身が崩れていく。熱い、全身が焼かれるように。苦しい、体の中がき
しみ、歪み、ねじれていく。重い、地面へと押しつけられうずもれていく
ような感覚。痛い、かゆい、溢れ出してくる不快感。全身をめぐり始めた
感覚が脳を襲う。
「があああああ」
「アーエル、痛みは一瞬だ。目覚めたのちに見る世界は全く新しいもので
あろう」
神の声に頭が叫ぶ。駄目だ、体が裂けるかのように正中線に走る痛み。
「新たな世界。それはお前にとってかけがえのないものとなる」
沈む、限界を突き抜けた神経はのた打ち回り錐もみ状に落ちていく。
「全力で生きて見せよ。お前に与えた力はお前を導いていくだろう。これ
から待ち受ける物には辛き困難も存在する。だが、忘れるな。お前を思う
者たちがこの世界にはいるということを」
沈んだ体、沈みゆく意識。 神の声が遠のいていく。
「頑張れよ、アーエル」
ボクは世界に別れを告げる暇もなく、静かに静かに沈んでいった。