プロローグ
誰かの所為にすること、何かの所為にすること。
それに悦楽を憶えてしまっては、元も子もないのだ。
けれどもそれが人間の悲しいサガかな、誰だって今の自分の境遇や状況、そのプロセスに理由を付けたがるのだ。
『これこれこうだから仕方がない』と、免罪符を探している。
誰かの所為にすることを恐れ、総てを自分の所為にする人間だって同じだ。
何と烏滸がましい、きっと自分のことしか考えていないのだな。
世界の中心にでもいるつもりなのだろうか。
ああ、なんと醜いことだろう。
これだから私は人間が嫌いなのだ。
自分のことしか考えずに目先の快楽に堕ち、他人を都合よく利用する。
そんなことだからすぐに免罪符を探したがるのだ、馬鹿モノめが。
だがしかし、そんな人間どもを利用しないと食っていけないのが私のサガだ。
…そんなに憐れんだ視線を向けないでくれ、死神にもいろいろあるのだよ。
***
「どうだ、痛いか」
「あー、痛いっス」
「痛かったら、もっと声を上げても良いんだぞ」
「んんー、痛い痛い」
「…なんだ、つまらんな。もっとノッてくれると思ったのだが」
泣く子も眠る昼下がり。
お昼寝の時間である保育園は、数十分前とは打って変わって物静かである。
そこに似つかわしくない人影がふたり。
一人は、黒い髪を高く結い上げ黒い服を身に着けた小娘。
女性としては小柄だが、少女と呼ぶには少しばかり『かわいくない』。
口調は男勝りで、これまた『かわいくない』小娘である。
もう一人は、ひょろりと背の高い青年だ。
笑っているのかいないのか、キツネのように細まった目が特徴的である。
服装はゆったりとしたモノを好むのか、ラフすぎて肩が見えている。
「しかし、お前の頭が痛いということは。やはりここにいるのか」
「まあ、この保育園にいるってことは分かってましたからねぇ」
「なんでこう、こんな回りくどいコトをしなきゃいけないのだろうな。いいじゃないか、普通の人間には見えないんだから堂々とエモノの所に行けば」
「ダメですって…特に子供は稀にボクたちのこと認識しちゃうんッスからね。それにツッコさんコワイから泣かれちゃうっス」
「コワイって何だコワイって!!コワくないぞ、私はとても優しいぞ!!」
「ハイハイ」
「人をあしらうなポンの助!!」
「どうしてもその名前じゃないとダメっスか…」
「ポンの助はポンの助だろう、ポンの助」
「まぁ、ツッコさんがいいならいいっスけどね」
保育園の屋根の上でそんな会話を交わす二人の関係は、主と所有物であった。
死神であるツッコと、その所有物のポンの助。
ポンの助はこうしてヒトの形を取っているが、本来は鎌である。
そうだ、死神がよく持っている、アレ。
時代はファッション性と利便性にニーズを移したのだ、従来のような大きな鎌を持つ死神は減ってしまった。
特にツッコのような部署に配属された死神には、大きな鎌を持つ威厳などは必要ない。
「…ったくさ。死神のクセに『人間の命を救うこと』が仕事なんてさぁ。やんなっちまうよな」
「まぁ、ボクは逆に面白いと思いますけど?」
「そういうものなのか」
「そう思った方が楽しいっス」
定められた終わりではない死を迎えてしまう人間の命を救うこと。
それが、ツッコの仕事である。
つづく