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第2話 対面

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『改めまして、賀茂康成と申す者です。
 このたびは、しかるべき紹介もなく、突然お邪魔してしまい、申し訳ありません。
 それにもかかわらず、こうしてお目通りをお許しくださって…』

  「わはは。
   まさか別れてまたすぐ会うことになろうとはな。
   そう固くならずともよいぞ。
   須藤仁九郎の知人ということだ、会わぬわけにも参るまい。
   知ってはおるだろうが、当方も一応名乗ろう。
   妙見不動流師範、千葉新之助。
   最近は善龍とも称しておる。
   さてさて、いま賀茂康成殿と言われたが…
   すると陰陽道を司る、あの賀茂家の方かな?」

『一応その賀茂一族の末席に連なるものです。   
 恥ずかしながら、大した力は持っていませんが。』

  「ふ~む。
   賀茂家は…お上の祭事全般に深く関係している名家。
   近頃は幕府の天文方に加え、陰陽寮の主要な役目も賀茂家の方々が独占しているとか。
   して、その賀茂家の方が、我道場にどういう用で参られた?
   先ほどの様子だと、どうやら剣道の修行をしに来たのではなさそうだな?」

『はい。
 こちらの道場に用があるというわけではなく
 実は千葉新之助様ご本人に直々お伺いしたいことがございまして
 それで無礼を承知で押しかけて参りました。
 単刀直入に言えば、須藤仁九郎殿のことをお聞きしにきたのです。』

  「ほう。
   仁九郎…のことは、ワシもよく知っておる。
   幼少の頃、親兄弟を亡くしてな。
   それで、この道場で預かることになったのだ。 
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   しかも剣の天稟に恵まれておってな。
   成長と共に急速に腕を上げよった。
   門弟は多いからの、ワシは全員を知っておるわけではない
   が、仁九郎は特別に目をかけていた。」

『ならば、仁九郎殿はここに住んでいたのですね?』

  「いや、仁九郎が住んでいたのは〇▽地方にある支部道場の一つだ。
   ここは本部道場でな、普段はワシのほかは、数名の高弟しかおらんのだ。
   仁九郎もここに来たことはある
   だが、住み込んでいたことはないな。」

『(それで、あんなに静かだったか…)
 あの、仁九郎殿の剣の腕前は、どれほどだったのでしょうか?
 実は彼が戦っている姿を間近で見たことがありまして。
 剣の達人、と言えますか?』
 
  「ほう、仁九郎の剣をご覧になったか?
   そうだな、達人とは呼べんだろうな。
   ただ仁九郎の強さはちょっと変わっておってな。
   あ奴は剣技の不足を補う不思議な力、胆力のようなものを持っておるのだ。  
   道場の高弟でも、実践型の稽古で仁九郎に勝てる者はほとんどおらん。
   それで師範代候補の一人だったのだが…
   更に実戦経験を積むために修行の旅に出たいと言いおっての。
   しばらく道場には来れなくなると言って、暇乞いに来たのだ。
   早いもので、もう三年近くも前のことになるな。」

『修行の旅…ですか?』

  「うむ。
   手始めに、下の都を荒らした盗賊団の討伐隊に志願すると言っておった。
   あのときは、お上から我道場にも人数を出すよう要請があってな
   仁九郎達が名乗り出てくれて、ワシとしても助かったのだ。
   門弟を無理に行かせると、あとで家族が泣き言を申したり、何かと面倒だからな。
   で、そろそろ本当の御用件を伺いたいのだが
   仁九郎の奴めが賀茂家に何かご迷惑でもおかけしたかの?」

『あ、いえ。
 決してそのような話で参ったのではありません。
 あの、その、仁九郎殿が最近どこにいるかなど、何か消息をご存じないかと思いまして
 それをお伺いしたくて参りました。』

  「ふ~む。
   それは…賀茂家として須藤仁九郎の行方を負っているのか
   それとも貴殿自身の個人的な事情で奴を探しているのか
   どちらかな?」

『賀茂家の人間で、仁九郎殿のことを知っているのは私だけです。
 ですから、賀茂家として仁九郎殿の行方を追っているのではありません。
 ただ私は仁九郎殿が、賀茂家全体にとって極めて重要な情報を握っているのではいか
 と思っています。
 それで、もし彼の行方や消息が分かればと、こちらに伺った次第です。』

  「仁九郎の奴が、賀茂家にとって重要な情報を?
   見当もつかんが…
   いま申した通り、仁九郎は三年近く前に暇乞いに来た。
   それ以来、詳しい便りを寄越したことはない。
   申し訳ないが、そちらの事情を少し教えてもらえないだろうか?
   そもそも仁九郎と貴殿と、どういう縁があるのかな?」

『仁九郎殿とのご縁ですか?
 三月ほど前になりますが、一緒に西国で牛鬼を討伐しました。
 先ほど彼の戦う姿を見たと言いましたが、そのときのことです。
 お会いしたのはその牛鬼討伐のとき一度きりですが
 そのとき仁九郎殿から聞いた話が、後でいろいろと気になって参りまして
 それで今になって彼の行方を追っているという次第です。』

  「『うしおに』というと、まさか妖怪の?」

『ええ、その牛鬼です。
 まだ若い個体でしたが、流石の妖力でした。』 
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  「事情が呑み込めんが…
   仁九郎は盗賊討伐に参加すると言っておったが
   実際には妖怪討伐に参加しておった、ということかな?」
   
『そうではありません。
 あの、盗賊討伐の話は、私は知らないのですが…。
 奉行所から牛鬼討伐の依頼を受けたのです。            
 依頼を受けたのは、私の他にも2名いました。侍とその付き人と。 
 侍の方は確か島田何某と言いました。
 しかし、仁九郎殿は私どもとは別に、まったく個人的に動いていたのです。』

  「一向に話が見えんな。
   仁九郎がなぜ牛鬼を討とうとするのか…。」

『仁九郎殿が牛鬼を討とうとした理由ですか?
 御存じではありませんか?
 仁九郎殿は虚空斎が作刀したと言われる「空の太刀」を所持していました。
 それで強い妖怪刀を作るために、牛鬼を討とうとしていたのです。』

  「須藤仁九郎が妖怪刀を欲していた?
   道場では…あ奴は妖の力を欲するような素振りは、一切見せなんだ。
   何かの間違いではないか?」

(くそっ、これは見込みが薄いか。
 ここもダメだとすると、もう打つ手がないぞ。)

『いえ、間違いありません。
 これは仁九郎殿から直接聞いた話ですし
 それに何より、私は彼が妖怪刀「牛鬼」を作る場面に立ち会ったと言いますか 
 少しそのお手伝いをしたものですから。』

  「賀茂殿が術で牛鬼を斃されたかの?」

『いえ。牛鬼を斃したのは仁九郎殿です。
 牛鬼討伐も、少しお手伝いをしましたけれども。
 ちなみに、島田という侍と、その付き人は、一瞬で牛鬼に殺されてしまいました。』

  「ということは、賀茂殿の助けがあったにしても、仁九郎がほぼ独力で牛鬼を斃した
   ということかな?
   確かに、あ奴の剣には見どころがある。
   しかしワシから見れば、まだ未熟者。
   今の仁九郎に、牛鬼のような凶暴な妖怪を、独りで斃す力があるとはとても思えん。
   …
   俄かには信じがたい話だが、しかし…
   しかし、そうなってくると、まさかあの話は本当か…ブツブツ
   …」

(ん、ひょっとして脈ありか?)


                     (つづく)





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