第7話 禁術
第7話 禁術
(禁術のことを隠そうと無理をしたら、完全に裏目に出てしまった。
もう、こうなったら、開き直るしか…。)
「賀茂殿、そなたワシに真実を話せない理由があるようだの?」
『…』
「答えられんか。
では、質問を変えよう。
『先代当主賀茂元孝を救うため』に仁九郎の行方を追っている
それでワシのところに来た、と言ったな?」
『恐れながら、千葉様に申し上げます。』
「ん?」
『賀茂家と安倍家には、鵺のような強大な妖怪を使役する術は伝わっていません。
正確に言うと、そのような術があることは知られています。
しかし、両家ともそのような術を禁術に指定していて、研究修得を禁じています。
両家の人間は、当主を除いて、禁術についての書や巻物を手に取ることもできません。
そういった書物は厳重な結界によって管理されているのです。』
「ほう。」
『ですが、遥か昔、賀茂家の学生の中に、禁術の研究に手を出した者がありました。
恐ろしい程の術の素質の持ち主で、いずれ賀茂家の養子となり
次期当主になるだろうとさえも、噂されていたそうです。
しかし禁術研究は大変な罪。
その学生は破門され、二度と術を使えぬよう
当時の賀茂家当主によって強力な呪をかけられました。
歴代当主にしか使うことのできない、極めて強力な呪です。
本来ならば、それで話はお終いになるはず。
ところが、その者は呪のもたらす苦痛にも打ち克って、やがて禁術を完全に会得した。
そうして、その者を中心に妖怪や悪霊を使役する術を使う闇の勢力が生まれたのです。
賀茂家の記録では、その者達は「蛇族」とか単に「蛇」などと呼ばれています。』
「その『蛇』が鵺のことにも関与していると?」
『そう、とも言えますが、違う、とも言えます。
「蛇」は、一度は歴史から姿を消しました。
ちなみに、賀茂家の記録では「蛇」とありますが
世間では「鬼」と呼ばれていたようです。
悪霊を使役して、妖力も使うのですから
何も知らない一般の人々の目に、奴らが鬼に見えたとしても、不思議はないでしょう。
ともかく、「蛇」の存在を知った賀茂家は、当然彼らと戦いました。
蛇族はこの戦いに敗れ、術士の数がごく少なくなった上に
その後術の素質のある者が生まれず、技と知識の伝授が途絶えました。
他方で、わが賀茂家は安倍家との並存体制を築いて、伝授に万全を期して参りました。
そのことは先ほど申し上げたとおりです。』
「ふ~む。」
『ただ、蛇族の血を引く者達が全滅した訳ではありませんでしたし
奴らが禁術のことを記した書物も、全部回収された訳ではありませんでした。』
「その禁術を、最近復活させた者がいるというのだな?」
『そうです。
もっとも、禁術の全部ではなく、そのごく一部だと思います。
都を破壊した鵺ですが、術によって操作されていた形跡はありませんでした。
何らかの方法で、理性を奪われ、凶暴化していたのだと思われます。
ちなみに、各地に散った蛇族の残党が、禁術を一部復活させたのは
これがはじめてのことではありません。
これは私達もごく最近になって知ったのですが
実は妖怪刀を考案したとされる刀匠も、蛇族の血を引く者だったようなのです。』
「賀茂殿がワシに隠そうとしたのも、蛇族のことだったのかな?」
『はい。
ただ、誤解しないでいただきたいのですが
お話ししたくなかったのは蛇族のことではなくて
禁術の存在、いや禁術を記した書物等が今でも何処かに存在すること、です。
できれば、そのことはお話しせずに済ませたかったのですが…
千葉様の御慧眼の前に、私の努力は、単なる児戯と化してしまいました。』
「褒めても…
もう団子は出んぞ?」
『団子好きまで…』
「それはワシでなくても、賀茂殿の団子の喰いっぷりを見れば
誰にでも分かるだろうて?
フフフ…
わはは。」
『…』
「まあよい、話を進めようではないか。
で、最近その禁術を再び復活させた者とは何者なのかな?
そ奴も蛇族の残党なのかな?」
『はい。
千葉様はもうお気づきのことと思いますが…
「口縄一族」と呼ばれる有名な盗賊の長です。
有名になったのはここ最近のことですが。』
「うむ。」
『賀茂家はあくまで陰陽道の家です。
ですから、蛇族の残党であっても、術を使えない者達まで
「処分」の対象にしたりはしません。
ただ、蛇族の残党は禁術を復活させる可能性がありますから
彼らの動向を常に監視しておりました。』
「当然、口縄一族も監視していたのだな?
それにもかかわらず、奴らが禁術を復活させたことに気付かなかった?」
『そうです。
平家の生き残りが都を離れ、遠国の山間に隠れて猟師になったり
離島に逃れて漁師になったことは、千葉様もよくご存じでしょう?
それと同じように、蛇族の残党も僻地に逃れ
世間との交わりを絶って、大多数は猟師や漁師になって生活しておりました。
そのなかに生活に困って山賊や海賊になる者が現れたのも、平家の末裔の場合と同じです。
口縄一族は、元来はそういう山賊の類の一つでした。』
「山賊だからと言って、隠れ里が分からなかったわけではあるまい?」
『もちろん、しっかり把握していました。
しかし口縄一族は、三十年程前に、突如姿を消したのです。
里には一族の多くの者の死体がありました。
真相は不明ですが、どうやら豪雪時に食糧の確保に失敗して餓死したようなのです。
しかし、生き残りがいることも確実でした。
私達は探索したのですが…』
「行方を突き止められなかった?」
『はい。
生き残った者達は、この機会に賀茂家の監視からも逃れようとしたのでしょう。
そうして、私達が再び口縄一族の噂を耳にしたときには
奴らは妖怪刀を持つ凶悪な盗賊集団に化けていました。
『はい。
ただ、誤解しないでいただきたいのですが
お話ししたくなかったのは蛇族のことではなくて
禁術の存在、いや禁術を記した書物等が今でも何処かに存在すること、です。
できれば、そのことはお話しせずに済ませたかったのですが…
千葉様の御慧眼の前に、私の努力は、単なる児戯と化してしまいました。』
「褒めても…
もう団子は出んぞ?」
『団子好きまで…』
「それはワシでなくても、賀茂殿の団子の喰いっぷりを見れば
誰にでも分かるだろうて?
フフフ…
わはは。」
『…』
「まあよい、話を進めようではないか。
で、最近その禁術を再び復活させた者とは何者なのかな?
そ奴も蛇族の残党なのかな?」
『はい。
千葉様はもうお気づきのことと思いますが…
「口縄一族」と呼ばれる有名な盗賊の長です。
有名になったのはここ最近のことですが。』
「うむ。」
『賀茂家はあくまで陰陽道の家です。
ですから、蛇族の残党であっても、術を使えない者達まで
「処分」の対象にしたりはしません。
ただ、蛇族の残党は禁術を復活させる可能性がありますから
彼らの動向を常に監視しておりました。』
「当然、口縄一族も監視していたのだな?
それにもかかわらず、奴らが禁術を復活させたことに気付かなかった?」
『そうです。
平家の生き残りが都を離れ、遠国の山間に隠れて猟師になったり
離島に逃れて漁師になったことは、千葉様もよくご存じでしょう?
それと同じように、蛇族の残党も僻地に逃れ
世間との交わりを絶って、大多数は猟師や漁師になって生活しておりました。
そのなかに生活に困って山賊や海賊になる者が現れたのも、平家の末裔の場合と同じです。
口縄一族は、元来はそういう山賊の類の一つでした。』
「山賊だからと言って、隠れ里が分からなかったわけではあるまい?」
『もちろん、しっかり把握していました。
しかし口縄一族は、三十年程前に、突如姿を消したのです。
里には一族の多くの者の死体がありました。
真相は不明ですが、どうやら豪雪時に食糧の確保に失敗して餓死したようなのです。
しかし、生き残りがいることも確実でした。
私達は探索したのですが…』
「行方を突き止められなかった?」
『はい。
生き残った者達は、この機会に賀茂家の監視からも逃れようとしたのでしょう。
そうして、私達が再び口縄一族の噂を耳にしたときには
奴らは妖怪刀を持つ凶悪な盗賊集団に化けていました。
ただ、その時点では妖怪刀そのものが禁術の一種だとは分かっていませんでしたし
それに、何しろ奴らは強大な武力を有していましたから
賀茂家としては、しばらくは手出しをせずに、様子見することになったわけです。
ただ、今から思うと…』
「今から思うと?」
『…今から思うと、太平の世に慣れきっていたのは侍達だけでなく
私達も同じだったかもしれません。
口縄一族のことが分かったとき
もう少し何か手を打っておくべきだったのではないかと。』
「ふ~む…
確かに、妖怪刀は妖怪の力を利用するもの
そのことは世間にも広く知れている。
それが禁術の一種だということに、賀茂家や安倍家の誰かが
もっと早く気づいても不思議でない。
蛇族の末裔達が妖怪刀を手にして暴れ出したと聞いた時点で
何も手を打たなかったのは迂闊と言われても仕方ない。
賀茂殿はそう言いたいのだな?」
『実は、賀茂家のなかにも、あれは禁術ではないかと噂する者はいたのです。
しかし禁術に関する書物を手に取ることができませんので、はっきりとは確認できない。
それで誰も強くいい出せないまま、結局深くは考えないで放置してしまった…』
「当主だけは例外のはずでは?」
『だからこそ先代元孝は、今回の事件の全責任は自分一人にあると言って
自らお上に名乗り出たのです。
もっとも、お上に対してすべての真実を語ったわけではないようですが…
その辺のことは、私にもよく分かりません。
ともかく、本来これは賀茂家全体の問題
先代一人で責任を負うべきではありません。
それに、口縄一族の所業を放置したのは私達だけでは…』
「言いたいことは分かる。
しかし、その先は言わぬがよろしかろう。」
『…』
(つづく)
―――――
それに、何しろ奴らは強大な武力を有していましたから
賀茂家としては、しばらくは手出しをせずに、様子見することになったわけです。
ただ、今から思うと…』
「今から思うと?」
『…今から思うと、太平の世に慣れきっていたのは侍達だけでなく
私達も同じだったかもしれません。
口縄一族のことが分かったとき
もう少し何か手を打っておくべきだったのではないかと。』
「ふ~む…
確かに、妖怪刀は妖怪の力を利用するもの
そのことは世間にも広く知れている。
それが禁術の一種だということに、賀茂家や安倍家の誰かが
もっと早く気づいても不思議でない。
蛇族の末裔達が妖怪刀を手にして暴れ出したと聞いた時点で
何も手を打たなかったのは迂闊と言われても仕方ない。
賀茂殿はそう言いたいのだな?」
『実は、賀茂家のなかにも、あれは禁術ではないかと噂する者はいたのです。
しかし禁術に関する書物を手に取ることができませんので、はっきりとは確認できない。
それで誰も強くいい出せないまま、結局深くは考えないで放置してしまった…』
「当主だけは例外のはずでは?」
『だからこそ先代元孝は、今回の事件の全責任は自分一人にあると言って
自らお上に名乗り出たのです。
もっとも、お上に対してすべての真実を語ったわけではないようですが…
その辺のことは、私にもよく分かりません。
ともかく、本来これは賀茂家全体の問題
先代一人で責任を負うべきではありません。
それに、口縄一族の所業を放置したのは私達だけでは…』
「言いたいことは分かる。
しかし、その先は言わぬがよろしかろう。」
『…』
(つづく)
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