私は、自分を普通の高校生だと信じている。
毎日満員電車に乗って、普通の公立高校に通い、そこそこに授業を受け、帰りに街をちょっとぶらついて、家に帰る。
そういう生活をずっと送ってきた。いつまでこういう生活が続くんだろう、とか、ちょっといいことないかな、とか考えなくもないけれど、平和が一番だと、私は思っている。
けれど、私にとっての平和を乱す存在が、私の最も身近にいて、そういうなんでもない日常を送るのは、難しいのだと、最近になって実感した。
私は横浜のとあるマンションに一人暮らしをしている。
両親は田舎にいて、最近は会っていない。そこはまあ、普通とは少し違うのかもしれないけれど。
学校までは電車で三〇分。満員電車に揺られて、私は毎朝登校している。運良く座れれば本を読み、座れなかったらスマホで電子書籍を読む。
今日は運悪く座れなかったので、私はつり革に掴まって、スマホで電子書籍の小説を読んでいた。
ちょっとロマンチックな恋愛小説で、あぁ、こういう恋愛ができたらいいな、と乙女心をくすぐる逸品。
だったのだけれど。
さっきから後ろのおじさんが、私のお尻を丹念に撫で回していた。
「うっ……」
あまりの気持ち悪さに、思わず声が漏れる。それをどういう物だと判断したのか、なんだか触っている手に力が入った気がする。
「はぁ……はぁ……」
背後から、耳にかかる荒い吐息。
よりにもよってなんで私なんだろう。隣の女の子とか、私より今どきで、可愛いと思うんだけどな……。
(地味な女はナメられるんだよ……。恥ずかしがって、言わねえだろ、ってな……)
でも、後二駅くらいだ。その間我慢していれば、この状況からは脱する事ができる。臀部に這いまわる不快感を無視して、目を閉じて、早く電車が目的地についてくれたらいいのに、と願うしかない。
私に、後ろの男の手を掴んで、「この人が私のお尻を触りました」なんて言う勇気はなかった。
(情けねえ……。俺が代わりに言ってやろうか……)
やめて、出てこないで。
言っても、聞くような彼じゃない。私の頭に、一瞬鋭いナイフで切りつけられたみたいな痛みが襲い、体の主導権を盗られた。
私の体が勝手に動き、背後に立っていた男性の腕を掴んで、
「テメェ……。人様のケツ勝手に触ってんじゃねえ。……殺すぞ」
私の中に居る彼が、私の口を使って、勝手に文句を言い始めた。
痴漢は、まさか私から反抗されるとは思わなかったらしく、顔を青くして、口をパクパク金魚みたいに閉じたり開いたり。
簡単に掻い摘むと、これが私を普通じゃないと思わせている理由。
|月翔《げっしょう》と名乗る、私の中の男の人格。