ある日廊下が騒がしいので覗くと、軍服のような格好の、男女数人がいて、なにやら揉めている。帝国軍の服装ではないし、魔物狩りだろうか。しかし見覚えのある制服や紋章ではない。ひょっとすると趣味で魔物を狩る、この前歩道橋で会った少女のような〈サンデードライバー〉かもしれないし、あるいは魔物狩りを気取るが何もしない〈ワナビー〉かもしれないとマリアは思った――この両者はどちらも都市内では疎ましがられる存在だが、実質野放しだ。
「すいません何してるんですか」マリアはドアの隙間から顔を出して聞いた。
「今月の奉仕活動のやり口について揉めてる」痩せた赤毛の男がぼそりと言った。「今からちゃんと到達域を予想しないといけないんだけど、同志キャシディはインプロビゼーション的にやっていこうとしているわけ。良くないって思うよね、お嬢さん」
「いや、これがいいんですよ……へっへっへ」黒髪の陰気な女が言う、「ちゃんとタキオン計算をしてもどうせ位相差がしっちゃかめっちゃかになんだから……親方はそこを理解してらっしゃらないのね」
「同志バルクホルン、君の意見を聞きたい」
「それならば今回は隊を二つに分けるというのはどうだ?」コドニア訛りのある、まだ十代前半くらいの少年が言う。「親方の意思を仰いだ上で、キャシディさんとあんたが別れるということじゃ」
「分かったよ、交信を一回やろう」
そこで彼らはいきなり、クレヨンでもって床や壁に奇怪なルーン文字を書きはじめたので流石にマリアは介入した。
「あの、そういうことされると困るんですが」
「なぜ困るんだ。むしろやらないほうが困る。親方と交信できない」
「ここはなにか書く場所じゃないですよ」
「そうでもない」
「いや、そうだと思いますよ、大家さんの許可は得ているんですか?」
「得ているとしたら?」
「得ているとしたらそれはいいですよ」
「得ていないとしたら?」
「そしたらだめですよ」
「書かないという方法もあるが」
「じゃあ書かないほうがいいんじゃないですか」
「それだと精度が落ちるんだ」
「と言うか皆さんは何ですか?」
「市民だ」
「それは知ってますが何を目的にしている団体なんですか? 新設の討伐隊ですか? 何を相手にするのか知らないですけど、その意味不明な感じはエーテル生命体か、非存在型生命とか、そういうのを相手にするような感じがしますが。魔術的に退治するために必要な儀式なんですよね?」
「いや、違うよ」
「じゃあなんですか」
「なんだと思う」
「いや、分からないですけど」
「分からない」
「ええ」
「我々は神託を受けるのが目的なんだよ」
「神託?」
「〈銀の女神〉から勝利への道を教わっている人がいて、その人が親方と呼ばれる身分なんだけどその人からさらに我々は勝利への道を教わっている」
なにと戦っているんですか、とマリアが言おうとしたとき、ここまでこの赤毛の男が話していた内容に、今まで床に座って魚肉ソーセージを食べていた人が口を挟んだ。
「いや、同志フォード、ぜんぜん違うよ」
「いや違わないよ」
「違うよ」
「どっちなんですか」マリアはフォードと呼ばれた赤毛の男に聞いた。
「違うかもしれないが違わないよ」
「は?」
「まあフォードは分派の人間だから多少は認識が異なるのはいいんだけど」座っていた人が続ける。「結局うちらも営利団体だということを忘れないで欲しいんだ」
「なんのための営利団体なんですか?」
「サッカーだよ」
「サッカーチームってことですか?」
「そうだよほら、十一人いるじゃない」
マリアが数えると、十四人いた。
「十四人いますね」
「いや、十一人いるよ」
「ここにいる全員で、ですよね」
「十一人」
「違うと思うんですけど」
「ああ、君はあれか、北方からの移民の子孫?」
「違いますし、北方でもサッカーは十一人だと思いますよ。数の数え方も同じだし」
「ああ、そうか」
そのあたりで、皆が手に持っていたクレヨンを床に投げ捨てて、そのまま建物を出て行った。
謎のままでマリアは部屋に戻って、卵を二個茹でて食べた。