ある夜、月が雲で隠れる暗い夜、外では魔女狩り隊の篝火と魔法の灯りがぼんやりと点って、獣の鳴き声や女の悲鳴、そういったのが時折聞こえて嫌な感じの日だった。
マリアはビールを買おうと夜中、外に出ると、コルヴォが佇んでいた。
話しかけずに通り過ぎようとすると、彼が声をかけてくる。
「マリア・アーミティッジ、君って前は因果をどうこうする仕事に、就いていた? 今はそうじゃないけど前はそうだった?」
「うん、そうだけど。波状機構で働いてた」
「ああ、あれはよくないんだ、よくないけどそうするしかないんだ」コルヴォはなぜか顔を背けながら言った。「この大陸は本来なら滅んでいるはずで、それを無理やり維持しているわけで、そういうものも使っていかなければならないんだ」
「さあ、私は下っ端だったからそういうことは分からないけど」
「それからさマリア、ゲレオンもだろ? 波状機構と同じような、因果をどうこうする仕事に就いていたはずなんだ」
「ああ、リンドブルム陰謀団っていう」
「コドニアだろ? 分かるよ。俺は分かる。忌まわしい、本当に忌まわしい話だよ」
何の話か分からなかったが、先を促す気にはなれなかった。沈黙していると、顔を背けたままのコルヴォが話し始める。
「この大陸は本来滅んでるはずって言ったけど、それは西方も同じで、というかよりその定めといえばいいのか、それはより強いんだよ。竜だけでなくアンゼリカ、あの女帝にも追い立てられて、そのあと何度も騎士に駆り立てられているし」
コルヴォが言うのは灯火騎士団の西方遠征のことだ。竜から北へ逃れて百年後、魔術を身に着けたアンゼリカ一世と魔導師たちは大陸を奪還するために戻ってきたが、そこにはかつての文明の残滓を用いて、竜と戦う者たちが既にいた。竜を駆逐したあと、彼らとの間での争いが起こった。結果、その指導者は西方へ逃げ延び、以降帝国では〈遁走王〉呼ばわり、西では〈栄光王〉と呼ばれ、建国の父となった。彼らを追撃するためその後、何度も騎士たちが西へ侵攻している。
「ゲレオンは自分の仕事内容について話してないはず。波状機構もだ、どういう意味がその仕事にあるか、本人もはっきり分かってない部分もあると思うけど意図的に隠してる部分もかなり多いだろう、それは話さない、秘密っていうのが、力を持ってるからで、それを知ってるから俺たちも大陸の人間には名前を言わないんだよ、本名も真名も。大陸とそこの人間じたいに大呪がかかってるから。ゲレオンは末裔で末端だからあんまり明白じゃないけどその祖先はとんでもないよ。犬を使った呪術があるんだけど知っているかな」
マリアは知らないと答えた。
「まず犬を埋めてすげえ苦しめるんだよ。食い物をやらないんだ。目の前に食い物を置いたりするけど、埋ってるから食えないんだよ。それですげえ恨ませるんだ。憎しみを出すんだよ。そういう方法があって、西でもそれをやったわけだよ。とにかくその生き物の憎しみというか執着は呪い。それをほかの呪いとぶつけて相殺させたんだよ。西の人間はそうするしかないほど追い詰められてたし。もっともそれは東の人間も同じだけど。あの当時の魔術がほとんど今日に伝わってないのがその証拠だし。人間が竜と戦うにはどうしても犠牲が必要だったんだよ。竜の危険性は体がでかいからだけじゃなく、存在ごと〈滅び〉のために作られたもんだからそう簡単には対抗できないところにあって……」話すコルヴォは、確かに〈双尾の豹〉の学士と同じくいかめしく、どこか不吉な感じがした。あまり話は聞いていなかったが、最後にコルヴォが言った台詞は覚えている。「ここが限界だよ、俺は。西海岸が。西方に行く気はしないね。やつらは竜の手足をもいだんだから。臓物をかき回したり、骨を砕いたりとかもな。何十体もだ、しかもそれは殺すためじゃなく苦しめるためだったからな。だから未だに一番竜の構造に精通してるのは西のやつらなんだ。忌まわしいよ」
その後も彼はたまに入り口や、近くの公園にじっと座っていた。一ヶ月ほどで、彼は〈双尾の豹〉の正規兵の証である、斑模様の外套と長槍を携えるようになった。