旧・未定。
世界設定
はるか未来。電脳化が進み夢と現実の境が危うくなった時代。
しかしソレはごく一部の先進国だけでの話。
世界的に見れば電脳化まだ一般的ではない。
だがすでに電脳世界依存症・中毒症などの危険が叫ばれ、
社会問題となり先進国では公的に厳重な監視・規制が行われていた。
電脳の接続時間が決められ、ソレを破ったものは強制的に電脳世界から排除&更正施設に強制収容等。
また接続可能時間はその個人の労働時間や資産額、社会的貢献度に比例していたので、
その規定に対し社会の格差や就職難などの社会背景を無視した『不平等』さを叫ぶ人々と政府の間で衝突もあったり、
不法なアングラ世界が存在したりしていた。
そんな世界の最先端に分類されるある国の、中心都市にて。
はるか未来。電脳化が進み夢と現実の境が危うくなった時代。
しかしソレはごく一部の先進国だけでの話。
世界的に見れば電脳化まだ一般的ではない。
だがすでに電脳世界依存症・中毒症などの危険が叫ばれ、
社会問題となり先進国では公的に厳重な監視・規制が行われていた。
電脳の接続時間が決められ、ソレを破ったものは強制的に電脳世界から排除&更正施設に強制収容等。
また接続可能時間はその個人の労働時間や資産額、社会的貢献度に比例していたので、
その規定に対し社会の格差や就職難などの社会背景を無視した『不平等』さを叫ぶ人々と政府の間で衝突もあったり、
不法なアングラ世界が存在したりしていた。
そんな世界の最先端に分類されるある国の、中心都市にて。
序章
何もない濃紺の世界に突然大地が現れ、
家や緑・木々が空に現れたかと思うと
すとんっと落ちてきて大地に綺麗に配列。
道が走り、鳥が飛び、空は青く染まって雲が浮くと、
さぁっと爽やかな風が吹き、木々の揺れる音に小鳥が歌う。
そこに光が現われ、徐々に人の姿を形を成した。
暗い金髪に健康的な肌。
鮮やかな青緑の瞳が印象的な16・17くらいの少年。
辺りをぐるりと見回しながら歩くその顔はどこか得意気で。
「これが19世紀のアメリカの一般的な住宅地だって」
「土地の使い方が贅沢だね。空が広い」
違う声とともにもう一つの光が登場したかと思うと、また一人。
どちらも先の少年と同じくらいの年齢だろう。
2人とも彼に続くように歩きながら、周囲を見回し目を輝かせている。
一人、メガネをかけた賢そうな少年が口を開いた。
「当時はほとんどの場所に人が住めたらしいよ。
人口も70億近かったとか。
それより、これってH社の最新だろ。
スゲー。個人でこんな本格映画セット、
しかもロストヒストリーの中期19世紀の再現版って
・・・さすが資産家の区長ご子息だよな、ノルベルト」
褒められたのは最初の少年。
しかし彼は少し得意気に微笑んだだけで、すぐに3人の興味はセットに戻った。
3人は細部まで作りこまれたセットを堪能しながら、
長期休暇に出題されるグループ製作をどうするかを話し合っている。
そして1時間ほど経った頃だろうか。
話も大分纏まりだした中、ピピピと電子音が世界に響いた。
「時間だ。短いよなぁ。これじゃ課題制作申請して時間延ばして貰わないと期間内で作れねぇよ」
規制の厳しさと課題申請の面倒さを愚痴りながら、3人は現実世界に戻っていった。
学生や未成年に対する電脳規制・時間制限は特に厳しく、
通常でも1時間程度。申請しても3時間が最長だといわれている。
中毒性の高さを叫ばれ存続すら危ぶまれている
アダルトコンテンツや体験型ネットゲームなんていうのは、
成人して一定のメンタル・生活水準などの審査基準をクリアしなければいけない
遠い大人の世界であった。
長期休暇に入って間もない頃。
電脳世界のセットで記録をとっていたら、突然強制排斥のブザーが鳴り響いた。
時間オーバーしてないのになんで?とグループの皆に動揺が広がる中、
ノルベルトがとりあえず一旦出ようと発言し、それぞれが慌しく現実世界に戻ってく。
現実に意識が戻ったノルベルトは爆発に似た破壊音と、
ソレが近いところで起こっていることを伝える振動を感じ飛び起きる。
「なにが起きた?!」
近くの見慣れたメイドロイドに状況説明を求めるが、彼女はエラーを連呼するばかり。
家の中を荒々しく闊歩している多数の足音がこちらに近づいている。
どうにかしなければ、と焦るが電話も扉も正常に起動しない。
この家は区長宅として特別な設備・機能を有しているはずだ。
停電したとしても緊急電源に切り替わるし、ほかのさまざまな有事も想定されている。
それにノルベルトは区長の家族として、
それらの正しい扱い方や対処の仕方を小さい頃から教え込まれている。
しかし、その全てが反応しない。知っている対処法のほとんどが行えない。
焦りと困惑・動揺に支配され、冷静さはどんどんと失われていく。
そんな中とうとう自室の扉の前に人の気配を感じた。
次の瞬間、一般の家庭では絶対に見かけないだろう分厚く重々しい扉から一本の青白い光が突き出し、
それはゆっくり緩やかな円を描くように動きだした。
ノルベルトは慌てて先ほどまで横になっていた電脳ベッドの脇に飛び込み、地に臥せて息を殺した。
体全部が心臓になったような感覚、じわりと滲む嫌な汗。
『どうすればいい。一体なにが起きてるんだ?!』
思った瞬間小さな爆発音に続き、ドォォンと重いものが倒れた音と振動が響いた。
扉だ。扉が破られたのだ。
ノルベルトは祈るように、両手をきつく握り合わせてそれを額に押し当てた。
数人が部屋の中をうろついている。何かを探している。
『なにを探してるんだ、俺か?!』
一つの足音が確実に近づいてきている。
もう駄目か・・・ときつく目を閉じ、気が遠くなりそうな長い数秒が流れた。
「おい、こっちに人がいた。・・・子供…か?」
足元の方から聞こえた男の声に見つかった事を感じ、
全身の血も熱も何もかもが地面に吸い取られたような感覚にめまいがした。
男の声に反応しもう一つの足音が早足でこちらに向っている。
ノルベルトは必死に息を整えながら目を開き、まず声の男の姿を確認した。
同い年か少し上か、まだ未成年であることは間違いないであろう少年が銃を向けていた。
鬱陶しそうな黒髪の奥に気だるい黒い瞳。
鈍い光を宿したソレは、警戒するようにこちらを見ている。
その様子から決して自分の味方ではない事を悟ったノルベルトは、
ゆっくりと両手を開き、抵抗の意思がない事をつたえるために頭の横にゆるりと移動させた。
「ラフィタ、怖がらせないで」
聞こえたのはよく通る中にどこか優しいまろみを帯びた女性の声。
そしてその声の持ち主がベッドの上から顔を覗かせた。
それは金髪の美しい女性だった。
歳は20前後くらいか。
凛と整った顔と小柄で華奢なスタイル。
一般的女性よりやや丸みの足りない姿は中性的だが、
表情や仕草等から滲み出る女性特有のまろやかさこそが彼女の本質だろうと思わせる。
深いグリーンの瞳は、暖かな陽光降り注ぐ純粋で優しい森のようだった。
「別になにもしてねぇよ。反撃されないようにしてただけだろ」
銃を降ろした男の言葉に肯定の頷きを返した後、ノルベルトに立つように促す女性。
「はじめまして。私はマイシカ。荒々しい突然の訪問で驚かせてしまってごめんなさい。
私たちはここの区長さんを探しているの。貴方は・・・息子さんかしら?」
優しい声音で話しかけながら、立ち上がったノルベルトの服についた埃を軽く払ってやっている。
「はい。息子のノルベルト・アルバレスです。父は仕事場だと思いますけど・・・」
「そう、ノルベルト。どうぞよろしく。お父様の仕事場というとそれは、クヤクショの事かしら?」
「ええ、そうだと思いますけど。・・・何故父を?」
マイシカの穏やかさのおかげで大分緊張は解れた。
が、しかし彼らが父親に用事があってこういった手荒な行動に出たのであれば、
やはりノルベルトには敵である可能性が高い。
ここはしっかり聞いておかねば、とノルベルトは思った。
「話を・・・聞いて欲しいの。そしてやってもらいたい事があるの。どうしても・・・。でも危害を加えるつもりは全然ないの。本当よ」
マイシカはまっすぐそう言った。
しかし・・・鵜呑みにするわけにはいかない。
ノルベルトは改めて周囲を見回し、状況の再確認を試みた。
『あれは、この国の正規軍の機械兵士?!』
多数の足音の主の正体を確認しノルベルトは驚愕した。
このラフィタとマイシカは明らかに他所の国のものだ。
格好も正規軍のものどころか、見たことのない民族衣装の上に簡易防具を着けているだけ。
電脳化してる様子もないし、発音もこの国のものとは少し異なる。
『なぜ他国の、しかもまだこんなに歳若い2人が正規軍部隊を率いているんだ?
正規軍を使用を認められた立場で、何故こんな区の区長をこんな形で?!』
しかし、正規軍を率いているのなら彼らはテロリストなどの類ではないのだろう。
正規軍の機械兵士のダミーである可能性はない。ノルベルトはそう断言する。
マザーシステムで監視されているこの国のこんな街中で、
これだけ大事を起こしながらも警備や警察が駆けつけないのであれば
それは承認されていることだからなのだ。
彼らは何かを恐れていたり焦ったりしている様子はないし、
それならば家の特別機能の一切が使用できなかったことにも説明がつく。
ほっと安堵の息をついたところで、2人のやり取りが耳に入ってきた。
「逃げられたようだな、セサルたち」
「仕方ないわ、少し間が開いてしまったもの」
どうやら別の部隊が区役所に向かっていたようだ。
「あ、あの…父が何かしたんですか?正規軍に追われてるなんて・・・」
たとえなにかしでかしたとしても、彼にとっては大事な父親であり唯一の家族だった。
心配でたまらない様子のノルベルトにマイシカは優しく言った。
「大丈夫、危害を加えるような真似は絶対にしません。安心して。でも、貴方には私たちと一緒に来てもらうことになったわ」
「分かりました・・・」
「じゃぁもどるか」
ラフィタは銃を仕舞い歩き出し、マイシカとノルベルトが後を追った。
聞きなれない機械兵士たちの重い足音が後ろから迫ってくる状況に、
居心地の悪さを感じながら、ノルベルトは大きな正規軍のトラックに乗り込んだ。
正規軍の姿に安心しているのか、思ったより周囲はずっと静かだった。
何もない濃紺の世界に突然大地が現れ、
家や緑・木々が空に現れたかと思うと
すとんっと落ちてきて大地に綺麗に配列。
道が走り、鳥が飛び、空は青く染まって雲が浮くと、
さぁっと爽やかな風が吹き、木々の揺れる音に小鳥が歌う。
そこに光が現われ、徐々に人の姿を形を成した。
暗い金髪に健康的な肌。
鮮やかな青緑の瞳が印象的な16・17くらいの少年。
辺りをぐるりと見回しながら歩くその顔はどこか得意気で。
「これが19世紀のアメリカの一般的な住宅地だって」
「土地の使い方が贅沢だね。空が広い」
違う声とともにもう一つの光が登場したかと思うと、また一人。
どちらも先の少年と同じくらいの年齢だろう。
2人とも彼に続くように歩きながら、周囲を見回し目を輝かせている。
一人、メガネをかけた賢そうな少年が口を開いた。
「当時はほとんどの場所に人が住めたらしいよ。
人口も70億近かったとか。
それより、これってH社の最新だろ。
スゲー。個人でこんな本格映画セット、
しかもロストヒストリーの中期19世紀の再現版って
・・・さすが資産家の区長ご子息だよな、ノルベルト」
褒められたのは最初の少年。
しかし彼は少し得意気に微笑んだだけで、すぐに3人の興味はセットに戻った。
3人は細部まで作りこまれたセットを堪能しながら、
長期休暇に出題されるグループ製作をどうするかを話し合っている。
そして1時間ほど経った頃だろうか。
話も大分纏まりだした中、ピピピと電子音が世界に響いた。
「時間だ。短いよなぁ。これじゃ課題制作申請して時間延ばして貰わないと期間内で作れねぇよ」
規制の厳しさと課題申請の面倒さを愚痴りながら、3人は現実世界に戻っていった。
学生や未成年に対する電脳規制・時間制限は特に厳しく、
通常でも1時間程度。申請しても3時間が最長だといわれている。
中毒性の高さを叫ばれ存続すら危ぶまれている
アダルトコンテンツや体験型ネットゲームなんていうのは、
成人して一定のメンタル・生活水準などの審査基準をクリアしなければいけない
遠い大人の世界であった。
長期休暇に入って間もない頃。
電脳世界のセットで記録をとっていたら、突然強制排斥のブザーが鳴り響いた。
時間オーバーしてないのになんで?とグループの皆に動揺が広がる中、
ノルベルトがとりあえず一旦出ようと発言し、それぞれが慌しく現実世界に戻ってく。
現実に意識が戻ったノルベルトは爆発に似た破壊音と、
ソレが近いところで起こっていることを伝える振動を感じ飛び起きる。
「なにが起きた?!」
近くの見慣れたメイドロイドに状況説明を求めるが、彼女はエラーを連呼するばかり。
家の中を荒々しく闊歩している多数の足音がこちらに近づいている。
どうにかしなければ、と焦るが電話も扉も正常に起動しない。
この家は区長宅として特別な設備・機能を有しているはずだ。
停電したとしても緊急電源に切り替わるし、ほかのさまざまな有事も想定されている。
それにノルベルトは区長の家族として、
それらの正しい扱い方や対処の仕方を小さい頃から教え込まれている。
しかし、その全てが反応しない。知っている対処法のほとんどが行えない。
焦りと困惑・動揺に支配され、冷静さはどんどんと失われていく。
そんな中とうとう自室の扉の前に人の気配を感じた。
次の瞬間、一般の家庭では絶対に見かけないだろう分厚く重々しい扉から一本の青白い光が突き出し、
それはゆっくり緩やかな円を描くように動きだした。
ノルベルトは慌てて先ほどまで横になっていた電脳ベッドの脇に飛び込み、地に臥せて息を殺した。
体全部が心臓になったような感覚、じわりと滲む嫌な汗。
『どうすればいい。一体なにが起きてるんだ?!』
思った瞬間小さな爆発音に続き、ドォォンと重いものが倒れた音と振動が響いた。
扉だ。扉が破られたのだ。
ノルベルトは祈るように、両手をきつく握り合わせてそれを額に押し当てた。
数人が部屋の中をうろついている。何かを探している。
『なにを探してるんだ、俺か?!』
一つの足音が確実に近づいてきている。
もう駄目か・・・ときつく目を閉じ、気が遠くなりそうな長い数秒が流れた。
「おい、こっちに人がいた。・・・子供…か?」
足元の方から聞こえた男の声に見つかった事を感じ、
全身の血も熱も何もかもが地面に吸い取られたような感覚にめまいがした。
男の声に反応しもう一つの足音が早足でこちらに向っている。
ノルベルトは必死に息を整えながら目を開き、まず声の男の姿を確認した。
同い年か少し上か、まだ未成年であることは間違いないであろう少年が銃を向けていた。
鬱陶しそうな黒髪の奥に気だるい黒い瞳。
鈍い光を宿したソレは、警戒するようにこちらを見ている。
その様子から決して自分の味方ではない事を悟ったノルベルトは、
ゆっくりと両手を開き、抵抗の意思がない事をつたえるために頭の横にゆるりと移動させた。
「ラフィタ、怖がらせないで」
聞こえたのはよく通る中にどこか優しいまろみを帯びた女性の声。
そしてその声の持ち主がベッドの上から顔を覗かせた。
それは金髪の美しい女性だった。
歳は20前後くらいか。
凛と整った顔と小柄で華奢なスタイル。
一般的女性よりやや丸みの足りない姿は中性的だが、
表情や仕草等から滲み出る女性特有のまろやかさこそが彼女の本質だろうと思わせる。
深いグリーンの瞳は、暖かな陽光降り注ぐ純粋で優しい森のようだった。
「別になにもしてねぇよ。反撃されないようにしてただけだろ」
銃を降ろした男の言葉に肯定の頷きを返した後、ノルベルトに立つように促す女性。
「はじめまして。私はマイシカ。荒々しい突然の訪問で驚かせてしまってごめんなさい。
私たちはここの区長さんを探しているの。貴方は・・・息子さんかしら?」
優しい声音で話しかけながら、立ち上がったノルベルトの服についた埃を軽く払ってやっている。
「はい。息子のノルベルト・アルバレスです。父は仕事場だと思いますけど・・・」
「そう、ノルベルト。どうぞよろしく。お父様の仕事場というとそれは、クヤクショの事かしら?」
「ええ、そうだと思いますけど。・・・何故父を?」
マイシカの穏やかさのおかげで大分緊張は解れた。
が、しかし彼らが父親に用事があってこういった手荒な行動に出たのであれば、
やはりノルベルトには敵である可能性が高い。
ここはしっかり聞いておかねば、とノルベルトは思った。
「話を・・・聞いて欲しいの。そしてやってもらいたい事があるの。どうしても・・・。でも危害を加えるつもりは全然ないの。本当よ」
マイシカはまっすぐそう言った。
しかし・・・鵜呑みにするわけにはいかない。
ノルベルトは改めて周囲を見回し、状況の再確認を試みた。
『あれは、この国の正規軍の機械兵士?!』
多数の足音の主の正体を確認しノルベルトは驚愕した。
このラフィタとマイシカは明らかに他所の国のものだ。
格好も正規軍のものどころか、見たことのない民族衣装の上に簡易防具を着けているだけ。
電脳化してる様子もないし、発音もこの国のものとは少し異なる。
『なぜ他国の、しかもまだこんなに歳若い2人が正規軍部隊を率いているんだ?
正規軍を使用を認められた立場で、何故こんな区の区長をこんな形で?!』
しかし、正規軍を率いているのなら彼らはテロリストなどの類ではないのだろう。
正規軍の機械兵士のダミーである可能性はない。ノルベルトはそう断言する。
マザーシステムで監視されているこの国のこんな街中で、
これだけ大事を起こしながらも警備や警察が駆けつけないのであれば
それは承認されていることだからなのだ。
彼らは何かを恐れていたり焦ったりしている様子はないし、
それならば家の特別機能の一切が使用できなかったことにも説明がつく。
ほっと安堵の息をついたところで、2人のやり取りが耳に入ってきた。
「逃げられたようだな、セサルたち」
「仕方ないわ、少し間が開いてしまったもの」
どうやら別の部隊が区役所に向かっていたようだ。
「あ、あの…父が何かしたんですか?正規軍に追われてるなんて・・・」
たとえなにかしでかしたとしても、彼にとっては大事な父親であり唯一の家族だった。
心配でたまらない様子のノルベルトにマイシカは優しく言った。
「大丈夫、危害を加えるような真似は絶対にしません。安心して。でも、貴方には私たちと一緒に来てもらうことになったわ」
「分かりました・・・」
「じゃぁもどるか」
ラフィタは銃を仕舞い歩き出し、マイシカとノルベルトが後を追った。
聞きなれない機械兵士たちの重い足音が後ろから迫ってくる状況に、
居心地の悪さを感じながら、ノルベルトは大きな正規軍のトラックに乗り込んだ。
正規軍の姿に安心しているのか、思ったより周囲はずっと静かだった。
第一章
そこは区内であった。
しかし、こんな施設が自分の住む場所にあったことをノルベルトは知らなかった。
それもそのはず。
ここに着くまでにどれだけのチェックがあっただろう。
距離的にはそんなに遠くないはずなのに、
倍くらいの時間がかかったんじゃないかと思える道のりだった。
一般人が間違っても辿り着ける場所ではない。
そこはこの国の管理システムの中枢。
場所を詮索することだけで法律に触れるような国家の最重要機密施設である。
いくつもの確認作業をクリアしてきたのに、着いてなお緊張感が漂う場所。
ただ少し気になるのは、それらの確認が全て機械でのみ行われていて、
誰一人と生身の人間に会わなかったということ。
どうみても人が常駐するように作られた場所もあったのに。
いくら文明が高くなったとはいえ、機械だけで全てが行えるわけではないし、
特にこういった施設には2重の確認として人も機械も両方配置されているはずなのだ。
やはり何かあったのだろうか・・・それは自分の住む区だけでない、
もしかしたらこの国に関わることなのかもしれない・・・
思案しひんやりした背中をぴんっと伸ばし、彼らについていく。
蒼く冷たく、恐ろしく広い施設をしばらく歩いてると、言い合うような声が聞こえてきた。
「いいかげんにしてくれ!一体なんなんだ?!」
「うるさいっ!大人しくしてろっ」
前を歩いていたマイシカが急に声の方に走り出した。
ラフィタは小さく舌打ちをしてそれに続き、ノルベルトも後を追った。
「やめなさいっ」
怒るというより悲痛。そんなマイシカの声が響く。
扉のない大きな入り口を抜けると、そこは大きな広場だった。
そこにはここの人たちだと思われる白衣を着た研究者風の人や、
ここの制服であろう服を着た3・400人くらいの大人が中心に集められていて、
それを取り囲むように機械兵士が数十体配置されている。
ノルベルトがまったく予想していない光景が広がっている。
苛立った様子の大人たちが向うのは、10代くらいの少年少女5人であった。
上は成人前、下は14・5くらいにしか見えない。
彼らはラフィタやマイシカと同じく
民族風の服に少しばかりの防具を身にまとった格好で、
すぐにマイシカ側の人間である事が分かる。
マイシカの姿を見た彼らの表情が少し輝いた。
そして一番歳下だと思われる少女がマイシカに歩み寄った。
「おかえりなさいっ」
「ただいま、ルイーサ」
優しく返すとマイシカはそっと相手を抱き寄せた。
そんな家族愛に溢れる暖かな光景もこの場では酷く浮いて、
苛立っていた大人たちには逆効果だったようだ。
一人が声を荒げるとそれは光の速さで広がり、
大人たちの怒号のようなものに広場は埋め尽くされていった。
悲痛な表情のマイシカは必死に場を収めようとしている。
そんな必死の声もどこか遠く、ノルベルトはただ必死に思考した。
さっきまで安心してたものが足元から崩れるような嫌な予感がし、眉を顰める。
まず問題なのは『どちらに正義があるのか』。
そして、もしそれがこの施設の人たちである場合、ノルベルトにとって最悪の状況に変わる。
もし、システム自体が乗っ取られ正常な状態でなかったのなら・・・この状況は理解できる展開だ。
しかし、それが可能であるようには到底思えなかった。
どうみてもマイシカたちはどこか他国の先鋭部隊や
何かのエキスパートに見えない。
ただの田舎臭い若者だ。
区長という立場の近しい身内がいるから
ノルベルトはプロ・素人の違いは分かるほうだと思っている。
道や場所を知っていてスムーズだった事や
プロとはいえないが知識や若干の経験はあるような感じもすることを含めても、
それを成しえる可能性はとても低いように思える。
『内部に裏切り者がいた?』
しかしここは国家の最重要施設に分類される場所。
たとえ内部の者でも簡単にいくだろうか?
こんな子供の集団に協力を求めるだろうか?
バーーーーンッ
銃声が響いた。
怒号も悲痛な声も、ノルベルトの思考も、広場の時までも止まった様だった。
火薬の匂いは近くから漂ってきた。
視線をめぐらせばすぐ横に立つラフィタの手に
少し前自分に向けられていた銃が握られていた。
痛いほどの緊張感と沈黙を真っ先に破ったのはマイシカ。
「ラフィ!乱暴な真似はしないでってお願いしたじゃない。
…私たちは争いに来たわけじゃないでしょ?!すぐ仕舞ってっ」
真摯で真剣な相手の怒りにも動じずに、ラフィタはひょいっと肩をすくめると
ハイハイといった軽薄な様子で言われたままに銃を仕舞った。
俯きがちに大きく息をついてから、マイシカは大人たちに向き直った。
「危害は加えない、それは絶対の約束です。貴方たちにも、この国にも、です。
だからどうか、しばらくでいいんです。
ここで静かにしてていただけないでしょうか。お願いします」
深く頭を下げる彼女に大人たちも少し冷静さを取り戻したようだが、
納得の出来る状況でないことは明白だ。
ざわめきの中一人の初老くらいの男が、前に出て静かに発言をした。
「何故私たちはここにいないといけないのか。君たちがどうしてここにいるのか。
せめてそのくらいは教えていただけないかな」
言葉にゆっくり顔を上げたマイシカは、少しの間考え込み。
「分かりました。元々私たちもそうするはずだったんです。
ただ、少し問題が発生したので・・・その問題の対処の後になる予定に。
でもこれ以上は無理なようですね。私からリーダーを説得してみます。
それまでは待っていただけますか?」
「わかった」
「ありがとうございます」
マイシカはもう一度頭を下げると、子供たちにと共にその場を後にした。
彼女の姿が消えてからはっとしたノルベルトは慌てた。
「あ、あのっ俺は・・・」
「オマエはここでいい」
向き直り言葉を返したのは、ラフィタだった。
そして彼の姿も広場から消えた。
ぽつり。
大人の中に残されたノルベルトは、視線の嵐に耐えられずただ俯いた。
「そこの君は?・・・彼らの仲間じゃないように見えるけど・・・」
この声はさっきの初老か。
「はい、ノルベルト・アルバレスです。区長のベルンハルトの息子です」
「で、なんで君はここに?」
こうしてノルベルトはしばらくの間質問攻めにあい、
彼らに家を襲われた事やここに来るまでの経緯や様子を喋らされた。
「区長はなんで狙われてるんだ?」
「それは俺も分かりません。ただなにかさせたい、と言っていました。
・・・皆さんの方は一体いつ頃からこんな状況になったんですか?」
「ここまで手が伸びたのは・・今日の・2時頃だったかしらね?」
何人かが頷いている。
今は6時過ぎ、もう7時に近い。
「ん?ここって・・・?」
「この施設はとても広い。情報が漏れないようにここの人間のほとんどが施設内の居住区に住んでいるから、
もう都市ともいえる規模でね。システム中枢はここからまだ大分離れているんだ」
「じゃぁここにいる人だけじゃないんですか?」
「あぁ、多分こういう広場のような場所何箇所かに人を集めて監視しているんだと思うよ」
施設の詳しい話は出来ない決まりなんだと言ってはいたが、
いざ各々の情報交換が始まると、ノルベルトの存在はまるで気にされなかった。
話はこうだ。
昼2時、ここに手が伸びた。
多分12時以前にはシステムは彼らの支配下にあったと思われる。
しかし外部通信にエラーが出る、施設の外へ出られないなどの問題が次第に見つかり、
1時過ぎには騒ぎになっていた。
そして2時ごろ突然全てのシステムが干渉拒否を始め、
それぞれの場所に閉じ込められた状況になったらしい。
その後正規軍の機械兵士を引き連れた子供たちがやってきて、すこしづつここに集められたという。
そして一番熱く語られたのは
「でもあの子達、どうやってここに来て、どうやってシステムを支配できたのかしら?」
「そうなんだよ。侵入感知やなにかしらの警告が発動してもおかしくないのに、なにもなかったよな」
「普通に仕事だってできてたわ。あれってシステムが一度も拒絶を行わなかった、
ってことじゃないの?ありえるの、そんなこと?」
「絶対無理、といいたいけど・・・現にこういう状況だしなぁ・・・」
「外の状況ってどうだったの?区長の息子さん」
急に話をふれれられて施設員の大半と、そして彼自身も自分の存在を思い出した。
「あ、いや、騒ぎにはなってなかったです。4時ごろからは電脳世界で、
クラスメイトとグループ制作の課題を普通にやっていたし、特に異常は…。
家を出たときも、変わった様子はなかったように見えましたけど…」
改めて思い出し、その不思議さに首をかしげた。
システムが支配されても何事もなく送れた日常生活。
だれも違和感なんて感じなかったし、今でもきっと感じてはいないのかもしれない。
しかし、そんなこと本当にできるのか?
システムの存在は現代社会で大変重要なのだ。
そしてそれに対する信用は絶対的でなければいけない。
揺らぐことがあれば大問題だ。
だからこそこの施設は一般人には知らされていない。
区長の息子ですら本当なら知りえない。
こんな状況なんてあってはならない事だし、こんな事が起こることなんて普通なら想像できなかっただろう。
アリエナイ、で笑い飛ばせる状況が今なのだ。
それに加えこんな状況の原因が、誰もが絶対的に思っていたシステムを占拠したのが、あんな子供たちなのだから。
あまりにも非現実的。
警告音も今の状況も、全ては誰かのいたずらで、
まだ電脳世界の中にいるんじゃないかという、そんな気さえしてくる。
そのほうがまだ現実的なくらなのだ。
「みなさん、こんばんは」
沈黙に埋まった広場に突然声が響いた。
生身の発した声ではない。
誰か驚きの声を発し、その声が告げた”画面”の方に広場の視線が集中した。
それは通常なら食事する皆の横で、TVや音楽を流していたりする類の物なのだろう。
広場に点在するディスプレイには、30代前半くらいのすっきりした目元の
誠実で優しそうなそうな印象の青年が映し出されていた。
そしてその人物はやはり子供たちと同じような民族衣装をまとっている。
「はじめまして、私はエンリーケス・カブレラと申します。
これから私たちがここに居る理由、そしてこれからの事を説明したいと思います。
その前に施設長さんからお言葉を」
と、青年の姿が画面の外に消えると貫禄のある気難しそうな老人が映し出され
施設長という老人が『危害を加えない約束があるので安心するように』等と話してる最中、
黒い人影がひっそり広場に加わった。
施設の人間ではないノルベルトは、施設員を叱咤激励する言葉には興味をもてず、
増えた気配に一番早く気がつくことができた。
その人影=ラフィタは、群集から離れた機械兵士の向こうで、
適当な椅子を引き寄せて行儀悪く腰を降ろす。
『到着した』という小さな声がかすかに聞き取れた。
数箇所に人を集めてるという話であったから、
それぞれの場所に何人かづつ配置されたのか。
「有難う御座いました。それでは早速本題の方に移りましょう」
広場にいた人全員の息を呑む音が聞こえたような気がする、緊張の一瞬だった。
そこは区内であった。
しかし、こんな施設が自分の住む場所にあったことをノルベルトは知らなかった。
それもそのはず。
ここに着くまでにどれだけのチェックがあっただろう。
距離的にはそんなに遠くないはずなのに、
倍くらいの時間がかかったんじゃないかと思える道のりだった。
一般人が間違っても辿り着ける場所ではない。
そこはこの国の管理システムの中枢。
場所を詮索することだけで法律に触れるような国家の最重要機密施設である。
いくつもの確認作業をクリアしてきたのに、着いてなお緊張感が漂う場所。
ただ少し気になるのは、それらの確認が全て機械でのみ行われていて、
誰一人と生身の人間に会わなかったということ。
どうみても人が常駐するように作られた場所もあったのに。
いくら文明が高くなったとはいえ、機械だけで全てが行えるわけではないし、
特にこういった施設には2重の確認として人も機械も両方配置されているはずなのだ。
やはり何かあったのだろうか・・・それは自分の住む区だけでない、
もしかしたらこの国に関わることなのかもしれない・・・
思案しひんやりした背中をぴんっと伸ばし、彼らについていく。
蒼く冷たく、恐ろしく広い施設をしばらく歩いてると、言い合うような声が聞こえてきた。
「いいかげんにしてくれ!一体なんなんだ?!」
「うるさいっ!大人しくしてろっ」
前を歩いていたマイシカが急に声の方に走り出した。
ラフィタは小さく舌打ちをしてそれに続き、ノルベルトも後を追った。
「やめなさいっ」
怒るというより悲痛。そんなマイシカの声が響く。
扉のない大きな入り口を抜けると、そこは大きな広場だった。
そこにはここの人たちだと思われる白衣を着た研究者風の人や、
ここの制服であろう服を着た3・400人くらいの大人が中心に集められていて、
それを取り囲むように機械兵士が数十体配置されている。
ノルベルトがまったく予想していない光景が広がっている。
苛立った様子の大人たちが向うのは、10代くらいの少年少女5人であった。
上は成人前、下は14・5くらいにしか見えない。
彼らはラフィタやマイシカと同じく
民族風の服に少しばかりの防具を身にまとった格好で、
すぐにマイシカ側の人間である事が分かる。
マイシカの姿を見た彼らの表情が少し輝いた。
そして一番歳下だと思われる少女がマイシカに歩み寄った。
「おかえりなさいっ」
「ただいま、ルイーサ」
優しく返すとマイシカはそっと相手を抱き寄せた。
そんな家族愛に溢れる暖かな光景もこの場では酷く浮いて、
苛立っていた大人たちには逆効果だったようだ。
一人が声を荒げるとそれは光の速さで広がり、
大人たちの怒号のようなものに広場は埋め尽くされていった。
悲痛な表情のマイシカは必死に場を収めようとしている。
そんな必死の声もどこか遠く、ノルベルトはただ必死に思考した。
さっきまで安心してたものが足元から崩れるような嫌な予感がし、眉を顰める。
まず問題なのは『どちらに正義があるのか』。
そして、もしそれがこの施設の人たちである場合、ノルベルトにとって最悪の状況に変わる。
もし、システム自体が乗っ取られ正常な状態でなかったのなら・・・この状況は理解できる展開だ。
しかし、それが可能であるようには到底思えなかった。
どうみてもマイシカたちはどこか他国の先鋭部隊や
何かのエキスパートに見えない。
ただの田舎臭い若者だ。
区長という立場の近しい身内がいるから
ノルベルトはプロ・素人の違いは分かるほうだと思っている。
道や場所を知っていてスムーズだった事や
プロとはいえないが知識や若干の経験はあるような感じもすることを含めても、
それを成しえる可能性はとても低いように思える。
『内部に裏切り者がいた?』
しかしここは国家の最重要施設に分類される場所。
たとえ内部の者でも簡単にいくだろうか?
こんな子供の集団に協力を求めるだろうか?
バーーーーンッ
銃声が響いた。
怒号も悲痛な声も、ノルベルトの思考も、広場の時までも止まった様だった。
火薬の匂いは近くから漂ってきた。
視線をめぐらせばすぐ横に立つラフィタの手に
少し前自分に向けられていた銃が握られていた。
痛いほどの緊張感と沈黙を真っ先に破ったのはマイシカ。
「ラフィ!乱暴な真似はしないでってお願いしたじゃない。
…私たちは争いに来たわけじゃないでしょ?!すぐ仕舞ってっ」
真摯で真剣な相手の怒りにも動じずに、ラフィタはひょいっと肩をすくめると
ハイハイといった軽薄な様子で言われたままに銃を仕舞った。
俯きがちに大きく息をついてから、マイシカは大人たちに向き直った。
「危害は加えない、それは絶対の約束です。貴方たちにも、この国にも、です。
だからどうか、しばらくでいいんです。
ここで静かにしてていただけないでしょうか。お願いします」
深く頭を下げる彼女に大人たちも少し冷静さを取り戻したようだが、
納得の出来る状況でないことは明白だ。
ざわめきの中一人の初老くらいの男が、前に出て静かに発言をした。
「何故私たちはここにいないといけないのか。君たちがどうしてここにいるのか。
せめてそのくらいは教えていただけないかな」
言葉にゆっくり顔を上げたマイシカは、少しの間考え込み。
「分かりました。元々私たちもそうするはずだったんです。
ただ、少し問題が発生したので・・・その問題の対処の後になる予定に。
でもこれ以上は無理なようですね。私からリーダーを説得してみます。
それまでは待っていただけますか?」
「わかった」
「ありがとうございます」
マイシカはもう一度頭を下げると、子供たちにと共にその場を後にした。
彼女の姿が消えてからはっとしたノルベルトは慌てた。
「あ、あのっ俺は・・・」
「オマエはここでいい」
向き直り言葉を返したのは、ラフィタだった。
そして彼の姿も広場から消えた。
ぽつり。
大人の中に残されたノルベルトは、視線の嵐に耐えられずただ俯いた。
「そこの君は?・・・彼らの仲間じゃないように見えるけど・・・」
この声はさっきの初老か。
「はい、ノルベルト・アルバレスです。区長のベルンハルトの息子です」
「で、なんで君はここに?」
こうしてノルベルトはしばらくの間質問攻めにあい、
彼らに家を襲われた事やここに来るまでの経緯や様子を喋らされた。
「区長はなんで狙われてるんだ?」
「それは俺も分かりません。ただなにかさせたい、と言っていました。
・・・皆さんの方は一体いつ頃からこんな状況になったんですか?」
「ここまで手が伸びたのは・・今日の・2時頃だったかしらね?」
何人かが頷いている。
今は6時過ぎ、もう7時に近い。
「ん?ここって・・・?」
「この施設はとても広い。情報が漏れないようにここの人間のほとんどが施設内の居住区に住んでいるから、
もう都市ともいえる規模でね。システム中枢はここからまだ大分離れているんだ」
「じゃぁここにいる人だけじゃないんですか?」
「あぁ、多分こういう広場のような場所何箇所かに人を集めて監視しているんだと思うよ」
施設の詳しい話は出来ない決まりなんだと言ってはいたが、
いざ各々の情報交換が始まると、ノルベルトの存在はまるで気にされなかった。
話はこうだ。
昼2時、ここに手が伸びた。
多分12時以前にはシステムは彼らの支配下にあったと思われる。
しかし外部通信にエラーが出る、施設の外へ出られないなどの問題が次第に見つかり、
1時過ぎには騒ぎになっていた。
そして2時ごろ突然全てのシステムが干渉拒否を始め、
それぞれの場所に閉じ込められた状況になったらしい。
その後正規軍の機械兵士を引き連れた子供たちがやってきて、すこしづつここに集められたという。
そして一番熱く語られたのは
「でもあの子達、どうやってここに来て、どうやってシステムを支配できたのかしら?」
「そうなんだよ。侵入感知やなにかしらの警告が発動してもおかしくないのに、なにもなかったよな」
「普通に仕事だってできてたわ。あれってシステムが一度も拒絶を行わなかった、
ってことじゃないの?ありえるの、そんなこと?」
「絶対無理、といいたいけど・・・現にこういう状況だしなぁ・・・」
「外の状況ってどうだったの?区長の息子さん」
急に話をふれれられて施設員の大半と、そして彼自身も自分の存在を思い出した。
「あ、いや、騒ぎにはなってなかったです。4時ごろからは電脳世界で、
クラスメイトとグループ制作の課題を普通にやっていたし、特に異常は…。
家を出たときも、変わった様子はなかったように見えましたけど…」
改めて思い出し、その不思議さに首をかしげた。
システムが支配されても何事もなく送れた日常生活。
だれも違和感なんて感じなかったし、今でもきっと感じてはいないのかもしれない。
しかし、そんなこと本当にできるのか?
システムの存在は現代社会で大変重要なのだ。
そしてそれに対する信用は絶対的でなければいけない。
揺らぐことがあれば大問題だ。
だからこそこの施設は一般人には知らされていない。
区長の息子ですら本当なら知りえない。
こんな状況なんてあってはならない事だし、こんな事が起こることなんて普通なら想像できなかっただろう。
アリエナイ、で笑い飛ばせる状況が今なのだ。
それに加えこんな状況の原因が、誰もが絶対的に思っていたシステムを占拠したのが、あんな子供たちなのだから。
あまりにも非現実的。
警告音も今の状況も、全ては誰かのいたずらで、
まだ電脳世界の中にいるんじゃないかという、そんな気さえしてくる。
そのほうがまだ現実的なくらなのだ。
「みなさん、こんばんは」
沈黙に埋まった広場に突然声が響いた。
生身の発した声ではない。
誰か驚きの声を発し、その声が告げた”画面”の方に広場の視線が集中した。
それは通常なら食事する皆の横で、TVや音楽を流していたりする類の物なのだろう。
広場に点在するディスプレイには、30代前半くらいのすっきりした目元の
誠実で優しそうなそうな印象の青年が映し出されていた。
そしてその人物はやはり子供たちと同じような民族衣装をまとっている。
「はじめまして、私はエンリーケス・カブレラと申します。
これから私たちがここに居る理由、そしてこれからの事を説明したいと思います。
その前に施設長さんからお言葉を」
と、青年の姿が画面の外に消えると貫禄のある気難しそうな老人が映し出され
施設長という老人が『危害を加えない約束があるので安心するように』等と話してる最中、
黒い人影がひっそり広場に加わった。
施設の人間ではないノルベルトは、施設員を叱咤激励する言葉には興味をもてず、
増えた気配に一番早く気がつくことができた。
その人影=ラフィタは、群集から離れた機械兵士の向こうで、
適当な椅子を引き寄せて行儀悪く腰を降ろす。
『到着した』という小さな声がかすかに聞き取れた。
数箇所に人を集めてるという話であったから、
それぞれの場所に何人かづつ配置されたのか。
「有難う御座いました。それでは早速本題の方に移りましょう」
広場にいた人全員の息を呑む音が聞こえたような気がする、緊張の一瞬だった。
第2章
「私たちは未来から歴史修正のため、この過去の世界にやってきました」
広場の誰もが耳を疑ったに違いない。
因みにノルベルトは次に本当か嘘か以前に、冗談か正気かを疑った。
しかし先ほどエンリーケス・カブレラと名乗った、
子供たちのリーダーらしい青年は真顔で話し続けた。
自分たちの居た時代に残された記録では、去年に時空法が可決されていたはずで、
一番受け入れられる姿勢が高まっているであろう、
その数年後を想定して今の時代にやってきた事。
しかし時空法が可決されておらず仕方なくこのような手荒な真似をしている事。
歴史が変わった理由については、自分たちの時代の研究完成時から言われていたという、
タイムパラドックス防止のためのパラレルワールド発生説に
『私個人の推測である』と断ってから、
『歴史修正点ではなく、時空間影響点で世界が分岐したのではないか』と付け加え説明した。
自分たちの時間旅行技術が日時や場所を完璧に設定できる域に達しておらず、
ブレのような物が生じ、自分たちの現れた時間より1年ほど前の過去にまで影響したと思われる、と。
確かに去年ぐらいに、『時空法』が世界政府の議題に上ったことはあり、世界的な話題になった。
事の発端はTVで小型の無人船が目の前で消える映像が流れた事だとノルベルトは記憶している。
それで一気に時間旅行に対する関心が高まり、人々の間で情報が飛び交い議論が行われ、
そしてついに世界政府にまでその影響が及んだ。
時空法といってもまだ時間旅行は成功していない。
ただ、近い未来その技術が完成し、未来から歴史修正の要請があったらどのようにそれを受け入れるか、
未来から来た証明確認をどのようにして行うか、などの現実離れした議題だった。
電脳化が進み、夢と現実の境が曖昧になっているなんて声も聞くが、
さすがにこれは時期尚早として可決されずに終わった。
そもそも世界政府とは、地球環境悪化と文明レベルの格差などから、
国の衝突・戦争・侵略による消耗を避けましょうとか、
電脳化が進み電脳世界での広範囲な犯罪等に対処する為に同盟しましょうといった類のものである。
同盟国間でも国力の差で発言力・影響力に格差があり、
弱い国は強国に追従し庇護下に入る為に、
強国は隙があれば無理難題を押し付けたり搾取したり面倒ごとを擦り付け合ったりする為に…と、
そんな国家同士の強食弱肉の場であるとノルベルトは認識していたし、
似たようなイメージを持っている人はきっと少なくない。
<全世界>を司る<政府>ではなく、
<世界>各国の<政府>が集まったから世界政府であることは確かだ。
時空法なんて議題は多分民衆アピールのつもりだったんだろう。
きっと可決されていても、都合の悪いことがあればすぐに変更されるのがオチだ。
もしここが可決された後の世界であっても、多分今のような状況になっている気がする。
ノルベルトは途中からそんなことをのんびり考えだして、青年の話はほとんど素通りだった。
ノルベルトだけではない、広場の人間の何人が彼の話を真面目に最後まで聞いていただろうか。
途中で馬鹿馬鹿しいと画面を見るのを止めたり、すでに雑談に花を探せているグループもいる。
失笑、苦笑も聞こえてくるし、あまりの内容に怒り出し喚く声もある。
ふとラフィタの存在を思い出し、彼がどんな顔をしているのか気になって視線を向けてみた。
そして一目見て、後悔する。
恐ろしく静かな怒りに燃える彼が、じっと広場の人たちを眺めている。
目は自然と銃の収められてる場所に向う。
「これで私たちが何処から来た何者であるか、についてはお分りいただけたと思います。
これからどうなるのかについては、残念ですがお答えできません。
私たちにも先のことは分からないのです。
ただ一ついえることは、私たちは歴史を変える為、未来を変える為にここにいるということです」
そうして画面の青年は、しばらくの不自由な生活を強いることになることに謝罪し、
出来る限り不自由さの改善に努力することを約束して放送を終えた。
しかしノルベルトにはその言葉も、周りのヤジも響かなかった。
あの男がいつキレて発砲するか、そればかりが気になって他のことなど頭に入らない。
怖すぎて直視できず、視界の端でこっそり彼を捕らえていたノルベルトは、動きを見せた相手にびくりとした。
『…アイツ?あぁ分かった連れて行く』と確かにラフィタの声がした。
それが空耳でないことを確信させるように端の影は立ち上がり、ゆっくりとこちらに向かってくる。
誰を連れて行くつもりなのかは分からないが、嫌な事になりそうな予感に体が強張る。
ノルベルトを挟み、ラフィタの姿に気がついた大人が彼に声を投げた。
「さっきのお前らのリーダーなんだろ?頭オカシイんじゃないか?
それともお前も未来から来たとか?」
広場に嘲笑いが響いた。
ノルベルトは多分この広場の人間の中で一番彼に接していた。
だからこそ彼の静かな、そしてとても強い怒りに気がつけたのだろう。
しかし広場の人間は気がついていない。
そして彼らの仲間が何度も『危害は加えない』と言っている事や、
発砲時に叱られた彼が素直に銃を仕舞った事、
あの発砲で誰も傷つかなかった事等などから、
多分油断しているのだ。
しかしノルベルトは知っている。
彼といた短時間、彼は『手荒な真似をしないで』という仲間のお願いを2度破っている。
マイシカの言う『手荒な真似』には多分『銃の使用』が含まれている。
その事をラフィタ自身も多分知ってて、2度だ。
そして彼自身の口から『手荒な真似をしない』という明確な発言がなされたことはない。
「あぁ…俺も未来からきたけど、それがどうかしたのか?」
軽薄な口調、しかし低い、とても低い静かで凄みのある声音。
時折混じる不気味なノイズのような掠れが益々恐怖感を煽る。
さすがに広場の人間も気がついたようで、音からも顔からも笑いはすっかり引いた。
冷気のような緊迫感が、広場にゆっくり広がっていく。
「おい、オマエ」
いつの間にか俯いていたノルベルトは、自分のすぐ横で声が聞こえはっと顔を上げた。
「お、俺…?」
「あぁ、そうだ。ついて来い」
そういって一度群集を睨むように一瞥をくれたあと、ラフィタは身を翻し歩き出した。
小さな頷きを繰り返し、重い一歩を踏み出したその時。
「ぶざけんな。なにが未来から歴史を変えにきました~だ。冗談じゃねぇよっ」
前を歩く人物の動きが止まらないことに、すこしほっとしノルベルトは足を早めた。
早くここから出たほうが良いような気がした。
しかし怒りが大きいようで周囲の何人かが止める声も振り切り、若い男は更に喚く。
「手荒な真似はしない?じゃぁコレはなんだ?!あぁ?!
こんなのただの侵略だろっ。どうせ俺たちは人質なんだろ?!ただのテロリストじゃねーか!」
ぴたりと動きを止めた目の前男の背中から声がした。
「俺は別にそれでも構わねぇよ」
広場の温度が更に急激に低下していく。
喚いてた男もやっと頭が冷えたのか、押し黙っている。
「だいたい、この世界は俺らが来て発生した世界らしいし?
なら今ここにいるお前らって、俺たちに侵略される為に生まれたって事じゃねーの?
なにしたって別にイイと思うんだけどな、俺はさ」
振り返った声の主。
妖しい笑みに歪む顔を暗い闇のような髪が艶めき彩って、その凶悪さを際立たせている。
『彼の本心だ』
きっと皆が同じ事を確信しただろう。
凍りついた静かな広場に黒い足音が響いた。
慌ててついて行くノルベルトは、何処に連れて行かれるだろうとか、
何故自分なのかということよりも、先ほどの彼の言葉が気になった。
『侵略される為に生まれた』
世の中がまだ時間旅行の夢を見ていた頃、沢山の情報が発信されていたので、
ノルベルトもある程度の知識は持ってる。
世界定義やパラドックス防止等の様々な諸説も知っていて、
パラレルワールド説も含まれていた。
彼らが未来からきたことはやはり信じられない。
しかし、彼は本気だ。
彼の正気を疑うことはできるが、
この異常な状況を思うとそれが妥当とは言い切れないような気がする。
もう自分の正気すら信じられなくなりそうだ。
もし、彼らが未来から来たのなら。
もし、ここが分岐したパラレルワールドであるなら…
もし、それが本当であるならば、
もう一つの世界のもう一人の自分は今何をしているのだろうか。
グループ制作をしているのだろうか、
それともいつものように夕食を一人で食べているのだろうか…。
どちらにせよきっとアタリマエな日常であったんだろう。
じゃぁ今ここにいる自分という存在は一体何なのだろうか。
侵略される時間の為に世界と共に生まれたかもしれない自分は。
彼の言うとおり、ただ新しい未来を作る侵略の餌食になる為だけに存在するのだろうか。
そんなことを考え、言い知れぬ絶望感に襲われた。
どれだけ歩いたのか。
ノルベルトは絶望的な思考に打ちひしがれ、
それでも続く思考の迷走から逃れられないでいた。
「こっちだ」
溜息と共に発せられた声で、やっと思考の呪縛から開放されたノルベルトは
周囲の作りが先ほどの広場の場所とは変わっていることに今気がついた。
そして自分がラフィタを通り過ぎていた事実を知る。
「あ、悪い」
謝りちらりと見た顔には、呆れたような表情が浮かんでた。
しかし広場の時の危うさはなく、ここに来る頃の彼に戻っていることに、小さく安堵の息をついた。
促されるままにラフィタに続き部屋の中に入る。
そこは広い書斎のような部屋で、先ほど広場の画面で見た場所でもあった。
部屋にはマイシカと先ほどの青年エンリーケス、そして施設長とここの人間と思われる人が4人。
それから軍人と思われる厳つい男と、その付き人らしい短髪の女性軍人。
そして大きな机の上にある、一般サイズではない光学ディスプレイには、見覚えのある顔が映し出されていた。
「父さんっ!」
「ノル、無事か…よかった。絶対に助けてやるから、安心しろ」
それは紛れも無くノルベルトの父親であった。
肉親の顔を見た安心からかノルベルトは、
自分の中の弱い物があふれ出そうになるのを阻止するようきつく口を閉じ、父の言葉に頷いた。
「確かに息子の安全は確認した。では交渉に移ろう」
先ほどとはまるで違う、感情を感じない堅い声。
父親もまた区長に戻ることで、自分の弱さを守ったのだろう。
そうして部屋で、未来人と政府関係者たちの話し合いが始まった。
面白いことに父親側、つまり政府側はマイシカたちの『未来から来た説』に対し肯定的だった。
時空法議会中にデザインされ、結局お蔵入りになった証や印と酷似した物を所持していた事、
その存在を知るのは極一部の人間であった事、他にも色々な要素があったようだ。
また父親側には時間旅行研究所のお偉い科学者たちもいて、
難解な専門用語が飛び交う議論がしばらく続いた。
科学者たちは唸りながら『信憑性が高い』という結論を出した。
彼らはやはり未来から来たのか…。
ノルベルトは自分を打ちのめしたラフィタの言葉を思い出し、項垂れた。
そのまま地面まで押しつぶされてしまいそうだ。
ふとその横から影が伸びた。
そこには飲み物を差し出すマイシカがいた。
「あ、ありがとう」
差し出されたコップを受け取り、口をつける。
それはホットココアだった。
まろやかな甘さと温かさが、冷え切っていた身も心も解かすように、じんわりと優しく広がる。
「疲れた?戻りましょうか?」
話の続く中、小声で自分を案じてくれた優しさになんとか笑顔を返す。
「いえ、ちゃんと聞いておきたいです」
「そう。でも無理はしないでね」
本当に泣いてしまいそうになったノルベルトは、こくんと頷き。
そのまま涙が溢れないようにじっと地面を見つめ、話に集中する事にした。
今話はここに着てから今に至るまでの状況説明になっている。
システムの存在が絶対的で、その信頼性を失うようなことがあってはならない現代において
ここは大きな問題だ。
政府はしっかり把握し、今後の対策をしていかなくてはいけない。
施設長の視点、軍部の視点、未来人の視点。この3つの視点を交えることで、
国家最重要機密施設制圧の経緯が詳細に浮き彫りにされていった。
まず未来人は国に対しても目標地点を定めていた。
そしてそれがこの国。
理由は電脳化がされていること、システムの存在が重要であること。
時間に関してはブレが生じてしまったが、位置設定に関しては正確だった。
予定位置から1mも離れていない地点に出現することに成功。
エンリーケスは本当に幸運だったとしみじみ呟いた。
そこの端末からシステムに接続し、情報を改ざん。
しかしメインシステム完全掌握には特定の場所に行き、
物理的作業を行わなくてはいけない。
唯一の電脳者であるエンリーケスと子供たちがそこに残り、
マイシカなどの年長者部隊が突入。
エンリーケスがシステムの目を盗みながら、
少しずつシステム侵略して活路を開き部隊を導く。
システムに関する技術は文献など徹底的に調べ上げ、更に
これから後6・7年後に現れ世界を震撼させたハッカーに関する調書から、
手順のヒントを得たという。
この事件からメインシステムの強化は一気に進んだため、
その前の時代である方が好ましかったとも語った。
そして11時頃、システム掌握は無事行われた。
争うつもりが無いのなら、何故話し合いより先に
このような実力行使を行ったのかという批判的な質問が上がった。
それに関して彼らは”受け入れ態勢が整っているであろう”時代を想定してはいたが
”反発がまったく無い可能性は低い”事も視野に入れていてた。
そもそも何処の誰ともしれない、ましてやほとんどが子供。
そんな彼らが証や印を持っているからといって、そのまま鵜呑みにするわけが無い。
彼らは助けを求めに着たのではなく、歴史を変えにきたのだ。
身の安全と強い立場が必要だった。
そしてスムーズにシステムを掌握することこそが、
敵味方双方に犠牲者を出さない最善の方法と信じ、
それに対する対策や訓練をしっかり行ってきた。
少人数の子供たちだけで成せるという点でも、
政府に交渉する強い立場を保てる点でも、
これ以上の策はないだろう。
争うつもりは本当に無かったが、安全をまず真っ先に確保する必要があった事を強調して
未来人エンリーケスの視点はここで一度終了。
次なる視点は施設長だ。
まず、未来人の出現したポイントというのは、システム中枢施設の地下。
そしてそこはとても広く暗く、機械がごちゃごちゃと埋め尽くされている視界の悪い場所で
人体に悪影響を及ぼす物質の濃度が高くなる場所という観点から
施設内で一番警備の手薄だっただろう、と言い難そうに証言。
されに聞くとシステム中枢のある重要箇所、
未来人の現れた建物自体が人ほとんどがいない場所であった。
人を直接配置しない理由は、要約すると『誰も信じられない』ということらしい。
物質的破損でも、システムにダメージを与えることは可能なのだ。
入り口など以外に生身の人間はいなく、電脳で遠隔操作している機械や、モニターでの監視が主。
人間が管理していることに間違いはない。
しかしシステムに侵入され、偽者を見せられてしまっては意味が無い。
『周囲の警備はしっかりしてるが、忽然と物質が現れることは想定していなかったし
そんなことを考える必要も普通ならない』と訴え、それには軍部も深く頷いた。
絶対に中に侵入させなければいいと思い込んだ末の盲点と
システム過信故の隙をつかれた結果だったのだろう。
施設長がシステムが完全に乗っ取られた事をしったのはそれから少し後。
なぜ間が開いたかについては、エンリーケスは状況・時代の把握をし
しっかりとした作戦を立てるのに必要だったと答えた。
そして12時すぎに政府と施設長の元にエンリーケスからの通信が入り
システム掌握という悪夢のような事実が知らされる。
そして政府との話を進めながら、ゆっくりと一箇所づつ施設の方にも手を伸ばしていった。
外部から完全に断絶する為に、通信遮断など規制を行っており
それが発覚することは時間の問題。
パニックによる無駄な争いや事故を避ける為に必要だった。
真っ先に手が伸びたのは軍関連施設なのは当然か。
それは巧みに行われたようで、厳つい軍人は眉間に深い皺を寄せて恨めしそうな視線をエンリーケスに送る。
結局軍部の視点は『異常は無く、気がついたら隔離されていた』というものだけであった。
ノルベルトは、自分たちがシステムに依存した社会に生きているという事を改めて思い知らされた。
しばらくの沈黙の後。
話は証明・説明から、理由へと変わった。
歴史的修正が必要になった理由。
彼らが語る未来の姿とは。
「私たちは未来から歴史修正のため、この過去の世界にやってきました」
広場の誰もが耳を疑ったに違いない。
因みにノルベルトは次に本当か嘘か以前に、冗談か正気かを疑った。
しかし先ほどエンリーケス・カブレラと名乗った、
子供たちのリーダーらしい青年は真顔で話し続けた。
自分たちの居た時代に残された記録では、去年に時空法が可決されていたはずで、
一番受け入れられる姿勢が高まっているであろう、
その数年後を想定して今の時代にやってきた事。
しかし時空法が可決されておらず仕方なくこのような手荒な真似をしている事。
歴史が変わった理由については、自分たちの時代の研究完成時から言われていたという、
タイムパラドックス防止のためのパラレルワールド発生説に
『私個人の推測である』と断ってから、
『歴史修正点ではなく、時空間影響点で世界が分岐したのではないか』と付け加え説明した。
自分たちの時間旅行技術が日時や場所を完璧に設定できる域に達しておらず、
ブレのような物が生じ、自分たちの現れた時間より1年ほど前の過去にまで影響したと思われる、と。
確かに去年ぐらいに、『時空法』が世界政府の議題に上ったことはあり、世界的な話題になった。
事の発端はTVで小型の無人船が目の前で消える映像が流れた事だとノルベルトは記憶している。
それで一気に時間旅行に対する関心が高まり、人々の間で情報が飛び交い議論が行われ、
そしてついに世界政府にまでその影響が及んだ。
時空法といってもまだ時間旅行は成功していない。
ただ、近い未来その技術が完成し、未来から歴史修正の要請があったらどのようにそれを受け入れるか、
未来から来た証明確認をどのようにして行うか、などの現実離れした議題だった。
電脳化が進み、夢と現実の境が曖昧になっているなんて声も聞くが、
さすがにこれは時期尚早として可決されずに終わった。
そもそも世界政府とは、地球環境悪化と文明レベルの格差などから、
国の衝突・戦争・侵略による消耗を避けましょうとか、
電脳化が進み電脳世界での広範囲な犯罪等に対処する為に同盟しましょうといった類のものである。
同盟国間でも国力の差で発言力・影響力に格差があり、
弱い国は強国に追従し庇護下に入る為に、
強国は隙があれば無理難題を押し付けたり搾取したり面倒ごとを擦り付け合ったりする為に…と、
そんな国家同士の強食弱肉の場であるとノルベルトは認識していたし、
似たようなイメージを持っている人はきっと少なくない。
<全世界>を司る<政府>ではなく、
<世界>各国の<政府>が集まったから世界政府であることは確かだ。
時空法なんて議題は多分民衆アピールのつもりだったんだろう。
きっと可決されていても、都合の悪いことがあればすぐに変更されるのがオチだ。
もしここが可決された後の世界であっても、多分今のような状況になっている気がする。
ノルベルトは途中からそんなことをのんびり考えだして、青年の話はほとんど素通りだった。
ノルベルトだけではない、広場の人間の何人が彼の話を真面目に最後まで聞いていただろうか。
途中で馬鹿馬鹿しいと画面を見るのを止めたり、すでに雑談に花を探せているグループもいる。
失笑、苦笑も聞こえてくるし、あまりの内容に怒り出し喚く声もある。
ふとラフィタの存在を思い出し、彼がどんな顔をしているのか気になって視線を向けてみた。
そして一目見て、後悔する。
恐ろしく静かな怒りに燃える彼が、じっと広場の人たちを眺めている。
目は自然と銃の収められてる場所に向う。
「これで私たちが何処から来た何者であるか、についてはお分りいただけたと思います。
これからどうなるのかについては、残念ですがお答えできません。
私たちにも先のことは分からないのです。
ただ一ついえることは、私たちは歴史を変える為、未来を変える為にここにいるということです」
そうして画面の青年は、しばらくの不自由な生活を強いることになることに謝罪し、
出来る限り不自由さの改善に努力することを約束して放送を終えた。
しかしノルベルトにはその言葉も、周りのヤジも響かなかった。
あの男がいつキレて発砲するか、そればかりが気になって他のことなど頭に入らない。
怖すぎて直視できず、視界の端でこっそり彼を捕らえていたノルベルトは、動きを見せた相手にびくりとした。
『…アイツ?あぁ分かった連れて行く』と確かにラフィタの声がした。
それが空耳でないことを確信させるように端の影は立ち上がり、ゆっくりとこちらに向かってくる。
誰を連れて行くつもりなのかは分からないが、嫌な事になりそうな予感に体が強張る。
ノルベルトを挟み、ラフィタの姿に気がついた大人が彼に声を投げた。
「さっきのお前らのリーダーなんだろ?頭オカシイんじゃないか?
それともお前も未来から来たとか?」
広場に嘲笑いが響いた。
ノルベルトは多分この広場の人間の中で一番彼に接していた。
だからこそ彼の静かな、そしてとても強い怒りに気がつけたのだろう。
しかし広場の人間は気がついていない。
そして彼らの仲間が何度も『危害は加えない』と言っている事や、
発砲時に叱られた彼が素直に銃を仕舞った事、
あの発砲で誰も傷つかなかった事等などから、
多分油断しているのだ。
しかしノルベルトは知っている。
彼といた短時間、彼は『手荒な真似をしないで』という仲間のお願いを2度破っている。
マイシカの言う『手荒な真似』には多分『銃の使用』が含まれている。
その事をラフィタ自身も多分知ってて、2度だ。
そして彼自身の口から『手荒な真似をしない』という明確な発言がなされたことはない。
「あぁ…俺も未来からきたけど、それがどうかしたのか?」
軽薄な口調、しかし低い、とても低い静かで凄みのある声音。
時折混じる不気味なノイズのような掠れが益々恐怖感を煽る。
さすがに広場の人間も気がついたようで、音からも顔からも笑いはすっかり引いた。
冷気のような緊迫感が、広場にゆっくり広がっていく。
「おい、オマエ」
いつの間にか俯いていたノルベルトは、自分のすぐ横で声が聞こえはっと顔を上げた。
「お、俺…?」
「あぁ、そうだ。ついて来い」
そういって一度群集を睨むように一瞥をくれたあと、ラフィタは身を翻し歩き出した。
小さな頷きを繰り返し、重い一歩を踏み出したその時。
「ぶざけんな。なにが未来から歴史を変えにきました~だ。冗談じゃねぇよっ」
前を歩く人物の動きが止まらないことに、すこしほっとしノルベルトは足を早めた。
早くここから出たほうが良いような気がした。
しかし怒りが大きいようで周囲の何人かが止める声も振り切り、若い男は更に喚く。
「手荒な真似はしない?じゃぁコレはなんだ?!あぁ?!
こんなのただの侵略だろっ。どうせ俺たちは人質なんだろ?!ただのテロリストじゃねーか!」
ぴたりと動きを止めた目の前男の背中から声がした。
「俺は別にそれでも構わねぇよ」
広場の温度が更に急激に低下していく。
喚いてた男もやっと頭が冷えたのか、押し黙っている。
「だいたい、この世界は俺らが来て発生した世界らしいし?
なら今ここにいるお前らって、俺たちに侵略される為に生まれたって事じゃねーの?
なにしたって別にイイと思うんだけどな、俺はさ」
振り返った声の主。
妖しい笑みに歪む顔を暗い闇のような髪が艶めき彩って、その凶悪さを際立たせている。
『彼の本心だ』
きっと皆が同じ事を確信しただろう。
凍りついた静かな広場に黒い足音が響いた。
慌ててついて行くノルベルトは、何処に連れて行かれるだろうとか、
何故自分なのかということよりも、先ほどの彼の言葉が気になった。
『侵略される為に生まれた』
世の中がまだ時間旅行の夢を見ていた頃、沢山の情報が発信されていたので、
ノルベルトもある程度の知識は持ってる。
世界定義やパラドックス防止等の様々な諸説も知っていて、
パラレルワールド説も含まれていた。
彼らが未来からきたことはやはり信じられない。
しかし、彼は本気だ。
彼の正気を疑うことはできるが、
この異常な状況を思うとそれが妥当とは言い切れないような気がする。
もう自分の正気すら信じられなくなりそうだ。
もし、彼らが未来から来たのなら。
もし、ここが分岐したパラレルワールドであるなら…
もし、それが本当であるならば、
もう一つの世界のもう一人の自分は今何をしているのだろうか。
グループ制作をしているのだろうか、
それともいつものように夕食を一人で食べているのだろうか…。
どちらにせよきっとアタリマエな日常であったんだろう。
じゃぁ今ここにいる自分という存在は一体何なのだろうか。
侵略される時間の為に世界と共に生まれたかもしれない自分は。
彼の言うとおり、ただ新しい未来を作る侵略の餌食になる為だけに存在するのだろうか。
そんなことを考え、言い知れぬ絶望感に襲われた。
どれだけ歩いたのか。
ノルベルトは絶望的な思考に打ちひしがれ、
それでも続く思考の迷走から逃れられないでいた。
「こっちだ」
溜息と共に発せられた声で、やっと思考の呪縛から開放されたノルベルトは
周囲の作りが先ほどの広場の場所とは変わっていることに今気がついた。
そして自分がラフィタを通り過ぎていた事実を知る。
「あ、悪い」
謝りちらりと見た顔には、呆れたような表情が浮かんでた。
しかし広場の時の危うさはなく、ここに来る頃の彼に戻っていることに、小さく安堵の息をついた。
促されるままにラフィタに続き部屋の中に入る。
そこは広い書斎のような部屋で、先ほど広場の画面で見た場所でもあった。
部屋にはマイシカと先ほどの青年エンリーケス、そして施設長とここの人間と思われる人が4人。
それから軍人と思われる厳つい男と、その付き人らしい短髪の女性軍人。
そして大きな机の上にある、一般サイズではない光学ディスプレイには、見覚えのある顔が映し出されていた。
「父さんっ!」
「ノル、無事か…よかった。絶対に助けてやるから、安心しろ」
それは紛れも無くノルベルトの父親であった。
肉親の顔を見た安心からかノルベルトは、
自分の中の弱い物があふれ出そうになるのを阻止するようきつく口を閉じ、父の言葉に頷いた。
「確かに息子の安全は確認した。では交渉に移ろう」
先ほどとはまるで違う、感情を感じない堅い声。
父親もまた区長に戻ることで、自分の弱さを守ったのだろう。
そうして部屋で、未来人と政府関係者たちの話し合いが始まった。
面白いことに父親側、つまり政府側はマイシカたちの『未来から来た説』に対し肯定的だった。
時空法議会中にデザインされ、結局お蔵入りになった証や印と酷似した物を所持していた事、
その存在を知るのは極一部の人間であった事、他にも色々な要素があったようだ。
また父親側には時間旅行研究所のお偉い科学者たちもいて、
難解な専門用語が飛び交う議論がしばらく続いた。
科学者たちは唸りながら『信憑性が高い』という結論を出した。
彼らはやはり未来から来たのか…。
ノルベルトは自分を打ちのめしたラフィタの言葉を思い出し、項垂れた。
そのまま地面まで押しつぶされてしまいそうだ。
ふとその横から影が伸びた。
そこには飲み物を差し出すマイシカがいた。
「あ、ありがとう」
差し出されたコップを受け取り、口をつける。
それはホットココアだった。
まろやかな甘さと温かさが、冷え切っていた身も心も解かすように、じんわりと優しく広がる。
「疲れた?戻りましょうか?」
話の続く中、小声で自分を案じてくれた優しさになんとか笑顔を返す。
「いえ、ちゃんと聞いておきたいです」
「そう。でも無理はしないでね」
本当に泣いてしまいそうになったノルベルトは、こくんと頷き。
そのまま涙が溢れないようにじっと地面を見つめ、話に集中する事にした。
今話はここに着てから今に至るまでの状況説明になっている。
システムの存在が絶対的で、その信頼性を失うようなことがあってはならない現代において
ここは大きな問題だ。
政府はしっかり把握し、今後の対策をしていかなくてはいけない。
施設長の視点、軍部の視点、未来人の視点。この3つの視点を交えることで、
国家最重要機密施設制圧の経緯が詳細に浮き彫りにされていった。
まず未来人は国に対しても目標地点を定めていた。
そしてそれがこの国。
理由は電脳化がされていること、システムの存在が重要であること。
時間に関してはブレが生じてしまったが、位置設定に関しては正確だった。
予定位置から1mも離れていない地点に出現することに成功。
エンリーケスは本当に幸運だったとしみじみ呟いた。
そこの端末からシステムに接続し、情報を改ざん。
しかしメインシステム完全掌握には特定の場所に行き、
物理的作業を行わなくてはいけない。
唯一の電脳者であるエンリーケスと子供たちがそこに残り、
マイシカなどの年長者部隊が突入。
エンリーケスがシステムの目を盗みながら、
少しずつシステム侵略して活路を開き部隊を導く。
システムに関する技術は文献など徹底的に調べ上げ、更に
これから後6・7年後に現れ世界を震撼させたハッカーに関する調書から、
手順のヒントを得たという。
この事件からメインシステムの強化は一気に進んだため、
その前の時代である方が好ましかったとも語った。
そして11時頃、システム掌握は無事行われた。
争うつもりが無いのなら、何故話し合いより先に
このような実力行使を行ったのかという批判的な質問が上がった。
それに関して彼らは”受け入れ態勢が整っているであろう”時代を想定してはいたが
”反発がまったく無い可能性は低い”事も視野に入れていてた。
そもそも何処の誰ともしれない、ましてやほとんどが子供。
そんな彼らが証や印を持っているからといって、そのまま鵜呑みにするわけが無い。
彼らは助けを求めに着たのではなく、歴史を変えにきたのだ。
身の安全と強い立場が必要だった。
そしてスムーズにシステムを掌握することこそが、
敵味方双方に犠牲者を出さない最善の方法と信じ、
それに対する対策や訓練をしっかり行ってきた。
少人数の子供たちだけで成せるという点でも、
政府に交渉する強い立場を保てる点でも、
これ以上の策はないだろう。
争うつもりは本当に無かったが、安全をまず真っ先に確保する必要があった事を強調して
未来人エンリーケスの視点はここで一度終了。
次なる視点は施設長だ。
まず、未来人の出現したポイントというのは、システム中枢施設の地下。
そしてそこはとても広く暗く、機械がごちゃごちゃと埋め尽くされている視界の悪い場所で
人体に悪影響を及ぼす物質の濃度が高くなる場所という観点から
施設内で一番警備の手薄だっただろう、と言い難そうに証言。
されに聞くとシステム中枢のある重要箇所、
未来人の現れた建物自体が人ほとんどがいない場所であった。
人を直接配置しない理由は、要約すると『誰も信じられない』ということらしい。
物質的破損でも、システムにダメージを与えることは可能なのだ。
入り口など以外に生身の人間はいなく、電脳で遠隔操作している機械や、モニターでの監視が主。
人間が管理していることに間違いはない。
しかしシステムに侵入され、偽者を見せられてしまっては意味が無い。
『周囲の警備はしっかりしてるが、忽然と物質が現れることは想定していなかったし
そんなことを考える必要も普通ならない』と訴え、それには軍部も深く頷いた。
絶対に中に侵入させなければいいと思い込んだ末の盲点と
システム過信故の隙をつかれた結果だったのだろう。
施設長がシステムが完全に乗っ取られた事をしったのはそれから少し後。
なぜ間が開いたかについては、エンリーケスは状況・時代の把握をし
しっかりとした作戦を立てるのに必要だったと答えた。
そして12時すぎに政府と施設長の元にエンリーケスからの通信が入り
システム掌握という悪夢のような事実が知らされる。
そして政府との話を進めながら、ゆっくりと一箇所づつ施設の方にも手を伸ばしていった。
外部から完全に断絶する為に、通信遮断など規制を行っており
それが発覚することは時間の問題。
パニックによる無駄な争いや事故を避ける為に必要だった。
真っ先に手が伸びたのは軍関連施設なのは当然か。
それは巧みに行われたようで、厳つい軍人は眉間に深い皺を寄せて恨めしそうな視線をエンリーケスに送る。
結局軍部の視点は『異常は無く、気がついたら隔離されていた』というものだけであった。
ノルベルトは、自分たちがシステムに依存した社会に生きているという事を改めて思い知らされた。
しばらくの沈黙の後。
話は証明・説明から、理由へと変わった。
歴史的修正が必要になった理由。
彼らが語る未来の姿とは。
第3章
これから、電脳化無しでは成立しない世界になっていったという。
中毒性・依存性等危険を叫ぶ声はなくなるどころか、
大きくなっていったというのに、
それでもその便利さには代えがたい価値があるという人の方は多かった。
実際これに変わるような技術はなく、
また地球環境の悪化から益々人の領域は減っていき
物理世界の制限から、無限に等しい電脳世界への転向は仕方のない物だったのだろう。
電脳を基準にした科学進歩が一気に進むと、
生活にも電脳化は必須とされた世界が形成され
もう戻れない程になっていた。
そしていつからか、人が現実を捨てだした。
最初の原因は老い。
確かに科学技術は発達した。
しかし環境悪化による資源不足などから人体改造は維持が難しく
一般人に手が出せるようなものではなくて
電脳世界以外に逃れる術はなかった。
そうして老いて体の自由が利かなくなった者から夢に堕ちた。
自分の望む姿で、好きな世界で、いつまでも若々しく。
誰が拒めるというのだろう。
更に環境が悪かった。
環境悪化による寿命短縮、生殖機能の低下、子供不足。
結果人口が減り、国は衰退していく一方。
そんな様々な要因が重なっていった。
そしてある時代から誰ともなく急速にソレは広まった。
財のあったものは生命維持装置や体を改造し、夢に堕ちた。
貧しい者は糞尿を垂れ流し、生きながら腐るように夢に堕ちた。
貧しい者のそれは自殺とされて非難もされ、措置もとられた。
しかしもう止まらなかった。
どんどんと人が夢に消えた。
残されたのは廃墟と、死んでいる死体か夢に生きる死体か。
こうしていくつの都市が消えただろう、いくつの国が滅んだだろう。
僅かに残った人々は、志を持った者と貧しくて電脳化できずに居る人と子供たち。
世界中が貧しく、環境維持ですらままならない…その日を凌ぐのがやっとな時代。
電力などの全ての動力は環境維持や生産にまわさなくてはいけなくて
暮らしは大分原始的なものになったという。
ただ環境維持装置を始め、様々なものが電脳技術を基本に
長い年月をかけて作られたものであり、それには頼らずにはいられない状況だった。
衰退の一番の要因であるはずの電脳化だけは捨てることは出来なかった。
そして気がつくと誰か一人、また一人と夢に堕ちていく。
絶望的だった。
滅びの中にいた。
それは世界中どこも似たような状況で…。
ただ、辛うじて点在する幾つかの都市の中の一つ。
他と比べて大きく、環境悪化も緩やかで、幾分余力のある都市があり、
そこで一つの計画が立ち上がった。
その時代、すでにロストテクノロジーとなっていた時間旅行を復活させ
歴史修正を行おうといったものだった。
「最後の賭け。にしては酷く馬鹿げた話だと多くのものが思ったでしょう。
それでも人々は最後の力を振り絞り、物資を知識を技術を集結させました。
歌いながら、楽しそうに。ある意味、夢に堕ちたのかもしれませんね。…起きたまま見る夢。
それは目を見開き、最後まで現実を見つめて生きようとする人々の最後の意地なんでしょう」
丁度終わり、真っ黒になった画面をエンリーケスはしばらく見つめていた。
「ではこの計画の代表者のメッセージを預かっていますのでそれをご覧ください」
そういうと今度は一人の男性の映像に切り替わった。
ぼろぼろの作業着をきた職人気質そうなその人は、
面倒そうに照れくさそうに話し始めた。
ただの環境維持局の局長だという彼は、
自分の父からこの計画を引き継がされた事
息子の代でやっと形になった事などを、
息子のエンリーケスに横から口をはさまれながら
ホームビデオのような雰囲気で語っていく。
そして最後には優しい瞳に真摯な光を宿し、まっすぐに
『どうか子供たちをよろしくお願いします』といって、
帽子をぬぐと深く頭を下げた。
未来のミの字も出てこない。
ただ旅立つ子供たちを心配している、そんなただのおじさんだった。
優しい苦笑零していたエンリーケスが
「では、未来について何か質問はありますか?」というと、
科学者たちから技術関連の質問が飛んだが、
区長かそれを制してその場はお開きとなった。
『そういえば父にさせたい事ってなんだったんだろう。
なぜ区長でしかない父が、政府側の代表者のように話をしていたんだろうか?』
来た時と同じようにラフィタについて歩きながら、ノルベルトは疑問に思った。
この施設が管轄の区にあるからといって
父はこの施設に関して権限や持っていたり
責任を負う立場であることは考えにくい。
しかし、ラフィタにこの事を聞く気にはなれない。
なんとなく前を歩く男の姿を窺い見た。
パラレルワールドに関する彼の言葉は、
きっとこれからもノルベルトの心に突き刺さったままだろう。
そう思うと酷く憎たらしい。
だがあの時は確かに彼の本心のように思えたけれど、
今目の前にいる男は、そこまで凶暴でも凶悪でもない気がする。
さっき未来の話を聞いたからだろうか。
同情しているのだろうか。
「…なんだ?」
振り向く様子は無く、声だけが届いた。
「え?」
「聞きたいことがあるんなら、ど~ぞ。ただ、俺は詳しい話も難しい話もわかんないから」
背中でも感じることが出来る位に、自分は相手を凝視していたのか。
そのことに気がつきノルベルトは恥ずかしくなった。
混乱気味の頭で慌てて誤魔化すための質問を捜す。
「いやっ、…いくつくらいなのかなって思って」
「15」
「15~?!」
あまりの驚きに大きな声を出してしまい、はっとした時には廊下中に響いていた。
「悪ィ」
ノルベルトは口を押さえたまま、バツの悪そうな顔で謝罪を零す。
でも驚くのも無理は無い。どう見ても彼は同じくらいか、上である。
身長は同じか少し低いくらいだろう、高くは無い。
体格もどちらかというと俊敏型で細く見られるタイプだ。
しかし、顔つきや雰囲気が15歳という次元ではない気がする。
「オマエは?」
「17」
ちらり、と微かに振り向き見られたような気がした。
「…見えないか?」
「時代が違う」
「ということは、オマエの時代じゃ皆そんな感じなのか?」
「たぶんな」
「じゃぁマイシカさんとか、エン…エン…」
「マイシカは17、エンリーケスは22…だったかな。はっきりは覚えてない」
「やっぱり見た目より若いんだな。未来は成長が早いのか」
「寿命が短い。それに子供は弱い」
そういえばそんなことを言っていたと、
さっき聞いたばかりの話をすっかり失念していた自分が情けなくなった。
『可哀想』『辛かっただろうな』なんて思った所でこの程度か。
そんな自己嫌悪に襲われながら、早く大人にならなくてはいけない世界を思った。
それ以上の会話もないまま、一つの部屋に案内された。
住居区の一室のようだ。
設備の整った小綺麗な部屋だった。
「オマエにはしばらくここで生活してもらう」
「え、でも。広場の皆とかは…」
「あいつらも解放されることになった」
「そっか…」
「このフロアは自由に歩き回って良い」
そういってキーを渡すと、ラフィタは戻っていった。
一人になったノルベルトは、一通り部屋を見て回った。
部屋は1LDK、広さは十分。
長い間空室だったような雰囲気で、細かな生活用品などは足りてない。
冷蔵庫の中も水が数本はいっていただけで、周囲にも食べ物は無かった。
しかし外に出てフロアを歩き回るほどの元気は無かったし、
何故か空腹も感じなかった。
寝室に向かうとベッドに倒れこんだ。
きっと機械に毎日掃除をさせているんだろう。
ベッドは清潔でいい匂いがして、
思った以上に疲れていたらしいノルベルトはそのまま深い眠りについた。
これから、電脳化無しでは成立しない世界になっていったという。
中毒性・依存性等危険を叫ぶ声はなくなるどころか、
大きくなっていったというのに、
それでもその便利さには代えがたい価値があるという人の方は多かった。
実際これに変わるような技術はなく、
また地球環境の悪化から益々人の領域は減っていき
物理世界の制限から、無限に等しい電脳世界への転向は仕方のない物だったのだろう。
電脳を基準にした科学進歩が一気に進むと、
生活にも電脳化は必須とされた世界が形成され
もう戻れない程になっていた。
そしていつからか、人が現実を捨てだした。
最初の原因は老い。
確かに科学技術は発達した。
しかし環境悪化による資源不足などから人体改造は維持が難しく
一般人に手が出せるようなものではなくて
電脳世界以外に逃れる術はなかった。
そうして老いて体の自由が利かなくなった者から夢に堕ちた。
自分の望む姿で、好きな世界で、いつまでも若々しく。
誰が拒めるというのだろう。
更に環境が悪かった。
環境悪化による寿命短縮、生殖機能の低下、子供不足。
結果人口が減り、国は衰退していく一方。
そんな様々な要因が重なっていった。
そしてある時代から誰ともなく急速にソレは広まった。
財のあったものは生命維持装置や体を改造し、夢に堕ちた。
貧しい者は糞尿を垂れ流し、生きながら腐るように夢に堕ちた。
貧しい者のそれは自殺とされて非難もされ、措置もとられた。
しかしもう止まらなかった。
どんどんと人が夢に消えた。
残されたのは廃墟と、死んでいる死体か夢に生きる死体か。
こうしていくつの都市が消えただろう、いくつの国が滅んだだろう。
僅かに残った人々は、志を持った者と貧しくて電脳化できずに居る人と子供たち。
世界中が貧しく、環境維持ですらままならない…その日を凌ぐのがやっとな時代。
電力などの全ての動力は環境維持や生産にまわさなくてはいけなくて
暮らしは大分原始的なものになったという。
ただ環境維持装置を始め、様々なものが電脳技術を基本に
長い年月をかけて作られたものであり、それには頼らずにはいられない状況だった。
衰退の一番の要因であるはずの電脳化だけは捨てることは出来なかった。
そして気がつくと誰か一人、また一人と夢に堕ちていく。
絶望的だった。
滅びの中にいた。
それは世界中どこも似たような状況で…。
ただ、辛うじて点在する幾つかの都市の中の一つ。
他と比べて大きく、環境悪化も緩やかで、幾分余力のある都市があり、
そこで一つの計画が立ち上がった。
その時代、すでにロストテクノロジーとなっていた時間旅行を復活させ
歴史修正を行おうといったものだった。
「最後の賭け。にしては酷く馬鹿げた話だと多くのものが思ったでしょう。
それでも人々は最後の力を振り絞り、物資を知識を技術を集結させました。
歌いながら、楽しそうに。ある意味、夢に堕ちたのかもしれませんね。…起きたまま見る夢。
それは目を見開き、最後まで現実を見つめて生きようとする人々の最後の意地なんでしょう」
丁度終わり、真っ黒になった画面をエンリーケスはしばらく見つめていた。
「ではこの計画の代表者のメッセージを預かっていますのでそれをご覧ください」
そういうと今度は一人の男性の映像に切り替わった。
ぼろぼろの作業着をきた職人気質そうなその人は、
面倒そうに照れくさそうに話し始めた。
ただの環境維持局の局長だという彼は、
自分の父からこの計画を引き継がされた事
息子の代でやっと形になった事などを、
息子のエンリーケスに横から口をはさまれながら
ホームビデオのような雰囲気で語っていく。
そして最後には優しい瞳に真摯な光を宿し、まっすぐに
『どうか子供たちをよろしくお願いします』といって、
帽子をぬぐと深く頭を下げた。
未来のミの字も出てこない。
ただ旅立つ子供たちを心配している、そんなただのおじさんだった。
優しい苦笑零していたエンリーケスが
「では、未来について何か質問はありますか?」というと、
科学者たちから技術関連の質問が飛んだが、
区長かそれを制してその場はお開きとなった。
『そういえば父にさせたい事ってなんだったんだろう。
なぜ区長でしかない父が、政府側の代表者のように話をしていたんだろうか?』
来た時と同じようにラフィタについて歩きながら、ノルベルトは疑問に思った。
この施設が管轄の区にあるからといって
父はこの施設に関して権限や持っていたり
責任を負う立場であることは考えにくい。
しかし、ラフィタにこの事を聞く気にはなれない。
なんとなく前を歩く男の姿を窺い見た。
パラレルワールドに関する彼の言葉は、
きっとこれからもノルベルトの心に突き刺さったままだろう。
そう思うと酷く憎たらしい。
だがあの時は確かに彼の本心のように思えたけれど、
今目の前にいる男は、そこまで凶暴でも凶悪でもない気がする。
さっき未来の話を聞いたからだろうか。
同情しているのだろうか。
「…なんだ?」
振り向く様子は無く、声だけが届いた。
「え?」
「聞きたいことがあるんなら、ど~ぞ。ただ、俺は詳しい話も難しい話もわかんないから」
背中でも感じることが出来る位に、自分は相手を凝視していたのか。
そのことに気がつきノルベルトは恥ずかしくなった。
混乱気味の頭で慌てて誤魔化すための質問を捜す。
「いやっ、…いくつくらいなのかなって思って」
「15」
「15~?!」
あまりの驚きに大きな声を出してしまい、はっとした時には廊下中に響いていた。
「悪ィ」
ノルベルトは口を押さえたまま、バツの悪そうな顔で謝罪を零す。
でも驚くのも無理は無い。どう見ても彼は同じくらいか、上である。
身長は同じか少し低いくらいだろう、高くは無い。
体格もどちらかというと俊敏型で細く見られるタイプだ。
しかし、顔つきや雰囲気が15歳という次元ではない気がする。
「オマエは?」
「17」
ちらり、と微かに振り向き見られたような気がした。
「…見えないか?」
「時代が違う」
「ということは、オマエの時代じゃ皆そんな感じなのか?」
「たぶんな」
「じゃぁマイシカさんとか、エン…エン…」
「マイシカは17、エンリーケスは22…だったかな。はっきりは覚えてない」
「やっぱり見た目より若いんだな。未来は成長が早いのか」
「寿命が短い。それに子供は弱い」
そういえばそんなことを言っていたと、
さっき聞いたばかりの話をすっかり失念していた自分が情けなくなった。
『可哀想』『辛かっただろうな』なんて思った所でこの程度か。
そんな自己嫌悪に襲われながら、早く大人にならなくてはいけない世界を思った。
それ以上の会話もないまま、一つの部屋に案内された。
住居区の一室のようだ。
設備の整った小綺麗な部屋だった。
「オマエにはしばらくここで生活してもらう」
「え、でも。広場の皆とかは…」
「あいつらも解放されることになった」
「そっか…」
「このフロアは自由に歩き回って良い」
そういってキーを渡すと、ラフィタは戻っていった。
一人になったノルベルトは、一通り部屋を見て回った。
部屋は1LDK、広さは十分。
長い間空室だったような雰囲気で、細かな生活用品などは足りてない。
冷蔵庫の中も水が数本はいっていただけで、周囲にも食べ物は無かった。
しかし外に出てフロアを歩き回るほどの元気は無かったし、
何故か空腹も感じなかった。
寝室に向かうとベッドに倒れこんだ。
きっと機械に毎日掃除をさせているんだろう。
ベッドは清潔でいい匂いがして、
思った以上に疲れていたらしいノルベルトはそのまま深い眠りについた。
第4章
目覚めると、もう昼に近かった。
重い体を起こし辺りを見回してから、ここが家でないことを思い出す。
「やっぱり現実、なんだろうな……」
明るい窓の外をぼうっっと眺め呟いた。
あたりまえかと苦笑零して寝室をでると、テーブルの上に皿があることに気がついた。
昨日は確か食べ物の類は無かったはず。
歩み寄り蓋を取ってみると、この国の代表的な朝食。
美味しそうな匂いが漂う。
そして思い出したように鳴り出す腹の音。
どさっとソファに腰を降ろすと、添えてあったフォークでがっついた。
考えてみると昨日の昼食の後から何も食べていない。
口にしたのはマイシカさんのくれたホットココアくらいだ。
「マイシカさん、かな?」
わざわざ食事を運んでくれそうなのは他だとメイドロイド位しか思い浮かばない。
掃除はこまめにされていたようだから、その可能性も高いかもしれない。
朝食ということもあり量は軽く、ぺろりと平らげると食器を持ってキッチンに向う。
皿をシンクに乱暴に置くと、水を飲もうと冷蔵庫を開いた。
随分賑やかになった中の様子に一瞬固まる。
飲み物や食べ物が、一人用の小さな冷蔵庫いっぱいに詰め込まれていた。
口元を緩ませ、何個か手に取りながら、増えたものを軽く確認していく。
そのほとんどが食材ではなく、簡易食品であることがノルベルトには余計に有難かった。
目的の水を取り出し十分に咽を潤した後、上機嫌でバスルームに向った。
シャワーを浴びた後に服がないことに気がついたノルベルトは
もしかしてと腰にタオルを巻いただけの状態で部屋を探ってみた。
やはり昨日には無かったはずの下着や服が用意されている。
どれも新品だったが、気になるのは服のデザイン。
それはこの施設の制服にしか見えない。
しかも数組あり、そのどれもが違うデザインなのだ。
しばらく悩んだが、他に切るものないので、一番地味でシンプルなものを着てみることにした。
少し顔を赤らめながら、鏡の前で確認してみる。
「…なんか、変な感じだ」
ノルベルトの国では学生は私服で、制服というものは大人だけのものであった。
電脳世界の規制をはじめ、子供は常に大人の監視下にあり、
その事を不満に思ったり愚痴ったりした事は数え切れない程だ。
体が大人と同じくらいになってからは、もう大人だと主張した事もある。
でもこうやって制服を着てみると、まだまだ子供だった。
制服が似合あっていない鏡の中の自分に苦笑した。
そして制服を着れる体になった自分が、そんなに長く子供でいられない事を感じると
少し寂しくなった。
早く大人になることを強いられる世界か…。
体が大きいわけではないのに、実年齢より大分上に見える彼らの姿が脳裏に浮かぶ。
気持ちが沈みそうになったノルベルトは、思考を吹き飛ばそうと大きく息を吐く。
そして勢いをつけるとフロア探索に出かけることにした。
フロアは11階にあった。
ソファセットや販売機の置かれたエレベータースペースと、アンドロイドの配置された無人ショップが1軒、そしていくつかの居住スペースに分かれていた。
部屋数は50以上あるだろう、かなり広い。
間取りも若干ばらつきがあるように見える。
無人ショップは自室の端末カタログからも注文できるタイプの物で、現品のある食料品・生活用品等はここから、その他の物は別の場所から運ばれてくる。
こういった集合住宅地などで良く見る一般的なものだった。
一通り確認をし終わり、中央のエレベータースペースのソファに腰を降ろした。
しんと静まり返った周囲の様子に少し戸惑う。
『もしかして、ここに居るのって俺一人なのか?』
こんなに広いフロアを独り占め!なんて喜びは無く、恐縮というか…正直心細くなった。
溜息を一つ付いて、まだ十分に満たされていない腹に目をやる。
戻って食事をしようと立ち上がった時、エレベーターが到着を知らせる。
中から出てきたのは、カートを押すアンドロイドとマイシカだった。
「あら、起きてたのね。おはよう。調子はどう?」
優しく微笑むと、ゆっくりとこちらに歩み寄ってきた。
「おはようございます。問題はないです」
「そう。よかった。今昼食を持っていこうと思ってた所なのよ」
「有難う御座います。あ、もしかして朝食もマイシカさんが?」
「ええ。他にも必要だろうと思うものが色々あったから、それも一緒に。その服にしたのね。似合ってるわ」
ノルベルト自身は似合っていないように思えたが、制服=大人という概念がない人にはそう見えないのかもしれない。
ただのお世辞であることも考えられるけど。
「この時代の服装を良く知らないから、変なものを選んじゃ悪いじゃない?だから制服にしてみたんだけど、うん。良いと思うわ」
マジマジと見られて照れ笑いをしながら、一人用を運ぶには少し大げさなカートに視線を移した。
「随分大きいですね」
「他の方にも運ぼうと思ってたの」
「ここは他にも誰かいるんですか?」
「そうよ。昨日話し合いに居た方たち覚えてる?施設長さんと軍部長さん、それからその部下の方たち数人にも、しばらくはここで生活して貰うことになっているの」
「そっ、そうなんですか」
「一緒に食事を運びながら改めて紹介しましょうか?」
「いえ。遠慮しておきます…」
相手は国家重要施設を任された上層部の人たち。
ただの区長子息には遠い存在であったし、遠い存在であり続けて貰った方が気が楽である。
「そ、じゃぁ後でお邪魔するから、部屋で待ってて。あ、それとここのお店は自由に使っていいわよ。服も気に入ったものに変えて。支払いとかは気にしなくていいから」
そういいながらマイシカはアンドロイドを連れて別の住居スペースに向っていった。
ノルベルトはそれを見送り、ゆっくりと自室に向った。
『マイシカさんて、不思議な人だな。なにかこう、緊張感がないというか。一緒に居ると肩の力が抜けてしまう』
そんなことを思い、ふとマイシカのイメージと自分の中のある物に対するイメージが大きく重なる事に気がついた。
ノルベルトは母親を知らなかった。
彼を生んだ後すぐに死んでしまっていたからだ。
だから小さい頃から”理想のお母さん”や”お母さんがいたらこんな感じかな”という想像は何度もしてた。
そしてその母親のイメージとマイシカが重なるのだ。
『おいおい、相手は同い年だぞ』
年齢的にも身体的にも、母親になれる年齢ではある。
だがそれでも自分の知っている同年代の女子は圧倒的に『女の子』であった。
身体的には発育が良くずっと豊ではあるけれど、なにかが違う。
今こうして異常な状況にいるのに、どこかで安心して冷静でいられるのはマイシカの存在が大きいと思えるほどに、彼女は安心感を与えてくれている。
部屋に戻ったノルベルトはマイシカが来るまでの時間、TVを見て暇をつぶすことにした。
画面に映った番組は、いつもと変らない平和な日常を伝えていた。
しばらくして、マイシカがやってきた。
「これは私たちの時代の料理。お口にあうといいんだけど」
そういって出された料理は確かに初めて見るものだった。
「材料は色々代用したんだけど、とても近いものが出来たの」
料理はとても美味しかった。
一度どこかで食べたことがある、異国料理に似たようなものがあったというと、
自分たちの祖先かも、とマイシカは嬉しそうに笑った。
「ラフィタたちはこの時代の料理が珍しいものだから、そればっかりでね。特に甘いものはもう大変!上の男の子たちはそうでもないんだけど、女の子や小さい子達が食べっぱなし。一度食べすぎって怒ったら、私に隠れてこっそり食べてたのよ」
だから今はすべて取り上げて、取り寄せられないようにシステム規制もしているそうだ。
「ラフィタたちも今色々試食してるみたいで、その気持ちは分かるけど…栄養が偏って体壊さないか心配だわ」
そして彼女は小さく息をつき、ノルベルトが前以て用意したお茶を飲み干すと、ご馳走様と言って立ち上がった。
「そろそろいかなきゃ。お茶美味しかったわ」
「こちらこそ、ご馳走さまでした」
「…ごめんなさいね。こんな不自由な生活を強いてしまって。なにか希望とか不満とかあったら遠慮なく言ってね。全部というわけにはいかないと思うけど、こちらも出来るだけのことはするから」
「気にしないでください。今でも十分ですよ」
申し訳なさそうなマイシカにゆるゆると首を横に振って見せた。
「ありがとう。でも本当に無理とかはしないで。私たちが悪いんだからね?」
「悪いなんてそんな…マイシカさんたちだって仕方なく…」
「いいえ、私たちの都合や勝手で多くの人たちに迷惑をかけてるのは紛れも無い事実よ。
この時代の人たちだけに、貴方たちだけに責任があるわけじゃない。でも私たちに出来ること、選べることは多くは無かった。私たちにとっては確かに『仕方のないこと』。でも貴方たちには関係のないことで、それは言い訳にならないわ」
「俺は…そういう風には思っていません。もし、俺が同じ立場なら、そうすることしか出来なかったら、同じ事をしていると思うし…だから…」
良い言葉が見つからず、俯きがちに視線を漂わせるノルベルトは頬にそっと優しい温もりを感じだ。
添えられた片手に導かれ、まっすぐマイシカを見る。
マイシカは切なくなるほど優しい笑みを湛えていた。
「ありがとう」
その笑みに見惚れるノルベルトを残し、マイシカは静かに戻っていった。
その夜、部屋の端末にマイシカから通信が入った。
そしてノルベルトは未来人の夕食に招待された。
迎えにやってきたのはラフィタだった。
挨拶を交わした後は特に会話もない。
しかしそれが気まずいとかはなく、彼はごく自然で、ノルベルトも気にならなかった。
与えられた部屋のある建物の2階、そこは人気の無い商業スペースだった。
その一角に立ち並ぶ飲食店の中の一軒で夕食会は開かれていた。
「いらっしゃい」
いち早くその姿を見つけて、マイシカが微笑み手を振った。
すると一斉に視線がノルベルトに集中する。
戸惑いながらとりあえず軽く会釈。
「さっきいってた優しいお兄ちゃん?」
小さな女の子が呟いた。
大きな鮮やかな水色の瞳は好奇の光に満ちて、きらきらと輝きながらまっすぐこちらを見つめている。
「そうよ。ちゃんとご挨拶して。皆も、ほら」
マイシカがそう言い、それぞれのばらばらな『こんばんは』を贈られ、ノルベルトもきちんと挨拶を返した。
そしてマイシカに紹介されながら、指定された席に着く。
「それじゃ皆の紹介は食べながらしましょうか。挨拶は…やっぱりエンリーケスにお願いするわ」
今まで騒がしかった皆がきちんと席に座り直り、動きが止まった。
そしてマイシカの言葉を受けて、エンリーケスが優しい笑みで『この前も僕じゃなかった?』と零すと、『リーダーだから』とか声が飛び、暖かな空気に満ちた。
「え~それでは、今日の恵みと、来てくれたノルベルト君、そして彼との出会いに感謝し、頂きましょう」
「頂きます~」
父一人子一人のノルベルトにはあまり馴染みない夕食だった。
会食はあったが、ここまで温かくはないし、少子化の進む社会では友人の家に招かれても、ここまでの人数はいない。
料理も皆の服も珍しいものだったので、なにかとても新鮮だった。
そしてマイシカによる紹介が始まった。
「まず、エンリーケス。彼は私たちの頼れるリーダー」
「そしてマイシカのダ~リンっ」
さっきの水色の瞳の子がそう言うと、マイシカは幸せそうにはにかみ、そうねと小さく肯定した。
「次はフアナ。彼女は18歳でとてもお洒落。それに美人」
「やめてよっ」
しかしまんざらでもなさそうに、つんとむくれて見せた女性は、褐色の肌と髪が艶やかな、色気溢れる美女だった。
「次はセルヒオ。16歳。体も心も大きい素敵な男の子」
「その分鈍いけどな!」
豪華な金髪の生意気そうな少年の突っ込みに、モヒカン赤髪のセルヒオは、たれがちな目をより下げて、ただ優しく笑っている。
「次はラフィタ。15歳。知ってると思うけど彼は乱暴な所があるし、悪ぶっているけど本当は優しいのよ」
「どこがっ」
その言葉はラフィタではなく、不満そうな表情の褐色の肌の少年から発せられた。
ラフィタ自身の反応は無く、涼しい顔で食事を続けている。
「そしてピラール。14歳。彼女は凄く明るくて、ムードメーカー。いつも皆に笑いを振りまいてくれるの」
「いや~やめてーっ。なんかすっごいプレッシャー!!」
長い前髪の間から細い目がちらり覗く女の子は、大きなリアクションで恥ずかしがった。
子供たちの評判も良い様で、彼女のそんな様子を面白がった声が飛ぶ。
「ピラールと同い年のヘスス。彼はとても頭が良くて、凄く物知りなの。もし未来の世界に興味があるなら彼に聞いくといいわ」
紹介に対して全体的に色素の薄い、透き通るような白髪の彼は、視線を動かすことなく小さく会釈をした。
「次はセラル。口が少し悪いけど、とても頑張り屋さんで真面目なの。13歳と若いのに、常により良くあろうと考え努力している、素晴らしい志をもった立派な子。フアナとは実の姉弟なのよ」
先ほどラフィタに対し突っ込みを入れた少年は、相変わらず不満そうな顔のまま一瞬こちらを見て、小さく「よろしく」と呟き食事に戻った。
「そして、11歳のルイーサ。繊細で優しい子。怖がりで人見知りするけど、ノルベルトは優しいからきっとすぐに仲良くなれるわ。ね?」
マイシカに聞かれ、俯くと小さく頷いた彼女は人形のような可愛らしい少女で、青味の強い紫の瞳が神秘的だった。
「それから9歳のアスセナ、強い元気な女の子。同い年のウーゴと喧嘩ばっかりしてて、元気すぎるのもどうかなって思う事もあるけどね」
「ウーゴが絡んで来るんだよ」
「俺のせいにすんな、男女っ」
そして睨み合う2人。
いつもこんな感じなんだろうとすぐに想像できてノルベルトは苦笑した。
「やめなさい。ウーゴもそういう言い方は駄目!ウーゴはこの通りやんちゃ。でも素直でまっすぐなの」
褒められたウーゴは、照れ隠しなのか知らん顔で食事を口に運ぶ。
顔が少し赤くなってる。
「ミケルは7歳。ミケルは頭が良くて凄く良い子。ヘススと仲が良くて、いつも2人で本を読んだり、何かについて話したりしてるのよ」
「ミケルです。よろしくお願いします」
と、丁寧な口調で丁寧に頭を下げた子は、利発そうでで少し気弱そうな印象の少年だった。
「そしてオーシタ5歳。優しくて純粋で天使みたいな子」
マイシカは微笑みを水色の少女に向けた。
「え~?」
オーシタは素直に照れて、はにかみながらもじもじとしている。
その可愛い仕草に、皆の口元が綻んだ。
「じゃぁ次はカリナね。カリナは何歳~?」
横にいる赤毛のとても幼い女の子に聞いた。
「にー」
聞かれたその子は、スプーンを持ったままの手で2本の指を立てようとしたが、3本立ててしまいスプーンを落とした。
落ちた様子にむーっとして、改めてスプーンを握る。
「そうだね、2歳。カリナはとってもおりこうさんの良い子なんだよだね」
「あい!」
力強く頷くと彼女は一心不乱に食事に没頭。
いくつかの笑う声が聞こえてきた。
「あと1歳になる前のアイちゃんがいるんだけど、今横の部屋で寝ているの」
そして15人の紹介が終わった頃には、随分な時間時間が経ち、ほとんどの人の皿が空になっていた。
「おかわりするひといる~?」
糸目の少女ピラールが聞いたが、誰もいないようだ。
「それじゃとりあえず皆でご馳走様をしましょう」
マイシカの声に『は~い』と小さな子供たちが答え、皆でご馳走様の挨拶をしてから片付けが始まった。
『自分たちの物は自分たちで片付ける』というのがルールらしく、それぞれがそれぞれの食器などを片付け用のカートに載せていく。
ノルベルトもそうしようと立ち上がろうとした時、ピラールが横にやってきて
「お客さんはいいよ。座ってて」
そういって微笑み、ノルベルトの食器を片付け始める。
「あ、ありがとう。お願いします」
そんな相手に素直に好意を受け取り、感謝を告げた。
マイシカはカリンを綺麗にしてあげていて、フアナは赤ちゃんがいると思われる部屋に消えた。
子供たちはすでに遊び始めてる。
「これからどうするの?」
「片付けが終わったら戻る?」
そんなやり取りが聞こえてくる。
ノルベルトは居場所がなく、ただぽつりと座っていた。
そんな時、オーシアという水色の瞳の少女が歩みよってきた。
そして傍でじーーーっと見上げている。
「えーっと、オーシアだっけ?どうした?」
困惑し固まった笑顔で聞くノルベルト。
「うん、オーシアよ。ノルベルトお兄ちゃんは凄く優しい?」
「ノルでいいよ。…って、それはどうして?」
そういえば最初にもそんなことを言っていた。
しかし何故自分が優しいお兄ちゃんになってるのか、ノルベルトは理解できなかった。
「マイシカが言ってたよ~違うの?」
「うーーん、自分では良くわからないなぁ。オーシアは優しい子?」
「ん~…うん。あっ、やっぱり違うかも。分からないっ」
ぶんぶんと首を横に振る少女。
そして一緒だねと笑い合い、大分打ち解けた感じがした。
それからはこの時代の事とかを質問攻め。
話してるうちに色んな人が加わってきた。
途中目が覚めてしまった、まだ赤ちゃんなアイも抱かせてもらったりして。
結局最後にはほとんどの人が集まり、ノルベルトの話を聞いてくれていた。
「システム等から集められる情報は多いけど、やっぱりこうやって誰かに話して貰った方が分かりやすいものだね。助かったよ」
そういってエンリーケスが笑いながら感謝で纏めると、そろそろ戻ろうかという流れになった。
そしてエンリーケスが部屋まで送ってくれる事になり、別の棟で暮らしているという皆と別れ2人になった。
「ごめん、喋りつかれちゃったんじゃない?」
「あ、いえ。楽しくて、時間忘れちゃいました」
「そうか、楽しんで貰えたならよかった」
そんなことから会話が始まり、皆の話をしてると直ぐに部屋に到着した。
そしてエンリーケスは部屋の前で少し畏まって言った。
「実はこうやって君を送る役をかってでたのは、ちゃんとお礼が言いたかったからなんだ」
「お礼?」
「さっき色々教えてくれたことも、皆と仲良くしてくれたことも。そして何よりマイシカや僕らを助けてくれたことも」
「俺が、助ける?」
ノルベルトには心当りが無かった。
きょとんと首を傾げる様子に優しく微笑んで。
「君はマイシカに『気にするな。自分だってきっとそうした』と言ってくれた。彼女はその言葉にどれだけ救われたか。実際感動して皆に言いふらしてたからね、物凄く嬉しかったんだと思う」
『優しいお兄ちゃん』の真相を知ったノルベルトは、恥ずかしそうに笑った。
「でも優しいとかじゃぁないですよ。俺自身昼食を運んでもらったり、マイシカさんには良くして貰ってるし」
「それだよ。君にこんな生活を強いてるのは僕たちなのに、そうやって感謝してくれる。僕たちを責める権利を持ってるし、そうしたって誰も何も言わないのに、君はそうしない。それ所か僕たちの事を考えて、心を痛めてくれようとさえしている。責めている方がずっと楽だし簡単だろう?」
改めて言われると、確かにそうなのだ。
でもノルベルトはそんな気持ちにならなかったし、そんなこと考えたことも無かった。
その事が自分でも不思議になった。
「人の気持ちや立場になって物を考える。それは人を思いやるということ。紛れも無い優しさだよ。いくら否定しても君は優しいと僕は思う。そして更に君は僕たちの今してる行為を認めて、受け入れて、許してくれた。
僕たちは加害者だ。仕方ないとはいえ、人に迷惑をかけることを知り覚悟した上で行動してる。どんな理由があろうとやはりそれは悪だ。だから僕はそれを忘れないようにと強く皆に言ってある。僕自身『許されよう』なんて思ってはいけないと言い聞かせてきた。僕らは皆加害者意識を持っているし持ち続けるべきなんだ。辛いからといって捨てる事を自分に許し、楽になる訳にはいかない。それが僕らの犯す罪に対する責任だ。…しかし、そう思ってても、分かっていても求めずにはいられなかった」
苦渋にみちたな顔で真面目に語るエンリーケスに言葉を挟めないままでいた。
「君が言ってくれたものはまさにそれなんだ。彼女が、僕らが一番欲していた言葉を、理解を、許しをくれた。マイシカから話を聞いたとき、僕もとても嬉しかったんだ。きっと皆もそうだったと思う。だから皆の代表として心からの感謝を伝えたい。ありがとう」
そう言ってエンリーケスは微笑み、深く頭を下げた。
「いえ、そんな。俺は全然っ。責める気にならなかったのは、マイシカさんとかが誠実で、良い人だろうなって思えたからであって…俺は何も」
本気でそう思った。感謝されるような事は何一つしていないし、言ってもいない。
素直に感謝できたのだって、マイシカさんたちがそのように思わせてくれたからだ。
頭を上げたエンリーケスは、彼らしい柔和な表情に戻っていた。
「こちらがどんなに誠意を見せても、受け入れる気持ちの無い人には伝わらないし、僕らは受け入れて貰えない状況を自分たちで作ってしまった。確かにマイシカはそれでも努力し続けようとしていた。そのひたむきさは皆にいい影響を与えていたと思う。マイシカにも凄く感謝してる。
でもやっぱり君が受け入れてくれなければ、彼女はいつかつぶれていたと思うんだ。そんな彼女に『いつか分かって貰えるかも』という希望と勇気をあたえてくれた。そのことはとても大きいよ」
「いやいやいやいや…」
もう照れくささでいっぱいいっぱいになっているノルベルトを見て、笑みを零したエンリーケス。
「大分長く話してしまったね。でもちゃんと伝えられて良かったよ。どうかこれからもよろしく」
そういって差し出された手を、ノルベルトは握り返した。
「はいっ、有難う御座いました」
お休みの挨拶を交わし戻っていく相手の姿を見送ってから、ノルベルトは部屋に戻った。
中に入り扉を閉めて、大きく深呼吸した。
胸がいっぱいだった。
感動した時のようにじんと痺れていた。
温かくて優しいもので体中が埋め尽くされ、溢れそうだった。
感謝されたのは自分なのに、ノルベルトの方がありがとうと叫びたくなった。
とてもとても嬉しかった。
ぼうっとした惚けた顔で鏡に映る自分の顔を見つめながら歯を磨いた。
ふとラフィタの言葉を思い出した。
自分を絶望のどん底におとした言葉。
ずっと胸に突き刺さり続けるだろう言葉。
そういう『言葉の力』がある事をノルベルトは確認する為に、あえて絶望の言葉を思い出したのだ。
自分の言葉もこんな力をもって、人の中に残るんだろうか。
何気ない言葉が、あそこまで感謝されるに値する言葉になったんだろうか。
そのことが照れくさいほどに嬉しく、誇らしかった。
でも自分はやっぱり何もしていないと思う。
ノルベルトはマイシカの優しさに感謝し、それを返したいと思っただけだ。
そしてその気持ちがああいう言葉となって出ただけ。
しかし今度はその言葉が彼女に、そして彼女から皆に伝えられ、光の言葉となり、それは感謝となって返ってきた。
そして今泣きたいほどに幸福で、その感謝をまた彼らに伝えたい、返したい。
不思議だ。
そしてとても幸運で幸福なことだ。
ただあんなに感謝されては恐縮とか恐れ多い気もする。
でもやっぱり嬉しい。
そんな感情をかみ締めながら、夢見心地でベッドに倒れこむ。
マイシカもこんな気持ちになったんだろうか。
こんなに喜んでくれたんだろうか。
「ありがとう」
自分の言葉に大きな力を与えてくれて。
自分の言葉を光に変えてくれて。
そしてノルベルトは涙が滲むと、零したら勿体無い気がして目を閉じ
全てを吸い込み留めるように大きく息を吸い込んだ。
嬉しさと幸せと感謝とに包まれ、彼はゆっくりと安らかな眠りについた。
目覚めると、もう昼に近かった。
重い体を起こし辺りを見回してから、ここが家でないことを思い出す。
「やっぱり現実、なんだろうな……」
明るい窓の外をぼうっっと眺め呟いた。
あたりまえかと苦笑零して寝室をでると、テーブルの上に皿があることに気がついた。
昨日は確か食べ物の類は無かったはず。
歩み寄り蓋を取ってみると、この国の代表的な朝食。
美味しそうな匂いが漂う。
そして思い出したように鳴り出す腹の音。
どさっとソファに腰を降ろすと、添えてあったフォークでがっついた。
考えてみると昨日の昼食の後から何も食べていない。
口にしたのはマイシカさんのくれたホットココアくらいだ。
「マイシカさん、かな?」
わざわざ食事を運んでくれそうなのは他だとメイドロイド位しか思い浮かばない。
掃除はこまめにされていたようだから、その可能性も高いかもしれない。
朝食ということもあり量は軽く、ぺろりと平らげると食器を持ってキッチンに向う。
皿をシンクに乱暴に置くと、水を飲もうと冷蔵庫を開いた。
随分賑やかになった中の様子に一瞬固まる。
飲み物や食べ物が、一人用の小さな冷蔵庫いっぱいに詰め込まれていた。
口元を緩ませ、何個か手に取りながら、増えたものを軽く確認していく。
そのほとんどが食材ではなく、簡易食品であることがノルベルトには余計に有難かった。
目的の水を取り出し十分に咽を潤した後、上機嫌でバスルームに向った。
シャワーを浴びた後に服がないことに気がついたノルベルトは
もしかしてと腰にタオルを巻いただけの状態で部屋を探ってみた。
やはり昨日には無かったはずの下着や服が用意されている。
どれも新品だったが、気になるのは服のデザイン。
それはこの施設の制服にしか見えない。
しかも数組あり、そのどれもが違うデザインなのだ。
しばらく悩んだが、他に切るものないので、一番地味でシンプルなものを着てみることにした。
少し顔を赤らめながら、鏡の前で確認してみる。
「…なんか、変な感じだ」
ノルベルトの国では学生は私服で、制服というものは大人だけのものであった。
電脳世界の規制をはじめ、子供は常に大人の監視下にあり、
その事を不満に思ったり愚痴ったりした事は数え切れない程だ。
体が大人と同じくらいになってからは、もう大人だと主張した事もある。
でもこうやって制服を着てみると、まだまだ子供だった。
制服が似合あっていない鏡の中の自分に苦笑した。
そして制服を着れる体になった自分が、そんなに長く子供でいられない事を感じると
少し寂しくなった。
早く大人になることを強いられる世界か…。
体が大きいわけではないのに、実年齢より大分上に見える彼らの姿が脳裏に浮かぶ。
気持ちが沈みそうになったノルベルトは、思考を吹き飛ばそうと大きく息を吐く。
そして勢いをつけるとフロア探索に出かけることにした。
フロアは11階にあった。
ソファセットや販売機の置かれたエレベータースペースと、アンドロイドの配置された無人ショップが1軒、そしていくつかの居住スペースに分かれていた。
部屋数は50以上あるだろう、かなり広い。
間取りも若干ばらつきがあるように見える。
無人ショップは自室の端末カタログからも注文できるタイプの物で、現品のある食料品・生活用品等はここから、その他の物は別の場所から運ばれてくる。
こういった集合住宅地などで良く見る一般的なものだった。
一通り確認をし終わり、中央のエレベータースペースのソファに腰を降ろした。
しんと静まり返った周囲の様子に少し戸惑う。
『もしかして、ここに居るのって俺一人なのか?』
こんなに広いフロアを独り占め!なんて喜びは無く、恐縮というか…正直心細くなった。
溜息を一つ付いて、まだ十分に満たされていない腹に目をやる。
戻って食事をしようと立ち上がった時、エレベーターが到着を知らせる。
中から出てきたのは、カートを押すアンドロイドとマイシカだった。
「あら、起きてたのね。おはよう。調子はどう?」
優しく微笑むと、ゆっくりとこちらに歩み寄ってきた。
「おはようございます。問題はないです」
「そう。よかった。今昼食を持っていこうと思ってた所なのよ」
「有難う御座います。あ、もしかして朝食もマイシカさんが?」
「ええ。他にも必要だろうと思うものが色々あったから、それも一緒に。その服にしたのね。似合ってるわ」
ノルベルト自身は似合っていないように思えたが、制服=大人という概念がない人にはそう見えないのかもしれない。
ただのお世辞であることも考えられるけど。
「この時代の服装を良く知らないから、変なものを選んじゃ悪いじゃない?だから制服にしてみたんだけど、うん。良いと思うわ」
マジマジと見られて照れ笑いをしながら、一人用を運ぶには少し大げさなカートに視線を移した。
「随分大きいですね」
「他の方にも運ぼうと思ってたの」
「ここは他にも誰かいるんですか?」
「そうよ。昨日話し合いに居た方たち覚えてる?施設長さんと軍部長さん、それからその部下の方たち数人にも、しばらくはここで生活して貰うことになっているの」
「そっ、そうなんですか」
「一緒に食事を運びながら改めて紹介しましょうか?」
「いえ。遠慮しておきます…」
相手は国家重要施設を任された上層部の人たち。
ただの区長子息には遠い存在であったし、遠い存在であり続けて貰った方が気が楽である。
「そ、じゃぁ後でお邪魔するから、部屋で待ってて。あ、それとここのお店は自由に使っていいわよ。服も気に入ったものに変えて。支払いとかは気にしなくていいから」
そういいながらマイシカはアンドロイドを連れて別の住居スペースに向っていった。
ノルベルトはそれを見送り、ゆっくりと自室に向った。
『マイシカさんて、不思議な人だな。なにかこう、緊張感がないというか。一緒に居ると肩の力が抜けてしまう』
そんなことを思い、ふとマイシカのイメージと自分の中のある物に対するイメージが大きく重なる事に気がついた。
ノルベルトは母親を知らなかった。
彼を生んだ後すぐに死んでしまっていたからだ。
だから小さい頃から”理想のお母さん”や”お母さんがいたらこんな感じかな”という想像は何度もしてた。
そしてその母親のイメージとマイシカが重なるのだ。
『おいおい、相手は同い年だぞ』
年齢的にも身体的にも、母親になれる年齢ではある。
だがそれでも自分の知っている同年代の女子は圧倒的に『女の子』であった。
身体的には発育が良くずっと豊ではあるけれど、なにかが違う。
今こうして異常な状況にいるのに、どこかで安心して冷静でいられるのはマイシカの存在が大きいと思えるほどに、彼女は安心感を与えてくれている。
部屋に戻ったノルベルトはマイシカが来るまでの時間、TVを見て暇をつぶすことにした。
画面に映った番組は、いつもと変らない平和な日常を伝えていた。
しばらくして、マイシカがやってきた。
「これは私たちの時代の料理。お口にあうといいんだけど」
そういって出された料理は確かに初めて見るものだった。
「材料は色々代用したんだけど、とても近いものが出来たの」
料理はとても美味しかった。
一度どこかで食べたことがある、異国料理に似たようなものがあったというと、
自分たちの祖先かも、とマイシカは嬉しそうに笑った。
「ラフィタたちはこの時代の料理が珍しいものだから、そればっかりでね。特に甘いものはもう大変!上の男の子たちはそうでもないんだけど、女の子や小さい子達が食べっぱなし。一度食べすぎって怒ったら、私に隠れてこっそり食べてたのよ」
だから今はすべて取り上げて、取り寄せられないようにシステム規制もしているそうだ。
「ラフィタたちも今色々試食してるみたいで、その気持ちは分かるけど…栄養が偏って体壊さないか心配だわ」
そして彼女は小さく息をつき、ノルベルトが前以て用意したお茶を飲み干すと、ご馳走様と言って立ち上がった。
「そろそろいかなきゃ。お茶美味しかったわ」
「こちらこそ、ご馳走さまでした」
「…ごめんなさいね。こんな不自由な生活を強いてしまって。なにか希望とか不満とかあったら遠慮なく言ってね。全部というわけにはいかないと思うけど、こちらも出来るだけのことはするから」
「気にしないでください。今でも十分ですよ」
申し訳なさそうなマイシカにゆるゆると首を横に振って見せた。
「ありがとう。でも本当に無理とかはしないで。私たちが悪いんだからね?」
「悪いなんてそんな…マイシカさんたちだって仕方なく…」
「いいえ、私たちの都合や勝手で多くの人たちに迷惑をかけてるのは紛れも無い事実よ。
この時代の人たちだけに、貴方たちだけに責任があるわけじゃない。でも私たちに出来ること、選べることは多くは無かった。私たちにとっては確かに『仕方のないこと』。でも貴方たちには関係のないことで、それは言い訳にならないわ」
「俺は…そういう風には思っていません。もし、俺が同じ立場なら、そうすることしか出来なかったら、同じ事をしていると思うし…だから…」
良い言葉が見つからず、俯きがちに視線を漂わせるノルベルトは頬にそっと優しい温もりを感じだ。
添えられた片手に導かれ、まっすぐマイシカを見る。
マイシカは切なくなるほど優しい笑みを湛えていた。
「ありがとう」
その笑みに見惚れるノルベルトを残し、マイシカは静かに戻っていった。
その夜、部屋の端末にマイシカから通信が入った。
そしてノルベルトは未来人の夕食に招待された。
迎えにやってきたのはラフィタだった。
挨拶を交わした後は特に会話もない。
しかしそれが気まずいとかはなく、彼はごく自然で、ノルベルトも気にならなかった。
与えられた部屋のある建物の2階、そこは人気の無い商業スペースだった。
その一角に立ち並ぶ飲食店の中の一軒で夕食会は開かれていた。
「いらっしゃい」
いち早くその姿を見つけて、マイシカが微笑み手を振った。
すると一斉に視線がノルベルトに集中する。
戸惑いながらとりあえず軽く会釈。
「さっきいってた優しいお兄ちゃん?」
小さな女の子が呟いた。
大きな鮮やかな水色の瞳は好奇の光に満ちて、きらきらと輝きながらまっすぐこちらを見つめている。
「そうよ。ちゃんとご挨拶して。皆も、ほら」
マイシカがそう言い、それぞれのばらばらな『こんばんは』を贈られ、ノルベルトもきちんと挨拶を返した。
そしてマイシカに紹介されながら、指定された席に着く。
「それじゃ皆の紹介は食べながらしましょうか。挨拶は…やっぱりエンリーケスにお願いするわ」
今まで騒がしかった皆がきちんと席に座り直り、動きが止まった。
そしてマイシカの言葉を受けて、エンリーケスが優しい笑みで『この前も僕じゃなかった?』と零すと、『リーダーだから』とか声が飛び、暖かな空気に満ちた。
「え~それでは、今日の恵みと、来てくれたノルベルト君、そして彼との出会いに感謝し、頂きましょう」
「頂きます~」
父一人子一人のノルベルトにはあまり馴染みない夕食だった。
会食はあったが、ここまで温かくはないし、少子化の進む社会では友人の家に招かれても、ここまでの人数はいない。
料理も皆の服も珍しいものだったので、なにかとても新鮮だった。
そしてマイシカによる紹介が始まった。
「まず、エンリーケス。彼は私たちの頼れるリーダー」
「そしてマイシカのダ~リンっ」
さっきの水色の瞳の子がそう言うと、マイシカは幸せそうにはにかみ、そうねと小さく肯定した。
「次はフアナ。彼女は18歳でとてもお洒落。それに美人」
「やめてよっ」
しかしまんざらでもなさそうに、つんとむくれて見せた女性は、褐色の肌と髪が艶やかな、色気溢れる美女だった。
「次はセルヒオ。16歳。体も心も大きい素敵な男の子」
「その分鈍いけどな!」
豪華な金髪の生意気そうな少年の突っ込みに、モヒカン赤髪のセルヒオは、たれがちな目をより下げて、ただ優しく笑っている。
「次はラフィタ。15歳。知ってると思うけど彼は乱暴な所があるし、悪ぶっているけど本当は優しいのよ」
「どこがっ」
その言葉はラフィタではなく、不満そうな表情の褐色の肌の少年から発せられた。
ラフィタ自身の反応は無く、涼しい顔で食事を続けている。
「そしてピラール。14歳。彼女は凄く明るくて、ムードメーカー。いつも皆に笑いを振りまいてくれるの」
「いや~やめてーっ。なんかすっごいプレッシャー!!」
長い前髪の間から細い目がちらり覗く女の子は、大きなリアクションで恥ずかしがった。
子供たちの評判も良い様で、彼女のそんな様子を面白がった声が飛ぶ。
「ピラールと同い年のヘスス。彼はとても頭が良くて、凄く物知りなの。もし未来の世界に興味があるなら彼に聞いくといいわ」
紹介に対して全体的に色素の薄い、透き通るような白髪の彼は、視線を動かすことなく小さく会釈をした。
「次はセラル。口が少し悪いけど、とても頑張り屋さんで真面目なの。13歳と若いのに、常により良くあろうと考え努力している、素晴らしい志をもった立派な子。フアナとは実の姉弟なのよ」
先ほどラフィタに対し突っ込みを入れた少年は、相変わらず不満そうな顔のまま一瞬こちらを見て、小さく「よろしく」と呟き食事に戻った。
「そして、11歳のルイーサ。繊細で優しい子。怖がりで人見知りするけど、ノルベルトは優しいからきっとすぐに仲良くなれるわ。ね?」
マイシカに聞かれ、俯くと小さく頷いた彼女は人形のような可愛らしい少女で、青味の強い紫の瞳が神秘的だった。
「それから9歳のアスセナ、強い元気な女の子。同い年のウーゴと喧嘩ばっかりしてて、元気すぎるのもどうかなって思う事もあるけどね」
「ウーゴが絡んで来るんだよ」
「俺のせいにすんな、男女っ」
そして睨み合う2人。
いつもこんな感じなんだろうとすぐに想像できてノルベルトは苦笑した。
「やめなさい。ウーゴもそういう言い方は駄目!ウーゴはこの通りやんちゃ。でも素直でまっすぐなの」
褒められたウーゴは、照れ隠しなのか知らん顔で食事を口に運ぶ。
顔が少し赤くなってる。
「ミケルは7歳。ミケルは頭が良くて凄く良い子。ヘススと仲が良くて、いつも2人で本を読んだり、何かについて話したりしてるのよ」
「ミケルです。よろしくお願いします」
と、丁寧な口調で丁寧に頭を下げた子は、利発そうでで少し気弱そうな印象の少年だった。
「そしてオーシタ5歳。優しくて純粋で天使みたいな子」
マイシカは微笑みを水色の少女に向けた。
「え~?」
オーシタは素直に照れて、はにかみながらもじもじとしている。
その可愛い仕草に、皆の口元が綻んだ。
「じゃぁ次はカリナね。カリナは何歳~?」
横にいる赤毛のとても幼い女の子に聞いた。
「にー」
聞かれたその子は、スプーンを持ったままの手で2本の指を立てようとしたが、3本立ててしまいスプーンを落とした。
落ちた様子にむーっとして、改めてスプーンを握る。
「そうだね、2歳。カリナはとってもおりこうさんの良い子なんだよだね」
「あい!」
力強く頷くと彼女は一心不乱に食事に没頭。
いくつかの笑う声が聞こえてきた。
「あと1歳になる前のアイちゃんがいるんだけど、今横の部屋で寝ているの」
そして15人の紹介が終わった頃には、随分な時間時間が経ち、ほとんどの人の皿が空になっていた。
「おかわりするひといる~?」
糸目の少女ピラールが聞いたが、誰もいないようだ。
「それじゃとりあえず皆でご馳走様をしましょう」
マイシカの声に『は~い』と小さな子供たちが答え、皆でご馳走様の挨拶をしてから片付けが始まった。
『自分たちの物は自分たちで片付ける』というのがルールらしく、それぞれがそれぞれの食器などを片付け用のカートに載せていく。
ノルベルトもそうしようと立ち上がろうとした時、ピラールが横にやってきて
「お客さんはいいよ。座ってて」
そういって微笑み、ノルベルトの食器を片付け始める。
「あ、ありがとう。お願いします」
そんな相手に素直に好意を受け取り、感謝を告げた。
マイシカはカリンを綺麗にしてあげていて、フアナは赤ちゃんがいると思われる部屋に消えた。
子供たちはすでに遊び始めてる。
「これからどうするの?」
「片付けが終わったら戻る?」
そんなやり取りが聞こえてくる。
ノルベルトは居場所がなく、ただぽつりと座っていた。
そんな時、オーシアという水色の瞳の少女が歩みよってきた。
そして傍でじーーーっと見上げている。
「えーっと、オーシアだっけ?どうした?」
困惑し固まった笑顔で聞くノルベルト。
「うん、オーシアよ。ノルベルトお兄ちゃんは凄く優しい?」
「ノルでいいよ。…って、それはどうして?」
そういえば最初にもそんなことを言っていた。
しかし何故自分が優しいお兄ちゃんになってるのか、ノルベルトは理解できなかった。
「マイシカが言ってたよ~違うの?」
「うーーん、自分では良くわからないなぁ。オーシアは優しい子?」
「ん~…うん。あっ、やっぱり違うかも。分からないっ」
ぶんぶんと首を横に振る少女。
そして一緒だねと笑い合い、大分打ち解けた感じがした。
それからはこの時代の事とかを質問攻め。
話してるうちに色んな人が加わってきた。
途中目が覚めてしまった、まだ赤ちゃんなアイも抱かせてもらったりして。
結局最後にはほとんどの人が集まり、ノルベルトの話を聞いてくれていた。
「システム等から集められる情報は多いけど、やっぱりこうやって誰かに話して貰った方が分かりやすいものだね。助かったよ」
そういってエンリーケスが笑いながら感謝で纏めると、そろそろ戻ろうかという流れになった。
そしてエンリーケスが部屋まで送ってくれる事になり、別の棟で暮らしているという皆と別れ2人になった。
「ごめん、喋りつかれちゃったんじゃない?」
「あ、いえ。楽しくて、時間忘れちゃいました」
「そうか、楽しんで貰えたならよかった」
そんなことから会話が始まり、皆の話をしてると直ぐに部屋に到着した。
そしてエンリーケスは部屋の前で少し畏まって言った。
「実はこうやって君を送る役をかってでたのは、ちゃんとお礼が言いたかったからなんだ」
「お礼?」
「さっき色々教えてくれたことも、皆と仲良くしてくれたことも。そして何よりマイシカや僕らを助けてくれたことも」
「俺が、助ける?」
ノルベルトには心当りが無かった。
きょとんと首を傾げる様子に優しく微笑んで。
「君はマイシカに『気にするな。自分だってきっとそうした』と言ってくれた。彼女はその言葉にどれだけ救われたか。実際感動して皆に言いふらしてたからね、物凄く嬉しかったんだと思う」
『優しいお兄ちゃん』の真相を知ったノルベルトは、恥ずかしそうに笑った。
「でも優しいとかじゃぁないですよ。俺自身昼食を運んでもらったり、マイシカさんには良くして貰ってるし」
「それだよ。君にこんな生活を強いてるのは僕たちなのに、そうやって感謝してくれる。僕たちを責める権利を持ってるし、そうしたって誰も何も言わないのに、君はそうしない。それ所か僕たちの事を考えて、心を痛めてくれようとさえしている。責めている方がずっと楽だし簡単だろう?」
改めて言われると、確かにそうなのだ。
でもノルベルトはそんな気持ちにならなかったし、そんなこと考えたことも無かった。
その事が自分でも不思議になった。
「人の気持ちや立場になって物を考える。それは人を思いやるということ。紛れも無い優しさだよ。いくら否定しても君は優しいと僕は思う。そして更に君は僕たちの今してる行為を認めて、受け入れて、許してくれた。
僕たちは加害者だ。仕方ないとはいえ、人に迷惑をかけることを知り覚悟した上で行動してる。どんな理由があろうとやはりそれは悪だ。だから僕はそれを忘れないようにと強く皆に言ってある。僕自身『許されよう』なんて思ってはいけないと言い聞かせてきた。僕らは皆加害者意識を持っているし持ち続けるべきなんだ。辛いからといって捨てる事を自分に許し、楽になる訳にはいかない。それが僕らの犯す罪に対する責任だ。…しかし、そう思ってても、分かっていても求めずにはいられなかった」
苦渋にみちたな顔で真面目に語るエンリーケスに言葉を挟めないままでいた。
「君が言ってくれたものはまさにそれなんだ。彼女が、僕らが一番欲していた言葉を、理解を、許しをくれた。マイシカから話を聞いたとき、僕もとても嬉しかったんだ。きっと皆もそうだったと思う。だから皆の代表として心からの感謝を伝えたい。ありがとう」
そう言ってエンリーケスは微笑み、深く頭を下げた。
「いえ、そんな。俺は全然っ。責める気にならなかったのは、マイシカさんとかが誠実で、良い人だろうなって思えたからであって…俺は何も」
本気でそう思った。感謝されるような事は何一つしていないし、言ってもいない。
素直に感謝できたのだって、マイシカさんたちがそのように思わせてくれたからだ。
頭を上げたエンリーケスは、彼らしい柔和な表情に戻っていた。
「こちらがどんなに誠意を見せても、受け入れる気持ちの無い人には伝わらないし、僕らは受け入れて貰えない状況を自分たちで作ってしまった。確かにマイシカはそれでも努力し続けようとしていた。そのひたむきさは皆にいい影響を与えていたと思う。マイシカにも凄く感謝してる。
でもやっぱり君が受け入れてくれなければ、彼女はいつかつぶれていたと思うんだ。そんな彼女に『いつか分かって貰えるかも』という希望と勇気をあたえてくれた。そのことはとても大きいよ」
「いやいやいやいや…」
もう照れくささでいっぱいいっぱいになっているノルベルトを見て、笑みを零したエンリーケス。
「大分長く話してしまったね。でもちゃんと伝えられて良かったよ。どうかこれからもよろしく」
そういって差し出された手を、ノルベルトは握り返した。
「はいっ、有難う御座いました」
お休みの挨拶を交わし戻っていく相手の姿を見送ってから、ノルベルトは部屋に戻った。
中に入り扉を閉めて、大きく深呼吸した。
胸がいっぱいだった。
感動した時のようにじんと痺れていた。
温かくて優しいもので体中が埋め尽くされ、溢れそうだった。
感謝されたのは自分なのに、ノルベルトの方がありがとうと叫びたくなった。
とてもとても嬉しかった。
ぼうっとした惚けた顔で鏡に映る自分の顔を見つめながら歯を磨いた。
ふとラフィタの言葉を思い出した。
自分を絶望のどん底におとした言葉。
ずっと胸に突き刺さり続けるだろう言葉。
そういう『言葉の力』がある事をノルベルトは確認する為に、あえて絶望の言葉を思い出したのだ。
自分の言葉もこんな力をもって、人の中に残るんだろうか。
何気ない言葉が、あそこまで感謝されるに値する言葉になったんだろうか。
そのことが照れくさいほどに嬉しく、誇らしかった。
でも自分はやっぱり何もしていないと思う。
ノルベルトはマイシカの優しさに感謝し、それを返したいと思っただけだ。
そしてその気持ちがああいう言葉となって出ただけ。
しかし今度はその言葉が彼女に、そして彼女から皆に伝えられ、光の言葉となり、それは感謝となって返ってきた。
そして今泣きたいほどに幸福で、その感謝をまた彼らに伝えたい、返したい。
不思議だ。
そしてとても幸運で幸福なことだ。
ただあんなに感謝されては恐縮とか恐れ多い気もする。
でもやっぱり嬉しい。
そんな感情をかみ締めながら、夢見心地でベッドに倒れこむ。
マイシカもこんな気持ちになったんだろうか。
こんなに喜んでくれたんだろうか。
「ありがとう」
自分の言葉に大きな力を与えてくれて。
自分の言葉を光に変えてくれて。
そしてノルベルトは涙が滲むと、零したら勿体無い気がして目を閉じ
全てを吸い込み留めるように大きく息を吸い込んだ。
嬉しさと幸せと感謝とに包まれ、彼はゆっくりと安らかな眠りについた。
第5話
それからノルベルトと未来の子供たちは仲良くなり、共に過ごす時間が増えていった。
交渉の方はどうなっているのかまったく分からない。
エンリーケスたちがどういったことを要求しているのか、何を話し合っているのかすら。
ただ、彼らは『未来を変えにきた』といっているので、電脳関連の事に関した廃止や規定を求めているんじゃないかと思う。
とりあえず一部の人や区域以外は更に開放されて、一般の人はほとんど日常と変らない生活に戻っている。
この施設から外に出ることも許された。
しかし一度出ると戻れないし、政府からきつく口止めをされているらしい。
外は多分なにも知らず平和にやっているんだろう。
ノルベルト自身は『一部』に含まれたが、その中でも大分自由な方だ。
「こんにちは」
「あ、ノルベルトさん。こんにちは」
7歳にしてはしっかりしすぎな感のあるミケルが、わざわざ立ち上がって迎えてくれた。
「ミケルは本当礼儀ただしいな。いいよ、気にしないで本読んでて」
はい、っと気持ちの良い返事を返し、ミケルは座りなおすと読書に戻った。
「こんにちは」
周りの光量まで増えてる気がする白い少年ヘススは、顔をこちらに向け挨拶した。
視線はかみ合わず、どこか虚ろだ。
ヘススはメガネをかけているが、それでも離れているものはおぼろげな輪郭でしか視認できないらしい。
大好きだという読書も、ディスプレイに顔を埋めるようにして読んでいる。
徐々に視力が落ちていき、最終的には失明するという進行性の病なんだそうだ。
しかしこの病気は電脳化することで殆ど改善される類のものである。
周囲は電脳化を進めたが、ヘススが頑なに拒んでいるらしい。
失明する方がマシだと思える程なのか、それとも意地か恐怖か。
ノルベルトには分からないし、聞くことも躊躇われた。
「今日は何を?」
ヘススは知識欲の塊で、また同じくらい人に教える事も好きな人物だった。
そしてノルベルトはヘススのお気に入りの先生であり生徒であった。
自分の知らない今の時代を知っているし、自分が話すことに対し違う視点・価値観で疑問をもったり質問してくることが面白いと言う。
ノルベルトは向かい合って座るヘススとミケルの横の椅子に腰を降ろした。
「この前の続きかな」
「あぁ、分かった」
この前はロストテクノロジーに関して色々話した。
政府との話し合いに立ち会った時に時間旅行が失われた技術になっていた
ということを思い出し、
それについてノルベルトが聞いたことから始まった話だった。
時間旅行研究自体ははかなり前の時代に完成していたようだ。
しかし、消えるものの戻ってきたものが居ない。
歴史が変わってる事実を認識しようとしてもソレは無理な話。
成功した証として、『戻る』ことが大切だったのだ。
理論上は戻ることも可能であるはず、何故戻ってこない?
そこでパラレル説が浮上した。
つまりは修正点で分岐・パラレルワールドが発生すると、その分岐した後の未来にしかいけないのではないのか。
つまりそれだと戻ってきようがない。
『成功を証明できず、科学者たちは”消えている、ということは移動は成功しているということ””過去にいけなかった、失敗したという証拠はない”としか主張できなくて、スポンサーはいなくなり、無駄な技術として人々から忘れ去られたんだ。まぁ仕方がないよね。実感も出来ない所が、自分たちのいる世界に影響もしないかもなんていうんだから』
とヘススは言った。
『でもそれじゃヘススたちのいた未来は、そこに居た人たちは何も変らないんじゃ…』
とノルベルトは思ったが、多分そのことは皆気がついていたんだろう。
だから子供たちばかりなのだ。
未来を変えられると、自分たちの生活が良くなると信じているなら、変える為の危険な旅に子供たちを選び行かせるはずがない。
大人たちは未来を変えて欲しかったんじゃない、幸せに安全に子供たちに生きて欲しかったのだ。
『自分たちの為に未来を変えてくれ』と言ったのは、きっと自分たちだけ逃げるような意識を、負い目を持って欲しくなかったからじゃないだろうか。
強く生き抜いて欲しいという願いなんじゃないだろうか。
しかしノルベルトは何も言わずに話を変えた。
言わなくても彼ら自身、痛いほどそれを分かっているはずだから。
そうして、話は後世の様々な技術開発や試みに関する話になったのだ。
「実はあの後思ったんだけど、人は宇宙に進出しなかったのか?」
今でも宇宙開発は大分進んでる。
宇宙旅行はまだ一般人には割高だが、行った事があるって人は結構いる。
大昔のロストヒストリー時代にもすでに宇宙に出ていたという程だ。
専門的な事はノルベルトには分からないが、大昔にできたのであれば宇宙技術というのは電脳化よりももっと低いレベルの技術ではないのか?
地球環境が悪化したのなら、宇宙に新天地を求めるわけにはいかなかったのか?
「それはもちろんしたし、人の住める人工衛星や月面基地など、地球外に定住できるほどまでになった。月生まれや衛星生まれの、地球を知らない世代もいたって話だよ。移動距離も広く、遠くの星までいけていたらしい。それも今の時代からそう遠くない未来に」
「じゃぁどうして…」
「一番の問題は宇宙技術自体ではなくて、エネルギーや生産関連の他の技術が追いつかなかったって所かな。開発は行われたけど、思うように結果を出せずにいたんだね。で、それ自体が単独で永続的に維持できるほどに至らなかった。維持には地球から物資を援助して貰う事が必要があったわけだ。そしてその後地球で事件が起こり、それを境に地球環境は一気に悪くなってしまった。地球自体が危なくなって援助の出来ない状態になり、結局他の惑星開発も含めて、全ての宇宙移住計画は放棄されたって事らしい。僕らの生まれてくる200年以上前かな」
「放棄されたって…人工衛星や月の人たちは?」
「記録では、船を使って地球に戻ったものと、基地に残ったものとに分かれたようだけど。残ったものが自分の意思だったか、それとも見捨てられたのかについては、はっきりした記録も証言もないみたいだ。当時は余裕がなかったようで、少し後になってそのことについて色々議論されたようだけど」
「そうか…って、あれ?地球環境が悪くなったのって、なにか事件があったのか?」
「あ…うん。そうらしい。ただそれに関しても記録はあまり残ってない。当時は本当に凄い混乱状態にあったみたいで、その事件から5・6年の時代の事を『空白の時代』とか呼ぶ人もいたくらいに情報が無いんだ」
そしてヘススは今度は自分の番だと、今の時代に関する質問をしてきた。
ミケルも読書を終えるとそれに加わり、結構な時間話し込んだ後に2人と別れ部屋に戻った。
『明らかに誤魔化された気がする。本当に記録は残っていなかったんだろうか』
確かに宇宙基地の人々を見捨てるしかないくらい、たくさんの命が犠牲になった事にすら目を向けられない程に余裕がないのであれば記録は少ないのかもしれない。
ただ、ほかの事に目は向けられないでも、自分たちの苦しい状況やその原因に関して記録を残さなかったというのはオカシイ気がする。
情報は大事なものだ。その状況を切り抜けようと、乗り越えようとするなら益々その原因等に関して調べられたり議論されるはずじゃないか?
食事を終えベッドに転がると、今日の話を思い出し眉を顰めた。
『そういえば、父さんにさせたいことって結局なんだったのか聞いてない。話の立会い人をさせたいだけなら何もあんな手荒なことしないでもいいはずだ。外に出るということには、少なからず危険があったはずなんだ。それに人質なら施設長でも軍部長でも十分。区長なんてレベルは問題外だろ』
ごろり、難しい顔で寝返りをうつ。
『区長であること以外に理由が?』
目を閉じると暗闇の中に祖父の顔が浮かんだ。
ノルベルトの父方の祖父は科学者で、電脳技術開発にも携わった人だ。
家が大きくなったのはこの祖父の力だった。
『祖父の担当分野は生物工学だっけ』
そのことがヘススたちと、父親を捕らえたがった何かに結びついているとは限らないのかも知れない。
でもなにかあるとすればそこしか思い当らない。
しかしそれは電脳化についての何かという話になり、今日の『事件』に関する違和感には結びつかないか。
環境を変化させた事件に電脳技術が関与してる可能性は低い気がする。
溜息をついき。
『考えてても仕方ない。明日マイシカさんか知ってそうな誰かに聞いてみよう』
しかしノルベルトは結局ごろごろと、遅い時間まで暴走する思考に悩まされた。
翌日。
朝一でマイシカさんに連絡をいれ、約束を取り付けた。
そしてやや寝不足の重い頭を引きずるように、ノルベルトは指定した場所に向った。
自分の部屋がある建物の1階にある公園。
手近なベンチに腰掛けてマイシカを待つ。
しかしマイシカは約束の時間より若干到着が遅れた。
「ごめんなさい。ちょっと揉め事があったものだから」
「え?!それなら別の日でもかまいませんよ」
「いえ、いいの。いつもの事でもあるしね。もう落ち着いたわ」
「そ、そうなんですか?」
最初はウーゴとか子供たちの事かとノルベルトは思ったが、聞いてみると違った。
「今回はラフィタとセラル。まぁこの2人も元々仲が良くないの。
それに最近は皆ちょっとイラついてるみたいで、割と多くて」
少し疲れたように視線を俯け、座っていい?と聞いてから彼女はノルベルトの横に腰を降ろした。
「大変そうですね。…でもラフィタが喧嘩って言うのは意外というか…」
ノルベルトの知っているラフィタは勘に触ることをいうが、怒ったり声を荒げたりするイメージがない。
「まぁラフィタはあんな感じだからね。大体セラルが一方的に怒り散らす感じかしら。
セラルってほら、真面目じゃない?いつもまっすぐ、前を上をめざしている。
自分にも厳しいし、人にも同じ事を求めちゃう所があるのよ。
ただ例え正論でも人を追い詰めちゃって結果悪くなるのなら問題だわ。
その辺はそのうちに自分でも分かっていくんじゃないかと思うし、
やっぱりセラルの良くあろうとする志って素晴らしいと思うから」
一度溜息を挟んで彼女は続けた。
「だからってラフィタが悪いわけじゃないのよ。
彼はああいう風に軽い感じでフザケたり、どこか人と距離を置いてるところがあるけど。
本当は凄く優しいのよ。ただその表現が分かりにくく、伝わらないというか。
多分セラルみたいな人には特にわかりにくいのかもしれない。
ね、覚えてる?広場で彼が発砲した事」
ノルベルトははいと頷いた。あの日の事は良く覚えてる。
「あれは私を助ける為にやったの。いつだってそう。彼の時々つく悪態は大抵自分でない誰かの為なのよ。
彼はね、自分を否定させたり、悪者になる事で、自分以外の者の評価が良い方にに押し上げられる事を知ってるの。
本当器用なんだか、不器用なんだか」
彼女はそういって笑ったが、その笑顔はどこか哀しかった。
そしてノルベルトは思い出す。
『俺はそれでもいい』と、侵略やテロリストの非難を甘んじて受けた彼の台詞。
そして気がついた。
その台詞を聞いていたからこそ、彼を戒めたり優しくあろうとするマイシカさんたちの誠意に気がつけたのかもしれないと。
信じられるようになったのかもしれないと。
きっとあの広場にいた全員、彼の作戦にはめられたにちがいない。
「だから、そういうラフィタの自ら下に向おうとする姿勢がセラルには理解できないし、腹が立つみたい。
セラルは正論、ラフィタは否定。光と影の関係みたいに真逆なのよ。
でも片方だけじゃ成り立たない。不思議ね。
ラフィタのやっているような方法でないと、変えられない助けられないコトや状況は確かにあるんだと思う。
けど、私もラフィタのそういう所は変って欲しいって思うの。
そんな優しさ哀しすぎるもの。
そんな風にされたら、優しさに気がついたとしても、素直に嬉しがったりありがとうって伝えにくいじゃない?
彼にもそうしたいなにかしらの理由はあるんだと思う。
でもやっぱり優しくした方もされた方も、両方清々しい気持ちで笑顔になれたほうがずっといいと思うのよ」
ノルベルトは大きく頷いた。
誰かに感謝することが相手の光になり、またそれで自分が感謝されて自分の光になることをつい先日知ったから。
ラフィタはそれでいいのだろうか。
誰からも感謝されず、気がついてすらもらえないかもしれない
自分からそう望んで、そういう優しさを持ち続けることの出来るラフィタは、素直に凄いと思う。
でもやっぱりマイシカの言うように、それは酷く哀しく寂しい事に思えた。
「ってごめんなさい、話があるのはノルベルトの方なのに」
「いえ、最初に聞いたの俺ですから」
さて本題だ。
しかしノルベルトは迷っていた。
先ほどの『例え正論でも人を追い詰めて結果悪くなるのなら問題』という言葉がひっかかった。
こうやって関わって身柄を拘束されているわけだから、出来るだけ真実を知りたいと思うのも、また聞く権利があるんじゃないかと思うのも、正論ではあるはず。
しかし、それを掲げて行動を起こすことが良いことなんだろうか。
もし、彼らが自分を気遣って、もしくは他になにか言えない理由があってそれを隠している場合、それを聞き出すことは良いことなのか?
自分に関係の無い話であることも考えられるし。
正直なところ仲良くなったと思ったのに、隠し事がされてるような気がして、裏切られたような・面白くないようなそんな気分で衝動的に行動を起こしていた自分をノルベルトは自覚していた。
迷いと後悔がノルベルトを支配した。
しかし、呼びつけておいてやっぱりいいですっていうわけにもいかない。
ノルベルトは意を決し、切り出すことにした。
「実は聞きたいことがあって。なぜ父だったのかなって。させたい事があるって言ったのもずっと気になって」
「そうだったわね」
「それに俺は最初に立ち会った話から、話し合いに関してなにも知らないくて」
「…そうね。分かった」
そうして、マイシカはまず今の話し合いの状況を話してくれた。
彼らが要求しているのは電脳技術の完全封印。
そしてその要求は受け入れがたいと、話し合いは一向に進んでいないそうだ。
ノルベルトも正直それは無謀だと思った。
まだ一般化とは言い切れるレベルじゃないとはいえ、すでに電脳化をベースにした技術時開発は行われているし、なにより人々がすでにこの便利さを知ってしまっている。
600年後くらいにあったかもしれない未来のために、それを全部捨てるというのは…絶対に無理がある。
ノルベルトはそこで気がついた。
「どうして電脳化する前の過去にいかなかったんですか?」
そう。立ち会った話し合いの時にも言っていた時代決定の条件に「電脳化していること」とあった。
その時は気にならなかったが、今考えてみるとおかしい気がする。
マイシカは静かに答えた。
「私たちの時代にはすでに全ての物が電脳化されていたし、電脳化前の技術に関する知識も資料も殆どが失われていたの。
電脳化技術開発当時の事は詳しくあったから、その開発を阻止するという案はあったわ。ただ、マザーシステム自体が電脳技術の副産物で、当時の似たようなシステムには私たちの身の安全や立場を保障するほどの力はないと判断された。それにそのシステムは電脳技術以前のもので、私たちはその技術を学ぶ術もなかった。子供たちばかりでは戦闘的な実力行使は無理だわ。だから結果的にその条件が必要だったの」
「…でも、そこまで危険な目にあわせてまで貴方たちに本気で未来を変えて欲しいと思ってたんでしょうか?」
「…いいえ。小さくて理解できない子達以外は旅立つ前からそれを知っていたわ。
ノルベルトって鋭いのね。そうね、やっぱり貴方には本当のことを知ってもらったほうが良いのかも知れない。
…私たちの発音おかしいでしょ?」
急に話題が変った事にノルベルトは驚いたが、若干違うことをとりあえず頷き肯定した。
「でもこれは未来の貴方たちの言葉が若干方言?ていうのかしら、そんな感じで変質しているからなのよ。私たちは生まれて最初にこの言葉をおしえられて、生活はずっとこの言葉だった。けどね、私たちの生まれた国は別の言語地域なのよ」
ノルベルトは混乱した。
「エンルーケスのお爺様の時代からこの計画は始まって、形になりだした時に私たちが生まれだした。その頃に私たちの世代の子供を船に乗せる事を決めてたみたい。場所や時代もその時に大体決まっていて、それで私たちにはこの言葉を覚える必要があったのね。でも、子供たちに2つもの言語を学習することを強いるのは可哀想だし、ずっとその国で暮すのならこの言葉を母国語にしてあげた方がいいだろうって。だから私たちは最初にこの言葉をおしえてもらった。皆の方が勉強してくれた事なんか全然知らないままで大きくなって、初めてその事を知ったとき、ただ大声を上げて泣いたわ。そしてその後必死に本当の母国語、料理・文化を勉強した」
マイシカの声が震えていた。
空を見上げ、落ち着けるように深呼吸した彼女の横顔は遠く未来を見ていた。
「本当はね、エンリーケスだけには『着いたら平穏に暮らせ』という事が言われていたの。場所の設定もずらされる筈だった。時代はエンリーケスが電脳化してるからそれが目立たないようにという配慮と、それからやっぱり時空法可決されていた方が、何かあった時に受け入れて貰えるはず、という点からもこの時代に決まっていた。
で、出発の数日前。エンリーケスは大人たちの真意を私たち皆に話したの。大人には内緒でね。そしてその話し合いの結果、私たちは自分たちの意思で今の道を選んだ。変えられた場所の設定を書き直して、実行されるはずの無かった計画を実行してる」
その後、でも小さい子たちには酷いことをしたわね…と小さく呟いた。
「たとえあの未来を変えられないかもしれなくても、分岐した世界の未来にいるかもしれない、もう一人の彼らには出来るだけ幸せになって欲しかった。そのために自分たちに出来るかぎりの事はしたかったの。この時代の人たちに迷惑がかかることは分かっていたけど、でもどうしても何もしないでいることは出来なかった。…本当に勝手でしょ?ごめんなさい」
ノルベルトはただ首を横に振ることしか出来ない。
「…じゃ今度は貴方のお父様の話ね」
ノルベルト自身はもうそんなことはどうでも良くなっていたが、話題が少し変ることで、彼女の気が少しでも紛れるかもしれないと、静かに聞くことにした。
「私たちにはもう一つ、計画があったの。これは政府の人も多分しらなくて、出来れば知られないままで解決できればと思ってる。だから電脳技術の完全封印という無茶な要求は、そこから目をそらす為の要素と時間稼ぎも含んでのよ。勿論受け入れられるならそれが一番いいと思ってるわ。ただ、私たちは知ってるの。電脳技術の大きさと魅力を。600年もの間、人はそれを捨てられずにいたんだもの…」
「…その目的に父が絡んでいるんですか?」
「そう。私たちもその事を知ったのは、ここに来てから。それで手荒な事をしてしまったの。怖かったでしょ?それに今もこうして不自由な生活を…」
「いえ、本当に気にしないで下さい。俺、ここに来れてよかったって本気でそう思ってます」
マイシカは少し驚いた後、泣きそうなくしゃくしゃの顔で笑ってありがとうといった。
「この事に関しては情報が少なくて、私自身あまり良く知らないのよ。エンリーケスならちゃんと説明できると思うんだけど…。彼は唯一の電脳者でしょ?ここのシステム操作、政府との交渉といった殆どを彼がやっているの。だから時間が中々取れないと思うんだけど、彼から説明してもらえるようにお願いしてみるわ」
「あ、いえ、そこまでは。ただ父が何かに関係してるって事はわかったし、俺も多分詳しい話されても分からないですから」
「そう…貴方は本当に優しい。ありがとうっ」
そういってマイシカはぎゅっとノルベルトを抱きしめた。
そして体を離しながら
「そうだ!ヘススならある程度理解してると思うから、もし聞きたくなったら彼に聞いてみて。私から貴方には話しても良いと伝えておくわ」
マイシカは嬉しそうに笑みを浮かべた。
「あの、もう一つの計画って…未来を変える為のことですか?」
「ええ、そう」
偽りない頷き。
ノルベルトは安堵する。
それならばきっと悪いことにはならないはず。
そうして少しの雑談を交わした後、ノルベルトは自室に戻った。
部屋には意外な人物がいて、まるで自分の部屋のように寛いでた。
「…なにしてるんだ?」
「暇つぶし?」
ソファに座るラフィタは簡易食品を口に運びながら、TVから視線を話すことなく答えた。
「喧嘩したんだってな。マイシカさん困ってたぞ」
「喧嘩っていうか、絡まれてメンドクセーから」
知ってることに驚く様子もなく。
「あいつら最近集団ヒステリーっぽくて、俺もお手上げ」
「だからって何で俺の部屋なんだ。空き部屋なんていっぱいあるだろ」
「そんなことしたら足がつくだろ?」
「心配されたいのか?」
「追ってきてまで絡んできそうな勢いだったんだよ」
ノルベルトは、はぁ~っと深い溜息をついた。
「泊まるのか?」
「多分」
「ソファだぞ?」
「あぁ平気」
そうして彼は泊まることになった。
口数の少なく、言葉の短い彼とはあまり会話は弾まない。
しかし特に気を使うことも、沈黙が嫌な感じもしなくて
まだ良く知らないのになんだか凄く自然に感じられた。
短い会話を時折交えながら、夕食の後。
じっとこちらを見るラフィタ。
「なんだ?」
「それ、電脳だろ?」
「あぁ、そうだよ」
「未来のとはやっぱり違うんだな」
そういえば、エンリーケスは見た目では電脳者とは分からない。
首元は隠れていたので分からないけど、こめかみには特に何もなかった。
ノルベルトの時代の電脳は首の後ろとこめかみに接続部分があり、
髪などで隠れている場合を除き、わりと人目で電脳者の区別がつく。
ラフィタはそのこめかみ部分を見ているのだ。
「ここも仮想世界っていう、夢見たいな世界あるんだろ?」
「あるよ」
「オマエは?」
「普通に」
「どっちがいい?」
「あ?」
「そっちの夢と現実、どっちにずっと居たい?」
男はそう投げかけると、ソファに深く座りなおし視線をそらした。
「分からない」
ノルベルトも一人掛けのソファにとんっと背中を預け、正面を向いて少し考えた。
「学生は規則や制限が厳しくて。時間も、やれることも…大人みたいに自由には出来なかった。まぁ大人もそんなに自由にやれる世界でもないけど。
ただ、規制の厳しさは不満だった事は確かだな」
「そうか」
きっと彼らには夢にも等しい時代・世界なのかもしれない。
それでも俺らはすでに電脳の見せてくれる夢の世界の魅力を、規制無しでは拒めないでいる。
怖い、と思った。
心の底から。
「いてっ」
真剣に物を考えている頭に、なんともマヌケな声が混じってきた。
ラフィタがソファに横になろうとして、サイドテーブルに頭をぶつけたらしい。
「なにしてるんだ、オマエ」
「寝ようと思って。って、なんだコレ?」
ラフィタが持ち上げたものは、サイドテーブルに乗っていたガラスの置物。
最初から部屋に置いてあったもので、特に邪魔って事もないくそのまま置いていただけである。
それは動物の形を模したもので、より光を反射するようにカッティングされた綺麗なものだった。
ラフィタは仰向けになったまま、持ち上げたそれをキラキラと揺らしながら見つめていた。
「ただの飾り。来た時からあったんだよ」
言ってからふと思った。
衰退した世界で真っ先に姿を消したのはそういう娯楽や趣味に分類されるような品だったのか?
「ガラスで出来た猫。結構かわいいよな、綺麗だし」
ノルベルトはなんとなく説明を付け加えてみた。
「ねこ」
それが始めて聞く言葉のように復唱したラフィタの様子に、彼が猫を知らない事に気がついた。
人でさえ生きるのに必死な世界。
環境維持しなければ生きて行けない世界。
そこには人以外の生物など、そんなにいないのだろう。
「動物。そっちにあるのも全部動物の形だ。えっと、右から…白鳥?これは馬だな」
ラフィタは上半身を起こし、説明を聞きながら置物を眺めた。
「危険?」
「危険って?」
「人を襲ったり、喰ったり」
ノルベルトはぎょっとして、目を見開いた。
肉食獣とかなら、人は食われることもあるだろう。
しかし一般的なことではない。
「オマエたちの世界って、人を食うのか…?」
「あぁ。こっちの動物は大抵」
しかし冷静に考えてみれば、あの未来で生き残れるとすれば、人の近くにいて人を捕食する物だろう。
おかしい話ではない。
「そうか。でも今は人が他の生き物に食べられたりするってことは、
あんまりないかな」
分かったという意味なのか、ラフィタは小さく頷き、またソファに横になった。
その様子にノルベルトは自分も寝ようと立ち上がった。
「おやすみ」
「おやすみ」
部屋の電気をけしてやってから寝室に向かい、いつものようにベットに転がった。
未来のこと、電脳化のこと…色々考え、いつの間にか眠りに落ちた。
見た夢は悪夢だった。
ノルベルトはゲームをしていた。
感覚の一部をヴァーチャルにする一般的な家庭用ゲーム。
それに関しても色々言われていたが、電脳世界よりはずっと規制は少なかった。
しかしふと気がつくと、電脳世界の初期画面の世界にいた。
ノルベルトはデフォルトの濃紺世界が広がるだけの世界が好きで
変えることなくそのままで使用していた。
しかし突然の事で、その濃紺の世界がそれだと気がつくのに数秒を要した。
そして気がついた次の瞬間、鼻孔をを襲った強烈な異臭に顔をゆがめた。
思わず片手で鼻と口を覆う。
そして周囲を見渡せば自分の後ろになにかが横たわっていた。
闇の中ゆっくりと浮かび上がったのは電脳接続ベッドに横たわる自分。
その顔は張り付いたような笑顔のまま、糞尿を垂れ流し、頭や首の接続部分から腐って虫が湧いている。
そんな変わり果てた自分の姿だった。
思わず大きな悲鳴を上げた。
飛び起きるとそこに見慣れた男が覗き込んでいた。
「大丈夫か?」
「あ、…あぁ…」
呼吸を整え、ごくりと恐怖を飲み込む。
あまりのリアルさと、強烈な光景は焼きついたように中々消えない。
背中がひんやりとして、ぞくぞくしている。
「変な感じ」
ラフィタの声は聞こえたが、混乱気味の頭では良く理解できなかった。
「電脳化してるやつって良い夢しか見ないのかと思った」
次第に落ち着いてきて、改めて男を見れば全裸。
「…つか、なにしてんだ」
しかもここはノルベルトの寝室だ。
「着替えねぇ?」
「…それよりタオルくらい巻けよ」
「なんで?」
「見苦しいっ」
ラフィタはひょいっと肩を竦めただけで、勝手にクローゼットを開いて物色し始めた。
しかしおかげで大分恐怖が吹き飛んだと苦笑を零し、ノルベルトはベッドから降りた。
そして全裸の男の横から、適当に着替えを取り出しバスルームへ向った。
意外なことに、戻ってみると朝食が用意されていた。
「意外」
素直な感想を告げると、ニィっと笑っただけでラフィタは先に食べ始めた。
簡易食品なので温めるだけなのだが、この男が自分の分もそれを用意してくれた事は、想定外だった。
「頂きます」
一人なら口にしない挨拶だったが、ノルベルトは相手への感謝のつもりでそう言い食事を頬張った。
「さっきの電脳者は良い夢しか見ないってやつ。未来ではそうなのか?」
「さぁ」
「さぁって」
「皆夢に堕ちるのって良い夢見れるからなんだろ?そういう設定が出来るんじゃないのか?」
「あぁ~なるほど。未来はどうか知らないけど、今の時点でそれは出来ないよ。電脳化っていっても直接情報を脳に取り込めるように変換する機械を取り付けただけで、殆ど生身なわけだし。脳を休めないと睡眠取った事にならないし」
「ふ~ん」
「電脳技術もきっと進歩したんだろうな。起きてる人たちにも電脳者いたんだろ?その人たちはなんかいってなかったのか?」
「聞いたことねぇな。自分で勝手に良い夢見てるんだろうって思ってたから、お前がうなされてるのみて初めて違うのかと」
「それじゃ他の人がうなされてるトコ一度もみたことないわけ?」
「ああ、そういえばないな。起きてるヤツはなんか寝るの嫌がってた感じかな」
「それってむしろ夢見わるいんじゃないか」
さっきの自分みたいに。
ノルベルトは悪夢を思い出し、再びぞくっとした。
「いや、反対だろ。良い夢だから見たくなかったんじゃねぇの?」
なんで?と聞こうとしたが、すぐにノルベルトにもその言葉の意味が分かった。
目覚めたくなくなってしまうからだ。
電脳者は望めばずっとその夢にいられる。
起きていた人もきっと誘惑を感じなかったわけが無い。
毎日悪夢のような現実と戦っていた彼らだ。
良い夢を見てしまった朝、目覚めた時どう思っただろう。
電脳化している自分にとってそれは人事じゃない。
いつ落ちてもおかしくない、高い絶壁に自分が立っていることを、今やっと知る。
規制がなければ落ちていたかもしれない。
底の見えない闇色の穴が足元の直ぐ横に広がっていると感じた。
「ごちそーさん」
そういってラフィタは立ち上がり、自分の食器をもってキッチンに。
手の止まったノルベルトはじっと更に残る朝食を眺めていた。
「んじゃ、またな」
「え?あ、あぁ。マイシカさんあんまり困らせるなよ」
ラフィタの声で止まっていた時間が流れ、相手の背中を見送った。
それから残った朝食を食べ終えて、ノルベルトは気分転換に散歩にでることにした。
それからノルベルトと未来の子供たちは仲良くなり、共に過ごす時間が増えていった。
交渉の方はどうなっているのかまったく分からない。
エンリーケスたちがどういったことを要求しているのか、何を話し合っているのかすら。
ただ、彼らは『未来を変えにきた』といっているので、電脳関連の事に関した廃止や規定を求めているんじゃないかと思う。
とりあえず一部の人や区域以外は更に開放されて、一般の人はほとんど日常と変らない生活に戻っている。
この施設から外に出ることも許された。
しかし一度出ると戻れないし、政府からきつく口止めをされているらしい。
外は多分なにも知らず平和にやっているんだろう。
ノルベルト自身は『一部』に含まれたが、その中でも大分自由な方だ。
「こんにちは」
「あ、ノルベルトさん。こんにちは」
7歳にしてはしっかりしすぎな感のあるミケルが、わざわざ立ち上がって迎えてくれた。
「ミケルは本当礼儀ただしいな。いいよ、気にしないで本読んでて」
はい、っと気持ちの良い返事を返し、ミケルは座りなおすと読書に戻った。
「こんにちは」
周りの光量まで増えてる気がする白い少年ヘススは、顔をこちらに向け挨拶した。
視線はかみ合わず、どこか虚ろだ。
ヘススはメガネをかけているが、それでも離れているものはおぼろげな輪郭でしか視認できないらしい。
大好きだという読書も、ディスプレイに顔を埋めるようにして読んでいる。
徐々に視力が落ちていき、最終的には失明するという進行性の病なんだそうだ。
しかしこの病気は電脳化することで殆ど改善される類のものである。
周囲は電脳化を進めたが、ヘススが頑なに拒んでいるらしい。
失明する方がマシだと思える程なのか、それとも意地か恐怖か。
ノルベルトには分からないし、聞くことも躊躇われた。
「今日は何を?」
ヘススは知識欲の塊で、また同じくらい人に教える事も好きな人物だった。
そしてノルベルトはヘススのお気に入りの先生であり生徒であった。
自分の知らない今の時代を知っているし、自分が話すことに対し違う視点・価値観で疑問をもったり質問してくることが面白いと言う。
ノルベルトは向かい合って座るヘススとミケルの横の椅子に腰を降ろした。
「この前の続きかな」
「あぁ、分かった」
この前はロストテクノロジーに関して色々話した。
政府との話し合いに立ち会った時に時間旅行が失われた技術になっていた
ということを思い出し、
それについてノルベルトが聞いたことから始まった話だった。
時間旅行研究自体ははかなり前の時代に完成していたようだ。
しかし、消えるものの戻ってきたものが居ない。
歴史が変わってる事実を認識しようとしてもソレは無理な話。
成功した証として、『戻る』ことが大切だったのだ。
理論上は戻ることも可能であるはず、何故戻ってこない?
そこでパラレル説が浮上した。
つまりは修正点で分岐・パラレルワールドが発生すると、その分岐した後の未来にしかいけないのではないのか。
つまりそれだと戻ってきようがない。
『成功を証明できず、科学者たちは”消えている、ということは移動は成功しているということ””過去にいけなかった、失敗したという証拠はない”としか主張できなくて、スポンサーはいなくなり、無駄な技術として人々から忘れ去られたんだ。まぁ仕方がないよね。実感も出来ない所が、自分たちのいる世界に影響もしないかもなんていうんだから』
とヘススは言った。
『でもそれじゃヘススたちのいた未来は、そこに居た人たちは何も変らないんじゃ…』
とノルベルトは思ったが、多分そのことは皆気がついていたんだろう。
だから子供たちばかりなのだ。
未来を変えられると、自分たちの生活が良くなると信じているなら、変える為の危険な旅に子供たちを選び行かせるはずがない。
大人たちは未来を変えて欲しかったんじゃない、幸せに安全に子供たちに生きて欲しかったのだ。
『自分たちの為に未来を変えてくれ』と言ったのは、きっと自分たちだけ逃げるような意識を、負い目を持って欲しくなかったからじゃないだろうか。
強く生き抜いて欲しいという願いなんじゃないだろうか。
しかしノルベルトは何も言わずに話を変えた。
言わなくても彼ら自身、痛いほどそれを分かっているはずだから。
そうして、話は後世の様々な技術開発や試みに関する話になったのだ。
「実はあの後思ったんだけど、人は宇宙に進出しなかったのか?」
今でも宇宙開発は大分進んでる。
宇宙旅行はまだ一般人には割高だが、行った事があるって人は結構いる。
大昔のロストヒストリー時代にもすでに宇宙に出ていたという程だ。
専門的な事はノルベルトには分からないが、大昔にできたのであれば宇宙技術というのは電脳化よりももっと低いレベルの技術ではないのか?
地球環境が悪化したのなら、宇宙に新天地を求めるわけにはいかなかったのか?
「それはもちろんしたし、人の住める人工衛星や月面基地など、地球外に定住できるほどまでになった。月生まれや衛星生まれの、地球を知らない世代もいたって話だよ。移動距離も広く、遠くの星までいけていたらしい。それも今の時代からそう遠くない未来に」
「じゃぁどうして…」
「一番の問題は宇宙技術自体ではなくて、エネルギーや生産関連の他の技術が追いつかなかったって所かな。開発は行われたけど、思うように結果を出せずにいたんだね。で、それ自体が単独で永続的に維持できるほどに至らなかった。維持には地球から物資を援助して貰う事が必要があったわけだ。そしてその後地球で事件が起こり、それを境に地球環境は一気に悪くなってしまった。地球自体が危なくなって援助の出来ない状態になり、結局他の惑星開発も含めて、全ての宇宙移住計画は放棄されたって事らしい。僕らの生まれてくる200年以上前かな」
「放棄されたって…人工衛星や月の人たちは?」
「記録では、船を使って地球に戻ったものと、基地に残ったものとに分かれたようだけど。残ったものが自分の意思だったか、それとも見捨てられたのかについては、はっきりした記録も証言もないみたいだ。当時は余裕がなかったようで、少し後になってそのことについて色々議論されたようだけど」
「そうか…って、あれ?地球環境が悪くなったのって、なにか事件があったのか?」
「あ…うん。そうらしい。ただそれに関しても記録はあまり残ってない。当時は本当に凄い混乱状態にあったみたいで、その事件から5・6年の時代の事を『空白の時代』とか呼ぶ人もいたくらいに情報が無いんだ」
そしてヘススは今度は自分の番だと、今の時代に関する質問をしてきた。
ミケルも読書を終えるとそれに加わり、結構な時間話し込んだ後に2人と別れ部屋に戻った。
『明らかに誤魔化された気がする。本当に記録は残っていなかったんだろうか』
確かに宇宙基地の人々を見捨てるしかないくらい、たくさんの命が犠牲になった事にすら目を向けられない程に余裕がないのであれば記録は少ないのかもしれない。
ただ、ほかの事に目は向けられないでも、自分たちの苦しい状況やその原因に関して記録を残さなかったというのはオカシイ気がする。
情報は大事なものだ。その状況を切り抜けようと、乗り越えようとするなら益々その原因等に関して調べられたり議論されるはずじゃないか?
食事を終えベッドに転がると、今日の話を思い出し眉を顰めた。
『そういえば、父さんにさせたいことって結局なんだったのか聞いてない。話の立会い人をさせたいだけなら何もあんな手荒なことしないでもいいはずだ。外に出るということには、少なからず危険があったはずなんだ。それに人質なら施設長でも軍部長でも十分。区長なんてレベルは問題外だろ』
ごろり、難しい顔で寝返りをうつ。
『区長であること以外に理由が?』
目を閉じると暗闇の中に祖父の顔が浮かんだ。
ノルベルトの父方の祖父は科学者で、電脳技術開発にも携わった人だ。
家が大きくなったのはこの祖父の力だった。
『祖父の担当分野は生物工学だっけ』
そのことがヘススたちと、父親を捕らえたがった何かに結びついているとは限らないのかも知れない。
でもなにかあるとすればそこしか思い当らない。
しかしそれは電脳化についての何かという話になり、今日の『事件』に関する違和感には結びつかないか。
環境を変化させた事件に電脳技術が関与してる可能性は低い気がする。
溜息をついき。
『考えてても仕方ない。明日マイシカさんか知ってそうな誰かに聞いてみよう』
しかしノルベルトは結局ごろごろと、遅い時間まで暴走する思考に悩まされた。
翌日。
朝一でマイシカさんに連絡をいれ、約束を取り付けた。
そしてやや寝不足の重い頭を引きずるように、ノルベルトは指定した場所に向った。
自分の部屋がある建物の1階にある公園。
手近なベンチに腰掛けてマイシカを待つ。
しかしマイシカは約束の時間より若干到着が遅れた。
「ごめんなさい。ちょっと揉め事があったものだから」
「え?!それなら別の日でもかまいませんよ」
「いえ、いいの。いつもの事でもあるしね。もう落ち着いたわ」
「そ、そうなんですか?」
最初はウーゴとか子供たちの事かとノルベルトは思ったが、聞いてみると違った。
「今回はラフィタとセラル。まぁこの2人も元々仲が良くないの。
それに最近は皆ちょっとイラついてるみたいで、割と多くて」
少し疲れたように視線を俯け、座っていい?と聞いてから彼女はノルベルトの横に腰を降ろした。
「大変そうですね。…でもラフィタが喧嘩って言うのは意外というか…」
ノルベルトの知っているラフィタは勘に触ることをいうが、怒ったり声を荒げたりするイメージがない。
「まぁラフィタはあんな感じだからね。大体セラルが一方的に怒り散らす感じかしら。
セラルってほら、真面目じゃない?いつもまっすぐ、前を上をめざしている。
自分にも厳しいし、人にも同じ事を求めちゃう所があるのよ。
ただ例え正論でも人を追い詰めちゃって結果悪くなるのなら問題だわ。
その辺はそのうちに自分でも分かっていくんじゃないかと思うし、
やっぱりセラルの良くあろうとする志って素晴らしいと思うから」
一度溜息を挟んで彼女は続けた。
「だからってラフィタが悪いわけじゃないのよ。
彼はああいう風に軽い感じでフザケたり、どこか人と距離を置いてるところがあるけど。
本当は凄く優しいのよ。ただその表現が分かりにくく、伝わらないというか。
多分セラルみたいな人には特にわかりにくいのかもしれない。
ね、覚えてる?広場で彼が発砲した事」
ノルベルトははいと頷いた。あの日の事は良く覚えてる。
「あれは私を助ける為にやったの。いつだってそう。彼の時々つく悪態は大抵自分でない誰かの為なのよ。
彼はね、自分を否定させたり、悪者になる事で、自分以外の者の評価が良い方にに押し上げられる事を知ってるの。
本当器用なんだか、不器用なんだか」
彼女はそういって笑ったが、その笑顔はどこか哀しかった。
そしてノルベルトは思い出す。
『俺はそれでもいい』と、侵略やテロリストの非難を甘んじて受けた彼の台詞。
そして気がついた。
その台詞を聞いていたからこそ、彼を戒めたり優しくあろうとするマイシカさんたちの誠意に気がつけたのかもしれないと。
信じられるようになったのかもしれないと。
きっとあの広場にいた全員、彼の作戦にはめられたにちがいない。
「だから、そういうラフィタの自ら下に向おうとする姿勢がセラルには理解できないし、腹が立つみたい。
セラルは正論、ラフィタは否定。光と影の関係みたいに真逆なのよ。
でも片方だけじゃ成り立たない。不思議ね。
ラフィタのやっているような方法でないと、変えられない助けられないコトや状況は確かにあるんだと思う。
けど、私もラフィタのそういう所は変って欲しいって思うの。
そんな優しさ哀しすぎるもの。
そんな風にされたら、優しさに気がついたとしても、素直に嬉しがったりありがとうって伝えにくいじゃない?
彼にもそうしたいなにかしらの理由はあるんだと思う。
でもやっぱり優しくした方もされた方も、両方清々しい気持ちで笑顔になれたほうがずっといいと思うのよ」
ノルベルトは大きく頷いた。
誰かに感謝することが相手の光になり、またそれで自分が感謝されて自分の光になることをつい先日知ったから。
ラフィタはそれでいいのだろうか。
誰からも感謝されず、気がついてすらもらえないかもしれない
自分からそう望んで、そういう優しさを持ち続けることの出来るラフィタは、素直に凄いと思う。
でもやっぱりマイシカの言うように、それは酷く哀しく寂しい事に思えた。
「ってごめんなさい、話があるのはノルベルトの方なのに」
「いえ、最初に聞いたの俺ですから」
さて本題だ。
しかしノルベルトは迷っていた。
先ほどの『例え正論でも人を追い詰めて結果悪くなるのなら問題』という言葉がひっかかった。
こうやって関わって身柄を拘束されているわけだから、出来るだけ真実を知りたいと思うのも、また聞く権利があるんじゃないかと思うのも、正論ではあるはず。
しかし、それを掲げて行動を起こすことが良いことなんだろうか。
もし、彼らが自分を気遣って、もしくは他になにか言えない理由があってそれを隠している場合、それを聞き出すことは良いことなのか?
自分に関係の無い話であることも考えられるし。
正直なところ仲良くなったと思ったのに、隠し事がされてるような気がして、裏切られたような・面白くないようなそんな気分で衝動的に行動を起こしていた自分をノルベルトは自覚していた。
迷いと後悔がノルベルトを支配した。
しかし、呼びつけておいてやっぱりいいですっていうわけにもいかない。
ノルベルトは意を決し、切り出すことにした。
「実は聞きたいことがあって。なぜ父だったのかなって。させたい事があるって言ったのもずっと気になって」
「そうだったわね」
「それに俺は最初に立ち会った話から、話し合いに関してなにも知らないくて」
「…そうね。分かった」
そうして、マイシカはまず今の話し合いの状況を話してくれた。
彼らが要求しているのは電脳技術の完全封印。
そしてその要求は受け入れがたいと、話し合いは一向に進んでいないそうだ。
ノルベルトも正直それは無謀だと思った。
まだ一般化とは言い切れるレベルじゃないとはいえ、すでに電脳化をベースにした技術時開発は行われているし、なにより人々がすでにこの便利さを知ってしまっている。
600年後くらいにあったかもしれない未来のために、それを全部捨てるというのは…絶対に無理がある。
ノルベルトはそこで気がついた。
「どうして電脳化する前の過去にいかなかったんですか?」
そう。立ち会った話し合いの時にも言っていた時代決定の条件に「電脳化していること」とあった。
その時は気にならなかったが、今考えてみるとおかしい気がする。
マイシカは静かに答えた。
「私たちの時代にはすでに全ての物が電脳化されていたし、電脳化前の技術に関する知識も資料も殆どが失われていたの。
電脳化技術開発当時の事は詳しくあったから、その開発を阻止するという案はあったわ。ただ、マザーシステム自体が電脳技術の副産物で、当時の似たようなシステムには私たちの身の安全や立場を保障するほどの力はないと判断された。それにそのシステムは電脳技術以前のもので、私たちはその技術を学ぶ術もなかった。子供たちばかりでは戦闘的な実力行使は無理だわ。だから結果的にその条件が必要だったの」
「…でも、そこまで危険な目にあわせてまで貴方たちに本気で未来を変えて欲しいと思ってたんでしょうか?」
「…いいえ。小さくて理解できない子達以外は旅立つ前からそれを知っていたわ。
ノルベルトって鋭いのね。そうね、やっぱり貴方には本当のことを知ってもらったほうが良いのかも知れない。
…私たちの発音おかしいでしょ?」
急に話題が変った事にノルベルトは驚いたが、若干違うことをとりあえず頷き肯定した。
「でもこれは未来の貴方たちの言葉が若干方言?ていうのかしら、そんな感じで変質しているからなのよ。私たちは生まれて最初にこの言葉をおしえられて、生活はずっとこの言葉だった。けどね、私たちの生まれた国は別の言語地域なのよ」
ノルベルトは混乱した。
「エンルーケスのお爺様の時代からこの計画は始まって、形になりだした時に私たちが生まれだした。その頃に私たちの世代の子供を船に乗せる事を決めてたみたい。場所や時代もその時に大体決まっていて、それで私たちにはこの言葉を覚える必要があったのね。でも、子供たちに2つもの言語を学習することを強いるのは可哀想だし、ずっとその国で暮すのならこの言葉を母国語にしてあげた方がいいだろうって。だから私たちは最初にこの言葉をおしえてもらった。皆の方が勉強してくれた事なんか全然知らないままで大きくなって、初めてその事を知ったとき、ただ大声を上げて泣いたわ。そしてその後必死に本当の母国語、料理・文化を勉強した」
マイシカの声が震えていた。
空を見上げ、落ち着けるように深呼吸した彼女の横顔は遠く未来を見ていた。
「本当はね、エンリーケスだけには『着いたら平穏に暮らせ』という事が言われていたの。場所の設定もずらされる筈だった。時代はエンリーケスが電脳化してるからそれが目立たないようにという配慮と、それからやっぱり時空法可決されていた方が、何かあった時に受け入れて貰えるはず、という点からもこの時代に決まっていた。
で、出発の数日前。エンリーケスは大人たちの真意を私たち皆に話したの。大人には内緒でね。そしてその話し合いの結果、私たちは自分たちの意思で今の道を選んだ。変えられた場所の設定を書き直して、実行されるはずの無かった計画を実行してる」
その後、でも小さい子たちには酷いことをしたわね…と小さく呟いた。
「たとえあの未来を変えられないかもしれなくても、分岐した世界の未来にいるかもしれない、もう一人の彼らには出来るだけ幸せになって欲しかった。そのために自分たちに出来るかぎりの事はしたかったの。この時代の人たちに迷惑がかかることは分かっていたけど、でもどうしても何もしないでいることは出来なかった。…本当に勝手でしょ?ごめんなさい」
ノルベルトはただ首を横に振ることしか出来ない。
「…じゃ今度は貴方のお父様の話ね」
ノルベルト自身はもうそんなことはどうでも良くなっていたが、話題が少し変ることで、彼女の気が少しでも紛れるかもしれないと、静かに聞くことにした。
「私たちにはもう一つ、計画があったの。これは政府の人も多分しらなくて、出来れば知られないままで解決できればと思ってる。だから電脳技術の完全封印という無茶な要求は、そこから目をそらす為の要素と時間稼ぎも含んでのよ。勿論受け入れられるならそれが一番いいと思ってるわ。ただ、私たちは知ってるの。電脳技術の大きさと魅力を。600年もの間、人はそれを捨てられずにいたんだもの…」
「…その目的に父が絡んでいるんですか?」
「そう。私たちもその事を知ったのは、ここに来てから。それで手荒な事をしてしまったの。怖かったでしょ?それに今もこうして不自由な生活を…」
「いえ、本当に気にしないで下さい。俺、ここに来れてよかったって本気でそう思ってます」
マイシカは少し驚いた後、泣きそうなくしゃくしゃの顔で笑ってありがとうといった。
「この事に関しては情報が少なくて、私自身あまり良く知らないのよ。エンリーケスならちゃんと説明できると思うんだけど…。彼は唯一の電脳者でしょ?ここのシステム操作、政府との交渉といった殆どを彼がやっているの。だから時間が中々取れないと思うんだけど、彼から説明してもらえるようにお願いしてみるわ」
「あ、いえ、そこまでは。ただ父が何かに関係してるって事はわかったし、俺も多分詳しい話されても分からないですから」
「そう…貴方は本当に優しい。ありがとうっ」
そういってマイシカはぎゅっとノルベルトを抱きしめた。
そして体を離しながら
「そうだ!ヘススならある程度理解してると思うから、もし聞きたくなったら彼に聞いてみて。私から貴方には話しても良いと伝えておくわ」
マイシカは嬉しそうに笑みを浮かべた。
「あの、もう一つの計画って…未来を変える為のことですか?」
「ええ、そう」
偽りない頷き。
ノルベルトは安堵する。
それならばきっと悪いことにはならないはず。
そうして少しの雑談を交わした後、ノルベルトは自室に戻った。
部屋には意外な人物がいて、まるで自分の部屋のように寛いでた。
「…なにしてるんだ?」
「暇つぶし?」
ソファに座るラフィタは簡易食品を口に運びながら、TVから視線を話すことなく答えた。
「喧嘩したんだってな。マイシカさん困ってたぞ」
「喧嘩っていうか、絡まれてメンドクセーから」
知ってることに驚く様子もなく。
「あいつら最近集団ヒステリーっぽくて、俺もお手上げ」
「だからって何で俺の部屋なんだ。空き部屋なんていっぱいあるだろ」
「そんなことしたら足がつくだろ?」
「心配されたいのか?」
「追ってきてまで絡んできそうな勢いだったんだよ」
ノルベルトは、はぁ~っと深い溜息をついた。
「泊まるのか?」
「多分」
「ソファだぞ?」
「あぁ平気」
そうして彼は泊まることになった。
口数の少なく、言葉の短い彼とはあまり会話は弾まない。
しかし特に気を使うことも、沈黙が嫌な感じもしなくて
まだ良く知らないのになんだか凄く自然に感じられた。
短い会話を時折交えながら、夕食の後。
じっとこちらを見るラフィタ。
「なんだ?」
「それ、電脳だろ?」
「あぁ、そうだよ」
「未来のとはやっぱり違うんだな」
そういえば、エンリーケスは見た目では電脳者とは分からない。
首元は隠れていたので分からないけど、こめかみには特に何もなかった。
ノルベルトの時代の電脳は首の後ろとこめかみに接続部分があり、
髪などで隠れている場合を除き、わりと人目で電脳者の区別がつく。
ラフィタはそのこめかみ部分を見ているのだ。
「ここも仮想世界っていう、夢見たいな世界あるんだろ?」
「あるよ」
「オマエは?」
「普通に」
「どっちがいい?」
「あ?」
「そっちの夢と現実、どっちにずっと居たい?」
男はそう投げかけると、ソファに深く座りなおし視線をそらした。
「分からない」
ノルベルトも一人掛けのソファにとんっと背中を預け、正面を向いて少し考えた。
「学生は規則や制限が厳しくて。時間も、やれることも…大人みたいに自由には出来なかった。まぁ大人もそんなに自由にやれる世界でもないけど。
ただ、規制の厳しさは不満だった事は確かだな」
「そうか」
きっと彼らには夢にも等しい時代・世界なのかもしれない。
それでも俺らはすでに電脳の見せてくれる夢の世界の魅力を、規制無しでは拒めないでいる。
怖い、と思った。
心の底から。
「いてっ」
真剣に物を考えている頭に、なんともマヌケな声が混じってきた。
ラフィタがソファに横になろうとして、サイドテーブルに頭をぶつけたらしい。
「なにしてるんだ、オマエ」
「寝ようと思って。って、なんだコレ?」
ラフィタが持ち上げたものは、サイドテーブルに乗っていたガラスの置物。
最初から部屋に置いてあったもので、特に邪魔って事もないくそのまま置いていただけである。
それは動物の形を模したもので、より光を反射するようにカッティングされた綺麗なものだった。
ラフィタは仰向けになったまま、持ち上げたそれをキラキラと揺らしながら見つめていた。
「ただの飾り。来た時からあったんだよ」
言ってからふと思った。
衰退した世界で真っ先に姿を消したのはそういう娯楽や趣味に分類されるような品だったのか?
「ガラスで出来た猫。結構かわいいよな、綺麗だし」
ノルベルトはなんとなく説明を付け加えてみた。
「ねこ」
それが始めて聞く言葉のように復唱したラフィタの様子に、彼が猫を知らない事に気がついた。
人でさえ生きるのに必死な世界。
環境維持しなければ生きて行けない世界。
そこには人以外の生物など、そんなにいないのだろう。
「動物。そっちにあるのも全部動物の形だ。えっと、右から…白鳥?これは馬だな」
ラフィタは上半身を起こし、説明を聞きながら置物を眺めた。
「危険?」
「危険って?」
「人を襲ったり、喰ったり」
ノルベルトはぎょっとして、目を見開いた。
肉食獣とかなら、人は食われることもあるだろう。
しかし一般的なことではない。
「オマエたちの世界って、人を食うのか…?」
「あぁ。こっちの動物は大抵」
しかし冷静に考えてみれば、あの未来で生き残れるとすれば、人の近くにいて人を捕食する物だろう。
おかしい話ではない。
「そうか。でも今は人が他の生き物に食べられたりするってことは、
あんまりないかな」
分かったという意味なのか、ラフィタは小さく頷き、またソファに横になった。
その様子にノルベルトは自分も寝ようと立ち上がった。
「おやすみ」
「おやすみ」
部屋の電気をけしてやってから寝室に向かい、いつものようにベットに転がった。
未来のこと、電脳化のこと…色々考え、いつの間にか眠りに落ちた。
見た夢は悪夢だった。
ノルベルトはゲームをしていた。
感覚の一部をヴァーチャルにする一般的な家庭用ゲーム。
それに関しても色々言われていたが、電脳世界よりはずっと規制は少なかった。
しかしふと気がつくと、電脳世界の初期画面の世界にいた。
ノルベルトはデフォルトの濃紺世界が広がるだけの世界が好きで
変えることなくそのままで使用していた。
しかし突然の事で、その濃紺の世界がそれだと気がつくのに数秒を要した。
そして気がついた次の瞬間、鼻孔をを襲った強烈な異臭に顔をゆがめた。
思わず片手で鼻と口を覆う。
そして周囲を見渡せば自分の後ろになにかが横たわっていた。
闇の中ゆっくりと浮かび上がったのは電脳接続ベッドに横たわる自分。
その顔は張り付いたような笑顔のまま、糞尿を垂れ流し、頭や首の接続部分から腐って虫が湧いている。
そんな変わり果てた自分の姿だった。
思わず大きな悲鳴を上げた。
飛び起きるとそこに見慣れた男が覗き込んでいた。
「大丈夫か?」
「あ、…あぁ…」
呼吸を整え、ごくりと恐怖を飲み込む。
あまりのリアルさと、強烈な光景は焼きついたように中々消えない。
背中がひんやりとして、ぞくぞくしている。
「変な感じ」
ラフィタの声は聞こえたが、混乱気味の頭では良く理解できなかった。
「電脳化してるやつって良い夢しか見ないのかと思った」
次第に落ち着いてきて、改めて男を見れば全裸。
「…つか、なにしてんだ」
しかもここはノルベルトの寝室だ。
「着替えねぇ?」
「…それよりタオルくらい巻けよ」
「なんで?」
「見苦しいっ」
ラフィタはひょいっと肩を竦めただけで、勝手にクローゼットを開いて物色し始めた。
しかしおかげで大分恐怖が吹き飛んだと苦笑を零し、ノルベルトはベッドから降りた。
そして全裸の男の横から、適当に着替えを取り出しバスルームへ向った。
意外なことに、戻ってみると朝食が用意されていた。
「意外」
素直な感想を告げると、ニィっと笑っただけでラフィタは先に食べ始めた。
簡易食品なので温めるだけなのだが、この男が自分の分もそれを用意してくれた事は、想定外だった。
「頂きます」
一人なら口にしない挨拶だったが、ノルベルトは相手への感謝のつもりでそう言い食事を頬張った。
「さっきの電脳者は良い夢しか見ないってやつ。未来ではそうなのか?」
「さぁ」
「さぁって」
「皆夢に堕ちるのって良い夢見れるからなんだろ?そういう設定が出来るんじゃないのか?」
「あぁ~なるほど。未来はどうか知らないけど、今の時点でそれは出来ないよ。電脳化っていっても直接情報を脳に取り込めるように変換する機械を取り付けただけで、殆ど生身なわけだし。脳を休めないと睡眠取った事にならないし」
「ふ~ん」
「電脳技術もきっと進歩したんだろうな。起きてる人たちにも電脳者いたんだろ?その人たちはなんかいってなかったのか?」
「聞いたことねぇな。自分で勝手に良い夢見てるんだろうって思ってたから、お前がうなされてるのみて初めて違うのかと」
「それじゃ他の人がうなされてるトコ一度もみたことないわけ?」
「ああ、そういえばないな。起きてるヤツはなんか寝るの嫌がってた感じかな」
「それってむしろ夢見わるいんじゃないか」
さっきの自分みたいに。
ノルベルトは悪夢を思い出し、再びぞくっとした。
「いや、反対だろ。良い夢だから見たくなかったんじゃねぇの?」
なんで?と聞こうとしたが、すぐにノルベルトにもその言葉の意味が分かった。
目覚めたくなくなってしまうからだ。
電脳者は望めばずっとその夢にいられる。
起きていた人もきっと誘惑を感じなかったわけが無い。
毎日悪夢のような現実と戦っていた彼らだ。
良い夢を見てしまった朝、目覚めた時どう思っただろう。
電脳化している自分にとってそれは人事じゃない。
いつ落ちてもおかしくない、高い絶壁に自分が立っていることを、今やっと知る。
規制がなければ落ちていたかもしれない。
底の見えない闇色の穴が足元の直ぐ横に広がっていると感じた。
「ごちそーさん」
そういってラフィタは立ち上がり、自分の食器をもってキッチンに。
手の止まったノルベルトはじっと更に残る朝食を眺めていた。
「んじゃ、またな」
「え?あ、あぁ。マイシカさんあんまり困らせるなよ」
ラフィタの声で止まっていた時間が流れ、相手の背中を見送った。
それから残った朝食を食べ終えて、ノルベルトは気分転換に散歩にでることにした。
第6話
それから、様々な事が起きた。
それもどうにかおさまり、皆が落ち着きを取り戻したある日。
ノルベルトはエンリーケスに呼び出され、
最上階のミーティングルームに向った。
<実は勢いで作った話なため、子供を絡ませるのが難しく >
<基本設定に手を加え、更に物語の視点を増やさなくては >
<という状況になってしまいました。 >
<他にもどうしようもない破綻や力不足な部分が多々あり…>
<でもこの「未定。」はこのまま終わりに向うわせます。 >
<しかし、「真・未完。」として、再々構築されたものを >
<またここに上げさせて貰おうと思っています。 >
<詳細はあとがきにて。 >
ノルベルトは目を丸くし、ただただ立ち尽くしていた。
「久しぶりだな。元気そうでよかった」
それはノルベルトの父の声。
以前のようにディスプレイに映された父親ではなく、
生身の父が目の前にいたのだ。
「ど、どうして、父さんがここに?!」
もう一つの計画に父親が絡むことは知っていたが、
父親自身がここに来るとは思っても見なかった。
「お前も聞きたがっているとエンリーケスさんから聞いてな。
それでエンリーケスさんとも、お前とも直に会って話したいと思ったんだ」
父は自ら望んでやってきたのだ。
そうして、エンリーケス、ノルベルト、ベルンハルト、マイシカの4人で話し合いが行われた。
まずエンリーケスから、この時代の400年後くらいに起こる、世界環境を悪化させた事故の説明が行われた。
電脳化による人の堕落は次第に、更に深刻な問題となり
また、緩やかではあるが確実な環境悪化にも人々は苦しんだ。
そんな中、一人の研究者がある提案をした。
『悪化した環境にも耐えられ、老にくい…そんな存在に人間を作り変えよう。人を人の力で進化させよう』という物だった。
様々な試みも思うような成果を上げられずにいた人々は
倫理や自然法則、神の存在等を持ち出しはしたが、
結局この研究を受け入れ、それは行われた。
その始まりのきっかけ、そして研究の軸となったのが
祖父の…そして今父が引き継いで行っている研究なんだそうだ。
「研究って…父さん、大学は司法を学んでたんじゃ?」
「私自身は資産の提供という形でしか関わっていない」
「じゃぁやっぱり研究を?」
父親は頷いた。
説明は続く。
そして研究が行われている都市で事故が起きた。
その研究所自体なのか、他の施設だったのかは分からないのだという。
しかし、数十分かもしかしたら数分もの短時間に、
都市は吹き飛び、そこに住む何百万という人たちの命を奪った
とても大きな事故で会った事は確かであると。
そして事故は2次災害を起こした。
様々な物質による環境汚染は勿論、その他・多岐に渡って直接的・間接的に広く大きく影響を及ぼした。
中でも最悪といわれる2次災害は、生態系汚染・バイオハザードだったという。
人はすぐにその都市のあった大陸を捨てる事になった。
しかし死の大陸から汚染は地球全土に広がり、エンリーケスの時代にはとても苦しい状況になったという。
その環境汚染の急激な悪化は人々を更に夢に堕とす原因であり、それを阻止することが自分たちに唯一できる事である、とエンリーケスは言った。
「電脳化はなくなりません。だからこれが僕たちに出来る唯一の事であり、最後の希望です」
その言葉を受けて、父親は苦渋に満ちた顔で目を閉じた。
「その生態汚染の原因がこの研究だと?」
「はっきり断言することは出来ません。しかしその可能性はとても高い」
「しかし、私の引き継いだ研究は、人を改良する類の研究ではないはずだが?」
「えぇ、そのようですね」
「一体何の研究なんだよ?」
ノルベルトは研究の事など全然知らなかった。
父親は『待て』と言うように一度こちらを見て、エンリーケスに聞いた。
「…この研究は成功していたのか?」
「いいえ、残念ながら。未完成のままで長い間眠っていたものを、研究者が見つけたようです」
「そうか」
父は溜息のような息を吐き、しばらく黙り込んだ。
そして父から研究について語られた。
祖父は電脳化開発に携わった研究者だった。
そしてその研究の成功から、新しい可能性を見出しそれを研究したいと政府に支援を求めたという。
しかしそれは受け入れられなかった。
「一体何を研究するつもりで?」
「人とは異なる新たな知的生命体を産みだす研究だ」
ノルベルトは目を瞬いた。
「地球環境がこれからもどんどん悪化する事は分かりきったことだ。そして人以外の生物はどんどんと減っていく。人の保護なしでは生きて行けない。進化が追いつかないほどに環境の悪化は急激だ」
その事を祖父は憂えたという。
そして人の保護を受けるのではなく、弱っていくだろう人と共に協力し支え合える可能性を秘めた新たな存在を生み出せはしないか?と考えたそうだ。
しかし政府は『人以外の知的生命体など争いを生み出すものにしかならない』『人より優れていたらどうする?』『それを制御する術はどうする?』と、支援の拒否だけでなく、研究の禁止まで言い渡したという。
ノルベルトは政府の言い分も正しいと思った。
「父はとても悲しいことだと嘆いた。人類より優れていたら、厳しい環境で暮らす最高のパートナーになれないのか?何故支配しようとする、何故支配されることを考える?何故、優れたものを素直に認め受け入れることが出来ない?子が親より優れてはいけない道理はないだろう?もし人類より素晴らしい存在が生み出されたのなら、それが人の手によって生み出されたことが誉と、誇りとなるではないか!…と」
そして祖父は禁止された研究を政府に知られないように秘密裏に始め、そして父にそれを託したのだ。
そして祖父の考えに賛同した数人の研究者で今も行われている。
「何故研究が成功しなかったかの記録は?」
「多分、ですが…研究は貴方の代で終わったのでしょう。実際ノルベルト君は何も知らされていなかったようですし、政府に秘密裏に行っているのであれば、後続研究者も育てにくかったのではないですか。記録が少ないのではっきりはいえませんが、研究期間は短く、記録はかなり厳重に隠されていたありました」
「…やはりそうか。…しかし、これは父の夢だ。父だけではないもう何十年もこの研究にかけてきた研究者たちにとっても大切なもの。たとえ成功しない記録が残っているといわれても、未来の事故でそれが環境を悪化させるかもしれないといわれても、もうすでに未来は変っているかもしれない。研究は成功し、事故は起こらないかもしれない。違うかね?」
「確かにそうです。しかし防災というのはそれが起こる事を想定し成されるものなんです。未来から来た僕ら自身にも、はっきりとした未来は分かりません。しかし、より良い未来を、大切な人たち守る為に出来る事があるのなら、それこそが正しい道であると信じ、行います」
エンリーケスは強くまっすぐにそう言った。迷いはない。
未来…その全ては「かもしれない」というあやふやなものばかりだ。
だからエンリーケスたちは迷わないように「大切な人」を支えとして、現実を切り開こうとしてる。
でも父もまた「大切なもの」を守ろうとしている。研究者の思い、祖父の夢。きっと父自身にとっても大切な研究であるのだ。
ノルベルトはとても悲しく思った。
そしてどちらの意見も否定できないでいる。
ノルベルトは沈黙の中必死に考えて、そして
「エンリーケスさんたちは、祖父の、父の研究の完全な破棄を求めているんですか?」
「そうなるね」
「本当にそれしか道がないんでしょうか?たとえば、今研究に携わっている人が全てをやり終えて、続くものが無くなった時にそれを破棄すればいいんじゃないですか?未来って今、この時にしか作れないんでしょうか?」
エンリーケスはシステムを開放したとき自分の立場が一気に弱くなることを知っている。
そして投獄されるかもしれないことも想定しているんだ。
だから今、この状況・限られた時間の中で全てをやり終えようと焦っているのだ。
「俺が最後を見届け、そして責任をもって破棄します。俺を信じてもらえませんか?…俺に貴方たちの大切な人の笑顔を守らせる手伝いをさせてください。そして俺の大切な家族の夢を守らせてください。お願いします」
ノルベルトは頭を下げた。深く心から、持てる誠意の全てを込めて。
終章
エンリーケスたちは政府に対する要求を『電脳技術に対する厳しい注意』といったような、大幅に譲歩したものに変え、子供たちの安全と新しい生活を願った。
政府はそれを受け入れた。
エンリーケスたちの誠意ある態度を施設長をはじめとする、関わったさまざまな人たちが証言し、父も区長として彼らを受け入れる準備があると、強く申し出た。
それが大きな後押しとなった。
『エンリーケスさんたちは伝わらないかもといっていたが、ちゃんと伝わっていた。』
そう、きっと伝わる。
そうして事件のことは公表れないまま、普通の日々が続いている。
ただ、エンリーケスが語った未来を元に映画が制作される話があるらしい。
どれだけ人の心に残るのかは分からない。
でもきっと何もないよりマシなはずだ。
子供たちはこの国の一般市民としての生活を得た。特別生活保護も受け、エンリーケスは技術開発局の就職も決まった。
建物の1フロアを与えられ、そこで本当の家族のように暮らしている。
監視は厳しいようだが、幸せそうだ。
子供たちは随分歳相応の振る舞いをするようになった。
一時期不安定だった子も落ち着きを取り戻しているようで、政府の計らいで通っていたカウンセラーも今はあまり見かけない。
結婚し夫婦となったリーダーとは相変わらず仲睦まじい。
マイシカは不妊治療を受けている。
いつかエンリーケスの子供を産めたらいいと嬉しそうに微笑んだ。
今でも中毒・依存の危険性は騒がれ、更正施設は満杯であらたな施設設置でどうのこうのとか、毎日1度はニュースで上がっている。
時折強制収容のバスがけたたましいサイレンとともに走っていく。
ふと600年後の未来に思い馳せる。
一見世界は変ってないように思う。
でも、そんなことはない。
少しづつだけれど、良い方に向っている。
ノルベルトはそう強く信じている。
それから、様々な事が起きた。
それもどうにかおさまり、皆が落ち着きを取り戻したある日。
ノルベルトはエンリーケスに呼び出され、
最上階のミーティングルームに向った。
<実は勢いで作った話なため、子供を絡ませるのが難しく >
<基本設定に手を加え、更に物語の視点を増やさなくては >
<という状況になってしまいました。 >
<他にもどうしようもない破綻や力不足な部分が多々あり…>
<でもこの「未定。」はこのまま終わりに向うわせます。 >
<しかし、「真・未完。」として、再々構築されたものを >
<またここに上げさせて貰おうと思っています。 >
<詳細はあとがきにて。 >
ノルベルトは目を丸くし、ただただ立ち尽くしていた。
「久しぶりだな。元気そうでよかった」
それはノルベルトの父の声。
以前のようにディスプレイに映された父親ではなく、
生身の父が目の前にいたのだ。
「ど、どうして、父さんがここに?!」
もう一つの計画に父親が絡むことは知っていたが、
父親自身がここに来るとは思っても見なかった。
「お前も聞きたがっているとエンリーケスさんから聞いてな。
それでエンリーケスさんとも、お前とも直に会って話したいと思ったんだ」
父は自ら望んでやってきたのだ。
そうして、エンリーケス、ノルベルト、ベルンハルト、マイシカの4人で話し合いが行われた。
まずエンリーケスから、この時代の400年後くらいに起こる、世界環境を悪化させた事故の説明が行われた。
電脳化による人の堕落は次第に、更に深刻な問題となり
また、緩やかではあるが確実な環境悪化にも人々は苦しんだ。
そんな中、一人の研究者がある提案をした。
『悪化した環境にも耐えられ、老にくい…そんな存在に人間を作り変えよう。人を人の力で進化させよう』という物だった。
様々な試みも思うような成果を上げられずにいた人々は
倫理や自然法則、神の存在等を持ち出しはしたが、
結局この研究を受け入れ、それは行われた。
その始まりのきっかけ、そして研究の軸となったのが
祖父の…そして今父が引き継いで行っている研究なんだそうだ。
「研究って…父さん、大学は司法を学んでたんじゃ?」
「私自身は資産の提供という形でしか関わっていない」
「じゃぁやっぱり研究を?」
父親は頷いた。
説明は続く。
そして研究が行われている都市で事故が起きた。
その研究所自体なのか、他の施設だったのかは分からないのだという。
しかし、数十分かもしかしたら数分もの短時間に、
都市は吹き飛び、そこに住む何百万という人たちの命を奪った
とても大きな事故で会った事は確かであると。
そして事故は2次災害を起こした。
様々な物質による環境汚染は勿論、その他・多岐に渡って直接的・間接的に広く大きく影響を及ぼした。
中でも最悪といわれる2次災害は、生態系汚染・バイオハザードだったという。
人はすぐにその都市のあった大陸を捨てる事になった。
しかし死の大陸から汚染は地球全土に広がり、エンリーケスの時代にはとても苦しい状況になったという。
その環境汚染の急激な悪化は人々を更に夢に堕とす原因であり、それを阻止することが自分たちに唯一できる事である、とエンリーケスは言った。
「電脳化はなくなりません。だからこれが僕たちに出来る唯一の事であり、最後の希望です」
その言葉を受けて、父親は苦渋に満ちた顔で目を閉じた。
「その生態汚染の原因がこの研究だと?」
「はっきり断言することは出来ません。しかしその可能性はとても高い」
「しかし、私の引き継いだ研究は、人を改良する類の研究ではないはずだが?」
「えぇ、そのようですね」
「一体何の研究なんだよ?」
ノルベルトは研究の事など全然知らなかった。
父親は『待て』と言うように一度こちらを見て、エンリーケスに聞いた。
「…この研究は成功していたのか?」
「いいえ、残念ながら。未完成のままで長い間眠っていたものを、研究者が見つけたようです」
「そうか」
父は溜息のような息を吐き、しばらく黙り込んだ。
そして父から研究について語られた。
祖父は電脳化開発に携わった研究者だった。
そしてその研究の成功から、新しい可能性を見出しそれを研究したいと政府に支援を求めたという。
しかしそれは受け入れられなかった。
「一体何を研究するつもりで?」
「人とは異なる新たな知的生命体を産みだす研究だ」
ノルベルトは目を瞬いた。
「地球環境がこれからもどんどん悪化する事は分かりきったことだ。そして人以外の生物はどんどんと減っていく。人の保護なしでは生きて行けない。進化が追いつかないほどに環境の悪化は急激だ」
その事を祖父は憂えたという。
そして人の保護を受けるのではなく、弱っていくだろう人と共に協力し支え合える可能性を秘めた新たな存在を生み出せはしないか?と考えたそうだ。
しかし政府は『人以外の知的生命体など争いを生み出すものにしかならない』『人より優れていたらどうする?』『それを制御する術はどうする?』と、支援の拒否だけでなく、研究の禁止まで言い渡したという。
ノルベルトは政府の言い分も正しいと思った。
「父はとても悲しいことだと嘆いた。人類より優れていたら、厳しい環境で暮らす最高のパートナーになれないのか?何故支配しようとする、何故支配されることを考える?何故、優れたものを素直に認め受け入れることが出来ない?子が親より優れてはいけない道理はないだろう?もし人類より素晴らしい存在が生み出されたのなら、それが人の手によって生み出されたことが誉と、誇りとなるではないか!…と」
そして祖父は禁止された研究を政府に知られないように秘密裏に始め、そして父にそれを託したのだ。
そして祖父の考えに賛同した数人の研究者で今も行われている。
「何故研究が成功しなかったかの記録は?」
「多分、ですが…研究は貴方の代で終わったのでしょう。実際ノルベルト君は何も知らされていなかったようですし、政府に秘密裏に行っているのであれば、後続研究者も育てにくかったのではないですか。記録が少ないのではっきりはいえませんが、研究期間は短く、記録はかなり厳重に隠されていたありました」
「…やはりそうか。…しかし、これは父の夢だ。父だけではないもう何十年もこの研究にかけてきた研究者たちにとっても大切なもの。たとえ成功しない記録が残っているといわれても、未来の事故でそれが環境を悪化させるかもしれないといわれても、もうすでに未来は変っているかもしれない。研究は成功し、事故は起こらないかもしれない。違うかね?」
「確かにそうです。しかし防災というのはそれが起こる事を想定し成されるものなんです。未来から来た僕ら自身にも、はっきりとした未来は分かりません。しかし、より良い未来を、大切な人たち守る為に出来る事があるのなら、それこそが正しい道であると信じ、行います」
エンリーケスは強くまっすぐにそう言った。迷いはない。
未来…その全ては「かもしれない」というあやふやなものばかりだ。
だからエンリーケスたちは迷わないように「大切な人」を支えとして、現実を切り開こうとしてる。
でも父もまた「大切なもの」を守ろうとしている。研究者の思い、祖父の夢。きっと父自身にとっても大切な研究であるのだ。
ノルベルトはとても悲しく思った。
そしてどちらの意見も否定できないでいる。
ノルベルトは沈黙の中必死に考えて、そして
「エンリーケスさんたちは、祖父の、父の研究の完全な破棄を求めているんですか?」
「そうなるね」
「本当にそれしか道がないんでしょうか?たとえば、今研究に携わっている人が全てをやり終えて、続くものが無くなった時にそれを破棄すればいいんじゃないですか?未来って今、この時にしか作れないんでしょうか?」
エンリーケスはシステムを開放したとき自分の立場が一気に弱くなることを知っている。
そして投獄されるかもしれないことも想定しているんだ。
だから今、この状況・限られた時間の中で全てをやり終えようと焦っているのだ。
「俺が最後を見届け、そして責任をもって破棄します。俺を信じてもらえませんか?…俺に貴方たちの大切な人の笑顔を守らせる手伝いをさせてください。そして俺の大切な家族の夢を守らせてください。お願いします」
ノルベルトは頭を下げた。深く心から、持てる誠意の全てを込めて。
終章
エンリーケスたちは政府に対する要求を『電脳技術に対する厳しい注意』といったような、大幅に譲歩したものに変え、子供たちの安全と新しい生活を願った。
政府はそれを受け入れた。
エンリーケスたちの誠意ある態度を施設長をはじめとする、関わったさまざまな人たちが証言し、父も区長として彼らを受け入れる準備があると、強く申し出た。
それが大きな後押しとなった。
『エンリーケスさんたちは伝わらないかもといっていたが、ちゃんと伝わっていた。』
そう、きっと伝わる。
そうして事件のことは公表れないまま、普通の日々が続いている。
ただ、エンリーケスが語った未来を元に映画が制作される話があるらしい。
どれだけ人の心に残るのかは分からない。
でもきっと何もないよりマシなはずだ。
子供たちはこの国の一般市民としての生活を得た。特別生活保護も受け、エンリーケスは技術開発局の就職も決まった。
建物の1フロアを与えられ、そこで本当の家族のように暮らしている。
監視は厳しいようだが、幸せそうだ。
子供たちは随分歳相応の振る舞いをするようになった。
一時期不安定だった子も落ち着きを取り戻しているようで、政府の計らいで通っていたカウンセラーも今はあまり見かけない。
結婚し夫婦となったリーダーとは相変わらず仲睦まじい。
マイシカは不妊治療を受けている。
いつかエンリーケスの子供を産めたらいいと嬉しそうに微笑んだ。
今でも中毒・依存の危険性は騒がれ、更正施設は満杯であらたな施設設置でどうのこうのとか、毎日1度はニュースで上がっている。
時折強制収容のバスがけたたましいサイレンとともに走っていく。
ふと600年後の未来に思い馳せる。
一見世界は変ってないように思う。
でも、そんなことはない。
少しづつだけれど、良い方に向っている。
ノルベルトはそう強く信じている。
やっぱり勢いでつくった物。
本筋でも矛盾というか破綻・穴が多々ありました。
色々がんばって埋めましたが、これ以上はちょっと無理。
もう一度練り直し、ちゃんとした形で発表したいと思っています。
なので終わりがかなり打ち切り風(笑)
ノルベルトという少年の視点のみで進めてしまったために
一番肝心な子供たちの生活や葛藤などを描けなかったのが一番痛い。
また現代人視点として施設長や軍部長などの話も書きたかった。
しかし初期の頃よりずっと厚みを増して、想像以上に膨らみました。
次の真・未定。が一体どうなるのか、何処まで長くなるのか、
不安・・・じゃない期待でいっぱいです。
こんな駄文を読んでくださった方が本当にいるのか?
という大きな疑問はあるのですけど
一応居た、と仮定して感謝を。
有難う御座いました。
ではでは真・未定で!
椿ぴえ~る。
本筋でも矛盾というか破綻・穴が多々ありました。
色々がんばって埋めましたが、これ以上はちょっと無理。
もう一度練り直し、ちゃんとした形で発表したいと思っています。
なので終わりがかなり打ち切り風(笑)
ノルベルトという少年の視点のみで進めてしまったために
一番肝心な子供たちの生活や葛藤などを描けなかったのが一番痛い。
また現代人視点として施設長や軍部長などの話も書きたかった。
しかし初期の頃よりずっと厚みを増して、想像以上に膨らみました。
次の真・未定。が一体どうなるのか、何処まで長くなるのか、
不安・・・じゃない期待でいっぱいです。
こんな駄文を読んでくださった方が本当にいるのか?
という大きな疑問はあるのですけど
一応居た、と仮定して感謝を。
有難う御座いました。
ではでは真・未定で!
椿ぴえ~る。