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懺悔の傀儡はただ踊る:1

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登場人物

ローロ
アレク書店の店長。
http://neetsha.jp/inside/comic.php?id=18143&story=18

ロンド・ロンド
元科学者。現在はミシュガルドで青空教室を開いている。
http://misyugarudo.web.fc2.com/kyarakutatouroku-5-165.html

フリオ・パオ
商人の子供。冒険者に憧れている。
http://misyugarudo.web.fc2.com/kyarakutatouroku-4-134.html


ミシュガルドの朝は早い。
 夜が明ける前から、様々な店が準備を始める。飲食店からは調理の音が響いてくる。武具点も自慢の装備品を外に並べはじめる。一日中酔いどれが集う酒屋は別。
 大通りに面した小さな書店からも一人の女性が出てきた。絵画から出てきたかのような美貌の持ち主だ。紫色の目に、まつ毛は長い。鼻筋の通った顔は精緻な細工品のようだ。長い髪は下の方でまとめられ、金色から紫へのグラデーションがかかっている。身に着けたエプロンには「アレク書店」という文字。
彼女は箒で入り口の前を掃き、ガラスを拭く。いつも通りの朝。いつも通りの仕事。今日もいい天気、と女性は大きくのびをした。
 遠くで鶏が鳴いた。
 もうすぐこの大通りも人の往来が盛んになるだろう。彼女は入り口にかけてある札をひっくり返した。「CLOSE」が「OPEN」にかわる。
 アレク書店ミシュガルド店、本日も開店。


 「うおおおおおおおおお!?」
 冒険家の朝も早い。
 テントの中から溢れた主の叫び声に、従者のシンチー・ウーは慌てて飛び込んだ。赤紫色の髪を後ろで一つに束ね、肌は褐色。宝石のようにきらめく角が額と側頭部に一つずつ生えている。いつもは無表情なその顔が、今は焦りに染まっている。
 「どうしました!?」
 そう叫んでテントに転がり込む。やはり、交易所の外でテントを張るのは無防備だったか。しかし、外で見張りをしていたにもかかわらずいったい何が起きたというのだ。
 見ると彼女の主たるロビン・クルーが自分の鞄から虫を引きはがそうと奮闘しているではないか。
 虫は丸い体にエビのような尾を持った灰色がかった甲殻虫で、強靭そうなその顎でリュックを食いちぎろうとしていた。
 ロビンはロビンで寝起きらしく、タンクトップというラフな格好で悪戦苦闘中だ。群青色の髪は好き勝手な方向にはねている。相変わらずの無精ひげとそれにそぐわない若々しい顔つき。腰から下はまだ寝袋にまだ入ったままで、人魚のごとくばたばたしている。
 「シンチー!助けて!!」
 「…腕、ちゃんとついてますよね」
 あれだけ大騒ぎしておいて虫一匹。シンチーは限りなく冷たい目をしてロビンを見下ろした。しかし、ロビンは必死の表情を向ける。
 「本当にまずいんだって!!」
 テントの中の缶詰やランタンが散乱している。それだけ暴れたということだ。
 その中に紙切れがあった。昨日ロビンが寝るまで執筆をつづけていた原稿だ。ただ、半分しかない。何かに破られたようにボロボロになっている。
 ロビンはシンチーのその視線に気づいて、叫んだ。
 「この虫がやったんだよそれ!」
 

 まだ日が昇る前、枕元の気配に気づいたロビンを目をさました。すると、見たこともない虫がごそごそとうごめいているではないか。
 たかだか虫、とその時点では思った。だから特に問題視もすることもなかった。だが頭の近くで動かれていては気が散って眠れない。だからとりあえず虫を脇へと寄せて睡眠を続けようとした。
 が、何かが頭に引っかかった。違和感を覚えながらも目をつむる。
 
 気づいた。
 起き上がった。
 虫をどかした時、何よりも大切な原稿が目に映った。それが、何かおかしかったのだ。
 改めて見ると原稿が半分消えていた。正確に言うと半分より下の部分がない。千切られたかのような跡が残っている。
 まさか、寝ぼけて破り捨てたのか。そう思って恐る恐る原稿を手に取る。千切れた部分が無残だ。
 そこでふと先ほどの虫に目をやった。虫は自分のリュックによじ登って、顎を動かしていた。
 千切れた紙、そして虫、動くたくましい顎。両者を結びつけたとき一つの結論に達した。ところで、リュックの中には書き終えた原稿や、これから冒険記を書くための白紙が入っている。
 そうして、先ほどの叫び声に至る。

 「鉤爪が食い込んでてなかなかリュックから離れないんだよ!」
 いつもの笑みはどこへやら。本気で焦っているようだ。
 なるほど、力任せではうまくいかないということか。シンチーは大仰にため息をつくと、剣を抜き出して正確に虫を突いた。危うくロビンに刺さるところだったのだが文句を言う者はいない。
 ロビンは肩で息をしながらシンチーに礼を言った。
 「…なるほど、外でテントを張るのは危険だね」
 「どこから入って来たんでしょうか。ずっと外で見張りをしていたのに」
 死んだ虫をリュックから器用にはずし、外に捨てる。
 「交代で出入りしてたから、その隙に入り込んだのかな…」
 こころなしかロビンの髪がいつもよりぼさぼさに見える。彼は這い出るようにしてテントから出てきた。朝露が草におりてきている。爽やかな朝のはずが、ロビンの顔は暗い。
 「今日こそは宿をとろう」
 決意にも似たその言葉にシンチーは静かにうなずいた。
17, 16

  

 偶然出会ったを少年を助けたのが一昨日のこと。ミシュガルドに三日目の朝が来ていた。ロビンたちとしては心地よい朝を迎えたかったのだが、ケーゴと交わした約束は「剣を取り返すまで部屋を使用させる」というものだったため、ロビンたちは再び宿無しになってしまったのである。
 昨日はケーゴを宿へとおくり、その足で登録証を作りに行った。半日ほどで登録証は出来上がり、晴れて二人は自由に外出ができるようになったのだが。
 「初めての外出が、泊まる場所が見つからなかった挙句に、交易所内で勝手にテントを張ってはいけないということで野宿場所を探しに行くということになるとはねぇ」
 ロビンは頭をポリポリとかいた。お互いに見張りを交代することで、夜の間に何かに襲われるということはなかった。だから宿は気長に探せるだろうと思っていたのだが、この虫騒動でそうもいかないと気付かされた。

 シンチーはたき火に木をくべて、見張りの時よりも火を強めた。飯盒を火にかける。中はたっぷりの水。沸騰したら持参した缶詰を投入するのだ。そしてしっかり中まで温めたところで缶詰を引き上げる。それに、昨日露店で入手した果実を添えれば本日の朝食の完成だ。
 沸騰したお湯は冷ましておく。さすがに缶詰を投入した水を飲料や汁物に使うほど余裕がない訳ではないため、今回はある程度の温度になったらタオルをそれで濡らし、体を拭くのに使う。
 シンチーがテントに入って、体の汚れを落としている間に、ロビンは辺りを見回す。
 もう日が昇り始めている。そろそろこの東門からぞろぞろと開拓者やら冒険者やらが出てくることだろう。その内どれだけが無事に帰ってくるだろうか。できれば帰ってこない方が助かるのだが、特に開拓者の場合は家族ぐるみでこの大陸にやって来て、この交易所内にすでに住まいを持っていたり、たとえ独り身であっても開拓者用の寮に住んでいたりするのだろう。だとすれば宿が空くことはないということになる。期待するべきは根無し草の冒険者の方だ。彼らが無言の帰宅なり行方不明になるなりしてくれれば、その空いた席に二人が座ることができる。
 もしかしたら、どこかの集落に移動してそこに拠点を作る方がいいのかもしれない。交易所内に家を建てるのには労力と時間がかかる。宿はキャンセル待ちでいつまで待たされるかわからない。とはいえども、ほかの集落では交易所のような利便性がない。それが問題だ。
 思案を巡らせているうちにシンチーがテントから出てきた。
 ロビンは炊爨の後片付けをして、元気に言った。
 「それじゃ、今日も宿めぐりから始めますか」
 元気を絞り出すしかないではないではないか。ロマンを求めてやって来たこの新天地で、朝からすることが宿探しなど、現実的すぎていつ涙がこぼれるかわからない。


 冒険者というのは本来根無し草だ。拠点は作れどもそれは仮のものでしかない。なぜなら冒険というものは常に新たな地を求めるものだからだ。そうして、未開の森へとわけ入って行ったり、見知らぬ遺跡の中を遺跡の中を探検したりするのだ。だから、いつまでも同じ場所にいては都合が悪い。
 「というわけで、朝に冒険者が出て行った部屋を狙えばいいと思う」
「…というかあなたも」
 冒険者を自称しているではないか。そう言いたげな目。しかし、ロビンは余裕をもって応える。
 「俺の場合は執筆場所が必要だからね。それに、わざわざ未開の地に入っていかなくてもミシュガルドの様子を書くだけで、この大陸に来ていない読者は喜ぶだろ?」
 「…それじゃああまり冒険になっていないのでは」
 「それはそれ、これはこれ」
 いつかはそういったスリルとアドベンチャーにも挑戦したいが、しばらくはミシュガルドの日常がメインの内容で大丈夫ではないだろうか。なにせ、突如として現れた新大陸である。ここに来ることはできないが、ミシュガルド大陸の暮らしに憧れる者は多いのだ。
 そんな話をしながら交易所の大通りを歩く。石畳の道に石造りの建物。すでに日ものぼり、往来が増え始めている。
 そんな時である。
 「うおっ!?」
 ロビンが素っ頓狂な声を上げた。そして足をばたばたと動かし始める。いったい何事だとシンチーが視線を落とすと、朝見たあの虫がいた。
 突然文字通り転がり込んできた虫に慌てるロビン。どうやらかなりの苦手意識が根付いたらしい。
 いったいどこからやってきたんだと、シンチーが辺りを見回すと、一人の女性が慌てて駆けてきた。手には箒を持っている。
 「ご、ごめんなさい!大丈夫でした!?」
 「…特に危害は」
 そうシンチーが応えると、その女性はほっと安堵し、現在ロビンが慌てふためいているその足元に目を向けた。
 「この虫、いつもいつもうちの店に来て困ってるんです」
 そう言いながら、箒を大きく振り上げ、虫を掃き飛ばした。なんとたくましいことか。
 足元の死活問題が消え、ロビンはほっと一息ついた。
 「いやぁ、ありがとうございます。お恥ずかしい場面をお見せしまして」
 そう礼を言うと女性はくすりと笑った。
 「もしかして、虫苦手なんですか?」
 「そういう訳ではないんですが、職業柄紙を食べられると困るんですよ」
 「あ!私も!」
 思わず砕けた話し方になってしまった。女性はあっ、と照れたように口をおさえる。
 「すみません、私、そこで本屋を営んでるんです。よかったらいかがですか。いろいろな本がそろってますよ。珍獣図鑑とか」
 「本当ですか?」
 二人から離れて会話を聞いていたシンチーであったが、ここで確信した。これ、セールストークだ。
 「…」
 無言でロビンを見つめる。本屋ではなく、行くのは宿泊所だ。そう訴える。だが、当のロビンはもう女性との会話に夢中だ。
 「…」
 従者として、彼に従うのがシンチーの是とするところである。たとえロビンが他の女性と仲良くしようが、そんなことは気にならない。あぁ、気にならないとも。だが、ここで優先順位を変えるのはいかがなものか。もうしばらくすれば新たな入植者たちが船でやってくる。そして宿は満室になってしまうというのに。
 そんな彼女の視線に気づいたロビンはしかし、「ちょっとだけちょっとだけ」と断るそぶりは見せない。
 シンチーはため息と共に、ロビンについていった。


 来店を知らせるドアの鈴が鳴る。アレク書店ミシュガルド店は小さな店ではあったが、店内は本でいっぱいだ。所狭しと並べられた本棚にはもちろんぎっしりと本が詰め込まれ、本が入っているであろう木箱がいくつも天井まで積み上げられて柱のようでもある。入口がある大通り側はガラス張りになっていて、店内は明るい。
 「ほー、本当にいろいろな本があるねぇ」
 皮の匂いや羊皮紙の匂いは店内の香炉でごまかしているようだ。全体的に花の良い香りが広がっている。ロビンは店内をふらふらと見て回る。
 「お二人は何をしにこの大陸に?何か必要な本などありませんか?」
 「そうだなぁ、この大陸の生き物とか植物について書かれてる本とかないかな」
 女店主の顔が曇った。
 「うーん…。あまり詳細なものはないんですよ。ミシュガルドに入植者が来て、最初のころはこの交易所の近隣の生き物とか植物についての研究も熱心にされていたんですが、最近はそういう学者よりも傭兵とか、トレジャーハンターが多くて…。ほら、交易所の登録証を発行した、自警団の詰所。あそこで配布している冊子くらいにしかまとめられてないんですよ」
 「あぁ、あれか」
 確かにもらった。もらったのだが、あの薄い冊子でミシュガルド大陸を冒険しろと言われたらまず無理だろう。近隣の森に出る獣や毒草などについて簡単な記述がなされているにすぎず、ロビンたちが襲われた人語を解する狼やら巨大な蜘蛛やらについては一切記述がない。
 ロビンはリュックからその薄っぺらな冊子を取出し、扇いでみせた。この調子ではミシュガルドの地図も期待しない方がよさそうだ。
 「あの虫も載ってなかったね」
 「でもあれはどう考えたってカミクイムシで決まりでしょ!?」
 また言葉遣いが乱れた。しかし、今度は恥じるそぶりは見せない。
 「あの虫毎日毎日ここに来るんだもの!常連なのかってくらい!もう最悪っ!私虫なんか触りたくないのに!」
 とうとうと語りだす。また藪をつついてしまった、とロビンは女性をなだめる。
 「まぁまぁ、落ち着いてくださいよ、えーっと…?」
 「あ、私はローロって言います」
 遅ればせながら自己紹介。ローロはぺこりと頭を下げた。そして再び愚痴りだす。
 「大体、こんな大陸で本なんか売れるわけないよ。…絶対これ左遷」
 確実に客相手の口調でも内容でもないが、ロビンは笑みを絶やさずその話を聞き続けるからたちが悪い。
 恐らく、カミクイムシと彼女が名づけた虫に被害を被った者に親近感でも感じているのだろう。だが、そんなことシンチーには関係ない。
 カチャリと鎧の音を立てて存在を知らせる。ギクリとロビンは振り返る。
 例のごとく無表情の彼女に対して、ロビンは少しだけ抗ってみた。
 「ほら、お互いカミクイムシについての知見を交換する必要があるからさ」
 「ないです」
 もうこの本屋に用はないと言わんばかりにロビンの腕をむんずとつかむ。これ以上の抵抗は徒労に終わりそうだ。
 「シンチーィ」
 情けない声で連れて行かれるロビン。だが、そこでローロが声を上げた。
 「…シンチー?」
 呼ばれた本人が無言で振り返る。
 対するローロはやや興奮気味にロビンたちに問いかけた。
 「えっ、あの、シンチーさんって、あのシンチーさんですか!?」
 「…」
 シンチーはじろりとロビンを見た。お前のせいだぞ、とやや反逆的な目つきである。
 ロビンは相も変わらず笑いながら、近くの本を一冊手に取った。
「そう、この『東洋の神秘―エドマチの謎を追う―』の作者、ロビン・クルーさ」
 ローロの歓声が店内に響き渡った。
 アレク書店ミシュガルド店、都合のため閉店。
 おもての看板をひっくり返した後、ローロはロビンたちを奥の部屋へと連れて行った。店内と違い整理整頓が行き届いている部屋だ。申し訳程度に観葉植物が飾られているが、非常に簡素な事務室である。帳簿や納品書が種類別にフォルダーに入れて並べられている。木製の事務机とは別にソファーと応接テーブルが置かれている。来もしない取引相手のための物であったが、それがようやく使われたようだ。
 ソファーに座るのは当然ロビンとシンチー。にこにこ顔のロビンに対して、シンチーは今晩のテント生活に思いをはせて遠い目をしている。
 『東洋の神秘―エドマチの謎を追う―』ロビン・クルー著。テーブルの上に置かれている本である。これはロビンとシンチーがはるか海を渡った先の島国に行った時の旅行記だ。全く知られていなかった極東の島国を面白おかしくつづったこの本は、彼の著作の中でも人気の一冊である。
 ローロはコーヒーミルを手回ししながら楽しそうに話す。
 「職業柄ってそういう意味だったんですね。びっくりしました。私、あの本大好きなんですよ!あんな不思議な国、本当にあるんですねー!」
 「ハハハ、確かにあの国はぶっとんでたねぇ」
 冒険者という言葉を多用するロビンであるが、実は本を出版していたりする。冒険作家というやつだ。というよりも、そうでなければ冒険者などという肩書でこの世界を生き抜くことなどできなのではないだろうか。ミシュガルド大陸が発見されて以来、冒険者やトレジャーハンターを名乗るものが増えたが、多くの者が何の後ろ盾もなくこの大陸にやって来ている。ケーゴなどがいい例である。そこで財宝でも発見すればまた話は別であるだろうが、たいていの場合は未開の地に足を踏み入れた充足感が満たされるだけで、その後どう生きていくかなど全く考えていない。だからこそ、ロビンは筆を執った。ただ冒険をするだけではなくその記録を本として出版した。そして、そこで得た経済的後ろ盾を頼って再び旅に出る。そうすれば、飯を食っていけるから。そうすれば、たとえ旅先で財布を過去においてきたとしても、本国と連絡さえ取れればある程度の援助が受けられるから。
 もちろん、生半可なことではない。ロビンの場合は最初に出版した本が良かった。それが世間で注目されたことで、スーパーハローワークの変わり者の富豪の目に留まった。そして、その援助を得て現在に至るまで数々の遺跡や見知らぬ土地をめぐり、その度に本を出してきた。幸運なことにこれが、一部で人気を博しているのだ。そして、満を持してやってきた新たな冒険の舞台、それがミシュガルド大陸である。
 「私、ロビンさんの本、全部持ってますよ。もちろん、デビュー作の『戦禍』も!」
 『戦禍』ロビン・クルー、シンチー・ウー著。数年前まで続いていた二大国家による戦争のルポルタージュである。これが、世間で有名になり、ロビンは今の立場を得た。
 シンチーが深いため息をつく。ロビンはまだ笑っている。ローロはコーヒー豆を挽き終えたようだ。
 「…最初読んだときは衝撃的でしたけどね。でも、エルフの方たちや、竜人の方たちを見る目は少し変わりました」
 ローロが少し申し訳なさそうにシンチーを、正確にはシンチーの頭部を見る。シンチーは顔をそらした。だが、その表情に嫌悪感は見られない。
 「そっか。それはうれしいよ」
 ロビンの笑みが少し和らいだ。が、それは一瞬で、ロビンは元気にとローロに語りかける。
 「でも、もうあんなのは書かないかなぁ。やっぱり冒険とか探検とか、そういうロマンあふれる方が俺はいいなぁ」
 この時ばかりは、シンチーは悲しげにため息をついた。

 ローロが淹れたコーヒーを一口。シンチーは主と知り合ったばかりの女性の会話を静かに聞いていた。
 まったく、あんな柔らかい笑みを見せたのはいつぶりだっただろうか。よっぽど自分のファンに出会えたのが嬉しいと見える。特にロビンの場合、注目されたのは戦争の記録である『戦禍』が主で、それ以降の作品は世間で大人気とまではいっていないのである。実際田舎出身ではあるが、まがりなりにもトレジャーハンターを自称するケーゴも冒険作家ロビンのことを知らなかった。もちろん、ロビンの顔自体があまり世間に露出していないというのもあるが、やはりルポタージュと冒険譚では読者が違う。出資者がロビンの方向転換に寛容でよかった。
 今はロビンが二番目に出した本の話題でもちきりだ。確かあの時は本を出版するかどうかでだいぶ悩んだ気がする。
 シンチーは自らの剣に目を向け、それからふっと息をついた。
 ため息とは違うが、憂いは帯びていた。
 
 しばらくすると、話にも区切りがついた。コーヒーのカップはとうに空。
 「…そろそろ」
 シンチーはタイミングを見計らうかのようにロビンにそう呟いた。
 「ん、そうだね」
 ロビンもようやく立ち上がる。よっぽど読者に出会えたのが嬉しかったのか、のろのろと書店の入り口へと向かう。
 ローロも名残惜しそうに二人についてくる。ぱたぱたと、手を振ってロビンとシンチーを見送る。
 「もし、ご入り用でしたらぜひ当店に!」
 だが最後までセールスは続けるのであった。
19, 18

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