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森深く、獣は嘯く:1

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登場人物

ロビン・クルー
飄々とした自称冒険家の男。

シンチー・ウー
ロビンの従者。半亜人。
http://neetsha.jp/inside/comic.php?id=18143&story=6

ケーゴ
自称トレジャーハンター
http://neetsha.jp/inside/comic.php?id=18114&story=51

メン・ボゥ
ならず者のダークエルフ
http://neetsha.jp/inside/comic.php?id=18114&story=18

ヌルヌット
人語を解する獣。ミシュガルドの原生生物
http://neetsha.jp/inside/comic.php?id=18114&story=29
 潮の匂いに包まれていた甲板を、異国の風がさぁっとぬけた。どこか蠱惑的で、新鮮で、それでいてどこか懐かしい香りが鼻をくすぐる。
 「ついに…ついに着いたぞ!ミシュガルド!!」
 甲板で手を広げながら一人の男が快哉を叫んだ。興奮冷めやらぬまま、左手に持っていた分厚い紙の束の上にペンを走らせる。
 「『目の前に現れた大陸に私は吸い込まれるような感覚を覚えた。この不思議な感覚は一体何であろうか?もしかしたら大陸は我々冒険者を待っているのかもしれない。大きな期待と共に私は大陸への第一歩を――』」
 「…まだ船の上ですが」
 水を差された。冷ややかで低い女性の声。
 芝居がかった声で手を動かしていた男は苦笑いで振り返る。
 「シンチーィ…君は毎回毎回いいところでつまらないことを言うねぇ」
 「……」
 無精ひげを生やした顔はしかし、生気に満ちていて目は爛々と輝いている。群青色の髪は好きな方向へとはねていて統制感がまるでない。180センチを超えるであろう巨体はがっしりとしていて、身長の半分の大きさはあるであろうバックパックを軽々と背負っている。
 右手に羽ペンを模した特別製の筆記具、左手に大量の紙束。バックパックの中身以上にこの男が大切にしているものだ。
 「えーっと…『助手につまらぬ茶々を入れられた』と」
 シンチーと呼んだ女性が自分を無視したことがわかると、男はこれ見よがしにそう書き始めた。
「……ロビン」
 女性がジトリと睨んだ。
 褐色の肌、黄色の目、赤紫色の髪は後ろで1つに束ねている。頬には赤い模様が描かれている。纏う服は水着のごとき露出度の高さで、腰と左肩、両腕に申し訳程度の防具を装備している。腰に携えた剣は細く、長い。
 何より目立つのは彼女の側頭部と額から生えている3本の角。ルビーのような光沢を放っている。人間の男を夢中にさせるようなプロポーションに反して、どうやら彼女は人間とは一線を画した存在のようだ。
 ロビンと呼ばれた男は「はいはい」と面倒くさそうに今しがた書いたばかりの文に横線を引いて消した。
 ちょうどその時、船が港に到着するとのアナウンスが流れた。ロビンたちだけではなく、甲板にいたほかの乗客も興奮を口にしながら船の進行方向に目を向ける。
 やけに黒い荒波の向こう、新天地はもう目前に迫っていた。


 数年前突如として現れた謎の大陸、ミシュガルド。その全貌はいまだ明らかにされておらず、富を、名声を、謎を、力を、様々なものを求めて多くが大陸へと渡っていった。
 折しも、戦争で大国が疲弊していた時節、何かにすがりたいという気持ちは種族を超えて共通のものだったのかもしれない。世界を代表する3つの国家が共同で交易所を建設、運営するに至ったのも当然の流れであったといえる。
 もちろん思惑は単なる協調だけにとどまらない。そこには政治的な意図や経済的な利益が少なからずうごめいているのだろう。噂ではとある国がすでに軍隊を大量に派遣しているとかいないとか。
 ただし、新大陸での冒険を本にして出版しようと目論むロビン・クルーと従者のシンチー・ウーには、直接関係する話ではないかのように思われた。だからこそ、2人はこの大陸にやって来たのだし、そんな冒険者はごまんといるはずだ。


 実に様々な種族が船から降りてくる。人間はもちろんのこと、エルフ、オーク、竜人、機械、獣人と、その様相はまるで百鬼夜行のそれである。
 ある者は希望を、またある者は野望を。一つの入り口に無数の思惑が殺到し、混沌を生み出していた。
 「しっかしまぁ、よくもこれだけの人が集まるものだよねぇ」
 ビットに腰掛けながら、ロビンが力の抜けた声で感心する。
 ぞろぞろと列をなして交易所の門をくぐる者たちを目で追いながら、シンチーもうなずいた。恐らくその多くがまずは宿でも探しに行くのだろう。
 そしてふと気づいたように、船の方を振り返る。
 自分たちも含めて、船からは多くの乗客がミシュガルドに上陸した。それとは逆にこの船に乗って故郷に帰ろうという者がいてもおかしくはないはずなのだが、その気配が全くない。
 「ま、帰りたくもないんでしょ。まだまだ開拓の可能性が広がっている大陸だからね」
 「…そうは言っても、これだけの人数が毎回やって来ていたら」
 途中で言葉を切る。最後まで話さずに相手に自分の言いたいことを察してもらうシンチーの癖だ。
 ロビンは薄く笑って新たな入植者たちを目で追った。
 「きっとこの交易所が飽和状態になってしまうだろうね。だけどそんな話は聞いたことがない」
 この大陸には交易所の他にも駐屯地や集落が出来上がりつつあるという。しかし、そうは言っても大陸の全貌が未だ明かされず、人口が爆発的に増えているわけでもないのはなぜなのか。
 「新大陸には危険がいっぱい」
 さらりと言い放つロビンに眉をひそめる。
 この男はその危険な大地に今自分自身が降り立ったことを自覚しているのか。


 2人が視線を向けた先、都市と言えるまで発展した交易所を包み込むかのように、山はそびえ、森は広がり、空はくすんでいた。
3, 2

  

 交易所の門には、建設にかかわった3国の国旗が掲げられていた。港に通じる3つの出入り口の内最も大きい門だ。
 交易所は石壁で四方を囲まれていて、東西南北にそれぞれ門が設置されている。それぞれの門には警備の兵がつき、交易所を原生生物から守っているという。開拓者たちはこれらの門から出発し、未開の土地へと向かうのだ。
 門をくぐったロビンたちの目に飛び込んできたのは、大通りに沿って整然と並ぶ石造りの建造物であった。多くの建物が看板を掲げている。宿泊所や武器店、食料品店に薬屋、酒屋まで。開拓者の出発地点となる故に交易所にはさまざまなものがそろっているようだ。
 路上に商品を並べた薬屋と思しき少年と鉢の異形頭の二人組が威勢よく声を上げている。一人の冒険者は膝に怪我を負ったのか、仲間に肩を貸してもらってよたよたと歩いている。ウサギを模した帽子をかぶった少女がオオカミのような黒い動物に乗っている。しゃれこうべを頭にはめた男が奇声を発している。
 金髪のおさげの少女に「ようこそミシュガルドへ」と話しかけられた後、ロビンは楽しそうにシンチーに語りかけた。
 「すごいなぁ、ないものはないんじゃないの?ここ」
 「…どうみても秩序がありませんが」
 ロビンの出身国は商業国家のスーパーハローワークだ。商業の規模でいえばこの交易所などははるかに凌いでいる。しかし、故郷ではこのような活気あふれる商売は行われていなかった。だからこそ、この雑然とした雰囲気をロビンは気に入ったのであるが、シンチーはそうでもないようだ。
 様々な種族が入り混じる大通り。喧噪の中でしかし、確実にピンと糸が張り詰めているかのような緊張感が存在している。
人と人ならざる者、エルフと非エルフ、争いの種はどこにでも転がっている。数年前まで行われていた「人間対非人間」の戦争の構図は今なお尾を引いていた。そして非人間たちの一派も一枚岩ではなく、種族間の小競り合いが続いているという。そのような背景がありながらも、できあがってしまったこの「種族のるつぼ」たるミシュガルド大交易所。不和をごまかすかのように騒然さはいやましたように思われた。
 「……」
 大通り故に人の数も多い。シンチーは自分の角をじろじろと奇異の目で見られ、居心地の悪さを感じていた。スーパーハローワークのような種族を度外視して商売のみに特化した国ではあまり気にされず忘れかけていた感覚だったが、ここではやはりわけが違う。
 シンチーは純粋な亜人ではない。人の血が混じった混血である。それ故に人間にも亜人にも異端視されてしまう。恐らく、自分自身もこの大陸で不和の原因になりえるのだろうと、シンチーはのろのろと額の角をさすった。
 と、誰かがシンチーの左肩に手を回した。そのまま抱き寄せられる。
 誰か、などは当然わかっている。ロビンだ。
 「さぁて、まずは宿でも探しますかねぇ」
 ロビンとてシンチーの心情がわからぬわけではない。そして、そんなロビンの行動の意図が読めぬシンチーでもない。
 こんな愛人みたいなことやめてください、と文句の1つでも言ってやろうかと思ったが、今はやめておいた。


 「申し訳ありません、ただ今全ての部屋が満室でして…」
 これで五度目だ。
 交易所には多くの開拓者を見越していくつも宿泊所が存在している。しかし、どこも満室。
 「いやぁ~、港でのんびりしてる場合じゃなかったねぇ」
 へらへらとロビンは笑う。誰のせいだ、と言いたげにシンチーは睨むだけである。
 「一応テントは持ってきてるし大丈夫だよ」
 背中に背負ったバックパックを見せながらなんとか取り繕う。しかし、全く見ず知らずの土地でテントを張って拠点としようなど、無警戒にもほどがある。あくまで最終手段だ。
 「大通りの宿屋は大方回っちゃったね。ちょっと裏の方にも行ってみようか」
 そう言いつつ路地裏に目をやる。
 数年をかけて都市のように発展したこの大交易所は、碁盤の目のように十字に道が走っているのが特徴だ。現在ロビンたちがいる大通りは交易所の中央を南北に走っているもので、南側に二人がくぐってきた門がある。東西にも大通りが存在しており、その他の道はどれもまっすぐながらも、人ひとりがなんとか通れるような薄暗い細道から露店が栄えているような中くらいの道まで様々である。
 2人は細道を抜けて裏通りへと出た。大通りほどの賑やかさはないものの、色とりどりの看板、特にピンク系の色が目立つ。いくつかの店は昼間にもかかわらず戸を閉めている。
 「…」
 「…」
 なるほど、大通りを一つ抜けた瞬間にこれか。二人は顔を見合わせる。
 どうみても、風俗街。こんな場所にある宿泊所のいかに不健全なことか。
 「…もし宿がなかったら」
 シンチーが温泉マークの建物から目をそらしながら言葉を中途に言う。
 途中であえて止めたのか、言えなかったのか。
 何とかフォローを入れようとしたロビンが口を開いたその時である。

 「おうおうおう、このアタイにぶつかっておいて、なんだいその態度!」
 「あんたの方からぶつかって来たんじゃないかぁ!」
やけに威勢のいい声と弱弱しい声が二人の耳に飛び込んできた。
 見ると1人の少年が褐色のエルフに胸倉をつかまれているではないか。
 シンチーは彼女の主の方に目を戻した。ロビンはそんな彼女に肩をすくめて見せる。

 ミシュガルドでの第一歩。人助けというのも悪くない。
 胸倉をつかまれている少年は耳が隠れる程度の黒い長髪で、腰に荷物を下げている。やけにごてごてした靴が重そうだ。現在進行形で危機が迫っているためか、顔が引きつっていて声も情けない。
 一方の褐色のエルフは銀色の髪に、エルフの特徴である長く尖った耳。薄汚れたフードをかぶり、左手には装飾が施された幅の広い短剣が握られている。肌の色からしてダークエルフというやつだろう。
 ダークエルフは少年に顔を近づけて言い放つ。
 「本来なら有り金全部いただくところだが、今回はこの宝剣で許してやるぜ」
 「そ、それだけはやめてくれよ!その剣は…」
 何とか食らいつこうとする少年を突き飛ばし、ダークエルフはその場を去ろうとした。だが、その行く手をシンチーが阻んだ。
 突然現れた亜人に顔をしかめるダークエルフ。早速今しがた手に入れたばかりの剣を構えて見せた。
 「なんだよ、お前は。まさかアタイに刃向おうってのかい?」
 そう不敵に笑う。
 特に答える必要性を感じなかったシンチーは無言で剣を抜いた。途端に相手の顔がこわばり、一歩後ずさった。しかし、自分の背後に少年がいることに気づいて、まずい、といわんばかりの表情に変わる。
 その様子を見たシンチーは取るに足らない相手であるということを悟り、適当に剣を振って見せた。
 「ひっ…」
 すると、エルフは大げさなくらいシンチーから間合いを取り、
 「あぁ、ちょっと待てよ!俺の剣!」
 少年を押しのけて逃げ出した。
 「逃げ足だけはなかなか早いみたいだねぇ」
 傍からその光景を文章にしていたロビンが、ペンをしまいながらそうシンチーに語る。
 シンチーは剣を収めながら首を横に振った。
 「逃がしてしまいました」
 「いやぁ、仕方ないよ。うん」
 「仕方なくないっ!」
 それまで呆然としていた少年が二人に食ってかかった。先ほどと違って声も大きい。
 「どうするんだよ、俺の剣とられちゃったじゃんかよ!」
 少年の顔には焦りが見え隠れする。どうやら相当大事な剣だったようだ。
 自分の剣が奪われたのは二人の責任だとでも言いたげな口調に、ロビンとシンチーは顔を見合わせた。
 どうやら人助けではなく藪をつついただけのようだ。
 「ま、まぁ、命があっただけでもありがたいと思いなよ」
 ロビンがそう取り繕うが、少年はだぁかぁらぁ、と大仰に首を横に振る。
 「俺にはあの剣がないと困るんだって!なんでおっさんもあのエルフ捕まえてくれなかったんだよぉ!」
 「文句を言う前にそもそも、君がもっとしっかりしてればよかったでしょ」
 それをさっくりと切り捨てる。少年は次の言葉に詰まる。シンチーは冷ややかに少年を見ているだけだ。
 「し、仕方ないじゃないかぁ!俺、全然力とかないし、魔法もあの剣がないと使えないし…」
 「…その体たらくでよくこの大陸に来れましたね」
 必死に絞り出された言い訳もシンチーに軽く言い返されてしまった。
 いよいよ言うことがなくなってしまったのか、少年はうつむいて肩を震わせはじめる。
 実際、異国の地で見ず知らずの相手に脅されて、身ぐるみ全てはがされなかったのは不幸中の幸いだと思うのだが。確かにシンチーに全て任せて執筆活動なぞ始めたロビンに全くの非がない訳ではないかもしれないが、そもそもこちらも善意で行っていることなのだ。助けられた相手が責め立てるのはお門違いではなかろうか。
 これ以上関わっても面倒なだけだと、ロビンとシンチーはその場を去ろうとした。
 「ちょ、ちょっと待って!」
 少年がシンチーの腕を掴んだ。掴まれた方は露骨に嫌そうな顔をするが、掴んだ方は必死だ。
 「おねーさん、俺のボディガードになってくれよ!」
 「嫌です」
 間髪入れずにそう断るが、少年はあきらめない。
 「頼むよぉ、あの剣を取り返すまででいいんだ!」
 シンチーは呆れ顔でロビンの方を見る。
 「そりゃ、我々だって乗りかかった船だけどねぇ」
 「おっさんには聞いてねぇよ」
 少年はむすっとそう言い返した。ロビンはヘラヘラ笑うだけだ。反対にシンチーはむっとした表情になり、少年の手を振り払った。
 不躾な子供だと言わんばかりに睨み付け、先ほどよりも早足でその場から去ろうとする。
それを止めたのはロビンだった。
「ちょっと待って、シンチー」
「…もう行きましょう」
「いや、話だけでも聞こうと思ってさ」
そう言ってニヤリと笑う。シンチーは納得がいかない様子だ。
いや、納得がいかない様子だったのだが、
「実は俺たち、宿を探していてねぇ」
ロビンのこの言葉で、納得したのであった。
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