されど愛しきその腕よ:5
――――
朝。
差し込む朝日が覚醒を促す。
ロビンが眩しそうに瞼を開くと、傍らに坐するシンチーが見えた。
「…もう大丈夫なのかい?」
「まだ、鋭敏に動くことはできませんが大方の痺れは」
「…そうか」
状態を起こし、辺りを見回す。
まだ塔の内部は微睡の中にあるようだった。
陽光が黄色く辺りを照らしている。
幾人もの兵士たちがのろのろと起き上がっている。
ウルフバードとビャクグンは既に身支度を整えていて、緩慢な動きの兵士たちを気のない目で眺めている。
ピクシーに手を近づけるとバイザーが点滅し、飛び上がった。再起動したらしい。
ヒザーニャはまだ眠りこけている。
「私が起きたら眠ってしまいました」
そう報告するシンチーの声色は昨日とは違って優しい。
ロビンは大きく伸びをして立ち上がった。
そのままウルフバードたちのもとに近づく。
「おはようございます」
「おぅ、おはようさん。今日もお前らの力を借りるかもしれなぇがよろしくな」
「…まだシンチーは万全ではありませんが」
「俺は一応人間の兄ちゃん方にもお役目を果たしてほしいんだがね」
言外に使い勝手のいい駒扱いだ。
ロビンは無言でもって返して、ピクシーに尋ねた。
「現在の座標は」
「座標位置、北緯62度13分2052秒東経14度01分1190秒です」
昨日とまったく違う。
「決まりだな。この渓谷は移動している。…というか、その座標…確か黒い海の辺りじゃなかったか」
「黒い海…?ミシュガルド大陸の南東部のあの一帯ですか」
「あぁ、今は確かそのあたりの座標だったはずだぞ」
大戦の末期に行使された禁断魔法の影響か、アルフヘイムの沿岸が黒く染まり、生き物が住めない状態に変貌してしまった。
海域一帯が常に荒れていて、航行が非常に困難な場所だったはずだ。
その地獄のような海域は驚くべきことに移動をするのだ。まるでそれ自身が意思を持つかのように。
そして今、黒い海と称されるその水域はミシュガルド大陸とアルフヘイムの間に存在している。
つまり、渓谷はミシュガルドの外にも移動するのか。
「兄ちゃん、それは違うんじゃねぇか?」
「え?」
眉をひそめるロビンに対してウルフバードは笑った。
「あの黒い海もミシュガルドなのさ」
さらりと言われたその言葉にそら恐ろしいものを感じて青ざめたロビンを尻目にビャクグンが尋ねた。
「…小隊長殿、それではなぜ件の少年の時は渓谷の位置情報は更新されなかったのでしょうか」
「恐らくケーゴ君たちがここに迷い込んだ時点ではその場に留まっていたからでしょう。もしかしたら再び移動を開始する時に元の場所へつながる霧が発生するのかもしれません」
「なるほど、つまり俺たちが塔の中にいる間にも外では濃霧が発生していたかもしれねぇってことか」
「えぇ、それに昨日考えたんですが、ケーゴ君たちはこの塔とは反対の方向に走っていました。この塔が渓谷の中央に立っているとして、それに背を向けていたのだから…」
「この栄光の移動渓谷には“端”…というか“境目”とでもいうのか、そういうものがあるってことか。どこまでも渓谷が続いているように昨日の映像では見えたが、渓谷の移動時に霧が発生してこの場所の限界地点が明らかになると。…だが、移動時だけではなくて常に渓谷の端では霧が発生するのかもしれねぇぞ?」
「まだどちらの可能性も捨てきれません。ただ、迷い込む地点は完全にランダムと言うよりほかありませんね。俺たちは塔の近くに出たし、ケーゴ君たちは少し走っただけで霧に包まれたわけですから。」
ウルフバード、ビャクグン、ロビンの話を聞いていたシンチーはふとゼトセは大丈夫なのだろうかと思い出した。
今の話を聞く限り、もしかしたら一人だけ元の森に帰れたのかもしれない。というかそちらの方が望ましい。
だが、ひょっこりゼトセが塔にやってくる可能性も捨てきれず、シンチーはふらふらと塔の入り口に近づいて行った。
と、そこで腕を掴まれる。
「シンチー嬢、どこに行くんだい?まだ万全じゃないんだろう?」
「ですが、ゼトセが」
「ゼトセ嬢ならきっと大丈夫さ」
「この目で確かめたいんです。離してください」
「駄目だよ」
ヒザーニャが強くシンチーを引き寄せた。
身体に力がうまく入らない彼女は抵抗できない。否、万全だったとしても。
「…力、強いんですね」
注視することはなかったが、改めてみると彼の腕は太く、たくましい。
ヒザーニャは笑った。
「言っただろう?俺は危険な冒険野郎なのさ。これくらいは当然さ。シンチー嬢くらいなら投げ飛ばすこともできるよ」
ま、そんなこと絶対にしないけどね、と笑う顔が近い。
よくわからないが頬が熱くなるシンチーにヒザーニャは笑いかけた。
「俺が偵察してくるよ。シンチー嬢はもう少し休んでてくれ」
「…」
口をへの字に曲げてこくこくと頷いた。
数刻後、ウルフバードは大岩を破壊すべく螺旋階段を上っていた。
もしものことに備えて先頭には一般兵、中ほどにウルフバードとビャクグンがいる。
後ろにはロビンとピクシーが組み込まれた。シンチーとヒザーニャはゼトセが来るかもしれないということで1階で待機している。
結局半日かけて破壊できなかった大岩である。兵士たちが必死につけた僅かばかりの亀裂があるだけだ。
古びた岩についた真新しい傷を見てロビンはふと気づいたように眼下の階層を見下ろした。
昨日はもう薄暗くなっていたからあまり気にならなかったが、よく見るとあの壁の削られ具合は――
「いくぞ」
と、そこでウルフバードの声がロビンを目の前の課題にひき戻した。
ふっと手をあげるとそれに合わせてビャクグンの背負う甕の中から水が出てくる。
実際に目の当たりにすると不思議な光景だ。水が形を持って宙に漂っているのだから。
ウルフバードは水を大岩と床の間に滑り込ませた。
少しばかりの隙間だ。剣も滑り込ませることはできないだろう。
仮に滑り込ませたとしても足場は狭い。てこの原理など働かせられないだろう。
しかし、水ならば。
自在にその形を変えてどんな隙間にも入り込むことができる。
そしてじわじわとその隙間に水を流し込んでいけばやがて大岩と床の間に水が入り込むことになる。
そうすればしめたものだ。
入り込んだ水の量を増やしてやれば大岩は浮かび上がる。
そして水を操れば自動的に大岩も移動することになる。
かくしてウルフバードはいとも簡単に大岩を移動してのけた。
長年封印されていたらしい2階からは砂埃が噴出する。同時に不気味なほどの冷気が漂ってくる。
目を細めて口を覆いながらもウルフバードは先頭にいた兵士に2階に上がるよう指示した。
命令を受けた兵士は大量の砂埃に辟易しながらもそろそろと天井に顔を突っ込んだ。
人一人が余裕で通ることのできる天井に空いた穴を抜けると予想通りそこは2階の床だった。
そろそろと床に手をついて、そのまま階段を上って体を2階に持っていこうとした。
背後から見守っていたウルフバードもビャクグンもロビンも、階下のシンチーもヒザーニャも彼がそのまま穴を抜けて2階にたどり着くものと思っていた。
だが、上半身だけ穴につっこんだまま、螺旋階段に預けていた脚がびくりと痙攣したかと思うと兵士は赤い軌跡を描いてそのまま落下した。
「っ!?」
誰もが予想外の事態に瞠目した。
ぐしゃりと落ちてきたその兵士をシンチーがよく見ると、頭が割れていた。
「剣でやられたのか!?」
ヒザーニャの言葉を発端に兵士たちが逃げまどいだした。
足場の悪い螺旋階段で悲鳴を上げながら我先にと逃げ出すものだから足がもつれあい、体が絡み、ぼとぼとと面白いように兵士たちは落下していく。
巻き込まれたウルフバード達はたまったものではない。体の自由がきかないながらもウルフバードは水を落下地点に敷き詰め、多くの兵士が一命を取り留めた。
近くの釣鐘型の採光口に避難してその阿鼻叫喚図に巻き込まれないようにしていたロビンとピクシーはそろそろと螺旋階段の先の穴を見つめた。
何もやってくる気配はない。
だが、そこに何かが存在しているのだ。
「ピクシー」
「私がロビン様の言葉を予想して返答するところによれば、嫌です」
「やっぱり?」
偵察を頼もうとしたのだが。
一人で出来ることがあるわけでもないロビンは階下の様子を確認する。
「どうなっていやがる!?」
「わかりませんが…罠があるのかもしれません」
そこではずぶ濡れになったウルフバードとビャクグンが唸っていた。
どうやら無事ではあるらしい。
幾人もの兵士が転落死したみたいだが、仕方ないことだろう。
ウルフバードが水を再び一つにまとめ上げ全員の衣服を乾かしているのを見て洗濯便利そうだな、と詮無いことを思うロビンだ。
何を考えているんだ、と苦笑いした彼の背中を氷塊が滑り落ちたのはその時である。
「っ!?」
螺旋階段の先、2階につながる穴。
ガシャリ、と音がした。
鎧のような足が穴から出てくる。
ガシャリ、ともう一回音がする。
その音は本当に些細な音で。軍隊にいれば何度も聞くような本当に親しんだ鎧の音で。
それでも誰もがその音に動きを止め、目を奪われた。
静寂の中、次第に大きくなってくるキルキルキルという何か金属がこすれ合うような音。
ゆっくりと、しかし確実に階段を下りてくる。
ロビンの頭に最初に浮かんだのは甲皇国の機械兵であった。
しかし、それらとは見た目が全く違う。
兜は十字型に視界が開けているが、その奥にある無機質な黄色の光は1つで、それが人間のものではないとわかる。
首は異様に長い。錆色の胴体はしかし滑らかな動きをして狭い階段を体勢を崩すことなく降りてくる。
体の各関節は黒い球でつながっており、手には剣。血で濡れている。先ほどの兵士はこいつにやられたのだ。
恐らく、否、確実に人間ではない。
と、そこまでの状況判断はいい。
問題はロビンがこの兵隊と目を合わせてしまったことである。
機械兵士の目に相当すると思われる黄色い光が赤く変わった。
「私が若干の恐れを持って推察するにあれは戦闘態勢へ移行ということでしょうか」
「恐らくそうだろうね!!」
慌てて採光口から飛び降り、そのまま足早に1階に逃げ込む。
ここは本業の兵たちに頑張ってもらおうという訳だ。
ウルフバードもそれは想定済みらしく、ロビンが無事に階段を降り切ったと同時に兵士たちに命令を下した。
「あれを破壊しろ!」
言われるが早いか兵士たちは剣を構えて階段の下で機械兵を待ち構える。
それを気にも留めず機械兵は降りてきて。
「でやぁあああああっ!」
一人の兵士が勢いよく剣を振り下ろして。
機械兵は躱すこともしなくて。
「何っ!?」
しかし、その体には傷一つつかない。
返しの一閃で兵士たちの首が胴体と別れを告げた。
他の兵士たちは既に逃げ腰になっている。
「何なんだあいつはっ!?」
兵士が役に立たないと知るや否やウルフバードは水を形状変化させた。
「“刳”!」
水が回転を伴う刺となって機械兵に突き刺さる。
ぐらりと機械兵は均衡を崩した。
しかし、貫くことができない。
「この…っ!!」
ウルフバードが力を込める。
機械兵も負けじと全身を続ける。金属音が耳障りだ。
力比べの末、ついに機械の体にひびが入った。
バチリと嫌な音がする。
「抉れろやっ!!」
水の穿孔が敵の体を貫いた。
同時に小さな爆発が起きた。
機械兵の部品が辺りに飛び散る。
持っていた剣も弧を描いて飛び、シンチーの目の前に落ちた。
「…これ…」
手に取ると今使っている剣と同じくらいの大きさだ。だが重く、刀身も従来の鉄のそれとは様子が違う。
ヒザーニャに手渡す。
「…ふむ、俺たちの知らない金属だね。鉄の剣では歯が立たなかった奴らの装甲も、奴ら自身の武器でなら…」
「兄ちゃん、その武器寄越せ」
ウルフバードがそう言うか言い終わらないかのうちにヒザーニャの手から剣を奪い取る。
そして剣を観察してビャクグンに投げてよこした。
「ビャクグン、これはお前が持っておけ」
「なっ、勝手に…」
「倒したのは俺だ。戦利品も俺のものだ」
声を上げたヒザーニャをぴしゃりとはねのけウルフバードはビャクグンに向き合った。
「お前が一番適任だ。いいか、俺の傍を離れるなよ。その甕はもう置いていけ。ここからは出し惜しみせずに全力で行くぞ」
彼が見上げる先、階段からは2体目、3体目の機械兵が下りてきていた。
朝。
差し込む朝日が覚醒を促す。
ロビンが眩しそうに瞼を開くと、傍らに坐するシンチーが見えた。
「…もう大丈夫なのかい?」
「まだ、鋭敏に動くことはできませんが大方の痺れは」
「…そうか」
状態を起こし、辺りを見回す。
まだ塔の内部は微睡の中にあるようだった。
陽光が黄色く辺りを照らしている。
幾人もの兵士たちがのろのろと起き上がっている。
ウルフバードとビャクグンは既に身支度を整えていて、緩慢な動きの兵士たちを気のない目で眺めている。
ピクシーに手を近づけるとバイザーが点滅し、飛び上がった。再起動したらしい。
ヒザーニャはまだ眠りこけている。
「私が起きたら眠ってしまいました」
そう報告するシンチーの声色は昨日とは違って優しい。
ロビンは大きく伸びをして立ち上がった。
そのままウルフバードたちのもとに近づく。
「おはようございます」
「おぅ、おはようさん。今日もお前らの力を借りるかもしれなぇがよろしくな」
「…まだシンチーは万全ではありませんが」
「俺は一応人間の兄ちゃん方にもお役目を果たしてほしいんだがね」
言外に使い勝手のいい駒扱いだ。
ロビンは無言でもって返して、ピクシーに尋ねた。
「現在の座標は」
「座標位置、北緯62度13分2052秒東経14度01分1190秒です」
昨日とまったく違う。
「決まりだな。この渓谷は移動している。…というか、その座標…確か黒い海の辺りじゃなかったか」
「黒い海…?ミシュガルド大陸の南東部のあの一帯ですか」
「あぁ、今は確かそのあたりの座標だったはずだぞ」
大戦の末期に行使された禁断魔法の影響か、アルフヘイムの沿岸が黒く染まり、生き物が住めない状態に変貌してしまった。
海域一帯が常に荒れていて、航行が非常に困難な場所だったはずだ。
その地獄のような海域は驚くべきことに移動をするのだ。まるでそれ自身が意思を持つかのように。
そして今、黒い海と称されるその水域はミシュガルド大陸とアルフヘイムの間に存在している。
つまり、渓谷はミシュガルドの外にも移動するのか。
「兄ちゃん、それは違うんじゃねぇか?」
「え?」
眉をひそめるロビンに対してウルフバードは笑った。
「あの黒い海もミシュガルドなのさ」
さらりと言われたその言葉にそら恐ろしいものを感じて青ざめたロビンを尻目にビャクグンが尋ねた。
「…小隊長殿、それではなぜ件の少年の時は渓谷の位置情報は更新されなかったのでしょうか」
「恐らくケーゴ君たちがここに迷い込んだ時点ではその場に留まっていたからでしょう。もしかしたら再び移動を開始する時に元の場所へつながる霧が発生するのかもしれません」
「なるほど、つまり俺たちが塔の中にいる間にも外では濃霧が発生していたかもしれねぇってことか」
「えぇ、それに昨日考えたんですが、ケーゴ君たちはこの塔とは反対の方向に走っていました。この塔が渓谷の中央に立っているとして、それに背を向けていたのだから…」
「この栄光の移動渓谷には“端”…というか“境目”とでもいうのか、そういうものがあるってことか。どこまでも渓谷が続いているように昨日の映像では見えたが、渓谷の移動時に霧が発生してこの場所の限界地点が明らかになると。…だが、移動時だけではなくて常に渓谷の端では霧が発生するのかもしれねぇぞ?」
「まだどちらの可能性も捨てきれません。ただ、迷い込む地点は完全にランダムと言うよりほかありませんね。俺たちは塔の近くに出たし、ケーゴ君たちは少し走っただけで霧に包まれたわけですから。」
ウルフバード、ビャクグン、ロビンの話を聞いていたシンチーはふとゼトセは大丈夫なのだろうかと思い出した。
今の話を聞く限り、もしかしたら一人だけ元の森に帰れたのかもしれない。というかそちらの方が望ましい。
だが、ひょっこりゼトセが塔にやってくる可能性も捨てきれず、シンチーはふらふらと塔の入り口に近づいて行った。
と、そこで腕を掴まれる。
「シンチー嬢、どこに行くんだい?まだ万全じゃないんだろう?」
「ですが、ゼトセが」
「ゼトセ嬢ならきっと大丈夫さ」
「この目で確かめたいんです。離してください」
「駄目だよ」
ヒザーニャが強くシンチーを引き寄せた。
身体に力がうまく入らない彼女は抵抗できない。否、万全だったとしても。
「…力、強いんですね」
注視することはなかったが、改めてみると彼の腕は太く、たくましい。
ヒザーニャは笑った。
「言っただろう?俺は危険な冒険野郎なのさ。これくらいは当然さ。シンチー嬢くらいなら投げ飛ばすこともできるよ」
ま、そんなこと絶対にしないけどね、と笑う顔が近い。
よくわからないが頬が熱くなるシンチーにヒザーニャは笑いかけた。
「俺が偵察してくるよ。シンチー嬢はもう少し休んでてくれ」
「…」
口をへの字に曲げてこくこくと頷いた。
数刻後、ウルフバードは大岩を破壊すべく螺旋階段を上っていた。
もしものことに備えて先頭には一般兵、中ほどにウルフバードとビャクグンがいる。
後ろにはロビンとピクシーが組み込まれた。シンチーとヒザーニャはゼトセが来るかもしれないということで1階で待機している。
結局半日かけて破壊できなかった大岩である。兵士たちが必死につけた僅かばかりの亀裂があるだけだ。
古びた岩についた真新しい傷を見てロビンはふと気づいたように眼下の階層を見下ろした。
昨日はもう薄暗くなっていたからあまり気にならなかったが、よく見るとあの壁の削られ具合は――
「いくぞ」
と、そこでウルフバードの声がロビンを目の前の課題にひき戻した。
ふっと手をあげるとそれに合わせてビャクグンの背負う甕の中から水が出てくる。
実際に目の当たりにすると不思議な光景だ。水が形を持って宙に漂っているのだから。
ウルフバードは水を大岩と床の間に滑り込ませた。
少しばかりの隙間だ。剣も滑り込ませることはできないだろう。
仮に滑り込ませたとしても足場は狭い。てこの原理など働かせられないだろう。
しかし、水ならば。
自在にその形を変えてどんな隙間にも入り込むことができる。
そしてじわじわとその隙間に水を流し込んでいけばやがて大岩と床の間に水が入り込むことになる。
そうすればしめたものだ。
入り込んだ水の量を増やしてやれば大岩は浮かび上がる。
そして水を操れば自動的に大岩も移動することになる。
かくしてウルフバードはいとも簡単に大岩を移動してのけた。
長年封印されていたらしい2階からは砂埃が噴出する。同時に不気味なほどの冷気が漂ってくる。
目を細めて口を覆いながらもウルフバードは先頭にいた兵士に2階に上がるよう指示した。
命令を受けた兵士は大量の砂埃に辟易しながらもそろそろと天井に顔を突っ込んだ。
人一人が余裕で通ることのできる天井に空いた穴を抜けると予想通りそこは2階の床だった。
そろそろと床に手をついて、そのまま階段を上って体を2階に持っていこうとした。
背後から見守っていたウルフバードもビャクグンもロビンも、階下のシンチーもヒザーニャも彼がそのまま穴を抜けて2階にたどり着くものと思っていた。
だが、上半身だけ穴につっこんだまま、螺旋階段に預けていた脚がびくりと痙攣したかと思うと兵士は赤い軌跡を描いてそのまま落下した。
「っ!?」
誰もが予想外の事態に瞠目した。
ぐしゃりと落ちてきたその兵士をシンチーがよく見ると、頭が割れていた。
「剣でやられたのか!?」
ヒザーニャの言葉を発端に兵士たちが逃げまどいだした。
足場の悪い螺旋階段で悲鳴を上げながら我先にと逃げ出すものだから足がもつれあい、体が絡み、ぼとぼとと面白いように兵士たちは落下していく。
巻き込まれたウルフバード達はたまったものではない。体の自由がきかないながらもウルフバードは水を落下地点に敷き詰め、多くの兵士が一命を取り留めた。
近くの釣鐘型の採光口に避難してその阿鼻叫喚図に巻き込まれないようにしていたロビンとピクシーはそろそろと螺旋階段の先の穴を見つめた。
何もやってくる気配はない。
だが、そこに何かが存在しているのだ。
「ピクシー」
「私がロビン様の言葉を予想して返答するところによれば、嫌です」
「やっぱり?」
偵察を頼もうとしたのだが。
一人で出来ることがあるわけでもないロビンは階下の様子を確認する。
「どうなっていやがる!?」
「わかりませんが…罠があるのかもしれません」
そこではずぶ濡れになったウルフバードとビャクグンが唸っていた。
どうやら無事ではあるらしい。
幾人もの兵士が転落死したみたいだが、仕方ないことだろう。
ウルフバードが水を再び一つにまとめ上げ全員の衣服を乾かしているのを見て洗濯便利そうだな、と詮無いことを思うロビンだ。
何を考えているんだ、と苦笑いした彼の背中を氷塊が滑り落ちたのはその時である。
「っ!?」
螺旋階段の先、2階につながる穴。
ガシャリ、と音がした。
鎧のような足が穴から出てくる。
ガシャリ、ともう一回音がする。
その音は本当に些細な音で。軍隊にいれば何度も聞くような本当に親しんだ鎧の音で。
それでも誰もがその音に動きを止め、目を奪われた。
静寂の中、次第に大きくなってくるキルキルキルという何か金属がこすれ合うような音。
ゆっくりと、しかし確実に階段を下りてくる。
ロビンの頭に最初に浮かんだのは甲皇国の機械兵であった。
しかし、それらとは見た目が全く違う。
兜は十字型に視界が開けているが、その奥にある無機質な黄色の光は1つで、それが人間のものではないとわかる。
首は異様に長い。錆色の胴体はしかし滑らかな動きをして狭い階段を体勢を崩すことなく降りてくる。
体の各関節は黒い球でつながっており、手には剣。血で濡れている。先ほどの兵士はこいつにやられたのだ。
恐らく、否、確実に人間ではない。
と、そこまでの状況判断はいい。
問題はロビンがこの兵隊と目を合わせてしまったことである。
機械兵士の目に相当すると思われる黄色い光が赤く変わった。
「私が若干の恐れを持って推察するにあれは戦闘態勢へ移行ということでしょうか」
「恐らくそうだろうね!!」
慌てて採光口から飛び降り、そのまま足早に1階に逃げ込む。
ここは本業の兵たちに頑張ってもらおうという訳だ。
ウルフバードもそれは想定済みらしく、ロビンが無事に階段を降り切ったと同時に兵士たちに命令を下した。
「あれを破壊しろ!」
言われるが早いか兵士たちは剣を構えて階段の下で機械兵を待ち構える。
それを気にも留めず機械兵は降りてきて。
「でやぁあああああっ!」
一人の兵士が勢いよく剣を振り下ろして。
機械兵は躱すこともしなくて。
「何っ!?」
しかし、その体には傷一つつかない。
返しの一閃で兵士たちの首が胴体と別れを告げた。
他の兵士たちは既に逃げ腰になっている。
「何なんだあいつはっ!?」
兵士が役に立たないと知るや否やウルフバードは水を形状変化させた。
「“刳”!」
水が回転を伴う刺となって機械兵に突き刺さる。
ぐらりと機械兵は均衡を崩した。
しかし、貫くことができない。
「この…っ!!」
ウルフバードが力を込める。
機械兵も負けじと全身を続ける。金属音が耳障りだ。
力比べの末、ついに機械の体にひびが入った。
バチリと嫌な音がする。
「抉れろやっ!!」
水の穿孔が敵の体を貫いた。
同時に小さな爆発が起きた。
機械兵の部品が辺りに飛び散る。
持っていた剣も弧を描いて飛び、シンチーの目の前に落ちた。
「…これ…」
手に取ると今使っている剣と同じくらいの大きさだ。だが重く、刀身も従来の鉄のそれとは様子が違う。
ヒザーニャに手渡す。
「…ふむ、俺たちの知らない金属だね。鉄の剣では歯が立たなかった奴らの装甲も、奴ら自身の武器でなら…」
「兄ちゃん、その武器寄越せ」
ウルフバードがそう言うか言い終わらないかのうちにヒザーニャの手から剣を奪い取る。
そして剣を観察してビャクグンに投げてよこした。
「ビャクグン、これはお前が持っておけ」
「なっ、勝手に…」
「倒したのは俺だ。戦利品も俺のものだ」
声を上げたヒザーニャをぴしゃりとはねのけウルフバードはビャクグンに向き合った。
「お前が一番適任だ。いいか、俺の傍を離れるなよ。その甕はもう置いていけ。ここからは出し惜しみせずに全力で行くぞ」
彼が見上げる先、階段からは2体目、3体目の機械兵が下りてきていた。
――――
「おっさんたち大丈夫かなぁ」
交易所の雑貨店で何の気なしにケーゴはそう呟いた。
エルフの少女たちに大人気と言うアクセサリーを取り扱うこの店でベルウッドもアンネリエも目を輝かせて物色をしている。
女の子の趣味ってよくわかんねえよなぁなどと思いつつケーゴはアクセサリーを気のない目で見つめていた。
その時、ふとそういえばおねーさんは全然そういうアクセサリーに興味とかなさそうだよなぁと思ったのだ。
そしてあの言葉に至る。
反応したのはベルウッドだ。
「ん?あの人たちなら大丈夫だって言ったのはあんたじゃないの」
「…まぁ、そうなんだけどさ」
それでもやっぱり心配なのだ。
そんなケーゴをよそにベルウッドは模造品の宝石のアクセサリーを手に取ってうっとりと言った。
「はぁ…あの塔に本当に金銀財宝があったら、山分けくらいにしてくれるわよね」
夢見心地なセリフ。彼女の脳内では宝箱から金細工や宝石があふれ出している。
どうやらあの時化け物から逃げ出したことを後悔しているらしい。
とはいってもあの状況で無事に塔まで辿り着けた保障はないし、辿り着いたロビン一行が酷い目に遭っているのも彼らが知る由はないのだが。
「どうだろうなぁ…あのおっさん結構そういうところきっちりしてるからなぁ…。情報料くらいはもらえるだろうけど」
宝剣を取り戻す際にうまいこと不利な契約を飲まされたケーゴである。
ぽりぽりと頭をかく彼に対してベルウッドは不満をぶつける。
「やっぱりあの塔にあの時行くべきだったのよ」
「いや、無理だろ。俺はできないことを無理やりやるつもりはない」
きっぱりそう言うと嫌味らしいため息が返ってきた。
「まったく、頼りにならない男ねぇ。あたしもあの人たちのパーティに鞍替えしようかしら」
「はぁ?お前が勝手に入って来てなんだよその口ぶりは。さっさと靴磨きに戻れよもう」
人払いをするように手をひらひらさせるケーゴ。対して彼女は目を細めた。
「ほぉーう。本当にあたしがいなくなってもいいのかしら」
挑発的な口ぶりだ。
ケーゴはむすっと返す。
「何だよ」
喧嘩腰の彼にベルウッドは視線を別方向に向けるよう促す。
その先には。
「あ」
アンネリエ。
髪飾りを試しているところだ。
花の形をした髪飾り。よく似合っている。
間抜けな声を出したまま難しい顔になったケーゴをベルウッドはにやにや眺めている。
詰まる話、ベルウッドが抜けたらアンネリエと2人きりなのだ。
それはまずいのではないだろうか。色々。
いやまずいなんてことはないよ?俺はトレジャーハンターとして各地を巡るだけだし、アンネリエだって別の目的があって俺に同行しているわけだから、ほら、たまたま一緒にいるだけで。別にお互いそういう意識とか全然してないし!そう、全然してないし!おっさんとおねーさんだってずっと一緒にいるじゃないか、あんな感じで…って、俺はアンネリエとずっと一緒にいるつもりなのか?それはまずいのではないだろうか。色々。ほら、お互いいい年の男と女の子なわけだし…あぁでも別にお互いそういう目的で一緒にいる訳でもないし…というかそういう目的で一緒にいるなら2人きりでも何も問題ないのか…なら何でそういう気持ちがないとまずいんだ?というかさっきから俺は何を考えているんだ?
ピクシーの存在などすっかり忘れて固まったケーゴの様子にアンネリエは首をかしげた。
『変?』
そう書いてみせる。いつも通り無表情、と見せかけておいて若干しょんぼりしているのがケーゴには分かる。
「いっ、いやいやいや!違う!違うよ!似合ってる!」
慌てて両手を振るケーゴ。
ばたばた動いたせいで商品の棚をひっくり返してしまい、いよいよ落ち着きなく謝りながら、転ぶ。
我関せずとばかりにそそくさとアンネリエは店を出る。
「お子ちゃまねぇ…」
それに続きながらベルウッドは大仰に肩をすくめた。
――――
「ぎゃああっ」
また一人兵士がやられた。
機械兵が兵士から剣を引き抜く前に、その兵士が爆発し機械兵の首が飛んだ。
ウルフバードが死体を爆発させたのだ。
そのまま舌打ちをして別の敵兵を貫く。
操る水は既に赤黒い。
死んだ兵士たちの体液を全て吸収して操る水の量を増やしているのだ。それが余計に負担になるが致し方ない。
額に汗がにじむ。大分消耗しているのが自分でもわかる。
もともと“刳”はかなり消耗する部類の魔法なのに、それを連発しているのだ。無理もない。
こんな長時間水を行使し続ける日が来るとは思わなかった。だが、自分が今この塔攻略の鍵を握っているのだ。倒れる訳にはいかない。
そのためには。
「ビャクグン!お前、出し惜しみしてるんじゃないだろうな」
唸りにも似た呼び声にビャクグンは敵を切り捨ててウルフバードに応える。
「恐れながら、これでもやってる方ですよ!」
よく見れば彼の顔には竜鱗が発現している。それなりに力は開放しているということだろうか。
再び舌打ちをしてウルフバードは現状確認をする。
もう大半の兵士が死んでしまった。残っているのは自分とビャクグン、それに。
「シンチー嬢!」
ヒザーニャの槍が機械兵の目を突いた。
視覚を失った機械兵の背後に回り込み、シンチーが剣をふるう。
そのシンチーを狙って腕が弩になっている機械兵が矢を放つが、ロビンがナイフを投擲し、矢と相殺させた。
なかなかどうして、あちらの一般人たちが生き残っている。
動きがたまに鈍る女を2人の男が全力で支えているのだ。
あの女が蜘蛛の毒にやられていなかったらもっと活躍したはずなのに、とないものねだり。
ウルフバードはそれまでとってきた作戦通り、入って来た階段から真反対側に造られている次の階への階段へ急いだ。
先に次の階にたどり着いた者たちはそこで待ち構える機械兵たちが下りてこないように必死で抑え込んでいる。
そして、全員が階段に避難したところでウルフバードが水を床一面に浸し、それを“烈”で爆発させた。
床が崩れ機械兵たちは激流ごと階下へ落下していく。
そこでウルフバードが水だけを回収した。
しばらくしてぐしゃりと破壊音が階下から響いてきた。
「…これで七階クリアってとこか?」
「えぇ、急ぎましょう小隊長殿、兵士たちも限界です」
ビャクグンの後に続きウルフバードは階段を駆けた。
その妙案を思いついたのはロビンだった。
二階から大量の機械兵が下りてきて防戦のさなか、シンチーをうまく上階に避難させたのだ。
つまり、二階からやってくる機械兵たちが全員降りてきたならそこは安全だろうということである。
それを見たウルフバードは全員に二階に行くよう指示した。そして全員が上階にたどり着いたところであの大岩を再び移動させて封をしたのだ。
全員がほっと一息ついた時、今度三階へ続く階段からあのキルキルキルという金属音が下りてきた。
先ほどと同様に二階に機械兵を引きつけてから三階に避難したのだが、今度は封印の大岩がなかった。
思えばあの大岩は機械兵達を封じておく最後の良心だったのではないだろうか。
そう思いつつ階段を見やると今度は四階から機械兵が下りてくる。
下からも機械兵が上がってくる。
ロビンがその時ウルフバードに尋ねたのだ。
「床に大穴を開けて奴らを階下に落下させられないか!?」
「あぁ!?そんなことしたら俺達まで帰れねぇぞ!?」
二人とも事態が事態だけに声が荒い。
「そこは上手く調整してくれよ!一階まで奴らを叩き落とせば戻ってはこれないし、一階に残っている奴らも落ちてきた機械兵につぶされるかもしれない!」
「成程ね…!」
兵士に指示を出して四階からの侵攻を死守させる。そして何とか四階に至る螺旋階段に全員が避難したところで“烈”の魔法を使ったのだ。
うまいこと床に大穴を開け、機械兵たちは落下していった。
かくして七階まで辿り着いたわけだが、この作戦はウルフバード一人に負担がかかりすぎる。
そして上の階からの侵攻を防ぐための兵士たちは次々死んでいくために上階への避難がままならなくなっているのだ。
「くそっ…」
ジリ貧に近い、と荒い息で階段を上りきり、乱戦の中次の階への階段を探す。
「…?」
と、そこで気づいた。
階段がない。
つまり。
「最上階…!!」
隣でビャクグンが息をのんだ。
これまでの階層と違い、螺旋階段がない。
ドーム状の天井にはひびが入り光が差し込んでいる。
様々な石像や壁画が神聖さを醸している。
そして階段から最も遠い地点に藍色の宝玉が安置されている。
だが、その宝玉を守るように今までの機械兵よりも一回り大きな機械兵が仁王立ちしている。
手にする剣はルビー色に煌めき、他の兵士たちと一線を画していることがよくわかる。
「あれがこの塔の主ってところか?」
「そしてあの宝石がここのお宝ってところだろうね」
背中合わせになって機械兵を睨むウルフバードとロビン。
声には出さないが、考えていることは同じだ。
宝石が何の役に立つ。
彼らの絶望など歯牙にもかけず、ゆらりと機械兵が動いた。
それを水で受け止めたウルフバードの脚がぐらつく。
「くっ…」
体力が限界に近いのだ。
それを補うかのようにロビンが機械兵の目にナイフを刺した。
素材が違うのだろうか、装甲は無理でも機械兵の目に相当する部分には普通のナイフも有効だ。そして、それだけで相手をほぼ無力化できるのだ。
もちろん、機械兵に近づくことはできないため、ナイフを正確に投擲できるというのが前提であるのだが。
視覚を奪われてもなお機械兵は目の前にいるであろう敵に向かって剣を振り上げた。
寸でのところでそれを躱す。同時にウルフバードはロビンが別の機械兵と交戦を開始したことを確認した。
「小隊長殿!!」
一人で片づけるしかないか、と構えたウルフバードと機械兵の間にビャクグンが割って入った。
顔の文様が光る。
そのまま剣を振り下ろし、斬撃が機械兵共々壁を崩した。
「ビャクグ…っ!!」
ウルフバードがビャクグンのもとに駆け寄ろうとした。
しかし、一回り大きな機械兵の斬撃がそれを阻んだ。
ゆらりと首を回しウルフバードを標的とする。
「“刳”…っ!!」
放った水の穿孔はしかし叩きつけられた剣撃によって弾かれる。
「はぁああっ!!」
背後をとった形になるビャクグンが剣を払う。
だが胴体を回転させて機械兵は彼の剣を受け止めた。
「なっ…」
ビャクグンは瞠目した。
まさか受け止められるとは思っていなかったのだ。
じりじりと間合いをとろうとする2人に対し機械兵はあくまで冷徹に目を光らせた。
「シンチー嬢、大丈夫か!?」
「えぇ…っ」
左腕を思い切り裂かれてしまったシンチーはしかし、痛みを表に出さず機械兵たちと応戦していた。
体が思うように動かず反応が遅れる。その一瞬が命取りだと言わんばかりに機械兵たちの猛攻は続いていた。
シンチーもヒザーニャも手にする武器は機械兵から奪った剣と槍である。
これなら何とか機械兵たちに太刀打ちできるのだ。
ぐらつく脚に叱咤を駆けながらシンチーは立ち上がる。
こんなところで足手まといになってはならないという思いが彼女を突き動かす。
左腕の傷はもう塞がろうとしている。
いつまでも守られたままではいけない。
「ヒザーニャ!」
「っ!」
彼をかばうように機械兵の斬撃を受け止める。
その間に回り込んだヒザーニャがとどめを刺した。
「いつまで続くんだ、この戦いは…っ」
ヒザーニャが吐き捨てる。
もう生き残っている兵士はほとんどいない。
ウルフバードとビャクグン、ロビンと自分たちも何とかこの場に立っているというところだ。
機械兵の数の方が圧倒的に多い。
ウルフバードとビャクグンはここの主のような機械兵と戦っているためこちらまでは気が回らないだろう。
それでも、戦うしかないのだ。
「シンチー嬢のためにぃいいいいい!」
振り下ろされた槍が機械兵の頭を砕いた。
それを確認するとシンチーはもう一体の機械兵に向かって駆け出した。
剣を構える敵に対して、虚を突くように姿勢を崩す。
その動きを追った相手の体に隙ができる。刹那、体を回転させてそこに剣を突き刺した。
そのまま次の敵を探すシンチーの目にナイフ一本で機械兵に立ち向かうロビンが映った。
心臓が跳ねた。
戦いのさなかであることを忘すれ、叫んだ。
「ロビン…!!」
何故だろうか。ヒザーニャの言葉が彼女の頭を駆けた。
――レディー、君は何がしたいんだい?
答えを求めるがごとく、思いを確かめるがごとく、走り出したシンチーの目にはロビン以外映らない。
「シンチー嬢、危ない!!」
ヒザーニャが叫ぶと同時に弩を腕に装着した機械兵がシンチーに狙いを定めた。
反射的にヒザーニャは駆け、シンチーを押し倒した。
「ぐっ…っ」
「なっ…!?」
ぐらりと世界が揺れ、床に打ち付けられた。
全身に痺れが走った。が、こんなところで倒れている場合ではない。
押し倒されたシンチーはすぐさま立ち上がる。
彼女をかばったヒザーニャも立ち上がろうとした。
だが。
「っ…ぐぅう」
激痛が走り、再び倒れた。
放たれた矢が膝を貫いていた。
「ヒザーニャ!!」
シンチーが悲鳴を上げた。
ようやく、なぜ自分が押し倒されたのか理解した。
が、理解できなかった。
どうしてこんな無茶をした。
自分ならこんな矢に刺されてもすぐ回復するのに。
どうして。
ヒザーニャは不敵に笑って見せた。が、顔は青ざめ、脂汗が浮かんでいる。
「前にも言っただろう…ただ、俺がこうしたいってだけなのさ」
弱弱しい声で。それでもいつものように芝居がかっていて。それが当然だと言わんばかりに彼女のことを想っていて。
「馬鹿ですか…っ。昨日会ったような半亜人に…っ。動けなくなったらどうするんですか…っ」
衝撃に声を詰まらせる。ヒザーニャはあくまで軽口をたたいた。
「動けなくなったら…ま、田舎で大根でも育てるかね」
目を閉じ、懐かしむようにふっと笑みを浮かべる。
「…っ」
シンチーは唇をきつくかみしめた。そうしないと湧き上がった感情が目から溢れてきそうだったから。
ふらりと立ち上がった。
3本の角が仄かに発光する。
覚悟を決めたがごとく金色の目がぎらりと煌めく。
まだ完全ではない。
それでも、守らなければ。
この馬鹿な男を。
一緒に帰って、医者に見せて、また危険な冒険野郎に戻ってもらわなければ。
「くっ…」
ロビンは苦戦を強いられていた。
実は投擲に使い過ぎてナイフはもう右手の一本しか残っていないのだ。
そして目の前には何体もの機械兵。
これはもはやどうしようもないのではないだろうか。
「くそ…っ。どいてはくれなさそうだね…」
忌々しげにロビンは機械兵を睨んだ。
機械兵たちも同様に、侵入者の排除を完遂すべくロビンに狙いを定めていた。
『私が沈痛に伝えるところ、勝率ゼロパーセントです』
「…言ってくれるな」
汗が頬を伝う。
心臓が暴れている。
視界にちらりと入る二人の姿。
冷静さを取り戻すべく、彼らの安否を確かめる。
シンチーは無事なようだ。ただヒザーニャの様子がおかしい。
どうにかしてそこまで行きたいのに。
彼女が心配で仕方ないのに。
それでも機械兵によって前には進めず、気づけばもう後退すらできなくなっていた。
「…っ」
こうなったら捨て身で突破してやろうか。
そう考えた時だ。
背後が爆発した。
轟音を立てて壁が崩れ何かが飛び込んできたのだ。
「うわぁああああっ!?」
見事に吹き飛ばされたロビンはそのまま地面にたたきつけられ転がり頭をしこたまぶつけた。
だが機械兵の包囲から逃れられたことも事実だ。
耳をつんざくほどの咆哮が塔内に響いた。
空気が震え、天井がばらばらと崩れた。
一体何事かと目をむければ、あの蝙蝠型の化け物が暴れているではないか。
あの化け物がこの塔に突入してきたのか。だが何のために。
と、そこで気づいた。
化け物の尾に誰かが掴まっている。
ぶんぶんと振り回され、必死の形相だ。
あれは。
「ゼトセ!?」
シンチーが驚愕の声を上げた。
その声が聞こえたからなのか限界が来たからなのか、ゼトセはぱっと化け物の尾を離しそのまま勢いよく飛ばされた。
「きゃああああああ!」
「ゼトセ!」
シンチーがゼトセを受け止めたが勢いを殺しきれず、そのまま機械兵と甲皇国兵の亡骸の中を仲良くごろごろと転がっていく。
ようやく壁に激突し、ぐしゃりとその動きが止まる。
「……痛いである」
「何故こんなことに…!?」
瓦礫の中から這い出てきたゼトセはよろよろと立ちあがった。
「この化け物に襲われてどうしようもなくなって背中に乗ってやろうとしたのである。そしたら予想外に暴れられてこのザマである」
なんとまぁ、無謀な。
だが化け物が暴れているおかげで機械兵たちもそちらに注意が向いているようだ。
ロビンはうまいこと機械兵の間をすり抜け、三人と合流した。
「ゼトセ、無事かい?」
「ロビン殿!こちらはなんとか生きているである!だが…この状況は芳しくないようであるな」
ゼトセに頷いて返し、今度はヒザーニャを見る。
「大丈夫か?歩けるか?」
「…っ、なんとか無理やりってところだな…」
顔を歪めるヒザーニャにシンチーが心配そうに寄り添う。
と、そこで獣の咆哮が轟いた。
床に亀裂が走る。
四人は顔を見合わせた。
ピクシーの声が頭上から聞こえる。
『私が計算を終えたところによると、この塔が崩壊する確率は百パーセントです』
一難去ってまた一難と言うところだろうか。
また一人兵士がやられた。
機械兵が兵士から剣を引き抜く前に、その兵士が爆発し機械兵の首が飛んだ。
ウルフバードが死体を爆発させたのだ。
そのまま舌打ちをして別の敵兵を貫く。
操る水は既に赤黒い。
死んだ兵士たちの体液を全て吸収して操る水の量を増やしているのだ。それが余計に負担になるが致し方ない。
額に汗がにじむ。大分消耗しているのが自分でもわかる。
もともと“刳”はかなり消耗する部類の魔法なのに、それを連発しているのだ。無理もない。
こんな長時間水を行使し続ける日が来るとは思わなかった。だが、自分が今この塔攻略の鍵を握っているのだ。倒れる訳にはいかない。
そのためには。
「ビャクグン!お前、出し惜しみしてるんじゃないだろうな」
唸りにも似た呼び声にビャクグンは敵を切り捨ててウルフバードに応える。
「恐れながら、これでもやってる方ですよ!」
よく見れば彼の顔には竜鱗が発現している。それなりに力は開放しているということだろうか。
再び舌打ちをしてウルフバードは現状確認をする。
もう大半の兵士が死んでしまった。残っているのは自分とビャクグン、それに。
「シンチー嬢!」
ヒザーニャの槍が機械兵の目を突いた。
視覚を失った機械兵の背後に回り込み、シンチーが剣をふるう。
そのシンチーを狙って腕が弩になっている機械兵が矢を放つが、ロビンがナイフを投擲し、矢と相殺させた。
なかなかどうして、あちらの一般人たちが生き残っている。
動きがたまに鈍る女を2人の男が全力で支えているのだ。
あの女が蜘蛛の毒にやられていなかったらもっと活躍したはずなのに、とないものねだり。
ウルフバードはそれまでとってきた作戦通り、入って来た階段から真反対側に造られている次の階への階段へ急いだ。
先に次の階にたどり着いた者たちはそこで待ち構える機械兵たちが下りてこないように必死で抑え込んでいる。
そして、全員が階段に避難したところでウルフバードが水を床一面に浸し、それを“烈”で爆発させた。
床が崩れ機械兵たちは激流ごと階下へ落下していく。
そこでウルフバードが水だけを回収した。
しばらくしてぐしゃりと破壊音が階下から響いてきた。
「…これで七階クリアってとこか?」
「えぇ、急ぎましょう小隊長殿、兵士たちも限界です」
ビャクグンの後に続きウルフバードは階段を駆けた。
その妙案を思いついたのはロビンだった。
二階から大量の機械兵が下りてきて防戦のさなか、シンチーをうまく上階に避難させたのだ。
つまり、二階からやってくる機械兵たちが全員降りてきたならそこは安全だろうということである。
それを見たウルフバードは全員に二階に行くよう指示した。そして全員が上階にたどり着いたところであの大岩を再び移動させて封をしたのだ。
全員がほっと一息ついた時、今度三階へ続く階段からあのキルキルキルという金属音が下りてきた。
先ほどと同様に二階に機械兵を引きつけてから三階に避難したのだが、今度は封印の大岩がなかった。
思えばあの大岩は機械兵達を封じておく最後の良心だったのではないだろうか。
そう思いつつ階段を見やると今度は四階から機械兵が下りてくる。
下からも機械兵が上がってくる。
ロビンがその時ウルフバードに尋ねたのだ。
「床に大穴を開けて奴らを階下に落下させられないか!?」
「あぁ!?そんなことしたら俺達まで帰れねぇぞ!?」
二人とも事態が事態だけに声が荒い。
「そこは上手く調整してくれよ!一階まで奴らを叩き落とせば戻ってはこれないし、一階に残っている奴らも落ちてきた機械兵につぶされるかもしれない!」
「成程ね…!」
兵士に指示を出して四階からの侵攻を死守させる。そして何とか四階に至る螺旋階段に全員が避難したところで“烈”の魔法を使ったのだ。
うまいこと床に大穴を開け、機械兵たちは落下していった。
かくして七階まで辿り着いたわけだが、この作戦はウルフバード一人に負担がかかりすぎる。
そして上の階からの侵攻を防ぐための兵士たちは次々死んでいくために上階への避難がままならなくなっているのだ。
「くそっ…」
ジリ貧に近い、と荒い息で階段を上りきり、乱戦の中次の階への階段を探す。
「…?」
と、そこで気づいた。
階段がない。
つまり。
「最上階…!!」
隣でビャクグンが息をのんだ。
これまでの階層と違い、螺旋階段がない。
ドーム状の天井にはひびが入り光が差し込んでいる。
様々な石像や壁画が神聖さを醸している。
そして階段から最も遠い地点に藍色の宝玉が安置されている。
だが、その宝玉を守るように今までの機械兵よりも一回り大きな機械兵が仁王立ちしている。
手にする剣はルビー色に煌めき、他の兵士たちと一線を画していることがよくわかる。
「あれがこの塔の主ってところか?」
「そしてあの宝石がここのお宝ってところだろうね」
背中合わせになって機械兵を睨むウルフバードとロビン。
声には出さないが、考えていることは同じだ。
宝石が何の役に立つ。
彼らの絶望など歯牙にもかけず、ゆらりと機械兵が動いた。
それを水で受け止めたウルフバードの脚がぐらつく。
「くっ…」
体力が限界に近いのだ。
それを補うかのようにロビンが機械兵の目にナイフを刺した。
素材が違うのだろうか、装甲は無理でも機械兵の目に相当する部分には普通のナイフも有効だ。そして、それだけで相手をほぼ無力化できるのだ。
もちろん、機械兵に近づくことはできないため、ナイフを正確に投擲できるというのが前提であるのだが。
視覚を奪われてもなお機械兵は目の前にいるであろう敵に向かって剣を振り上げた。
寸でのところでそれを躱す。同時にウルフバードはロビンが別の機械兵と交戦を開始したことを確認した。
「小隊長殿!!」
一人で片づけるしかないか、と構えたウルフバードと機械兵の間にビャクグンが割って入った。
顔の文様が光る。
そのまま剣を振り下ろし、斬撃が機械兵共々壁を崩した。
「ビャクグ…っ!!」
ウルフバードがビャクグンのもとに駆け寄ろうとした。
しかし、一回り大きな機械兵の斬撃がそれを阻んだ。
ゆらりと首を回しウルフバードを標的とする。
「“刳”…っ!!」
放った水の穿孔はしかし叩きつけられた剣撃によって弾かれる。
「はぁああっ!!」
背後をとった形になるビャクグンが剣を払う。
だが胴体を回転させて機械兵は彼の剣を受け止めた。
「なっ…」
ビャクグンは瞠目した。
まさか受け止められるとは思っていなかったのだ。
じりじりと間合いをとろうとする2人に対し機械兵はあくまで冷徹に目を光らせた。
「シンチー嬢、大丈夫か!?」
「えぇ…っ」
左腕を思い切り裂かれてしまったシンチーはしかし、痛みを表に出さず機械兵たちと応戦していた。
体が思うように動かず反応が遅れる。その一瞬が命取りだと言わんばかりに機械兵たちの猛攻は続いていた。
シンチーもヒザーニャも手にする武器は機械兵から奪った剣と槍である。
これなら何とか機械兵たちに太刀打ちできるのだ。
ぐらつく脚に叱咤を駆けながらシンチーは立ち上がる。
こんなところで足手まといになってはならないという思いが彼女を突き動かす。
左腕の傷はもう塞がろうとしている。
いつまでも守られたままではいけない。
「ヒザーニャ!」
「っ!」
彼をかばうように機械兵の斬撃を受け止める。
その間に回り込んだヒザーニャがとどめを刺した。
「いつまで続くんだ、この戦いは…っ」
ヒザーニャが吐き捨てる。
もう生き残っている兵士はほとんどいない。
ウルフバードとビャクグン、ロビンと自分たちも何とかこの場に立っているというところだ。
機械兵の数の方が圧倒的に多い。
ウルフバードとビャクグンはここの主のような機械兵と戦っているためこちらまでは気が回らないだろう。
それでも、戦うしかないのだ。
「シンチー嬢のためにぃいいいいい!」
振り下ろされた槍が機械兵の頭を砕いた。
それを確認するとシンチーはもう一体の機械兵に向かって駆け出した。
剣を構える敵に対して、虚を突くように姿勢を崩す。
その動きを追った相手の体に隙ができる。刹那、体を回転させてそこに剣を突き刺した。
そのまま次の敵を探すシンチーの目にナイフ一本で機械兵に立ち向かうロビンが映った。
心臓が跳ねた。
戦いのさなかであることを忘すれ、叫んだ。
「ロビン…!!」
何故だろうか。ヒザーニャの言葉が彼女の頭を駆けた。
――レディー、君は何がしたいんだい?
答えを求めるがごとく、思いを確かめるがごとく、走り出したシンチーの目にはロビン以外映らない。
「シンチー嬢、危ない!!」
ヒザーニャが叫ぶと同時に弩を腕に装着した機械兵がシンチーに狙いを定めた。
反射的にヒザーニャは駆け、シンチーを押し倒した。
「ぐっ…っ」
「なっ…!?」
ぐらりと世界が揺れ、床に打ち付けられた。
全身に痺れが走った。が、こんなところで倒れている場合ではない。
押し倒されたシンチーはすぐさま立ち上がる。
彼女をかばったヒザーニャも立ち上がろうとした。
だが。
「っ…ぐぅう」
激痛が走り、再び倒れた。
放たれた矢が膝を貫いていた。
「ヒザーニャ!!」
シンチーが悲鳴を上げた。
ようやく、なぜ自分が押し倒されたのか理解した。
が、理解できなかった。
どうしてこんな無茶をした。
自分ならこんな矢に刺されてもすぐ回復するのに。
どうして。
ヒザーニャは不敵に笑って見せた。が、顔は青ざめ、脂汗が浮かんでいる。
「前にも言っただろう…ただ、俺がこうしたいってだけなのさ」
弱弱しい声で。それでもいつものように芝居がかっていて。それが当然だと言わんばかりに彼女のことを想っていて。
「馬鹿ですか…っ。昨日会ったような半亜人に…っ。動けなくなったらどうするんですか…っ」
衝撃に声を詰まらせる。ヒザーニャはあくまで軽口をたたいた。
「動けなくなったら…ま、田舎で大根でも育てるかね」
目を閉じ、懐かしむようにふっと笑みを浮かべる。
「…っ」
シンチーは唇をきつくかみしめた。そうしないと湧き上がった感情が目から溢れてきそうだったから。
ふらりと立ち上がった。
3本の角が仄かに発光する。
覚悟を決めたがごとく金色の目がぎらりと煌めく。
まだ完全ではない。
それでも、守らなければ。
この馬鹿な男を。
一緒に帰って、医者に見せて、また危険な冒険野郎に戻ってもらわなければ。
「くっ…」
ロビンは苦戦を強いられていた。
実は投擲に使い過ぎてナイフはもう右手の一本しか残っていないのだ。
そして目の前には何体もの機械兵。
これはもはやどうしようもないのではないだろうか。
「くそ…っ。どいてはくれなさそうだね…」
忌々しげにロビンは機械兵を睨んだ。
機械兵たちも同様に、侵入者の排除を完遂すべくロビンに狙いを定めていた。
『私が沈痛に伝えるところ、勝率ゼロパーセントです』
「…言ってくれるな」
汗が頬を伝う。
心臓が暴れている。
視界にちらりと入る二人の姿。
冷静さを取り戻すべく、彼らの安否を確かめる。
シンチーは無事なようだ。ただヒザーニャの様子がおかしい。
どうにかしてそこまで行きたいのに。
彼女が心配で仕方ないのに。
それでも機械兵によって前には進めず、気づけばもう後退すらできなくなっていた。
「…っ」
こうなったら捨て身で突破してやろうか。
そう考えた時だ。
背後が爆発した。
轟音を立てて壁が崩れ何かが飛び込んできたのだ。
「うわぁああああっ!?」
見事に吹き飛ばされたロビンはそのまま地面にたたきつけられ転がり頭をしこたまぶつけた。
だが機械兵の包囲から逃れられたことも事実だ。
耳をつんざくほどの咆哮が塔内に響いた。
空気が震え、天井がばらばらと崩れた。
一体何事かと目をむければ、あの蝙蝠型の化け物が暴れているではないか。
あの化け物がこの塔に突入してきたのか。だが何のために。
と、そこで気づいた。
化け物の尾に誰かが掴まっている。
ぶんぶんと振り回され、必死の形相だ。
あれは。
「ゼトセ!?」
シンチーが驚愕の声を上げた。
その声が聞こえたからなのか限界が来たからなのか、ゼトセはぱっと化け物の尾を離しそのまま勢いよく飛ばされた。
「きゃああああああ!」
「ゼトセ!」
シンチーがゼトセを受け止めたが勢いを殺しきれず、そのまま機械兵と甲皇国兵の亡骸の中を仲良くごろごろと転がっていく。
ようやく壁に激突し、ぐしゃりとその動きが止まる。
「……痛いである」
「何故こんなことに…!?」
瓦礫の中から這い出てきたゼトセはよろよろと立ちあがった。
「この化け物に襲われてどうしようもなくなって背中に乗ってやろうとしたのである。そしたら予想外に暴れられてこのザマである」
なんとまぁ、無謀な。
だが化け物が暴れているおかげで機械兵たちもそちらに注意が向いているようだ。
ロビンはうまいこと機械兵の間をすり抜け、三人と合流した。
「ゼトセ、無事かい?」
「ロビン殿!こちらはなんとか生きているである!だが…この状況は芳しくないようであるな」
ゼトセに頷いて返し、今度はヒザーニャを見る。
「大丈夫か?歩けるか?」
「…っ、なんとか無理やりってところだな…」
顔を歪めるヒザーニャにシンチーが心配そうに寄り添う。
と、そこで獣の咆哮が轟いた。
床に亀裂が走る。
四人は顔を見合わせた。
ピクシーの声が頭上から聞こえる。
『私が計算を終えたところによると、この塔が崩壊する確率は百パーセントです』
一難去ってまた一難と言うところだろうか。