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B.B.Q.E.D.〜焦げても食え〜

☆1話☆
『死にたがりは半生《ハンナマ》を知らざりけり』

 俺の名は馬場久護朗。 自他共に認めるBBQの申し子だ。
 俺の基本装備が薄手の長袖長ズボンである理由は――言うまでもなかろう――傷病の予防だ。海だろうが河辺だろうが自宅だろうが、そこに傷病の危険性が見い出せるのであれば、何としてでも回避せねばならない。BBQは――やはりこれまた言うまでもなく――皆で楽しむものだ。だのに、やれ虫刺されだ、やれ擦りむいた、やれ火傷した……堪ったものか。全てが台無しと言って過言でないばかりか余りある。たかが一回のBBQで、失われる絆を何度となく見てきた俺は、無用心なセッティングで挑む輩を、はっきり言おう。ブッ殺したくなる。日本には素晴らしい風習がある。焼き土下座だ。命燃え尽きるまでの五体投地を経て、管理不備により消し炭になった肉の無念の情を獲得するが良い。ただ日本では、警官でさえ無闇な殺人は許されないので、簡単な説教でその後は経過観察というなめくさった処置が関の山。本質を変えられはしない。
 しかし、だ。結局俺も本当のところは、地球上の皆がバーベキューを楽しめる世界になればいいのにと切に願っている。バーベキューアーたる者の性だろうか、どうにも曲げられないこの“甘さ”を、一つ見過ごされたい所存である。

 夏休み中の今日も今日とてバーベキューの穴場たる山中の沢辺に来ている。沢辺と云えば、急な増水にバーベキューアーが対応できるのかという心配がなされるが、一応ここには避難場所となる高台が点在し、その近辺を拠点とすれば、天候の変化を待った後に行動を始めても余裕があるという奇跡的地形が形成されており、平時には沢での水遊びや釣りさえ楽しめるという、実はここはBBQには中々打ってつけの場所なのである。穴場ならではの使いやすさという考えもあるが、しかして多くの人にお伝えしたいものだと思わず苦悩させる、厄介な名所なのである。
 さて、ここの評判を嗅ぎ付けたのか、BBQ通(今のところはそんな位置付けでよかろう)三人組がおっ始めるようである。天気は快晴そのものBBQ日和、木々を通り抜ける澄んだ風が辺りに行き渡るそこは一段と涼やかで、およそ街中で感じることのない解放感で満ち満ちる。せせらぎを主旋律に近くから遠くから奏でられる鳥の声風の音などの自然音は自分が山の中に居ることを悉く実感させてくれ、それでいて心地好く受け取ることができる。嗚呼、何度来ようと、この場所は山紫水明、心が潤い、あ、そうだ。あの三人はどった。
 見るとなんだか……お前肉焼けだなんだとペチャクチャ言い争っていやがる、おいおいそれは最早「BBQ」の「バ」と発する際の「b」の唇と舌の位置とでも称して差し支えないド頭じゃないか、ちなみに俺の中でのBBQの食材器材の準備という行為はこの「b」にさえ乗れない至極当然の段階。任意の人物が「BBQ」と発音する、その前日に食ったカップ麺の蓋を「半分まで」と印字されているにも関わらずうっかり八割方は開けちゃう『それ』の段階である。
 どうしようもねえ。そんな諦観し尽くした感情をぶら提げ、俺は折角の休みのBBQでグタグダモメる約三人の馬鹿を諫めに馳せ参じた。野郎共、そんなスカした態度で渡れる世の中をありがたく思いやがれ。世が世なら、テメー等のバラ肉をテキサス中に売り捌いて本場仕込みのBBQを御目にかけてやっても構わないが(本場で俺が言われた)仕方ない。直々に俺がルールを教えてやる。
 諍いの声が依然響く。見たところ成人したてホヤホヤの浮き足立った若造か、
 俺が教えてやる。二十八歳がおしえてやる。
「あ、じゃコレ貰うわ」
「ねー、お前肉ばっか食い過ぎな……」
『待て、よく見ろ』三人の中のウルフカットが肉を取ろうとしたのを止めたのは、言うまでもなくこの俺、馬場久護朗であった。
「なんなんだ、あんた……」黙れ素人。言わなきゃ分からんか、
「火が通ってねえ」見さらせとウルフに促し、確認させた。すると聞いて呆れる、そいつは、
「いや、これくらいならイケますよ」イカン、こいつはとんだ死にたがりらしい。
「いいか……『気が狂ったらBBQは“破滅”だ』……これは半生《ハンナマ》で、これを食して死んだ(=中った)奴は数知れない。貴様は経験が浅く、そういう驕った態度でBBQに臨んでいるようだが、向こう見ずはBBQにとって“害悪”でしかなく、つまるところは貴様にBBQを楽しむ資格は」
「もう焼けたろう!食わせろ!」
「待て、火がちゃんと通ったか確かめろ。ポイントは肉汁だ。充分に加熱された肉から出るそれは透き通っている。逆に濁っているなら加熱が足りない。火が通っていない肉を食うとカンピロバクター性胃腸炎、サルモネラ……」
「わ、分かったよ!ほら、どうだ」露骨にイラついている堪え性のないウルフカットは肉汁の審査を乞うた。その焼き加減は合格だが、貴様は不合格だ。
「よかろう」
 ウルフは肉を取る用の箸を使い自分の器に肉を移し(そこは守るんだな、テメーが口を着けた箸なんかで直接取ったりなんかしたら、BBQ永久引退勧告を言葉と物理的暴力1:9で示すつもりであったが、言うまでもなく三人諸ともだ。それこそO−157……)眉間の皺で不満をありありとアピールしながらそれを食った。
「どうだ、俺にアレコレ指図を受けながら食う肉は」
「まあ、いい気はしないっすね」

――――

「んだと貴様ボケがああああああっ!!!!御肉様がそんなんで不味くなる訳ねーだろおおおっっ!!!!!全部テメーの不手際だあああああっ」俺は髪を振り乱し、猛然とウルフにタックルを極め胸座をひっ掴んで五センチは持ち上げた。身長183センチ体重96キロの超健康日本男児にかかれば、相対的にチンケなヒョロいブロッコリースプラウトでしかないウルフなぞ三秒で事足りた。俺のBBQ熱を一身に帯び炸裂した怒声と生唾に憔悴しきったウルフを仕方なく捨てると、残りの二人の男女の内、女が食ってかかった。
「ちょっと!お二人とも一体何があったんですか!!」
「いや…………なんかあの人が…………火が通ってねえって……で、言う通りにしたら…………持ち上げられた……」なんだその説明は?チンピラに絡まれたと言っているようで不愉快だ。
「そのウルフ君はBBQを軽視していた。だから俺が熱くお灸を据えたまでだ。礼には及ばん」
「いや、何が礼だ……なんすかやめてください」 どうした?何を怯える。これか?このあらゆるパッパラパーにも勝てそうな左のグーのことか?はたまた右手のこれか?俺の愛読書にしてBBQの教科書、バーベキューアーのバイブル『段取り良いBBQの食い方』か?去年まさかの絶版を発表して、全米を泣かせた後に五十倍分かりやすい新訂版を出版して、今までのあの言語不自由なクソ旧だバ食いとはなんだったのかと、全米を沈黙させた、その新訂版か?ああ、そっか。ぜってーこれだよな。これさえあれば、予備知識ゼロからでも本格BBQが楽しめるもんな。あげないよ?死んでもあげない。死んでもゾンビになって民間人巻き添えにして襲ってでも絶対奪い返すからな。
「なんかすいませんでした。ウチの大橋が」
「いや、こっちが謝ったら、えっ」
 背を向けて囁くウルフと女。全く、こんな山の中に来てまでオノロケでも展開するのか?どうせ最近の若造共はBBQを『単なる愛を育むイベント』としか思ってないんだろ。怪しからんこと限りなしだ。多分、あれだ。女一人に男二人。逆ハーだ逆ハー。そんで女はこの男二人とまー良いカンケーになりーの、極めつけは、この神秘的とも言うべき山紫水明を背景に、胎内回帰でもしたげなありのままの姿で若さを激しくぶつけたりぶつけられたりぶちこんだりぶちこまれたりする、超開放的大自然非常識狂喜乱舞酒池肉林3P青ックス!!ああもうテメー等一斉に死ねっ!冒涜だよ、んなもん全てへの!!
「リア充爆散……」

「どうしました」クソビッチが親切だろとでも言いたげに接近してきた。お前が一番どうかしているんだよこの中で!見てくれがまあまあ多少良いだけでこうも中身ドロッドロになるか!ヤバいよ!日本!少子化問題とか二分で終結するんじゃないの!あはは、万歳三唱だー、はい、ふざけやがれ!何見てんだよ色情狂!俺の顔に何か着いてるか!?メガネ?ちげーよ!アタッチメントじゃねーよ!メガネなら向こうのウルフ以上のもやしボーイにもぶっ刺さってるじゃないのよ!「なんだ、この南蛮渡来の……」みたいな顔してっけどお前サムライなの!?鯖江ブランドだから!日本シェアナンバーワンの鯖江ブランドだよ!ぶっちゃけ俺はBBQ以外のことにはほぼほぼガサツと言って申し分ないからメガネのことは良く知らないけども……何?メガネじゃないの?あ゛? 『ぶーでー』?誰にどの口が言ったの?その口か?なんか、見れば見る程意識して、視界内でチラチラチラついて、俺の心をグチャグチャに掻き乱す、その唇かよー。ちょっ、ばっ、おま、やめちくりー。じゃねーよ!ねえ!許されないよその妄言!俺だって十八年前にBMIで『普通』と『やや肥満』の半ばを叩き出した健児なん
だからな!運動部より軽いだろうが!文句あるか!!近寄るな淫獣!俺の貞操が、穢され、うん、来るべき刻が来た、と、
 はい。
「あ、いや、はい、このー……この方がね、正しくBBQを楽しめるようにというですね。えと、つきましては皆様方ね、正しくですね、BBQをですね存分に堪能、していただこうというそういう所存で」
「あ、はい」サラッ、
 ………………!!お手本のように冷たくあしらわれ〜、マジかー!!あっさりはっきりフラグポキって、オレキミ交際ムリムーリでござる〜(当初の段階で無理だった)
 いや、フッ切れたんだ。そもそもゼロに等しい可能性を、ライフゲージの1目盛りを、よくぞ吹き消した。

 さあ、お前の真骨頂だ。
 心置きなくBBQを、為せ。

「いや、堪能していただこうじゃねー…………!!」「……」
「……」
「あれ、二人ともどうしたのー、ん?知り合いの人?」

「ブッ堪能殺すッッッ!!!」
「ねえ!誰その人!二人とも!」

 俺の名は馬場久護朗。 自他共に認めるBBQの申し子だ。
 俺の基本装備が薄手の長袖長ズボンである理由は――言うまでもなかろう――死なない為だ。

(☆1話☆了)
 次回、☆2話☆
『働かざる者、食ふ』たかし?お母さんと一緒に職安行こうね。
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