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91話 漆黒の世界

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91話 漆黒の世界





 天空城アルドバランへの攻撃が始まろうとしていた。
 空を自在に浮遊する天空城であるから、まずその捕捉からせねばならなかったが、これはアルフヘイムの探知魔法と、甲皇軍の電探装置の組み合わせによって易々と知ることができた。
 探知魔法においては魔力を放つ物体を捕捉し、電探装置においては金属反応を捕捉し、それぞれ単独では捕捉できる対象が限られていたが、組み合わせることによってより広範囲に対象を探知することができたのである。
「甲皇軍とアルフヘイム軍が協力すれば、これほどのことができるのだから…」
 心強い──第三軍であるSHWのアーベルなどは心底そう感じる。
 ただ、当事者である甲皇軍やアルフヘイム軍の間は、まだまだ緊張がある。やはりまだ戦後五年しか経っていないのだ。心底打ち解け、背中を預け合う間柄になるのは難しい。
「雪の渓谷か」
 探知魔法および電探がさししめしたのは、大陸中心部に位置する険しい山脈の果てにある雪深い渓谷であった。
 渓谷を辿ると、明らかに自然のものではない──誰がいつの時代に作ったのかも不明なトンネルが存在する。
 その周囲は、マウグ(魔封水晶)と呼ばれるものがいくつか生えており、その希少な水晶を採掘しようと数多の冒険者が向かったものの、極寒の雪山であるうえ強力な魔物が出現するというので、開拓は殆ど進んでいない。
 幾つもあるトンネル内部についても迷宮のようになっているものもあるし、すべてのトンネルを踏破した者もおらず、殆ど情報がなかった。だが、何らかの魔力に反応して開く扉があるという事ぐらいは分かっている。
 これほど厳しい自然環境および迷宮のようなトンネルに護られているその先には、何らかの重要な遺跡があるのではと噂もされていたところだ。
 アルドバランは、そこに“着地”しているというのだ。
 これは好機だった。
 浮上していたとすれば、それぞれ空戦力だけで挑まねばならないところである。
 アルフヘイム軍には竜騎士部隊や竜人戦力、甲皇軍には戦闘飛行船があるが、両軍の主戦力はやはり陸上戦力である。アルフヘイム軍には精霊戦士のビビやアリアンナといった強力な戦士がいるし、甲皇軍にはまさに無限のように使える機械兵や銃兵や火砲がある。それにまた、SHWの中核をなすハイランド軍などは刀剣と騎馬をもって戦おうとしているのだ。
 地上にあるアルドバランを攻めるのなら、これらの戦力を余すところなくフルに使えるのだ。
 こちらは全軍合わせて十万にも届こうという大軍勢である。
 雪深い峡谷は細い隘路であり、大軍が進むには適していない。また、誰も辿り着けないような難所であるから、獣神帝もそこを根城に選んだのかもしれないが…。
「だが、そこにきゃつらの油断がある」
「そもそもこんな大軍はいらないのさ」
 息まくのはハイランド軍の面々、ひいてもゴンザである。
 これだけの大軍、そうそうたる顔ぶれである。傭兵としては己がどれだけ目立って活躍できるかで報酬が決まる。敵はせいぜい獣神帝とその一味だけであるというのに、そもそも大げさなのだ。己が手柄を挙げるには、誰よりも先んじなければならない。例え、隘路を進むことになったとしても、先駆けせねばならない。
「行くぞ!」
 先陣を切ったのはハイランドの騎兵集団であった。
 錐のような細長い陣形になるのも厭わず、先頭に立つアーベルとゴンザに率いられたハイランド騎兵らは突き進む。
 程なくして、“ヴァオーン”と叫ぶ魔物の声が轟いた。
「狼か…!?」
 渓谷のあちらこちらに、白く輝く巨体が見えた。人間ほどの体長もあろうかという巨大な狼ミシュルプスであった。野生の狼といえば、アルフヘイム大陸にはダイアウルフと呼ばれる大きなオオカミが出没するが、それでもこれほど大きくはない。骨大陸にも骨狼と呼ばれる毒を持った狼が出現するが、やはり大きな犬程度の大きさであるから…。このミシュルプス、人間の体長ほどとは規格外であった。ダイアウルフよりも、骨狼よりも、遥かに戦闘力で勝っているであろう。
 アーベルが、ゴンザが。
 それぞれ剣を一閃し、襲い掛かるミシュルプスを薙いで行く。
 強いといっても一流の戦士であれば、それほど敵と言えるほどのものではない。
 ただ、数が多かった。
 アーベルやゴンザら精鋭であればまだしも、末端の二流三流の戦士となると手こずってしまうであろうし、まだ先は長いのに消耗戦となるのは避けたい。
「魔導の十三、イフリードの業火!」
 よく通る声だった。
 たちまち巨大な火柱が幾つも誘導弾となって飛んでいき、ミシュルプスの大群を焼き尽くしていった。
 これだけの規模の大魔法を扱えるのは……。
「抜け駆けしようったって、そうはいかないんだからね!」
 精霊戦士ビビが、得意そうな顔で笑顔を見せていた。
 ハイランド軍が突き進むのを黙って見ている彼女ではない。寒さに弱いプレーリードラゴンでは追い付けないからと、走って追い付いてきたのである。
「やれやれ……。しかし、楽はできそうだ」
 大戦中でのビビの規格外の強さを目撃していれば、ゴンザも苦笑するしかなかった。
 が、その笑みもすぐに凍り付いてくる。
 ミシュルプスなどほんの尖兵に過ぎず、魔物の攻撃はそれからも厳しさを増していくのだった。
 ビビ以外にもレドフィンやシャムといったアルフヘイム最強の戦士たちが駆けつけて戦ってくれたが、一騎当千の彼らでさえ苦戦するほどの強敵が次々と現れたのである。
「老体に鞭うってまで来るこたぁなかったんじゃねーのか?」
「何を言うカ。我が身を操ってくれた獣神帝には、落とし前をつけねバ…」
 レドフィンが軽口を叩いてシャムをからかうが、三十年以上前のことながら、シャムは獣神帝によって操られていた過去があり、その清算をせねば気が済まないというのだった。
 激闘の末、彼らは幾つかのトンネルを突破することに成功していた。ハイランド軍の未熟な新兵などは幾人も命を落としてしまっていたが、主力といえる名だたる精鋭らは戦力を維持している。獣神帝のいるアルドバランの姿はまだ見えないが、徐々に近づいているのは確かだった。
 トンネルを閉ざしていた扉というのも、ビビやメラルダら強力な魔力を持つアルフヘイムのエルフらにより、強引に開けていくのにも成功していた。
「我が軍だけではどうしようもなかったところだな」
 これに関しては、SHWのハイランド軍だけでなく、甲皇軍のゲル・グリップたちも認めるところだった。
「いや、あたしたちも、あんたらがいなかったらきつかったよ」
 ビビが言うように、アルフヘイム軍もまた自分たちだけで渓谷やトンネルを突破するのは厳しかったのは確かだった。魔物の中には魔法が通用しない相手もおり、それらは甲皇軍の銃兵や火砲によって粉砕してきたのだった。
 まさに互いに補い合う形で、合同軍は少しづつ協調しながら進むことができていたのである。
 三国協調路線も、夢ではないだろうという雰囲気さえあった。
 ───最後のトンネルまでは。
 



「な、何故だ……!? 何故、裏切るのだ……!??」
 おろおろと狼狽えながら、ハイランド軍の兵士が断末魔を上げ、絶命する。
「ちくしょう、やっぱりエルフなんて信用できなかったんだ!」
 悪態をつき、甲皇軍の兵士は銃弾を装填し、敵に銃口を向けようとする。
「──死ネ」
 だが、それよりも早く。
 ビビの全金属製ハルバードがブーメランのように投擲され、次々と兵士らを血祭りにあげていく。
 シャムが、レドフィンが、メラルダが。
 アルフヘイム軍のそうそうたる顔ぶれの猛者が、無慈悲に殺人機械のようになってハイランド軍と甲皇軍に襲い掛かっていた。
 それは最後のトンネルに入った時だった。
 不意に黒い霧がたちこめたかと思えば、アルフヘイム軍の面々の様子がおかしくなり、突如としてハイランド軍や甲皇軍に対して襲い掛かってきたのである。
 やはりかつての戦争中の敵同士。
 裏切りも想定せねばならなかったのか?
 だが、なぜこのタイミングで……。
 疑問に思う間もなく、襲い掛かるアルフヘイム軍の猛者たち。
 特に、“緋眼”と異名をとる精霊戦士のビビや、“暴火竜”と恐れられた最強の竜人レドフィンらが敵に回った時の恐怖を、甲皇軍の兵士たちは思い出していた。
 大戦中は味方として共に戦ったハイランド軍のゴンザらも、仲間だった時の頼もしさを知っているだけに、余計に恐ろしく感じていた。
 アルドバランへ通じる最後のトンネル。
 その漆黒の世界で、絶望ともいえるほど強大な敵たちが立ちはだかっていた。
 




つづく
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