プロローグ
「驚き、恐怖する亜人どもの顔が見えるようだな」
ホロヴィズはほくそ笑む。
骨の仮面に隠された素顔を見ることはできないが、確かに彼は笑っていた。
ダヴ暦452年。
骨統一真国家・甲皇国のホロヴィズ将軍率いる10万余の大軍船団が、アルフヘイム大陸沿岸各地に上陸を果たそうとしていた。
甲皇国とアルフヘイムの戦争が始まって以来、60年以上。
両国はそれぞれの大陸間での空戦・海戦のみに終始し、陸戦までは至らなかった。
甲皇国は、高い工業力と驚異的な生産速度で、おびただしい軍船や機械兵などをアルフヘイム侵攻に投入してきた。
それでも、アルフヘイム大陸に上陸し、橋頭堡を築くことすらできずにいた。
精霊の加護を得た魔法防壁の元では、軍船や機械兵は機能を阻害され、そこを空中を自在に飛び回る竜人族や空戦魔道師らに狙われてはひとたまりもない。
しかし、魔法防壁とて万能ではない。
それを維持するのはエルフの防壁魔道師達。
彼らを排除すれば、魔法防壁も消える。
「簡単な仕事だったよ」
報酬を受け取るのは甲皇国の女傭兵ラナタだった。
彼女は甲皇国がアルフヘイムに数多く送り出した「子供達」の一人だった。
第三国のSHWを経由して、ラナタ達のような甲皇国の年端もいかない子供達が奴隷としてアルフヘイムに送り込まれていた。
子供達はアルフヘイム国内の隠れ里にて武芸の訓練を受け、SHW所属の傭兵として登録、そしてアルフヘイム陣営に加わると見せかけ…寝返り、防壁魔道師達の多くを殺害したのだった。
実に十数年に及ぶ長い計画の末でのことだ。
送り込まれた甲皇国の子供達の多くは、訓練の過程や、魔道師襲撃の際に死んでいった。
しかし、ラナタだけは生き残って任務を果たした。
「こいつは亜人どもから奪った剣なんだが」
育ての親でもある依頼人に見せびらかすように、血に染まった剣を抜く。
その切っ先は、生きた蛇の舌のようにチロチロと動いている。
「蛇は裏切りの象徴だ。今のあたしにぴったりじゃないか?」
年端もいかない頃にアルフヘイムに送りこまれ、成長した今も戦うことしか知らないラナタ。
剣を玩具のようにして、無邪気に手元で弄ぶ。
ふいに、蛇の舌が伸び、依頼人の体を貫通した。
即死した依頼人を足蹴にし、ラナタは唾を吐く。
「あはははは!……これでようやく、あたしは自由の身だ」
遂に、ラナタは自分を買い戻したのだった。
魔法防壁が発動せず、警戒すらできず、甲皇軍の大軍船団はアルフヘイムに上陸した。
即座に、アルフヘイム大陸海岸線の各所に甲皇軍の橋頭堡が築かれる。
そこへ続々と甲皇国の陸軍が送り込まれる。
だが、大海で隔たれた甲皇国とアルフヘイム間で、大軍勢を賄う糧食や装備を維持するのは難しい。
よって、戦地調達である。
アルフヘイム海岸線にあった村々は、甲皇国の略奪に遭い、次々と消滅した。
その代わりに出現したのが、甲皇軍の要塞群である。
要塞群からは、更にまた甲皇軍の侵略の手が伸びてくる。
半年と経たず、燎原の火の如く、甲皇軍の勢力圏は広がりを見せていた。
アルフヘイム側としては、広大な領地全てを防衛することはできない。
「それでも、甲皇国のような帝国主義国家の横暴を許しては、アルフヘイムひいては世界の破滅だ!」
アルフヘイム軍僧兵長メラルダ・プラチネッラは、激を飛ばす。
彼女の前には、エルフ・ドワーフ・ホビット・竜人などなど。
アルフヘイム国内の亜人勢力の大軍勢が揃っていた。
アルフヘイム側も手をこまねいていた訳ではない。
大陸各地に点在する亜人勢力を取りまとめていたのだ。
亜人達は、人間至上主義を掲げる甲皇国を忌み嫌っている。
普段はそれぞれの種族で争いもするし、決して良好な関係ではないが、対甲皇国となれば団結することもできる。
ただ、それぞれがくせの強い連中ばかりである。
「竜人族がエルフの下で戦うなど…」
竜人族の戦士レドフィンなどがその最たる例だった。
「この俺こそが誇り高き竜人族の末裔にして、アルフヘイム最強の男だ!」
確かに竜人族は強い。レドフィン一人でも何千人というエルフに匹敵する戦力だ。
そんな巨大戦力だが、単独で敵地へ突撃しては、宝の持ち腐れである。
「要は敵のリーダーを倒せば戦争は終わるだろう!?」
目の前に侵攻軍が迫っているというのに、海を飛び越え甲皇国の帝都へ向かうレドフィン。
皇帝クノッヘンを倒そうとしたのだが…。
帝都の防衛は流石に厚かった。
帝都の軍に相応の打撃を与えたが、軍人も民間人も無差別に暴れ回り…。
ただ悪戯に甲皇国の亜人への憎しみを煽ったに過ぎなかった。
レドフィンは重傷を負って逃げ帰ってくる羽目になる。
「あの、脳筋めが…」
メラルダは頭を抱える。
レドフィンの自分勝手な行動により、他の部族達も好き勝手に動き始めてしまう。
結局のところ、彼らは利害が一致するから連携していた。
しかし、既に甲皇軍の侵略に遭っている中で、それぞれの部族がそれぞれの領地の安寧だけを図ろうとした。
亜人達は小規模な部隊に分散してしまい、戦力の集中ができず、散漫な戦いを繰り返してしまう。
そんなものは、統率された甲皇軍の敵ではなかった。
甲皇軍によるアルフヘイム上陸が果たされてから5年が経った。
アルフヘイム側は各地で敗走に次ぐ敗走。
甲皇軍の亜人狩りが横行し、大量の亜人が捕虜とされ、または殺されていった。
人間至上主義たる甲皇国に容赦は無い。
ことここに至り、アルフヘイム側も事態の深刻さに戦慄する。
「もはや、なりふり構っていられないだろう…」
メラルダの呼びかけにより、他の小国家へも参集が呼びかけられた。
甲皇国・アルフヘイム・SHWの三大勢力の、どこにも属さない小国家は数多い。
しかし、そうした小国家も戦争の趨勢を見て、勝ち馬に乗ろうとしていた。
中立を保ち、沈黙を守る小国家が多数派である。
「だが、義はアルフヘイム側にある」
立ち上がったのはゲオルク・フォン・フルンツベルク。
SHW辺境に、まったくの無名の小国があった。
痩せた国土により、国民を食わせることすらままならない。
男は傭兵、女は娼婦となって出稼ぎに行くしかない哀しい国。
ゲオルクはその国の王。
王自ら傭兵となって剣を持つ「傭兵王」である。
彼は、百名にも満たない小規模な軍を率いて、アルフヘイム軍へ参集するのだった…。
つづく