38話 狂戦士お兄ちゃん
(──禁断の……虚無……破滅……!?)
“それ”から読み取れた幾つかの単語の苛烈さに、彼は顔を覆った。
(──いや……これは……まさか、こんな……)
彼、ハルドゥ・アンロームはSHWの古語学者である。アルフヘイム政府に依頼された古代魔術書の解読のため、その魔術書が保管されているボルニアの小さな図書室に招かれていた。
甲皇国との戦争の最前線となっているボルニアは危険だ。解読作業をするにあたり、まだ戦火の及んでいない後方のセントヴェリアなどへ移動すべきではと思われたが、魔術書を他所へ移すことはボルニアを領地とするウッドピクス族により固く禁じられていた。
(それも無理からぬことだ。この魔術書の内容が真実であれば……)
ウッドピクス族がなぜこのボルニアを治めていられたのか。ハルドゥにはその理由が分かった気がした。人がいたから町ができたのではない。魔術書があったからここに町ができたのだ。そして、この恐るべき魔術書や普通の精霊魔法は使えないが、クリスタルを造成して簡単に堅牢な要塞を作ることができるウッドピクス族だからこそ、このボルニアを託されたのだ。魔術書を守るために、彼らは数ある種族の中から選ばれてボルニアを治めてきたのであろう。
(──何者から? そう、恐らくは古代ミシュガルド人から…。そして、魔術書そのものが抑止力となっていた)
百年以上前、かつてアルフヘイム内で起きた内戦──種族間戦争──において、ウッドピクス族は敗れてセントヴェリア周辺の領域をエルフ族に奪われていたが、根拠地としていたボルニア周辺は守り通している。それもこの魔術書を保有することによるものなのだろう。ウッドピクス族を追い出してボルニアを手にした者がいたとしたら、その種族が強大な魔術を使えるようになってしまう。それを避けたいという様々な種族の思惑が、ウッドピクス族がそのままボルニアを領地とすることを許したのだ。現に、ウッドピクス族はアルフヘイムにおいても自治権の強い種族だ。今ではこのボルニアを領地とする独立国家ボルニア公国を名乗り、アイン大公の元で結束を固め、ボルニアに駐屯するエルフ主体のアルフヘイム正規軍とも対等の立場を保っている。
正規軍兵士にはエルフ至上主義に凝り固まったエルフの兵士も多く、中でもサウスエルフ族は悪名高い。弱小種族の村などに駐屯された場合、「サウスエルフ軍に駐留されるか、甲皇国軍に占領されるか選ぶようなものだ」という言い回しもされている。意味は究極の選択である。現在、ボルニアにはシャロフスキー将軍率いるその凶暴なサウスエルフ軍も駐屯しているが、表向き何の問題も起きていないのも、ボルニアとウッドピクス族に手出ししてはならないと考えられているおかげだったのだ。
「……おじさん」
ハルドゥの服の裾を引っ張るほっそりしたエルフの少女がいた。
「……夕御飯の時間だけど…」
「え、あぁ…」
思索に夢中になっていて、随分と時間が経っていたことに気づかなかったようだ。
ハルドゥは図書室の席を立ち、同じ棟内に作られた孤児院へと向かう。
まさか、こんな恐るべき魔術書が保管されている図書室のすぐ傍に孤児院とは。ウッドピクス族は通常の精霊魔法も使えないために、いつしか禁断の魔術書まで顧みられなくなっていったのだろう。故郷を追い出されて疎開してきた孤児達にも本に親しんでもらおうという配慮から、厳重に封印されていたはずの図書室は解放され、孤児たちが自由に入り込めるようになっていた。
ハルドゥに晩御飯だと伝えにきたエルフの少女も、大事そうに魔術関係の本を小脇に抱えていた。
「ええと、レダ…という名前だったか? 君も本が好きなんだな」
「……」
こくこくとレダは首を上下に動かす。
魔術書の解読の傍ら、図書室でいつもハレリアの近くで本を読んでいるレダの姿は目についていた。かなり難解な魔術書も読みこなしているようである。
(確か八歳か九歳ぐらいだったか。ハレリアより少し年下だ。それにしては……)
ハルドゥは感心していた。元からの素質もあるのだろうが頭も良いし、ハレリアよりも落ち着いている。孤児というが、年齢より大人びて見えるのは多くの悲劇に見舞われてきたためだろうか。両親を殺されたショックから口が殆ど聞けなくなったらしいが、ここ一年ほどは周囲の友人たちに恵まれ、相変わらず無口だが少しは話せるようになってきたとのことだ。
「うわー!」
「ビビがおこったー!」
孤児院に入ると、孤児たちを追っかけ回す元気の良いエルフの少女がいた。二つ結びの赤い髪を活発に振り乱し、いわゆるビキニアーマーという露出も多くて目立つ恰好をしている。精霊戦士ヴィヴィアことビビであった。彼女もまたとても幼く、孤児院の少年少女と大して年も変わらない。十三か十四歳ぐらいだが、既に幾つもの戦場を駆け抜け、“緋眼”という渾名までつけられる戦士に成長している。
「あんたら! やることがいちいちネチっこいんだよ!」
だが、戦場を離れると年相応になるらしい。歯をむき出して怒鳴るビビは、少々元気の良いだけの普通の少女のように見える。
「どうかしたのかね? 彼女は」
ハルドゥは、孤児院で孤児たちの面倒を見ているミーシャという人間の女性に声をかける。ごく平凡な娘にしか見えないが、彼女はボルニアに駐留するアルフヘイム軍の総司令官を務めるクラウス将軍の恋人だという。しかもクラウス将軍との子供を身ごもって六か月である。身重の体にも関わらず、人手が足らないからと孤児院の仕事を色々と手伝っているのだ。
「あっ……ハルドゥさん……!」
平凡な娘と言いつつ、けっこう肝っ玉が据わっていると評判の彼女だが、今は妙に狼狽えている。眉毛をハの字にして、困り顔をしている。
「またエルフの子たちが、ハーフエルフの子を虐めていたようで……」
ミーシャの代わりに、その隣にいたハーフエルフの女性が忌々しげに答えた。エタノールという見習いの治癒魔術師で、彼女もミーシャと同じく孤児院を手伝っているのだ。同じハーフエルフの子供が虐められていたことに、非常に腹を立てている。
(種族間の差別か…隔たりは、こんな小さな子供たちにまで影を落としているというのか…)
「あーん、許してよ~ビビ」
「ダメ、許してあげない!」
曲がったことが大嫌いなビビの逆鱗に触れ、エルフの孤児たちは捕まえられてお尻ぺんぺんされている。
ハルドゥは首を傾げた。
ハーフエルフの子供か……恐らく自分が庇護しようとしているリエカのことだろう。彼女は娘のハレリアが面倒を見ていたはずだが、いったいどうしたことか。ビビ同様に正義感が強い娘のことだ、リエカが虐められていたというならビビと一緒になって怒っているはずだ。
「ところで、私の娘を見ませんでしたか?」
「……そう。そのことなんですが……」
ミーシャはハの字にした眉尻を更に下げた。
「───なんですって」
事情を聞いたハルドゥは血相を変えて声を荒げる。
それにミーシャがびくっと体を震わせた。
ハレリア──そしてリエカが、甲皇軍の駐屯地へ…!?
「あなたがたの監督責任ですぞ!」
怒りに任せてハルドゥはミーシャとエタノールをなじった。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
しくしくと泣くミーシャに、ハルドゥは意気を削がれる。
さすがに妊婦にあたったのは拙かった。周囲の子供たちの視線が冷たい…。
「ハルドゥさん! 申し訳ないと思っています。でも、そんなに責めないでください。人手が足りていないんですから……」
そうだった。彼女たちを責めても仕方がない……。
多くの大人たちが甲皇軍との戦いにかまけ、身重のミーシャや治療魔術師としては見習いのエタノールが片手間に孤児たちの面倒を見ているに過ぎないのだ。今回の件もミーシャが大人数の料理の支度で忙しくしている時に起きたのだという。
そもそもハレリアやリエカについては、父親のハルドゥ自身がしっかり見守っておくべきだった。
戦時下のアルフヘイムにハレリアを連れて来たのは、健康そうに見える彼女だが実は人と少し違った特異体質があり、それをアルフヘイムの魔術師に診てもらいたかったからなのだが…やはり誤りであった。
(ガンダラさんに言われた通りだな……)
痛恨の思いで、ハルドゥは傭兵ガンダラに言われたことを思い返していた。
SHWからボルニアに来る行程で、SHWからガンダラという歴戦の傭兵を護衛につけてもらっていたが、その傭兵ガンダラにも──。
「旅行じゃないんだ。なんで子供を連れて来たんだい……護衛対象はあんただけだ。その子は親であるあんたがしっかり守りな。目をはなすんじゃないよ。後悔する事が無い様にね……」
───などと、言われていたというのに…。
ハルドゥは大いに後悔した。このような事態を招いたのは自分自身の責任だ。そのような自分に、ミーシャやエタノールを責める資格などないではないか。
「くっ……どうすれば……」
やり場のない怒りをこらえ、ハルドゥは爪を噛む。
今すぐ娘たちを救い出しに行きたいが、何の武力も持たない自分ではみすみす甲皇軍の兵士に殺されにいくようなものだろう。
「おじさん、あたしに任せておいて」
名乗り出たのはビビだった。
ハルドゥは目を見張ってビビを見つめる。精霊戦士というが、本当にこんな小さな少女が…?
「娘たちを……救い出してくれるのか!?」
「うん。故郷の村、ホタル谷、ボルニアと……。あたしもそうだけど、色んなところで親を亡くした子供たちは増え続けて、逆に子供を亡くした親だっている」
ビビは、かつて故郷の村で袂を分かった獣人ローの顔を思い浮かべた。
「───だからもう、親を亡くした子供も、子供を亡くした親も見たくない。みんなの命はあたしが守るから!」
決然とビビは言い放つ。
何と頼もしく、勇気のある少女──いや、戦士だろうか。
己の不甲斐なさを恥じ入りつつ、ハルドゥは孤児院を飛び出すビビを見送るしかなかった。
「夜更けにこんなトコうろついてるなんざ、化物に食われに行くようなもんだ。敵国のガキ、人間じゃなきゃ見捨ててたぜ」
人を斬った死臭を漂わせ、メゼツは傲岸に言い放つ。
ハレリアを襲おうとしたオークやリザードマンを斬る前にも、何人ものアルフヘイム兵を斬ってきたと思われる。今さっき二人斬っただけにしては強烈な死臭を体にまとわりつかせているのだ。
「うう…わ、私はSHW人である…」
そんなメゼツにたじろぎつつも、ハレリアは答えた。
「SHW人…?」
メゼツにしてみれば、SHW人といえばあのイヤらしいボルトリックの印象しかない。商人の国というが、ごうつくばりな…。この少女ハレリアにしても、いかにも良家のお嬢様という服装だ。
「はっ、そんじゃ礼に金一封出たりすんのか? こんな場所に旅行たぁいい気なもんだ」
皮肉っぽく言うメゼツに対し、ハレリアはまた別の事を考えていた。
(───甲皇国人…。あの駐屯地の兵で間違いはない。なら機会は…今しかない…!)
「……小さい女の子を見かけなかったであるか? そちらの駐屯地に誤って行ったらしい」
「ハァ?」
メゼツは心底呆れてため息をつく。戦場の現実を知らないお花畑な頭だ。アルフヘイム上陸直後の自分を見ているようで不快だった。
「そんなもん…間者と思われて斬り捨てられてら。諦めてさっさと…」
「その子は…リエカは!」
だが、頭がお花畑と思われた少女ハレリアは、必死に食い下がってきた。
「私の妹である。国籍とか、種族とか関係ないのである。私は妹を助けたい! これ以上の理由は私にはいらない。どうかお願い! お願いします!」
(───妹)
メゼツはハレリアの必死な瞳を見つめる。
何の力も持たない弱っちい少女のくせに、その必死さが、やはり少し前の自分に重なる。そして、妹という言葉に…自分を重ね…。
(───メゼツ、あなたもお兄さんね)
優しかった義母トレーネの顔が瞼に浮かんだ。
本国で重傷を負って寝たきりの妹メルタの顔が浮かんだ。
メゼツの表情が和らいでいく……。
「……………チッ」
舌打ちをしつつ、メゼツは剣を背に振り返った。
「死んでたって恨むんじゃねぇぞ」
「え…」
「付いてこい」
「……! あ、あいわかった!」
メゼツの背を追い、ハレリアは嬉しそうに駆けだそうとする。
───どうしても、戦いの狂奔に身を委ねようと思っても、“お兄ちゃん”であることだけは譲れない部分だな。そう、メゼツは自嘲するのだった。
「…! オイ待て」
突然。
何かを感じ取ったメゼツが、片手を突き出してハレリアを遠ざけるような仕草をするので、ハレリアは勢い余ってつんのめり、メゼツに寄りかかりそうになる。
「…ち、もう遅いか。しゃあねぇ。ちょっとつかまってろ」
そう言うや否や、メゼツはハレリアを軽々と持ち上げて肩に乗せた。
「わわわっ!!! な、なんであるか!?」
ハレリアはもう十歳の子供だ。父親に肩車をしてもらったのなんて遠い昔の話。子供といってもそれなりに重いだろうに、なんという馬鹿力だろうか。
「……!」
メゼツの肩に抱きかかえられたことにより、少し高くなったハレリアの視界に、大勢のアルフヘイム兵の姿が見えた。エルフ、ドワーフ、ホビット、ゴブリン、オーク、コボルトなどなど。雑多な種族の兵士たち。その数は数十名にはのぼる。
「おーおー。化物が群がって沸いてきたな」
だが、メゼツはたった一人にも関わらず、ちっとも恐れを知らぬ態度であった。それどころか、敵の出現に嬉しそうですらある。
メゼツの姿を認めたアルフヘイム兵らもまた不敵であった。
「奇襲が見抜かれた?」
「いや、相手は一人…子供を連れているな」
「甲皇国の強化兵か。所詮は付け焼刃だ」
このボルニア周辺は最前線である。
ボルニアを陥落せしめようと甲皇軍は包囲を続けているが、アルフヘイム側も守るばかりではない。こうして小部隊を要塞から出撃させ、闇夜に紛れて甲皇軍駐屯地を夜襲しているのだ。甲皇軍を疲れさせようというクラウス将軍お得意のゲリラ戦法である。アルフヘイム兵といっても所属する部隊はさまざまなので、彼らがクラウス将軍直属の兵かは分からないが、中々場慣れした兵であるのは確かだろう。
「おい」
「え?」
先程まで少し和らいでいたメゼツの表情が愉悦を帯びたものになっていく恐ろしい変化を、ハレリアは目撃する。
今のメゼツは、かつて初陣でエルカイダの黒騎士と相対して萎縮していた未熟者の少年とは明らかに違っていた。様々な経験を経て、ふてぶてしくも頼もしい一人前の男であり……。
「死にたくなきゃ落ちるなよ」
そう、ぼそりと呟くや否や、メゼツは瞳孔を開いてアルフヘイム兵を睨み付けた。三白眼を吊りあがらせ、口角も持ち上げ、満面の笑みを浮かべる。
「雑魚が束になって奇襲だぁ? 笑わせんな! これ位のハンディがなきゃ欠伸が出るぜ。一気にかかって来いよぉ…化物共!」
啖呵を切るメゼツは、すっかり戦いを楽しむ狂戦士と化していた。
「ほざけ!!」
「殺せ!」
「八つ裂きにしてやれ!!」
白兵戦が始まった。
メゼツの挑発に激昂し、アルフヘイム兵らは森の木々を踏みしめ、勢い良く剣や槍を手に襲い掛かる。
対し、メゼツもたった一人にも関わらず、何の恐れも抱かない様子で戦端を開く。
赤。メゼツは赤の世界にいた。それは敵の血の色。あるいは昂る自分の血の色、激突する兵士どもの殺気の色でもあった。
槍。剣。頬をかすめる。だが当たらない。
メゼツには敵の動きがまるで止まっているかのように見えていた。
(のろま共め!)
メゼツは心の中で敵を馬鹿にした。侮っている訳ではないが、恐れを抱くことはまったくない。
胸の魔紋が煌々と光っていた。
それがセンサーのように働き、メゼツに危険を察知させるのだ。
オーク兵が矛槍を突き出す。だがそれより早く、メゼツは距離を詰めてそのオーク兵の喉笛を突いた。肉が熟れたザクロのように裂け、メゼツの狂気に歪んだ顔に血飛沫を飛ばす。
その血の一滴一滴の赤を、メゼツは瞬きもせずに見ていた。
(───や…やっぱり、甲皇国人、怖いである…!)
ハレリアは、そんな狂戦士メゼツを空恐ろしく感じつつも…。
(でも…強い!)
たった一人で多勢のアルフヘイム兵らを物ともしない彼の強さに目を見張る。
「おらぁ!」
メゼツは吠えた。魔紋が光る。右から殺気が伝わり、彼は顔をそちらへ向けることなく、さっと刃の先を返した。手ごたえが感じられると、視界の中を肉の塊がゆっくりと倒れていった。
(───人間とは思えない。これが、強化兵…?)
圧倒的である。メゼツには戦場のすべてが見えているかのようで、多勢のアルフヘイム兵が死角から襲い掛かろうとしても、背中に目がついているかのような動きで敵の攻撃は回避し、返す刃であっさりと敵を葬るのだ。また、常人の筋力や俊敏さを遥かに凌駕していた。
数十人もいた敵が、みるみるうちに数を減らしていき…。
「ば…化物…がっ」
最後のアルフヘイム兵も断末魔をあげ、屍を森に晒した。
やがて、彼らはアルフヘイムの大地の肥やしになるであろう。
「退治…完了、っと♪」
心底楽し気にメゼツは笑った。その目は細められ、戦いと死と血の色に陶酔しているかのようであった。
森に平静が訪れる。無数の無残な屍が晒されており、猛烈な死臭が漂っている…。
「うっ……」
見慣れない光景と嗅ぎなれない臭いに、ハレリアは限界だった。
うげろげろげろげろぉおおお。
「ハァ!? おま、ガキ! ふざけん…」
肩の上でゲロを吐かれ、メゼツは怒りの声をあげるが…。
「? おい、大丈夫か? おーい!」
ゲロを撒き散らしながら、ハレリアは気絶していた。
「やれやれ…迷惑なガキだ」
肩をすくめつつも、メゼツは穏やかに笑う。先程までとは打って変わり、優し気な目の“お兄ちゃん”に戻っていた。
───甲皇軍駐屯地。
一方その頃、ハーフエルフの少女リエカは恐ろしい光景を目の当たりにしていた。
第三軍ハゲワシ中隊が補給基地と言って訪れたのは…ボルニア周辺の地元民の小さな山村であった。そこはすっかり滅ぼされており、今では甲皇軍が村中の家々にたむろし、村の女を凌辱し、略奪した食料を貪っていたのだ。
「ひ……」
哀れなリエカは、その凄惨な光景に言葉も出ない。
「……お前も運が悪いな」
怯えるリエカの傍らには、メゼツ小隊のヨハン兵長。同僚のウォルト二等兵が保護したというリエカを預けられ、しかるべき場所へ連れていかねばならなかった。
「まぁ、恨み言なら…こんな無意味な戦争おっぱじめた上の連中に言ってくれ」
ヨハンに連れられて、リエカはとある民家に押し込められた。そこにはリエカのような捕虜となった亜人たちが大勢おり──ハゲワシ中隊の兵士らもいて──ならずどもはいきなり入ってきたヨハンに意も介さず、凌辱行為が続けられていた。
「ここで亜人がどうなるかなんてのは…いくらガキでも想像つくだろ」
嫌悪の表情を滲ませつつも、ヨハンにはどうすることもできない。ハゲワシ中隊とは行動を共にしているし、ヨハン自身が略奪や凌辱などの行為を厭っていても、ハゲワシ中隊がそれをするのを止めることはできないし、止める気もない。
「…ごめんなさい…ごめんなさい…」
そしてリエカは、ハーフエルフということで虐められていた孤児院での暴力など、しょせんは子供同士のままごとに過ぎなかったと思い知る。虐めなどというレベルは遥かに超え…拷問と何ら変わらない暴力の嵐。その暴風の中で、無力なリエカはただ首を低くし、震えていることしかできなかった。
つづく