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53話 女の戦い

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53話 女の戦い





 アリューザーボルニア間に築かれたバーンブリッツ街道。
 甲皇軍のスズカ・バーンブリッツ参謀が整備したその街道は、港町のアリューザに上陸した甲皇軍の兵士や補給物資を潤滑に大陸各所へ輸送するのに使われてきた。
 街道の要所には、ボルニアのような大都市要塞に比べれば要塞とは名ばかりの、防壁と物見台と兵の詰め所があるだけの──小要塞が幾つか築かれている。
 黒仮面を被ったクラウスことサイファと、僅かな──親衛隊一千名の中から選ばれた百名足らずの兵がその小要塞に立てこもっている。
 この捨て石となる部隊には決死の覚悟が求められる。ゆえに選抜はまず志願制とされた。本当は、百名よりももっと多くの者が志願していた。エルフ、人間、獣人。様々な種族で成り立つ親衛隊だが、みなクラウスのためなら命を投げ出しても惜しくないと考えているのだ。多くの志願者から百名を選ぶのは難しい判断だったが、最終的には部隊を率いることとなるサイファが時間もないのでざっくりと数十名づつ面接をして決めていった。
「死ぬ覚悟ならみながある。あともう一つだけ聞きたい」
「はい、何でしょうか?」
「お前たちは処女か? 男性経験は?」
「えっ……!?」
 戸惑いを見せる志願者たちに、サイファは冷たく突き放すように作戦内容について説明するのだった。
 顔を真っ赤にして飛び出していく者が相次ぎ、結局定員となる百名に僅かに満たない数が小要塞に立てこもることとなった。
(───丙武という男だが……)
 面接が始まる前に、アメティスタと話していたことをサイファは思い出す。
「義手と義足をつけた五体不満足な体のくせに、略奪や強姦が大好きな甲皇軍らしい軍人のようだ。その部下も同様に。アリューザからここに至るまでの道中でも、近隣の小さな村にまで略奪の手を伸ばしているという報告があった。士気旺盛で五体満足の兵士が五千も揃っているのに、追撃する速度がやけにゆっくりだったのはそのためだ。ユリウス軍団と歩調を合わせ、我々を挟撃するためにゆっくり行軍していたというのもあるだろうが…」
 その言葉を聞きながら、サイファは不敵に笑う。
「……サイファ、考え直す気は」
 辛そうに、アメティスタは目を潤ませながら顔を伏せていた。
「アメティ、戦場では良くあることじゃない?」
 アメティスタと最後に別れるその時まで、サイファは穏やかな笑顔を絶やさなかった。



 さすがの丙武軍団も三日三晩も連戦を続けては疲労がたまる。
 小要塞を目前にして夜営をしていた。
 翌朝には小要塞も粉砕し、ユリウス軍団と共にアルフヘイム軍を挟撃するつもりだ。
 その決戦の前に英気を養おうと、僅かばかりの食料と水で休息を取っていた。
「ちっ……豊穣の地アルフヘイムに来たというのに、またジャガイモが少し入っただけのスープかよ」
「仕方ないだろう。戦線が伸び切っているんだ。輜重部隊は遥か後方。飢えをしのげるだけマシってもんさ」
「でも味気ねぇよな…」
「ああ! それに食い物はともかく、女がなぁ」
「この辺に住んでる獣人どもはちょっとなぁ。毛むくじゃらで獣姦してるみたいで気持ち悪ぃや。やっぱりエルフか人間の女がいいよな」
「ま~ん(笑)ぷにぷに肉球やケモアナルこそ至高だろ? しっこ」
「俺は妖精で遊びたい」
「…で、でもエルフなんて…。敵の兵隊にはいたけど、その辺の村にはいねぇしなぁ」
「それによしんばエルフの女を手に入れても、上官どもが独り占めしちまうんだよなー」
 クンニバルの第三軍と同じように、略奪や強姦が大好きな丙武軍団の兵士たちだが、アリューザからここに至るまでの戦いでは僅かしか獲物にありつけていなかった。彼らの胃袋はとても飢えており、金玉袋は欲求不満でパンパンに膨れ上がっていた。
 兵士たちは不満を漏らしつつもどうすることもできず、僅かな食事を終えると、悶々としながら眠りにつこうとしていた。せめて睡眠だけでも取っておかねば明日は戦えないだろうから。
 ……と、そんな彼らの元に、かぐわしい匂いが漂ってくる。
 これは…? まさか肉を焼く匂い?
 おお…この芳醇な香りは…! ワインか、ビールか!?
 それに、それに……ああ! 女の声だ!
 もう我慢ができなかった。甲皇軍の兵士たちは眠るのも忘れ、次々と蜜を求めるミツバチのように、匂いのする方へ引き寄せられていく。森をかき分けたその先から匂いは漂ってきていた。
「うふふ、うふふ……」
 まるで現実味がない光景がそこにあった。
 穏やかに笑う全裸のエルフや獣人の女たちが、何かの肉を焼きながら、酒宴を開いていたのだ。酒樽が何百とあった。小さな泉があったが、そこに惜しげもなくワインが注がれて赤く濁っていた。酒の泉になっているのだ。その泉の周りで、大量の、それこそ何百人分もあろうかという調理済みの肉が大皿に盛られて食欲をそそる香ばしい匂いを放っていた。全裸の女たちは、色とりどりの肌の色で、金髪や茶髪や黒髪、大小様々なおっぱいやお尻。年齢層はバラバラだが皆若い。中にはあどけない顔の少女だっている。彼女らはみな一様に、荒くれの兵士たちを見ても恐れる様子もない。たわわなおっぱいを惜しげもなく晒したまま隠そうともしない。どこか恍惚とした笑みを浮かべている。それが良い香りのするかがり火も焚かれ、こうこうと照らされているのだ。
 それはまさに酒池肉林。桃源郷のような光景だった。
「うおおお!シコ!」
 歓喜する甲皇軍の兵士たちは、ただのケダモノと化し、目の前の獲物に飛びついていく。
「あばばばば、幻じゃない。これは幻なんかじゃないぞお!!」
 最初、アルフヘイムの魔導士が使った幻術か何かだと思っていた兵士もいた。
 だが違う。確かに今掴んでいるおっぱいには張りがあって柔らかい。現実だ。
「うははは、ははははは!」
 笑いながら酒を飲む。全裸の女たちが微笑みながら酌をする。得体の知れない者たちが注いだ酒だというのに、兵士たちは何の疑いも無く飲んでいく。輜重隊が到着していればビールぐらいは飲めただろうが、ここ最近はずっと飲み水にも不足するありさまで、兵士たちは喉も乾ききっていたのだ。
「旨い、旨い! こんな旨い肉は初めてだ!」
 がつがつと肉を食べていく。ずっとジャガイモのスープや、野菜くずが少し入っただけの粥だった。肉なんて貧しい甲皇国ではろくに手に入らない高級品だ。生まれて初めて肉を食べたという兵士だっていた。
「君可愛いねぇ、名前は何ていうのぉ???」
 デレデレとしながら、兵士たちは女を抱いていく。最初は力づくで無理矢理犯そうとしたが、むしろ女たちは好色な笑みを浮かべて積極的に兵士たちの鎧を剥いで男根を招き入れようとしてくるので、自然と合意の元に男女の営みを楽しむことができた。
「結婚しよう! 俺の子供を産んでくれぇ!」
 そう叫びながら女の膣に精液を注ぎ込んでいく者もいた。
 さすがにその台詞を聞いた周りの兵士がげらげらと笑っている。
 どうにも淫靡な気分になってしまっていた。視覚的にも全裸の女たちが誘っているのだからそういう気分になっても仕方ないが、この池の周り全体にピンク色のモヤがかかっていて、それがセックスモンスターとして知られるローパーの粘液から発せられる催淫剤に似ていた。かがり火にその類の何かが混ぜられているようだった。
「お前たちは何者なんだ。どうして歓迎してくれるんだ?」
 冷静にそう問いただす兵士もいないわけでもなかったが…。
「うふふ。いいじゃない。あたしたち、逞しい兵隊さんが好きなのよ」
 と、そんなことを言いながら女たちは微笑みながら抱きついてくる。ピンク色のモヤを嗅いでいやらしい気分になっていることもあって、軽くほだされ、どうでもよくなってくる。
「この酒、大丈夫なのか?」
 酒や肉にも毒が入っていないか慎重に確かめてくる兵士もいたが…。疑わずに飲んでいる者が何ともない様子だし、毒が入っていないことが分かれば、やはり飢えに負けて酒や肉を食らうのだった。
 結局、その宴は夜が明けるまでずっと続き……。
 ───夜が明けると、全裸の女たちは跡形もなく消えていた。
「うう~む……」
 二日酔いの兵士たちが頭をずきずきとさせながら困惑した顔で起き上がる。
「あれは……夢だったのか……?」
 いや、違う。確かに腹は満たされているし、この酔いは確かだし、女を抱いて精を放った疲労感があった。
 それに、かなりの数の兵士が酔い潰れているのか、起き上がれないでいた。
 やはり、あの酒に何かが混ぜられていたのか。すぐ死んでしまうような毒でなくとも、遅効性の悪酔いしてしまうような何かが。酒に強い者でも酷い二日酔いになっていた。酒に弱い者などは、えんえんと嘔吐を繰り返している。
 遠くで起床の鐘が鳴った。
「ああ…そうか…戦争か」
「ちっ、面倒くせぇ…」
 急速に現実に引き戻され、兵士たちはよろめきながら自分たちの隊へと戻っていく……。
 幾人かの仲間は倒れたままだったが、呆けた状態の兵士が気づくことはなかった。



「さぁ、みんな! 戦争の時間だよ!」
 黒仮面を被ったサイファの激に、小要塞の親衛隊は士気旺盛に歓声をあげた。
「アルフヘイム軍ばんざーい!!!」
「クラウス! クラウス!」
 サイファは巧妙に音響魔法を使っていた。百名足らずの女が叫んでいるようには聞こえない。女だけの声では怪しまれると考え、魔法でオークやオウガ族の野生溢れる男たちの声に変え、それを大音量へと増幅させていたのだ。おかげで万を超えるアルフヘイム軍が、まだその小要塞にいるかのように聞こえていた。これほどの歓声だ。丙武軍団も、まだそこにクラウスがいるものと誤認させるに十分であった。
 がいんがいんがいん……。
 大音量の歓声が二日酔いの甲皇軍の兵士たちの頭に響き、みっともなく嘔吐していた。
「何てザマだ」
 丙武は忌々し気に呟く。
 昨晩の騒動には、丙武や上級士官らは加わっていなかった。彼らは自分たちの天幕でそれぞれ肉や女を独占して楽しんでいたので、あのような怪しげな宴に参加する必要はなかったのだ。
「おい。妙に兵の数が少ないじゃねぇか。一体どうしたってんだ」
「……そ、それが」
 血走った目で怒りをあらわにする丙武に、兵士たちは昨晩の醜態についてしどろもどろになりながら語る。一通り顛末を知った丙武は、みるみるうちに怒りで頭の血管をぴくぴくと怒張させ、報告した部下を義手で殴り飛ばす。その兵士は顎が外れるかと思うほどの打撃を受けて吹っ飛ばされた。
「馬鹿野郎! そんなもん、敵の罠に決まっているじゃねぇか!」
「で、ですよねぇ…」
 二日酔いでフラフラになっているだけの兵士はまだましだった。あの宴にまんまと引っかかってそのまま朝に目覚める前に首を掻き切られている兵士も少なからずいた。さすがに宴に参加した兵士が全滅というほどではなかったが、少なくない数の兵士が殺されていた。とんでもない失態である。
 宴を仕掛けたサイファたちも、引っかかった兵士たちをすべて殺してしまいたかったが、警戒されないように武器は持たずに全裸で来ていたし、余り殺し過ぎると兵士たちが目覚めて逆襲されると恐れて程々に殺すだけにしていたのだった。どうせ、酔っぱらった兵士は二日酔いで使い物にならない。
「甲皇軍の豚どもめ! 来るなら来い! 返り討ちにしてやる!」
「玉無しの租チンどもがー!」
 小要塞の方からは、どっと笑い声も起きている。昨晩の宴を仕掛けたのは自分たちだとほのめかしているのだろう。
「……とんだアバズレどもだな」
 忌々し気に呟き、丙武は凶暴に目を血走らせる。
「ちっ、この俺のぜつりん勃起を見せつけてやるしかねぇな…。国じゃ五人ぐらいの女を一度に相手するぐらいだったんだぜ」
「大佐。それは…」
「冗談だ」
 と、怒りで我を忘れそうになりつつも、丙武は冷静に敵を分析する。
 おかしい。あんな小さな要塞に何千何万もたてこもっているとは思えないが…。もしまだ大勢の敵がいるというなら、正面から要塞に攻め込むのは得策ではない。残念ながら重装備の砲兵部隊や装甲兵らは足が遅くてまだ前線に到着していない。使えるのは足の速い騎兵と、軽装の歩兵部隊だけだ。そして要塞攻略となれば騎兵は使えず、歩兵でごり押ししていくしかない。となれば、どの歩兵部隊から向かわせるかだ。最初に要塞へ攻撃をしかける部隊は最も犠牲が大きくなるだろう。酔っぱらってフラフラになってるような連中は使い物にならんし、酔っぱらっていない部隊では───。
「……ふん」
 ちらりと後方に控えるメゼツを見る。
 まだこいつを投入するのは早いか。一応、丙家の御曹司だしな。こいつをいきなり投入して死なせでもしたら俺の出世に響いてしまう。となれば──。
「おい、ヴァルグランデ」
 丙武に呼ばれ、全身鎧に身を包んだ長身の戦士が前に出る。上官の前でも兜を脱がず、ある種尊大な雰囲気さえ漂わせている。
(……なんだこいつは)
 ヴァルグランデを見て、メゼツはちょっと不気味なものを感じた。
 かつて精霊戦士のビビと戦った彼だからこそ思うことだが、ビビからは溢れんばかりのエネルギーを感じ取ることができた。あれは精霊の加護があったからそう感じられたのかもしれないが、それだけではなく生命力そのもののような、瑞々しく溌溂としたものだった。
 だが、目の前にいるヴァルグランデからは、ビビとは正反対に…。
(こいつ、人間か?)
 と、感じるほど生きている気配がしない。一方で、禍々しさだけを感じる。エネルギーが感じられないから大したことがないのかと思えばそうではなく、もし戦えばただで済みそうにはないという危険さだけは感じ取れる。
「小さな要塞だ。そう大勢いるとは思えねぇが…。まだ動けそうな兵を率いて攻めろ」
「御意」
 無機質な声で、ヴァルグランデは返事をする。
 彼はたまたま宴に参加していなかった五百余りの歩兵を率い、小要塞へと進軍することとなる。
「やれやれ、敵の女どもとヤッて腰が抜けちまった連中の代わりに戦えってのか」
「やってらんねぇなぁ」
 だが、その五百余りの兵たちはまったくやる気がなかった。自分たちだけが女とやれず、代わりに戦えと言われてはそうもなる。
「くさるなくさるな」
「あの小要塞にも女兵士がいるだろう」
「さっさと片付けて、後はお楽しみといこうじゃねぇか」
 ただ、ベテラン兵がそう言って諭してくるので、少しはやる気を取り戻して進軍していくのだった。



「皆、覚悟を決めろ。ここで戦え。ここで死ね」
 自分たちの五倍以上の敵が押し寄せてくるのを見て、サイファはいよいよこれで終わりだと覚悟を決めていた。
 やれるだけのことはやった。さすがに五千の敵の半数近くはまだ前線に到着していなかったらしく、あの宴に引っかかったのも千かそこらの兵だったが、その殆どが行動不能に陥っている。迫りくる五百余りの兵にしてもようやっと動けるのがあれだけということだろう。こちらは百足らずだが小要塞の地の利を活かしてぎりぎりまで粘れば、今日と明日ぐらいまでは持ちこたえられるかもしれない。
「…それにしても、盛大な宴でしたね」
 親衛隊の女兵士がぼつりと呟いた。
「いやーあいつらがっつくがっつく。一人で十人も相手するとこっちも疲れるねぇ」
「乱暴だし、女の扱いを知らない男ばかりだったね。多分、童貞ばっかよあいつら」
「あはは、違いない」
「まぁ、ちょっと殺すのが惜しいぐらいのハンサムもいたけどねぇ」
「あ、それいいなぁ。あたしの相手は大体キモイのばっかりだった」
「でもどのナニも大きさは人間サイズだったね。オークよりは小さいから余裕っしょ」
「ちょっとあんた! オークの相手したことあるの!? 詳しく聞かせなさいよ!」
「ギャハハハ」
 女ばかりが集まれば姦しい。
 死が目前に迫っているというのに、いやだからこそか女たちは減らず口を叩く。
「……また、犯されるのかな」
 不安そうに呟く、まだ幼い少女兵士もいた。
「何言ってるの。すぐ殺されるより、犯されてた方がいいのよ。その方が時間稼ぎになるじゃない」
「ええっーー……」
 何とも凄まじい話に、少女兵士は唖然としてしまう。
「大丈夫よ。輪姦されるぐらい、どうってことないわ」
 悟りきった表情で、別の女が呟く。
「クラウスのことを想っていれば、ね?」
「そうね」
「ああ」
「あんな短小包茎どもなんて、スカートでもめくって煽ってやればいい」
「で、今度は入れられる前に、金玉蹴り飛ばして潰してやるのさ」
「怖くない。死ぬ時はみんな一緒よ!」
 女たちが覚悟を決めていく。
「よし、行くぞみんな! クラウス親衛隊の名に恥じぬ戦いをするぞ!」
 剣を高々と掲げ、サイファが激を飛ばした。









 ───その小要塞に甲皇軍の旗が掲げられるまで、三日を要した。









つづく
64

後藤健二 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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