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5話 迫りくる脅威

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5話 迫りくる脅威







 ゲオルク軍による兎人族兵の撤退援護の任務は滞りなく終了した。
 多少戦力を増強したとはいえ、僅か100名余りのゲオルク軍では5千の丙武軍団とは正面からぶつかるのは不可能だ。
 生き延びた兎人族兵も数多いので、セントヴェリアで再編成後、また北方へ出征がなされるであろう。
 セントヴェリアに帰還したゲオルクは、その北方戦線の軍に加われるよう、再度ヴェリア城を訪れていた。
(今度こそ、ダート・スタンに掛け合い、正規軍に加わらねば)
 決意も新たに、ヴェリア城に踏み込むゲオルク。
 城の警備隊長ヤーヒムがそのゲオルクの姿を認めるが、耳をピクピクとさせただけで、ゲオルクが通り過ぎるのを黙殺した。
 兎人族撤退援護という任務を果たしたことは、ヤーヒムの耳にも届いている。
 最早、人間ごときと馬鹿にできないが、ゲオルクを褒め称えるのも面白くないのだった。
 その頑なな態度が諸民族の結集を阻むとしても。
(何故、理解できんのだ)
 ゲオルクは嘆息し、城内へ進む。
 噂によれば、甲皇軍主力と対峙している西方戦線でも苦戦が続いているという。
 クラウス将軍の活躍は目覚しいものの、少し前にゲオルクと一悶着あった女エルフのみで構成された傭兵団ペンシルズが西方戦線で突出して包囲され、何人もの女エルフ兵が捕虜とされたらしい。
 甲皇軍の捕虜となった女エルフは、性奴隷にされたり、何か怪しげな生体実験の素体とされているらしい。
 あの頼りない女傭兵クルトガなどが上位メンバーというのだから、ペンシルズの実力もお察しというものだろう。
(そのような事態を招いたのも、エルフだけで戦いに勝とうとするからだ)
 他の部族の協力を得ていれば、そのような事にはならなかったかもしれないのに…。
 思索に耽りながら歩いていると、例のミスリルの部屋まですぐだった。
「ゲオルク・フォン・フルンツベルク。仕った」
 ひんやりとした空気。
 だが、前と違って仄かに甘い香りが混じる。
「────ですからっ! 何故、援軍を出してくださらないのですか!」
 耳心地の良い少女の声が響いた。
 眼鏡をかけ、腰まで伸びた銀髪も艶やかで、鮮やかな紫のマントに薄手の銀鎧を華麗に身に着けている。理知的な雰囲気を持ったエルフの少女騎士だった。
「戦況は逼迫しておる。アルフヘイムには他国に構っている余裕などないのだ」
「その通り。北方戦線においては我々もできる限りの事を尽くした。貴国への義理はそれで果たしたであろう」
「今更、フローリアなどという小国を救ったところで、我がアルフヘイムに何の得があるというのかね?」
 言うまでもなく、対するはラギルゥー族である。
 鉄面皮かと思わせる冷たい表情で、陳情を繰り返す少女を見下ろしている。
「フローリアは…!」
 唇を噛みしめ、涙をこらえ、尚も少女騎士は訴える。
「美しい花々が咲き誇り、豊かな農地からの収穫があり、アルフヘイムからの庇護を受ける代わりに多くの麦、果実、香水などを納めてきました。それはこのような時に守って頂く為だったのではないのですか!?」
 しん、と静寂が支配する。
 最早ラギルゥー族は返事もせず、ただ冷たい眼差しを向けるのみだった。
 少女騎士は屈辱と怒りの余り、腰の剣に手をかけそうになる。
「ジィータ・リブロースどの」
 ゲオルクが声をかける。
「……っ。あ、あなたは」
「久しいな。ハイランドのゲオルクだ」
 SHW大陸にある小国ハイランド。
 非常に貧しいという、ゲオルクの国である。痩せた土地に何とか農地を開墾しようと、フローリアから様々な援助を受けていた縁がある。それで少しだけ収穫量は上がったものの、アルフヘイムの土地だからこそ豊かな収穫を得られる穀物や植物は、ハイランドでは中々思うような成果はあげられなかった。
「傭兵王。あなたがアルフヘイムの力になりにきたというのは本当だったのですね…」
 ジィータは思いつめた表情で、ゲオルクの胸にすがる。
 巨体のゲオルクの胸元に、ジィータの頭がこつんと当たる。
 ゲオルクは小さな花を摘むように丁重にジィータの肩を抱くと、小刻みに震えていた。
「お願いします。助けてください。どうか、どうかフローリアを────」
「無論だ」
 ゲオルクは即答した。
「アルフヘイムの傭兵ゲオルクではなく、ハイランドの王ゲオルクとして」
 ゲオルクは長剣を抜く。
「アルフヘイムの腰抜けどもに代わり!」
 ゲオルクは床に向け、長剣を振り下ろした。
 斬撃によりミスリルでできた床に大きな亀裂が入り、それはラギルゥー族の足元にまで及んだ。
「……!!」
 余りの迫力に、ラギルゥー族が青ざめている。
「義によって、助太刀致そう」
 ゲオルクは、ラギルゥー族を一睨みし、その場を後にした。






 一方その頃。
「おっ、殺ってるね♪」
 丙武大佐がにこやかに義手の右手を掲げると、部下達はオークの叉焼をあてに酒盛りしていた手を止める。右肘をピンと立てて敬礼をしつつも口の中では叉焼を頬張って咀嚼している。和気藹々というか緩んだ空気である。
「大佐殿も一杯殺っていかれますか?」
「いや、俺はもう満腹さ」
 丙武は義足の歩を進める。
 ガシャン、ガシャン。
 およそ人間の足音とは思えない機械音。
 丙武は両手両足を一度失い、それら全てを機械の義手・義足に取り替えている。細身の肉体にも関わらず体重は100キロ近い。革靴が磨り減るのが早いのが最近の悩みの種である。
「ふんふん…♪」
 まだ生身のままの鼻腔をくすぐるのはオークが焼けた旨そうな臭いだけ。
 生きたオークの獣臭さなど不快なだけだ。
「良い亜人は死んだ亜人だけだ」
 周辺10キロ半径の亜人は全て狩り尽くしただろうか。
 念入りに亜人が潜んでいそうな粗末な穴倉は焼き払い、木々は全て切り倒してきた。奇襲攻撃も難しいはずだ。
 野営地は戦利品で溢れかえっている。
 まず木材。甲皇国は過度な工業化の為に自然がほぼ消滅しかかっている。アルフヘイムの木材は高く売れるのだ。
 捕虜のエルフ。見目麗しいエルフは人身売買市場で高値で取引される。SHWの奴隷商人ボルトリックによれば、エルフ1匹に対し、人間10人以上の価値らしい。
「殺るだけじゃなく、犯ってもいます!」
 丙武の部下がにこやかに敬礼する。下半身裸で。股間の先にはひざまづいて泣き咽ぶ裸の女エルフ。
「結構結構♪」
 クソ耳長の方が人間より価値が高いとは気に食わないものの、性奴隷や実験体としての付加価値は丙武も否定できない。
 精霊魔法を使役できる魔道士はエルフに多く、そうしたエルフを素体にした機械兵の開発が進んでいるという。
(亜人に亜人を殺させるなんて中々気のきいた発想だ)
 丙武は、その考えにも賛同だし金にもなるからと、積極的にエルフは捕虜としていた。
 それに比べると、オークや兎人族などは売ってもはした金にしかならない。
 ただ、食材としての価値は高い。
 エルフなど痩せてろくに肉もついてないから食えたものではないが、脂肪分が多くて丸々と太ったオークや兎人族は実に美味である。
 オークの叉焼や酢豚は、今や丙武軍団では定番野戦食となっている。
 兎人族を野趣溢れる丸焼きにしたジビエも人気が高い。
 よって性欲より食欲という兵士達は、エルフよりもオークや兎人族を狩るのを好んでいる。
 だが、丙武自身は四肢が機械の体となって以来、性欲も食欲も乏しい。
 あるのは殺戮欲だけである。
 オークの肉を食べたいとは思わないが、幻肢痛の一種か、定期的にオークの油をささなければ機械の義手が痒みでたまらなくなる。
「少佐、いや今は大佐か」
 声をかけられ、丙武は足を止める。
「やぁ、メゼツ君じゃないか。どうかしたかね?」
 柔和な笑顔。丙武の眼鏡の奥の目は、狂気を孕みつつも、親愛の情に満ちている。
「斥候の報告だ」
 メゼツはまだ少年の面影を残した若い少尉である。巨大な剣を肩に抱え、兵士と共に最前線で戦う突撃部隊長を任命されている。
「この先は、厳密に言えばアルフヘイム領内ではなく、フローリアとかいうアルフヘイムの衛星国家になるそうだ」
「ほう」
「農業が盛んな国で、一応、我が甲皇国とは敵対していない中立国になる」
「それで?」
「ただ、甲皇軍から逃れてきたアルフヘイムの難民を受け入れているようだ」
「んっ!」
 丙武の眼がカッと光ったような気がした。瞳孔が開ききっている。
「皆殺しだねっ☆」
 実に清々しい笑顔だった。
「……まったく、敵にだけは回したくない人だな。いや、鬼か」
 呆れつつ、メゼツは憎まれ口を叩く。
「だがまぁ、農業が盛んな国か。妹の体を癒す薬草などもあるかもしれねぇ…」
 5年前に甲皇国本国を襲った竜人族レドフィンにより、メゼツの異母妹メルタは重傷を負ってしまい、何とか一命は取り留めたものの、一生寝たきりの生活を送るしかないかもしれないと言われている。
「妹の為なら俺はどんな非道でもやってのけるぜ」
 妹を溺愛しているメゼツ。
「亜人…いや、奴らは人ですらねぇ。化物どもを匿う国なんざ中立だろうか知ったことじゃねぇ」
「その通りだ。メゼツ君もよく分かってきたようだ。お兄ちゃん嬉しいぞ☆」
「……お、おう」
 二人とも丙家出身で遠縁にあたる。
 甲皇国は、アルフヘイム侵攻を推進するタカ派の丙家、和平しようとするハト派の乙家がある。
 もっとも、乙家も別に心の底からお花畑の平和主義者という訳ではなく、単に国益を考えて戦争はやめた方がいいと言っているに過ぎない。噂に過ぎないが、アルフヘイムの貴族らと内通し、売国的な取引にも手を染めているとも言われている。
 それはともかく、丙武は名前の通りの丙家一族で、といっても末流になる。
 メゼツは丙家本流のホロヴィズ将軍の実子であり、軍での地位は少尉に過ぎないので大佐である丙武は上官にあたるが、丙家内の序列ではメゼツの方が遥かに格上なのだ。
 幾らホロヴィズの息子とはいえ、何の実績も無い少年に軍を率いらせる事はできない。
 しかし、丙武はメゼツをとても可愛がっている。(メゼツはうざがっているが)
 メゼツはメルタの仇を討つべく、五体満足で無事な自らの体を、甲皇軍の生体改造技術で肉体強化させたのだ。生身のままだから限界はあるが、人間を辞めた者だけが持てるような怪力を備えている。
 その覚悟が、丙武には好ましく見える。
 軍に志願してきたメゼツを引き取り、突撃部隊長に抜擢、前線で思う存分戦わせ、上官に対してタメ口のメゼツをまったく叱ろうともせず弟扱いしている。
 丙武なりの配慮であった。
 四肢を失いつつも、家財を全て投げ打ってでも義手と義足を付けて戦場に復帰した自身と被るのだ。
 すべての亜人を殺し尽くすまで、彼らは止まらない。止められない。
「野戦任官で少佐から大佐になったことだし…♪」
「前任の大佐はあんたがぶっ殺したんだろーが。バレたら軍法会議もんだぞ」
「だって弱腰だったんだもん♪」
 丙武はぺろっと舌を出す。
 手段も選ばない。
 本国への確認も無しに、現場の判断でどんどん戦線を広げていく暴走ぶり。
 それでもその殺人機械としての頼もしさ、略奪を推奨する寛大さから、兵には人気が高い。
「ヴァルグランデ!」
 声を張り上げる丙武。
 ────今迄どこにいたのか。
 丙武の背後に影のように付き添う全身鎧の戦士が現れる。
 いや、鎧のように見えるが、半分は機械だった。
 彼もまた、長い戦争の末に、傷つき生身の殆どを失い、機械の体へ改造した戦士。
「出撃準備だ。国を一つ、滅ぼしちゃうぞ☆」
「御意」
 寡黙なヴァルグランデはほぼそれしか言わない。脳味噌まで機械になってるんじゃないかと噂されるほどだが、軍人としてはその方が適切だ。
 三人は並び立つ。
「俺の右手が真っ赤に唸る! エルフを殺せととどろき叫ぶ!」
「化物退治と致しますってな♪」
「御意」
 亜人ハンターズの出撃であった。













つづく




★文芸・ニノベ作品感想2★
4話までの感想として、岩倉キノコ先生にレビューして頂きました。ありがとうございます!
http://neetsha.jp/inside/comic.php?id=17435&page=126
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後藤健二 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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