71話 ダークピカチュウ
「ふん…誤解するなよ。お前らを助けてやった訳じゃねぇ」
義勇軍の総大将クラウスか。
大して強そうには見えねぇが、あのビビが入れ込むほどの男だから、ゲルの兄貴のように指揮能力が優れているとかなんだろうな。
こいつを殺せば手柄にはなるが、俺の一番の目的はそれじゃねぇ…。
俺はクラウスを一瞥したがすぐに目線をそらし、黒騎士の方をにらみつけることにした。
「エルカイダの首領・黒騎士は、クラウスや義勇軍よりも…甲皇国にとって警戒すべき敵というだけのことだ!」
我ながら苦しい言い訳だ。
大剣を構え、黒騎士に対峙する。
一度敗北したので見返してやりたいというのはあるが…実のところそこまで根に持っている訳じゃねぇ。
こいつと戦うぐらいなら、どうもこの戦域にいるっぽい竜人レドフィンを討ちたいという気持ちの方が強い。「竜の牙」で俺の大事な妹メルタを傷つけたやつを許すことはできん。
だが、クラウスやレドフィンを倒したところで、やっぱり俺の一番の目的は達せられないだろう。
最優先事項、俺の一番は、生死の境をさまよっているメルタを救うことだ。そのためには、精霊樹を手に入れなければならない。
だがフローリア戦の時に不覚を取り、うっかり濁流に流されちまって…まさか強化兵は体が硬すぎて水に浮くことができなくて泳げねぇとは知らなかった。死にはしなかったが見知らぬ土地で随分と迷ってしまい、何か月も放浪して無駄にしちまった。その間、精霊樹を求めてアルフヘイム各地を歩き回ったが、結界か何かで隠されているのか一向に見つけることができなかった。かといって確実にあると言われるセントヴェリアに単独で行くことは難しい。そして戦争が終結しようとしている状況で、これ以上亜人どもと戦うのは得策じゃねぇだろう。むしろこいつらに恩を売り、精霊樹の在処を探る方が得策じゃねぇか? まぁそんなことをぐちゃぐちゃと考えながら、ここまで流れついてきちまった。来たは良いが、今の甲皇軍はいけすかねぇ|叔父上《ユリウス》が指揮しているし、やる気が出ねぇ。かといって個人的都合でアルフヘイム軍に大っぴらに味方するのもはばかれる。それで戦況を傍観していたが、そこにエルカイダの黒騎士が現れた。テロリストのこいつが相手なら遠慮する必要もねぇし、これ幸いとちょっかいかけに出てきたのである。
「エルカイダってのはテロ組織なんだろ? その割にゃ、お仲間が見当たらねぇな。お前一人で行動してんのか?」
「小僧が!」
黒騎士が黄金に輝く大剣を振るって攻勢を仕掛けてきた。
やはり手練れである。
かなりの重量と思われる大剣を軽々と扱い、素人なら目にも止まらぬ速さで突きを次々と繰り出してくる。
しかし、俺はその悉くを回避した。
「五発か」
「……見切っただと!?」
黒騎士が驚いているが、経験を積んできた今の俺なら見える。アルフヘイムに上陸したばかりの頃の俺とは違う。
「話は終わってねぇだろ? おい」
「小僧ごときが…私と何を話すことがあるというのだ」
「クラウスを殺すとか何とか言っていたが、さすがにそれはエルカイダのお仲間にも内緒でってことなんだろう? 悪いやつだねぇ~おいおい」
「……」
「けっけっけっ。図星のようだなぁ、おいおいおい」
俺は煽り倒してやった。精神的優位に立つことも戦いにおいては重要なことだと思っている。
「…小僧が!」
案の定、怒りに任せて黒騎士は刺突を繰り出してきた。
素人なら一突きのように見えるだろうが、六回突いている。頭、両手両足、胴体へと。中々の剣筋だ。
しかし、やはり俺はその悉くを回避した。
正確には、最後の胴体への一突きは自分の大剣で受け止めた。
黒騎士の黄金に輝く大剣の切っ先が、俺の大剣の腹をぶち抜くことができず、ギリギリと金属がきしむ音とともにせめぎあっている。
「本当にやるようになったな…少し前まで、一歩も動けずに震えていた小僧だったものが…しかし!」
黒騎士の左手が禍々しくも黒い瘴気をまとっていた。
魔法か…だが先程の雷撃程度ならば。
「サー・イー・コール・サー・イー・コール、地より成る物は腐れ落ち 大地に還らん…|腐灰閃潰燼解瘡《ズオサイダル・テンデン・ジア》!」
アルフヘイムの魔道士とは何度か戦ったことはあるが、聞いたことも見たこともない魔法だった。だがやべぇのは本能的に分かる。
「…何だ!?」
生理的嫌悪を呼び起こすような…地虫が腕に浸食してきて肉を体内から食い破ってくるような想像が頭をよぎる。黒騎士の左手から放たれた
その黒いガスは、俺の大剣にまとわりつくように覆いかぶさって来る…!
「ハハハ…! 腐れ落ちるがいい」
咄嗟に俺は大剣を手放し、急いでその場から離れた。
と同時に、大剣がブスブスと黒く変色し、ボロボロと錆びて朽ちていくではないか。ばかな。あれは魔術紋章を施した永久武器だぞ。どれだけ切っても切れ味が鈍ることもなく、頑丈さではどんな武器にも勝ると言われていたのに…!
「古代ミシュガルドで使われていたという禁断魔法の一種のようだな…。あのような魔法を使うとは、手段を選ばないにも程がある。いよいよ見過ごしてはおけん」
俺の隣に、クラウスの親衛隊らしき竜人の女が並び立つ。彼女は自分が持っていた腰の長剣を俺に差し出した。
「使うがいい。素手では戦えまい」
「ふん、ありがたく頂いておくぜ」
「強化兵よ。あれは中々手ごわい…が、私には切り札がある。余り使いたくはない手だが、それを使えば確実にやつを倒せるだろう。少しだけ時を稼いではくれないか?」
「構わねぇが、俺を信用していいのか?」
「ビビからお前のことは聞いている。そこまで悪いやつでもないと」
「…ふん、あのちんちくりんが」
俺は長剣を構える。今まで使っていた大剣に比べりゃ頼りないかもしれんが、これもそこそこの名剣のようだ。耐久力はそこまではないだろうが、軽くて切れ味は良さそうだ。
「それは|竜殺し《ドラゴンキラー》という魔剣だ。私のような竜人族を殺すのには最も適している。というのも、竜の鱗は魔力を帯びているから非常に硬い。それを貫くその魔剣は、魔力を打ち払う力を持っているのだ。つまり、魔法を得意とするあやつにも効くだろう」
「なるほど。そりゃあいいな。で、俺にこいつを渡しちまって、あんたはどうやって戦うんだ?」
「言っただろう…切り札があると」
竜人の女は両腕を交差させ、目を光らせた。彼女の髪の色と同じような紫色の瘴気が体中をまとっていた。こいつ、竜人なのに魔法を使うっていうのか? 竜人はブレスに特化していて、魔法は使えねぇって話だったが…。
「まぁいい。時間を稼げってことだったな」
俺は黒騎士に向かって突撃する。
「小僧が!」
黒騎士は黄金の大剣で防御し、俺の斬撃を受け止める。
あの腐食の魔法は厄介だが、詠唱させる時間を与えなければそれで済む話だ。俺はやつに息をつかせないよう、鋭く切り込んでいく。少しだけだが、俺の方がやつより早い。
やがて、俺の斬撃がやつの左肩甲をぶち抜いた。
肉を切る感触があり、やつはだらりと左腕を垂らす。
「ぐぅっ…! おのれ…!」
「いい感じだぜ、おい。竜人の女! 俺だけで倒せそうだぜ、おい」
「強化兵! 気を付けろ!」
竜人の女が警戒の声を上げる。
見ると、黒騎士の様子がおかしい。あの黒い鎧の表面に気持ちの悪い血管のようなものが浮き上がり、どくどくと脈打っていた。左肩甲をぶち抜いてやったはずだが、そこもフィルムを巻き戻したかのように修復されて…再生されてしまった。
「何だありゃ、本気で気持ち悪ぃな」
「…私を本気で怒らせたな」
そう言うやいなや、黒騎士は地を蹴って俺に向かってきた。
「!」
気が付いたら俺は仰向けに倒れていた。
なんだ? 何をされた?
頬が痛ぇ、どうやら顔を殴られたらしいが見えなかった。
黒騎士は更に速度を上げて拳を向けてくる。
重い大剣も詠唱が必要な魔法も使う気配はなく、ただ恐ろしく早い拳や蹴りだけを繰り出してくる。なんだ、さっきとは別人のような戦闘能力だ。俺はいいように殴られ、蹴られてしまう。見えないしかわせねぇ。完全に俺の早さを上回っていた。そして黒騎士の拳は魔力でも帯びているのか、魔術紋章によって守備力が高められている俺の身体にも確実にダメージを与えてきていた。冗談じゃねぇ、これじゃ嬲り殺しじゃねぇか。
「ふふふ」
黒騎士は不敵に笑いながら、俺に更なる一撃を加える。
いや、一撃に見えるが今度は十五、六発ぐらいか。
余りに拳が早くてとても見えない。
「これぞビキニ流星拳。アルフヘイムのとある村に伝わる秘奥義だ。まぁ、私はそれを盗み見て会得しただけの我流だがね」
「ビキニって…お前、鎧着たまんまじゃねぇかよ」
「別にビキニにならなくても使える。この鎧は私にとっては皮膚のようなものだからな…」
「そんなのアリかよ!」
くそっ…力勝負なら負ける気はしねぇが、こうも早いと…。
「竜人の女! 切り札ってのはぁ…まだかよ!」
「───もう少し待て」
そういう竜人の女の声が先程よりも太く低くなっていた。
良く分からねぇが何かしようとしているのは確かか。
「仕方ねぇな、もう少し時間を稼いで……」
と、思ったが…体が重かった。余りに殴られすぎて、体が思うように動かなくなってきたようだ。魔術紋章のおかげで痛覚は抑えられているが、常人だったらとっくに気絶しているようなダメージってことだ。
「ははは! 何をしようとしているのかは知らんが、無駄な足掻きだ!」
黒騎士がまた迫って来る。
畜生、もう動けねぇのに…。
「…はぁ!」
クラウス。俺の後ろから飛び出してきて、長剣を振るった。
おお、なまっちろいエルフの兄ちゃんだと思っていたが中々の剣速じゃねぇか?
二合、三合、とクラウスは長剣で黒騎士の拳と互角に打ち合った。
しかし…それも長くはもたない。
四合目で、クラウスの長剣は完全に弾かれる。
次に黒騎士の拳がクラウスの頬をとらえ、彼は吹き飛ばされる。
「…時間稼ぎだけならと思ったが…」
「いやいや、ナイスファイトだぜ。後ろで命令下すだけの将軍とかよりは立派だった」
「メゼツくん。まだ戦えるか?」
「どうだろうな、正直言ってもう寝ていたいんだが…」
「そうか。アメティスタ…切り札というのは…」
「申し訳ありませんが、あと1ターン待ってください」
「おいおいおい、1ターンってどれだけの時間だよ!?」
絶望感が押し寄せてくる。
だが黒騎士はすぐには攻めてこなかった。
「黒騎士よ」
クラウスは言葉で時間を稼ぐことを思いついたようだった。
「なぜ、そこまでする。俺を殺して士気を上げると言ったな? だが俺が死んだところで、甲皇国とアルフヘイムの戦争はもう何十年と続いてきた。それが終わるチャンスが来ているんだ。たかが俺一人が死んだところで、アルフヘイムの民が復讐に駆られるなど思えないぞ」
「命乞いか? 無様だな! 英雄ならば潔く死ぬがいい」
「……しかし」
「なぜそこまでと言ったか。ふふふ……本当のところを言えば、私は別に甲皇軍の者によって身内を殺されたわけでもないし、憎しみを持っているわけでもない。私は……いや、俺は“空っぽ”なんだよ」
「……!? どういうことだ」
「…冥土の土産に教えてやろう。俺はエルカイダの首領を名乗ってはいるが、元は単にアルフヘイム正規軍に入って普通に名誉や出世を求めて戦士として戦おうと思っていた。俺はこう見えてもそれなりのエルフ貴族の子弟でな。しかし、昔の俺は無力だった…。あのフェデリコのようにな。俺は力を欲した! そんなある日、俺はアルフヘイムのレンヌ近郊にある遺跡を探索して、この聖剣ユピテルブリューと、漆黒の鎧を手に入れた…。これはかつて、甲皇国の人間どもと勇敢に戦ったというエルフの遺産なのだ。そして、この聖剣と漆黒の鎧が囁くのだ。人間を殺し尽くせとな…! それ以来、俺はその使命を果たし続けねば、気が済まなくなっていた…そして、めきめきと力をつけることができた…! そこで確信した。俺はこの力を使い、人間どもを滅ぼすべきなのだと!」
「……その聖剣と鎧というのは、呪われているのでは?」
「エルフの遺産が呪われているものか。逆だ。俺は祝福を受けている。そして人間絶滅の使命を帯びているのだ!」
「いや、どう考えてもそれはおかしいぞ」
「ふっ…もういい……英雄といっても単なる平民エルフには分からぬか」
黒騎士は腕を交差させたかと思えば、高々と天に掲げる。
「───ブー・レイ・ブー・レイ・ン・デー・ド…地の盟約に従いアバドンの地より来たれ。ゲヘナの火よ、爆炎となり全てを焼き付くせ…」
「げっ…魔法かよ」
すぐに攻めてこなかったのは、でかい一撃でとどめをさすためだったのか。
やはり見たことも聞いたこともない呪文…古代ミシュガルド時代からの禁断魔法ってやつか。
参ったな、これだけダメージを負った状態で、次も耐えられる気がしねぇ…。
やり残したことは山ほどあるってのに、まさかこんなところで死ぬとはな…。
「メルタ…不甲斐ねぇ兄ちゃんを許してくれ」
「メゼツくん。最後まであきらめるな」
「でもよ…これ、詰んでねぇか?」
黒騎士は巨大な灼熱をまとい、全身が焼け焦げているかのようになっている。熱くねぇのかとちょっと疑問に思うが本人は何ともないらしい。
「ははははは! 爆炎により骨まで溶けてなくなるがいい! |炎灼熱地獄《エグ・ゾーダス》!!」
黒騎士がまとっていた灼熱が塊となり、こちらへ放射される!
「───魔導の十三、イフリードの業火!」
だがその時、俺たちの後ろから懐かしい声と共に、巨大な炎の塊が飛び出してきたのだった。
黒騎士が放った灼熱と、後ろから飛び出してきた炎の塊がぶつかり、せめぎあい…やがて火炎渦を巻きあげて上空へとその膨大なエネルギーは飛散していく…。
「まさかまたあんたと共闘することになるとはね…」
ああ、やっぱりこいつか…って、こんなことができるのはこいつぐらいしかいねぇよな。
「お前とはつくづく縁があるらしいな。おい、ビビ!」
「命を助けてやったんだから様でもつけなさいよね、メゼツ!」
炎のように赤い髪と目をした頼れる相棒は、俺の隣に並び立った。
「なーにが様だ。ビビちゃんよ! 遅ぇじゃねぇか! お前のところの司令官もピンチだったってのに何をやってたんだよ!」
「ああもううるさいなぁ。この要塞広すぎるんだよ。助けてやったんだからごちゃごちゃ言うな! ばかメゼツ!」
「ビビ! 来てくれたんだな…ありがとう、助かったよ」
「クラウス! ああもう! ひどい傷! あいつがやったの!? 許せない…」
「おい、おいおいおい、何だその対応の差は」
乳首露出狂が何か文句言ってるけど、そんなことはどうでもいい。
ああやっとクラウスを見つけることができた!
それにミーシャも無事だった!
でも二人とも大ピンチだったようだ。
あのキモイのが敵か…強そうだけど、ここでやらなきゃ女じゃないね。
「クラウス。あいつ敵なのね? 任せておいて。五秒で殺すから」
「油断するなよ、ビビ。あいつつえーぞ」
あたしはクラウスに言ったんだけど、なぜかメゼツが返事をした。別にあんたには聞いてないんだけど…。
「あれ? そういやあんたズタボロじゃん。ぷっ、だっさー。あんなのにやられちゃったんだ? 強化戦士ってのも大したことないんだねー」
「誰がじゃ。こんなもんぜんっぜん大したことねーからな!」
そうは見えないんだけど、メゼツは強がって腕組みをしている。
「ははっ…」
あれ、クラウスが笑っている。
「……二人とも、随分と仲が良いんだな」
「そんなことない!」
「ねーよ!」
「ではそういうことにしておこう。ともかく、敵がお待ちかねだ」
ああそうだった。
さすがクラウスだ。つい再会を喜び合って戦闘中ってことを忘れそうになっていた。
あたしたちはそれぞれの武器を手に構える。
クラウスは長剣、メゼツも剣。あたしは全金属製ハルバード。
対する何か気持ち悪い血管浮き出た黒鎧の中二病患者はピカピカと光る黄金剣を手にしている。血管だけじゃなく、全身からバチバチと雷っぽいスパークをまとっている。
「なにあれ、ダークピカチュウ?」
「エルカイダの首領、黒騎士」
「古代ミシュガルド時代の禁断魔法をバンバン使ってくる。マジでおっかねー野郎だ」
「禁断魔法か…」
そういえば精霊の森の巫女ニフィルさまが「いざとなれば禁断魔法で敵を滅ぼす」って話だったんだけど、あれはどうなったんだろうか。主戦場となっているのはこっちじゃないから、使うのか使わないのか分からないけど…。でもいざ使われるとなれば、ここに長居はすべきじゃない。
「アメティスタが何かやろうとしているが、しばし時間がかかるらしい。ビビ、メゼツくん。三人でもう少しだけ持ちこたえるぞ」
「おう」
「任せて!」
それからは死闘だった。
まだクラウスは元気だったけど、残念ながら敵とのレベル差がありすぎる。
メゼツは口では強がってるけど、相当ダメージが蓄積していた。
敵と互角に戦えて、元気なのはあたしだけだ。
そういえば、あたしとクラウスはともかく、メゼツも加えて三人で一緒に戦うというのは初めてなんだけど…不思議と息が合った。
メゼツの持つ剣はどうやらアメティスタ隊長から借りたもののようで、以前使っていた魔紋の大剣よりも細くて小さいけど軽い。だからか剣速が上がっている。
そしてクラウスが持っている長剣も実はかなりの名剣だ。確かアーウィン将軍から受け取ったという|必殺剣《キルブレード》というやつで、強力なアルフヘイムの刀剣の中でもトップクラスの切れ味を誇る。これもまた、クラウスはそんなに力は強くないんだけど素早さはかなりのもので、剣速にかけてはあたしよりは遅いけどメゼツよりは早い。さすがクラウス!
そして、この二人が|黒騎士《ダピカ》を牽制してくれたおかげで、あたしは重い一撃を加えることができた。
「魔導の十五、デュランダルの刃!」
あたしの最大の魔力を込めた必殺の一撃。
「ぬううっ!」
だが、黒騎士はそれを受け止めやがった。
こっちは二千度はくだらない超高温の灼熱の刃なんだけど…黒騎士も禁断魔法か何か知らないけど、手甲に魔力の炎をまとわせ、あたしの一撃を相殺してしまっていたのだ。
「はーはー」
いけない。ずっと魔力を全開にしてたせいか、もう息切れを起こし始めている。
「ビビの嬢ちゃん!」
「あ、おじさん…」
その時、ようやく後ろからハイランド騎兵の…(名前何だっけ?)おじさんたちも駆けつけてきていたけど、相手が悪すぎる。
「ねぇ、飛び道具とか持ってる?」
「何かやばそうなの相手してるな…まぁ、少しならあるぜ」
「近寄って攻撃するのはやめた方がいいみたい」
「そのようだな」
さすがベテラン傭兵。話が早い。おじさんたちは騎兵だけど刀剣だけじゃなく、石弓も持ってきていた。それを一斉に構え、黒騎士に放った。
「はははは! 無駄だ、無駄無駄無駄ァ!」
だけど、|黒騎士《ダピカ》は、超高温の炎をまとっていた。それは飛んでくる石弓の矢が鎧に届くより前に、矢を焼き尽くしてしまうのだった。
「何て野郎だ」
ハイランドのおじさんたちも舌を巻いている。
「おじさん、どうしたらいい? ああいう相手には…」
「嬢ちゃん。おじさんは経験豊富な傭兵だ。こういう手合いに遭遇した場合の対処法も熟知している」
「うん、それで?」
「逃げるんだよー!」
うん、期待していなかったけど…聞いたあたしが馬鹿だった。
「逃がすものか。お前たちはここで死ぬのだ!」
いけない。
|黒騎士《ダピカ》が全身のまとっていた炎を手のひらに凝縮させている。あたしのイフリードの業火と同レベルの炎が来る。でも、あたしはガス欠だ…。
「───大変、長らくお待たせしました」
ぞくりと背筋が凍るような低い声。
……というか、この声って…アメティスタ隊長!?
あたしたちが後ろを振り向くと、そこにはあのレドフィンよりも一回り位は大きな紫色のドラゴンがいた。竜の鱗も、爪も、金色に光る目も、何もかもが恐ろしい。その声も、アメティスタ隊長は普段から低音だけど、もっと地獄の底から響いてくるようなおどろおどろしさを帯びている。
「ブレス!」
アメティスタ隊長…いや、紫色の巨大なドラゴンは、その恐ろしい肉食動物そのものな口を開き、ブレスを噴き出した。眩い閃光だった。まるで太陽が落ちたような…。
「───っ!!」
黒騎士も灼熱の炎魔法を放つ。
だけど、ブレスによる閃光はその炎魔法をも飲み込み……そして、何もかもが白い閃光に包まれていったのだった。
つづく