73話 竜狩と暴火竜
僚機の竜戦車がことごとく堕ちていく。
暴火竜と呼ばれる…あのレドフィンによって。
かつてアリューザ上空での戦いで、我々甲皇国空軍はレドフィンとその仲間の竜人共に一泡吹かせてやった。
竜戦車は胴長竜に航空機の翼や火砲を取り付けたものだ。その速度は竜人をも上回るが小回りがきかない。また知性の低い甲皇国産の胴長竜には複雑な動きは難しいため、簡単なマニュアルを覚えこませた戦術しか取れないのだ。そこで生み出された4機1編隊による|一撃離脱戦法《ダイブアンドズーム》。高高度の上空から一気に急降下して一撃を与え、すぐに離脱していく。この戦法が確立されたことにより、ようやく我々は竜人に対して優位に戦うことができた。
だがあれは、我が軍の大型戦闘飛行船に襲い来る竜人共を迎撃するという、“高高度での高速戦闘”という我々に有利な条件下での戦闘だった。今回は、陸上部隊を守るために“低高度低速戦闘”となる。敵は竜人だけではなく、竜騎士も相手に戦わねばならず、また地上からの対空砲火にもさらされる。
「方位フタマル…5秒後に1匹飛来します」
「光弾よ、敵を撃て! タイ・ト・ロー…|鋼雷破弾《アンセム》!」
呪文と共に、地上から放たれるマジックミサイル。詠唱で叫ばれているような光の弾丸が恐るべき速度で飛んでくる。
胴長竜は案外大きい。アルフヘイムの竜人よりも一回りほど。だから的が大きい。それに、翼がないため胴体を打ち振って飛行するし、急旋回することができない。どこに飛行していくか“先読み”されると面白いように当たるのだ。どうやらアルフヘイムの魔道士軍団に予知ができる術士がいるらしい。
「ギエエエーー!」
また一機、僚機の竜戦車は撃墜されていく。
「地上に近寄りすぎだ! 高度をとれ!」
我が軍の竜戦車パイロットの一人がそう叫ぶが…。
「|火炎弾《メギド》!」
今度は火炎弾だ。猛烈な炎の矢が上空から放たれてきた。
「アリューザの仕返しやでぇ!」
あれは…アルフヘイムの竜戦士か。
散々、陸軍が苦しめられてきたという名高い竜騎士ルーラ・ルイーズかもしれないな。
リンクスドラゴンと呼ばれるアルフヘイム産の飛竜は、こちらの胴長竜よりも知性は高いし、高高度での高速戦闘はできないものの、低高度低速域での旋回性能では遥かに優れている。そして、アルフヘイムの竜騎士は火炎や爆破の魔法でこちらを攻撃してくる。
残念ながら、胴長竜は図体はでかいが案外体重は軽くて柔らかい。アルフヘイムの竜人やリンクスドラゴンは物理・魔法どちらにも竜鱗が固くて中々死なないのに対し、胴長竜は物理・魔法どちらにも非常に脆いのだ。それこそ一発でも当たれば屠られていく。
いかんな、これでは我々はまるで火をつければすぐ火を噴く|葉巻《ワンショットライター》か、祝祭日における|七面鳥《ターキー》撃ちのようだ。良いように狩られてしまっている…。
甲皇国空軍はこれまで空戦をろくにしてこなかった。パイロットの育成には大金がかかる。予算が少ない空軍では余りに貴重なので、いざという時にしか投入されず、アリューザ戦での戦闘飛行船の護衛任務が初陣という兵士が大半だった。つまり、負け戦を知らない。混乱した我が軍の未熟なパイロットでは、態勢を立て直すことは難しいだろう。
「ヴェルトロ大尉…」
通信が入る。この声は…隊長か。
「乙空少佐…ご無事でしたか」
「いや、あいつ…レドフィンにやられた。もうこの機体はダメだろう。私はパラシュートを使って脱出しようと思う」
「……乙空少佐までが」
軽く驚いた。
乙空少佐はよくいる気位だけ高い貴族出身の士官じゃない。
立場に備わった実力を備えている。胴長竜使いの名家出身だ。女だてらに竜戦車の操縦にかけても秀でていたのに。
「大尉はまだ無事だな? ここは君に隊の指揮を委ねる。どうか部下たちを無事に空軍基地まで送り届けて欲しい」
「地上部隊の護衛はあきらめるのですか?」
「やむを得ないだろう。全滅するわけにはいかん」
「…了解です」
通信が切れる。
それにしても…乙空少佐の命令は尊重したいところだが、連れて帰ろうにも既に僚機は殆どいない。もう全滅と言っても構わない状況。
「何だぁ!? ありゃぁ…グッ」
驚いている敵の竜人…レドフィンの横を高速ですれ違いざまに何発か銃撃をお見舞いする。やはり硬いな。殆どダメージらしいダメージが見られない。
「予知魔術師ども、あいつは次はどこから飛んでくる!?」
レドフィンが叫んでいるのが聞こえてきた。
何という馬鹿でかい声だ。
風防を貫いて聞こえてくるとは…。
だが、無駄だ。
例え予測できたとしても…俺の速度に貴様はついてこれまい。
この…二〇五式動力戦闘機にはな!
今まで甲皇国は胴長竜や飛行虫に航空機の羽根や銃火器を取り付けて飛ばしていた。しかし、コスト高のために希少ではあるが、動物や虫などの力を借りずとも、自動車のように|動力機《エンジン》の力で飛行できる動力飛行機も開発に成功しているのだ。
この二〇五式は、速度・上昇力・旋回性能すべてにおいて優れた戦闘機だ。地上爆撃以外だけ適していないが、空戦においては無類の強さを誇る。
だが戦争終結が見えている中、アルフヘイム空軍には大した力が残されていないだろうと軽視されていたのと、二〇五式のコスト高のために量産されることはなく、ただ一機だけが経験豊富な俺の乗機として回されてきた。俺は空軍でも長らく地上部隊の露払いのような偵察任務ばかりこなしてきていて、日常的に小型の竜戦車に乗って飛行してきた。その飛行時間は実に一万時間を超える。そして323回もの出撃回数をこなしてきた。撃墜数自体は殆ど遭遇戦ばかりだったから25でしかないがな。いわば俺はテストパイロットのようなもので、武装はしていたものの、主戦力としてはみなされていなかった…。
しかし…俺は“竜狩”だ。
アリューザでだって最も戦果を挙げたのはこの俺なんだ。
甲皇国空軍最強の|撃墜王《エースパイロット》様が、こんなところで終われるわけがねぇだろうが!
「|鋼雷破弾《アンセム》!」
魔法の光弾が地上から放たれる。
竜戦車なら避けられないだろうが、この二〇五式は違う。
俺は宙返りをして光弾を回避すると、背面飛行のまま地上へ銃撃する。術士どもには魔法障壁があるからこちらの銃撃も効果はないが牽制にはなったようだ。もしくは攻撃するには魔法障壁を解かねばならないのか?
まぁいい。俺の標的は…あいつ、レドフィンだ。
このままでは甲皇国空軍の威信は失墜する。
俺がヤツを倒し、面目躍如といかねばならんだろう。
「“竜狩”の名にかけて」
俺は照準をヤツに合わせる。
いや…ヤツの動きを予測するのだ。
俺は予知魔術師でも何でもないが、これだけ長く戦ってきたんだ。
お前の考えぐらいお見通しだぜ。
二〇五式の正面には|回転翼《プロペラ》が猛烈な回転をしているが、その回転翼を傷つけないように発射できる主武装がある。さっき撃った副武装の7.7ミリ口径ではろくにダメージを与えられなかったが、こちらの銃は20ミリ口径だ。当たれば竜人の鱗だろうが貫くだろう。
「正面から向かってくるか!? 良い度胸だ!」
ヤツが何事かわめていている。
うるせぇ、竜の鳴き声なんざ分からねぇよ。
「死ね! トカゲ野郎!」
「殺す! 人間が!」
レドフィンのブレス、二〇五式の20ミリが同時に火を噴いた。
僅かに20ミリの火線の方が早い。
当然だ、甲皇国の科学技術の力を舐めんなよ。
「ぐおお!」
レドフィンの翼を貫いた。
ヤツが絶叫し、血を流して堕ちていくのが視界をかすめる。
やったか?
いや、しぶといヤツのことだから分からない…トドメを刺さなくては……しかし、こちらも無傷ではないようだ。レドフィンのブレスはまるでビームのように収束した炎でもあり、それが二〇五式の胴体をかすめていった。
嫌な予感がした…。
くそっ、やはり…。
露出している着陸脚がやられている…。
これでは、基地に帰還したとしても胴体着陸をするしかないってわけだ。
「もう僚機は残ってねぇか」
さすがに俺一機だけじゃ戦闘にならない。
そして着陸脚どころか、燃料タンクまで損傷したようだ。
妙に燃料計の減りが早くなっている。
このまま空に留まって戦うのも限界だろう。
すぐに帰投したとして、鬼ヶ島の空軍基地まで燃料が持つかどうか。
最悪、どこかで墜落する。
「帰投する…ついてこれる者はついてこい」
誰も返事をしない無線機に呼びかけ、俺はアリューザ方面へ機首を向けた。
俺の324回目の出撃は終わったのだ。
燃料が持ち、胴体着陸が成功して、生き延びられるかどうかは分からんがな…。
撃墜スコアは…26としておく。
戦果確認機もいなくなったんだから別にいいだろう。
つづく