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 夜になれと願ったら夜になった。太陽は急速に回転し始め、わたあめの機械のように雲を巻きこみながら消えていった。
 バラバラにされて一つになった雲は本当にわたあめになったみたいで、次の日から降り続く雨は少しだけ甘かった。
 それから毎日がずっと夜だった。もしかしたら太陽は雲の向こう側で眠っていただけかもしれない。どちらにせよ、私たちが陽の光を浴びることは二度となかった。
 外へ一歩でも出れば、雨の音が耳にまとわりついて離れず、呼吸をするたび甘ったるい匂いが鼻腔を満たす。五感が正常に機能するのは家の中くらいになってしまったけれど、私たちは引きこもることなく積極的に外へ出ていた。子供たちもあと一週間足らずの夏休みを満喫しようと、あたり構わず走り回っている。
 テレビのニュースで報じられているように、どこの国でも夜だった。地球は夜に覆われてしまったらしく、私たちはフクロウの目のように闇に慣れる必要があった。
 しばらくして、町では傘が大量に捨てられ始めた。それはどこから流れだした噂なのか誰にもわからなかったけれど、砂糖入りの雨が体にとても良いという話があっという間に広がっていって、大半の人が傘を持たなくなってしまったのだ。でも私たちは本当の理由を知っている。みんな傘を持つのが面倒くさくなっただけなのである。
 町の中は、どこもかしこもびしょぬれになった。最初は存在した潔癖症の人たちはその有り様に嫌悪感を示していたけれど、やがて消えてしまった。砂糖入りの雨は普通のものとは違って、体にまとわりつくというより、ぼんやりと包みこんでくれるものだったからだ。熱病のときふらふらと歩き回るときの感じに似ていた。私たちは夢の中のような薄い幸せに包まれ続けた。もちろん私たちは夜の中で眠りにつき、太陽がある夢を見て、夜の中で目覚めていた。
 一月経っても雨はやまなかった。幸いなことに、氾濫すると思われていた川や海はそのままの形を崩さなかった。けれど、川や海のものたちはどんどん甘くなっていた。魚はフルーツの代りとして用いられ、反対に果物たちは甘みを失っていた。それでも西瓜はよく食卓にあがった。私たちは自分の体を、甘くないもので満たす必要があった。そうしなければ自分と世界との境界線が曖昧になり、強く吹きつける雨が私たちの目や耳や口から入りこんでくるように、私たちの内部で生じた砂糖入りの水が体から溢れだしてしまうためである。
 テレビは悲観や希望を交互に訴えていたけれど、私たちは会社や学校に行くのをやめようとしなかった。何でもないように振る舞うことによって、本当に何でもないようにしようとしたのかもしれない。
 学校の玄関にはタオルが大量に敷かれ、私たちの体に溜まった水分を奪っていった。制服のまま受けていた授業もジャージに着替えさせられるようになった。
 私たちは乾いた状態で教室に座らされた。時計の針が進み、黒板にチョークがつきつけられる。
 窓ガラスを隔ててしまうと、校舎の外に降り続ける雨の音は、どこか遠くの世界のように見えた。
 タオルで拭き取ってもまだ紙には水分がたっぷりと残っていた。気づけばそれに手をやってしまう自分に気づく。硬いシャーペンも乾いたノートの感触も理由もなく不安にさせた。
 チョークを持った先生がうずくまるようにして倒れると私たちはいてもたってもいられず窓を開けた。雨音が一気に流れこんでくる。風に運ばれてやってきた雨粒たちが体のあちこちにぶつかってくる。
 いつの間にか起きあがった先生がぼんやりとした目で窓の外を見ている。暗闇を切り裂く銀色の線が私たちみたいに生まれては消えていく。
 地球のあちこちでは作りかけのノアの方舟が放置されていた。雨は、地上を溺れさせることなく、どこかへと消えていった。もしかしたら、私たちの体に流れこんでいるのかもしれない。一年も経つと雨は甘くなくなってしまった。その理由がわかるころには全員息絶えていたけれど、いまはまだ私たちは教室から窓の外の雨を見ている。先生、と誰かが呼ぶと、彼は立ちあがって窓を閉めようと歩きだした。
 私たちの視線が先生に集中すると、強い風が吹きつけ、教室の後ろの壁につけられた習字の紙を飛ばした。一枚が剥がれると連鎖的にほとんどの半紙が剥がれていった。雨に濡れ、重なりあった半紙は、私たちの名前もそこに書かれている文字も滲ませる。混ざりあい一つになったそれから、夜みたいな色をした墨汁が私たちの足もとまで溢れだしていった。
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