がらんとした三階の廊下。電灯は消されている。窓から差し込む午後の明るい光が、むしろ廊下に暗い印象を与える。影。
校庭からはベースボール・クラブの掛け声が聞こえる。どこか遠く、こことは別世界の出来事のように感じる。放課後。
廊下の突き当たり、奥の教室からだけ光が漏れている。理科室。
『放課後・サイエンス・クラブ』
第1話: 熱的死
理科室のドアに近づくと、何やらピーピーさえずる音がする。
何事かとドアを開けると、教壇の周りに生徒が4人集まっていた。音の原因は案の定ハーピーで、彼女はさわさわと羽を震わし泣いていた。ハーピーをなんとか落ち着かせようと3人が彼女を囲んで声をかけてるようだが、あまり効果はなさそうだ。
「あ、先生。」
フランケン・シュタインズ・モンスターが私に気づく。続いて他の2人も私に気づいた。
「ちょっと、先生聞いてよ!」
バジリスクが怒り調子にチロチロと舌を突き出す。
「バジー、どうしたね。ハープは何で泣いてるのかな。」
「ウルフィーがまた変なことハープに教えたのよ!」
ウェアウルフがニヤリと笑った。
「ちよっとした冗談だよ。なあ、フランク?」
「う?ううん?」
フランクの肯定のような否定のようなうめき声。
「何よ、フランクまでウルフィーの味方なの?」
バジーが鼻息荒くフランクを睨む。
「うぇ?そ、そうではないけどもお。」
慌てるフランクを見て、ウルフィーはますます嬉しそうに舌をだらりと垂らす。
やれやれ、だ。
「それで?ハープ、何を泣いているのだね?」
ハープはしゃくりあげながら上目遣いに私を見上げる。一度泣き出すとまるっきり小鳥になってしまうのが彼女の弱味だ。
「うぅ、先生ぇ。アタイ達って不死でしょう?なのに、ウルフィーが、あと数千年もしたら、エントロピーって奴らがアタイ達を…、うぅ…、粉々にしてっ、ひっく、爆散させて、そんでもって世界は絶対零度でかちこちに凍って終末を迎えるんだって…!」
この娘は何を言っているのか。周りを見渡すとバジーはやれやれといった風に肩をすくめ、フランクは何やらオドオドしている。科学の申し子の彼に限って怯える道理などないはずなのだが。そしてウルフィー、この騒動の犯人はハープが震えて毛羽立っているのをニヤニヤしながら眺めているのだ。このいたずら小僧め。
「ウルフィー?」
ウルフィーがにやけた顔のまま話し始めた。牙の隙間からタラタラよだれがこぼれる。それを見たバジーが顔をしかめて一歩彼から退いた。
「先生、間違いないぜ。マクスウェルって奴に聞いたんだ。俺たちは熱力学第二法則でもってエントロピーの野郎にバラバラに引き裂かれて、そりゃもう壮絶な最期を遂げるんだ。」
ハープがまたもやビクリと震え、ピーピーと弱々しい声を上げる。
ふう、この小僧にはちょっときつめのお灸が必要だな。
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軽くため息をつきながら手を振り上げるのを見ると、ウルフィーは途端に尻尾を縮めてクンクン鳴き始めた。
「や、先生、冗談なんだよ。ハープがこんな真に受けるなんてね。…あ、いや、反省してるんだ。だから、ね?ゲンコツはね?」
「もう遅いわね!ウルフィー。先生に地面にめり込むまで殴ってもらうといいわ!」
バジーが高飛車な調子で言い放つ。
「ひええ。」
ウルフィーがいよいよ尻尾を丸めて脳天に訪れる衝撃に備えようとした時、一人のケンタウロスが入ってきた。機会を逸した拳は振り下ろされることなく静かに定位置に戻り、残念そうにポケットに潜り込んだ。
「どうしたんです?」
薄茶色の尻尾をピシリと振って問いただす。彼の方が教師に向いているかもしれない。落ち着いた態度を見るたびにそう思う。すぐに手を出してしまうのは悪い癖だな。
「それがだね…。」
「またウルフィーがさあ!」
バジーが後を引き取っていきさつを説明する。
「…それで先生に一発お仕置きしてもらおうってとこでケンが来たの。」
最後まで黙って聞いていたケンは最後にフムッとうなずいた。
「先生、頭を叩いたらウルフィーがさらに馬鹿になっちゃいますよ。」
「なんだとう?」
ウルフィーが鼻息荒く牙をむき出したが誰も相手にしていない。
「でもテーマとしては面白いかな。先生、今日はエントロピーについて話してくれませんか。僕も理解が浅いので誰かに教えて欲しかったんです。」
ケンは考え深げに尻尾を振っている。賢い少年なのだ。さすがにケンタウロス族ということはある。
「ふむ、エントロピー、熱的死についてか。君達には少し難しい気もするが、ハープをこのまま放っとくわけにもいかんしな。」
ハープは相変わらずプルプルしていた。結局のところ、この鳥の娘を落ち着かせるにはそれが一番だろうか。
「ぼ、ぼくもエントロピーについて知りたい、な。」
珍しくフランクも積極的だ。もしかしたらエントロピーは彼の射影概念に多少なりとも影響を与えているのかもしれない。なれば彼の魂にとっても悪くない話だ。この際に話しておくのもいいだろう。
「よし。今日はエントロピーと、人間どもが空想する宇宙終末についてやろうか。」
「や、先生、冗談なんだよ。ハープがこんな真に受けるなんてね。…あ、いや、反省してるんだ。だから、ね?ゲンコツはね?」
「もう遅いわね!ウルフィー。先生に地面にめり込むまで殴ってもらうといいわ!」
バジーが高飛車な調子で言い放つ。
「ひええ。」
ウルフィーがいよいよ尻尾を丸めて脳天に訪れる衝撃に備えようとした時、一人のケンタウロスが入ってきた。機会を逸した拳は振り下ろされることなく静かに定位置に戻り、残念そうにポケットに潜り込んだ。
「どうしたんです?」
薄茶色の尻尾をピシリと振って問いただす。彼の方が教師に向いているかもしれない。落ち着いた態度を見るたびにそう思う。すぐに手を出してしまうのは悪い癖だな。
「それがだね…。」
「またウルフィーがさあ!」
バジーが後を引き取っていきさつを説明する。
「…それで先生に一発お仕置きしてもらおうってとこでケンが来たの。」
最後まで黙って聞いていたケンは最後にフムッとうなずいた。
「先生、頭を叩いたらウルフィーがさらに馬鹿になっちゃいますよ。」
「なんだとう?」
ウルフィーが鼻息荒く牙をむき出したが誰も相手にしていない。
「でもテーマとしては面白いかな。先生、今日はエントロピーについて話してくれませんか。僕も理解が浅いので誰かに教えて欲しかったんです。」
ケンは考え深げに尻尾を振っている。賢い少年なのだ。さすがにケンタウロス族ということはある。
「ふむ、エントロピー、熱的死についてか。君達には少し難しい気もするが、ハープをこのまま放っとくわけにもいかんしな。」
ハープは相変わらずプルプルしていた。結局のところ、この鳥の娘を落ち着かせるにはそれが一番だろうか。
「ぼ、ぼくもエントロピーについて知りたい、な。」
珍しくフランクも積極的だ。もしかしたらエントロピーは彼の射影概念に多少なりとも影響を与えているのかもしれない。なれば彼の魂にとっても悪くない話だ。この際に話しておくのもいいだろう。
「よし。今日はエントロピーと、人間どもが空想する宇宙終末についてやろうか。」