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110 超えるべき壁

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 ダニィはギターを振りほどこうと足掻く。
彼のスタ……ガーディアンであるクワァンタム・オブ・ソラスの能力を使うために
ダニィはある条件を満たさなければならない。

1つ:ギターを演奏すること

2つ:ダニィ以外はギターに触れないこと

この条件の両方ともをダニィは満たせていない。

オートショットガンのような音速弾の嵐によって
敵をダンサーのように踊り狂わせて殺す
「歓喜なる舞闘行進曲」……言うなれば、音のオートマシンショットガンであるこの技は
最低でも演奏を5秒は奏でてからの発射となる。
(これはダニィのコンディションが万全な時である。)

そこから更に指定の曲を演奏し続け、上手くループとすることで
弾薬が要らず、無限にマシンガンあられを降らしまくることが出来る……
一聞するとローリスクでハイリターンな使い勝手の良い技に思えるが、
実はかなりハイリスクである。一つでも音程やキーをミスってしまうと、そこからは
約10分は能力が使えなくなってしまう。

一流の音楽家が1演奏の中のほんのわずかな綻びで大スランプに陥ってしまう……
音楽家としてのダニィは、何度もそのスランプに悩まされた。

同じくハルドゥという名のガーディア……スタンド……
ガーディアンに寄生されたハルドゥが、能力の発現に多大な時間を要したのは
翻訳家として数多くの言語を習得するのに、多大なる時間を要したことに由来するように、
同じガーディアンに属するクワァンタム・オブ・ソラスも、
ダニィ自身の過去のトラウマやスランプを影響せざるを得ないのだ。

ただその点、能力を発揮した時のエネルギーは高い。


話を戻そう。

ダニィが今、こうしてディオゴにギターを掴まれていることによって
ダニィは以下の状況に追い込まれている。

1.クワァンタム・オブ・ソラスを出せない

2.演奏失敗からのスランプ克服に10分は必要

3.歓喜なる舞踏行進曲の発動に、約5秒の時間が必要


いわば、接近戦に持ち込まれた時点でダニィは能力が出せない状況に追い込まれるのだ。

「……ダニィ もうよせ。おまえを傷つけたくない。」

悲しみの眼差しの中、ギター越しにディオゴは呼びかけてくる。
額からは脂汗が斑点状に浮き上がり、まるで水を被ったかのように、
頭からは汗の滝が何本も顎へと伝い、落ちてゆく。

「…………確かにそうだ。接近戦じゃ
アンタの右に出るのはセキーネさんとヌメロ兄さんぐらいだった……」

ダニィは彼自身、不利な状況を悟りつつあった。
相手はかつてアルフヘイムで丙武やメゼツ・ホロヴィズを相手に互角の戦いを
繰り広げた相手だ。ガーディアンが使えないのを差し引いても、
白兵戦では達人クラスだ。それ故か、ディオゴはいつしかアルフヘイムの英雄と呼ばれていた。
もっとも、それは彼がマフィアに身を堕とし、獣神帝の配下となる前の話ではあるが。

無論、ダニィはそれに匹敵するレベルには白兵戦の技術に磨きをかけていた。
だが、いざアルフヘイムの英雄と呼ばれた男を前にし、
襲いかかる精神的なプレッシャーのせいで、思うように力を出せない。
今、彼に出来ることは少しでも策を巡らしているのを
悟られないように、軽口を叩き、時間を稼ぐことだけだった。


「軽口を叩く強がりもそこまでだ……ダニィ!
おまえが喧嘩で俺に勝てたことが……あったのか?」

すかさず、ディオゴはダニィの心をねじ伏せようと過去をえぐり出した。
武闘派のディオゴと、美術派のダニィとは無論、畑が違うので比べること自体
失礼な話ではあるのだが、よく幼い頃
ディオゴとダニィは喧嘩をしたものだった。
父を失い、ヴィトーの許に引き取られたダニィが
ディオゴの実の父親であるヴィトーからの寵愛を受けていたこと、
更に実の妹であるモニークと恋仲になりつつあったことを激しく嫉妬しての大喧嘩だった。
あの頃は互いに譲り合うことを知らず、些細なことで喧嘩をしては
ダニィはいつもディオゴにボコボコに負かされた。
ディオゴとしては、ダニィをからかうつもりは毛頭なかった。
ただ、ダニィの戦意喪失を狙った言葉だった。
だが、今のダニィにとって寧ろディオゴの言葉は鎮火仕掛けていた火に
ガソリンを注ぎ込む愚行でしかなかった。

「……いつまで昔のことを引きずってるんだ? もう昔の俺じゃあない。
それはアンタも同じだ……かつてのアンタならまだしも……
酒で鈍り、生温い暮らしにどっぷり浸かったアンタに俺は殺せない。」

過去の喧嘩を持ち出され、ダニィは烈火の如き憤怒の眼差しで
ディオゴを激しく睨みつけていた。

怒りは力を生み出す……この10年間で芽生え始めていた兄への対抗心が
臨界点を突破した瞬間であった。
ディオゴが怠けていたことを引き合いに出し、ダニィは自信を取り戻した。
絶対的なピンチに追い込まれた一流のアスリートが多用する
スウィッチング・ウィンバックという精神回復法である。

相手の落ち度を指摘し、批判するのは やはり自身の緊張を解す。
道徳的な観点から見て、如何なものかと思われる方法ではあった。
だが、アルフヘイムの英雄と呼ばれたこの男……いや、
自分にとって何度も敗北をその身に叩き込んだ義兄を
超える方法はこれ以外にはなかった。

「……ダニィ!」

「アンタは俺にとって目障りな壁でしかなかった……
これからも そうあり続けるだろう……
だが……それもここで終わりだ!!俺はアンタを超える……!」

圧倒的不利な状況に置かれたダニィがとった行動は、

意外にもなんと自身のギターを投げ捨てることであった。


「な……にぃ!」

ディオゴは唖然とした。
両手に握り締められていたカマラーデン48が宙を舞い、ギターと共に宙を舞ったのだから。
舞った瞬間、ディオゴは何をされたのかようやく思い出した。
ダニィはあの膠着状態の中、ギターのサウンドホールから即座に予備の弦を取り出し、
ワイヤー状にして瞬時にギターに密着させて拘束し、そのまま投げ捨てたのだ。

「ぐヲォッ!」

次の瞬間、ディオゴは左の手首に戦慄を覚え、左腕を払いのけながら
後方に下がった。顎に一撃を喰らったボクサーの口から噴出される
唾の飛沫のように、手首から血の飛沫が飛び散る。

(斬撃…?)

そう認識する前に、ディオゴはダニィの攻撃を回避し、後方へと下がった。

ダニィの手には細長い剣が握られていた。

(べングリオン・マチェーテ……!)

レイピアのように細く、日本刀のような切れ味を誇るその剣は
短刀のような収納性はないものの、ギターケースやラケットケースなど
細長いものに収納できる利点性があり、暗殺者の間で人気の品となっていた。

あの一瞬の内……ギターを投げる寸前にダニィはヘッドの中に仕込んだ
ベングリオン・マチェーテを取り出した。無論、ディオゴのカマラーデン48を
縛り付けてから投げ捨てるまでの時間はコンマ単位のものである。
動作は大雑把に区切っても3~5動作はある手間のかかる動きを
あの一瞬でダニィは行ったのだ。
もはや、あの全盛期の頃のセキーネやアーネスト並のスピードに匹敵する。

「……」
無言のまま、ディオゴは腰に忍ばせていたベングリオンナイフを抜いた。
月の刻印が刻まれたこのナイフは、ヌメロから譲り受けた―
ディオゴにとって男の絆の刻まれた武器である。

「ハンデが必要かい? 貸してやろうか?」

嘲笑いながら、ダニィはパーカーの裏ポケットに仕込んでいた
ベングリオンナイフ(レプリカ)を床に投げ置く。

「ナイフ持ってる相手 刀で痛めつけるような
拷問紛いな事ァしたくはねえ…… せめて両手ナイフで戦わせてやるよ。」

「………」
ディオゴはダニィが放り投げたギターを見つめていた。
弦はところどころ乱れ、ちぎれ、ボディは傷だらけだった。

「……要らねぇよ クソが」

ディオゴはダニィのナイフを踏み砕くと、ナイフを構え、ダニィを睨む。

「てめぇの道具を粗末に扱うようなクソ相手には
ちょうど いいハンデだ。」

ディオゴは激怒していた。
かつてのダニィにマチェーテで切られたことではない。
かつてのダニィならば絶対にギターを投げ捨てるような真似などしなかった。
あろうことか、ダニィはそのギターに刃物を仕込んでいた。
愛用する筈の道具としてのあるべき姿を捻じ曲げたその根性が……許せなかった。
まるで、いつまでも心の中で輝き続ける
あの優しかったダニィ・ファルコーネを 侮辱されたことが
許せなかった。

「上等だよ……軽口を叩く余裕が叩けなくなるまで切り刻んでやるよ。」

見くびられたことで完全に沸点が振り切れたダニィは
かつてのセキーネに匹敵するようなスピードで
大きくベングリオン・マチェーテを振りかぶり、ディオゴに斬りかかった。


「うぇ~~い♫ 第二ラウンドの始まりでぇい~~☆」

その様子を人職人人は、頬杖をつき、ニヤニヤと笑う。
遺跡の壁のヘリに腰をかけ、まるで足湯でもするかのようにブラブラと足を揺らしながら、見守るのだった。


ダニィは右手の剣を振りかぶり、頭部を一刀両断せんとばかりに斬りつける……
だが、軌道に僅かばかりの曲がりを感じ取り、ディオゴは右手のナイフを目の前にかざす。
ナイフに当たった剣は突如として、ディオゴの視界から見て左へとうねる。

ディオゴの視界外へと消えたダニィの剣は
蛇の牙のようにディオゴの喉笛を捉えようとディオゴの左から襲いかかる。

ダニィは振り下ろした軌道を着地点に、そこから蛇のようにうねり、
横から死神の鎌のように首を掻き切ろうとしたが、それもディオゴには読まれていた。
即座にディオゴは剣を止めると、右に払った勢いでダニィの剣を薙ぎ払う。
だが、それに負けじとダニィはそのなぎ払った勢いを、まるで溜めに利用するかのように
直ぐにナイフを反対方向へと薙ぎ払う。

その瞬間にガラ空きとなったダニィの腹を踏みつけるように
右足でキックを繰り出す。

「ぐッ!」

腸に軋む蹴りをまともに喰らい、ダニィの額から血管が
蛇のように浮き上がり、脂汗が滲み出す。だが、ダニィはそれに負けじと
左手で足を掴むと、足を斬り落とそうと右手の剣を振りかぶる。

(くっ…!!)

ディオゴは右足を掴まれたまま、そのまま身体をよじらせ、
左に廻し蹴りを繰り出す要領で回転しながら飛び上がる。

「ぐあッ!」

「がッ!!」

ディオゴもダニィもそのまま回転しながら地面に叩きつけられ、
前者はうつ伏せに、後者は仰向けに倒れこむ。
仰向けに倒れ込んだことで、ダニィは後頭部から背骨をまともに叩きつけられ、思わず 
怯んだ。その隙に、ディオゴはダニィの腕から脚を引き抜こうとした。
そう、女の……もうやめよう。

だが、それでもダニィはディオゴの右脚を離そうとしなかった。
ダニィの左手はディオゴの右脚をこのまま締め付けて潰そうとせん
ばかりに握り締め、抱えていた。 
まるで女のマン…………申し訳ない。

「ぐ……アあァアッ!!」

ディオゴの右足に電撃が走る。ダニィはディオゴの脚が弓状に湾曲するように
締め上げていた。つまり、ふくらはぎは上を向いている状態だ。
そのため、ふくらはぎは上下に引き千切れそうになっている。

「このまま脚を切り刻まれるか、それとも ふくらはぎがブチ切れるか……
どちらが先が楽しみだな。」

ダニィは自分に背を向け、這いつくばっているディオゴを
地平線上に見通しながら、嘲笑うかのように微笑んだ。

「クソがァあッ…!」

ディオゴは上体をねじる勢いを利用し、ダニィごと一度回転した。
脇腹に張り付いている腹斜筋と腹横筋が発達しているが故の技だ。
これで前者は仰向けに、後者はうつ伏せに地面に肘をつく形になった。
ディオゴはダニィの顔面を左脚で蹴って、引き剥がそうとしたが
ダニィは左手でディオゴの右足を抱え込んだまま、
左脚の蹴りを最低限の動きでかわし、右手に持っていた剣で
再び脚を切り落としにかかる。

「くッぉあッ!」

ディオゴは自由である左脚でダニィの右手の斬撃を捌きながら、
上体を起こし、両手の力だけで身体を後方へ押し出していく。
まるで腕立て伏せの仰向けバージョンのような要領で、
もはや手の力だけで上体どころか全身が浮いていた。
両手を押し出して後方へと飛び退くのと同時に、ダニィの左腕が絡みついた右足を
蹴り出し、振りほどこうとする。

ディオゴが飛び退く度に、ダニィの身体も浮き上がり
ダニィはうつ伏せのせいで、胸や腹を打ち付ける。
古傷のある付近は、骨が折れやすくなっていたせいか、
ダニィは思わず顔を歪める。

その痛みに気を取られた一瞬、ダニィは顔面にディオゴの左脚の蹴りを喰らった。

「がはッ!」

思わず、掴んでいたディオゴの右脚を離してしまった。
両足が自由になったディオゴは、両手で身体を起こすと低空の
ドロップキックをダニィに食らわせる。

「がァ!」

流石にダニィも両手で蹴りを防ぎ、その蹴りの勢いを利用して上体を
ダニィ視点で右側に逸らすと、まるでブレイクダンスのように、下半身を滑らせ、
ディオゴの脇腹目掛けて蹴りを食らわせる。


「がはっ!!」

ダニィの蹴りをまともに喰らい、ディオゴは悶絶しながらも体制を立て直そうと
そのままカポエイラの動きのように、弧を描いた蹴りを繰り出した勢いで立ち上がる。
ダニィもそのまま、ブレイクダンスの要領で起き上がる。

「はぁ……っ はぁ……っ」

「はァ…ッ……はぁ…ッ!!」

上着を脱ぎ、ディオゴはベスト姿になった……
気品ある紳士姿のベストはところどころ盛り上がり、
強靭な肉体が内に秘められていることを示していた。

かたやパーカーを脱ぎ捨て、ダニィは上半身裸になった……
露になったダニィの肉体はかつてのディオゴの肉体のように
ところどころ筋肉が盛り上がり、無数の切り傷や銃創などの古傷が刻まれていた。
厳ついその肉体は 浮き上がる汗で小麦色の肌が輝きを放ちながら、
妖艶な色気を醸し出していた。

「どうした? 息が上がってるぜ。義兄貴。老いぼれたか?」

「そういう自分はスタミナ不足のようだな。
裸にならなきゃ熱くてたまらねぇってか?
生憎 こちらはまだ汗もかいちゃいねぇぜ。」

両者、頭に血が昇り、義兄弟ということを忘れ煽り合っていた。

(何やってんだ……俺は)

ディオゴは熱くなった自分を叱責するかのように、
頭に昇った血を下ろした。ダニィと戦うために、ここまで来たのではない。

「イイ線行ってるが、ここまでだ。蹴りもキレがなくなってるのがいい証拠だ。
もう諦めろ。」

ディオゴは右手のナイフを捨てると、右手を差し伸べた。

「あっはっはっはっはっはっはっ!!
やれやれ……アンタは本当に見る目がない。
今の今まで俺が優しく接していたのがまるで分かっていない。」

ダニィの胸が……肩がコブのように盛り上がっていく。
背中からは蝙蝠の羽が姿を現していく。

「忘れたかい? 義兄貴。俺がコウモリ寄りの黒兎人族だってことを。」

剣を構え、ダニィは翼を広げる。
その姿はまるで四翼の悪魔のようにディオゴの瞳に禍々しく映るのだった。
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バーボンハイム(文鳥) 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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