そして時は戻る……
「一体どうするつもりなんだ…? メゼツ」
メガネを直しながら、丙武はメゼツに尋ねる
激痛を抑えるための麻薬のせいで苛立っていた丙武には
今のメゼツの小馬鹿にした態度が少しばかり腹立たしかった。
「兄貴の考えは正しい……森を爆撃するっていうのがね……
ただイイ線止まりだ……だから、ここぞと言うとこで
王手が打てないんだよ……」
「あァ?」
図星を突かれ、丙武はメゼツの胸ぐらを掴みそうになっていた……
麻薬で血管が浮き出し、目も少し飛び出しそうになって充血したギョロ目が
メガネ越しに鬼のように映った……
丙武を小馬鹿にしていたメゼツも、流石に義兄弟の丙武と争うつもりは微塵もない。
多少、からかったつもりなのに ここで血を見るのはごめんだ……
「おいおいおいおいおい!!!そうカリカリすんなって 兄貴ィ……
これはMMをやってるだけだ……軍人の基本だろぉ?
訓練と実践の後の講評を述べ、それを次回の反省に生かす……今の兄貴に必要なのはそれだ……」
メゼツの言う通りだった……
確かに度重なる勝利のために有頂天になり、警戒心を失い、冷静さをかなり欠いていたとは思う。
実際、敗走を続ける白兎軍を舐めてかかっていた。
「放っておけ どうせ、反撃する力も残っていまい……」と吐き棄て、
追撃出来れば出来たものを敢えてせず、捕らえた兎人族を食らって
酒盛りをしていたこともあった。
もし、あそこで奴らへの追撃を止めていなければ
セキーネ・ディオゴ率いる白・黒兎連合軍にこれほど苦しめられずに済んだのかもしれない。
森を突き進むにしても、Gスポットだけに警戒するだけに済んだかもしれない。
白兎とクリッカーどもが到着する前に、もっと前進出来たのかもしれない……
ダンカン大尉と、ラッシャー中尉という重要な指揮官を失わずに済んだのかもしれない……
現状、残っている指揮官はソノマ・ンマー少尉、マゾホン少佐、ガタルアナル大尉の3名だ……
この3名までも失えば、丙武軍団の指揮系統は崩壊する。
この3名の内の2人が指揮するマゾホン隊と、ガタルアナル隊は突撃をメインとした部隊である。
そして、ンマー隊には有能な狙撃手が大勢居る。兎タイプはともかく、
人間タイプの兎人族の跳躍速度なら、即座に膝を狙って撃ち落とせるぐらいの腕前がいる……
それほど有能な彼等を前線へと出せないのは、失った時のリスクがあまりにも
でか過ぎるからだ。敵の姿も不鮮明で、地形は最悪、おまけに敵は潜伏性と暗殺力に長けた兎人族に、
闇夜でも兎人族並に動けるクリッカーども……
全滅する可能性、遭難する可能性…両方ともがある以上、
切り札となる彼等を無謀な賭けに浪費するわけにはいかなかった。
それもこれも全てはこのトレイシーフォレストのせいである。
これを焼き払えば、マゾホン隊と、ガタルアナル隊の突撃をンマー隊が援護する形で突破できる……
「今日は兄貴のためにゲストをお呼びしたよ……
お入りください ゼット将軍!」
「ゼット…将軍だと?」
麻薬でやや意識が乱れていた丙武の目に一瞬で光が舞い戻る……
「全員 気をつけェエエえェエエッッ!!!!!!!!」
まるで巨人の咆哮のような号令を挙げる丙武に、
指揮所に居た全員が一斉に席を立ち、不動の姿勢をとり始めた。
まるで西部劇のクイックドローの如き、速さであった。
ゼット将軍は、甲骨国空軍指揮官であり
このアルフヘイムとの70年間にも渡る戦争をくぐり抜けてきた
「空中の騎士」と呼ばれる英雄である。
空軍のゼット将軍と海軍のペリソン提督……この2人がいたからこそ、
丙武が所属する陸軍は、アルフヘイムに上陸出来たのである。
「服務中異常無ァアあし!!!!!」
軍団の最高指揮官である丙武大佐は、ゼット将軍に向け、敬礼する……
「この現状を見て……異常無しとはな……
おまけに指揮官が麻薬中毒とは……」
ゼット将軍は丙武の身体から……いや、指揮所内に
立ち込める麻薬の臭いに不快感を顕にしながら、口ひげをヒクヒクとさせた……
「ハッ!!!申し訳ありません!!!
どのような罰であろうとお受けいたします!!」
英雄であるゼット将軍の前では、あの丙武もまるで
虎の前に立たされた兎のようである。
内心震えながらも、丙武は謝罪のために上体を寝かし、
敬礼した。
「……そう怯えずとも良い
別にこれでお主を軍法会議にかけるつもりは毛頭ない……
お主の負傷具合を見れば、この麻薬の臭いが
鎮痛剤の代用品に使われていることぐらいは重々承知。
私もかつて負傷をした時に使用したことがある……
だが、副作用が強い以上おすすめは出来ぬな……
ましてや、お主はここの長だ……指揮官が麻薬中毒では
部下に的確な指示も出しづらくなるというものだ……」
「ハッ!!勿体無きお言葉であります!!!」
ゼット将軍の説法は、歴戦をくぐり抜けて来た将軍としての
重みがあった。過去、将軍は何度も死にかけ、その度に再起した。
「ん?お主も身体を機械化しておるのか?」
「アッ……ハイ!両手両足を……!!」
「そうか……実は儂もそうでな……」
そう言いながらゼット将軍は、戦闘服の上着とシャツを脱ぎ、
機械化した身体を顕にした
「 今から20年前に撃墜された時に
心臓と右手を機械化してな……だから、お主が義手義足の痛みを
麻薬で誤魔化したくなる気持ちも理解出来なくはないのだ……」
見た目からは想像もつかないような
引き締まりつつも、筋肉の筋がまるで彫刻の如く
刻まれたその美しい身体と機械化された身体との
融合は彼が戦場の覇者であることを 見ただけで教えてくれるほどの
威厳を醸し出していた。
「だが、麻薬などその場凌ぎの快楽にしかならぬ……
それと引き換えに得られるのは罪悪感と無力感だけだ。
士気を著しく下げてしまう……。儂も退院時は同じだったからな……
戦う以上、士気は充実旺盛でなければならん……
士気旺盛でなくては、たとえ有能な指揮官だろうと
本領を発揮すること叶わず……お主が
ここまで亜人たちを追い詰めたのにも関わらず、最後の王手が
打てないのもそのためだ……」
丙武はゼット将軍に言われ、メゼツの言葉が
正真正銘の軍人として大切なものだったと改めて認識した‥…
「先ずは麻薬を止めよ……さすれば正確な判断も出来よう」
「有り難きご指導ご鞭撻、感謝いたします!
将軍!」
ゼットの言葉に丙武は自らを省みると同時に
沸き立つ血潮を抑え込んでいた
「今回、ゼット将軍にお越しいただいたのは他でもありません。
丙大佐の行く手を阻むこのトレイシー・フォレストの
爆撃を行っていただいたいのです…」
現状を説明するメゼツの言葉にうなづきながら、
ゼット将軍は口を抑え、地面を見つめながら考え込んだ……
「なるほど……兵站面でも問題を抱えておると
言うことじゃな……」
「ええ」
「ただ、バーンブリッツ中佐のおっしゃることも
正しい……砲弾一つ一つでは効率も悪いし、埓もあかん……
出来ることなら、儂の航空部隊で空爆してやりたいが、
それでは陸軍のホロヴィズ将軍の顔に泥を塗ることになる……
あくまでもメインは君たち陸軍だ……陸は陸軍の手で攻略せねばな……」
今でこそ戦場に女たちが入る世の中になってきてはいる……
だが、実情は戦場は依然として男たちのものだ……
男たちが男であるために、そこには意地がある 誇りがある……
彼等兎人族が兎であることを誇りに思っているかのように、
甲骨国陸軍にも陸軍たる誇りがある……
ホロヴィズ将軍は丙武に北方戦線攻略を一任したのだ……
たとえ、手を借りねばならぬ場面があるとは言え、
ゼット将軍による空爆でここを制圧しては世間は何と見なすだろうか?
匙を投げてしまったと捉えられかねない……
あくまでも、空軍が協力してくれたという形にしなければならない。
「砲弾というアイディアは正しい……確かにイイ線行っているが、それ止まりだ……
…何かが足りない……そうだな……火力じゃな……」
ゼット将軍は地面を見つめながら考える……
突如、メゼツ少尉がブルっと身体を震わせる
「……そういやぁ~……今晩は冷えるなぁ~…
…‥…そろそろストーブの時期か……」
日頃から半裸のメゼツ少尉らしからぬ発言で丙武には
滑稽に見えたが、確かに9月も終わりを迎えつつある
アルフヘイム北部の秋の夜は寒い……
「おーい、誰かストーブを出して来い!
いいか~ 絶対に有り得ねェことだとは思うが
絶対にガソリンなんか入れるなよ!!灯油だぞ!!」
「小隊長、わざわざそんなこと言われなくとも
こいつらも分かってますって~」
ラッキョウ軍曹が笑いながら、メゼツに向けて言った。
「当たり前のことだからって 言わなくても良いって
ワケじゃあねェんだ!そういうところからしっかり
しなきゃならないんだ!!」
メゼツが当たり前のことを口を酸っぱくして喋った。
軍隊という組織では、こんな低レベルな指示を行われているものかと
思われがちだ……だが、どんな職場であろうと当たり前のことがなされていないことはある。
字も読めない、常識も知らない、空気が読めない、規律が守れない……
軍隊という組織で働くにおいて致命的では無いかと思われるような欠点を持った
人間が兵隊として働いているという矛盾……そんな矛盾を持った者は
前線部隊においては危険でしかない。基本そういった者は後方部隊に配属されることが多い。
だが、彼等全てをふるいにかけることは出来ない。
よしんば彼等が居なかったとしても、こういう1年単位で戦闘行動をくり返す生活を
していれば、疲労困憊で初歩的なミスをしでかす可能性は否めない。
「……ガソリン……灯油……そうだ…」
先ほどのやり取りでゼット将軍は何か思いついたらしい……
微笑みで口髭を釣り上げながらも、将軍は目線をそのままに尋ねた。
「丙大佐……油はあるかな? 可燃性の油だ……
そう……農薬のように散布出来る程の……大量の油が必要だ」