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25 母性の軍神

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 セキーネたち十六夜部隊は
無事にンマー少尉と、マゾホン少佐の暗殺を終え、陣地へと帰還した。
温食を食べ終え、セキーネたちは暖をとっていた。

セキ―ネは父親と母親と一緒に映った写真を眺めていた……
焚き火の炎が暗闇を蛍のように照らし、ミカンのようなオレンジ色の光を放っていた。
オレンジ色の光に照らされたセキーネとその母ヴェスパー、亡き父クレイグの写真を
見つめるセキーネの目は、少しばかり綻んでいるように見えた。


「…おつかれさん」

ディオゴが、セキーネの背中を優しく叩き、
ねぎらいの言葉をかけた。左手には人参をすり潰した温かいスープの入ったマグカップが握られている。

「……飲めよ」

「かたじけない」

セキーネはマグカップを受け取り、それを飲んだ
その途中で、ディオゴが写真を覗きながら尋ねる

「……それ あんたの家族かい?」

「……ええ……父と母です」

セキーネの持つセピア色の写真には
クレイグ王子と女王陛下ヴェスパーの若かりし頃の姿と
セキーネらしき赤ん坊の姿が写っていた

「随分と古い写真だなぁ……そこの真ん中に映っているの
 アンタだろ?」

母ヴェスパーに抱き抱えられたセキーネらしき赤ん坊の姿を見て、ディオゴは優しく尋ねた

「……ええ 3人で撮影したのがこれしかなかったもので」

優しく微笑みながら事情を説明するセキーネの表情にやや
哀しみが含まれているのを感じてかディオゴは即座に申し訳無さそうに尋ねた

「…悪いこと……聞いたか?」

「……いいえ 大丈夫ですよ」

「……ご両親は元気かい?」

セキーネの両親が元気であってほしいと思いながら
ディオゴは尋ねた

「……父は亡くなりました……母は生きてはいますが……
 もう長くありません」

「…………気の毒だな……おふくろさんは……いや……言いたくなけりゃいい」

ディオゴはセキーネの両親の事情が芳しくないことを
心底、残念に思いながら詫びた

「いいえ……自分も誰かに話を聞いてもらいたい……
 聞いてもらえますか?」

「……俺で良けりゃあいくらでも」

セキーネ自身としては、本当にディオゴに話を聞いてもらいたかったのだろう
彼は優しく微笑みながら尋ねた。だが、ディオゴはそんなセキーネが
自分を気遣ってくれたのだろうと思った。セキーネのそんな優しい気遣いに
自分は男として負けているなと思うと 悲しくなった

「……母は肝臓のガンで……尿毒症になりましてここ2年ずーっと寝たきりです……
 起きては寝て……寝ては起きてを繰り返して……最近はもう……起きることが
 少なくなってきています……」

「……傍に居てやらなくていいのか?」

「……母が喜ばないでしょう……やりたい事や やるべき事を
 途中で投げ出すような男になるなが口癖でしたから」

「……良いおふくろさんだな……」

「……大尉のご両親は健在で?」

「いいや ついこの間、オヤジが亡くなって
 親は居なくなっちまったよ」

「…そうですか……お父様は何で亡くなられたのです?」

「アンタのおふくろさんと同じ病気だ……
 兎人ってのは 肝臓ガンにかかりやすいらしいな……」

「……辛いでしょう」

「……正直言うとなぁ……オヤジとは喧嘩別れしちまっててなぁ……
 かかったって聞いた時ァ ざまあ見ろって思ってたんだ……
 だけど、久々に会った時 随分やつれちまってなぁ……
 そん時ァ 正直随分こたえたよ……」

「やはり親が弱っていくのを見るのは辛いものですね……」

「……まあ そうなんだが……かと言って目をそらすってのも後悔は残る……」

「……と言うと?」

「……オヤジが弱っていく中で……もし……俺が傍に居てやれてたら……
 何か一つ……してやれたんじゃねぇのかなって時々思う……
 何も出来なかったのかもしれねぇが……気休めにでもなれたんじゃねぇのかな……って思う……」

「…………」


「……俺はオヤジの死に目に会いに行かなかった……
 俺個人としちゃあ……オヤジが死んでいく姿を見たくなかったんだが……
 やっぱり思うよ……今際の時に子供は傍に居てやった方がいいんじゃねぇのかなって……」

「…………」

「……まあ アンタのおふくろさんの考えだ……口出しする気も無い。
 正直言ってアンタに抜けられると現状としちゃあ俺も困るっちゃ困る……
 だがな……アンタの人生だ 
 自分の生き方を貫く時に 他人の生き方を気にしてちゃ何も出来ないしな。
 もし ホンの一欠片でも 後悔を残したくないのなら……そん時ァ……俺も応援するよ……」

「……中隊長」

話を聞いていた白兎軍の参謀タナー中尉と、その部下数名が申し訳無さそうに
割って入ってきた。話に横入りする無礼を承知で、それでもセキーネ中隊長に言いたいことがあったのだろう……
彼等の目は蛍のような焚き火に照らされ、中隊長に対する慈しみの光が差し込んでいた。

「……中隊長……我々が不甲斐ないばかりに 
 中隊長が気苦労をされているのなら申し訳ありません…」

「……タナー中尉……」

「正直に申し上げて……小隊長である私は……あなたに
 ただ従っていくので精一杯な程……何度も何度も……あなたに救われています」

「……中尉」

「…もし中隊長が不在にされるのでしたら
 我々はディエゴ大尉の指揮下のもと、全力でここを死守します……」

タナー中尉以下数名の者達が無意識にとっていたのは挙手による敬礼であった……
長きに渡る軍人生活で本能にまで刻み込まれた教練がそうさせたのかは分からない。
だが、この戦場において挙手の敬礼は
アルフヘイムの軍人にとって史上最高の名誉である。


 挙手の敬礼は、中世の騎士が甲冑の眉庇(まびさし)を上げ、顔を暴露することによって
敵意が無いことを示す動作が由来であるとされている。
弓矢の飛び交う戦場において、顔を晒すことは死を意味する。
故に騎士たちは眉庇を下げ、戦うのであるが……
この戦場において 死を意味する動作を 味方への挨拶のためだけに
行うということは最大限の敬意に他ならない。

「この戦場であなたに挨拶するために
 眉庇を上げ、そのために 
 敵の流れ矢を受けて死んだとしても後悔は無い」

という敬意の表れなのだ

だが、このアルフヘイムでもその敬意の表れを忘れた軍人たちが多い。
軍人としての美意識が廃れがちな この世の中……戦場において……
この敬礼をする軍人も少なくなってきている。
近年では もっぱら、この敬礼も廃れていき
会釈程度で済まされることが多くなってきている……
それに比例するかは分からないが、軍隊における部下と上官との関係も
今や悪化の一途を辿っている……

タナー中尉の挙手の敬礼は廃れつつある軍人としての美意識を呼び起こす
美しき動作であった。

「……タナー中尉 私はあなたの率いる部下たちが居なければ無力だ。
 指揮は一人では成せず、人海によって成せるものであるからだ。
 任務完遂の度、あなた達が私の部下で本当に良かったと何度も教えられた。
 あなた達は……故郷に残した家族を護るため戦っている……
 ……その家族の許へ帰れたらと……傍に居れたらと
 何度も……何度も…思ったことだろう……その想いを果たせぬまま……
 無念の死を遂げた戦友たちも居るだろう……
 ……だが、あなた達はその気持ちを噛み締め、それでも私のために戦ってくれている…
 …だからこそ、私だけが……あなた達を置いて……戦場に背を向けることは出来ない……!」

セキーネの顔は 軍人の道に生きる男としての誇りに満ち溢れていた。
一指揮官として、部下を率いる軍人の顔がそこにあった……
己がためではなく 部下のため
だからこそ、己が家族のために戦場から立ち去ることは出来ない
もし、彼セキーネが戦場で今際の時を迎えても
きっと家族に会いたかったとは砂の微塵も思わないだろう……
ただ、部下のために戦えたことに満足して死んでいけるだろう……
タナー中尉にとって、セキ―ネはもはや世界中のどんな仏や神よりも神々しい軍神であった。

「……中隊長……あなたのその言葉を……
 死んでいった戦友たちに聞かせたかった……」

タナー中尉たちは溢れ出す涙を堪えきれなかった……

「あなたの言葉が……亡くなった戦友たちへの
 最高の……手向けになることでしょう……」

ここまでの戦いで
どれほどの戦友たちが家族の名を叫び死んでいっただろう……
入隊以来から同じ釜の飯を食い、仲良くも仲違いを繰り返し、
共に傷を舐め合ってきた戦友たちの死が 耐え切れるハズなど無かった
それでも、戦場ではその悲しみを敵への怒りへと変えて戦っていかねばならないのだ
ある感情を別の感情に置き換えることは相当なエネルギーが必要だ
常人では発狂と挫折を伴うほどの苦行にほかならない。
辛さを力へと変えることを日常化させられている軍人でも耐え難いものだ。
その悲しみを初めて温かくこのセキーネは包み込んでくれたような気がしたのだ……
タナー中尉が思わず涙を流すのは至極当然のことだ

(軍人としての母性に溢れた男だ……)

ディオゴはそのセキーネの大海のような軍人魂に彼の母性を見た
そして、直感した。このセキーネの母性は母親ヴェスパー譲りのものなのだと……
だからこそ、セキーネがその母親の病床に駆けつけたい気持ちを
どれほど必死で耐え忍んでいるか……身に染みて分かった。

 (哀しい男よ……母性深き故に 己の生き方を貫けぬ
おまえの不器用さが……俺には哀しい……)

ディオゴは涙を見せることは無かった
ただ心で涙していた…… 
純粋に セキーネの母性に癒されていたのだ
それゆえに ただ哀しかった

どうして これほどの母性を貫く男が
母性によって報われないのだろうか……本当に本当に世の中は
理不尽だと思った。


いつの日か 母性のため身を犠牲にする彼が
母性によって癒されることを
ディオゴは悲願の神ラディータに祈るのであった……


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