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29 嘆きの黒兎

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蟹人族の亜人兵ガザミが皮肉っぽく言い、ぺっと唾を吐く。

 「まっとうに保護を求める奴ァ……半分もいないようだがな」

 降り積もった粉雪のような砂が彼女の唾を飲み込む。

「豚狩りの次は兎狩りかよ」

 脱走兵ヴォルガーらのように、統率を失った軍がならず者集団になるのは戦場の常だ。
一度は脱走兵に身を堕としたガザミ自身、そのことは重々理解していたが、やり切れない。
ガザミとゲオルクはあの後、撤退中のノースハウザー曹長、リュウ・ドゥ1曹率いる十六夜と合流。
敗走する第一小隊の兵士を保護していった。そんな彼らを保護するようにゲオルク軍は歩を進めていく。

「・・・至る所に女子供の亡骸が転っているな・・・」

兵士の遺体だけでなく、周囲には女子供の亡骸が転がっていた。
その殆どが・・・・・・この物語を読み続けてきた貴方ならもう言わずとも分かるだろう。これ以上、このような類の話を詳細に描写するのは控えることにする。
ガザミも蟹である前に、兵士である前に、人であり、女性である。

「ひでぇ……女に生まれたのが罪だって言うのかよ……!!」

彼等の惨たらしい亡骸を見つめる瞳には、不器用で残酷な生物である男達への怒りが焔の如く、燃えていた。 
だが、戦場が男達の生きる場所である以上、それは不可避なのかもしれない。
いつであれ、男たちの行く戦場には死と破壊しか残りはしない。
逃げ遅れればどうなるか……たとえ女子供だろうと その波に飲み込まれるしかないのだ。

「・・・アンタの言う戦場の仁義など何処にも無ぇんじゃねぇのか?」

抗うことすら出来ぬ程の強大な現実を前に、ガザミは不貞腐されながら
ゲオルクに問い掛けた。

「くさるな、ガザミ」
 ゲオルクは首を振る。

「…貴様の気持ちも分かる。だが誰かが仁義を貫いてやらねば・・・本当に仁義など無くなってしまう。」
「・・・世界にアンター人しか仁義を貫く奴が居なくなっても それでもアンタは仁義を貫くのかい?」

「・・・あぁ 誰かの心に響いてくれることを信じてな」

利害だらけの世界を歩んできた傭兵王ゲオルクだからこその言葉だった。 
限られた選択肢しか与えられない人生の中で、いかに自分を貫くか・・・
その答えをゲオルクは見出した。現実だからとねじ伏せられてたまるか、
自分を押し殺してたまるか、きっとゲオルクはそれだけを信念に生きてきたに違いない。
ガザミは心底この男に付いてきて良かったと思った。

「・・・それにしても アルフヘイムに来てからというもの、甲皇軍と戦いに来たというのに、
やっているのは亜人の脱走兵や敗残兵の制圧ばかり。真っ当な戦いは一度も無いな・・・」

「嫌気が差してきたかい?」

「・・・少しな。だが、甲皇軍との戦いも近いだろう」

 行軍を続けるゲオルク達は、逃げてくる兎人族兵らの変化に気づいていた。死傷者が増えている。

「・・・戦場は近いぞ 警戒を怠るな」
「・・・了解」
ガザミの言葉の刹那、斥候のゲオルクを呼ぶ声が聞こえてきた。
「ゲオルク様!」
 軍の先頭を進んでいた斥候が、緊迫した面持ちで馬を駆けてきた。

「前方で、白兎人族の兵士と見られる男が…」

「むっ…!」

 報告を受けている最中、目の前に現れたのは白兎人族の第一小隊長タナー中尉、その人であった。

「はぁっ……はぁっ……!」

全身に傷を負う白兎人族兵士の男。姿かたちを見るに指揮官であることは分かった。

「……白兎人族第一小隊、小隊長 タナー中尉だな……?」

セキーネから保護を頼まれた人物だ。話に聞いてはいたが、
このような人物とは思えない あまりにも見るからに弱々しい姿であった。


「……はぁっ……はぁっ……そう……です……」
タナー中尉はそう名乗ると力なく膝をつき、倒れた。
背中に石の破片を受け、ところどころ出血している。かなりの深手を負っている。

「タナー中尉!!小隊長!!」

タナー中尉をその両腕に抱き抱えるゲオルク。
それに安心したのかタナー中尉は疲労困憊した目でゲオルクを見つめる。

「……あなたは……味方ですか……? わ……私の……部下は……どこにいるんです?」
ゲオルクの胸ぐらを掴み、タナー中尉はどうか助けて欲しいと懇願するかのように尋ねた。

「もう大丈夫だ。 安心するが良い……そなたの部下は我々が保護した!
貴官も直ちに我々が保護する。」

「急いで……私のことは構わない…………まだ後ろに部下が…… お願いです……早く…助けてやってくださ」

タナー中尉は吸い込まれるようにして目を閉じて意識を失った。

「タナー中尉!!中尉!!! しっかりするのだ!!」
慌てて呼吸を確認するゲオルク……虫の息ではあるが、まだ助かる見込みはありそうだった。

「マズイな……脱水症状と出血だ……衛生兵!!」

ガザミが衛生兵を呼び、タナー中尉を担架に乗せて後方へと運んでゆく

「勇ましい男だ……あまり戦い慣れておらぬ身体だと言うのに よくぞあそこまで」

抱き抱えながら、ゲオルクはタナー中尉の辿ってきた道を悟った。
あの屈強なノースハウザー曹長や精鋭の十六夜からも「お願いです、なんとしても中尉を救ってください」と
懇願されたほどの男と聞いて よほどの豪腕で筋骨隆々の男かと思っていた。
だが、目の前に現れた男は中肉中背の見たところか弱い兵士であった。

「助かりますかね……あの中尉さん」
ヒザーニャがゲオルクに尋ねる

「部下を置き去りにはしない男と聞いている。武運を祈ろう。」

「ゲオルク!!」


ガザミの怒号と時を同じくして凄まじい轟音と共に、ゲオルク軍前方で大きな土煙が舞い上がった。
 もうもうと立ち上る土煙は、大砲の弾でも落ちたような衝撃があった事を物語る。土煙の中から、何人かの白兎人族兵が飛び出してくる。

「うわぁあぁ~ッ!!」
「ぎいやぁああぁあッ!!」

恐怖に歪んだ表情で、負傷した体を引きずりながら彼等は逃げ惑っていた。
「彼等を保護しろ!」
彼等の保護がセキーネから与えられた任務の一つだ。

「石弓の用意を」
 ゲオルクの前に、石弓兵らがずらりと並び、土煙が晴れていくのを待ち構える。
 土煙が晴れるのを待たず、何かが飛び出してくる。
 黒い肌、コウモリの羽が耳となったという4つの長耳、そして凶暴そうな白い牙を持った黒服の亜人の男が飛び出してきた。

「ウシャアアアアッ!」


牙をむいて咆哮する黒兎人族兵の男──その男こそディオゴ・J・コルレオーネだった。

「殺す殺す殺す殺す殺す殺すッ……ブッ殺してやる――――ッッ!!!」

獅子の如き怒りの咆哮をあげたディオゴは次の瞬間

「ぐ…あぁ…!!」

「ひぎゃぁぁあああああっっ!!」

類まれな跳躍力で突進し、逃げ惑う白兎人族兵を追い抜きざまに首を掻き切ってしまった。


「クソッ!!やめろぉおおおおお!!!」

ガザミの叫びも虚しく、白兎人族兵は次々と血の噴水を挙げながら、血の海へと沈んでいった

 両腕に刃を取り付け、跳躍力を活かした素早い動きからの即死攻撃は、兎人族兵特有の武器であり、脅威である。

「ウイングブレードか・・・白兵戦で厄介なことこの上無い」

敗走したとはいえ、北方戦線を支えた兎人族である。彼等の得意とする白兵戦に特化したウイングブレードは両腕の外側に刃を出し、敵に向け突進する・・・まるでその姿が翼を広げた鳥の姿であることから名付けられた。兎人族を数える時に「~羽」と数えるものがいるのもその影響かもしれない。

「放て!」
ゲオルクの号令で、石弓の矢が放たれた。
だが、ディオゴは放たれた石弓の矢を巧みに回避してしまう。
その秘密は、コウモリ人からの特性・エコーロケーション能力にあった。
兎の長耳に加えてコウモリの羽が変質した耳により、視界が悪いところでも鋭敏な聴覚がある。
石弓が放たれる音からどこに矢が飛んでくるかを聞きとり、回避してしまう。
元々、兎人族はその神速と言える程の素早さを誇る亜人であるのに、これでは防戦一方だ。

それにしてもこの黒兎人族の男……
いくらその強靭な素早さを生かすためとはいえ、胸当てしかつけていないとは何事か……
殺傷力の高い石弓の矢が一発でも当たれば致命傷となるのにも関わらずだ……

「ヌグあぁぁアああアアアアああッッ!!」
石弓の攻撃を回避すべく、空高く舞い上がるディオゴ……
だが、それでもゲオルク軍団の石弓の猛攻は止まない。
空高く舞い上がるディオゴに容赦なく降り注ぐ石弓の雨という雨……
だが、その雨の中をディオゴは身体をくねらせ、しならせ、回避していく。
わずか数ミリ身体をズラせば、蜂の巣になってもおかしくない。
余程の肝っ玉が無ければ絶対に出来ない戦い方だ。

「……命知らずな戦いをする・・・この男に何があったのだ?」

いくら強靭な身体能力のおかげとはいえ、この石弓の雨の中をこれほど掻い潜ってまで敵を倒そうとするディオゴ。
その戦いぶりには命を投げ出している素振りが見て取れた。

「ゲオルク!!」


ガザミの声が彼の名を呼び終えるのを待たず、次の瞬間ゲオルクの前に
ディオゴが飛びかかってきた。
「なにィ!?」
ほんの一瞬であった。正直、ゲオルクはディオゴの舞いに少し見とれてしまっていた……
故に、ディオゴが着地してから、その勢いを利用してゲオルク目掛けて
弾丸の如く飛びかかってくる予兆を見逃してしまった。
だが、流石は歴戦の覇者ゲオルクである。
たとえ、心は遅れを取ろうとも、長年戦場を潜り抜けてきた身体は遅れをとってはいなかった。
ゲオルクの大木のような腕は飛びかかるディオゴを防ぐべく、
咄嗟に両側の腰に差してあった短刀をガンマンの如く引き抜き、目前で交差させ、顔面を護った。
交差するのとほぼ同時に、ディオゴは両腕のウイングブレードを目の前で交差させ、
ゲオルクの顔面を護る短刀に叩きつけた。
「ぐぅおオォオッ・・・!」
怪力で知られた豪腕のゲオルクが樹齢数千年の巨大な大木ような
腰を背後に折り曲げながら踏ん張る。

「ゲオルク様ぁぁああッ!!」

「シィアアアアアーッ!!」
コウモリ人の血を物語る耳をつんざくような口蓋音の雄叫びをあげながら、
ディオゴは牙を剥き出しにし、自身のウイングブレードをゲオルクの短刀に圧しつける。
そして、ゲオルクの両腕を踏みつけ、そこを支点として全体重をのせた。
兎人族の脚力は人間の約10倍とされている……これは兎タイプの兎人族の話ではある。
だが、人間タイプの兎人族の脚力とて人間の約8倍はあるのだ…
はっきりと言おう……たとえディオゴは裸足であろうとも、この体勢から
ものの数秒で人間の腰をブチ折ることなど造作も無いことだ。

加えて、ゲオルクの両腕にはディオゴの戦闘靴が食い込んでいる。
兎人族の強靭な跳躍力に耐えられるように設計された
オリハルコン製の鉄板が入った戦闘靴の重みが加わり、尋常では無いほどの圧力が、ゲオルクの両腕から腰へと伝わっていく…

(こやつ……俺の腰をブチ折る気か……!!)

腰から骨盤へ やがて両足へと抜けていったその凄まじいパワーは
ゲオルクの足から大地へと抜け、その身体を地面へとめり込ませる。
まるで沼にでも足を踏み入れたかのように

(馬鹿な……俺の身体は200kg近くあるのだぞ……!?
こやつの枯れ木のような身体に こんな力が……!?)

だが、その兎人族の脚力が成せる芸当を不可能にしているのは
ゲオルクの巨大な大木のような筋肉という筋肉の塊だ……
老獪といえど、かつて「動く山脈」「歩く千年樹」と呼ばれた
大男ゲオルクの筋肉は重機関車に匹敵するほどの爆発的エネルギーを秘めていた。

(……舐めるなよ……このゲオルク……老いても貴様如き若造にねじ伏せられるわけにはいかん……)

かつて若かりし頃のゲオルクは、
平手打ちだけで男の顎を外し、目玉を一つ吹き飛ばすほどの超怪力を誇っていた。
その怪力は老いた今でも、変わらない。むしろ、戦場をくぐり抜けて来たことによって より一層磨かれていた。

だが、そんなゲオルクでもディオゴを振りほどくことが出来ない……

「こやつ・・・ッッ……何という……馬鹿力だ!!」

目の前のこの黒兎人族の男……確かに筋肉質ではある。
だが、身の丈で言うとたかが175cmぐらい、体重も75kgはいかぬであろう……
細身のこの男に身の丈200cm、体重も200kgを越そうかという巨漢の自分が圧されている。

「ぬぐぅおあアァぁあッ!」

額中の血管を走らせ、目から血潮を噴き出さんばかりの怪力でディオゴを押し返そうとするゲオルク。
対して、ディオゴは歯を食いしばり今度は膝を折り畳み、ゲオルクを押さえ込む

「シィヤあアァぁぁアアああああァァァッッ!!」

(ただの馬鹿力などではない……こやつを支えているのは暗黒の憎悪……!!

全てをねじ伏せ、滅ぼそうとする暗黒の憎悪……それこそがこやつの力か……!!)

ゲオルクを支える地面がやがて ひび割れを起こし、彼の足が陥没する……

何度も踏み固められた筈の荒野の大地が まるで沼地のように彼の足を受け入れざるを得なかったのだ。


「ぬぐぅぉアアあぁああッ!!」
血が沸騰し、血管がブチブチとちぎれて行くのがゲオルクには分かった。
かつての若かりしゲオルクであれば……あるいは……この状況を
打破出来たのかもしれない。だが、肝心の後一息が出せない。

「ゲオルク様!!」

弓兵達もこの事態を静観していたわけではない。
当然のことながら、彼等は主に飛びかかるディオゴに狙いを定めてはいた。
だが、万が一外れてゲオルクに当たった時のことを考えると矢を発射出来ずにいたのだ。
たとえ、千年樹の如きゲオルクの身体でも この石弓が急所に当たれば無事では済まないだろう。
主を失えば、彼等はその瞬間から浪人と化すのだ……己の人生だけが犠牲になるだけでは済まない。
己の家族から、果ては仲間の家族まで……ハイランド全国民の人生全てが犠牲となるのだ。

「くそっ……!」
そんな人生の生死の狭間を分けた一撃は彼等には重過ぎた……

一方で、ガザミは彼等の躊躇する中でも比較的冷静に狙いを定めていた。
ただ、構えるのは石弓ではなく、鋏状になった自身の右手であったが……

右手の鋏の 刃と刃が重なる交点からシャボン玉状の泡の塊が
見る見る内に溜まっていく……

「頃合だな……」

次の瞬間、ガザミは右手に溜まった泡をゲオルクとディオゴ目掛けて
弾丸の如く発射した。ガザミが得意とするバブルマシンガンである。
彼女は水分から生成された体液を泡状に変化させ、手から発射することが出来る。

泡の変化具合、発射速度も調節が可能であるため、
威力も平手打ち程度のものから、ライフル並みの破壊力を誇るものに変化することが可能である。
先ほど発射したバブルマシンガンの威力は、暴徒鎮圧用の比較的低威力のものである。
これなら、万が一、味方に当たってしまっても致命傷にはならない。

「ッ!!」

次の瞬間、ディオゴはゲオルクの両腕を踏み台にして飛び上がり、
ガザミのバブルマシンガンを回避した。
暴徒鎮圧用の低威力のものとは言え、ディオゴによっては 未知の敵による未知の攻撃である。
当たらぬに越したことはない。流石に冷静さを欠いてはいたディオゴであったが、
未知の攻撃に本能的に恐れをなし、すぐさまゲオルクの両腕を踏み台にして蹴り上げ、跳躍した。
ゲオルクはたとえ、ガザミの攻撃を受けて転倒したり、気絶しようとも
周囲の味方がバックアップしてくれるが 
ディオゴの場合、周囲には敵しかいないのだ。低威力の攻撃であろうとも、転倒したり気絶すれば、待っているのは死だけだ。

「グヌぉ!!」

踏み台にされた衝撃で、ゲオルクは背中が地面すれすれまで大きく仰け反った。
先程までゲオルクとディオゴの身体があった場所をバブルマシンガンの弾が
えぐっていく。そのため、両者に命中することはなかった。

「…チッ!」
舌打ちをして悔しがるガザミの心情に反比例して、状況は好転した。
ゲオルクという人質を失った今、ディオゴに全火力を集中することが出来る。
この時を待ち望んでいたと言わんばかりに石弓兵の第3波が、ディオゴに向けて集中する。

瞬時にそれを察知し、飛び上がるディオゴ……
負けじとそれを追う石弓の雨だったが、相変わらずディオゴはそれを回避してしまう。

「厄介だな……」
ゲオルクは石弓兵らを下がらせた。
扱いの容易い石弓といえど、通常の弓よりも連射速度に乏しいのは否めず、
次の射撃に時間がかかってしまうのが難点である。


「槍兵 前へ―――ッッ!!!」

ゲオルクの号令に間髪入れず、槍兵が前へと出る。
ディオゴの攻撃は、要は騎兵突撃と類似している。
元々、騎馬隊で丙武軍団と渡り合った経験がそれを物語っている。
白兵戦を得意とするディオゴのリーチは当然のことながら短い……
ならば、槍で対抗するのが正解というものだ。

「おらおらー!かかってこいやー!!」

膝を震わせながらも、槍兵の一人ヒザーニャが威勢よく叫んでいる
槍とウイングブレードではリーチの差は明確だ。

「行くぞウラぁぁああああああああ!!」

「待て!!」
一人で果敢に飛び出していくヒザーニャをガザミは止めようとするが、
闘気のあまり錯乱しているヒザーニャの耳には届くことはない。

「クッ……!」

突進してくるヒザーニャの槍を目にして、
ディオゴは冷静さを取り戻したのか周囲を見渡す……
槍にウイングブレードでは分が悪い……ロングレンジとショートレンジ。圧倒的不利だ。
ディオゴは手首を内側にくいっと向け、ウィングブレードの刃を仕舞う。
シャキィーンという鋭い音を立てながら、ディオゴは先ほど殺害した白兎人族が所持していた斧を拾った。

「グルルルルルル……!」

斧を拾い、ヒザーニャに向けて突きつけるディオゴ。
槍ほどではないが、少しばかりレンジの長い得物にヒザーニャは戦慄した。

「おいおい、マジかよ」

ヒザーニャは冷や汗をかくのにも気を止めず突撃をかますディオゴ。

「ゥシャあァァアアアアアッッ!!」

大きく斧を振りかぶり、ディオゴはヒザーニャに向けて斬撃を繰り出した。
「おわぁあッ!!!」
ディオゴの斬撃に、ヒザーニャは咄嗟に槍を振り回し、
斧による斬撃を弾き飛ばす……

火花が飛び散ってもなお、怯むことなくディオゴは
斧をすかさず振り荒らす……

「危ッぶねェぞ!!コラァ!!!」

内心、ヒザーニャは
虚勢を張りながらも内心、金玉が縮み上がり、
心臓が丸めた新聞紙のように圧縮される程の
強烈な恐怖心を抱いていた。

それでもヒザーニャは槍を振り回す……恐怖のあまり、
大爆笑をかまして震える膝を死にたくない一心で必死に抑えつけながら……
ヒザーニャの太刀筋は、ゲオルク程洗練されたものではない。
はっきり言って荒削りである。
ただ、槍のロングレンジを生かした斬撃と、日頃から彼が槍の扱いに
手馴れていたことが幸いしてか、ディオゴの斧による斬撃を辛うじて防ぎきっていた。

「チッ!!」

ディオゴはかつて丙武軍団と渡り合った時も、斧を使って騎馬戦に挑んでいた。
だが、それはあくまでも襲いかかる飛び道具を薙ぎ払うための用途としてしか使用していなかった。
故に、ディオゴの斧による太刀筋はヒザーニャの槍による太刀筋ほど繊細ではなく、
かなりの荒削りで、斬撃というよりもむしろ打撃に近かった。

斬撃戦においては刃の先端から末端にかけての繊細な感覚が必要である。
ウイングブレードにおいて、ディオゴのそれはほぼ完成に近いものであったが、
斧においてのそれは、ヒザーニャの槍においてのそれに著しく劣っていた。
だからこそ、あと一歩というところでディオゴは王手が掛けられずにいたのだ。

ヒザーニャにおいては 最早 己の力量をディオゴを見て瞬時に悟った。

(……っ!! コイツッ……!! 間合いに入られたら確実に死ぬ……!!)

 ディオゴの斧の太刀筋程度でも、槍の内側に入り込まれれば 
その瞬間、死に直結するのは確実であった。
だが、ヒザーニャは長年の槍の扱いによってその間合いを瞬時に見切り、
微調整をし、ディオゴの斧の攻撃を防ぎきっていた。

「……ッ そっ……これ……ッ!」

行けるのではという確信を抱いたほんの一瞬の気の緩みを、
ディオゴは見逃さなかった。

「ぐぁアアあぁああアアあッ!!!」

突如、ディオゴは持っていた斧を叩きつけるかのように投げつけた。
羽織っていた服がまるでマントのように翻り、宙を舞うほどの勢いで放たれた斧は
弾丸のようにヒザーニャの顔面へと放たれる。

「ヒザーニャ!!!」

ガザミの怒号で思わずハッと我に返ったヒザーニャは咄嗟に左手の盾を構えて頭部を守る。
先ほどまでヒザーニャの顔があった場所を盾が庇い、その衝撃の凄まじさが自分の顔へと伝わる。
鉄同士をぶつけた音なのか、それとも巨人が盾を殴った音なのか……
もはやどちらか分からなくなるほどの衝撃だった。その衝撃に思わずバランスを崩しそうになり、慌てて踏みこらえる。

(……!!しまっ!!)

だが、その判断が悪手だったことに気づく。
盾で顔を覆ったがばかりにディオゴの場所が掴めない。


そして身の毛のよだつ戦慄が走ったのも束の間、彼の盾を持っている左手側から
神速の如き 素早さでディオゴが姿を見せる。

右手を水平に構え、ウイングブレードの刃を出し、斬撃の体勢に入る……
僅か数秒のこととはいえ、ヒザーニャは確かにこの一連の動作を忘れることが出来ない。

その気迫に思わず後ろに転倒したヒザーニャの左足の膝をディオゴの……
槍と同時に、膝の半月板をイカの甲を真っ二つにするが如く斬られてしまったのだ……

「ぐわっガァァァああアアああ」

得意とする武器を使っていたり、相手よりも有利な武器を使っていれば尚更のことであった。
素人にも分かる具体例を出すのであれば……銃 対 剣。
どう考えても銃の方が有利な武器であることは、明らかだ。
にも関わらず、数多の戦場において銃が剣に遅れをとった事実は少数とは言え存在する。

先ほどのヒザーニャとディオゴによる槍・盾 対 斧にも同じことが言えよう。
得物を投かんし、咄嗟に相手が盾を構えるのを利用して視界を奪う。
まさに相手の防御を目くらましに利用する作戦。
だが、思いついても普通はやらない戦法である。いくらウイングブレードがあるとはいえ、
折角状況を有利にした得物を捨てるのはリスクが大きすぎる。命を捨てた戦いだからこそ出来る戦法だ。


「ハッ!」

仰向けに倒れこむヒザーニャの前には、月明かりに照らされたディオゴの姿があった。
斧を振りかぶり、4つの長耳を広げるその姿はまるで、
四翼の悪魔のように映った

(……あぁ…俺は死ぬのか……)
ヒザーニャは月を背後に映る四翼の悪魔を虚ろに見上げながら死を悟った。
そして、最期に浮かぶ願望を閉じる瞼で噛み締めながら
迫り来る死への覚悟を決めた。

(最期に……セックスしたかったなぁ……)

死を目前に生命の危機を感じたヒザーニャの本能が種の保存を訴えていた。
だが、そんなヒザーニャの不謹慎な思いを他所にガザミは 右手をディオゴに向けて構えていた。

「……野郎ッ!!」

ガザミはバブルマシンガンをディオゴ目掛けて発射する……
今度はアサルトライフル並みの威力で発射した……当たれば命は無い。
ディオゴは相変わらず、彼女のマシンガン攻撃を回避する。
その軽々しい足取りはまるで二度も同じ手は食わぬと言いた気であった。

「……ケッ バカが……!!
 まんまとかかりやがって……」

ガザミが不敵に笑う……
その不敵な笑顔に血走った瞳を向けていたディオゴが
冷静さを取り戻し、疑問の表情を見せる。
その直後……ディオゴの左脇腹を槍が貫いた……

「か!!!!」

背後から左脇腹を槍で貫かれたディオゴは、突如として
襲いかかった刺突による激痛で月を見上げた……

「……ようやく仕留めたぞ……黒兎め……!」

ディオゴの脇腹を貫いたのはゲオルクであった。
彼はヒザーニャの落とした槍を使い、背後からディオゴを刺したのだ。

「……多勢に無勢。無勢の不利を思い知るがいい……!」

「くヌゥぁぁあああッ……!!!」

内臓を突き刺された激痛と卑怯にも背後から刺された怒りから、ディオゴはゲオルクの鳩尾に
右足の踵を叩き込んだ……

「ぅごうッ!!!!!!!」

人間の約8倍の脚力を誇る強烈な後ろ蹴りがモロに鳩尾にクリーンヒットし、
ゲオルクは砂煙をまき散らしながら4~5メートル吹き飛ばされる……
辛うじて転倒はしなかったが、衝撃を踏みこたえた両足が
まるで重機関車の線路を描くかのように地面を抉った。

「ぐふッ…!!」

硬直が遅れたためか、今の蹴りで内臓を痛めたようだ。
口から吐血するゲオルク……だが、これでも軽傷と言える。
並みの人間なら内臓破裂どころか、背骨まで粉砕されていただろう。
不意を突かれたとは言え、そんな蹴りでここまでの軽傷で済んだのはゲオルクが甲冑をつけていただけではない。
自前の鋼のように幾層にも積み重ねられた筋肉の塊のおかげである。
ゲオルクの甲冑はまるでぐしゃぐしゃにした紙のようにひしゃげてしまっている、

「はぁーッ……はぁーッ……」

脇腹から滴り落ちる血を左手で抑え、直ぐに血にまみれた左手を見つめるディオゴ……

「……もう……いい……もういい…」

狂乱の最中、ふと我に返ったかの如く
突如言葉を発した黒兎人族の男を前にガザミはディオゴが降参の意思を見せたかと思った。

「…ケッ……降参か?」

だが、ゲオルクだけはその心中を理解していた

(この男……死ぬ気か……)

ゲオルクは何度もこういう男たちを見てきた
戦いのために己の命を散らそうとする男の哀しくも美しい諦めの目……
その諦めとは、自暴自棄になり命を無駄に散らすという意味ではない。
戦いに殉じ、命を諦める。そしてそのために何かを成そうとする執念の目だ。

(この執念……もはや復讐しかあるまい)

ゲオルクの推理は当たっていた

(……俺の命など……もういい……
こいつだけは……こいつだけは……確実に……仕留める……)

ディオゴの目はゲオルクを見据えていた。そして突如、収納したウイングブレードを
鋭い音を立てて構えた。


(……こやつ 女のために命を散らす気か……)

ディオゴはゲオルクを敵軍の大将と見なしていた。
妹の人生を侮辱し、死に追いやった白兎人族に味方する憎い大将と……
ディオゴは失血で目を霞ませながら 亡き妹に誓う……

もはや……もう長くないとディオゴが分かっていた。


(モニーク……見ていてくれ……俺の死に様を……
俺の死に様をおまえに捧げるよ……お前を死に追いやった奴らの……屍の山を
儚く散っていったお前の人生に捧げるよ……)


元より、ディオゴは生きて帰るつもりなどなかった…
初恋の女…いや、生涯の伴侶以上に妹モニークを愛したディオゴの心は 既に死を迎えていた。

レイプされ、初恋の男と初夜を迎えることも、子を成すことも、
母となることも出来ず……哀れに死んでいった愛するモニーク……
そんな薄幸すぎる人生を歩ませたのは 
果たして運命か…それとも神か……あるいは敵か……
いずれにしろ、ディオゴは愛した女に こんな薄幸な仕打ちをした者たちに
復讐をしなければ死んでも死にきれなかった。

(決着はつける……この俺の生命を賭けて……!)

ディオゴの哀しき男の挽歌が奏でられようとしていた……
「はぁ……はぁっ……はぁっ……」

 左脇腹に手をあてがい、ディオゴは脇腹から手を離すとその手のひらを見つめる 真っ赤な血が手のひらを染める。

失血のせいか 頭は冴えていた。先程まで頭にのぼっていた血が引いたせいだろうか。 ディオゴは据わった目でゲオルクを睨みつけた……
軍としては小隊~中隊規模の小規模な軍団といえど、多勢であることに変わりはない。
この失血では最早皆殺しにする前に息絶えるだろう……

ならば せめてこのゲオルクと呼ばれているこの武将の首をとろうと考えた。

(モニーク……俺も直ぐ逝く……この男の首を手土産にお前の許へ旅立とう……)

この男の首をとったところで、モニークが喜びはしないことは分かっている
だが、何一つ彼女に幸せを与えてくれなかった神とやらの目前に
この鬼の如き大男の血塗られた首を突きつけてやりたい気分だった。

石弓兵たちが装填を終え、ガザミもバブルマシンガン発射のために水筒の水分を補充し終えたのと
同時にディオゴはその場で直上へと跳躍した。
天へと昇る龍の如く、人の背の何百倍にも思えるような高さまで跳躍したかと思うと、踵を返すかのように、宙を蹴り、急降下を始めた。

「まずい……あの方角は!!」
今から恐ろしい攻撃が襲いかかるのをゲオルクは察知した。
ディオゴの落下地点には無数の砂利と岩が転がっていた。

「総員、ファランクスにて退避ー!! 退避ーーーっっ!!」

ゲオルクが天を見つめながら怒号をあげる。
周囲の部下たちが一斉に盾兵の背後に飛び込み、盾兵もそれに呼応するかのように一斉に固まり始める。ガザミも慌てて負傷したヒザーニャを抱き抱えると大急ぎで盾兵たちの背後に向け、二人三脚で可能な限りの全速力で猛進を開始する。

セキーネから尋ね聴いていた兎人族格闘術の一つ「流星飛翔蹴殺 (メテオ・レッグ・ストライク)」の応用技「流星飛散弾(メテオ・ショットガン)」である。超高速で降下し、敢えて標的を狙わず地面を粉々に砕く蹴りを放つ・・・地面に当たればそれが爆発となり周囲を巻き込み 無数の砂、石、粉塵がショットガンのように敵に襲いかかる。
特に、砂利道や岩場を着地点とした場合の威力とその速度は火山弾並に匹敵するとされている。喰らえばひとたまりもなく、一瞬でミンチにされる。

凄まじい速度の砂や石の群れが まるで小惑星群の如く、ゲオルクやその指揮下の兵たちに牙を向く。

「おゎあ!」
「うぉあッ!!」

槍兵も銃兵も 剣兵も 弓兵も 盾を持っていない兵士たちは
耳も塞ぎ、目を塞ぎ、身体を丸め、盾兵の背後に隠れて 避難した。
ガザミが間一髪のところでファランクスの背後に飛び込み、ヒザーニャの上に覆い被さる。ゲオルクも咄嗟に両手を交差させて防御する。

砕けた砂利と岩の跳弾がまるでガトリングガンのように襲い掛かり、
辺りを切り裂き、岩や盾をバターのように切り削っていく。

だが、それほどの猛攻にも関わらず流石はハイランド兵だ。怪我人は一人も出なかったようだ。

だが・・・ゲオルクは無事ではすまなかった。逃げ遅れた兵士たちの盾となり、無数の砂利や岩の散弾や跳弾から彼らを救った。
無論、その姿は血まみれだ。

「陛下ァアっ…!!」

「私のことは気にするな!! 次が来る!!
総員は引き続き ファランクスにて避難せよー!!!」

散弾は終わったものの、今度はゲオルクの周囲が入道雲の真っ只中に突入したかのような土煙に包まれる。
ディオゴが大きく何度も地面を蹴りつける音が聞こえた……


ザシャア ザシャア

踏み固められた筈の荒野の地面がまるでアイスクリームのように抉られ、砂たちが更に粉塵をあげ、彼の後方へと岩肌に叩きつけられた波飛沫の如く、飛び散っていく…


「……スタンピングか」

経験豊富なゲオルクはその行為の意味を知っていた。
怒りを示し、相手を威嚇するため、兎は後ろ足で地面を強く踏み鳴らす習性がある。
それは、人の血やコウモリの血が混ざっても受け継がれる兎人族の感情表現なのだ。

ダン!ダン!ダン!

この怒りの行為の後に行われるのは恐るべき
クリティカルヒットの前触れにほかならない。

「まずい・・・狙われてるぞ!!! ゲオルクのおっさん!!」

ガザミもディオゴの狙いがゲオルクであることを察知した。

「姿をくらまして、突撃してくるか……!」
ゲオルクは剣を交差させ 構えた。ディオゴの攻撃を迎え撃つ気だ。

「何やってる・・・! 馬鹿な真似は止せ!!」

ガザミの目には常軌を逸した行為に映る。今のディオゴは弾丸のような速さと大砲の破壊力を持つ猛獣だ。
おまけに奴と来たら火山の噴火の如き、煮え滾らんばかりの憤怒りでとても言葉など意に介さない状態だ。

だが、あれほど苦戦を強いられた猛獣の突撃をまた受け止めるつもりだ。今の負傷では明らかに無謀すぎる。

「ゲオルクー!バカな真似はやめろー!! さっさと逃げろおッーー!!」

ガザミの脳裏に浮かぶのは飛びかかるディオゴに背骨をブチ折られ、力無く葬り去られるゲオルクの姿と ゲオルクの首を掲げ 勝利の雄叫びをあげてそのまま力尽きたディオゴの姿だった。ガザミは腹の底をしぼりあげ ありったけの大声で ゲオルクを制止する。

だが、ゲオルクは逃げるつもりはなかった。

(何処へ逃げても無駄だ……!
奴は全身全霊でこの俺 目掛けて突入してくるだろう……
退却して無防備な背中や横腹を晒すリスクは犯せない!
正面で奴の攻撃を受け 仕留める……!!)

勝算など無い。あくまでも確実だからこその決断だ。
ゲオルクも果たして次の攻撃を受け切れるかどうか……
内心疑いを感じていた。
先ほど食らったディオゴの後ろ蹴りの激痛が徐々に襲ってきたのだ。
ディオゴにねじ伏せられないようにと懸命に耐えたり、押し返そうと奮起したりしていたせいか、アドレナリンとエンドルフィンが全身を駆け巡っていた。先程まで痛覚神経が麻痺していたが
ディオゴに一矢報いて気が緩んでいたせいか、徐々に麻痺していた痛覚神経が回復してきていた。

(く……そ……何もこのタイミングで……)

気にするなと念じれば念じるほど、激痛は増していく……
正直、このまま倒れてのたうち回りたいぐらいの痛みである。
吐き気もする。
このままケツから大腸を出すことができたら……嘔吐の如く口から胃をブチまけられたら、
どれほど楽になれるだろうか……そう考えてしまうほどの激しい圧迫感だった。
ゲオルクの顔面が蒼白となり、まるで土のような色になっていく。

(……く……そ……完全に内臓を損傷しておるな…………奴め……)

これならまだ胸板を蹴られた方がまだマシだった……胸骨と肋骨が臓器をカバーしてくれる……よりによって、そのどちらも無い腹部を蹴られるとは……戦いの中で、無意識に培われたディオゴなりの格闘術が成す結果だった。
これほどの代償を払ってようやく奴の脇腹を串刺しに出来たのだ……
しかも、こちらは仲間の援護があってのものだ。
ゲオルクも兎人族と戦ったのは初めてではない。むしろ、今戦っている黒兎人族よりも
素早い兎タイプの兎人族を相手にしたこともある。だが、こいつはそんな連中とは比べ物にならないほど……強い……それは信念のもたらす強さ故か・・・

(下手をすれば……ここでこのゲオルク……死すかもしれぬな……エレオノーラ……すまない)

死を予感し、故郷に残してきた妻エレオノーラを想うゲオルク……思えばこれが彼の勝負の明暗を分けたのかもしれない。
もし、ここで彼が愛する妻のことを想わなければ 神は彼に救いの手を差し伸べなかっただろう。
一方、愛する妹のため、死を受け入れたディオゴ……思えばこれが彼の生命を善導したのかもしれない。
もし、ここで彼が愛する妹のことを想わなければ 神は彼に救いの手を差し伸べなかっただろう。 

愛刀を構え、ディオゴの突撃に備えるゲオルク……
スタンピングをし、ゲオルクの首をかまいたちの如く掻っ切ろうとするディオゴ……

そんな両者の緊張の糸が弾けとんだその刹那だった……

「グルゥアァァァああアアアアああアアああ!!!!」

黒い弾丸と化したディオゴの神速の突撃が、ゲオルクに襲いかかる……
時間にしておそらく1秒にも満たぬ短く細い時の中で、
両者は全てを決するその一瞬のため、ただ祈っていた……

(モニーク……どうかお兄ちゃんに最期の力を貸してくれ!!!!)

(我が最愛の妻エレオノーラよ……どうか俺に力を貸してくれ!!!!)

両者が戦いの最後に思い浮かべた光景は 愛した女の微笑みであった。
不器用な男の哀しいサガを許し、包み込んでくれるあの微笑み……

女の微笑みこそ 男の天国なのだ。
おそらく、この瞬間、両者の魂は天国へと足を踏み入れていたに違いない。
愛する女の微笑みのある温かい世界……それこそが天国だ。

両者の魂が、現実へと引き戻されたその瞬間だった……
勝負はその瞬間に決したのだった。
37, 36

  

全てが弾け飛んだ瞬間だった
ゲオルクの目はあと数センチというところまで迫りつつあったディオゴの姿を捉えた。
(あと一瞬で全てが決まるな)

時間にしてほんの一瞬だったろうが、ゲオルクは思った。内臓が腹の中で暴れているのかと思うぐらいの激痛にも関わらず、こんな呑気なことを考えている自分に驚いていた。
だが、次にゲオルクが見た光景は
自身と衝突したディオゴの姿ではなく、何故かゲオルクの目前から大きく吹き飛ばされ膝をおさえうずくまるディオゴの姿であった。
「グアアアッ!」

激痛を堪え、膝を打たれようと立ち上がろうとするディオゴだったが、失血のため足が震え 何度も何度も転倒しては起き上がりを繰り返してしまう。

(・・・クソォ・・・)

ディオゴの周囲を槍兵が取り囲み、彼の身体より僅か数mmまで槍が突きつけられる。暴れるどころかあと数mm動いただけで串刺しは免れない、完全に身動きがとれない状態だ。

それにしても、目にも止まらぬ速さで突撃してきたこの黒兎人族の男の膝を狙って矢を当てるとは、神業である。こんな事ができるのはエルフの凄腕弓兵キルク・ムゥシカぐらいのものだ。しかし彼はヴェリア城の守備兵だ。こんな前線に出張ってくることはない。
「何者だ」
 ゲオルクは矢が放たれた方向へ目をやる。
「へへっ、危ないところだったなぁ~ おっさん」
茂みに潜んでいたエルフの少年が現れた。まだあどけない顔をした金髪に小生意気な顔をしている。あれ程の弓をこんな少年が放ったのだろうか?
「ガキだからって嘗めんなよ♪」
相当自信があるのだろう。鼻水を人差し指でふっと拭いながら得意げになっている表情がやはり子供らしい。
「俺はアナサス。見ての通り弓兵さ。キルクのおっさんに言われて来た。人間なんか信用できねぇが・・・仕方ない、手を貸してやるよ」
「・・・・・・助太刀感謝致す、おぬしの援護無しではこのゲオルク、絶命していたかもしれぬ。ありがとう。」
 ゲオルクは深々と頭を下げる。

「っ…か、勘違いするなよ!べっ・・・別に感謝されたくてやったんじゃあねぇんだからな!!」
アナサスは初対面ではあったが、この傭兵王のことをキルクより聞いていた。山脈のように巨大で、千年樹のように太い筋肉質の大男・・・偉大で尊敬に値する男なのは一目瞭然だ。そんな男がまさか自分のような小僧に頭を下げるとは思っていなかっただけに、アナサスは顔を赤らめる。

「それよりさぁ、この黒兎人族、どうするんだ?」

アナサスが拘束されたディオゴに注目する。
「グルルルルルル・・・!!」

仰向けにはなっているものの、敵意を剥き出しにしている。
剥き出しとなった歯からは、獰猛なの狼のようによだれと血が湧き出ており、鋭くアナサスを睨みつけていた。

(・・・ひっ!!)
ふとアナサスの脳裏に、この黒兎人族の男に乱暴にレイプされるビジョンが思い浮かんだ。危機を訴えかける第六感からだろうか・・・アナサスは新しい矢をつがえようとする。

「と・・・止めを剌しておこうぜ」
「待て」

 ゲオルクは首を振り、アナサスの弓を下ろさせる。
「我が傭兵団の任務は兎人族の保護及び救出だ。射殺は本意では無い。」

ゲオルクは後方に目をやる。やがて、白衣をまとって眼鏡をかけた男が現れた。
「軍医殿、頼む」
戦場においては小さな傷でも命取りになることがある。ゲオルク軍にも軍医が一人だけ在籍していた。
 彼は外科の名医であり、膝に矢を受けた程度の傷であれば治す事もできる。

「半月板を貫いてはいるものの、膝自体にそれ以外の損傷は見られませんなぁ~ 本人の治癒力でどうにかなるレベルですわ・・・それよりも脇腹の刺し傷の方が心配ですのォ~」
失血で意識が混濁する中、ディオゴは宙に手を伸ばし呟いた。

「・・・離せ!! 俺は まだッ……」

「戦えるとでも言いたいんかいな? 勇敢なこっちゃ。
って、アホ抜かせ。こんな失血と大怪我でよォ~ 
あれだけ動き回っとったわ」

軍医はディオゴへの応急処置を終えると、ヒザーニャの治療に取り掛かった。

「俺も何度かお世話になったことがあるんだぜ」
 ディオゴの斧で負傷したヒザーニャが、自らの弱そうな膝をばしばしと叩いて得意気に語っていた。

「ゲオルク殿ォ ひぇー……ひっどいツラになりましたなぁ ホンマに。 誰がどう見ても確実に絶対安静やで。無理したらホンマにあきまへんで。」

「・・・かたじけないな 軍医殿」
 ゲオルクはフッと笑うとそのまま片膝をつき、瞼を閉じた。


アルフヘイム北部方面軍ブロフェルド駐屯地……
ここはアルフヘイム正規軍のエルフ族の管轄下にある駐屯地である。
数ある駐屯地の中でも、このブロフェルド駐屯地は兵站・衛生を司っている。
故にここには死傷者が多数運び込まれ、医師たちが多く在籍していた。

白兎人族軍 ピーターシルヴァンニアン中隊 第一小隊長のウィリアム・ロイ・タナー中尉はそこで目を覚ました。

「っ!?」

気絶していたことに焦りタナーは 思わず飛び起きた。
さっきまで突如襲いかかってきた黒兎族の兵士 ディオゴに深手を負わされ 必死に部下を探して走り回っていたというのに そこからの記憶が無い。 そして、今 自分がいるのは消毒液の漂う急病所だった。
「小隊長っ! 小隊長っ!」
ふと呼びかけの声の方向を向くと そこにはノースハウザー曹長と十六夜隊員のリュウ・ドゥ1曹とクオッサ2曹、そして生き残った第一少隊の面々の姿があった。

「ご無事で何よりです 小隊長・・・!!」
タナーに向け 曹長含めその場の全員が敬礼をしていた。

「第二小隊 総員56名 および十六夜隊員 総員28名 第一小隊 残余25名 帰投いたしました!」

ノースハウザー曹長が敬意を込めた眼差しで人員を報告する。

「25名か・・・」
タナー中尉は悲しみに打ちひしがれた顔で 毛布を握り締める。

「もっと大勢の隊員が居たはずだった・・・俺は 部下を・・・たった25名しか救えなかったのか」

タナーの目蓋に救えなかった第一小隊の隊員たちの顔が浮かんでゆく・・・ もう少し早く引き返していれば もう少し勇気があれば 力があれば より多くの部下の命を救えたのかもしれない。悔やんでも悔やみ切れず、瞼を閉じ 必死に後悔と無念をかみ殺す。

「小隊長」
口を開いたのはノースハウザー曹長だった。

「我々 兵士は命を殺すことを強いられております。 誠に悔しいことではありますが、 我々はたった一人の命すら救えないのが現状です。」

ノースハウザーの教え子である十六夜のリュウ・ドゥ1曹は師匠であるノースハウザーが日頃と変わらぬ怖面と冷静さを保ちながら、心から溢れる感情を内に秘めながら 言葉を絞り出しているのを察した。

「…貴方はそんな状況の中 25人・・・いや、我々109名の命を救ったんだ! 身を挺してッ!! 誰もが背を向けた戦場で 貴方はたった一人 舞い戻り 部下のため 闘ったのだ!!」
ノースハウザー曹長は思わず叫んでいた。叫ばずに居られなかった。それは魂からの敬意からだった。

「一人の兵士として貴方の部下として戦えたことを
心から誇りに思います・・・!」
ノースハウザー曹長が右足の戦闘靴を左足の戦闘靴に引きつけて鳴らし、再度敬礼をするのと同時に第二小隊、十六夜隊員、そして第一小隊の隊員が一斉に敬礼する。

これを機に白兎軍の団結はタナー中尉の指揮下のもと、より一層深まるのであった。





同駐屯地に搬送されたゲオルクは 医務室にて検査を受けた。その結果、胃と小腸が60度捻転していたことが判明する。

「腹が暴れるような感覚はこのせいか……」

それにしても常人ならばこんな状態になれば、捻転した内臓が壊死し、敗血症を発症してもおかしくはない状態だった。にも関わらず、生きていられたのもゲオルク本人が持つ超人的な回復力の賜物であろう。ただ、いくらゲオルクや軍医でも捻転した内臓を元に戻すことは出来ないため、医務室に在籍していたエルフのドクターたちの回復魔法で元に戻り、命に別状は無かった。

「これで大丈夫なハズです。 捻転した内臓は筋脈を引っ張って
元に戻しました。でも、コレは自然治癒力を高めてるだけですからね! 無茶はやめてくださいね!!」

腹にコルセットを巻き、捻転した内臓をエルフのヒーラー
ナギに保護してもらうゲオルク。

「……お疲れさん 腹がよじれてたんだって?」

ガザミが点滴を打ちながら、ゲオルクのベッドの隣に座った。
バブルマシンガンの撃ち過ぎで、急性の脱水症状を起こし、ガザミも治療を受けていたのだ。

「……あぁ……今回ばかりは死を予感したよ」

「普通の人間だったら死んでるよ……まあ、人間ってのも強ち舐めたもんじゃあないね」

「……褒め言葉として受け取っておこう」

静かに微笑みながらゲオルクは自身の人間離れした強靭な肉体に感謝した。

「……それより、あの黒兎人族の男……コルレオーネって言ったか?
あいつの容態は知ってるかい?」

「……いいや」

「肋骨の2~3本がひび割れ、腹筋の一部が断裂してたとさ。
腸が飛び出なかったのが不思議なぐらいの酷い傷だったそうだ。
まあ、アンタと同じでエルフに治療を受けて一命は取り留めたようだがよ」

「……そうか よかった」

「……仮にも殺されかけたってのに 心底心配してたんだな……」

「……ああ 何より奴は最重要人物だからな。」

自分と死闘を繰り広げた黒兎人族の兵士……そうこの男こそゲオルクが保護しなければならない最重要人物であった。
兎人族を率いて甲皇国軍と戦っているディオゴ・J・コルレオーネ大尉。
彼を保護し、必要とあらば援護することがダート・スタンと、セキーネの依頼だった。

「それに……奴にはまだ聞きたいことがある。」





互いに腹を包帯、コルセットで巻かれたゲオルクとディオゴの姿がそこにはあった。ディオゴは両手を腕輪で固定され、拘束されていた。
「ディオゴ・J・コルレオーネ大尉・・・・・・アルフヘイム北方軍の指揮官でありながら、貴官がした事は立派な軍紀違反だ。」

「……」

白と黒の違いこそあれ、同じ兎人族を殺したことに変わりはない。

「……早く殺せ……どの道 軍法会議にかけられて死刑だ。元より死を覚悟した身だ。殺せ。」
ディオゴは無気力に俯きながら、半ば自暴自棄になっていた。

「……まあ待て 何もそう不貞腐れることもなかろう……聞けば救出した白兎人族の兵士たちの中にはお主を擁護する者たちも居るではないか………お主に襲われたのにも関わらずだ……」

コルレオーネ大尉の尋問を始める前、ゲオルクはタナー中尉から事情を聴いていた。
聴けばこのたびの略奪は白兎人兵士を指揮していた自分の責任にあること、黒兎軍を捨て置き 戦線を後退させた白兎軍に非があるようだ。 そして、ゲオルク軍が保護したディオゴの従姉であるツィツィより ディオゴが妹であるモニークを白兎軍に殺された事実を タナー中尉はゲオルクから聴かされると タナー中尉はどうかディオゴの代わりに自分を処刑してくれと懇願したのだった。タナー中尉も 日頃ディオゴ大尉から愛する妹モニークのことを聞いており その溺愛ぶりから大尉が今回のような行動を取ってしまったのはやむを得ないことだと訴えた。

「……知ったことか…‥今更……生かされたところで 全てが元に戻るわけではあるまい……早く殺せ……もう どうでもいい」

死人のように頭を垂れるディオゴの死に乞いを受け流しながらゲオルクは続ける。

「おぬしの事情に口出しをするつもりはないが……
愛する妺を殺されたのだな……それも白兎人族に……信じていた筈の同胞に裏切られ、愛する妺を殺されて とても冷静で居られる筈などない。

おぬしに部下を殺害された筈のタナー中尉も その動機は重々 承知し おぬしに心からお詫びしたいと仰っておられる。 以上より このゲオルクとしては、情状酌量の余地が十分にあると思うのだが……?」


「……どうでもいい」

半ばヤケクソになっていたディオゴは変わらず俯き、地面を眺めていた。
家族を失った空虚感によって、彼は完全に魂の抜け殻となっていた。
「……ディオゴ・J・コルレオーネ大尉……貴官の戦闘力はなかなかのものだ。我が依頼人の御意向により、兎人族軍指揮官を救出・保護したという名目で我が麾下に加えようと思う。さすれば白兎人族兵の虐殺の件は不問とする。」

「……断れば?」

「……そうだな 脅すつもりではないのだが このまま行けばおそらくは軍法会議は免れんな。うぬら黒兎人族を罠に嵌めた黒幕の策にまんまとハマることになる。 」

「……どういうことだ?」

「……何故、共同戦線をとっていた白兎人族が君たちを裏切るような真似をしたか……裏で手を引いていた黒幕がいる。その正体を知りたくはないか?」

 妹や同胞の死による喪失感で半ば人生を諦めていたディオゴの目が生気を取り戻した。
ディオゴの目には最早哀しみに沈んだ死に人のオーラは無く、復讐を誓った熱き男の焔のオーラが宿っていた。

「……知るために……俺は何をすればいい?」

他人に裏切られ、もはや誰も信じぬと誓ったディオゴも
この申し出には拒絶という選択肢など考えられなかった。




「我らと共に手を取り、戦うのだ……コルレオーネ。
貴様から愛する妹を奪った黒幕に一矢報いるのだ。」

ゲオルクは短刀を取り出し、天井へと向けた。
ハイランドでは刀や剣を天へと突き上げる行為は「戦え」という意味であるが、
同時に「生きろ」「死ぬな」という意味でもある。

(神よ……あなたは残酷だ この俺に生きろというのか? )

天へと突き上げられた刀を見つめながら、己が命を取り留めた意味を問いただす。
ふと、そこには微笑むモニークの姿があった。


死んでもおかしくはなかった程の重傷を負いながら、何故自分が生きながらえたのか……
それは今は死ぬ時ではないとモニークが自分を奮い起たせてくれたのだろう……

自分たちを紐で操っていた黒幕をこの手で殺す……
愛する妹の人生を滅茶目茶にした連中に報いを受けさせてやる・・・
その目的を果たすためにここで死ぬわけにはいかない。

たとえ、この男ゲオルクの申し出が嘘であったとしても
拒絶すれば死しかない。もし、引き受けて嘘だったとしたら、
ゲオルクを殺した後で自らの手で真相を暴いてみせる。もし、真実ならば儲け物だ。このままゲオルクを利用し、復讐を成し遂げてやる。それこそが亡き妹への最大の供養となるのだ。

ディオゴは不敵に笑いながらゲオルクのもう一つの短刀を手に取り、天へと突き上げた。こうして、ゲオルク軍にディオゴが加わることとなったのである。



38

バーボンハイム(文鳥) 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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